45.The beginning of the journey
「お世話になりました」
「ひっぐ……うえ"っ」
「…そろそろ泣き止まないとコーリス君が困るだろう」
「ぐす…もうちょっといても罰は当たらないと思うんですけど」
「俺にもやるべき事があるんです。取り敢えず、お納め下さい」
「………む。失礼だが、量を拝見しても?」
「どうぞ」
バジュラの葬儀が終わって、俺は犬神宮から出発する用意が出来た。その旨を告げたら急にヴァジュラが泣き出して今に至る。家主様には今までの生活費や食費を渡した。多分足りるはずだ。
「……20万ルピ。これは大金だぞ」
「お礼の気持ちです。本当に助かりました」
「しかし…此方こそ君がいなければ娘は……ずっと後悔していただろう。だから」
家主様は半分を取って俺に返してきた。
「本当は受け取るのも忍びないが…君は納得しないだろう。だから半分貰うよ」
「……分かりました。ありがとうございます」
「君の旅路が成功する事を祈る。さて、やり残した事はないかい?」
俺は『ない』と答えようとしたが、ヴァジュラが非常になにか言いたそうにしているので、少し話す時間を設ける事にした。
───────────────
「どうした?」
「……改めてお礼を」
「…?」
「最後の方まで姉さんが元気だったのは、コーリス様がお側で力を与えて下さったから、という事ですよね?」
「………なんの事かな」
「…ふふ、嘘が下手ですね」
「…」
「私は姉さんから意思を受け継ぎました。迷いを放る事無く直面し、自身を信じ続ける事。それが神将の本懐だと、そう教わったのです」
「そうか…いい姉のまま逝ったな」
「はい……それで、お願いがあります」
ヴァジュラは頭を下げ、髪飾りを外して俺の手に握らせた。
「姉さんの刀と同じ様に、私の想いも貴方と共に
「分かった。人助けは任せろ」
「未来の事は分かりませんが…煩悩が発生し続ける現在は神将が陣地を離れる事はほぼありません。だから、少しでも多くの不幸を減らせる様に…貴方に頼みます」
ヴァジュラの願いと意志は伝わった。俺も全霊を以て答え、神将の負担を減らす様心掛けよう。それが、俺に出来る犬神宮への恩返しだ。
「辛くなったら、何時でも来てください。犬神宮は貴方を家族として歓迎します」
「辛くなったら…か。バジュラにも同じ事を言われたよ」
「……本当に、背負い込み過ぎないでくださいね」
…泣きそうだ。最近涙脆くなった気がする。
「騎空団を結成したら遠慮なく言ってくれ。助けになる」
「じゃあその騎空団は犬神宮に顔パス適用ですねっ!」
はは、それはいいな。縁は大切なものだ。
「じゃあ、そろそろ行く。今までありがとう」
「はい!お元気で!」
この後にナガルシャも合流し、犬神宮の面々に見送られながら俺は島を出た。
かけがえの無い時間だった。俺は一生この温かさと傷を忘れないだろう。
○○○○○○○○○○○
──リュミエール城下町。
ゾーイは焦っていた。それはもう、表情に出るくらいに。
顔を歪ませ歯を食いしばり、左手で頭を抱えながら小器用にアルバイトをこなす。
「く……」
突然コーリスと共にリュミエールを発った彼女が再び帰ってきた時、人々は疑問と歓迎の感情を同時に見せたが、何故かアルバイトを始めた事で疑問の方が深まった。
早くも金欠なのか、という心配の声が上がっていたが、ゾーイは街の人々に"騎空団結成までの時間稼ぎ"と一応の理由を説明した。
料理は出来ない為、接客を任される事になったゾーイは大変優秀で体力もあり、それなりの信用を得たのだが、最近は何処か焦燥としているというのが周囲からの評価だ。
店長が悩みを聞こうとしても決して言わない。
……ゾーイの悩みとは、コーリスの内に存在する何者かの事である。
(内なる存在……幽世の記憶を奪った反動で記憶が消えたのだから、コーリスがそれを知る由は無い…。だとすれば生まれた時から"それ"が存在していた事になる。私が彼を観測したのは3歳の時だ。辻褄は合うか……吸収の魔力が霧と混じった結果があの力の筈だが─────いや、待て)
そこで彼女は奇しくもコーリスの根源的な悩みと同じ思考に至った。単純に考えればおかしな事であった。
───そも、"吸収の力"など何故持っていたのか。
(空の民は属性や魔法を研究して、そこから特殊な術を作り出す事はある…吸収の魔法を作る事だって可能だ…。だが)
それは、コーリスが自然すぎたという事。
(コーリスは漠然と吸収の力を使えている。属性も無い、魔力の形を変えて現象を作り出す事もしていない………本当に、吸収という力だけが独り歩きして固有の物になっている)
それは星晶獣の権能と似たような物だ。概念的な物であれ何であれ、与えられた"役割"を行使する。彼等にとっては手足を動かす様な物であり、存在価値でもある。ゾーイの危機察知や、世界を俯瞰する能力も同じ仕組みだ。
その生物が能力を持ったのでは無く、
(コスモスですら知り得ない存在……だと?)
ゾーイは使徒である。
空についての情報はコスモスから貰い続けているため、コーリスの正体に心当たりがないのなら──それは幽世に匹敵する謎になる。
「……ゾーイちゃん。最近働きすぎだし、今日は早めに上がるかい?」
「…」
余りにも落ち着かない状態だったのか、店員等にも話しかけられる。一応今日で辞めることは話していた為、最終日としてきっちり働く気でいたが…。
ゾーイは素直に甘える事を覚えた。
「……すまない。そうさせてもらおう」
何方にせよ変わらない。
ゾーイの役目はコーリスを利用して幽世の先兵を殲滅させる事と、彼を空の脅威にさせない事に帰結する。
(……何方にせよ、激務になるな)
生まれて始めて、ゾーイは溜息を零した。
「…そろそろ来るか」
今日はコーリスが犬神宮を離れる日だ。偶にはリュミエールに戻るのも良いことだと思い、ゾーイから此処に来る様促したのだが、肝心の待ち合わせをしていなかった。
まぁ何だかんだ会えるだろうという軽い気持ちなのだが、当のコーリスはそんなつもりじゃなかった様だ。
「──何故、ローブを?」
「見つかると何やかんやで皆と話し込んで戻りたくなっちゃうから」
「かわいい悩みだな」
コーリスらしき人物は全身を隠すローブを着込んでいた。コーリス検定3級のゾーイですら一瞬疑問を抱く様相。
怪しい魔術師としか思えない。
「じゃあ、行くかい?」
「そうしよう」
コーリスの意向に従いそそくさと歩く二人。
「……あ!?コーリスさん!!」
……。
「秒でバレたが」
「クソが」
秒でバレた。剣を隠さずに歩いていたのだ。特に元同僚の騎士になら看破されるのも当然だ。コーリスは細かい所についての知恵が足りないのかもしれない。
「お久しぶりです!」
「…ロイスか。明るくなったな」
「平和は良い、ということです」
コーリスの姿を看破したのは懐かしき相棒、ロイスであった。たった2ヶ月会わなかっただけだからか、何一つ姿は変わっていない。強いて言えば、彼と同じく剣が新調されていた事か。
彼はローブを脱いでロイスに向き合う。
「コーリス、少し話していくといい。折角再開したんだ」
「そうする」
「ゾーイさんはなんかバイトしてましたね。どうしたんですか?」
「暇つぶしだよ」
「騎士やめて国を出た後にバイトしに戻ってくるとか心臓強いですね」
「褒め言葉として受け取っておこう……?」
「天・然!!」
無言で去っていくゾーイを眺めながら二人は腹を抑えた。
「…取り敢えず、飯食うか」
「そうですね…昼休憩なんでお付き合いします」
変わらない関係だった。
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リュミエールランチ。コーリスが士官学校生徒の時から親しまれていたレストランであり、ゾーイのバイト先でもある。
「……あ、コーリス君。帰ってきたんだね」
「久しぶりです店長」
「今思えば一生の別れでもないのにド派手な演出だったね」
店長との関係も長いものである。ガヤガヤと混む店内の客は学校の生徒達や騎士達で溢れている。あまりにもコーリスが自然に入ってきたからか、周囲は彼の帰還に気付いていない。
「何食べますー?」
「ハンバーガー。今日は油っこいものが食べたい」
「じゃあ私はオムライスで」
「ドリンクは?」
「それは当然」
「「ジンジャーエール」」
「よろしい」
「やっぱこれですよね」
にしし、と笑い合う二人は子供に戻った様な気分を味わった。
注文を済ませ、雑談に戻る。
「何してましたか?神将の所に行ったって聞きましたけど」
「滅茶苦茶強い奴に修行してもらってた。結構適当だったけど」
(…随分と悲しそうな顔をしますね。まぁ聞かないでおきますか)
…コーリスは限りなく無に近い表情である。
「私はですね…実は」
「なんだ」
「星晶獣と戦ったんです」
「……凄いな」
「強かったですけど、能力頼りの巨人です。スルトさん主力に十人くらいでちまちま倒しました」
コーリスは素直に感心した。本体が雑魚だったとはいえ、旧式の星晶獣であるショゴスですら能力だけで騎士団が半壊する程の損害を出したのだ。そんな理不尽と再び相対する勇気は称賛されるべきものだろう。
「能力は?」
「恐怖を増幅させる。かなり強い能力ですね。でも穴がありました」
「弱点か」
「はい。巨人ですから、自分を大きく見せる事への恐怖を増幅させる物だったんです。つまり、人間が巨大な生物に挑む恐怖の事ですね」
「……確かに型落ちだな」
「はい。今時巨大な魔物なんてうじゃうじゃいますから、油断せずに集団で相手取ればそこらへんの魔物と変わりませんよ。最近暴走してここまで来た野良星晶獣らしくて、団長が言うには結構いるみたいですよそういうの」
「偏った能力に暴走……」
「星晶獣は独特な能力ばっかりですからね」
「で、殺したのか?」
「……いや、コアまで開けたんですけど壊せませんでした」
「壊せない…?」
「硬いとかそういうレベルじゃなくて、傷一つ付かないというか…状態が保存されているんですよ、多分」
「溶けない氷…みたいな?」
「そんな感じで、物理的干渉も意味ないです」
…コーリスは首を傾げる。ロイスの技でショゴスのコアを破壊したのを見た筈だが、彼女の話を聞く感じでは星晶獣はコアさえも不死身なのか。
「これは…ショゴスが異端なんじゃないか?」
「団長曰くそうらしいです。サテュロス様達なら知っていると思いますよ。壊せって言ったのあの人ですし」
運ばれてきたハンバーガーにかぶりつきながらコーリスはこれからの事を考える。ポート・ブリーズに行って騎空士として活動するにしても、船も信用も無い。
「元同僚のよしみで教えてあげます」
「なんだ?」
「最近調査しに行ったのですが、ポート・ブリーズ群島は自然が豊かな分魔物が多い為、魔物を討伐する様な依頼が多いですが……逆に言えば腕に自信のある人達がこぞって依頼を取り合っています」
「……つまり?」
「商人も偏った商売は困っています。ですから、誰もやりたくない素材集め等をこつこつ熟せば信用も得られるかもしれませんよ?」
「確かに…win-winの関係は大事だ」
「だからと言って見境なく依頼を受けるのも得策ではありません。明らかに仕事を奪う動きでは嫌われますから、適度に酒場やギルドに向かうのもいいでしょう」
「情報助かる。情報料は奢りという形でいいか?」
「その言葉が聞きたかった」
ふふん、とロイスは笑って口を拭いた。食べ終わったコーリスは席を立ち、勘定に向かおうとする。
「行くんですか?」
「ああ。気が向いたらまた来る」
「……あ、言い忘れてましたけど」
ロイスが胸に
「私、副団長になりました」
「───えっ」
思わずコーリスは席に座り直した。
「いやいや行くんじゃないんですか」
「え、すまん…びっくりした」
「指揮能力の高さが認められたのと、さっき言った星晶獣のトドメは私でしたから」
「スルトは…?」
「今はただの最終兵器ですが、私が団長になる事はないと思うので彼が団長候補でしょうね」
「スピード出世だな」
「今度からは敬語ですよ?元同僚さん」
「うざ」
怒りを買う前に今度こそコーリスは店を去った。
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何だかんだコーリスはリュミエールの人々に話しかけられながらも騎空艇の発着場にたどり着いた。
既にゾーイが荷物をまとめて待っていた。
「早かったな」
「ためになる話を聞けた。ポート・ブリーズでやる事が決まったぞ」
「早速魔物退治の依頼を受けるのか?」
「いや──」
コーリスは自信満々な表情で告げた。
「──
「………えー」
人生何事もコツコツ、である。
ロイス
・コーリスの元相棒。
・何だかんだ滅茶苦茶強いが、コーリスには負け越している。相性の問題。
リュミエールに討伐された星晶獣
・雑魚。ゲームでもモブ騎空団とかに討伐されてるレベル。
・でも能力がハマれば結構エグい。ハマらないけど。
コーリス検定
・色んな意味で口下手なコーリスへの理解度を量るもの。
・オロロジャイアが作った。
以下コーリス検定保持者
1級:フェリ、フィラ。
準1級:アウゲィアス、トラモントの人々、スルト、ロイス、寮のおばちゃん、メドゥーサ。
2級:バジュラ、サテュロス、ナタク、リッチ。
準2級:リュミエールの人々、メドゥシアナ、バアル。
3級 :ゾーイ。
4級:ヴァジュラ。
5級:レイ。