「少々取り乱したが問題無い。
「ならその胡乱な目を整えろ。お前の事だから二度寝しそうだ」
起きて早々
そして二度寝しそうと言ったが、こいつに限っては昨日四度寝を決め込んだ。
恐ろしい事件だった。起こしても気絶するように閉じる瞼は、きっと肌を切り裂いても開かないだろう。
そう思わせるくらい凄絶な物だった。
いい加減にしろと怒り狂い、何度その小さい体躯を蹴り飛ばそうとしたか…。しかし奴は素早く、以上に身軽だ。騎士団長を目指すと豪語するだけあって鍛えている。終いには身体に宿る火の魔法を使って拳の勢いを付け、反撃してくる始末。
しかも奴は魔力が異常に多いのか、拳の威力がおかしい。庭で喧嘩したときは10メートルほど上空に飛ばされたものだ。
自分も魔法は使えるが、得意なのは防御と弱体系。火や水などの攻撃魔法は少ししか使えない。
自分の魔法もおかしいとよく言われるが、ゴリ押し系のスルトよりマシだと思う。
話が逸れたが、今日は大事な日だ。
喧嘩などしている暇は無い。
「全く…今日は入学の日だ。大抵大事な日というものは寝坊常習犯でも起きるものだが…?」
「──毎日と違わぬ振る舞いを。これが騎士の享受だ」
「……じゃあ毎日早起きしてそれを毎日の振る舞いとしてみれば良いのでは?」
「自分の道はッ!…曲げられない」
「いや本当に曲げて」
またこれだ。
事あるごとに言い訳の嵐。馬鹿がなまじ強い力を持つと危険というが、こいつはただ面倒臭いだけだ。
思えば初めて会ったときもそうだった。
鍵が掛かっていたのでどうやって先に入っていたかを本人に聞いたら…
『中庭から窓に入らせて貰った。火の噴出は実に便利だ』
と、不法侵入を反省する素振りも見せなかった。
不法侵入するわ地面の凹みで転ぶわキレて椅子燃やすわで問題児。
グルシさんは楽しそうに眺めているが、追い出しても良いんじゃないかと思う。自分だったら壺にぶち込んで3日間放置する。
それ程までに奴の蛮行は留まる事を知らない。
「着替えろ。朝食の準備が出来たら呼ぶ。くれぐれも寝るなよ」
「分かっている」
「寝るなよ」
「分かっている!!!」
二度目の注意をして部屋から出ようとした時にはもう火のパチパチとした音が鳴っていた。
そんな事を気にせず部屋を後にする。ああ見えて人に火を直接当てては来ないから安全だ。
早速エントランスの横にある食堂へ移動し、グルシさんが用意しているであろう朝食を運びに行く。
グルシさんの料理はなんと言うか…母の味?故郷の味?と言えば良いのか…。
凄く美味しい。無論高級料理店のように着飾った味付けでは無く、栄養や食べやすさを追求している真心の籠もった料理。コーレ叔母さんの味を思い出す。
今日の料理は何だろうか?
良い匂いが立ち込める食堂へと足を踏み込んだ。
「起きたかい?」
「ええ。もう少しで来ると思います」
「ならば良し。起きたばかりだから少量でも問題なさそうだね」
ハーヴィンは小人だ。その理に従うならば当然胃も小さく、常人の三分の一程の食事で十分なエネルギーを得られる。逆に言えば余り物を食べられないので、食べる事が好きなハーヴィンがいるのならば哀れな話だ。
スルトは味わって物を食べるが、大食いでは無い為か安定して食事を取っているように思える。
外食でもお子様ランチを頼まざるをえないのは本人にも不本意らしいが。
両者とも好き嫌いは無く、基本何でも消化できる。
サバイバル訓練なら余裕で3ヶ月生き残れる自信がある。
何故かって?
トラモントで引かれる程危険物摂取したからだよ。
笑い茸、毒キノコ、毒草。
味さえ良ければ満足感で苦しみをカバーできる精神論が意外にも功を成し、毒見最強の称号を得ることが出来た。
ただフィラに引かれると本当に心が傷むので辞めようかなと思っている。
奴がもの食わぬ顔で来たときには既に料理が出来ていた。食事の時は随分と大人しいので、騎士の振る舞いに煩いようにマナーにも気を付けているらしい。
個人的には子供みたいと馬鹿にされないように意地になってるハーヴィンにしか見えないのだが…本人に言ったら殺されそうなので伏せておく。
たった三人の食事はまるで家族のような温かみと、少しの寂寥感があった。曰く、大量の長机が満席になる程に人が溢れていた時代より静かでこれもまた良い物らしいのだが、他人とっては廃れていく文化に過ぎないだろう。
今や聖騎士団の栄光など人寄せの材料にならない。
ファータ・グランデでは戦の時代はもう過ぎ去って、戦う事より環境と歴史を大事にする事が最優先なのだ。忌むべき戦乱の災禍を後世へ語り継ぐ。その義務感により歴史を学ぶ人間が最近多いのだとか。
だが、忌むべき記録、それも星の民によって引き起こされた回避しようも無い横暴。星の民を未だに憎む者も歴史を忘れようと躍起になっている者も当然存在する。
愛国心故か戦争を経験していない人間も星の民を盲信的に恨む程の影響がある。
全く…こう言っちゃなんだが民度がそこまで良くないな。
何せ霧で子を捨てている自分の姿が他人から見えないという理由でトラモントまで捨てに来る親がいるのだから。
まったく…度し難い。
最近増えている事件を載せている新聞に目を通しながら心の中でそう呟いた。
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『中々に決まってるじゃないか!最近のは格好良いんだねぇ…』
グルシさんが言った送りの挨拶はそれだった。
朝食を取り終わった現在、俺とスルトは数日前に士官学校から正式に送られてきた制服を着て外を歩いていた。
白のシャツとネクタイ、そして上に着る碧色のブレザー。グルシさん曰く昔は赤色のブレザーだったらしい。充分かっこいいと思うが…。
「赤の方が良かったな…」
スルトは赤の方が良いらしい。
どうせ火属性使いにとっては色が被った方が格好いいとでも思ってるんだろう。いや実際そうかもしれないが。
確かに青色の鎧を着る騎士が火を使ってたら違和感が凄い。そう思えば色は大事かもしれない。
…自分は微妙な色になりそうだな。
「仕方が無いだろう。【赤】は今の時代良く無いイメージを持っているらしいからな。災禍、火事、そして何より問題なのが血だ」
「そんなに厳しく止めている物なのか?イメージというのは」
「少なくともリュミエール聖騎士団はそうしてる。何より【碧】は青と白の明るいイメージを合わせた物だ。清純さと正義の光を合わせている…これ以上にない色だろう」
まあ、憶測でしかないが。
正義という概念を大事にしている騎士団にとってはイメージを固める事は大事だ。
規律が守られている事も表さなければならない。
「ところで」
「…?なんだ」
「エルーンって露出狂?」
「俺がエルーンと知って言っているのなら蹴り飛ばすぞ火だるまが」
上等…粉微塵にしてくれる。
「いや実際あの背中や脇が男女共によく目に止まるというか…毒というか…」
「目の前に何も曝け出していないエルーンがいるが…?」
「いやお前は変わり者だし…」
「鏡」
「未来の騎士団長しか映らんな」
「今すぐフェードラッへに行くか商人として生きろ。お前と騎士を目指したくない」
「そこまで言わなくても…。で、結局何であの様な服が多いんだ?」
確かにエルーンは脇や背中を強調する服をよく着ている。自分はヒューマンと同じ長袖服だが。
…そう言えばアイツも背中やわ、脇…太腿をよく強調していたな…。破廉恥な!
今意識してみると恥ずかしい…確かに毒だ。
「おそらくは文化的な物だろう」
「文化?」
「そうだ。エルーンは常人よりも聴力が強く、身体は軽く疾い。獣の様な身体的特徴が目立つ種族がエルーンだ」
「ふむ」
「そして森に居所を作ったり弓で狩りをするなど、原始的な風習もある。機械的な文化を好まず自然的な文化に生きるのはエルーンくらいだな。それで、動きやすさと獣の本能のような物が混ざった結果があの服ではないのか?」
「なるほど…しかし感謝するぞコーリス」
「んん?」
「謎と緊張が解けた。今なら死角から攻撃されても完封出来る程の落ち着きだ」
「…良くわからん例えだ。ま、緊張を解した後に門を開けられるのは良い事なのかもしれないな」
目の前に聳え立つ建物。
それは間違いなくリュミエール聖士官学校。中央には腕を競い合う為の決闘場が配置されており、それを取り囲む校舎の風格は凄まじい物だった。
きっと、厳格な校長による有り難い言葉が飛んでくることであろう。
一言一句心に刻まなければ…
と、思っていたのだが。
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「え〜にしーろーはーと…全員いますねー。はい皆さんの指導を努めますリエスですー。ま、適当に学んでってください」
軽い。
士官学校よ?お勉強の為の学校じゃない。戦いの技術を学ぶ学校。あと校長なんて居なかった。
数人の指導者が各分野に分けて指導するシステム。
今思えば確かに必要ないな。
校長がいてもやる事は『がんばってますね〜』の一言と共に訓練を除きに来るぐらいだろう。
数は28人。周りには屈強なドラフが多く、存在感が強すぎる。11歳で中年のヒューマンぐらいの筋肉あるぞあれ…と思わせて美少年のドラフもいる。この格差社会。ドラフで産まれたら幸せな人生を拝めるのだろうか。
後、集合場所の教室に入った時、こちらを見てほぼ全員が驚愕の感情を向けていた。
無論、スルトの事なのだが。気怠けな教師ですらほんの少しの時間目を見開いていたぐらいだ。馬鹿にする視線はなく、奇抜な物を見る目だけがこの場にはある。
真顔なところを見ると、本人は気にしていないらしい。
「…ッッッッ!!!」
訂正。
めっちゃ気にしてた。顔が赤いし涙目…手も震えている。
宛ら慣れない衣装を着て恥ずかしがる小学生だ。
この時点で数人の女子のハートをキャッチしてしまったハーヴィン。そりゃ美顔で小さくて涙目で震えている姿を見たら可愛いと思うだろう。
変な目立ち方をしたせいで屈辱的な気分を味わったスルト。
露出狂呼ばわりをした罰と知れ。
無様なりスルト。燃えるような恥辱を味わい給え。
こればっかりは実際種族間の問題だからどうしようもないと言うのに、それを認めようともしない。
ドラフを見ろ。ゴリッゴリの筋肉を自慢げに曝け出しているでは無いか。
まず、ハーヴィンを卑下するという輩はいるが、それ以上にハーヴィンの商業力を認めている人間が多いのだ。いくら小躯だの非力だの馬鹿にされようが知ったことでは無いのだが…さっきのスルトの発言で気が変わった。
自然に生きる種族のエルーンが露出狂…?
もしこれからその先入観が広まっていったら…否、もう既にそう思われているとしたら。
屈辱的以前に種族として変態のレッテルを貼られてしまう。
思うとスルトが哀れに思えてきた。
(俺もこれから奴の気持ちを考えてみるか…)
少しだけ見る目を変えてみようかと思案していた矢先
「このエルーンだって露出狂だぞ!!」
「貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
恥を書くには二人が丁度いいらしい。