「あれがポート・ブリーズだ」
「これがコスモスも訪れた……確かに良い風が吹いている」
一時的に滞在したリュミエールを離れた二人は、目の前に広がる緑色の島に向けて目を輝かせた。
辺り一帯が草原に包まれており、中心部に位置する街には管制の役割を持つ古城がそびえ立っている。
明らかに商業に特化した外観で、その最もたる特徴は騎空艇の船着場があらゆる場所に配置されている事だろうか。
「さて、行くぞ」
コーリスはベルトを背中に巻き付けて鞘を入れる。いつもと違う剣の納め方にゾーイが疑問を持った。確かに大きめの剣なので背負った方が良いのかもしれないが、今になって変える必要を問おうと思ったのだ。
「これからは背負うのか?」
「ああ。腰にはこれを」
コーリスは巻き付けるように着ている衣をずらして隠れていた腰を見せた。
「それは確か……あの子の刀か?」
「大事な遺品だ。使う事もあるかもしれない」
「…後悔はしてないみたいだな。良かった」
「行ってよかったと思えたよ」
二人は早々に街に向かって歩みを進めた。
─────────────
「騎空団に登録は必要ないが、認知されなければ困る。名が広まれば依頼が直接飛んでくる事があるからな」
「ではロイスの言った通りコツコツ小さな依頼をこなして信用を得る事が先決か」
「そうだ。出来れば仲間が欲しいが…」
「表向きは騎空団として、裏では幽世を狩る。裏を隠せば仲間と活動する事は可能だが…すり合わせが面倒だ。寿命に縛りが無い星晶獣の様な存在が理想と言えるね」
「…まぁ、ありえないだろう」
ファータ・グランデの島々には依頼が貼られている掲示板が存在し、騎空団はその依頼を達成し報酬を得る事で生計を立てている。大きな団になれば専属の依頼や、国からの要請も飛んでくる事がある。場合によっては傭兵の様に、戦争に参加する事もあるのだが、それは団の指針による。
「確認をする。まず、戦争には参加しない。命の危機もそうだが、まず国のゴタゴタに巻き込まれるからな。傭兵と違って味方する国と密接に関わる可能性が捨てきれない」
「了解した」
「次に、一日に達成する依頼は最高で10…いや、8くらいか。兎も角受けすぎると他の団の反感を買う。報酬が少なく人気のない依頼を狙っていこう」
「場合によっては二手に別れるかい?」
「素材集めならそれもアリだな。それで、最後に。商人の依頼には積極的に参加しよう。商人からは物資も購入できるし、同じ関係を持つ人間と情報交換をしやすい。酒場にも向かおう」
「酒はあまり好みではないが…分かった」
ゾーイは頷いた。
「じゃあ掲示板に向かおう。島の地図は買っておいた」
「用意が早いな」
「騎士時代に少し色んな島々を回ったのと…コネもある」
「なる程………あ、そういえば」
ゾーイは手をポンと叩きコーリスを呼び止める。
「船は買うのかい?」
コーリスは腕を組んで悩んだ。あった方が良いが、操縦士を雇うか仲間に引入れなければならない。その島の以来だけで活動するならまだしも、彼等の目的上、自分達で色々行き来できた方が効率がいい。
金銭面も少し大変だ。小さめの物なら何とかなるかもしれない。
「少し余裕が出来たらガロンゾに行ってみるか。偶に船に詳しい人が訪れているからな」
「どんな人間だ?」
「白い髪の中性的な青年だ。名前は"ノア"。会った時は船ばっかり見てたから…多分相談にも乗ってくれる筈だ」
「のあ………待ってくれ、ノアだと?」
「どうした?」
首を傾げるゾーイにコーリスが嫌な予感を覚える。
「見た目の変化はあまり無いか?」
「あんまり会ってないけど…多分そうだ」
「…コスモスの記憶から見るに──」
「まさか」
「──彼は星晶獣だ。それも"艇造り"の」
コーリスはもう笑うしかなかった。
「どこにでもいるな」
「そんな物さ。お、"風切り四つ葉"という物の依頼があるぞ。依頼日から2ヶ月が経過しているようだが…」
「どれどれ…最低15個。数がぼんやりしている上に報酬も変動制か。ふざけた依頼だ。そりゃ誰もやらん」
「でもやるんだろ?」
「ああ」
コーリスとゾーイは地図を確認した後に受付に向かった。
「この依頼を受けたいのですが…」
「はい。では名前をこの用紙にご記入下さい」
「あ、名前…」
団の名前は依頼主が報酬を与える為に必要不可欠なものである。
決め忘れていたが、そこはゾーイが秒でカバーする。
「案ずるなコーリス。私が既に決めている」
「え…もう?」
「ああ。リュミエールの頃から毎晩悩んでな!」
「お前なんでいつもそんな面白い天然発動するんだ?」
コーリスがゾーイの面白さにそろそろ気づきかけてきたところで、彼女は喜々として名前を書き込む。
そこには"祈望の騎空団"と書かれていた。
「
「分かった」
ゾーイはズカズカと書類を受け取って街の外に向かって歩き出す。慌ててコーリスが追いかけて横に並んだ。
そして指で字を書きながら疑問を口に出す。
「"希望"じゃないのか?」
「私達は希望では無い。だが、祈り願う人々に応える様な存在でいたい。そういう意志を込めた大事な名前だ」
「……それを希望というのでは?いや、祈望って言葉だけどさ」
「──細かい事は気にするな」
「……なんか、悪かった」
割とノリで行動するのがゾーイであった。
「アンガド高原の西部に生えてるらしい。ちまちま探そう」
そうして二人は意気揚々と大自然に向かって走り出したのだが─────
「コーリス!あった!ここに!!2個目ェ!!!」
「ほんとか!?でかした!!」
───依頼開始から、13時間経過。
未だ2個目である。
「こ、これで…あと13」
「…気張るぞコーリス。夜明けが近い…!」
今回の依頼物の"風切り四つ葉"とは、風切羽を思わせる葉が4枚生えた物であり、分類としては四つ葉のクローバーに大変似ている。コーリス達は知らなかったが、植物としてはレア物の部類であった。
更に、緑が満ち満ちる草原においてピンポイントでこれを見つけるのは難しく、深夜どころか早朝近くになった今では、ゾーイが光で地面を照らしながら集め続ける苦行に変わっていた。
「ど、道理で誰も受けない訳だ……いやもうこれ1個確保して繁殖させた方が早いだろ」
「無限の草原の中から数少ない三つ葉の群生を見つけ、更にその中の四つ葉を探す様なものだな」
「だが根性で耐えきるしかない…これは俺達の大事なスタートになるぞ……!」
ゾーイは力強く頷いた。その瞳には覚悟が宿っている。
「これが騎空士…!!」
多分違う。
──────────────────
「おいおい…聞いたか?」
「ああ。あの依頼を受けた奴がいるってな」
「しかもたった二人だ。てことは新米か…?」
「受付もひでぇよ…教えてやればよかったのに。風切り四葉はほぼ死滅したって」
「依頼者のじいさんがいたたまれなかったんだろう」
今日のポート・ブリーズはざわめいていた。
そもそもが希少な上、既に絶滅の危機にある風切り四葉を納品するという依頼。それを受けた新入りの二人が存在したのだ。
そして、この依頼の主はポート・ブリーズ生まれの植物学者であり、この島の名産であった風切り四葉を復活させる事が動機だったのだ。
だが、二人が依頼を受けた日から4日が経過している。期日に余裕がある依頼において日を跨ぐ事は珍しくないが、街に帰ってきていない事は異様だ。
「魔物に食われちゃいねぇよな…」
「油断しなかったら滅多にないが…二人だからありえるな」
先達の騎空士達が懸念の声を上げた瞬間──2つの人影が街の注目を浴びた。
「なんだ?祭りでもあるのか」
「悪いがすぐにでも納品するぞ。寝ないと頭が死ぬ」
「私はまだいけるが」
剣を背負った少年は手に大量の植物を持ち──それが風切り四葉である事に周囲が気付いたときには既に受付に向かっていた。同じく横にいる剣盾の少女は欠伸を零しながらも疲れ切っている様には見えず、寧ろ寝起きの様に見えた。
「替えの服を持っていくべきだったな」
「洗っていたから大丈夫だろう」
「ゾーイの体質が羨ましくなる」
コーリスは幽霊として不変の理に囚われいるせいか体臭は発生せず、睡眠も不要ではあるが、服は洗わなければ汚れる。しかしゾーイは全ての要素が作られたものである為、何一つ変わる事のない身体を保持できるのだ。
その異様な様相に困惑の声が上がるが、二人は受け付けに植物が大量に入った籠を差し出した。
「数えた所多分30個くらいです」
「さ…!?依頼では15個以上でしたが…よろしいのですか?」
「なんか終盤になると楽しくなってきちゃって…島全体回ってたんですけど、取り過ぎも良くないと思ったのでそのくらいで」
受付嬢が見た少年の瞳は濁っていた。声も言葉も朗らかな物であるのに、その瞳だけは深淵に浸っていた。というか、多分壊れる寸前だった。元気なのは少女だけだった。
「ほ、報酬の方は後日受けとに来ていただければ」
「了解です。お待たせして申し訳ありませんでした」
コーリスはニッコリと笑って宿屋に直行した。しかし彼を止めるのは周りの人間だ。
「ちょっと待ってくれ坊主!」
「………なんです」
「俺達と一緒に魔物を倒さねぇか!?」
先程まで困惑していた騎空士達がこぞってコーリス達に声をかけ始めた。ロイスからの情報を聞いていた彼からしてみれば不可解な状況だが、受けない理由もない。
しかし疲労困憊。ゾーイすら微妙な怠さを感じている程の苦行の後に正当な判断を下せるのか、甚だ疑問である。
「ポート・ブリーズは人手不足なんだ!」
「なんですって?」
今度はコーリスも目が覚めた。
「坊主達は他の島から来たんだろ?ここで金を稼ぐなら悪い話じゃない筈だ」
「事情を聞かせてください」
「分かった……皆集まってくれ!」
騎空士が仲間を10人ほど集めて語り出した。
「見ての通り、今この島にいる騎空士はこれしかいない」
「……知人からは、魔物退治の依頼が多く、騎空士同士で取り合う程だと聞きましたが」
「ああ、この島は資源も豊かで人間が生活するに困る事はない。だが、それは魔物も同じでな…デカくなるまで育っちまう」
「大量発生ということですか?」
「そうだ…情けなくて新人に頼みたくはねぇんだが、見た所体力もありそうだ。上物も身に着けている。縁ついでに協力してみないか…?」
急な話ではあるが、逆に円滑に島に溶け込むチャンスでもあった。コーリスは素直に頷いた。
「こちらこそよろしくお願いします…………あと明日からでいいですか?」
「あ、ああ。ちゃんと寝ろよ。あとあの依頼受けてくれてありがとよ」
「…厄介物でしたね」
「確かに厄介ではあったんだが…」
先達の騎空士は憂いの表情を見せた。
「依頼者が郷土愛溢れる爺さんでな。昔ポート・ブリーズでよく取れてたその四葉を復活させたいと躍起だったんだ。だが、魔物には食われるわ踏まれるわ…群生地は巣になるわで散々だった。お前等どうやって集めたんだ?」
「ただの根性ですが…魔物も数匹倒しましたね。な、ゾーイ」
「大きめの魔物が多かったな」
「腕も問題なしか。ありがとよ…あの四葉もここでしか取れないだけで多く生えていた筈なんだが」
島の人間にしか分からない愛もある。コーリスにとってトラモントのラクリモサが懐かしい様に、目の前で絶えていく様子を依頼者は見過ごす事は出来なかったのだろう。
少し心の疲れが取れたコーリスは、安い宿ではあるが充実した睡眠を取る事が出来た。あと、珍しくゾーイも寝た。
─────────────
──翌日。
「…想像以上だ、お前達」
「これで全てですか」
コーリスの足元には魔物の巨大な亡骸が数十匹分倒れており、ゾーイに至っては戦った形跡すらない。凶暴な魔物をコーリスが担当し、ゾーイが暴走した精霊等を消し飛ばし無力化する。そういう戦い方だった。
「これからもポート・ブリーズにいてくれると有り難いが…」
彼等の懇願にコーリスはノータイムで頷いた。
「商人も俺が紹介するよ。人手が欲しくてたまらないんだ」
「ありがとうございます」
「…お前等なら参加しても大丈夫そうだな」
「何にです?」
それは、この空の一大イベント──
「──暴走した星晶獣を倒す…"古戦場"ってやつだ」
「げ」
その提案に嫌そうな声を出したのは、何故かゾーイであった。
ポート・ブリーズ群島
・豊かすぎるが故に魔物すらも育ちきってしまう島。強者が依頼を求めていたが、予想以上の物量に音を上げて、環境が整ってるアウギュステの自警団に逃げ込む人間が多い。
古戦場
・うわでた。
・ゾーイが嫌な反応をしたのは、その起源にコスモスが関わっているからで………。
ノア
・偶にガロンゾで見かける人。