幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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57.εξαπάτηση(欺瞞)

 

 

「コーリスさん!」

 

「ちょっと待っててくれ。クフルに教えてるから」

 

「えー!昨日私に教えてくれるって約束したじゃん!!」

 

「クフルはもっと前に約束してたからなー」

 

「ずるいー!!」

 

 コーリスの周りに子供達が集まっている。それぞれが手に力を込めて唸っており、数秒後には肩で息をしてまた繰り返している。

 

 そんな彼等を遠目から2つの影が覗いていた。

 

 

「彼はもう人気者ですね」

 

「お前と一緒でな。薄い関係だとアイツは好かれるからな」

 

「ふふ。()()()()()裏がある人間という事ですか?」

 

 コーリス達を眺めるエニュオは、カリオストロに対して皮肉を強調しながら薄い笑みを浮かべた。

 それに溜息を付いて返答する事しか出来ない彼は、渋々と言い訳を述べた。

 

「露骨に疑ってた事は悪かったよ。裏がある人間なら逆に分かりやすいし、バカ真面目なアテナみたいな奴もいる。でもお前、何考えてるか全く分からないんだよ」

 

「私は常に街の平和とアテナの願いの成就を考えていますよ?」

 

「それが明らかな嘘とも言えないから気持ち悪いんだよ」

 

 コーリス達が街を訪れて一週間が経過した。

 カリオストロは破損した武器や盾の修復と再利用を行い、コーリスは武器を取れない子供達に防御魔法を教えていた。子供にとっては使えて一回であろうが、覚えておいて損はない技術である為、アテナはその行動を大いに歓迎した。

 

 そして彼等が一週間を過ごした結果、エニュオは()()()()()()という判断を下した。カリオストロがエニュオ本人に『疑っていた』事を伝えた結果、彼女はそれに怒りを抱く事もなくただ不変の日常を送った。

 恐らく、エニュオのその姿勢を見たから彼等は疑う事を止めたのだろう。というより、詮索する事を諦めたのかもしれない。

 

 

「にしても…お前が何の星晶獣か知った時は終わったと思ったけどな」

 

「役割と感情は矛盾しません。私は機械ではありませんから」

 

「だとしてもだ。怖すぎるだろ……だって──」

 

 

 それは普通の人間であれば忌避する現象。

 命を摘み合う戦場という場でのみ成立する悪夢。

 

 

「──"破壊"と"蹂躙"を司る星晶獣だぞ」

 

 

 それは、生命を護るアテナの物とは正反対だった。

 

 

 

─────────────

 

 

「何時もかたじけない。貴方がこの街に来てくれて良かったと心から感じています」

 

「アテナさんの努力には敵いません」

 

 子供達の魔力が尽き、一通りの訓練を終えたコーリスは、巡回を終えたアテナと共に茶を飲みながら街の防壁を眺めている。

 防御術を戦闘に用いる二人は、ある種のシンパシーを感じていたのか、関係の進展が中々に早かったのだ。

 或いは真面目な性格が功を奏したのか…アテナの方が常識が伴っている様に思えるが。

 

 

「でも、何故そこまで人間を守ってくれるんですか?」

 

「……覇空戦争時、空に対して友好的な星晶獣が星に反旗を翻した時、私は空の民の退路を作りました。ですが、星の民が私達の感情という不確定要素を野放しにする筈も無く、星晶獣達の役割を強制させる星晶獣を戦地に送り込んで来たのです」

 

 

 過去を語るアテナの手は震えていた。

 

 

「私もその影響下に置かれ…守るべき人間達を敵とみなし、星を守る為に彼等を焼き尽くしました」

 

「……すいません」

 

「いえ、抗えない訳では無かったのかもしれません。実際、エニュオはその星晶獣に抗った内の一人でした。星を裏切り空に与するとは言え、戦わずに守るという行為に逃げた私の意志の弱さを……恥じるのみです」

 

「……今は、罪滅ぼしですか?」

 

「それもあります。ですが、私は彼等の力になりたいのです。覇空戦争でどれだけ街を滅ぼされ、戦友を失おうと最後まで抗い、自身の世界を守り抜いた人間達が……私には輝いて見えました。星や魔物に比べれば弱い命であるというのに」

 

「だから守るのですか」

 

「守護の星晶獣としての性分と言われれば反論出来ません。能力と性格が結びつく事の方が多いですから。私自身、これは純粋な感情であると信じたいものです」

 

「アテナさんは…立派だと思います」

 

「コーリス殿には及びません。私はまだ、迷っている最中なのでしょう。貴方の様には…なれていません」

 

 

 コーリスがアテナに尊敬の念を抱く様に、彼女もまた、彼に対して一種の憧れの様なものを覚えているのかもしれない。

 彼女にとって、人々を守る為に空を飛び回っている祈望の騎空団は理想の形でもあるからだ。

 

 だが、コーリスはそう思っていない。

 

 

「いいえ、俺はいつもどっち付かずです」

 

「コーリス殿…?」

 

 

 少し考えてからコーリスは語り出した。

 

 

「俺は故郷が魔物に襲われた時、聖騎士が助けに来てくれたのをきっかけに騎士になりました」

 

「存じています。貴方の佇まいは荘厳なものですから」

 

「ありがとうございます。でも、俺はその場所で自分の理想を追えたとは思いません。あやふやなイメージで言われるままに遊撃隊として人を疑い、これこそが国を良くしているという根拠の無い正当化が続き……遂には1人の罪人を殺しました」

 

「……思い出しました。リュミエールですね。貴方が活躍した空戦、その首謀者はその場にいた騎士によって裁きを受けたと聞きました」

 

「そんな風に報じられていましたか。みんな優しいんですね」

 

 

 アテナはコーリスが急に幼くなったと感じた。

 言葉遣いも表情も、先程まで子供達を見守っていた団長としての物とは大きく異なり、狼を思わせる顔は次に子犬を幻視させた。

 

「何時も引っ張って貰ってばっかりです。多分、俺が一番強かったのは騎士になる為修行していた子供の時。騎士になってからは組織の足を掴むばっかりで自分の正義も見つけられませんでした。今もきっと…………いえ」

 

 コーリスは口を閉じた。最後の言葉は無意識に出たもので、言うべきでなかったと後悔したのだ。

 

 

「カリオストロ殿が団の方針を…?」

 

「カリオストロは研究したいだけです」

 

「あ、はい。そうですよね」

 

 

 両者の咳払いが場を濁した。

 

「目標はもう一人の戦闘員から与えられた物です。途方も無く長い道のりの果て……その結果も遠くの未来の話。正直、俺が頑張れるか不安なんです」

 

「…」

 

「だから覇空戦争が終わってからの400年間、人を助け続けたアテナさんは凄い人だと思います」

 

 アテナはその言葉をゆっくりと咀嚼し、目を閉じて心に刻み込んだ。

 

 

「コーリス殿。例え貴方の歩む先が不朽の茨であっても、決して挫けぬ様。もしも突破出来ない不条理が貴方を襲うのならば──」

 

 騎士としてのアテナが弛む事無く言葉を紡いだ。

 

 

「──その茨、私の炎が焼き尽くしましょう」

 

 

 その言葉は、アテナを守護者たらしめると思わせるには充分過ぎた。

 彼女はこの瞬間、コーリスの味方をすると心に決めたのだった。

 

「…ありがとうございます」

 

 

 コーリスは長く頭を下げてその場を後にした。

 その純粋な気遣いが、また彼の心を重くするのだ。

 

 

──────────────

 

 

 

「…?」

 

 

 休憩を終え、コーリスは街の外れを歩いていると聞き慣れた音が聞こえた。

 

 

「…弓?」

 

 

 訓練所でよく聞こえる風を切る音が、普段人間が訪れない場所で響いている。だが、肝心の弓矢が何かに当たる音が聞こえない。

 空耳なのだろうかと素通りしようとしたが、逆にその違和感がコーリスの心を惹いた。

 

 

「……あ。コーリス先生」

 

「アルミス…?」

 

 

 そこには、空色の髪を持った少女がいた。

 アルミス。コーリスの防御魔法訓練にも参加しており、彼を先生と呼ぶ。感情を表情に出さない寡黙な性格である。

 

 

「弓は大人以外使えない筈だが…練習してるのか?」

 

「…うん」

 

「子供の武装はアテナさんが禁じてた筈だが」

 

「魔法使えないから……やらなきゃだめなの」

 

「……そうか」

 

 

 アルミスは唯一防御魔法が成立しない子供だった。 

 理由は単純。魔力量が足りないからだ。生まれ持った魔力が常人よりも少なく、自身の小さな身体を守る盾を構成する事が出来ないのだ。

 その為、防御魔法が使えないのでは無く、防御として成立しないという結果に陥ってしまう。

 

 無論コーリスは彼女の失敗に気付いているので、急所をピンポイントで守る技術を仕込んでいるものの、少女の劣等感を消す事が出来なかったのだ。

 当然の帰結として頭を抱えた。

 

 

「でも、弓もだめ。奥に飛ばない」

 

「貸してくれ」

 

「うん」

 

 

 コーリスは弓を確認した。街で作られてる一般的な物で、彼女は女性用の小型弓をこっそり持ってきたらしい。

 

 

「破損は無し…という事は」

 

「…私がへた?」

 

「違う。単純に力が足りてないんだ」

 

 

 子供の腕力では弓は満足に飛ばない。ただそれだけの話だった。

 加えて的まで35m程の距離がある。

 

 

「……どうしようもないのかな」

 

「一回見せてくれ」

 

「……はい」

 

 

 アルミスは木に掛けられた的に向かって弓矢を放った。

 その矢は木に当たる前に弱い軌跡を描いて地面に落ちていったが、方角は的の中心から全く逸れていなかった。

 コントロールは常人以上に精密であったのだ。

 

 

「出来ない…」

 

「いや、上手だ。もう少し身体が大きくなれば、このまま真っ直ぐ飛んで的の赤点に刺さるぞ」

 

「当たらなきゃ意味ない」

 

「ごもっともだな」

 

「先生ならできる?」

 

「弓はなー…どうかな」

 

 

 次はコーリスが弦を引絞った。そのまま手を離して矢が飛んでいき……。

 

 

「あ」

 

 

 的から外れて木の幹に浅く刺さった。

 

 

「……アルミスより初心者だな」

 

 

 力加減も方角も何もかも間違った狙撃だった。

 当然である。コーリスが弓を握ったのはこれが初めてであり、扱う人間を見た事も無い。強いて言えばバジュラとの戦いのトドメだろうか。

 

 

「…先生」

 

「今、自分より下手だって思っただろ」

 

「うん」

 

「正直でよろしい。アルミスが上手なのが分かったな」

 

 

 下手な技術が功を奏したのか、彼女の表情は緩やかなものに変わっていた。

 現在この街は魔物に襲われる期間に怯えており、アテナの焦りを街の人間は感じ取っている。その為か団結力はあれど、冷静に日々を過ごす者は少数だ。その影響が子供にまで及んでいると考えれば、この依頼の達成はこの島で重要な結果を齎す。

 コーリスはその事をアルミスの行動で実感した。

 

 もう少し彼女の練習を見ていようと思ったその時…。

 

 

「あら?珍しい所にいますね」

 

「あ……」

 

 

 エニュオが背後から近づいていた。

 

 

「…なる程。アルミスは隠れて弓の練習をしていたのですね」

 

「ごめんなさい…」

 

「禁じているのはアテナですから私は気にしませんよ。くれぐれも怪我の無いように行ってくださいね?」

 

「はい!」

 

 

 エニュオは聖母の如き表情でアルミスを許した。何故この付近を歩いていたのかコーリスは未だに疑問だが、恐らく巡回だろうと考えて口を閉じた。

 

(いつもそうだが…この人不意をつくタイミングで顔出してくるよな)

 

 反射的に暗器の針を抜こうとしてしまった己に言い訳をして、コーリスはエニュオに彼女の腕前を自慢した。

 

 

「エニュオさん。アルミスの弓は上手ですよ。俺なんかよりもずっと丁寧に射掛けます」

 

「まぁ。見せてもらっても?」

 

「は、はい」

 

 

 コーリスの狙いは、ここでアルミスに少しだけミスをさせて、エニュオに指導をしてもらい自信を育てさせるという節介である。

 

 緊張からか過剰な力が加わり、あらぬ方向へ矢が飛んでいくかと思いきや…。

 

 

「…え、うま」

 

「で、できた…!」

 

 

 過剰に加わったと思われた力は、非力な彼女にとっては適切な狙撃になり、的の中心から一寸も乱れる事なく綺麗に刺さっていた。

 エニュオもほんの少しだけ驚いた。

 

 

「私も射ってみましょう」

 

 

 興が乗ったのか、先程のコーリスと同じく弓を借りて的を狙うエニュオ。

 その結果は、的には入っているものの中心から大きく右にはみ出たものであった。

 

 

「私は弓の経験がありますが…アルミスの才には及ばないようですね。お見事」

 

「や、やった…!」

 

 

 コーリスは初めてアルミスの喜ぶ表情を見た。

 

 

「ですが、これ以上やってはアテナに見つかってしまいます。今日の所は帰って休みましょう?」

 

「はい!ありがとうございますエニュオさま、コーリス先生」

 

 エニュオに言われた通り帰宅するアルミス。

 残った二人は的の置かれた木を見て顔を見合わせる。

 

 

「コーリスさん、あの子に付き合ってくれて感謝します」

 

「偶然でした。まさか一人でやっているとは…」

 

「アテナに似て焦りっ気の多い子ですから…」

 

 

 エニュオは気づいた上でアルミスの練習を黙認していたのか。要らぬ責任感を負わせまいと落ち着かせる為に敢えて先程のタイミングで姿を表したのか。

 コーリスは偶然では無くそうだろうと確信していた。

 

 

「ところで、わざと外すというのも難しいものですね」

 

「え?」

 

「的の事です。アルミスの自信を付ける為に敢えて失敗した真似をしたのでしょう?私もそれに倣いました」

 

「俺が…わざ、と?」

 

「はい」

 

 

 コーリスは泣きたくなった。『道化だな、俺』と。

 

 

「あ、あれ、本気でやったんですけど」

 

「………………………ごめんなさい」

 

 

 

 …後に先にも、エニュオに心からの謝罪を引き出させたのはこの瞬間だけであろう。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

「…力を使い過ぎては本末転倒ですよ、アテナ」

 

「エニュオ」

 

 

 夜が空を覆い、人々が家に戻った後の事。

 指令塔でアテナが白き球体──パラディオンの核に自身の力を込めている最中であった。

 

 

「『パラディオンに力を込めている最中は防壁を展開できない』……まるでそれが完成すればいつも通りに力を発揮出来る様になると言いたげですね」

 

「……エニュオには隠せませんね」

 

 

 アテナは目を閉じてエニュオの言葉を待った。

 

 

「それは守護の能力そのものの大半をつぎ込んでいる。つまりそれを使っている限り、アテナは自身の本気を出す事は叶わない。これで合っていますね?」

 

「はい」

 

「では、何らかの要因で貴女が再起不能になったとしましょう。パラディオンは解除されます。逆に言えば、万全の貴女が戦っていれば防げたかもしれません。こう言った状況は考えなかったのですか?」

 

「コーリス殿やカリオストロ殿が私を裏切ると?」

 

「相変わらず早合点ですね。話を最後まで聞けないのですか?」

 

「相変わらず言葉が過ぎますね、エニュオ……!」

 

 

 無意識の煽りがアテナの神経を逆撫でする。

 絞り出すかのような声色で彼女は数日間の焦燥の原因を口にした。

 

 

「守らねばならないのです…………空を、守らねば」

 

「……それはどうして?」

 

 

 その疑問は守るという行為に対してでは無く、『今になって何故』という問いかけである。

 

 

「星晶獣による被害…魔物による被害。リュミエールの空戦は知っていますか」

 

「結果と当時の被害状況だけは」

 

「…コーリス殿は、リュミエールの騎士だったそうです」

 

 

 返事を待たずにアテナは語った。

 

 

「空戦集結時に聞き届いたコーリスという名。コーリス殿がこの街に来訪した時には驚きましたが、彼の話を聞いて本人だと分かりました」

 

 

 コーリスとの会話で、アテナは思い出したかの様にリュミエールの名前を出したが、その実…彼女は空戦の記憶を誰よりも自身に刻み込んでいた。

 その理由は──

 

 

「あれは…星晶獣による戦争。言い換えれば我々が齎した災厄です」

 

「…だから同じく星晶獣である私達が守ろうと?」

 

「覇空戦争の爪痕。その償いは私達がするべきでしょう」

 

 

 アテナのその覚悟と責任は守護者という本能により深く空へ向けられた。

 愚直にも自身の及ばぬ範疇にまで手を伸ばし保護しようと進み続けるアテナを見て、エニュオは心から深く笑みを浮かべて詠嘆した。

 

 

(ああ…アテナ………貴女は本当に──)

 

 

 深く、嘘偽りなく、唯一思ったこと。

 

 

 

 

(──馬鹿ですね)

 

 

 

 





コーリス
・子供達に防御魔法を教えている。
・実はアテナとズッ友レベルで相性がいい。多分無駄に抱え込む性格が似てるから。
・エニュオの司る物を聞いた時には盾を30枚張った。

カリオストロ
・武具の修復や建物の改築を担当。
・エニュオの司る物を聞いた時には地中に逃げた。

アテナ
・リュミエールの空戦を契機に覇空戦争を思い出し、自らを含めた星晶獣という存在に責任を感じている。だから無我夢中に空を守ろうとしており、原作よりも余裕が無い。
・コーリスと二人っきりの時、互いにメンタルがクソ弱くなる。

エニュオ
・"破壊"と"蹂躙"を司る星晶獣。それが能力による名なのか、はたまた戦闘を揶揄された名なのかは分からない。
・いつだって自然体。

アルミス
・空色の髪と虚ろな(そう見えるだけ)目を持った少女。
・弓の才能を持つ。
・オリキャラで、名前の由来は分かりやすい筈!
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