──防衛街、住宅集合地にて。
(早く…早く!!)
コーリスは霧で発見した生存者の元へ全力で走っていた。キュドイモスに見つかる前に…傷で死に至る前に…カリオストロが耐えてる間に少しでも早く、救助しなければならなかった。
「どけぇぇ!」
周囲に蔓延る狼を切り裂き、目の前で崩れている家の玄関をほじくり返す。
「ぁ…」
「ルルス!」
コーリスは気が付かなかった。現時点で生存している人間の中には子供が多い事に。
──エニュオが故意に子供を生かしている事に。
「かえってきてくれたんだ…コーリスせんせ」
「ちょっと痛いぞ…踏ん張れっ」
家の下敷きになっている少女を助けようと、彼は瓦礫を全力で持ち上げた。
「……ぁ、あぁぁあ!」
少女の両腿から先が潰れていたのをコーリスは見た。
「ち、ちょっといたいよ…せんせい」
痛みすらも感じぬ程に麻痺している意識。出血量からして、大人ですら助かる見込みのない致命傷。
段々と光を失っていく瞳を見て、彼は必死に掌を握った。
「大丈夫だから…大丈……」
「せんせい…エニュオさま、を…まもって」
「………え」
「おおか、みに…おそ………わ…、れ──」
死んだ。
彼が初めて直面した幼子の喪失。
少女は、最期まで自身を殺めた神を…崇拝しながら事切れた。
「──」
コーリスは自身の心が一つに染まるのを実感した。
「エニュオォォォォォォ!!!!!」
それは、殺意。
────────────
結局、彼が感知した14人の内、死亡したのは8人、無事に救出出来たのは5人である。
残りの1人は何故か感知した位置から移動していたのだ。
「外に魔物はいません。俺が狼の注意を引きますので、この林を抜けた先の艇に乗り込んで下さい。ノアという青年がいます」
「はい…分かりました。…その、アテナ様とエニュオ様は」
唯一の大人である青年に子供達を託し、街の外の安全を確認した上でノアが待つフロンティア号に向かうよう促した。
「アテナさんの位置は掴めていません。申し訳ありません。エニュオは…………」
「い、いえ…私は子供達を守りますので…どうか、街をお願いします」
コーリスの様子から、全てを察した青年は林に向かって音を立てない様に動き始めた。
「先生…死なないで」
「頑張ってコーリス先生!」
「エニュオ様とアテナ様を守って…!」
「………ああ」
子供達はエニュオを信じ続けている。
街の人間が殆ど殺されたという事実を受け止めた上で、泣き叫ぶ事すらせずにコーリスに希望を託し、他者を気遣っている。
コーリスは、そんな彼等を裏切ったエニュオを絶対に許す事が出来なかった。
(…アルミス。どこだ)
発見した死体は全て原型が残っており、街に住む人物の中で、唯一アルミスとアテナが見つかっていなかった。
コーリスの霧による感知は動きと呼吸を察知する。アテナは星晶獣故に人体とは異なる性質を持つ為、正確に察知できなかったのだと彼は考えた。
そして、確かに存在した気配であるが、姿を消した1人。それがアルミスであると仮定すれば、自力で逃走しているのかという結論に至った。
しかし、先程からエニュオとカリオストロの激戦区以外に霧を送っているが、それらしい動きは感知できず、やっと神殿にてアテナの気配が読み取れた程度である。
ならば、考えられる事は1つ。
──アルミスは二人の戦場の中にいる。
コーリスは確実に助ける為、アテナの意識がある事に賭けて神殿へ向かった。
(仇は取る。必ず…エニュオを殺す)
───────────
──防衛街、広場。
「そ、らぁっ!!」
「……ふっ!」
カリオストロの生み出した槍状の土砲がエニュオを串刺しにせんと襲いかかる。エニュオは槍を振ってそれ等を砕き、追撃にかかるウロボロスを避けて一歩下がった。
しかし、ウロボロスの口が地面に接触した瞬間、彼女の足が地に沈む。
(なる程…竜も錬金術の行使が可能なのですね。
「出来ますね、貴方」
「■■■■■■!!!!」
ウロボロスはカリオストロが生み出した
その特性は"完全性"と"循環"。完全性は不朽の肉体を表し、循環は錬金術による再生を意味する。つまり、何にも毒されない頑強な肉体と、仮に破壊されても補強できる利便性があるという事だ。
加えて、ウロボロスはただの竜ではない。時には錬金術の媒体となって主の術を強め、更に自身も錬金術を行使する事ができる。
──つまり、カリオストロが増えた様なものである。
(…!これは先程の)
ウロボロスの口からアルス・マグナが放たれる。
だが真に警戒すべきはカリオストロの動き。エニュオにとって、突然消えたコーリスの事も気がかりであったが、既に数の理は覆されている。
よって、彼女が手を抜く必要は無い。
「ポリスクラスト──」
「っやべ!」
背後から術を用意していたカリオストロが咄嗟に判断する。
長い戦闘経験が漠然と危機を察知した。
「──ハァッ!」
360度、全方位に槍の刺突が襲いかかる。その一突き一突きが岩盤に風穴を開ける威力であり、当然人体に当たれば即死である。
カリオストロとウロボロスは事前に大きく回避したが、逆に距離を取ればキュドイモスを召喚する隙を与えてしまう。
彼は冷や汗を隠せなかった。
(範囲はそこまでだが、後ろを取る癖があるコーリスなら当たってたかもな……)
しかし驚いたのはエニュオも同じだった。
(攻撃力を常々見せていたとはいえ、私と戦うのは初見の筈ですが………ここまで接近してくる魔法使いは初めてですね。)
周囲の地形が徐々に塗り替えられていく。
土属性に秀でた星晶獣であっても、大地そのものを捏ねる芸当は不可能である。純粋な属性魔法とは異なるアプローチを生み出したカリオストロの戦い方は、星の生造物であるエニュオにとっても珍しく感じたのだ。
彼は周囲に回転する刃を配置し、多数のキュドイモスに対する抑止力として備えた。
そこで当然、エニュオは考える。
(近付いて欲しくないのなら…纏めて吹き飛ばす)
大地の形を変えて操作しているだけならば、強度面に変わりは無い。彼女が槍を振るえば尽くを砕き、その隙に狼を指し向ければ問題は無いのだ。
彼女は槍を振りかぶろうと構える。
「──バーカ」
───それは誘いだった。
「!?」
「ペネトラーレ」
カリオストロの右手の指先から発射されたのは高密度の水圧線。
キュドイモスへの対応に見えた土の備えは、エニュオの大振りを誘発させる為の演技に過ぎない。
(水………!?)
「元素の研究には自信があってな。この分野に至ってはお前等の創造主よりもイケてると思うぜ?」
高速で飛来したレーザー状の水に対し、エニュオが取れた行動は槍の側面による受け流し。
しかし、技をワンテンポ置いて放つ程彼は優しくない。
「カデーレ!」
左手を翳した瞬間、周囲の地形が一気に瓦解し、巨大な岩石となってエニュオの頭上に降下する。
その岩石はキュドイモスの壁でも勢いを殺し切れず、彼女は遂には水への防御を捨て、潰されない様に両手で耐えた。
引き換えに水はエニュオの左肩を貫き、彼女の力は少し弱まってしまう。
その間にも、カリオストロは水を出していた右手を前方に構え、指揮を執る様に手首を回した。
「言ったろ、形振り構わず殺すってな。お前が悪いんだぜ」
「他属性は想定外ですが…」
「それは大いに結構ってやつだ。サルターレ」
「…っ」
サルターレ。火の元素を以て錬金術を行使した物体に熱を与える技。
エニュオが岩石から感じた熱は、反射的に身を翻してしまう程度の強さを秘めていた。
彼女は降下した岩石を槍で破壊しておくべきだったと後悔した。
身動きが取れない敵に対し、カリオストロは静かに右手を上げる。
既に熱を与えた土は、術を解除しても冷める事はない。致命の一撃を存分に用意できる隙を生じさせたのだ。
(後悔の隙も与えねぇ──確実に断ち殺す!!)
彼は刹那の怒りと共に右手を手刀の形で振り下ろした。
「──アブシンデーレ!!」
「──」
風の元素を極限まで圧縮した不可視の斬撃。その威力は、大国の城壁すらも真っ二つにするものだ。
エニュオに向けられたその技は、彼女を押し潰そうとしていた岩石ごと切り裂き、巨大な土煙を発生させた。
(…コーリスに会わせず殺せたか。ラッキーだったな)
カリオストロは心から安堵した。
攻撃性からして、相性の悪いコーリスと対面させる前に倒し切れた事を。
そして何より、エニュオという存在をコーリスに殺させたくなかった。
それはコーリスの心の負担を考えての事だ。仮にも一月を過ごした間柄を怒りのままに殺す。それは躊躇いも無く可能だと分かってはいるが、そのドス黒い憎しみは、コーリスに悪影響を与えるかもしれない。
(…嫌な目に遭うなんてのは、ガキを卒業してからでいいんだよ)
幼年の頃から苦労したカリオストロだからこそ、若いコーリスには大きな絶望を知ってほしくなかったのだ。
目的は達成したと、彼はコーリスを追おうと背を向ける。
……しかし。
「……マジか」
カリオストロは背後から足音を聞いた。
「土属性をここまで極めた人間は見た事がありませんね。いえ、錬金術という土の派生を創り出したというべきでしょうか。純粋に興味が湧いたのは久し振りです」
──エニュオ、健在。
戦局が再び変わる。
───────────────
──数分前、崩壊した司令塔の跡地にて。
「っ…アテナさんっ!!」
コーリスは遂にアテナを見つけ出した。
瓦礫に潰された形では無く、上に横たわる様に倒れていた彼女の姿は、彼が想定していたよりも軽い傷であった。
「アテナさん!聞こえますか!」
しかし、何度揺さぶっても反応一つ見せない。死体に近い感覚を覚える程に、彼女の身体は震えさえ起こさなかった。
「なぜ………いや、これは………!!」
その時、コーリスはアテナの横に落ちていた白いガラス片の様な物を発見した。
余りにも小さい破片であったが、彼はソレを見て理解した。
(………パラディオン)
パラディオンの本体である白い球。
ここより遠方の神殿にて厳重に保管されていた、この街の最終安全装置。それが壊されているどころか、消し飛ばされている異常事態。
「………」
そして、彼はアテナの傷の浅さから、彼女の沈黙はパラディオンの破壊が原因だと推測した。
パラディオンはアテナの権能を注ぎ込んだ防壁。思い切った言い方をしてみれば、これは彼女そのものだと言う事が出来る。
魔力の様に数日経てば回復する物とは違い、これは星晶獣を星晶獣足らしめる能力を分かち、一つの武器として使うもの。
つまりこれを破壊される事は、彼女の身体の消滅と同義である。
パラディオンにはアテナの防御力が殆ど使われている為、今の彼女には何かを守護する力が足りていない。
権能の破壊による弱体化と魂への大打撃……その隙にエニュオは彼女を無力化したのだ。
「…あ」
そして──アテナが殺されておらず、態々遠い位置に放置されている事。霧で感知した当時の生存者は全員が身動きが取れない状態にあり、死ぬ直前であった事。
2つの事実から分かる事がある。
「────」
それは、2対1を回避する為の時間稼ぎなどでは無い。
エニュオは他者の身も心も蹂躙する事が本能。
彼女はコーリスがどれほどの凄惨な表情を見せながら帰ってくるかを、今か今かと待ち望んでいるのだろう。
「──殺す……」
エニュオの狙い通り、彼の中で何かが切れた。
───────────────────
(やはり…コイツ、まだ何かあるな?)
水で貫き、土で潰し、火で爛し、風で割った。
それでも尚、エニュオは水や火の傷を薄く塞ぎ、何事も無かったかの様にキュドイモスを召喚し、槍を向けている。
風の攻撃を掻き消された手応えは無かったが、かと言って直撃したとも言い切れない現状に対し、カリオストロは冷静に思考を巡らした。
(……もしも、だ。あの馬鹿みたいな攻撃力は只の身体能力で、"蹂躙"の召喚能力に加えて……"破壊"に当たる能力を持っているなら……)
カリオストロの焦りは現在の事ではない。
彼の錬金術の弱点は、大火力と概念による破壊・分解。
そして、エニュオが持ち得るのは純粋な破壊力と未知の能力。もし、彼の風がその能力によって相殺又は掻き消されたと考えると…。
(その破壊の力が概念攻撃だとすると…絶対に防げねぇ)
前者は防御力を無意味にする概念攻撃、後者は防ぐ事が出来ない程強力な攻撃力。
カリオストロは後者であることを強く祈った。何故なら彼本人が防げなくとも、防げる可能性を持つ仲間がいるから。
だが、前者であった場合はどうしようもない。キュドイモス達に手を焼けば纏めて消し飛ばされる。
何故エニュオがその力を最初から使わなかったのかも説明が付く。単に嬲りたいからだ。
(…クソ女。マジでハイスペックだな)
彼の中で一段とまた、星の民の好感度が下がった。
しかし、彼は笑う。望む方向に戦いは進まなかったが、
「オイ、お前…戦いで焦った事はあるか?」
「驚いた事はありますが、焦った事は無いですね。貴女との戦いも驚きの連鎖でしたよ。ああ…覇空戦争時には少々不愉快な出来事もありましたが」
「なる程な。で、もう勝った気か?」
「貴女の顔を見れば分かります。少し戦いを長引かせると直ぐに絶望してしまう」
「…」
「ですが、貴女を蹂躙しても得られる喜びは微小の物。残念ですが、手早く死んでもらいますね」
「ああ…そうだな──」
「…?」
───なんとなく、エニュオが背後を見た。
「ッ──」
エニュオの頬に剣が掠る。
極限まで隠された気配と万感の殺意。辛うじて回避した彼女の顔面にもう一つの攻撃が迫る。
「コ──」
「エニュオォォォォォォ!!!」
それは、全開の魔力を込めた左拳による純粋な殴打。
「───!!!」
彼女の身体が衝撃に耐えきれず、周囲の瓦礫を巻き込んで吹き飛ぶ。
「フゥ──……フゥ」
開闢と破壊者、その戦いに参戦したのは──
「お前を壊しに来た…エニュオ……!!」
──灰の聖盾、コーリス。
「…てな訳で、第2ラウンドだ」
「……はぁ」
笑顔と共に投げかけられたカリオストロの言葉に、エニュオは苦笑いで返した。
決して無視できない苦痛。故に顔を抑えながら立ち上がった。
「ここまで来た速度に驚きました…ここまで痛いと思ったのも初めてです……ですが」
「………」
「その
エニュオの槍に力が加わっていく。
それは風の様にも、魔力の様にも見えた。
「では──本気で行きましょうか」
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
VS 破壊と蹂躙の獣 エニュオ
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
現時点を以て、余興は終わり──。
コーリス
・殺意
カリオストロ
・コーリスに殺しを背負わせる事を良しとしなかったが、最後の彼を見て決意を感じ取り、共に戦う事を決めた。
・錬金術は土属性の土を操る魔法を基に作られている為、他物質への干渉が可能である。その中でも彼の錬金術は極められており、空気中に漂う元素を利用して他属性の形状を変化させ、自由に使いこなす事を可能としている。以下、技解説。
サルターレ
・踊る火。
・自らが操った物質に熱を加える技。燃やす訳ではない。
ペネトラーレ
・貫く水。
・水を圧縮し、指先から放つ技。常人なら反動で指が折れるが、カリオストロの頑強な身体ならノーリスクで撃てる。
カデーレ
・降る土。
・周囲の土や石を削って純粋な巨大岩石を作る技。
アブシンデーレ
・断つ風。
・風を集めて斬撃の様に放つ技。水の様に一点に圧縮していない為狙いが定まらず、カリオストロは好まない。
ウロボロス
・カリオストロの錬金術を補強する事もできるし、何ならこいつ自身も錬金術を放つ事が出来る。
・エニュオが思わず褒めるくらいには有能。
生存者
・一人の大人は偶々生き残り、他の子供はわざと生かされた。
・コーリスの霧による高速救出のお陰で助けられたが、エニュオの狙いでは全員死ぬ予定だった。
キュドイモス自演の時の戦いで、エニュオはコーリスが何らかの感知能力を持っている事を知ったので、それを利用して曇らせようってのが狙いですね。
はっきり言ってクソ女です。