「ショゴスは失敗だった」
「アレでは空の動物の性能に依存してしまうし、時間がかかる」
「そして何より、本体が使えない」
「破壊力と、それを補う為の力を備えた獣が必要だ」
「感情に左右される能力は不要だ。懐柔して大群を成すよりも、軍勢をそのまま作る能力が効率的だ」
「空を相手取るとなれば、姿形は奴等に似せた方が都合がいい」
「……完成だ、"星晶獣エニュオ"」
「──お前は奴らを欺き、巨城を破壊し、渦中で蹂躙するのだ」
どんな人物か、それは最後まで分からなかった。
ただ、何故かエニュオは創造主の言葉を忘れる事が出来なかった。
──────────────
「能力の詳細は」
「狼の召喚に際限は無い。とはいえ召喚する速度自体は早くない。注意するべきは空中や地面から召喚出来るのかだ」
「他には?」
「全方位に対応した槍技。そして、恐らく持ち合わせている破壊の能力。あの身体能力よりもう一段上があるだろうな。避けれるなら盾は使わない方がいいぜ」
「了解した」
エニュオが体勢を立て直している内にコーリスとカリオストロが情報の共有を果たす。
「…俺から悪いニュースだ」
「なんだ」
「アルミスがエニュオの足元…その瓦礫の下に隠れている」
「……は?」
「…兎も角、助ける隙にエニュオに狙われたら死ぬ。場所を変えた方が良さそうだ」
「…まじかよ」
アルミスの死亡は確認されていない。少なくともコーリスが感じ取った時は移動可能な状態であった。
彼はカリオストロの戦闘を阻害しない様にこの場以外で霧を展開していたが、一切感知できなかった。それ故、付近にいる事はほぼ確定していた。
そして、現在薄い霧を出しようやく判明した位置。それはエニュオの付近にある家屋の下。
恐らく、外へ逃げるのは悪手だと理解したアルミスは、敢えて崩れた家屋の下に隠れて息を潜める事にしたのだろう。
その事実を受けてカリオストロは顔を青くした。地盤を崩して岩石を作ったり、風で付近に大きく傷を付けたりもした。
もし巻き込んでいたのなら…。
そう考えていた所でエニュオが仕掛ける。
「ッ─来るぞ!!」
槍を天に向けたエニュオ。
二人は彼女の行動により何が引き起こされるかを予測する。
自強化か、召喚か、ただの構えか──それとも、未だに見せていない大技か。
「──おいでなさい。キュドイモス」
エニュオの選択は召喚だった。
──但し、一つ手を加えて。
「カリオストロ!!」
「っ…問題ねぇ!」
高速で襲い掛かってきた爪にカリオストロの腕が削られる。
彼の身体の硬度を考えれば薄皮一枚程度の負傷だが、一般人で考えれば"抉る"程度のダメージになってしまう。
(…カリオストロさんは仕留めておきたかった。やはりこの子達は使えません。後でお仕置きですね)
キュドイモス・グラツニア。
この技の効果は、キュドイモスが攻撃の動作を行っている状態で召喚するというもの。敵に向かって飛び付く状態、爪で引き裂く体勢、それ等を全て完了させた狼を無数に呼び出す。
エニュオがキュドイモスを召喚する際に、更に力を加える事で成し得る技であり、予備動作で判断する事が出来ない恐ろしき力。
(この狼達は直ぐにでも倒せるが…大きさと速度、攻撃力はかなりの物だ。食らった事は無かったが、カリオストロに傷を付けるとは…)
寸前で避けたコーリスは狼への評価を改めた。
食らってはいけない。そして、手間取ればエニュオ本体が此方を好きな様に殺せる。
その不条理に彼はある姿を重ねた。
多くの凶悪な魔物を従え、空から戦禍を齎した許されざる星晶獣。
「…ショゴス」
「…………あら、久し振りに聞きました。あの肉塊はまだ生きているのですか?」
「リュミエール聖騎士団が殺した」
「でしょうね。アレは弱いですから」
エニュオは心からの侮蔑を見せた。
「ショゴスが失敗したから私が作られたのです。能力の類似点は多いでしょう?」
「…用途は違ったようだがな」
「ショゴスを介して感情を理解したところで、私達の創造主の技術は変わりませんでした。ですので本当に無駄な肉塊という事になりますね。視界に入れるのにも辟易していたので駆除していただいて助かります」
「妙だな」
「何がです?」
「戦争事情に詳しいと言っていたが…リュミエールの空戦の事は知らなかったのか」
「あぁ…」
エニュオは彼の言葉の返答を考えた。
「被害状況で国の強弱を確認していただけですから、別段顔も知らない人間が幾ら死のうと興味はありません」
「そうか。そろそろお前との会話にも無駄が見えてきたな」
コーリスは剣と杖を構える。
カリオストロの傷は大したものでは無く、かと言って最初の様に会話の間に術を仕込む事もせずに時を待ち続けていた。
そして、エニュオが注視するのはコーリスの杖。祓杖によって高速展開される盾と光線、それ等がどの様に放たれるかを注視しているのだ。
(彼等が強者であるのなら、私の攻撃は回避する判断を下している筈。そしてその上でキュドイモス達をどう捌くか…それも吟味しなければならない)
エニュオは二人の思考を手に取るように読めた。悪辣な笑みが抑えられず、手で隠そうとすらしなかった。
(…では貴方達が取る方法は、一人が私との接近戦を選び、その隙間にもう一人がキュドイモス達の殲滅を。これしかありません。あの竜も考えると…殲滅の役割はカリオストロさんでしょうか)
ならば自身の相手はコーリスだと考えられる。その事実に行き着いた瞬間、エニュオの頬は紅潮した。
(──いいでしょう。来てくださいコーリスさん。いえ私から行きましょうか!?いい加減我慢の限界です!アテナも控えているのに……!!)
今すぐ踊り出したい。今すぐ殺したい。歪ませたい。消し飛ばしてやりたい。
本質に起因する欲求が彼女の脳髄を支配した。
「…ケーニヒ──」
(……………あ)
そしてエニュオは理解した。
この戦いは虚の突き合い。相手の想定外を追求し続け、それに耐えなければならない。コーリスとカリオストロはエニュオの未知の力に備えなければならないし、エニュオ自身も二人による大量の手段を冷静に分析しなければならない。
だが、彼女はコーリスが防御の為だけに盾を使う訳ではないという事を忘れていた。
告げられた技名から記憶が呼び起こされる──!
「──ゲフェングニス」
(あの時の檻──!)
コーリスが使用した技は、以前キュドイモスの大群を閉じ込めた檻。そして今はエニュオだけを封じる小さな結界として使用した。
──どの道壊されるのなら、エニュオに槍を振らせない狭さまで凝縮すればいい。
(振れない…突き壊すしかありませんね)
しかしその隙は恐らくない。カリオストロとコーリスが今にも技を浴びせてくるだろう。
キュドイモスを先に一掃するのならば一瞬の隙も生まれるだろうが、先にエニュオを殺す判断の方が単純で楽である。
「カリオストロ!」
「任せな!出力二重──!!」
カリオストロは技を放つ際の特別な技術を3種類持っている。
1、右手と左手で別々の属性を扱う事。
2、ウロボロスを介した出力の上昇。その逆に、カリオストロ自身もウロボロスの技に手を加えることも出来る──謂わば相互補完的な関係。
そして3、ウロボロスと共に全く同じ技を放つ──実質の2倍攻撃。
「『──アクア・マグナ!!!』」
その水撃は弾丸の様に速く、砲撃のように弾き、正確に標的のみを撃ち抜いた。
コーリスの檻ごとエニュオを──否、周囲のキュドイモスすらも纏めて薙払われる。
カリオストロはこの3種の技術を用い、人生における数々の戦局を難なく乗り越えてきた。
純粋な火力と正確な狙い。アルミスに被害が及ばぬ様に水属性を用いたが、少なくない手傷は負わせている筈。
「がはっ………」
地面に叩きつけられたエニュオは自戒する。
如何に力があったとて、キュドイモスを従えたとて、火力と戦略に優れた強者が2人…ウロボロスも含めれば3対1という戦力差。力押しで倒すにも、彼等は少々多才過ぎる。
「な」
そして、被弾と同時にキュドイモスを差し向けるのは想定できていた事だ。彼女は少しでも体勢を立て直せる隙を作る必要がある。
予想外だったのは、現存するキュドイモス全てをコーリスへ差し向けた事。
「コーリス!」
急遽自身の周囲を守る盾を展開したが、それを覆い尽くす様に噛み付き群がるキュドイモス。20匹以上の大狼が彼の血肉を貪らんと押し潰す。
既にコーリスの姿は見えず、キュドイモスによる球体が形成されていた。
「畜生共が…!!」
「──効きましたよ」
「………クソ!」
コーリスを助けようと術を展開したが、背後には既に槍を振りかぶったエニュオが立っていた。
肩や腰、胸元に散弾銃の弾痕の様な傷を負っているが、彼女は星の民が作った不変の星晶獣。力を再生に回せば塞がる。
「がっ……!?」
腕を交差させ、その先にウロボロスの尻尾を置いて防御したが、彼女の攻撃力を完全に消し去る事は出来ず、カリオストロは大きく吹き飛んだ。
直ぐに体勢を立て直し、彼は地面を駆け巡るウロボロスの背に乗ってエニュオの追撃から逃れる。
「土を纏ったウロボロスでも捌き切れねぇか。クソ…街中じゃ無ければやりようもあるんだがな…!」
ウロボロスによる高速移動に並行して走るエニュオを前に、彼は完全に後手に回っていた。
「そらぁ!!」
「はっ!」
カリオストロは土の球体を3つ生み出した。
その玉にエニュオの槍が触れた瞬間、鋭い棘が飛び出し、彼女に襲いかかる。
「小細工」
「見てから躱すかよ」
しかし、彼女の進撃は止められない。全身に付き刺さろうとしていた凶器を、体を捻じり横に飛ぶ事で回避、直ぐに加速してウロボロスの胴体を破壊しようと走り抜ける。
「化物が…だが、少なくとも街から…アルミスからは離れられてる。外に出たらデカいのぶちかますからな、壊れんじゃねぇぞ」
「■■!」
「よし、良い子だ」
ウロボロスが更に加速する。
倒壊した家屋を巡る両者は、既に常人には捉えられない戦闘を繰り広げていた。
設置型の術により地面からの攻撃を繰り出すカリオストロと、槍の先で大地を削りながら移動するエニュオ。既に災害とと呼べる規模にまで達している。
「ハァッ!」
「…っ!」
そして遂にエニュオが追い付く。
脳天へ目掛けた槍撃は辛うじて回避したカリオストロ。冷や汗を流しながら彼は両手に土を纏わせた。
「う、おおぉぉぉぉ!!」
狙うは両手首。ウロボロスから飛び込み、エニュオの腕を掴んだ。
彼の掴んだ先から土が同化していき、関節が銅像の様に硬化していく。このまま侵食が進めば全身が固まり、1つのオブジェに変貌するだろう。
「ふふ」
だがエニュオは嗤う。彼女は足でカリオストロを空中に蹴り飛ばし、密着状態から逃れる。
そして肩を大きく動かす事で…純粋な力のみでカリオストロの土を割り、拘束術を解除した。
「く、そ!!!」
「あは」
飛ばされながらもカリオストロはエニュオに対し水圧線を放ち、貫通では無く切断を試みて薙払った。
「あははははははは!!!!」
射線上の全てが両断されているのにも関わらず、エニュオはそれを間一髪で躱しながらカリオストロに迫る。
「終わりですッ!」
「シグナートス!!」
カリオストロは両手を握り横に打ち付けた。
エニュオの動きが空中で止まる。先程彼女の身体に纏わり付いていた土の欠片が液体の様に溶け、更に粘土のように一定の硬さを持ちながら締め付ける。
シグナートス。水と土を合わせた術だ。
「投げろ!」
推進力を失ったエニュオは落ちるのみ。
カリオストロの足を咥えたウロボロスが敵の腹部に向かって主を投げ込む。
落ちる怨敵を更に粉々にする為に…人間の尊厳を軽んじた、愚かな星の獣を撃滅する為に。
「オラァ!」
エニュオに繰り出された右拳。
「無駄ですよ…?」
「ここからが面白いんだよ…!」
如何に堅牢な肉体を持つカリオストロであろうと、少女の身体である以上重さは無く、ウロボロスによる投擲の速度が合わさったとしてもエニュオに大きなダメージを追わせる拳撃は放てない。
故に、これは術なのだ。
彼は左手を右肘に添えた。
──開闢の少女が吠える。
「爆ぜろ──ルプトゥーラァァ!!!」
「まさか──────」
瞬間──壊れ果てた防衛街の空が割れる。
ルプトゥーラは、彼の拳に宿った火と風の属性を過剰に合わせる事で、互いに屠り合うエネルギーを解き放つ技。
それは傍目から見れば爆発と呼べる代物であり、甚大な破裂音が空中を支配する。
つまり、彼自身が耐えられる事を前提とした
(まずいですね)
エニュオは久しく味わなかった苦痛を噛み締めた。
苦痛だけでは無い。自由無き身体、弾き飛ばされる意識…どれも戦う上で経験する事は少なかった。
何故なら、キュドイモスがいなくても彼女は敵を殺せたからだ。雑魚なら狼に食わせておけばよかった。多少面倒なら数で押切り自分が貫けばよかった。
しかし、キュドイモスのリソースはコーリスに割かれ、自身はカリオストロの手段に踊らされている。
彼女に戦士としてのプライドは無いが、それでも自身が不利に陥る現状に苛つきを感じ始めていた。
祈望の騎空団の戦闘要因3名にはそれぞれ秀でた分野がある。
ゾーイは速度と火力。コーリスは偵察と防衛。そしてカリオストロは──
完全無欠に思われるエニュオが嫌うもの。それは自身の物量と破壊力に対応できる手段の数なのだ。
ひどく強力でシンプルな能力な故に、彼女は正面から敵を打ち破る事しか出来ない。そんな戦い方は、錬金術の開祖たるカリオストロの奇術には悪相性だったのだ。
(キュドイモスを此方へ戻すか…いや、それならコーリスさんも相手取らなければならない)
地面に激突したエニュオは違和感に気付く。
(……まさか)
たった一人に差し向けていたキュドイモスの大群が、消え失せている事に。
「ハァ…………ハァ……」
「耐え切りましたか…」
攻撃力だけならば他の星晶獣にも劣らないキュドイモスを耐え切り、更には殲滅までもしている。
その代償か彼の身体は少々血塗れであり、急所や目は避けているが、少なくない裂傷が見受けられる。
「終わらせる」
「最適解は力だったな。安牌は失敗だった」
カリオストロも合流し、ウロボロスも入れての3対1が再び始まる。
最早カリオストロとウロボロスに苦戦を強いられていたエニュオが勝てる見込みは薄い。
「ッ…キュドイモ───ぐ!?」
「甘ぇ!」
キュドイモスを召喚しようとした瞬間、コーリスの斬撃とカリオストロの土拳、ウロボロスの尾が襲いかかる。
致命傷となり得る斬撃は槍によって防いだものの、残る2つの攻撃は防ぎ切れず、背中に大きなダメージを受ける。
(逃げなければ──な……)
挟み撃ちの形だけは避けなければならない。そう確信した彼女は飛び退こうとした。だが、既に脚は地面に固定されている。
「死ね──!」
「終わりだ」
コーリスは剣に魔力を込めた。カリオストロは浮遊する土の小剣を数個作り、エニュオの首筋に飛ばした。
それぞれが必殺の動作を取る中、渦中の本人は何故か──
「ああ、この為でもありました」
──笑った。嗤った。嘲笑った。微笑った。
「ねぇ──アルミス?」
エニュオは槍をある地点へ差し向けた。
崩れ去った家屋。離れていたとはいえ、先程コーリスが感知した範囲内──アルミスが隠れている場所だ。
「「!!!!」」
この時、コーリスは改めて理解した。
アルミスでさえも、キュドイモスによって誘導され、故意に生かされてあの位置に留まったのだと。
「アルミス!!!!」
コーリスは駆け出した。キュドイモスでもエニュオ本体でもない。只、
「────これです。この…」
恍惚に頬を歪めたエニュオが心の限り叫ぶ。
「この瞬間がたまらないのです!!」
破壊の力。その力が槍の先から光線の形で現れる。
コーリスは間に合わない。アルミスが逃げても間に合わない。
では──カリオストロは?
「……ははっ」
合理性の人間。自身の肉体すら捨てられる開祖。才のある人間を好み、無能を嫌う超越者。
そんな彼が、子供一人の為に命を賭けるだろうか?
「…………あ」
「あら、これはこれで好都合ですね」
──結果、偶然にも射線上に近かったカリオストロが飛び込み………彼の
「カリオストロ!!!!」
戦いは、これから始まる。
コーリス
・キュドイモスにミンチにされかけても何とか耐え、突破。
・盾は物理防御に優れるが、圧力で責められると流石にキツイ。
カリオストロ
・どんなに優れていても、彼は人間である。
シグナートス
・土と水を合わせた術。粘土の様な物質を作り出し敵を拘束する。粘度は任意に操作できる為、水の様に滑らかな液体状から急に個体にして固めることもできる。
ルプトゥーラ
・火と風を合わせた術。厳密に言えば、合体では無く互いを過剰に反応させて消し飛ばす技。
エニュオ
・アルミスは動揺によって隙を作る為の保険だったが、カリオストロが庇うとは想定外であり、結果的には何方でも良かった。
キュドイモス
・攻撃力はかなり高く、重さと速度もそこそこ。しかし防御力は低い。
キュドイモス・グラツニア
・攻撃動作を終えたキュドイモスを召喚する技。召喚するエニュオ自身に溜めが必要な為、彼女自身が戦っている間は使いにくい。