「ぁあああああ!!」
「……」
コーリスは足掻いた。
振り下ろされたエニュオの槍を避け、杖を振るって──足を払われ、砂利粒の様に転んだ。
(このままじゃ、カリオストロが…ノアさんが、アテナさんも……皆、みんな死ぬ……!!)
「がぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「…その惨めさ、悪くないですよ」
恥も尊厳も捨てた姿は誰もが見苦しいと思うものだ。しかし、エニュオはその姿こそ見たかった。
希望も戦意も全て削いでこそ蹂躙。この茶番劇は彼女が満足するまで終わらないだろう。
飛び付いてきたコーリスを蹴り飛ばし、再びゆっくりと距離を詰める。
光線を放てば終わり、槍で穿てば終わり、キュドイモスでも終わり…それだけの事であったが、暇潰しにはもってこいの状況だ。
──アテナが起きてから目の前でコーリスを殺す。
エニュオはそう心に決めた。
「はぁ…はぁ………」
「ん?」
気が付けば、コーリスが足を掴んでいた。
だからどうという事も無いのだが、万力を込めて掴んでいた。
「時間稼ぎのつもりでしょうが…私に勝てなければ意味がありませんよ?」
「だま、れ………!」
「本当にカリオストロさんと似ていますね。人間の考え方です」
「く、ぅぅ……!!」
反応を伺おうと言葉を投げかけてみても取り合わない。エニュオにとってそれは寂しいものだった。
その代わりと言うべきか、彼は剣も杖も使わずに噛み付いた。駄獣の様に、鎧越しの足に食らいついていた。
「ふ、ふふ……あははっ」
エニュオは笑いをこらえ切れなかった。
「お行儀が悪いですよ?お仕置きです…!」
「がっ!?」
意趣返しだろうか。エニュオの拳がコーリスの頬に突き刺さる。
「もっと鳴かないと付き合いませんよ?」
腹、腿を順に踏み、胸ぐらを掴んでゴミの様に放り投げる。
まだ、終わらない。彼が諦めない限り、何度でも苦痛を与えに近づく。
「…ァ…は、ぁ」
「虫の息、とまでは行きませんね。生き物というのは案外死にません。壊す事は簡単ですが、緩慢に死なせるのは難しいんですよ」
「…く、たばれ」
「……!」
そして突然、エニュオは仰向けに倒れるコーリスを抱き起こして……頬ずりをした。
「やはり貴方は良いですね。子供達が壊れない玩具を欲しがる理由が今分かりました…」
「──」
「……殺します。貴方の目の前で、アルミスも、生存者達も…全員。カリオストロさんは…まぁ、頭を踏み潰せば流石に死ぬでしょうか」
「やめろ…」
「いいえやめません。もう、我慢できません」
「エニュオ……!!」
されるがままのコーリスからは見えなかったが、エニュオが浮かべている表情は恐ろしく歪んでいた。
目の前の人間の不幸しか望まず、災厄を愉悦と感じる異常者が抱えた純粋な喜び。
これはエニュオの永い生において、最も幸福な時間だ。
しかし、コーリスは。
(…これで、いいのか)
死の間際に何故か。
(なぁ──)
犬神宮の。
(──バジュラ)
かけがえの無い、そんな相手の事を思い出していた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━
あれは確か、バジュラが………いや、ヴァジュラの案だったか。
今となってはお笑い草だな。
『なぁ、コーリスよ』
『なんだ?』
『…いや、その…聞くべきか本当に迷ったんだが』
『ん…?』
『口からビームって本当に出せるのか?』
『……………血迷ったか』
『いやさ、ヴァジュラが言ってただろ。剣や腕を光線の噴出口にしているのなら、口から出せるんじゃないかって*1』
『…お前の妹が心配だ。いや割と本気で』
『出来るのか出来ないのかどっちだ〜…』
『まぁ……前に言った通り出来ると思う』
『おぉ〜気持ち悪ッ』
『………絶対にやらないけどな』
『口が焦げるしな……ん、待てよ?ならば我は口から斬撃を』
『やめろ』
『え、いやでも綺麗に出せば口を切らずに』
『お願い、やめて。そんなお前見たくない』
『え、あ…うん。分かった。やらない』
『…お、焼けた』
『香ばしい香りだな。何を焼いていたのだ?』
『甘い甘い焼き芋だ。ほら』
『あ、ありがと……うまうま』
お前が死ぬ前の…いつだったかはもう覚えてない。
今思えば馬鹿みたいな話だった。
その後は…。
『良い匂いですね…サツマイモですか?』
そう、ヴァジュラも来たんだ。
『お一つ頂いても良いですか?』
『ああ。はい、これ焼き立てだぞ』
『ありがとうございます!』
『……妹よ』
『どうしました?姉さん』
『これはコーリスが我に焼いてくれた物だぞ……空気を読まんか』
『えぇ…………』
『姉さん…』
『……今の無しで頼む。流石に大人気無かった』
『反省できるなら最初から言うなよ…はい、もう一つやるから』
『染みるなぁ………ぐすん』
しかし、何だってこんな事を思い出すのだろう。
芋と口からビームの話しかしてないだろ。
『…それで、コーリス様』
『ん、どうした』
『お口から光線は出せるのですか』
『姉妹め』
『言っておきますが、私は冗談で言ったつもりはありませんよ』
『尚更怖いわ』
『それで、どうなのですか?』
『…わかったよ。出来る。出来るから、もう』
なんだこの会話。
…そういえば、カリオストロが仲間になってから団の雰囲気が緩んだ気がするな。
人が多いというのは、そういう事なのかもしれない。
『…そういえば、姉さんが戦い方を教えたとか』
『えーと、どの話だ?』
『多分"やられた側の立ち回り"の事じゃないか?』
『あー、それか。確かに教えたぞ。誰でも出来るからな』
『私も姉さんに教わった時には驚いたものです。意識してみれば簡単でしたから』
──そうか。
『自身が大きな傷を負ったとなれば敵は確実に、そして
『…実際の局面になってみないと分からないな』
『なに、別段特別な場面ではあるまい。自分がやられて、敵が迫ってくる。これさえあれば存分に足掻ける』
『私は逃げる時に使っています。継戦能力は勝つ為に必要ですからっ!』
──今になってこの会話を思い出したのは。
『演技をする必要は無い。ただ、惨めに激しく足搔くんだ。生きる為に、勝つ為に』
『…』
『卑怯だと思うか?構うな。手負いの獣を確実に殺せない相手が悪い』
──この為か。この為だったのか。
『我の技は、全て生きる為のものだからな』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ぐぅ……あ」
「大丈夫ですよ。まだ殺しません。ただ、その生意気な態度は矯正しなくてはなりませんね?」
エニュオがコーリスの胴を圧迫する。
万事休す。抗う術は無い。彼は玩具。悪魔の愉悦を満たす為の道具に過ぎない。
──先程まではそうだった。
(…まだだ。溜めろ)
手も足も動かさず。剣は地面に落ち、杖は辛うじて手に収まっている程度。
しかし、彼は謀っていた。
(一か八かだが、やるか死ぬかならば俺の
バジュラの教え。
ヴァジュラの発想。
犬神宮でコーリスは最後までバジュラの剣技を会得出来なかったが、彼女の教えを今ここで初めて実践している。
エニュオは密着状態。しかし抗う動作を見せたなら即座に槍で手足を串刺しにされるだろう。
ならば──動作が要らない技が必要だ。
「はぁ…はぁ………ハァ────」
「ふふ、ふふふふふ………」
肺を押し潰す様に彼を抱きしめるエニュオ。
彼女は気付かなかった。
彼の苦痛に満ちた吐息が、途中から
──コーリスが、手負いの獣である事を。
「ハァァ───」
「…どうしました?もう死にたくなりましたか?」
コーリスは顔をエニュオに近づけた。
彼女は反応を失った彼の表情を見て───
「……は?」
───心の底からその行動を理解出来なかった。
「ガアァァァァァァァァ!!!!」
「!!!!????」
エニュオの顔面を光の奔流が覆い尽くす。
無論、それはコーリスの
普段手や杖から発せられる光線。そのありったけを彼は口を砲台に見立て放出したのだ。
(く、ち…………!?)
エニュオは突然の苦痛よりも驚愕の感情が勝ったが、直ぐにコーリスの身体から離れようとする。
しかし──
「ガッ!?」
後手に回った時点でエニュオの強みは消える。
コーリスの左手が彼女の首を掴んで動きを止めた。
「─────スゥ」
「…が…ぐ……!」
そして第2波を放とうと口を大きく開くコーリス。
死を前にした人間に身体の一部の犠牲など比べられる物ではない。何を犠牲にしようと生き足掻き、敵を殲滅する本能こそ、人間に残った数少ない獣性。
「がは……!!」
ギチギチと締まる首、拘束された身体。であれば、逃げる事よりもコーリスを先に殺さなければならない。
エニュオは槍を短く持ち、彼の胴を狙う。
「───ぁ」
だが、同時に彼女の腹部に突き付けられた杖。口で光線を出し、左手で首を締めているのなら、右手が空いている。
──ゼロ距離での光線が2つに増えた。
「はアアアアアア!!!!!」
「────!!!」
口を焼こうが喉を焼こうが関係ない。千載一遇のチャンスを我が身可愛さで逃す程、彼は甘く育てられていなかった。
(まずい……離れなくては…!彼から距離を……が)
エニュオは再び顔面を至近距離で焼かれ、抵抗が出来ない様に腹部にも杖から直接光線が撃ち込まれている。
コーリスの光線は見た目程火力に優れる物では無いが、彼の魔力量が敵をジワジワと焼き続ける事を許していた。
「ゥ……はぁ!!」
そしてエニュオは遂にコーリスへ槍を振り下ろし、彼が回避する事で逃げる事に成功する。
キュドイモスを肉壁兼目くらましとして召喚し、ただ後ろへ引き下がる為だけに全力を注いだ。
「ハァ…………はぁ…ぁぁ」
消し飛ばされるキュドイモス達を横目に、彼女は遂に膝をついた。
生まれて初めて経験した苦痛。星晶獣としての尋常ならざる肉体強度がその痛みを長引かせていたのだ。顔面と腹部を焼かれ続けた事によるダメージは、彼女を肉体的にも精神的にも追い込んでいた。
「………」
それと同時に、コーリスの杖が遂に限界を迎える。
盾や光線の高速展開の多用とケーニヒエルガー、そして先程の追い込みによって魔力を注ぎ込む部位が破損し、その機能を終える。
殴打武器としても使っていた杖の先端が砕け散り、彼の右手に残されたのは棒切れ。
そして、地面に落ちた愛剣はエニュオの奥義によって表面が大きく削られており、もはや斬撃に期待は出来ない。
彼に残されたのは鈍器になったノスタルジアと祓杖か──或いは。
「──神剣、抜刀」
「……それは」
──神剣、雅巡犬牙。
バジュラから引き継いだその刀は、持ち主の感情によって発揮する威力が異なる。
持ち主の感情が強い程、放てる斬撃の範囲は広くなり、その感情を抑える理性が強靭である程切れ味が強くなる。謂わば、熱情と冷静を併せ持つ事で最効力を発揮する刀。
(…あの刀。何かあるとは思っていましたが、危うい。まともに食らえば死にますね)
コーリスの青い魔力とは異なり、黄金の魔力を纏った刀。それを見たエニュオは死の警報を鳴らした。
不死性を備えた星晶獣が死を錯覚する程に絶対的な圧。禍々しさとは異なる、ある種の神聖さが空気を支配した。
「───」
杖を破壊された事によって盾の高速展開が不可能となったコーリスは、逆に守りを捨てる覚悟をした事によって刀の最適条件を満たし、万全の状態で抜刀。
黄金の魔力に青色の魔力が混ざり、碧色となって刀を覆う。
死の直前にようやく得た、エニュオを葬る火力。
──そして、彼自身の身体も莫大な魔力によって覆われた。
「──フォルウン・ホロス」
フォルウン・ホロス。
武器や体の一部を高密度の魔力で覆い強化する技──フォルウンを全身に適用した技。
この技を使用した今、彼の身体は鎧同然であり、身体能力は須らく向上している。
欠点があるとすれば──この技は彼の魔力を使い切るまで永遠に強化し続ける事。
身体を覆う魔力が剥がれた時、自動でその部位へ魔力を回し補完する。立て直しが速いというメリットはあるものの、戦いが長引けば長引く程に魔力が枯渇するデメリットの方が大きい。
だが、そのデメリットを加味しなければエニュオを倒せないと、彼はそう思ったのだ。
右手に刀、左手に壊れた祓杖を構えて彼は言い放つ。
「──来い」
その言葉を聞いたエニュオは静かに槍を構えた。
今のコーリスの前ではキュドイモスの爪の効果も薄い。そう確信して破壊の力を流し、初手に全神経を注ぐ。
(愚かだったのは私ですか。今日で同じミスを3回程繰り返した記憶がありますね…)
一度目はカリオストロを侮り水圧線で肩を撃ち抜かれ、二度目は一人になったコーリスに押され、三度目で彼を嬲り始めて今に至る。
流石に四度目は無いだろう。全身全霊を以てコーリスを殺さなければ自分が死ぬのだから……そう言い聞かせて彼女は慢心を捨てた。
(生きるか死ぬかの真剣勝負……そんな事をするのは初めてです。彼との別れも寂しいですが───殺す)
麗しい顔も薄く爛れ、胴には光線と打撃の傷が残り、今や戦場を蹂躙していた女神は泥被り。
カリオストロが与えた肩の傷からは血が流れ、彼の自爆技の影響か全身が軽く痛む。
星晶獣の再生能力は薄い切り傷を誤魔化す程度ならば問題無いが、深く残る打撃や部位の欠損には効果が薄い。
今までのダメージは確実にエニュオを追い詰めている。死には遠くとも、戦闘不能に近づく境地。
「──行きますよ」
虹色に光る槍を構えたままエニュオが近づく。
先で待つはコーリス。先手を決めた者が戦いの過程を作り出す。
「フゥ………」
「…………さて」
2人の視線が交差する。
コーリスは決して武器を交わしてはならない。エニュオの槍を受ける事は、武器と身体の破壊を意味する。
逆に、エニュオは躱されてはならない。巨大な槍を考え無しに振り回してしまえば、待っているのは自身を両断するカウンター。確実に頭蓋を割らなければ不利。
両者は、互いの獲物が射程圏内に入った所でピタリと動きを止めた。
「───」
「…………」
まだ。まだだ。まだ動かない。
間合いに入り、どの様に動くか。その駆け引きを相手が動き出す瞬間まで行っているのだ。
──先に動くのなら当てなければ。
──後に動くのなら避けなければ。
最後の戦いが始まる。
初手の均衡を破ったのは──
「ゼィッッッ!!」
「!」
───エニュオだった。
初手の突きは胴。破壊の力によって急所を集中的に狙う必要が無く、読まれやすくも回避先を予測できる選択を彼女は取った。
それに対し、コーリスは強化された反応速度で上体を反らし、棒となった祓杖をエニュオの胸に突き刺そうと振りかぶる。
「シッ!!!」
「…ふっ!」
エニュオは迫る杖を避け、持ち手を掴んでコーリスの頭上に飛び上がった。
降下する破壊の槍が彼の脳天に迫る。
「──」
「ッ!!!!!」
刹那。槍が到達する前に振られる神剣。
碧色の斬撃が超高速でエニュオの首筋に到達する。
(受ければ死ねる…!!)
エニュオは槍で斬撃を防ぐ。
しかし、破壊の力によって相殺される筈の斬撃は四方八方へ霧散し、周囲の木々を両断した。
互いが再び距離を取り、呼吸を整える。
(…惜しい。命への危機感は尋常では無いな。つまり…)
(防御と攻撃だけでは無い…反射神経までもが大幅に強化されてますね……ですが、長引ける物ではないでしょう?つまり…)
互いの弱点の探り合い。その一挙手一投足に自身が死ぬ要因が含まれている。
だが、二人にとってそれは些事であった。
(この斬撃でお前を殺せるという事だ)
(この槍は未だ貴方を壊せるという事)
殺意と覚悟が恐怖を麻痺させる。
「…」
「ハァッ!!!」
至近距離での攻防。だが、互いの武器は触れ合っていないという歪な物。
コーリスが背後へ潜り続け、エニュオが槍の他に体術を用いて自身の隙を無くす。
だが──加速しているのはコーリスの方だ。
「ぐ………!」
「そこ!」
「させません…!!」
負傷したエニュオの肩を杖で狙い、怯んだ所に斬撃。牽制としての斬撃は槍によって対処されている為、コーリスの生存期間は大幅に伸びていた。
圧倒的な攻撃力が手数を潰すという戦法だ。
(ならば…!)
エニュオは地面を砕いた。
対面に位置するコーリスの姿勢が崩れる。その隙を逃す彼女では無かった。
仰向けになった彼の頭部に槍を突き刺す。顔を反らした所で避けられる面積では無い。
「ふっ!」
だが、寸前で足を払ったコーリスによって、エニュオ自身ものしかかる体制のまま崩れてしまい、槍があらぬ方向の地面へ刺さる。
「っ………!!」
「フゥ………く………!!!」
両者の力比べが始まる。
エニュオが倒れると同時に刀を首筋に当てるも、彼女は刀を握った手を掴む事で刃を止め、振る事で発生する斬撃を封印した。
地面に刺さる槍を抜かねばコーリスへの反撃は不可能。そして、先程と同じくコーリスの杖が空いている。手数の不利が彼女に試練を与えた。
(──簡単な事です)
故に、エニュオはそのまま槍を横に動かし、無理矢理地面を抉りながらコーリスの首を狙う。
「う、おおおおぉぉぉぁぁ!!!」
コーリスは両足でエニュオの腰を挟み、力任せに持ち上げて身体を大きく曲げる。
(…なに!?)
(身体能力は此方が有利……!!)
仰向けの体制のまま体を折り曲げ、エニュオを地面に突き刺す様に振り下ろした。
「ぐぁっ…」
後頭部に尋常でない衝撃を受けると共に、周囲の地面が大きく揺れる。
エニュオの頭部に大量の出血が発生した。
「────シィッ」
先程の組合いとは逆の立場。コーリスが上で、エニュオが下。
怯んで立ち直りが遅れたエニュオに刀と杖の二重攻撃が襲いかかる。槍で刀を防いだとしても、杖によって首が折られる。
(決める…!)
頭部への衝撃で思考が遅滞するエニュオは、即興の対策よりも、先程コーリスが取った行動に似た物を選択した。
「なっ!?」
「ふふ……また一緒ですね?」
エニュオは両足をコーリスの腰に絡ませ、動きを封じると同時に無理矢理自身へと押し倒させた。
武器の勢いが殺され、加えてエニュオの身体と密着する形になり、身動きが封じられる。
更に彼女は短く持った槍を彼のこめかみへ突き動かす。
(……!!)
そこで、同時に地面が青く光った。
極大のガンマ・レイがエニュオを焼き尽くさんと、コーリス自身をも巻き込んで天に登る。杖が破壊されて光線が素早く出せないのなら、大地に流す方が効率的だった。
「貴方正気で───ぐっ!?」
「逃さん……!!」
動揺と光線によって怯んだエニュオの両手首を掴み、コーリスは更に焼き続ける。
(考える事は一緒だ…!お前が刀を振らせたくないのと同じく…俺もお前に槍を振らせない…!!)
コーリスは破壊の力が槍から発せられる事に気付いていた。アテナの盾と同じく、武具に備わった権能。槍が放出の基準となるのだ。
故に、槍を封じれば警戒するのはキュドイモスのみ。
(からだが動かない…これが、こういう風に…私は死ぬのですか?)
エニュオは自身の限界が既に来ていると理解した。
大地から吹き出した光線によって消滅するのも時間の問題。
──破壊され尽くした防衛街が、
「いえ…!まだ……死にませんッ!!!」
「まだ動くか…!」
コーリスは魔力の鎧のおかげで自身の光線による被害を極限まで防いでいるが、エニュオは丸腰。
彼女が取れる行動を事前に潰す事で詰みの状況を作り出した筈なのだが…。
「キュドイモス・グラツニアァァ!!!」
(…アレが来る…!!)
動作に入ったキュドイモスを召喚する技。コーリスの防御力を破れるのか、はたまた別の意図があるのか。少なくとも彼は今更避ける気は無い。
それより気がかりなのは、エニュオが逃げ以外の選択を取った事だ。自身が炙られる事を許容してまでキュドイモスを召喚する必要があったのか。
コーリスの思考は彼女の槍に向けられた。
(…破壊の力が消えている?)
エニュオの右手に握られた槍には何も力が宿っていない。光線に苦しみ藻掻きながらも、エニュオは自身の身体で抵抗を行っていない。
キュドイモスに力を注ぐ為の集中の結果だろうか。
──否。
「命令です…私と彼を押し潰しなさい!!」
「…!」
「ゥオオオオオオオオオン!!!!」
主人の命令に返答するかの様に吠え、キュドイモス達はコーリスの背中に飛び付く。
その数は──100匹を超える。
「これを狙って力を──!?」
「温存させてもらいました……今更逃しませんよ」
「グ…!!」
重量、衝撃、裂傷。
塵も積もれば山となる。光線を物量で潜り抜け、彼の魔力の鎧をガリガリと削り、背中へのしかかる重みは相当の物になっていた。
それでも光線がキュドイモスを消滅させていく。
「死なば諸共か…!」
「いいえ、少しだけ貴方が苦しめば私が楽になりますので。さぁ、私を焼き続けるかキュドイモスを倒すか選んでください」
コーリスは迷わずエニュオへの対処を図った。
「では、追加です」
「な…」
身動きが取れず、槍も振れない。そんなエニュオが唯一行使できる蹂躙の力。
キュドイモスの召喚に全力を注いだ彼女は、更に100匹の彼等を空から降り注ぐ様に生み出した。
「一緒に潰れましょう…?」
エニュオは戦士型の星晶獣。素の身体能力と400年の経験は優れたものであり、戦闘の最中に敵の能力を的確に分析し、自身を犠牲にしながらも最善の手を吟味し続ける。
それは星の民による一種の機械の様な機能。
「悪手だ」
コーリスは刀の柄を引っ張り上げた。
バジュラの刀は双刃刀。本来の刃に加えて柄の側に向かっても刃が存在する。持ち手として偽装されている鞘を抜き取る事でその短刀が顕になる。
「!?」
そしてその短刀は
元の持ち主は一振りで2つの斬撃を放つというアドバンテージを理由として分離させずに用いていたが、本来ならば二刀流や飛び道具として扱う事が可能。
「あ"っ!!??」
身体を捻る事しか出来ないエニュオの肩部に凶刃が突き刺さる。
(緩んだ!)
明確な外傷によってエニュオの足が緩んだ瞬間にコーリスは飛んだ。
「しゃアッ!!!!」
横凪の斬撃によって約200匹のキュドイモスを両断し、流れるままに本体に向けても斬撃を飛ばす。
「…?」
しかし手応えが無い。渦巻くキュドイモスの群れを利用して姿を眩ませたのだろうか。
「ウゥォオオオオオン!!!!」
「また目晦まし…!」
目の前に突如現れるキュドイモスによって視界が塞がる。コーリスはこの時点で上空や背後を警戒し、回避とカウンターの準備を進めていた。
それを加味しても上を行くのはエニュオである。
「悪手ですね……!」
(しまった!)
エニュオは目晦ましのキュドイモスごと貫く槍撃を繰り出し、コーリスの腹部表面を抉った。
目の前の狼の体内から突如として槍が襲ってきたのだ。想定出来るものではあるが、召喚を扱う戦士としては合理的すぎる立ち回りに、彼は虚を突かれた。
「がはっ…!!!」
破壊の力を再び宿した槍は、コーリスの魔力の鎧を即座に消し去るには不十分であったが、薄皮でも確実に人体を壊してゆく。
「ぐゥ…!!!」
怯んだコーリスに槍撃による全方位攻撃が襲いかかる。
雨の様な連撃。キュドイモスと破壊を切り替える事で一方の火力の底上げを図っているのだ。当然一度でもまともに受ければ致命傷。
だが──彼は引かず。
(何故…貴方は)
「エニュオォォォォォォォォ!!!!!」
(貴方は………折れない?)
後退するどころか攻撃の合間を縫ってエニュオの懐に潜り込むコーリス。死から逃げ続ける彼女と、死にながら殺そうとする彼とでは動きに差異が出る。
コーリスは刀に魔力を注ぎ込んだ。
「ガンマライト・エクスキューション!!!」
(痛手も深手も許容した…彼の心を壊し、恐怖させ、それでも尚足りないから…私はここまでやったというのに)
怒り、殺意、魔力。全てが籠もった大振りの斬撃。反応出来ぬ程の攻撃では無い。破壊の槍で相殺してしまえば少なくともエニュオが手傷を負う事は無い。
(私と彼の……何が違うと言うのです…!!)
エニュオは自身の能力が優れた物だと理解している。もし自分が負ける事があるのなら、油断や相性の悪さ、若しくは創造主達の特権による機能停止、そのくらいだろうと思っていた。
だが、現に互いの全てをぶつけ合って尚、追い詰められているのは彼女だ。自分とコーリスの間に何の差があるのか。惨めに抗った所で勝てるのなら、自身が容易く蹂躙出来るはずがない。
初めての危機に遭遇したエニュオの心は脆かった。
だが折れはしない。この無敵の槍があれば───
「─────あ」
破壊の槍の先端が、砕かれた。
コーリスと
「まだ……まだです!!!」
「シィッ!!!」
槍自体は消えてはいない。突きが出来なくなっただけだ。光線を正確に出す事の懸念点もあるが、破壊の力自体は健在。
エニュオは冷静に杖の横凪ぎを躱して………。
「───あれっ」
「…」
「なん、でっ………!?」
躱せず、左目が切り裂かれる。
先端が破壊され、最早棒切れとなった彼の杖は、魔力によって擬似的に攻撃範囲を伸ばされていた。
刃では無く、盾でもない。魔力によって無理矢理形成された…うねる光線の様な───そう、それは
何でもありの不意打ちと言えど、戦いが始まったばかりのエニュオならばキュドイモスを用いた撹乱によって回避できていた筈の攻撃。
確実に彼女は弱っていた。
「止めだ──!!」
「させ………ないッッ!!」
確実に止めを刺しに来る。そう読んだエニュオは、闇雲に槍を振るった。
それは破壊の力を纏った槍ではない。光線として放出しながらも、先端の破損によって拡散する歪な力。その光線は彼女自身にも攻撃が及ぶ程に不安定だった。
(来た……!!)
そしてコーリスはバジュラから既に学んだ。
エニュオは学習能力が高い。自身が彼女に行った様に、死に瀕した瞬間に思いもよらぬ反撃を受ける可能性がある。
だから──ダメ押しだ。
「…………どうして」
エニュオの槍が空を切る。
コーリスの身体に向かった槍が、肉に激突する筈の槍が、空振った──否。
(当たらない……?いや、すり抜────)
コーリスが持つ絶対にして最強の初見殺し。
バジュラにも使用したこの技は、幽霊である身体を最大限利用し、敵の攻撃を空振らせる。そして、その現象に虚を突かれた敵には容易く霧が効力を発揮できる。
ましてや疲弊した彼女の精神では、思考を阻害する霧どころか、記憶を消す3段階の霧にまで到達できる可能性がある。
「───神技」
1秒立ち尽くしたエニュオの目の前で、彼の刀が脈動する。
全てはこの一撃の為に…この刀でしか発動できない渾身の居合。
命、
「──ッ待っ」
死の恐怖すらも彼女の罪には生温い。
「
碧色の斬撃がエニュオの眼前に迫る。
彼女は躱しきれず──
「ああ──あああああ!!!」
惨めにも、左腕を前に翳す事しか出来なかった。
戦いは終わるんでしょうかね。
コーリス
・不相応にも、犬神宮での安らぎで得た会話が生死を分けた。
フォルウン・ホロス
・武器に魔力を纏うフォルウンを全身に施す技。一度纏ってしまえば消費は無いため、燃費は悪くないが、相手がエニュオであった為に常に消費する結果になった。
牙霧沙羅嚶
・ガムシャラナ。
・雅巡犬牙でしか使えない限定奥義。
・刀に宿った力と使用者の魔力を融合させ、シンプルな斬撃を居合として放つ技。
ノスタルジアと灰の祓杖
・ノスタルジアは原型こそ残ってはいるが、剣としての機能は完全に停止。
・杖は魔力機関が壊れてただの棒になったが、最後には意外な使われ方をした。
エニュオ
・学習能力や分析は秀でているが、危機的状況に陥った事が無い為に、追い詰められる程弱くなる。
・何をしても折れてくれないコーリスを見て、自身のアイデンティティに大きなダメージを受けた。