ガチャピンモード。
ガチャピンモード。
ガチャピンモード。ガチャピンモード。ガチャピンモード。
あれ…?
他に何かあったっけ?
──ねえ…あの子。ええ。あの銀髪の子。捨て子らしくてね。村長に拾われてこの村で育ってるんだけど…。
──笑顔を見せるようになったのよ!!最初は感情も何も抜け落ちたような顔をしていたのだけれど杞憂だったわ!村のみんなとも仲良くしてるし!
──ああ、ごめんなさい…つい興奮してしまって。何でも最近じゃ騎士に憧れて身体を鍛えているらしいの。立派よねぇ。年寄りの手伝いも毎日やってるわ。私の子供の世話までしてくれるし…
──でも、なんでかしらね。
──霧が出ると決まってあの子は…
──どこか、おかしな方向を見ているの。
【とある主婦による情報】
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何も無かった。
特別な物は何も無かった。親に与えられていた筈の日常は霞隠れに透過し、今は『コーリス』と記憶に遺された名を名乗っている。
父は木材などを売り、母は家事に勤しむ。
何の変哲のない只の家庭。それが滞りなく毎日を過ごさせているのなら、それは幸せと言うのだろう。
だが、母は俺を捨てた。
何故かは未だに分からない。そもそも両親との生活すら朧気だ。捨てられた日で憶えているのは、父は木を売りに出かけていたのと、気が付いたら母とはぐれ、霧が見えていた事。
濃い霧だったと思う。
大声は上げなかったが、つい泣いてしまった。3歳の頃の話なのだから許してほしい。
「どうしたんだ?こんな所に一人で…」
聞こえてきた声は野太かった。
エルーン特有の長い耳、斧を手に持った頼りなさげな男性だった。○○○の父さんだから少し髪が青かったな。
救世主のようだった。母を見つけてくれと懇願した。
彼は霧で周りが見えない中、自分を不安にさせまいと母を見つけたと優しい虚偽を述べた。
今思うと、彼は既に俺が捨て子だと気付いていたのだろう。
彼は俺を家で保護すると言ったので、好奇心と不安からかどんな家か聞いた。
尖り、大きく、孤立するように建っている。
その情報を教えてもらった後に、彼が俺を背負い向かったのは家とは真逆の崖。
──
当時の俺はこう思っていた。
この状況下でこの思考は気狂いか思い込みか疑われる所だが、事実、俺は初めて来た土地の地形を完全に理解していた。
その感覚は他人には持ち得ないだろう事を知ったのは五年ほど後の事だった。
何故?分かるものか。
人が熱を感じるように。
人が眩しさを感じるように。
人が痛みを感じると同様に、俺は霧を感じる事が出来ただけだ。
人が何処にいるのか分かる。
何処にどんな形の自然物があるのかが、目で見るより鮮明に感じる。
生物の呼吸が分かる。
だから、助けてくれた彼の焦りにも勘付いていた。
不可解、そして異質。
それは当時問わず俺を表すに適した言葉だと自解する。
生まれた時から持ち得た
人の視界が閉ざされる灰の世界が、自分には何もかも目の前に収められる魔法の世界に思えて仕方が無かったのだ。
視界は閉ざされても。
鼻が機能しなくなっても。
霧があれば全てが分かるのだ。無論、霧が出ている範囲であればだが。
トラモントは霧の島。毎日過ごす中で、一個人の挙動が鮮明に流れ込んでくる事は珍しくない。
だが、視界は閉じれば暗く、鼻はつまめば意味がない。
それらの感覚に従い、霧の感知を塞ぐ事も可能なのだ。
と、思っていた時期はあったり。
我ながら間抜けな物だ。
触覚を閉じる方法が何処にある?
霧を消して意味を無くすか?根本的な解決になっていない。
彼が家に着いた時には、彼の家族が俺の保護をしてくれた。温かい食事を用意してくれたし、彼が身体を洗ってくれた。
その時に知り合ったのが○○○とフィラ。と言っても会話なんて交わさなかった。
でも、母の姿は見つからなかった。
そのことに気付いたのは後日。疲労により気にする間もなく寝ていた為、朝になってようやく思い出したのだ。
そして、俺は森の下へ連れられヒューマンが住む小村に預けられた。
「君が……わざ…村に降り…ると………の子は!?」
「捨……す村長。申し訳ありませんが彼の生き方…私…に……にはいかない。エ……ンで…が…」
「…よい。ワシらは種族で……するような愚か者で…い。与え……れるのは両親……生活だが、責…を……って預かろう」
「感謝します」
「ところで…あの霧の中で良くも生きて帰れたな。鼻が利くという問題ではあるまい?」
「いえ、その点も含めて話があります」
唐突に送り出された村に混乱していた為か、その時の会話を思い出す事は出来ない。
途中からの会話は聞こえていた。自分を受け入れる事に好意的な村長と、申し訳なさそうにしている○○○の父。
そして、その両者の間に下らない言葉を。
「ねぇ、母さんはどこ?」
その時の両者の顔は苦にして無情。
片や気まずそうに下を向き、片や同情の視線と一人への怒り。
子供であった俺は、母を保護したという言葉を純粋に信じ続けていた。
「何故…下らぬ言い訳など使った!!その場で事実を語らなくても良い、だが夢物語など語るのは愚の骨頂と知っているだろうに!!」
「…申し訳ありません」
それはどちらへの謝罪だったのかは本人にしか分からない。恐らくは両者か。
「もういい!ワシから説明しておく」
「…本当に済まない。君には申し訳無い事をした」
これは俺に謝罪していると分かった。
それからはもう……
忘れたかった。
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「今から言う事は君に辛い話になるだろう。だが、言わねば君のこれからの疑問に背を向ける事になるだろうし、君が生き難くなるのも必然だ」
「…どういうこと?」
「む…つまりだな」
村長は厳格な老人だ。
故に使う言葉を理解するのは子供には難しい。
「──君は捨てられた」
「……え?」
残酷な言葉。
これを言うのにどれだけの勇気が必要か計り知れない。この言葉により俺は壊され、救われた。
「すてるって、ゴミのことでしょ?いらないから」
「ああ、そうさ。ゴミは不要物だから捨てる」
「じ、じゃあ僕はいらないからすてられたの?」
「悪いが、それは君の母にしか分からない事だ」
捨てる。
その後味の悪い言葉により、涙すら出ず。
湧くのは空虚感のみ。
「どうして嘘をつくの?あのおじさんはたすけたって…」
「君が傷付くのを避けた為だよ」
普通なら、『嘘つき』や『意地悪』と罵りたくなる気分だが、不思議と心の穴にすんなりと言葉が入った。受け入れられた訳ではないが。
きっと、あの時だ。
母の手から自分の手が抜けた時、母らしき形が村の方へ駆け抜けていったのを感じていたから。
思いもしなかっただけで、知っていたのだ。
母が俺を捨て、一刻も早く島から抜け出そうとした事など。
「…泣いても構わないが?」
「泣くのは喜ぶ時だけだって、母さんが」
「大人びているな。その年で辛いだろうに」
「エルーンは常にりんとしてた方がカッコイイって、父さんが」
「…何故だ」
「……?」
「何故自分の境遇を気にしない?自分がこれからどうなるか不安じゃないのか?」
「うん。だって今、
そうだ。
母が俺を捨てたのは要らなかったから。
父が仕事をしているのは生活の為だから。
おじさんが俺を助けてくれたのも善意があったから。
おじいさんが僕を見てくれるのも同情と責任があるから。
結局、流されるしかないんだ。
今まで幸福の嵐に飲まれていたのが、普通の嵐に変わっただけ。
「…強がるな。そんな顔は子供には似合わん」
「でも」
「でも、ではない。子供というのはだな…感情の赴くままに泣いたり起こったりして、反省を覚え、常日頃学び、成長していくものだ。それが人間という生き方だ。ヒューマンもドラフもハーヴィンも。そしてエルーンもだ」
「おじいちゃんの言ってる事、よく分からない…」
「そういう風に困っておれば良いのだ。何でも受け入れるなんて生き方は人の形ではない」
「…!」
目の前が輝く。
昔の俺は言葉を理解せずとも、自らの存在を容認されている事に気付いたのだ。
ごみとして捨てられた俺に。
霧がかった存在の自分に。
この老人は生きる目的を与えてくれた。
「そう言えば…お前の名前を聞いていなかったな」
「コーリス」
「ふむ。名字はあるか?」
「必要なの?」
「ふむぅ…。強いて言えば必要ないが、お前自身の存在を認知するのに効果的だろう。自己の確立は大事だ」
「…でも僕の家にはないよ」
「なら儂の名字を授けようか?」
「え」
「ふ、不満か!?」
「それって?養子になるって事でしょ?いいの?」
「構わんよ、儂には息子がいない。老後の寂しさにはちと辛くてな。なに、心配するな。暮らしに支障は無い」
「ありがとう…」
「構わんと言っているだろう。さて、儂の名字だが…」
その名字は彼が生涯胸に抱える誇りであり、彼を証明する
「オーロリアという。端的に言えば…極光か」
「コーリス・オーロリア…!!」
「どうだ?」
「かっこいい!!」
「そうかそうか名字の感動より語呂を喜ぶのか…。意外に面白い性格してるなぁコーリスよ」
時として一瞬の会話だったが、子供である彼を変えるのには十分過ぎる時間だ。
もし、彼があと三年も生きていたら戻すことは不可能だったかもしれない。
彼が人生に光を見出すきっかけになったのは、一人のエルーンと、一人のヒューマンの献身あっての事だったのだ。
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「コーリスです」
「入ってください。さて、貴方を呼んだ理由について説明しましょうかね」
──君だけは靄が掛かったかのように分からない。
あの発言の後に追求は無かった。
だが、注目を浴びたという点では大きな影響はあった。
訝しげな視線では無く、何か逸脱した物を見る目。
逸脱と言っても語弊があるかもしれない。実際にコーリスの魔法を目にしたわけでも無いので、先生の発言から違和感を覚えての注視だろう。
少なくとも、嫌悪感は見受けられなかった。それは安心に値する。
「まあ気を楽にして下さい。私個人としての興味です。単純に貴方がどんな力を持つのか知りたいだけです」
確かに生徒がどんな力を持つのかは知っておく必要があるだろう。単に珍しい魔力、魔力量が桁違いな者。危険性が高いものなど見極めなければならない。
そういった中で、見極められない力があるのは危険と言える。
「あ、言った通り興味本位六割ですので悪しからず。何も異常だからといって手放したりしませんよ」
「了解です。ですが、俺の力は出すより説明した方が効率的なんです」
「ほう…何故?」
「人間に効果的でない範囲で使えば問題ないのですが、この力は生物に対し極めて有効なんです」
「では、詳細を聞きましょうか」
顎に指を置き、観察するようにこちらを見る。
少し忌避感を覚えながらも、偽りのない言葉で述べようと思う。
「まず、俺の魔力は霧です」
「霧、ですか」
「はい。このように身体から霧を放出出来ます。原理は火や水のと同じく魔力によるものでしょう」
そう言って手から薄い霧を出してみる。
霧が先生に触れないように辺りに充満すると、何時ものように鮮明に浮かび上がる物がある。
周りに置いてある器具から地面の埃までもが一つ一つ解る。
ただ、余りの情報量にまだ慣れていないため、目を瞑り視界をシャットアウト。
どうもこの感覚は頭に直接来るため、精神的疲労または頭痛が起きる可能性がある。
ただ、目を開けている時より周りが鮮明に視えるので、プラマイゼロと言っても良いだろう。
だが、視覚と霧の同時感覚に慣れなければならない日も来るかもしれない。
その時はどうするか。
否、どうにか出来るように鍛えなければならない。
ひたすらこの力を行使することが修行となるのか。それはこの学校で鍛えられて初めて分かる事だ。
「そしてこの霧の中に1ミリでも踏み入ると、俺は対象を知覚します。肉眼で見るよりも、耳で音を聞くよりも、触るよりも。どんな五感よりも鮮明に感知する事が出来ます」
「続けて下さい」
「この霧には現在四段階のレベルがあります。これが一段階。薄い霧ですが感知するのにはこのレベルで効力が上限まで達しています」
「便利ですね…次」
ペンを走らせ問いかける。
メモとして形に残すことにしたらしい。珍しい魔力の情報は後世に残す事が最善と考えたのだろうか。
「第二段階はこれより濃くなる霧です。この段階では人に影響を及ぼすようになります」
「害か?良い効力か?」
「害の方です。この霧に触れるとまあ、何というのでしょうか…ぼぅっとすると…」
「ああ、呆然自失の状態になると?」
「そうです。苦しむとか特に無く、只もやっとするらしいです。自分に影響はありません…」
第二段階。
これはトラモントで偶然発覚した力。魔力を皆で出し合ってた時年上の子供に影響を与えてしまったようで、意識が軽く空に行ってた子が火を出しすぎて軽い火事になった。
霧と言えばコーリスと、認知されていた頃なのでめちゃくちゃ怒られた。
「そして、三段階目は記憶に靄を掛ける。霧に入ってからの記憶を軽く飛ばします。記憶喪失にはなりません」
「…ちょっと怖いですね。四つ目…」
これらは霧だけの影響。
霧を解けば何も問題は無い。
でも駄目だ。四つ目は。
それだけは駄目。未知なんだ。
使えない訳じゃない。使ったら死ぬわけでもない。
使っていい保証がないんだ。
これを人に向けたら。
母さんが。
皆が。
俺を───
でも、使ってしまった
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彼を堕落させてはいけない。
シヴァ煽りを出来る余裕が欲しかったです…