幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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明けましておめでとうございます。


66.砕けた心に貴方は

 

 

 

 

「………惨い」

 

 

 コーリスは荒野を見た。

 戦いの最中では気付かなかったが、エニュオとの戦闘によって島の4割が消し飛んでいた。恐らく、終盤で互いの技を防ぎ、拡散した余波が巻き起こした惨状だろう。

 

 彼はエニュオのコアを持ってカリオストロの元へ駆け付けた。

 その横には合流したアルミスもいた。

 

 

「……アルミス」

 

「せ、んせ…え」

 

 

 今まで明確な感情を出さなかった少女は、震えた瞳でコーリスを見た。瞳だけではない、手も膝も全てが覚束ない。戦いの決定打となった弓も地面に落としている。

 街を守っていたエニュオは、彼女達にとって女神そのものだった。

 

 

「私のした事、まちがってないんだよね?」

 

「ああ」

 

「みんなを殺したの、エニュオさまなんだよね?」

 

「そうだ」

 

「っ………う、ああ」

 

 

 アルミスは嗚咽を上げて泣いた。

 誰も咎めはしないだろうに、溢れ出る声を抑える様に…両親の無念を、犠牲となった全ての人間達を回願して涙を流した。

 

 

「アルミス」

 

「せんせぇ…わた、し」

 

「助けてくれてありがとう」

 

「せんせぇ…!せんせい……!!」

 

「アルミスがいなかったら、俺達は死んでた」

 

 

 コーリスは震えるアルミスの身体をそっと抱きしめた。

 周囲が粉微塵に吹き飛ばされる地獄を耐え抜き、戦いを勝利に導いた小さな勇者の心を曇らせない様に。それだけが、今の彼に許された正しい行いだった。

 

 アルミスが戦地に戻るという行動を行った理由は、ひとえに憎悪からであった。目の前で肉親や友を殺され、カリオストロという恩人を削られた彼女は、憤怒に脳髄を焦がされながら死ぬ気でウロボロスに懇願した。

 ウロボロスにとっては少女の命など不要だったが、主を壊した相手に一泡吹かせる提案を喜んで受け入れた。

 そうしてカリオストロの意識を回復させ、後に至ったのだ。

 

 だが、同時にエニュオとの日々は間違いなく彼女にとっての平穏であり、憎悪と悲しみの激流が感情を爆発させたのだ。

 

 

 

「…カリオストロ」

 

「悪いが、少し休ませろ…」

 

 

 地に横たわるカリオストロは死の境目を乗り越え、生命活動を維持する事に成功している。しかし、最後の奥義によって魔力が空になったが故に、脱力感は相当なもので、結果的に動けない状態に陥っている。

 

 

「ごめん…」

 

「は、何に謝ってんだよ」

 

「分からない…でも、こんなになってまで」

 

「ばーか」

 

 

 カリオストロはコーリスの頭をポンと叩いて微笑みかけた。

 

 

「アルミスだけじゃねぇ。お前が頑張ったからオレも生きてる。お前は世界有数の天才美少女を救ったんだぜ?誇れよ」

 

「…ありがとう……ありがとう………!!」

 

「泣くな。子供の前だぞ」

 

 

 感極まったコーリスはアルミスと共に涙を流し、痛ましい姿で横たわるカリオストロを抱き起こした。

 

 

「うう、ごめん……!」

 

「だから謝ん──っておい!男は野郎に抱きつかれても嬉しくねぇんだぞ!離れろ!!」

 

「───え?」

 

「あ。えーとアルミス。カリオストロは世界でいっちばんカワイイ女の子だぞ♡」

 

「今『男は』って…」

 

 

 彼等は3人+1匹で抱き合いながら、一時の安寧を過ごした。生存者はアルミスとアテナを入れて7人。アテナの意識が戻るかは分からないが、少なくともこれ以上災禍に襲われる事も無くなった。

 

 

 

「…神殿の方でアテナさんが倒れてた」

 

「アテナが……すまん。オレ様はウロボロスに運んでもらってノアと合流する。何かあったら今度こそ死ぬからな」

 

「了解。アルミスは?」

 

「……行く。行かせて、ください」

 

「分かった」

 

「……気を付けろよ。お前の危機でゾーイがもうすぐ戻ってくる筈だ。それまで粘っても良いと思うが……仕方ねぇ」

 

 

 カリオストロにとって不安要素があるとすれば。

 目を覚ましたアテナが廃れた街を目撃し、精神的苦痛によって錯乱状態に陥る事だ。暴走した星晶獣を相手取る余力はもう無い。カリオストロは兎も角、魔力タンクであるコーリスですら全てを使い果たしたのだから。

 

 逆にコーリスは苦慮していた。

 過去の罪を引きずるアテナが、この結果に耐えられるのか。自死の道すら歩むのでは無いかと、そんな恐ろしい結末が今更頭を過ぎった。

 

 

「……足が」

 

 

 だが、コーリスも限界だった。肉体が悲鳴を上げている。瞼を2秒閉じてしまえば今すぐにでも脳が睡眠を命令する事だろう。

 足だけではない。気が付けば、義手の感覚が消えていたのだ。時間差でゆっくりと魔力が潰えたのか、疲労で気が付かなかっただけか。

 

 

「…アルミス。て──」

 

「ん」

 

「ありがとう」

 

 

 『手で支えてくれないか』──そう言う前にアルミスは彼の右手を握ってバランスを取り始めた。

 これからの不安に耐え忍ぶ様に、力強く握り締め、神殿までゆっくり、ゆっくりと確実に歩みを進めた。

 

 まるで、見てはいけない物をこれから覗きに行くかの様な不安感が彼等の心を薄く掠めた。

 

 そして──辿り着いた先には。

 

 

「アルミス」

 

「嫌だ」

 

「見ない方がいい。耳も塞げ」

 

「嫌」

 

「…」

 

 

 

 倒れ付すアテナなどいなかった。

 ただ、そこに見えたのは…。

 

 

 

「─────────」

 

 

 

 呆けた表情で()()()()()()に立ち尽くすアテナだった。

 

 

「あ、アテナさま…」

 

「────ある、みす?」

 

 

 

 亡者の様に悍しく緩慢な動きで振り返ったアテナは、未だ夢の中にいる様だった。

 パラディオンによって人々は安寧の地を作り、外敵に怯える事の無い営みを過ごし始めている──そんな夢を。

 

 

──だが、此処は地獄だ。地獄にされたのだ。

 

 

「……どういう、いや、まって…」

 

 

 

──まず、意識を失う前の記憶が蘇り、自身に起きた事を悟る。

 エニュオがアテナを裏切り、パラディオンの本体を破壊する事で彼女の魂と防壁を破壊。

 

 

「────」

 

 

──次に、コーリス達の姿を見て何が起きたかを悟る。

 満身創痍の彼の姿で外敵との激しい戦闘が存在していた事を理解し、同時に自分が起きるには遅すぎたのだと、冷酷な事実が突き付けられた。

 

 いや、そもそもコーリス達とは別れたはずだ。一度空に旅立っては防衛街に戻るまでにはそれなりの時間が必要な訳で──

 

 

「────あ、ああ」

 

 

──そして、街を再び視界に収め、()()()()結果に至ったのかを悟った。

 

 

 

「いや、いやぁ………ああ」

 

 

 見渡す限りの"廃"。

 崩れた家屋からはむせ返る程の埃が舞っていて、あらゆる場所から軽度の死臭が感じられる。

 アテナは自身の足元から漂う()()()を知覚した瞬間、脱兎の如く飛び退いた。震える足は直立を許さず、結果的に尻餅をつく形となり、逃げる様に足を暴れさせた。

 

 パラディオンを配置する神殿には門番が2名存在した。勇敢で実力もある若者だ。アテナからの信頼もあり、彼女達を心から尊敬していた。

 それ故にエニュオに欺かれ、神殿内部への侵攻を許してしまったのだ。

 彼等は後悔の暇もなく、防衛街の崩壊を表す物体の一部となってしまった。

 

 

「…」

 

「また、繰り返した……また………?」

 

 

 覚束ない全てを必死に動かしながら、アテナはようやく身体を前方に向けた。

 

 

「わたしが…守れなかったせい、で…………?」

 

 

 ガシャン、と音が鳴った。槍が落ちた音だ。

 盾など元より持っていない。守る物を失った守護者には必要の無いものだ。

 

 彼女は頭を掻きむしる様に抱え、喉が裂けんばかりに喚いた。

 

 

 

「ぁああああアアアアッ………!!!!」

 

 

 

 亡霊の様な嘆きだった。

 叫びと形容するには余りにも理性的で、しかし感情の決壊は確実に精神への負担となっていると分かる──そういう嘆きだった。

 

 

「ッ……!!」

 

 

 地面を叩く。土が弾む音がした。

 

 

「あ、ああッ……!!」

 

 

 頭を毟る。ガリ、と音が小さく鳴る。

 

 

「ああああああああ!!!!!」

 

 

 再び叫ぶ。反応は無い。

 

 

 当然の帰結だった。

 そもそもエニュオとの戦いは街を壊した彼女を野放しにしない為のもの。全ては事後であったが故に、勝ったとしても何も得られず、何も取り戻せない。

アルミスはその本質を理解出来た気がした。

 

 そして絶え間ない自傷行為を続けるアテナは、遂に槍を持って自身の首筋に──

 

 

「やめましょう」

 

 

 いつからだろうか、アルミスの手を離れたコーリスがアテナの横で膝を付いていた。

 その手は女神の槍を抑えている。

 

 

「こー、りす…どの」

 

「それをやっても貴女は死ねません…苦しむだけです」

 

「苦しまなければならないのですッ!!!!」

 

 

 アテナは縋る様にコーリスの肩に手を置いて感情を吐き出した。

 その瞳は涙に濡れていた。彼が今まで会ったどんな人間よりも純粋な悲しみを見せていた。

 

 

「立去ればよかった……パラディオンなんか無くても…この街はきっと円満に日々を過ごせていた筈……!それを私が"過去の償い"という理由だけで依存してッ!エニュオに背後を許してしまった……私のせいなんです!!!」

 

「貴女は街を魔物達から守り、未来永劫地図に残り続ける為の道標も示しました。貴女は人々を守り抜こうと本気で思って…」

 

「その結果がっ………肝心な時に倒れ、友と思っていた同族に裏切られた役立たずの欠陥品です……」

 

「皆が貴女を心から尊敬し、そして自立しようと戦っていました。貴女の行動は決して無駄なものでは無かった………忘れたのですか」

 

 

 コーリスは、自分でも驚く程に低く嗄れた声を出した。それは光線によって喉が潰れたからか…或いは、この惨状のやるせなさを抑える為にその声が出たのか。

 

 そして、彼の言葉を聞いたアテナは震えながら彼の右手を掴んで自身の首にあてがった。

 

 

「殺してください」

 

「………やめてください」

 

「エニュオが皆を殺した罪人ならば……私は過去に空の民を大勢殺し、現在に至ってもこの災禍引き起こした大罪人です」

 

「こんなの、間違っています」

 

「私は何もかも間違えていたんです。街を守ってくれたコーリス殿を傷つけ、役立たずとの会話に尽力させる。救いようがありません……」

 

 

 アテナの表情は歪んでいた。

 涙を流しながら、笑っていた。自身の存在を呪う様に、全てが無駄だったのだと、愚かな道化(ピエロ)に成り果てた自分を嘲笑っているのだ。

 最早、自分の存在が許せないのだろう。

 

 コーリスは過去の戦いでこの様な人間を多く見てきたが、正しい問答を見い出せずにいた。

 寄り添うべきなのか、猛るべきなのか。

 

 

「アルミスだけではありません!まだ生きている人達がいます!貴女が倒れてしまえば誰が彼等を……」

 

「…………っ」

 

「……生き残った大半は子供達です。他の街で生きるという手は勿論ありますが…残酷です。貴女が少しでも側にいてくれればきっと…ほんの少しでも安心できる筈なんです」

 

「壊したのは、私なのです」

 

「彼等は親が死んでも貴女の無事を祈っていたッ!」

 

「───え」

 

「絶望の中…壊れそうな心を踏み留めて、貴女という守護神が生きている事を──」

 

 

 その時、コーリスに異変が訪れた。

 

 

 

「──ゲほっ……かふ……っ?」

 

 

 口から少量の血が突然吐き出された。だが、彼が真に違和感を覚えたのは───

 

 

(なん、だ…これ、疲れか?身体に力が入らなくて……きもち、わるい………)

 

 

──過剰な脱力感。力が抜ける感覚が彼に不快感を与えていた。

 付いていた膝が崩れ、四つん這いの体制になって意識を留めようとするも、直ぐに限界が訪れるだろうと悟った。

 

 それは、魔力を使い果たした事による疲労だった。

 本来ならば大抵の人間が体験しているであろう魔力の酷使による疲労を、彼は人生で一度も体験したことが無かったのだ。

 魔力は生命活動のエネルギーとは異なる為、魔力が空になる事自体が原因というより、"魔力を使い果たした"という情報を脳が受け取った結果、身体に休息命令を出すというのが原理である。

 加えてコーリスの甚大な魔力量を一気に失ったとあれば、身体機能の全てが大きく反応し、回復の為のシャットダウンに全力を注ぐだろう。

 

 そして、吐血はエニュオによる腹部の傷が響いた結果であり、死に直結はしないが、意識の低下には繋がった。

 

 

「先生!!」

 

 

 アルミスが直ぐ側に駆け付け肩を起こす。

 アテナは目の前の現象を咀嚼出来ず、ただ混乱に目を震えさすのみ。

 ワナワナと震えながら呆ける彼女にコーリスは何とか微笑みを作って語りかけた。

 

 

「ごめん、なさい…少し疲れてしまった様です…エニュオは強かったので……」

 

「…あ」

 

「たぶん、死には…しません。ので、お願いがあります」

 

「コーリス、殿」

 

 

 コーリスは島の外へ指を指した。

 

 

「俺たちの艇があります。そこ…連れて行ってくれませんか」

 

「先生!大丈夫!?先生!!」

 

「みんな避難させた、ので…どうか……」

 

 

 コーリスはアテナの迷心を溶かす──正解の言葉を偶然言い放った。

 

 

「助けて下さい…………」

 

 

 

 その言葉を堺に彼は意識を失った。

 呼吸も脈もそのままだ。気絶と考えていいだろう。

 

 

 

「アテナさま………せんせいは」

 

「…生きています」

 

 

 アテナは立ち上がった。

 その目は未だ絶望に苛まれてはいるが──少なくとも前を向いていた。

 

 

「アルミス」

 

「は、はい!」

 

「ありがとうございます。生きていてくれて…こんな私の元へ来てくれて」

 

 

 彼女は背丈を合わせ、アルミスの手を包み込んで優しく微笑みかけた。

 そしてその幼子を背後に立たせ、倒れたコーリスを背負うと再び立ち上がり、薄く光る朝ぼらけの蒼に向かって進み始めた。

 

 

「死なせはしません。コーリス殿」

 

 

 彼女の心に迷いは無かった。

 守護と平和の性──原点の感情がその身体を動かしていた。

 

 全ては災禍に包まれる人々を守る為に。

 

 

 

「…救ってくれて、ありがとうございます」

 

 

 

 その言葉はそっと、耳元で呟かれた。

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

 

 

──フロンティア号、一室にて。

 

 

 

「─────ぅ」

 

 

 コーリスは頭の重さに苦しみながら瞼を開いた。

 

 

「寝ていた……いや」

 

 

 寝惚けた頭から記憶が蘇る。

 彼にとって正体不明の疲労、意識を失う寸前に助けを求めた事、それ等が思い起こされる。

 そして自身に巻かれた包帯を見た。

 

 

「……アテナさん」

 

 

 自分の願いは聞き届けられたのだと、ほんの少しの喜びが浮かび上がってきた。

 

 それと同時に聞こえる音があった。

 廊下を激しく走る音だろうか。フロンティア号の一室だと気付いたコーリスは、ゾーイが帰ってきたのか、或いは避難していた子供達だろうかと思考を巡らせる。

 

 ドアに目を向け、音の発生源は──

 

 

「コーリス殿ッ!!!」

 

「おぉっ!?」

 

 

 

──大音量にて彼の名を叫ぶアテナであった。

 

 

 

「ぐあぁ…」

 

「あぁ…!申し訳ありません……つい…その」

 

 

 寝起きの耳に響く大声は、例え彼女の凛とした発声であっても苦しいものであった。

 コーリスが意識を戻した瞬間に全速力で部屋に突撃してきたのだろう。迫真の表情で息を切らしている。

 

 

「…子供達は?」

 

「眠っています。今日…いえ、昨日の出来事のせいで錯乱していましたが、体力の限界が来ました」

 

「ということは夜ですか。アテナさんも…」

 

「私は不要です」

 

 

 断固として休息を譲らないアテナ。

 星晶獣に睡眠は不要だが、疲労感は依然として付き纏うものである。エニュオの攻撃も相まって、十分な回復をしていないのではないかとコーリスは疑った。

 

 

「私にはまだやるべき事があります」

 

「弔い、ですか」

 

「いえ…コーリス殿が寝ている間、破壊された街で死体を掘り起こしました」

 

「………まさか、一人で」

 

「腐敗してしまっては彼等の魂も救われない。生き残った子供達と共に埋葬する事も考えましたが……」

 

「…そんな余裕は無かったのですね」

 

「はい…。私の炎で彼等を見送りました」

 

 

 コーリスが気絶した後からは一日も立っておらず、その日の夜の内に目が覚めたようだ。

 その間にアテナは街を歩き、慟哭の跡が残る家屋を一つ一つ掘り起こし、死体を回収したのだと言う。

 

 コーリスは薄々信じられなかった。

 労力の問題では無い。感情の問題だ。絶望に身を焦がした彼女がその様な作業に耐えられる筈が無いと…。

 

 そんな疑問を跳ね除けて彼女は続ける。

 開いた手の平に見せたのは球体だった。

 

 

「貴方が倒れた時、地面に転がった…エニュオのコアです」

 

「…不変の理がある筈です。壊せません」

 

「いえ、例外はあります」

 

 

 コーリスは思い出した。

 リュミエールのロイスがショゴスのコアを貫いた瞬間を。結局サテュロス達から理由を聞き出せなかったが、アテナは当事者である故に仕組みを理解しているのは当然だった。

 

 

「私達は星の世界で生まれた不変の獣。星の民もまた不変故に死ぬ事はありません。ですが、星晶獣は一部空の民に寝返っています。その際、"帰化"したのです」

 

「帰化?」

 

「空の民と共に生きる決意を決めた時、私達の身体に変化が訪れます。姿形は変わらず、能力にも問題は無い。ですが、コアが破壊可能となるのです」

 

「空の世界に合った形に変化したということですか…?」

 

「若しくは、星に見捨てられたというべきでしょうか。コアからの回復も可能ですし、寿命も存在しませんが…確実に死は存在します」

 

「…道理で敵対的な星晶獣は何度も復活する訳ですね。空に取り残されただけの彼等は依然として星側だと」

 

 

 そこで一つの疑問が生まれる。

 

 

「つまりエニュオは……空と共に生きるつもりだったというですか?」

 

「………はい」

 

「馬鹿な」

 

「…性に身を任せたという事は、壊さずには生きていられないという事。空の世界で何かを壊して生きるという想いがそうさせたのでしょう」

 

 

 生き方は千差万別。空の世界で生きるという決意自体が必要なのであって、倫理的な常識は不要である。

 コーリスはそれが共生と呼べるのか分からなかったが、そのシステムのおかげでエニュオを確実に倒す事が出来たのだと実感した。

 無論コアを壊せなくとも無効化は可能だろうが、相打ちとなってしまえば相手は再生して此方は無手。災禍は留まる事を知らなかっただろう。 

 

 言葉を失うコーリスにアテナが提案する。

 

 

「エニュオは救助に来てくれた貴方達に深手を負わせました。私が倒れている間、彼女を倒したのもコーリス殿とカリオストロ殿。このコアは任せます」

 

「……いえ、これは貴女が決めるべきです」

 

「え…?」

 

 

 最初から決めていた事だ。

 コア以外の肉体全てを壊すという方法を決めた瞬間から。

 

 

「アテナさんが守った街、人間、営み。エニュオは全てを壊しました。ならば、貴女が終わらせるべきで──いえ、どの様に扱うのか、それを決めて下さい」

 

「………貴方は」

 

 

 アテナは諦めた様に下を向いた。

 ()()()()()()()()のだと。

 

 

「封印します…絶対に解くことが出来無い様」

 

「…破壊はしないと?」

 

「はい」

 

「分かりました。アテナさんを信じます」

 

 

 アテナには出来なかったのだ。

 エニュオを憎めない訳では無い。寧ろ有り余っている。

 だが、性に抗った者と身を委ねた者として、時を違えれば立場は逆だったかもしれない。そう思うと完全に殺すという判断が出来なかった。

 

 彼女の封印術はどんな空の術よりも効果はある。常にコアを持ち歩くのならば再生も許さずに監視出来るだろう。少なくとも完全な無力化は可能となる。

 その状態のエニュオに意識が存在するのかは分からないが、もし存在するのなら生き地獄になる。それも償いの一つだろうか。

 

 つまり、アテナが死なない限り問題は無い。

 安全策と言えない事は二人とも分かっていた。

 

 

「もしエニュオの封印が解かれてしまえば…直ぐには再生しないでしょうが、また甚大な被害が起きます。貴女の自己犠牲が最もソレを引き起こす可能性がある。言っておきますが、勧めはしません。将来的にも、貴女の心に深い責任がのしかかるでしょう」

 

「…」

 

「…本当に、俺達と一緒に来ませんか」

 

 

 それは最初の勧誘とは違い、アテナを慮ったが故の提案だった。

 

 自身が何らかの形で倒れ、封印が緩めばエニュオは復活する可能性がある。自身が倒れる事を許さず、全てを守らなければならない生き方を強いる事になる。容易な事では無かった。

 だからコーリスは一人に責任を負わせない様に、団員として苦しみを分かち合う選択を与えたのだ。

 その意図を感じ取ったアテナはコーリスの手を握って、今度こそ歪みの無い純粋な笑顔を見せた。

 

 涙は一筋、無機質なエニュオのコアに落ちる。

 

 

「また貴方に助けられたら…私はもう、進む事を諦めてしまうでしょう」

 

「…?」

 

 

 "また"という言葉にコーリスは内心首を傾げた。

 気絶する彼の『助けて』という言葉は確実に彼女の生きる意志を、火を灯していたのだ。

 

 

 

「貴方に縋り続けてしまう…それは、間違っている事とは断定できません。ですが、一度貴方に前を向かせてもらった以上、もう戻る事は私が許せないのです」

 

「…そうですか。残念です」

 

「…すみません」

 

 

 最初の勧誘が断られた時と同じ様にコーリスはそう返して──

 

 

「…でも、アテナさんが少しでも希望を見出せたのなら、嬉しいです」

 

「…!」

 

「俺は、文献での貴女を見てこの戦い方を決めました。守りながら敵を倒し、平和を導く…そんな騎士を」

 

 

 アテナはその言葉に心臓が強く脈立つのを自覚した。

 喜びだろうか、それとも緊張だろうか。少なくとも、目の前の言葉が驚愕に値したのは事実である。

 

 

「自己を顧みず、ただ人々を守る為に戦い、傷つき、苦心する。例え挫ける事があっても立ち上がる守護者。俺は貴女という優しい人を……心から尊敬します」

 

 

 体の良い慰めの様だ。

 コーリスはアテナに自分の何かを重ねたのかもしれない。理由無く不効率なまでに他者の救済を求め、絶望と共に周囲に救われる。そんな愚かな守護者としての自分を。

 

 言葉を聞いたアテナは包み込んだコーリスの手を強く握って、消え入るような声で感情を深く吐露した。

 

 

「私も………私も……!!」

 

 

 彼女の言葉もまた、コーリスを救う。

 

 

 

「貴方に会えて……良かったっ…!!」

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

「……」

 

 

 

 

 アルミスを除く4人の幼子達は眠りから覚め、女神の心労を案じ、コーリスとアテナの対話をこっそりドアの隙間から覗いていた。

 

 

「……せんせ、アテナさま…」

 

「きこえちゃう…」

 

「だいじょうぶかな…」

 

 

 アテナのすすり声を聞いた彼等は慌てふためくが、コーリスが彼らに気付く。

 覗き見る視線とコーリスの視線が交差する。

 

 

「あ」

 

「見つかっちゃた…」

 

 

 きっと叱られてしまうだろうと怯えた彼等が見たのは──

 

 

「………」

 

 

──微笑みながら人差し指を口に当て、"しーっ"とジェスチャーをするコーリスの姿であった。

 

 

「………わぁ」

 

「おとなだ」

 

「なんかちがうとおもう」

 

 

 

 そのジェスチャーと表情から、アテナに心配は無いと悟った彼等は、これ以上は怒られてしまうと、ノアに用意された寝室に向かった。

 

 

 

──きっと。きっとだ。

 

 

 防衛街の戦いが残した遺恨は決して取り戻せる物ではない。

 生き残った子供達は肉親と友人を奪われ、唯一の青年は幼子を導く役割を強制させられた。

 守護の女神は破壊の女神の復活を常に防ぎ、未来永劫その責務から逃れる事は叶わない。

 何もかも失った決闘は、絶望を色濃く残していった。

 

 それでも防衛街は希望を失わなかった。

 コーリスが救ったのはアテナの心だけだ。生存者達は自らの絶望に打ち勝ち、明日への一歩を踏みしめんと覚悟を決めている。

 

 彼等は安心した様に、全てを忘れてしまわない様に皆で手を握って眠った。

 

 

 

──その眠りに、悪夢はもう訪れないだろう。

 

 

 

 

 

──6章、完。

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

 

 

──小話:ごめんなさい

 

 

 

 

 その時が来たからには、()()()()()()()と思っていた。

 百年も経てば、そうなる可能性も高くなるからだ。

 

 

「…何故です」

 

「コーリス、殿」

 

「何故ですか。何故、そうなったのですか」

 

「………」

 

「説明を、お願いします」

 

 

 

 だが、それは思い描いた物とは違った。

 片方が復活するのなら、片方は死んでいる筈なのに。

 

 

「何故、貴方がいる」

 

「"あなた"?ふふ…随分と優しくなりましたね?」

 

「貴様…!!」

 

「貴方が信じた結果がコレで、全ては間違っていた。そういう事ではないのですか?」

 

「…」

 

「貴女も。呆けていないで再会を喜びましょう?」

 

「コーリス殿……申し訳、ありません」

 

 

 

 俺が信じた人は、苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

 何故だ。何故よりによって、この騎空団に奴がいる。

 

 

「■■■■……!!」

 

「そんな事、決まっているではありませんか」

 

 

 

 奴は何にも変わってはいなかった。

 何時も同じ様に微笑んで、優雅に、平然と踏みにじる。

 

 

 

「愛しいコーリスさんに会いに来たんですよ」

 

 

 

 






カリオストロやアルミス、防衛街のその後は次の章の冒頭で。
小話の方は…グラブルやっている人なら察していると思います。

あと、何となく言っておきますが、私は曇らせ反対派です。
皆元気に希望を持って生きようね!

 
コーリス
・アテナにトラモントが消えた頃の自分を重ねていた。
・人を助けたという事実に救われている。

アテナ
・コーリスの言葉に自分の生きる意味を思い出した。
・騎空団に入団する道が正しいと思ったが、同時に自分がコーリスから離れられなくなるだろうと思い、断腸の思いで断った。
・コーリスとは互いに救世主という間柄。

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