幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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EX2.アテナの一歩

 

 

 

「………ばじゅ…?」

 

 薄暗い青が見える早朝。

 俺は腹部に感じる重みで目を開けた。

 

「…あ。アルミスか」

 

 寝ぼけた頭が蘇る。

 目が慣れ、ぼやけた視界が開けてくると映ったのはアルミス。俺の腹を枕にして眠っている。

 何を勘違いしていたんだか、ここ最近はこの子と一緒に寝ていたというのに。

 

「すごい寝相」

 

 身体が完全に横になっている。そこまで広いベッドでは無いので、俺を端っこに寄せて枕にしたのだろう。

 

 アルミスが俺の部屋にいる理由は、単純に一人でいるのが不安だからだ。

 一夜にして全てを失った彼女は、エニュオを穿った冷たい感触と共に悪夢に苛まれた。心の安静を保つ為に人肌を求めた結果が、『先生』として過ごしていた俺と寝ることだった。

 俺は幽霊だから身体が冷たいのだが、いいのだろうか?

 

 いや、アテナさんの方が良いだろうと最初に説得したのだが、彼女に向ける感情は崇拝の様なもので、畏れ多いのだとか。

 ちなみにそれを聞いた本人はホッとした顔をしていた。

 

「時間かな」

 

 俺はそっとベッドから降りて、洗面所へ向かった。

 

「…あの人また寝てないのか」

 

 この言葉も最近呟いてばかりな気がする。

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

「おはようございます」

 

「……む、おはようございます。コーリス殿」

 

「また移住先のガイドですか…赴かないと分かったものではないですよ」

 

「分かってはいるのですが……やはり目星は」

 

「自分の島を悪く書く人間はいません……ここまで来たら好みですよ」

 

 エニュオとの戦いから数日後の事だ。

 防衛街ともう一つの街の弔いが終わり、子供達を匿いながらこれからの事を考え始めた時だった。

 アテナさんが居間の椅子に一日中座ってガイドブックを読み漁っていたのだ。

 

 中身は移住する島について。観光ガイドよりは真面目に情報が載っている物だ。

 子供達の預け先を選んでいるのだが、中々結論が出ないらしい。徹夜で自己判断と戦っている。

 

 星晶獣とはいえ疲労はある筈だ。

 その証拠に姿勢が段々悪くなっているし、言葉に対する反応も鈍い。

 

「…」

 

「な、何ですか…此方を見つめないで下さい」

 

「気分転換に島でも回りましょうか」

 

「へ?」

 

「ガイドで選んでも心に痼が残りますからね。実際に見て見たらどうですか?」

 

「しかし…私が住むわけでは無いのです。子供達に判断させた方が良いのでは…?」

 

「尚更読む必要無いじゃないですか」

 

「ぐ…っ」

 

「責任を感じるのは分かりますけど、"取り敢えず"で動くと疲れてしまいます。子供達のために休むと考えてみてください」

 

「…分かりました。同行感謝します」

 

 ただ休めと言ってもアテナさんは絶対に聞かない。

 防衛街にいた時も『私は星晶獣、休息は不要です』という言葉を機械的に繰り返された経験があった。

 だから理由を付けて休ませる。島を見るという動機があれば身体も動いているし問題ない筈だ。

 理想を言えばアルミス達を連れていきたいが、何が起きるか分からない。帰ってきたゾーイが引率するにしても怖い。

 

 巡る先を考えていると、アテナさんが立て掛けていた槍を掴んで此方を見ていた。

 

「コーリス殿の準備が出来るまで待ちます。好きな時間に声を掛けて下さい」

 

 まさかそのまま待つ気か?

 この人未だに自分を機械か何かだと思ってるんだろうか?

 

「あの、そんなに気を遣わなくても」

 

「私は艇に住まわせてもらっている身です」

 

 何だかこっちが申し訳なくなってくるな。

 あと…。

 

「その格好で行くつもりですか」

 

「…?」

 

「真紅の鎧と兜…槍と盾。バレてしまいます」

 

「むっ」

 

 只でさえ依頼文に『アテナ』と書く人だ。大国で姿を晒せば正体がバレて大騒ぎになる。一応覇空戦争で暴れたという記録は残っているからな。

 あと、完全武装の人間が島に訪れると良くない反応を貰う。騎空士の様に武装した旅人という格好ならばいいのだが、鎧は目立つ。

 

「ですが私はこれ以外に持っていません…」

 

 ゾーイも言っていたが、星晶獣は全ての要素が作られたものらしい。身体も鎧も力を込めれば再構成出来る事から、それ等を洗う必要も無い。

 アテナさんはずっと騎士の様な格好で過ごして来たのだ。

 

「うーん…あ、ゾーイに借りましょう」

 

「え、それは流石に申し訳が…」

 

 出会いの影響か、アテナさんはゾーイに対して一歩引いた態度を取っている。

 気にする事は無い。生きている時間自体は彼女の方が格段に長いのだから。

 

「ゾーイー」

 

 ゾーイの部屋の前で名を呼ぶ。

 艇は既に近くの島に停まり続けている。用がなければここにいる筈だ。

 

「なんだい?」

 

 うん、いつも通り返事が早い。爆速のドア開け。

 

「アテナさんと出かけるんだけど、服を貸してくれないか?」

 

「用があるなら私が行くが…」

 

「いや、島を見て回るだけだ。服あるか?」

 

「とっておきを用意しよう」

 

 部屋の奥からタンスを漁る音が聞こえる。

 何だかんだ色々旅をしてるからか、ゾーイは俗に染まる度にラフな格好をしていた気がする。

 最終的には……

 

「これがいいだろう」

 

「あー」

 

 出た、ドラゴンシャツ。

 ただのラフな白シャツかと思いきや背中に青色で二頭の竜が渋く描かれたデザイン。

 何処で買ったのか未だに謎ではあるが、カリオストロの『だっさ』発言のせいで暫く見る機会が無かった。

 

「他のは?」

 

「何が不満か」

 

「…お前も薄々気づいてるはずだ。自分でそれを着ないって事は──」

 

「言葉には気をつけるべきだ。君のおかげで私は感情豊かに怒る事が出来る」

 

「あの、何か揉めている様ですが…私は構いません」

 

「…?」

 

「寧ろ双竜が神聖さを表現していて良いと思います」

 

「!?」

 

 アテナさんも天然タイプか…!?

 いや…真面目すぎるだけか?遠慮してこんなシャツを…。

 

「いいセンスだ。君はこれから大成するだろうな」

 

「もう400年生きているのですが…」

 

 ま、ゾーイが嬉しそうならいいか。

 特別ツッコむ事でもないし。カリオストロがどうにかしてくれるだろう。

 

 

 

────────────

 

 

 

「ふーむ…服に着られてない。コーリスが止めなかったと聞いた時は正気を疑ったが、案外似合ってるもんだな」

 

「やはり私のセンスは間違っていないようだな」

 

「そうだな。間違ってるのはお前がこの服を着ようとした事かもな」

 

「ははは───は?」

 

「おっと口チャック」

 

 カリオストロも呼んでファッション査定。

 意外にもアテナさんはドラゴンシャツを着こなしていた。ゾーイより身長が高いからか、スラリとしたシルエットに見える。

 

「脚が長い。細めのズボンだからか役所の出来る女って感じだな」

 

「一般的ではあるのでしょうか…?」

 

「視線は集まるかもな。ただドラゴンが無ければもっと決まってたと思うと口惜しい」

 

「ドラゴンの何が駄目なのか」

 

 準備は済んだようだし、早速行くか。

 一応刀と…うーん、予備の剣はいらないか。ノスタルジアは錆びた鉄骨の様にボロボロになってしまったし、杖は完全に棒。

 魔力を通せばまだ棒の方が有用としても、武器を持ち過ぎたら不審だ。ここは刀で通す。

 

 逆にアテナさんは手から武器の出し入れが可能だから、そういう心配は全く無い。

 

「コーリス殿、今日はよろしくお願い致します」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします。じゃあまた、二人とも」

 

「気をつけるんだぞ」

 

「カリオストロね、化粧水買ってきてほしいな〜」

 

「化粧水了解。あとさ、カリオストロ」

 

「なぁーに?」

 

「なんか魔力が空でも霧は出せたぞ」

 

「え────」

 

 よし、行こう。

 

「ちょちょちょ待て待て待てコーリス待てオイ待てや!」

 

「え、なに」

 

「分かってて行こうとしてるだろお前いいから座れや待たないと解剖(バラ)し殺すぞ!!!」

 

「賑やかでいいな。これこそ祈望の騎空団」

 

「言ってる場合ですか!逃げますよ!」

 

 アテナさんに抱えられて俺は外へ連れ出された。

 帰ったら研究されそうだな…。

 

───────────────

 

 

「ここは経済がかなり潤ってる島です。リゾート地ではありますがその分トラブルも少なくない可能性がありますね」

 

「今思えばあまり来た事はありませんでしたね」

 

「物価もちょっと高いです。旅行には良いですが…」

 

「住むには少し難しいです」

 

 という訳でアテナさんと共に平和な島を巡る旅だ。

 最初はアウギュステ。海によって豊かな経済を敷いている巨大な島。

 自警団も大規模で、住みやすさは上位ではあるが…何分海は危険が多いと聞く。

 もしもを考えて島を選ぶ場合には下位に位置する優先度だ。駄目元ではあったが、これは却下と。

 

「リヴァイアサンが契約した島ですか。ポセイドンはいるのですか?」

 

「聞いた事無いですね…知識としては知っていますが」

 

 知り合いだろうか。

 

──次。

 

 

「フレイメル島バルツ公国。金属等の加工が盛んで、暑苦しく見えますが中心部は普通の国です」

 

「ふむ…」

 

「先進国ではありますが人を選ぶ島でもありますね。山ばっかりで魔物も多めです。兵力も他の島と比べて高めです」

 

「…子供達には合いませんね」

 

 フレイメル島はスルトの故郷だ。

 見かけによらずそこまで暑く無いが、如何せん過ごしやすいかと言われれば首を傾げる。

 島は赤いし、工場ばっかりで生活感が微妙だからだろうか。

 

──次。

 

 

「ポート・ブリーズ群島はおすすめです。自然も色濃く残っていますし、商業も盛んです。個人的なコネもありますよ」

 

「私達がいた島にも似ていますね。候補にしましょうか」

 

「エインガナ島は中枢です。レストランや酒屋も多く、騎空士達が集まっているので平和さで言えばかなりの物かと」

 

「コーリス殿も以前ここに?」

 

「結構いましたよ。ここで受けた依頼のおかげでカリオストロと会えましたし…島は別ですけど」

 

「子供達が大人になった時のことも考えると……ここが妥当ですか」

 

 ポート・ブリーズは欠点がない島だ。

 群島なおかげで役割の分担が出来ており、何でも揃っている。

 騎空士の拠点が多い事も平和である所以の一つだ。

 だが、他の島も見ておこう。

 

──次。

 

 

「ルーマシーも群島ですが、ほぼ森です」

 

「住民の姿が見えませんが…」

 

「木の上の住居でゆっくりと過ごしているんです。この島は自然と共に生き、朽ちる事を旨として日々を迎えています」

 

「……」

 

「俺は好きですよ。長閑で」

 

「…私もです」

 

 だが、子供達が馴染むには難儀する島だ。

 原始的な生活は集団であれば楽ではあるが、同時に集団だからこそ辛い事もある。

 民族等のしがらみがある内は避けておくべきだろう。

 

──次。

 

「ガロンゾですか。私も来たことはあります」

 

「どうです?ここ」

 

「事前に目星は付けていました。破棄することが出来ない契約によって信頼関係を結び、発展させた島。ポート・ブリーズと並んで安全な場所になるでしょう」

 

「…二択ですね」

 

「子供達の意見も聞く必要があります」

 

 ガロンゾは依然として安定している。

 ここまで大きな島を見てきたが、小さな島々──俗に言う田舎はどうだろうか。

 

「安全かは分かりませんが…小さな農業島等はどうでしょう?」

 

「自警団や騎士達がいないのなら魔物による被害が考えられます」

 

「魔物は何らかの理由があって凶暴に変化するもの。島が平和なら突然竜が出現する、なんて事はないですよ」

 

「…しかし、コーリス殿は沢山の島を見せてくれました。これ以上望むというのは……」

 

「俺が勝手にやってるんです。行きませんか?」

 

「……お願いします」

 

 よし、次は地味なところを巡ろう。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 便は少ないが、手頃な騎空艇に乗り込む事が出来た。

 風を浴びながら座る場所を探していると、何やら黒い影の様なものが甲板の端っこで蠢いている。

 あれはスライム──いや、人か?

 

 近づいてみると黒い影はローブであることが分かった。

 なら、人間か……何か既視感が。

 

 声も聞こえてきた。

 

「田舎まで来てデートっていい気分だよね大体私達はオマエラ健全民なんて忘れたいからこんなとこまで逃げてんのに追いかけてくるとか寧ろ私の事好きじゃん…結局意識しちゃうのは健全民なんだから私達不健全民を馬鹿に出来るほど高尚な精神を持っているとは言い難いしここまでくると相思相愛になっちゃうじゃんやめてよジメジメした所が好きなんだから他人のスペースに入り込まないでよこれだから健全民はいつもいつもりっちょを……」

 

 こ、この人は…!

 

「りっちょさん…!」

 

「へ?りっちょに何か─ギャあびやぁぁぁぁーーーー!!!!????

 

 アテナさんを認識した瞬間消え入るような奇声で叫んで数歩下がった。

 間違いない。以前ガロンゾ行きの艇で出会ったりっちょさんだ。

 

「お久しぶりです」

 

「ふ、不健全な少年…なんでここにいるのさ」

 

「用事です」

 

「や、やめてよりっちょが変な人みたいになってるじゃん」

 

「何もしてません」

 

 様子がおかしい。

 今度は俺の顔から全力で目を背けてる。何もしてないし、何かをされた記憶もないのだが…。

 

 アテナさんの『うわ』という呟きを掻き消す様にりっちょさんは声を荒げた。

 俺の腹をポカポカ殴りながら。

 

「やっぱり裏切ったな!!」

 

「…?」

 

「パツキンの美女侍らせてりっちょに復讐か!?」

 

「えと…」

 

「悪いけどなぁっ!不健全民が健全民の真似事した程度で癖は変わらないんだぞ!少年は一生不健全の咎を背負って生きていくんだからなぁ!咎という名の汚れた十字架を!!明日にはキラキラした日々が億劫になってるよ!!!」

 

 初対面の時に裏切りがどうとか言っていた気がする。

 りっちょさんは被害妄想をしてしまうタイプなのだろうか。士官学校時代にも暗い性格の奴がいたが、そいつには普通に友達がいた。

 彼女流に言えばファッション不健全民。俺がそういう人間だと勘違いされているのだろう。

 

 …というか不健全って普通に失礼だな。

 

「コーリス殿…その、ご友人ですか?」

 

「知り合いですね」

 

「そうですか…安心しました」

 

「何に安心してんだコラ!?」

 

 アテナさんにも矛先が向きそうだ。

 少し騒がしくなった所で向こうから男達がやってきた。

 

「ねぇねぇ盛り上がってるねぇ」

 

「俺達とも話さない?特にそこの金髪のねぇさん」

 

「──ッせぇ!りっちょが今講釈垂れてんだろうがよぉッ!!!」

 

「「ヒィィぃぃ!!??」」

 

 りっちょさんに加えてナンパ男とかこの艇やばいな。

 しかも魔力だけで男共をビビらせた。テンポいいな。

 

 …なんかアテナさんもフリーズしてる。

 

「え、い、いま…ほし?」

 

「アテナさん?」

 

「星の力を…感じました」

 

「ははは」

 

 なーんか突っ込まない方がお互い良い気がする。

 

「りっちょ…りっち──貴女星晶獣リッチですか!?」

 

「うぇ!?なんで知ってんの怖!」

 

 突っ込まないでよ。

 

「リッチ…呪いの星晶獣。属性を用いた魔法とは異なる多様な攻撃手段によって、覇空戦争では一時期優位に立ったと星の者は語っていました」

 

「呪い……」

 

「ですが、半年も経たずにリッチは行方不明。その戦地は空の民が勝ち取り、呪いへの対抗手段も研究した事で以降の戦いは治療行為が円滑に進んだそうです」

 

「弱体魔法の源流みたいな物ですか?りっちょさん」

 

「へ?まぁ…マーク付けて遠隔呪殺とか腐らせて粉々にしたりとか五感停止とか色々出来るけど」

 

 エニュオに引けを取らない理不尽能力というか…殺しまくってないかこの人。

 危険人物ならば──

 

「いやいや、腐敗とかは兵器にしか使ってないし、感覚も一時的に阻害するやつだから。遠隔呪殺もマーキングだけに留めてるから。りっちょ恨まれるのやだし」

 

 ……本当に星晶獣なんだな。

 なんというか…長年生きているとは思えない若々しい言動だ。時代の最先端を常に歩いている人か?

 

「てか少年さっき『アテナ』って言ってたよね」

 

「ああ…はい。星晶獣のアテナさんです」

 

「……同族にも関わらずハリのある肌と綺麗な髪。どこで差が付いたんだろね」

 

「恐らくは私の創造主の趣向かと」

 

「マジレスすんなや」

 

 どうやらアテナさんとりっちょ──リッチさんは相性が悪いらしい。

 剣呑な雰囲気が少し流れ、艇が大きく動いた。

 

「リッチさんはこの辺境に用があるんですか?」

 

「野暮用ってやつよ。探しものは案外どうでもいい場所に転がってたりするからね。少年は?」

 

「安全に住める島を探してるんです」

 

「安全?なんでさ。りっちょ分かるよ…少年強いんでしょ?『実は強い』みたいな雰囲気で相手ビビらすの好きなんでしょ…キヒヒ………りっちょも好きぃ」

 

「──形容し難いですね。悍しい」

 

「健全民の嫌なところ出たね」

 

 こんな所で星晶獣バトルが始まっても困る。 

 無理矢理会話を続けさせてもらおう。

 

「親を無くした子供達を数人匿っているんですが」

 

「あれま、そゆことね。りっちょは結構行ったり来たりしてるからそこそこの島は教えられるよ」

 

「ちなみにこれから行く島は…」

 

「人が少ない代わりに魔物も少ないけど、人が少なかったら駄目だよね。やめとき〜」

 

「…もう艇動いちゃいましたね。アテナさんごめんなさい」

 

「構いません。実際に見てみましょう」

 

 優しい笑みで俺のミスを許してくれた。

 その光景をリッチさんが睨む。

 

「そこのパツキンは少年の仲間になったの?」

 

「さっき話した子供達を守っていたのがアテナさんです。実質の保護者ですから一緒に島を回っていて」

 

「それとパツキンではありません。私にはアテナという名があります」

 

「ふーん。健全民のフリを突き通すってわけね」

 

「コーリス殿は私を救ってくれた方です。彼の勇敢で健全な精神を侮辱する事は許しません」

 

「…え、な、なんでりっちょ怒られてるの」

 

 

 …恐らく、"健全"という概念についての致命的な食い違いが起きているのだろう。

 アテナさんの認識は常識的だが。

 

 その後、俺とリッチさんは本当にどうでもいい駄弁りをしながらそれぞれの目的地へ旅立った。

 

 

 

──────────────────

 

 

 …筈だったが。

 

 

「それで…人より先に魔物に会っちゃったから退治だけして帰ってきたんだね」

 

「ゾーイ殿の服を汚したくなかったので…」

 

「島巡りは楽しかったかい?」

 

「はい。空の世界には私の知らない事が沢山あるようです。コーリス殿に紹介してもらったアウギュステの料理は大変美味でした」

 

 結局魔物に遭遇し、倒した後で騎空艇に戻ってきた。

 ノアさんとアテナさんが茶を飲んでいるのを横目に俺は子供達の相手をしている。

 

「ここいきたーい!」

 

「雪国は寒いぞ?温かい場所にしよう」

 

「じゃあここ!」

 

「そこは火山の下。滅茶苦茶暑い」

 

「ここは〜?」

 

「それは鉱山島」

 

 子供達は思った以上に移住に意欲的だった。

 アテナさんが机に残した島ガイドを端から端まで図鑑感覚で読破したらしく、気の向くままに自分達の未来を想像している。

 

 肝心の移住計画だが、ガロンゾは人口が溢れかけれている為ポート・ブリーズにした。

 これなら俺達も依頼がてら様子を見に行く事が出来るし、古戦場で得たコネクションもある。悪くはない場所に落ち着いた。

 だから今は手続きの為にポート・ブリーズに来ている。

 

 ゾーイが役所に掛け合った所、公営住宅の空きは少ないが、養子として子を迎えたいと考える老人は多いとのことだ。

 カリオストロは『いっそ家でも建てるか』と提案したが、その場合は年長のアマルさんを除いてアテナさんが親代わりにならなければならない。

 アマルさんが生活費を稼ぎ、アルミスが子供の面倒を見るにしても限界がある。

 アテナさんはエニュオのコアを持っている以上子供達の側に居続ける事は無いだろう。きっと一人で旅を続ける。

 それらを踏まえると、昔の俺みたいに養子として育ててもらう方が無難だ。

 

 幸いにも子供達は我儘ではない。

 先程の島論争もじゃれ合いの様なものだ。説明すれば分かってくれる。

 

 

「日程が決まったぞ。一週間後だ」

 

「早すぎないか?」

 

「星晶獣だろうが魔物だろうが、その被害を受けて街や村が壊滅する事は珍しくないらしい。特に平和な島は受け入れ先としての需要が高い。対応が一瞬だったぞ」

 

 ゾーイに着いていったカリオストロが戻ってきた。

 どうやら移住する段階の手続きは終わったらしい。後はお世話になる家族への挨拶と…住民登録と、明確な未来へのビジョンだな。

 

 神妙な表情でアマルさんが口を開いた。

 

 

「何から何までありがとうございます…」

 

「いえ。これくらいはやらせて下さい。子どもたちにとって辛くなるのはこれからです」

 

 アマルさんは成人している。

 一人だけ公営住宅に住んで生活してもらう予定だ。

 

「…アテナ様はやっぱり、一人で行くんですね」

 

「もし同じ事が起きた場合…アテナさんは今度こそ自死を選ぶでしょう。だからせめて、犠牲が生まれない様に一人で生きていくと言っていました……分かってあげて下さい」

 

「……はい」

 

 一時の休息で朗らかな表情を見せる彼女の無事を祈り、俺は早めに自室に戻った。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「お別れは一週間後?」

 

「そうだ。アテナさんと一緒がいいだろうが…これからは新しい家族の元で生きていくんだ」

 

「生きていけるだけ運がいいんだよね、多分」

 

「…義父母というのも複雑だが、いいものだぞ」

 

「え?」

 

「偶に甘えるとな、凄く嬉しそうな顔をするんだ」

 

「なんでそう言えるの?」

 

「俺も養子として生きてきたからな」

 

「知らなかった」

 

「霧の島に捨てら──いや、一人ぼっちでな。運良く拾ってくれたんだ」

 

「ふふ、一緒だね」

 

「喜んじゃ駄目だぞ」

 

「でも…先生のお腹で寝れるのもあとちょっとなんだ」

 

「人肌が恋しいならこれから沢山抱きつけばいい…。受け入れ先のお爺さんとお婆さんは子供に恵まれなかったらしくてな」

 

「そんなに早く打ち解けられるかな」

 

「それはアルミスの頑張り次第だ。おい、腹を擽るなくすぐったい…」

 

「ふふふ…うりうりっ」

 

「部屋に戻すぞ」

 

「やだ」

 

「やれやれ…」

 

「…アテナ様は大丈夫そう?」

 

「分からない。これからの彼女は一人だ」

 

「一緒に行かないの?」

 

「断られてしまってな…最後まで自分の責任を抱え込むつもりだ」

 

「そうなの……」

 

「俺はあの人が心配で仕方がない…。環境も、人も、星も…全てが彼女を認めてくれなかった。利他を尽くした末路が不幸であるのならば、無理を押し通してでも共に旅をしたいのに…」

 

「……」

 

「なんで、断ったんだろう。助け合う方が…いいのに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

「ゾーイ殿…はい、問題ありません」

 

「ここはコーリスの部屋だ。何か用があるのか?」

 

「いえ…廊下を通りかかって……それで…」

 

「会話でも聞いてしまったか」

 

「…はい」

 

「…君は私以上にこの団に相応しいと思う」

 

「それは違います」

 

「違わない。私は自身の役割の為に団という形を利用し、カリオストロは自身の研究と拠り所を求め、ノアはコーリスを支えてみたいと思ったが故に所属している」

 

「しかし、君とコーリスだけは純粋に人々を守り、導く事を目的に行動している。君は責任を負わせたくないから彼の誘いを断ったんだろう?」

 

「身勝手な判断かもしれません…しかし私は」

 

「身勝手とは真逆だろう。だが、人に頼り、責任を共有する事はそんなに悪い事なのか?」

 

「…?」

 

「星と違って空の民は互いに依存しながら成長し、外部からの刺激を糧とし…発展し、超えてきた。そこに武力の差異はなく、他人同士だからこそ在れたのだろう」

 

「相助の概念は誇るべきことだと理解しています。ただ、責任を押し付ける事とは違う」

 

「君は…その、自罰的だな」

 

「今回の件は私の甘さが招いた事です」

 

「君が一人で負担を強いた所で失った物は帰ってこない。この団に仮にエニュオが復活しても私なら無傷で滅ぼせる」

 

「……その時にゾーイ殿がいなかったら」

 

「…意固地だな。だが、覚えておくべきだ。君が一人で生きていく決断をしたならば、君から影響を受けた人間達を突き放すという事になる。特に…子らは」

 

「…」

 

「君より若い私が言うのもおかしな話だろうが…責任に強弱は無い。万人にのしかかる原罪の様な物なんだ。いつか君が誰かを心から頼れる事を祈っている」

 

「君は、もう星ではなく空に生きる者なのだから」

 

 

 

 

─────────────────

  

 

 一週間が経った。

 ポート・ブリーズの家々に挨拶をし、最後にアルミスを迎えてくれる家の前で俺とアテナさんは頭を下げた。

 

 

「ばいばい…アテナ様、先生」

 

「達者で、アルミス。無事を祈っています」

 

 アテナさんがアルミスの頭を軽く撫で、俺は手を振って別れを告げる。

 彼女は最後に俺の頬を軽く『ぷにっ』と触って以降ずっと手を振っていた。

 その行動の意味が良くわからなくて、二人で吹き出してしまった。

 

 

「では…私もこの辺で」

 

 アテナさんも行ってしまう様だ。

 何かを俺の手に握らせてきた。

 

 これは…ペンダントか?

 ルビーの様な宝石が中心に嵌ったものだ。

 

 

「これは?」

 

「私の力を込めた物です。貴方が危機に陥った時、自動的に私の結界が発動します。パラディオン程ではありませんが、大抵の攻撃を一回は防げるでしょう」

 

「…ありがとうございます」

 

 俺の為に作ってくれたとは。

 そして…本当に奇遇だが──

 

 

「実は…俺も作りました」

 

「な」

 

「カリオストロに術の練り込み方を教わって作ったんです」

 

「貴方という人は……!少しは私に恩を返させて下さい!」

 

「なんかごめんなさい」

 

 俺のはブレスレットだ。

 最初は金色の物だったが、力を込めたら灰色になってしまった。一応メタリックだから汚くは無いはずだ。

 

「このブレスレットに魔力を込めると凄く濃い霧が出ます。その性質は相手に触れた瞬間から記憶を飛ばすというものです」

 

「記憶を…」

 

「本当はアテナさんみたいに窮地に反応するものにしたかったんですが…難しく、外部の刺激で霧が溢れ出すものになってしまいました…」

 

 気が付けばアテナさんはもう左腕に嵌めていた。

 撫でて感触を味わっているのだろうか?忙しなくソレを見つめている。

 

「相手の虚を突けばその霧の効果は覿面です。数秒間は貴女が優位に立てるでしょう。生かすも殺すも…戦いを避ける事も可能です」

 

 アテナさんは戦いを好まない。

 だから、戦闘そのものから離脱出来るように霧の特性を与えた。

 魔力を補給するものでも良かったが、こちらの方が明確に戦局を変えられる。

 

「申し訳ありませんが霧が尽きればただの腕輪です。ここぞという時に役立てて下さい」

 

「本当に…ありがとうございます」

 

「こちらこそありがとうございます」

 

 俺達は別れの印に握手をした。

 エニュオとの戦いの後で握った震えた手ではなく、強い意志の籠もった堅い手だった。

 

「コーリス殿」

 

「はい」

 

「防衛街で私が言った事を覚えていますか?」

 

 彼女は微笑んで語りだした。

 その目はちゃんと俺を見ている。

 

「『私が人を頼る強さを得たなら、その時は団に入ってもいいでしょうか』…私はそう言いました」

 

「…はい」

 

「またいつか、遠い未来でもいつか…会いましょう。その時はきっと……私がお願いする番です」

 

 

 その言葉と共に、アテナさんは俺の返事を待たずに行ってしまった。

 

 

「…寂しい」

 

 

 俺は団の仲間だと無意識に思ってしまったのだろうか。

 アルミス達やアテナさんが全員いなくなってしまったのが何処か悲しくて、喪失感を覚えた。

 

 

「行ったのか」

 

「…ゾーイ」

 

 今来たのか、それとも見守っていたのか。

 ゾーイが俺の隣に立っていた。

 

「彼女はこれからも人を救い続ける。会える日はそう遠くないさ」

 

「…俺の気持ちが読まれた」

 

「当たり前だ。君の事だからな」

 

「やっぱり、ゾーイがいると安心するな」

 

「そうかい?それは良かった」

 

 でも…皆が側にいる限り、俺もずっと頑張っていけそうだ。

 

 俺達はきっとこれからも永く旅を続けるのだろう。

 誰一人欠ける事なく、悔いの残らない旅路を。

 

 

 

 

 

 

 





アテナのペンダント
・アテナの守護の力が宿ったペンダント。
・持ち主の危機を察知し、物理も魔法も防ぐ結界を展開する。
・原作の誕生日ストーリーではエニュオが力を込めたペンダントを作っていた。

コーリスのブレスレット
・コーリスの霧の力が宿った腕輪。
・持ち主が魔力を流す事で彼の霧が発生する。
・力の込め方と術の発動形式はカリオストロに習った。


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