幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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71.緑の騎士 エヘカトル

 

 彼は『愛』に報いる人間だ。

 緑の騎士、エヘカトル。

 出身は7つの空域の中でも異色の文化を持つアマト・グランデ空域である。

 アマト・グランデの人間は『ギョクロ』や『緑茶』と呼ばれる茶を嗜み、持つ武器は剣ではなく刀が主流。家屋や街の構造に至るまで、殆どが独自の形式を取っている空域だ。

 その為か、かの地には緑の騎士を輩出する家柄は存在しなかった。

 

 エヘカトルはそんな空域で、軍の剣術指南役を代々輩出してきた道場の三男として生まれた。

 彼の家は地方の道場とは異なり、国営による大規模な物だった為、イスタバイオン軍との直接的な関わりを持っていたのだ。 

 

 戦士達に剣術を教える為には、基本から実践に至るまでの剣の道を自身の足で歩む必要がある。

 彼は齢4にして刀を握った。

 

 別に、道場を継ぐ事が人生の指標という訳でも無かった。

 彼には大きな目標は無く、かと言って義務感のままに刀を握ったと言われれば違う。

 風の様に何処にでも吹き、触れるもの全てを少しずつ楽しむ──それがエヘカトルの性質だった。

 

 だが、致命的とは言わぬまでも、彼の剣の道は開始地点で茨に包まれていた。

 実力主義であるが故に生まれた順番を呪う必要が無いことだけは幸運であったものの、()()()()()が群を抜いて不得手であったのだ。

 魔力の維持とは、魔力の行使をし続けることである。保有量が許す限り人は魔法を使い続ける事が可能だが、極稀にそれが出来無い者が生まれる。

 魔力に余裕があるのに、魔法を行使し続けると途切れるのだ。息切れやバテると言い換えてもいいが、疲労感は覚えない為、少し形容が異なるだろう。

 そう、これは欠陥なのだ。

 

 刀を極めた所で魔法を伴う剣士に勝つ事は難しい。

 この世界において、最高の剣士とは魔力や魔法での補助で以て剣の効力を高むる者。

 最高級の武器、最強の腕を以てしても、魔力が無ければ刃の幅よりも先を斬ることは叶わない。

 魔物や星晶獣との戦いでも、剣士は武器に魔力を流して戦うものなのだ。

 

 無論常に流すわけでも無く、魔法に至っては一時的な局面で使うものだが、途切れは鍛錬にも支障を生んだ。

 魔力が途切れてしまい、自身の限界も知れず、技術を練り上げる事が出来無いのだ。

 魔力を武器に流す感覚、極集中による一心入魂──それ等を掴む頃には魔力が途切れてしまう。

 エヘカトルはただの刀を振るうしかなかった。

 

 『まずは剣を極めよう』。

 そう決心した彼は魔力の鍛錬がない分、剣術そのものの上達が早かった。

 6歳になる頃には木刀で兄達を倒し、10歳で親と打ち合える程度の反応を見せ、12歳で本物の刀を握り、14歳で魔物を討伐し──15歳で兄達に敗北した。

 長男には魔力流しの刀で自身の得物を叩き折られ、次男には属性を纏った一撃で吹き飛ばされたのだ。

 エヘカトルはこの日を境に現実を見た。

 

 だが、幸運にも剣の才は常人を超えていた彼は、生来の純粋さも相まって、腐る事なく悩みに自ら直面した。

 魔力を上手く使えなければ戦地で犬死にするだけ。武器を折られた時点で敗北も確定する。

 

 彼はずっと考えた。

 一瞬だけ魔力を使えればいいのか。

 途切れを克服する何かを掴めばいいのか。

 刀を極めるしかないのか。

 ()()()()()()()考えた。

 

 程なくして彼は、草原で自身の属性である風を浴びながら、少しずつ魔法の練習を始めた。

 威力を高める為に一瞬にして魔力を高め放出する。長く使用しなければいいのだから、刀の合間に放つ魔法を習得しようと心得た。

 より攻撃的に、より速く、より正確に──そして刀を振りながら使える様に。

 

 エヘカトルにとって自身の魔力は刀と一緒だった。

 効率的に、的確に使わなければ自身の死に変化する。

 故に学びを得ようと、その日は自身の稽古を一切行わず、兄達の修行をひたすら観察する。

 長男は魔力で強化した刀を振るう。飛ぶ斬撃として攻撃範囲の延長も可能であった。

 次男は属性による広範囲の攻撃が主流。自身の魔法を渦の様に刀に纏わせ、放つのだ。

 

 そして彼は気付いた。

 ()()()()だと。

 長男は魔力の維持に気を取られ、敵と斬り結ぶ際の思考に鈍化が見られる。

 次男は魔法の威力に頼りきりで、刀そのものを活かした戦い方が出来ていない。

 

 

 魔力維持の欠陥は、周り巡って彼に活路を与えた。

 

 『一瞬、ただ一瞬だけ』

 『使い時を誤れば死ぬ』

 『刀に付与するのは魔力』

 『魔力に付与するのは集中』

 『風の魔法』

 『斬撃に風を乗せる』

 『否、風そのものに刀を、斬撃を乗せる』

 『刀と魔法をそれぞれ分けて同時に放つ』

 『否、混ぜ合わせて放つ』

 『そもそも別のものなのか』

 『刀で巻き起こした風は斬撃となり、刀だ』

 

 

 ナニカを発見した彼は、錯綜した精神と思考のまま無我夢中で草原へ駆け出し──。

 

『刀も風も、一緒だ』

 

 その直感のまま刀を振るった。

 

 

 そして彼の刀は風と化し。

 ──彼の生み出す風は全て刀となった。

 

 

 1年後、彼は無傷かつ数秒で道場の人間全てを打ち倒し。

 5年後、アマト・グランデ内最強の剣士となり。

 

 

──2年後、緑の騎士を拝命した。

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

「おはようございます!僕はエヘカトルと申します。よろしくお願いします!」

 

「は、はい」

 

 

 真王謁見の翌日、コーリスの部屋に訪れたのは緑の騎士だった。

 兜には2本の角が生えており、鎧は刀を扱う武者の様な様式で、黄金を覗いた他の鎧に比べて細身に見える。

 

 エヘカトルと名乗った緑の騎士は、武骨な見た目と相反して若い声を持っている。

 頭を下げながら元気な挨拶をする騎士にコーリスは度肝を抜かれた。

 

 彼は続いて兜を脱ぐ。

 脱いだ先の顔は声の通り幼く、少なくともコーリスよりは歳を重ねているだろうが、童顔だ。

 種族はヒューマンで、薄緑色の髪を持つ。

 第一印象は人懐っこい青年だった。

 

 

「黄金殿と陛下から詳細は聞いています。七曜への理解を深める為に僕達と共に行動するのだと」

 

「恐らくは…」

 

 

 コーリスは強制なのかと少しげんなりした。

 

 

「早速ですが準備をします!」

 

 

 エヘカトルはコーリスの手を掴み、脇目も振らずに駆け出した。

  

 

「何処へ!?」

 

「トゥゲンキオです!」

 

「トゥゲ…?」

 

「トゥゲンキオです!」

 

「あ、説明はしてくれないのか…」

 

「後での方が良いかと!」

 

 

 天真爛漫。

 堅苦しい騎士としての印象が皆無なエヘカトルを見て、コーリスは毒気を抜かれた。

 何だかリュミエールに戻った様だ、と虚ろに考えていた。

 朝食前の空腹も相まって、彼は一言断った。

 

 

「あの」

 

「どうしました?」

 

 

 エヘカトルはコーリスの声にピタリと動きを止めて答えた。

 

 

「外出なら…武器をゾーイに借りたいのだが」

 

「あ、コーリス殿の剣は破損して…失念していました。先に調停者殿の部屋に向かいましょう」

 

 

 二人は走るのを止め、ゾーイの部屋に向かって並んで歩みを進めた。

 

 

「緑の騎士殿は──」

 

「エヘカトルで構いません」

 

「エヘカトル殿は…どのくらい七曜の騎士として活動してきたのだろうか」

 

「丁度1年程ですね…」

 

「…!」

 

「七曜の中では歳も力も若輩者でして…不慣れなままなんですよ。情けない限りです」

 

「…やっぱり空域の統治は難しいのか?」

 

「いえ、真王の統治下にある事はどの空域も承知していますから、七曜が命令を受けた上で関わるのは特別難しい話ではありません。ファータ・グランデぐらいですね…七曜の名の元に置く事が難しいのは」

 

「うぐ」

 

 

 つまり黒騎士は地獄を見るという事だ。

 コーリスの呻きにエヘカトルは慌てて弁解をする。

 

 

「で、でもあの空域は平和と聞きますし…頑張れば何事もなく終わると思いますっ!」

 

「貧乏くじなのでは」

 

「申し訳ありません陛下……エヘカトルはコーリス殿のやる気を削いでしまいましたぁ…」

 

「……」

 

 

 戦意が削がれる。

 コーリスはただそれを思った。

 

 

()()()。リュミエールに人と関わるのが異常に上手い人間が。自然体のままで敵に心を開かせるレベルの…)

 

 

 警戒心を持たれない人間は少ない。

 戦いに関わる程、人は人の思考の裏を懸念するものだ。腹の底に秘めた感情を邪推しなければ安心出来ない。

 だからコーリスとゾーイは何事においても有利な場面では釘を刺すし、カリオストロとノアは自身の感情をひた隠す。

 

 

「調停者殿、失礼します!」 

 

「なんだ君は」

 

「緑の騎士、エヘカトルです!」

 

「ふむ、なんの用だ」

 

「コーリス殿と外出するので剣を拝借したく」

 

 

 あまり睡眠を取らないゾーイはどんな時間でも呼ばれれば応じる。その癖で見知らぬ声にも反応してしまったのだろう。

 

 コーリスの姿を確認した彼女は、右手から長剣を生成して手渡した。

 見た目は彼女が用いる片手剣と同様、青色の水晶を思わせるものだった。

 

 

「一日は保つ。一応ノスタルジアに寄せたが…」

 

「助かる。軽さでビックリした」

 

「アレが重すぎただけさ。あと、気を付けて行動する様に。何かあったらコスモス経由で伝えてくれ」

 

 

 コスモス経由とは、コーリスを監視しているコスモスがゾーイに指令を出す事である。

 彼の身に何かがあれば即座に伝わり、ゾーイが飛び立つだろう。またもやパシリである。

 

 だが、彼は心配不要と首を振った。

 

 

「大丈夫、これがある」

 

 

 コーリスは懐に仕舞っていた紅く光るペンダントを薄く見せた。

 アテナから受け取ったものである。

 このペンダントは物理的な危険が迫った場合、防壁を発して身を守る機能が備わっている。

 クラーレによる毒攻撃は外傷を追わせるものではなく、齎された結果も無傷であった事から発動しなかったが、命に関わる攻撃と察知されれば未然に防ぐだろう。

 だが、結局は明確な意思を持って念じなければ発動しないので、持ち主の技量が問われる装備だ。

 

 そして、コーリスとゾーイはそのペンダントに首を傾げるエヘカトルを見逃さなかった。

 

 

(アテナさんのペンダントを知らないという事は…エニュオとの戦いだけしか見られていなかったのか──いや、濃霧や吸収の力も知っていたからバジュラの時も……)

 

 

 自身に対して真王と七曜が持ち得る情報は、能力と戦い方であるとコーリスは考察した。

 ノアが知られているという事は、日常風景も断片的に知られているという事実を示すが、それも定期的な監視と変わらないだろう。

 でなければアテナのペンダントという重大な要素を見逃す筈が無い。

 それもエヘカトルが馬鹿ではない事を前提とした話だが。

 

 兎も角、彼はエヘカトルの注意を逸らそうと会話を試みた。

 

 

「何をしに行くのかは教えてくれ」

 

「僕の技術の一端をお見せしようかと!」

 

「七曜の技術を教えてくれるのか?」

 

「望むならば!」

 

「……」

 

 

 コーリスはゾーイの顔をチラリと見た。

 彼女は少しだけ頷き、問題ないという判断を下した。

 

 

「是非、よろしく頼む」

 

「はい!」

 

  

 揚々とした歩調でエヘカトルはコーリスを連れて騎空艇に乗り込んだ。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

「…ここが」

 

「はい。トゥゲンキオ島です!」

 

 

 トゥゲンキオ島。

 イスタバイオン王国を構成する7つの島の内、『資源』を担う農業島である。

 巨大な樹を中心として自然溢れる大地が形成されており、ファータ・グランデのルーマシー群島に比べて人の手が行き届いている。

 見渡す限りに畑があり、大地には草原が広がっている。

 

 到達するまでに目撃した島々は近代的であった為、コーリスは軽く驚いた。

 

 

「ここで何を…?」

 

「島の端を貸切状態にしました。他の島では気持ち良く武器を振るえる場所が無いので…ここを選んだ理由は広さですね」

 

 

 この島自体に目的は無い。

 イスタバイオンの島々は役割に応じて合理的な管理が成されている為、役割に不要な施設は一切存在しない。

 軍の訓練も本拠地である新島ユートピアで行われている。

 

 しかし、七曜の騎士が存分に得物を振るえる場所は戦場に限られる。

 だから自然を残したが故の広さを持つトゥゲンキオに訪れたのだ。

 

 コーリスとエヘカトルは島の端部分にある草原地帯まで歩き、目の前の岩石に目を向けた。

 

 

「気持ちのいい風ですね」

 

「そうだな」

 

 

───きん。

 

 

「ん?」

 

 

 緑溢れる自然に対する不相応な風切り音、或いは金属音──兎も角、聞いた事がある様な無い様な音が鳴り。

 

 目の前の岩石が細切れに崩れていった。

 

 

「あ…やっちゃった」

 

 

 エヘカトルは溜息を付いた。

 言葉通りに捉えれば、彼が岩石を斬ったのだろう。

 

 問題はそこでは無い。

 

 

「…今、抜いたのか?」

 

「いえ…」

 

 

 エヘカトルは一切刀を抜いていない事。

 そして、魔力も感じなかった事。

 

 

(ノーモーションにしても俺の口ビームとは違う。魔力の溜めすら無かった)

 

 

 やらかしたと言わんばかりに苦笑するエヘカトルを尻目に、コーリスは顎に手を当てて謎の解明を図った。

 彼は興味を追求するタイプであるが故に、戦いの最中でなければこういった謎を考察するのが好きだった。

 

 カリオストロの影響もあるかもしれない。最も、彼ならば1分の思考で核心に辿り着くだろうが。

 

 

(特殊な武器なら振らなくても斬撃が発生する可能性……いや、エヘカトル殿が無意識に発動させていたなら魔法と考えるのが妥当か。魔剣等は明確な意識を持たなければ使えないと聞く)

 

  

 コーリスはバジュラの斬撃を参考に答えを探し始めた。

 

 

(無挙動…不可視、複数…同時では無く連撃。後は空気か風か。いや、バジュラの剣気やスルトみたいな能力もあり得る…だが、あの性質は…)

 

 

 あの瞬間に感じたのは特殊な物では無かった。

 

 

「風に斬撃が乗った…或いは、()()()()()

 

「多分それで…いいかと」

 

「え?」

 

「いや、その…僕自身もよく分からないというか」

 

 

 無意識──それはつまり、気が付けば人を斬る可能性も。

 コーリスは即座に身を引いた。

 

 

「き、斬りませんよ!」

 

「刀使いは皆そう言いながら殺しに来る」

 

「貴殿の周囲が異常なだけです!」

 

 

 逃げ回るコーリスに対して、エヘカトルは重い鎧を引きずりながら追いかけ回した。

 

 

──数十分後。

 

 

「ほ、ホントに堪忍を…ぜぇ…は…」

 

「冗談のつもりでは無かったが…済まない」

 

 

 疲れ果てたエヘカトルが大の字で倒れて茶番は終了した。

 途中から島の子供達が変人を見る目で野次馬と化していたが、秒で飽きたのかすぐに去っていった。

 

 息を整えたエヘカトルは観念したかの様にポツポツと語り始めた。

 

 

「気を張ると周囲の風が切断の性質を持つんです」

 

「えぇ…」

 

「癖みたいなもので……刀も振ると──」

 

 

 エヘカトルは違う岩に向かって刀を横に振った。

 そして、振りかぶりで生じた風圧が段階的に強くなっていき、岩が先程の様に細切れに崩れた。

 

 

「ただの斬撃を放とうとしたら、風になってしまうんです」

 

「刀を振れば風になって増幅し…その風は触れたものを切り裂く性質を持つと」

 

「今のは連鎖的ではありますが、どうやら僕が立っているだけで風が斬撃に変化してしまう様です…」

 

 

 風属性の使い手は、『風そのものを生み出す』、『自然の風を操る』の2パターンの戦法を戦闘に組み込む。

 魔法使いならば暴風を作り、剣士ならば得物や斬撃に纏わせて殺傷力を向上させる。

 無論、優れた使い手ならば自身の風を自然現象の風に合わせる事で巨大化させ、それを操る芸当も可能だろう。

 

 だが、エヘカトルのソレは違う。

 魔法である事は確実だが、発動の兆しを感じさせない。

 

 吹いている風が突然斬撃を帯びて襲いかかり、振った刀は風に変化する。そしてその風はまたもや斬撃を得る。

 属性現象そのものを生み出す方が魔力の使用量が高い為、自然の風を操るという行為の延長線上とも推測出来るが、エニュオ戦でのカリオストロの様に風を細く束ねて斬撃状に撃つのではなく、風の性質自体が変わっているのだ。

 

 それでも、コーリスは理解しきれていないと感じた。

 周囲の風が斬撃に変わり、武器の斬撃が風に変わり──またもや斬撃に変わるのは極端かつ無駄が多い。それでは刀を振るうよりも周囲の風を変えるのに集中した方が早いからだ。最終的に何方も同じ攻撃に行き着くならば、工程が少ない方を優先した方が効率が良い。

 

──風であり、刀でもある。

 暴風の様に満遍なく吹き荒び、通り過ぎた後には対象が切り刻まれている。

 刀の様に鋭く、それが風の様に薄く広がり続ける。

 言語化には難しいが、両方の側面が伴ってこその現象と言える。

 故にコーリスは『溶け込んだ』と表現したのだ。

 

 想像に困難な現象がそこに起きていた。

 

 

「おにぎりでも食べますか…?朝食はまだですよね」

 

「あ、ああ…」

 

「風を浴びながら食べるのは気持ちいいですよ!」

 

 

 『洒落にならねーよ』と言いかけた口を閉じ、コーリスはエヘカトルが持ち込んだ握り飯を受け取った。

 

 彼はエヘカトルが言葉による交流を望んでいる事を察した。

 七曜の騎士を理解するという、半ば強制の任務。彼は誤解していたが、言葉通りなのかもしれない。

 それは役職の理解では無く、彼等の人となりの理解。

 

 

「手作りです!」

 

「感謝する」

 

 

 少なくともコーリスに不快感は無かった。

 

 

 

 

───────────────

 

 

 

 二人は握り飯を頬張りながら互いの身の丈について語り合っていた。

 

 

「魔力の途切れ…」

 

「はい。ある程度魔力を使い続けると突然そうなってしまうんです。魔力量はそこそこあるのですが」

 

「前例は無いのだろうか?」

 

「解決には様々な手段があると言いますが、そもそも原因が異なるのです」

 

「確かに…そういう人間は沢山いた」

 

「戦いの恐怖から反射的に魔法を解除してしまう人は、その恐怖を克服すれば問題ありません。戦争等で心的なダメージを負ってしまった人間は苦労するでしょうが、理論的には解決できます」

 

PTSD(心的外傷後ストレス障害)か。逆に死に抗う術である魔法を手放せず、途切れでは無く暴発してしまうケースが多い」

 

「はい。ですが僕の様に先天的な欠陥となれば…」

 

「…難しいか」

 

 

 原因が明確ならば魔力の途切れも解消方法を探る事が出来るが、エヘカトルのケースは『そういうもの』という非常に悪質な事例である。

 

 コーリスで例えるならば盾の構成が突然不可能となる様な物で、考えるだけでも恐ろしい。防御魔法が無ければ何回死んでいたのか分からないからだ。

 戦士としての欠陥である。

 

 だが、目の前の青年は明るい表情だった。

 

 

「でも、僕はこれのおかげで強くなれました」

 

「…?」

 

「刀は然るべき時に振らねば死にます。防御の道具では無く、殺しに特化した武器であるので──敵を殺し、生存する為に全力を注がねばならないのです。少なくとも戦争では」

 

 

 エヘカトルの目は──人殺しの目に変わっていた。

 

 

「魔法に秀でた緋色殿は言っていました。『魔法は武器と違って柔軟だ。使われるまで結果を予想出来ねぇから簡単に戦況をひっくり返す』と」

 

 

 その理論に異論は無かった。

 剣や槍はその見た目以上の攻撃は出せない。突然刃がしなる訳でもなく、槍が伸びる訳でもない。

 しかし、魔法は杖や手から発生するものであり、使用された後に初めての規模や威力が分かる。

 才能によって効果に差があり、短い溜めで広範囲の魔法を行使できる者もいれば、時間をかけてようやく手傷を負わせられる弱者も存在する。

 

 コーリスも魔法に救われてきた人間だ。

 盾があったから空戦でしぶとく生き残り、十二神将の斬撃をやり過ごし、エニュオ相手に時間を稼げた。

 

 しかしエヘカトルは首を横に振った。

 

 

「僕にとっては違います。途切れてしまうので、相手を打ち負かす攻撃力を求めて…必要最低限の力で行使しなければなりません。もし途切れた隙を狙われれば確実に死にます」

 

 

 そして、その事実が彼の力の根源となったのだ。

 

 

「僕にとって刀も魔法も同じです。そう思い続けていたら…」

 

()()()()()()()()()()が生まれた、と…」

 

「はい」

 

 

 彼は誇らしげに笑った。

 それを見たコーリスはエヘカトルが『緑の騎士』に変わっていた事を理解した。

 

 

「分析してくれた緋色殿曰く、一瞬だけ風に魔力を同調させて以降はこの様になるとの事です。無意識ですが、一応魔法なのでしょう」

 

「なる程。斬撃の性質を持つエヘカトル殿の風が、自然の風を掌握する事で形を成しているのか」

 

「知って尚、実感が湧きません」

 

 

 思い込みの力なのか、イメージを無意識に魔法へと昇華させる程の才能なのか。

 少なくともまともな精神を持つ人間ならば絶対に到達できない魔法である事は明白だ。

 

 

風成空刀(かざしげうつがたな)──僕が持つたった一つの魔法なんです」

 

 

 エヘカトルは握り飯を食べ切って立ち上がった。

 

 

「食後の運動──しませんか?」

 

「…やっぱり、こうなるのか」

 

 

 愚痴りながらも蒼き剣を握ったコーリスの顔は、少しだけ晴れていた。

 

 

 

──────────────

 

 

 

「ハァッ!」

 

「ふっ!」

 

「しィあア!!!」

 

 

 草原に似つかわしくない檄が鳴り響く。

 流石大道場の主と言うべきか、コーリスはエヘカトルの気迫に気圧されていた。

 

 だが、この前のヴァジュラとは違い、魔力使用を一切禁ずる純粋な剣術勝負。

 

 

(流石七曜!一撃一撃が果てしなく重い…!)

 

(やはり剣術だけでも強い。しなやかさと重さが両立するとここまで難攻不落になるとは。既に空でも有数の戦士!)

 

 

 間合いを図りながら確実な一撃を叩き込むエヘカトルに対し、受けと攻撃を連鎖的に繰り出すコーリス。

 二人は互いに剣技を称賛していた。

 

 ただ、互角とは言い難い。

 時間が経過するにつれてエヘカトルはコーリスの攻撃を予測していき、打ち込む攻撃は必ず先手となっている。

 それに対しコーリスは明確な攻め方を編み出せていない。

 彼は自身が如何に掠め手に依存していたかを理解し、歯噛みした。

 

 エヘカトルの剣術はヴァジュラの様に動き回るものでは無く、相手との適切な距離を保ちながら刹那に一撃を叩き込むもの。

 彼の出身である道場から培った戦い方であり、同時に彼の持つ魔法と相性が良い。

 

  

「せぃ──アァぁ!!」

 

 

 そして振り下ろした渾身の一撃を受けたコーリスは、指の力が緩み、剣を落としかけてしまう。

 エヘカトルは勿論逃さない。

 

 

「……参りました」

 

「ふぅ──」

 

 

 コーリスが負けを認め、この打ち合いは終了した。

 エヘカトルは一息ついてまたもや大の字で倒れ込んだ。

 

 

「エヘカトル殿?」

 

「いやぁ…疲れました!でも楽しかったです!」

 

「そうか…?」

 

「はい!」

 

 

 『変わった人だ』と思いながら息を整えたコーリスは、エヘカトルの横に倒れ込んだ。

 

 

「正直、七曜がどうとか、イスタバイオンに従うべきだとか…そういうのは分からない」

 

「…そうですよね」

 

「でも、貴方の事は分かった」

 

「…!」

 

「貴方は自身の強さを構成する『風』、『刀』…そして、『魔力の途切れ』。それ等に報いる為に生きているのか」

 

「…そうです。道場を継いだことも、イスタバイオンの人達に剣術を教えるのも、七曜として真王に仕え、アマト・グランデを平和にするのも…立派でやりがいのある、光栄な事です」

 

 

 エヘカトルは微笑みながら語る。

 その手は空に向かって伸ばされ、何かを回願している様に見えた。

 

 

「僕はただ、今の僕を作ってくれたこの力に『ありがとう』と言いたいんです。『この欠陥があったから故郷を平和に出来て、この欠陥があったから無辜の民を守れたんだ』って」

 

「その欠陥が無ければ苦しまなかったかもしれないのに?」

 

「否定は出来ません。でも、僕は今幸せです」

 

「幸せ…?」

 

「人を助けるのも、刀を振るうのも、七曜の仲間達と話すのも、全てが少しずつ楽しいんです。僕には目標も夢も無かったので、様々な物事に関わるのが好きでした」

 

 

 そしてその幸せは、魔力の途切れから齎されたものだと言う。

 コーリスはエヘカトルの努力や発想が導いた結果だと感じているが、どうも価値観が違うらしい。

 

 

「コーリス殿。七曜の騎士の精神というのは、一朝一夕では成りません。かくいう僕も、勅令のままに刀を振るうのみ。自主的に行っているのは鍛錬だけです」

 

「だから僕が出来る事は、貴殿の可能性をほんの少しでも広げる事──」

 

 

 エヘカトルは右手の人差し指を縦に振った。

 

 

「な」

 

「必要なのは自分の強さを疑わない事と、可能性を信じる事」

 

 

 彼の指で起こされた微弱な風圧は増大し、直線上の大地を深く抉った。

 

 この現実離れした光景に対し、エヘカトルはイメージの問題だと語る。

 人は物事に深い知識を持つ程、可能と不可能を知り得る様になる。可能ならばその選択に従えば良いし、不可能ならば別の手段に思考を委ねなければならない。

 だが、彼はその常識に真っ向から反対する。

 

 人は自身の才能ですら気付けないのに、何故不可能だと信じ込むのか、彼からしてみれば甚だ疑問だったのだ。

 出来ないと諦めるのならば、せめて一回だけでも出来た気で玉砕してみればいいだろう、と。 そういう理論だった。

 

 

「現に貴殿の光線は、常識に反旗を翻したものです」

 

「口、か」

 

「噴出口としてイメージしやすい故に出来たのでしょう?指の開閉から想像しやすい掌も同様。イメージしやすいだけで、何処からでも出せる筈です」

 

「指先も、足も、目も……じゃあ、毛先は」

 

「流石に毛先は無理ですね…イメージの問題を超えています。あと目も危険そうなのでやめましょう」

 

「…」

 

 

──この日を境に、コーリスはエヘカトルと共に()()()()の修練を始めた。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

──1週間後

 

 

 

「コーリス?」

 

「…」

 

「コーリス」

 

「……」

 

「コーリスー」

 

「──」

 

「ガンマ・レ──」

 

「ちょっと待って待て!?なんで!?なんでガンマ・レイ!?」

 

「ようやく返事をしたね」

 

 

 エヘカトルとの邂逅以降、コーリスはもぬけの殻の様になっていた。

 無論無気力に見えるというだけで、実際は技のイメージに脳を割いていたからだ。

 

 そしてその様子を見たゾーイが心配して、気を取り戻すに至る。

 

 

「どうしたんだ一体。最近何かあったのか?」

 

「…エヘカトル殿からイメージを広げるべきと言われて、少し考え込んでいた」

 

「ふむ。イメージか」

 

「今思えば、俺の防御魔法もそうなのかもしれない。魔力をこねくり回して様々な形を取っているが、イメージで作れれば一瞬だろう」

 

 

 ゾーイは面白い話だと感じた。 

 被造物であるが故に、自分の能力に一切疑問を持たなかった為、自身の行動は技巧を凝らした物ではないと認識したからだ。

 彼女は自分の行動において出来ないと思った事はない。

 

 

「ゾーイは何故剣先から光線を?」

 

「便利だからかな。剣を握ったまま出せる」

 

「そうだよな…」

 

「カリオストロに聞いてみたらどうだ?」

 

「そうしてみる」

 

 

 ゾーイの提案通り、コーリスはカリオストロに聞いてみることにした。

 

 

「イメージ?」

 

「ああ。カリオストロは杖とか手というより、()で錬金術を使っているよな」

 

「そうだな」

 

「何でだ?」

 

「何でって…ああ、そういう事か。いいぜ、教えてやる」

 

 

 宮殿内の大図書館にて本を読み漁るカリオストロは、手元のそれを閉じてコーリスに向き合った。

 

 

糸繰り人形(マリオネット)ってあるだろ?」

 

「糸を繋いだ人形を手で動かす奴か」

 

「昔一回だけ見たんだが、あれって結構大雑把でな、動かせるのは肘と膝、根本くらいで大して細かく動かないんだ」

 

「そうなのか」

 

「だが、優れた点が一つある。それは同時に部位を動かせる事だ」

 

「指で動かしているからか」

 

「そうだ。同時に行う事でそれ自体が一つの動作になる。手や足を上げるだけの人形は歩く事が可能になり、楽器があればダンスだって踊れる」

 

「カリオストロはその()()という指の使い方から着想を得たのか?」

 

「複数の動作を同時に行う方にだな。まぁ錬金術は最低限必要な知識がなきゃ使えねぇ。どんな魔法も正確な技術と知識があってこそだ。想像だけで魔法を形にしちまう奴は、よほど精錬されているかイカれてるかだな」

 

 

 カリオストロは錬金術を扱う際、大気に満ちる元素を様々な形に変える技術の高さと、それを瞬間的に行う為の想像力を両立させている。

 エヘカトルの様に、イメージと魔法が直結した様な使い方は出来ないだろう。

 それはエヘカトルがとことん異質だという事を表していた。

 

 

「参考になった。ありがとう」

 

 

 コーリスは再びトゥゲンキオの草原に赴いた。

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

 

(光線の軌道を指に沿わせて…)

 

 

 貸切状態の草原地帯で、コーリスは光線を放った。

 一度出した光線に指向性を持たせられないかという実験だ。

 

 

(…駄目か。曲げるなら指から出して、更にそれを継続させて薙ぎ払う形になる)

 

 

 しかし一度出した光線は手元を離れる。

 魔力操作の速度自体はまだまだ未熟なコーリスにとって、杖も無しに効果的な魔法を使う事は難しいのだ。

 出が遅い。

 

 

(防御魔法で行くか…)

 

 

 次は防御魔法。

 コーリスは防御魔法の応用でハンマーや檻を作り出す。

 

 ──その時だった。

 

 

「コーリス殿」

 

「ッ!!」

 

 

 コーリスは反射的に振り返り、左手を前に構えた。

 その左手を起点に巨大な盾が形成され、その刹那に風が通り過ぎ、盾越しに衝撃が奔った。

 

 

「エヘカトル殿…!」

 

「防げましたね!即座の展開お見事です!」

 

「殺す気か!?」

 

「ひっ!?」

 

 

 目の前には私服のエヘカトルが立っていた。

 何故怒られているのか理解せずに、彼は言葉を続けた。

 

 

「所でその槌…今の攻撃を防いだ盾より格段に生成が遅いですね」

 

「防御魔法の盾を変形させているからな。盾はそのままで良いし」

 

「何故です?」

 

「うん?」

 

「攻撃に使う槌なんですよね…?いちいち変形させる必要は無いのでは?」

 

「─────」

 

 

 コーリスは悩みの渦中にあるピースが嵌ったのを自覚した。

 

 

「感謝する。エヘカトル殿」

 

「は、はい」

 

 

 生成が遅れていたのは、『防御魔法の形を変えて武器として用いる』という遠回しな過程と思考を持っていた事。

 武器として使うのならば、最初から武器として作ればいい。

 

 初歩的で単純な思考だが、工夫していたからこそ見えない視点であった。

 彼は更に一歩踏み出す。

 

 

(形を1から作るのなら、わざわざ俺が持つ必要は無い。腕の振りに合わせて──)

 

 

 コーリスはただ手を振り下ろした。

 

 

「──放つ!!!」

 

 

 その瞬間、目の前にハンマーの()()()()だけが顕現し、大地に向かって振り下ろされた。

 盾は一度も形成されていない。

 

 

「お、おおおおお…」

 

 

 エヘカトルは呆然とした表情で詠嘆した。

 

 

「槍は指で……5本っ!」

 

 

 次は槍。

 指の数に合わせて5本形成され、肩の振りに合わせて全てが投擲された。

 

 

「おおおおおお!!」

 

 

 エヘカトルが思わず声を上げる。

 

 

「集中さえあれば…手の振りも必要ない!」

 

 

 遂には目線だけでハンマーを顕現させる。

 技術は等に完成されている為、速度だけが問題だったコーリスの防御魔法、ここに欠点を解消する。

 

 

「な、成ったぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 何故か、一番喜んでいるのはエヘカトルだった。

 

 

「僕もやります!!」

 

「え、ちょ」

 

 

 この後、島の外部が削れたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 最初の騎士エヘカトルは、見事コーリスを成長させた。

 これで未来の歯車がまた一つ──噛み合うのだった。

 

 

 

 

 

 






ちなみに七曜巡りは弱い順からです。


緑の騎士
・名前はエヘカトル。
・人懐っこいサムライボーイ。
・七曜では最年少で、人を殺した回数は一番多い。

風成空刀(かざしげうつがたな)
・エヘカトルが扱う唯一の魔法で、周囲の風に斬撃の性質を付与する。
・その本質は、風を掌握する事。
・『風が吹いていますね→細切れ』のクソ技。
・刀を振れば風が起こり、それが勝手に増幅する為、屋内でもあんまり関係ない。

コーリス
・光線は厳しいが、防御魔法を大きく発展させた。

カリオストロ
・人形劇は妹と見に行った。

ゾーイ
・無視は悲しい。




ちなみにコーリスの言葉遣い。
・年上の味方や、偉い人には敬語。
・年上でも敵はタメ口。
・敵かは分からないが、警戒心を含んでいると今回の様に硬い口調。
・ゾーイやカリオストロは何となくタメ口。
・ノアは昔からお世話になっているので軽い敬語。

こんな感じです。

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