彼女は『信仰』に生きる人間だ。
黄金の騎士、リノア。
──フルネームで、リノア・イスタバイオン。
空を統べる真王の娘にして、世継ぎの道では無く戦の道を歩み、黄金の座を拝命した騎士である。
その家柄と、活動地がアウライ・グランデである事も踏まえて、イスタバイオン家のリノアとして扱われる事が殆どであり、家臣や兵士達には『殿下』や『リノア様』と呼ばれ、黄金の騎士という役職を呼称に用いる人間は少ない。
しかし彼女自身は真王に仕える従者を自認しており、世界を回す歯車として──他の七曜に比べても、その役割を道具と見做す傾向が強いのだが──厳格な姿勢を崩さないにしろ、王族としての自己を捨て去っている。
その実力は七曜の中で下から3番目と、序列では中堅に位置しているが、遠征や対星晶獣との大規模な戦いでは必ずと言っていいほど最初に選ばれる存在である。
理由は異常な継戦能力の高さにある。コーリスは甚大な魔力と防御魔法によって敵の方が先に疲弊するという特徴があったが、彼女の場合は異なる。それは卓越した剣術と、土属性魔法による戦況の操作によるものだ。
彼女は魔力量も魔法の感覚才に関しても秀才の
故に、自身の疲弊を遅らせる事による継戦能力と言える。
そんな強さを示す分かりやすい事例として、リノアには恐ろしい戦歴がある。
小隊として派遣された先の国にて、イスタバイオンへの叛意による裏切りの不意打ちを受け──30対1万の蹂躙劇が始まる筈だった。
しかし、彼女は殿を努めて孤軍奮闘。七曜を失う痛手を何としても防ぐ為に、騎空艇を破壊された部下達はイスタバイオン統治下の隣国に徒歩で救援を要請した。
そして7時間後に兵が到達した戦場では──無傷では無いものの、リノアだけが立っていた。
周囲に倒れ付す歩兵達と、撃ち尽くした砲弾の咽返る様な匂いが、たった一人に対する激戦を物語っており、7時間ものワンサイドゲームに勝利した事は無論驚愕に値する事実ではあるが、最も異常な光景は、敵兵達は皆生きていた事だった。
この事についてリノアは、『統治下においた上での謀反は隣国の反乱をも煽る可能性があり、決して看過するべき事案では無いが、罰を与えるのは私では無い。ドゥアトの天秤がイスタバイオンの司法を担う限り、その裁量は真王陛下指導の元に行われるべきだ。私は真王の刃としてこの場を収めたに過ぎない』と言い、寧ろ救援に走った部下達に礼を言って労った。
彼女は自身の命を賭けて、イスタバイオンという国の体制を守ろうとしたのだ。
この出来事はリノアの忠臣足る大義がイスタバイオンの威信を示したと真王と国民に認められ、『黄金の一万伏せ』として歴史に刻まれる事となった。
当代の七曜の中で、歴史書に偉大な功績として戦歴を綴られたのは彼女だけである。
文武両道、才色兼備、生知安行──そんな言葉が似合う騎士の中の騎士であるリノア。
無難に完璧と思われている彼女だが、特異な点があるとすれば、それは盲信の忠義とも言える信仰心であろう。それは父としてでは無く、真王という立場とイスタバイオンという国、更にはアウライ・グランデという空域が持つ権威に対するものだ。
何処か抽象的かつ絶対的な存在を無意識に信じ、守る為にその身を捧げる心は、宗教心よりも信仰心という表現の方が合っている。
余談だが、紫の騎士クラーレに対する嫌悪は尋常なものでは無く、かのハーヴィンが無礼を働いた瞬間には、彼女の持つ穏やかな気性は鳴りを潜め、雷の如き殺意と瞬発を見せるらしい。
その瞬間のリノアは、曰く『イノシシ』である。
─────────────────
コーリスのそれは、憂鬱な朝だった。
先日、カリオストロによって語られた不老者の行く末を回願し、就寝直前まで頭の中をこねくり回した結果、自身の未来を憂うネガティブな思考に変わっていった。
他者が発言する度に思考を変え、軽口程度でも重大事として捉えてしまうのは自身の悪い癖だと分かってはいるものの、彼は思春期真っ盛りの如き杞憂な悩みを捨てる事が出来ていなかった。
偉人の経験を聞いて、自身も全てを理解した気になるのは愚か者の特徴だと開祖本人も言っていたが、彼の気質はそれに類するものではない。気質とは人体の様に育み、腐れ、朽ちていくものである。命を切り離す事が常人には耐え難い恐怖である事と同じく、気質もまた先立って消える事はない。
ただ、変化だけが急激に起こるのだ。
「あぁ」
そういえば、と彼は横に目を向けた。
ゾーイが横たわっている。田舎村出身の彼からしてみれば馬鹿でかい事この上ないベッドでは、2人程度が寝たところで肌の密着を感じる事は無いだろう。
騎空艇も無しに宿を借りて活動していた時は、狭い部屋のベッドに2人で乗り込んだものだが、個室を得てからはそうした事も無くなった。
床を共にするという提案は彼女からで、それを聞いたノアは今までに無い鬼気迫る表情でその意を両断したものの、慣れたものだと主張した両者によって諌められた。
互いに邪気が無い事は見るから明らかである。だがしかし若い男女がむざむざと軽薄な行動を取るべきでないという考えがコーリスにもあった為、やんわりと断ろうとしたのだが、彼女は譲らなかった。
曰く、それはコーリスがコーリスであるかを確認する為だ、
とぼけた事を言うべきでは無いと一蹴したが、先にベッドで寝られては起こして廊下に叩き出す気にもなれず、甘んじてその理不尽を受け入れる事にした。
どうやらゾーイはここ最近のコーリスの在り様を疑問視しているらしく、彼との過去の行為を再現する事で安心感を求めたのではないか、というのが推測だ。
ここまで互いに情欲が湧かないというのも恐ろしい話だと思いながら、彼は欠伸を漏らした。
「ぐっすり寝ているゾーイを見るのも珍しいな」
ゾーイに睡眠は必要無いと言い切れるかは疑問が残る。彼女は精神的な疲労感を感じるからだ。身体的な疲労は星の力で自然治癒するが、頭の疲れとなると休息は意識して取らなければならない。
とはいえ起床は早く、大抵は誰よりも先に起きて外の空気を吸っていたのだが、今日は遅い。
この様な状況は過去にもあり、リュミエール聖王の夢に意識体として干渉した時や、コスモスとの通信を行っていた際には深い眠りに陥っていた。若しくは、眠っている様に見えた。
(コスモスさんか…)
カリオストロはコスモスについても言及しており、ゾーイはコーリスの未来について改めて創造主と語り合っているのかもしれない。
心配しても詮無き事だと、彼は時計を見た。
「ん?」
その時、小さくノックの音がした。
「どうぞ」
「失礼いたします」
入ってきたのは使用人の女性だった。
祈望の騎空団の面々をもてなし、個室の清掃や食事の用意に至るまで過不足無く行ってきたが、朝食の旨を伝えるにはまだ早い。
そこで、彼女は封紙を出した。
「黄金の騎士、リノア様からの手紙でございます。団員様とご覧になっても構わないとの言伝を預かっております」
「分かりました。ありがとうございます」
使用人は恭しく頭を下げて部屋を出ていった。
渡された手紙を見ると、宛先が彼個人に対してという事と、差出人のリノアが『黄金の騎士』としての立場から書いた物ではない事が分かった。
彼は手紙を口に出さずに読んだ。
──緑、碧の騎士と共に過ごしたならば理解している事と存じているが、此度のアプローチは貴殿を強制的に黒騎士に仕立て上げる為のものであり、体の良い言葉で此方の望む状況を誘導した事をここに謝罪すると共に、修行という形でこの状況を受け入れてくれた事に深く感謝を申し上げる。──
(…まさか個人的に謝られるとは)
七曜の立場から、気軽に大きな発言が出来ない気苦労を何となく感じながら、彼は続きを読んだ。
──謝意に関しては改めて示させて頂きたく、また貴殿の人となりを理解する機会を望む。その契機として、朝食を共に出来ないだろうか?もし承諾してくれるのならば、午前9時に第2ダイニングルームに来て欲しい。無論、どちらの場合にも断りは不要だ。
「え」
リノアの手紙の内容は、コーリスを騙していた事への謝罪と、彼を理解するきっかけとして共に食事をしないかという提案だ。
何という唐突。だが、手紙の文面からは少しの焦りが見えるようで、機嫌取りの様な突発的なものを感じる。
(後半の文面が喋り口調になってるし。色々大変な人なんだな…王女なのに)
団員と読んでも構わないという言伝は、恐らく誠実さを表明する為だ。ゾーイに言えば無論断られるだろうが、カリオストロとノアは手紙の内容と状況を照らし合わせ、問題ないという判断を下すだろう。
彼は少し悩んだが、どの道関わることになるであろうリノアとの食事に踏み切る事にした。
「ふぁ…何を読んでいる…んだ?」
「ひ」
だが、隠し事は近い内に暴かれる事が常識のようで、既に目を覚ましたゾーイが背後からコーリスが持つ手紙を覗き込んでいた。
彼は『ひゅっ』とか細い吐息を漏らして、されがままにその手紙を明らかなものとした。
「ふむぅ……きれいな字だな」
「寝起きか…珍しくぼんやりしてるな」
「コスモスとかなり長く話し合っていてね…いや、気にしなくていい事だよ。それにしても食事か」
「ど、どう思う?」
「…いいんじゃないか?」
返ってきた言葉は予想に反していた。
瞼をこすりながら彼女は朧気な口調で言葉を紡ぐ。
「私の怖さは充分に知った筈だから…へんな事は考えないだろぅ………リノア──黄金の騎士は少なくとも誠実な人間だと真王も言っていた」
「真王と話したのか!?」
「…おおきい声はやめてくれ。コーリスが七曜の騎士と共に過ごしている間、私も調停者として真王と色々な意見の交換をしていたんだ」
「結果は…?」
「彼は多くの真実を語らずにいた…結果的に、平和とはどういう事か、調停とは認められるべき行いなのかを個人の解釈として話すに留めたんだ」
「…そうか」
「この対話は暫く続くだろう……すまない、二度寝する。眠いんだ」
「ああ。たまにはよく寝てくれ」
「そうするよ…」
その言葉を最後にゾーイは頭から枕に突っ込んだ。
対話の内容による疲労なのか、対話そのものに疲労が伴うのか、兎も角、コーリスは見過ごしていた時計をもう一度確認した。
「7時半か。寝すぎたか?」
使用人が訪れたのも納得の時間だった。
ゾーイの事を言えないな、と彼は苦笑しつつ、身なりを整えた後に時間が来るまでソファーに座り続けていた。
─────────────────
──第2ダイニングルーム。
「…来たのか!」
「リノア殿、おはようございます」
「何故敬語を」
「『おはよう』を言うには軽すぎると思ったんだが、マトモな代案が無かった」
「…はは、律儀だな。では、私は『おはよう』と言わせてもらう」
真王が用いるものよりもコンパクトに収まった食事場にて、リノアは軽く笑いながらコーリスを迎えた。
黄金の鎧を脱いだ彼女の種族は予想通りエルーンであり、現在は王族に似合わないカジュアルな服装だ。髪は鼠色とも銀色とも表せる鈍めの色で、肩までの長さであろうそれを後ろに結んでいる。
腰には得物の細剣が携えられているが、その柄は僅かに弧を描いている。その形状を活かした剣術が存在するという事だろうか。
彼女の最初の表情から、彼が足を運ぶ事は予想外だった事が伺えた。
「…」
「驚いたか?私の我儘でな、食事は庶民的な物にしている。だから2つ目の部屋を使っているんだ」
「質素が好きという訳では無いんだな」
「この空域が食物に困っている訳ではないからな。その点に遠慮はない。単純な好みだ」
「王族の好みに我儘があるのか?」
「あるとも。腕利きの料理人が王へ捧げる食を吟味しているというのに、私はそれを突っぱねている。王族の威光を損ねる行為を黄金の鎧で誤魔化しているといったところか。この立場が失った品格を保っている」
目の前に運ばれた料理は、クロワッサンと目玉焼き、添えられたウィンナーとベーコンに豆をトマトで煮たものだ。数が少ない訳でもなく、気取った料理でもない。万全の朝食を楽しむ一般家庭の様な献立だ。
彼女は、この食事が好みらしい。
そして食卓につく前に、彼女は頭を下げた。
「すまなかった」
「貴女に騙されたとは思っていない。互いの利を選んだ結果だろう。
「あの一瞬でも、お前を納得させる事が王にとって必要な事だった。決して祈望の騎空団を乗っ取るつもりは無いんだ」
「分かっている。真王の予知があの一瞬を必要としたんだろう。だからこそ俺も貴女から強さを得るつもりでいる。今日は『よろしく』と言いに来たんだ」
「…感謝する」
彼女は黄金の騎士としてでは無く、リノア・イスタバイオンとしてこの場に座する。故にコーリスも彼女を1個人として扱うし、その後の鍛錬では黄金の騎士として礼儀を尽くすつもりだ。
リノアは、彼が戦士として見違える程に成長し、精神を研ぎ澄ました事を理解した。その要因は、やはり防衛街での戦いと、バミューダによって引き起こされたカリオストロとの問答だろう。
若しくは──数多の死別で死生観が狂ったか。
その考えを即座に捨て、彼女は着席を促した。
「…では、いただこう」
「いただきます」
2人は同時にクロワッサンを齧った。
サク、という心地よい音とバターの風味が広がり、その後にリノアはベーコンを、コーリスはスープを味わった。
「…おいしい」
「口に合って何よりだ。さて、食事中にすまないが…この後について話そう」
「分かった」
2人は咀嚼を終え、一度食器を置いて向かい合った。
静寂とした食卓にリノアの凛とした声が、強く発せられたものでは無いにも関わらず響くようだった。
「碧から"魔力解放"という言葉を聞いたな?」
「確か…奥義とは異なる魔力の到達点だと」
「そうだ。奥義はその者が行使する魔法や剣技を含めた技術の最奥。それに対し魔力解放は、その者が持つ魔法を更にその先──固有に発展させる事だ」
「固有に発展…?」
「人が持つ属性には差異はあれど、使い道は普遍的なものだ。形状を変化させ、規模を操作し、様々な形を取る。しかしそれは炎や風が持つ自然現象を操作しているに過ぎない」
「つまり、既存の魔法をその人間にしか持ち得ない特殊な力へと昇華させると」
「そうだ。碧は"波が凪ぐ"という概念を付与した技を使っていた筈だ。あれは既に水を操るだけに収まっていない。碧にしか出来ない芸当だ」
「発展させた点においてはカリオストロの錬金術も似たようなものか」
「ああ。だが、開祖殿の場合は土属性の応用による可能性を広げたと言える。知識によって錬金術は誰にでも行使が可能だ。そうだな…魔力解放は星晶獣の権能と似たようなものだ」
簡単に言うのなら、魔力解放は固有能力だ。固有魔力と言い換えてもいい。
その人物が使用する属性魔法等から派生し、概念や他の要素との融合を果たした力が備わる。エヘカトルが風と刀を融合させた様に、バミューダが凪の概念を付与した様に、その人物であるが故に獲得した発展系が魔力解放なのだ。
それは属性の発展以外でも、純粋な魔力行使による強化魔法や防御魔法、治癒魔法も例外では無く、人によって全てが変化し得る可能性がある。
故に、"属性開放"では無く"魔力解放"。
「私の強さは七曜の中でも下から数えた方が早──いや、真ん中だな。あのなまくらなハーヴィンは七曜と数えるべきではない。真ん中、真ん中なんだ」
「そ、そうか」
「そして私の魔力解放は最も複雑で自由であり、その点に絞れば優れている。だから私が教える事になった」
「七曜はこの技術を皆持っているのか?」
「ああ。言ってしまえば道端の武芸者でも持っているぞ。魔力解放という固有名詞がこの国で存在するだけであって、自然に扱う者は多い」
特異体質として扱われていたリュミエールのスルトは感情に応じた炎が生成されるという能力を持っていた。特異な能力を持つ人間は、珍しくはあっても稀少な程ではない。その様な感覚で捉えればそう頭を悩ませる技術では無いのかもしれない。
「単純さで言えば緋色はとむらさ──ゴホン!緋色は分かりやすい方だ。緑も現象は単純だがアレを実現した精神構造には頭をひねるしか無い」
「エヘカトル殿は例外か…」
伝えきったのか、リノアは再び食事を進めた。
2人はその後、料理を食べ終わるまで会話を進展させず、一時の余白を置いた後に彼女が切り出し、コーリスを連れて訓練場へと向かった。
─────────────────
「修行に身を入れる以上私達もお前に枷を付けることは避けたくてな。これを使え」
「…剣?」
リノアは自身の細剣の横に立て掛けてあった剣をコーリスに差し出した。
黒色の鞘に収められた剣は、鞘の形状からして恐らく片刃であり、長さは彼が用いていた長剣ノスタルジアよりも短く、一般的な物に比べても僅かに軽さが見えていた。片手で使う事を想定されたかの様だったが、十分な刃幅があった。
「それは黒騎士の剣だ」
「これが…!」
「七曜の武器は鎧と共に星の民から贈与されたものだ。星晶獣のコアと同様、まず壊れない。本来ならば碧の長剣や緋色の剣が望ましいだろうが…我慢してほしい」
「硬さが欲しかったから寧ろ感謝する。エニュオの破壊の力でも壊れない……なる程そういうものなのか」
「重さによる破壊力は消えてしまうが、その剣ならば幾ら魔力を込めても破損はしない。お前の魔力量を活かせば光線に頼る必要も無くなるだろう」
コーリスは試しに魔力を極限まで剣に詰め込もうと力を入れた。
その様子を見たリノアは血相を変えて彼の手首を掴む。
「本当に全部入るから絶対に辞めろ」
「え?」
「お前の魔力が全て籠もった剣ならば…城が壊れてしまう」
「そんなに」
「そんなに、だ。兎も角私の力を見せよう」
リノアはため息を吐き、小さく呟いた。
「魔力解放──」
「…?」
コーリスは違和感を覚えた。魔力解放と呼ばれる技術の発動を間近で見ている訳だが、どうにも読み取れる物が少ない。というのも、各々が持つ必殺の一撃である奥義は、発動前の魔力の高まりや溜めの動作でそれなりの予測は立てられる。
しかし、リノアの周囲では魔力の高まりは感知できない。否、そもそも魔力を高めている訳では無く、性質を変化させているだけなのだから、錬金術の様に魔力を集中させてから変化させるのならまだしも、これなら技を使われて初めて気付く物かもしれない。
解放と謳いながら、その実は力の切り替えに近いのだ。
「──
その力の名を唱えた所で、何一つ変わらない。
訝しげにリノアの顔を見たコーリスに対し、彼女は顎で前方を示した。そこには恐らく彼女が魔法で操作したであろう地面が盛り上がっていた。
この訓練場は屋外に面している部分もあり、魔法修練の用途があるのだろう。
そして、土を動かしたという事は土属性の可能性が高く、コーリスは常々錬金術による地形操作を見ているので、既視感が強かった。
「斬ってみろ」
「分かった」
実際は返事よりも先に腕が動いていた。
その思い切りの良さに感心を示しながら、リノアは彼の剣に言葉を加える。
「恐ろしい破壊力だが、剣で斬りかかって粉々になるとはどういう事だ?」
「剣が硬いから手加減を効かせようと思えなかった、としか言えない」
「…お前には棒を持たせたほうが向いているかもしれないな。それで、手応えの方は?」
「……変な土だ。何というか、剣が触れて手を引く前に…割り込まれた様な気がする。綺麗に切れなかったのはそのせいだ」
「ふむ。いいだろう」
彼女は何処か満足げに頷いて、剣先で地面を指し示した。
「………!?」
目の前に映ったのは異常な光景。
粉々になった大地が先程と同じ風景に戻っていた。正確に言えば、散らばった土がひとりでに動き出して、集まる様に形を成したのだ。
土属性の魔法は土そのものを創成するよりも大地を操る事で様々な形を取らせる方法が多いが、一度崩した大地を何の違和感もなく修復する魔法は見たことが無い。
自然破壊を嫌う人間が鍛錬に鍛錬を重ね、地形操作の精密性を極限まで高めた結果ならばあり得ない話でも無いが、リノアの動作からしてそれは現実的ではない。
ともすれば、これこそが彼女の持つ能力の真髄なのだろうか。
「──真の王は
リノアは唐突に語りだした。
「真の王は
「何を…」
「真王の御意思、存在意義だ。そして…私の
「意思を付与?」
「栄あるイスタバイオンの大地は、まさしく真王の理想郷そのもの。空の王の御意思を代弁者である七曜が一、黄金のリノアがそれを請け負う」
なるほど彼女も尋常な精神ではないらしいと、コーリスは神妙な納得と共に汗を滲ませた。
リノアは真王が死のうが、イスタバイオンが滅びようが、アウライ・グランデが滅び無い限りその忠義を失わないのだろう──否、世界が滅びようが、彼女は死ぬまでこの地に由来する黄金の騎士という役割に徹する筈だ。
そう思わせる狂信が、感受性に特別秀でていない彼にも一瞬で容易に受け取れた。
皮肉にも、その在り方は騎士としては理想なのだ。その理想が彼の目を軽く焼いた。
「この意志が付与された被操作物は、何度壊れても任意の形に再構築し、私が一度魔力を込めてしまえば丸1日はこの特性を持つ」
「意志の…ああ、そういう事か」
「そして、敵の動きに反応し、事前に攻撃を防ぐ様に自ら形を変形させる」
未来を見通す、死んでも次の王が引き継ぎ続ける──そういった真王の在り方が付与された大地は、敵の行動を予知し、例え粉々になっても元の形、或いは新たな戦地を作り出す。
複雑かつ非現実的で、『言ったもの勝ち』の様な能力を理解した彼は、再び土塊に剣を振り下ろした。
「土を鉄に、物質そのものを変化させる事は出来ないが」
きん、ばがっ。
「形だけなら開祖殿と同程度の」
ごしゃ、ばぎ。
「自由さを持つ。これがあれば戦いの後始末も…」
どぐしゃあ。
「出来る、が……?」
めぎょ、ぐちゃ、じゅおおおおお。
「何をやっている」
リノアの目に映ったのは再生した土塊を只管壊し続けるコーリスの剣だ。
斬りかかって半端にめり込み、破壊力だけが残って粉々に。剣の腹で殴りかかって動きを阻害され、破壊力だけが残って粉々に。再生する前に只管叩いて、それでも再生して。終いには光線で焼き続けて、無論再生。
自身の力が及ばないという経験は数多くあったが、取るに足らない存在が悪足掻きの様に復活し続ける──それもそこいらの小石程度となれば、言いようの無い苛つきが湧いてくるというもの。
彼は、土塊が『そんなに必死になっても壊せないの?』と、自身に向けた煽りを発している事を幻視した。
「いや、何処までやれば壊せるかなと」
「説明を聞いていなかったのか!?」
「急に怖い思想を押し付けられたので」
「ゼエン教勧誘と一緒にするな!能力の説明に必要不可欠で………それに真王陛下に無礼な事を…!」
「地面に思考を押し付けるのは……かなり怖いというか」
「お前も紫タイプか……!!」
コーリスの経験上、自身の思想──それもかなり強めの物を他者に脈絡も無く語り出す人間は、相手に理解して欲しいという隠れた欲望を持っているというのが大半であり、強引では無いリノアの様なタイプは兎も角、レイの様に自身の視点を信じる余り、相手側の姿勢を崩しに動くタイプは厄介者と決まっていた。
それに、喋りも動きもしない物体に思考を植え付ける事は恐ろしいに違いないのである。
一方、リノアは委細に渡り自身の能力を説明する為に真王の意思を語ったが、無意識に真王や七曜という立場への崇拝が漏れてしまったようだ。
それに気づくこともなく、彼女は自身の努力を無下にするコーリスの姿勢を、憎むべき紫鎧のハーヴィンに照らし合わせて義憤に燃えていた。
「それで、新たな能力はその人間の気質から来るものというのは分かったが、開花させるには具体的にどの様な訓練をするべきなんだ?」
「…自身の可能性を探る事だ」
「自身の能力を極めた先を掴む、という事か?」
「そうだ。お前の場合だと…光線の威力をどの様にして向上させるか、防御魔法にはもっと効率的な用途があるのでは──そして、自分のやりたい事は何なのか。これ等の問をは理想の形に当てはめた時、新たな道が開かれる。つまり、無意識の覚醒は有り得ない」
「自分を疑わない事、自分の可能性を望む姿と照らし合わせる……了解した。つまりリノア殿は物言わぬ物質に思考を植え付けたかったん──ぶへ」
「ぶつぞ」
「もうぶってる……ぐりぐりしないでくれ」
リノアは剣の柄頭を彼の頬に押し付けたままこねくり回した。
「紫と違ってお前には責任感がある。誠実さもある。だが、天然というのは時に他人を行き場の無い怒りで満たす事がある事を覚えておけ小僧。少なくとも…その下手くそな口は矯正すべきだな」
「わ、わかった…」
「心に刻め。私はエヘカトルの様に甘くは無いし、碧の様に物事を軽んじてもいない。更に言えば緋色と違って細かいし、白よりかは確実に会話が出来る。紫の様な愚鈍、軽虚妄動、まともに他者を慮る事も出来ん哀れな毒々しい生き遅れなどとは絶対に一緒にしてくれるなよ」
(く、クラーレ殿はこの人に向かって何をしたんだ…いやマジで)
七曜同志の衝突という凄絶な光景を夢想しながら、コーリスは魔力解放について思考を巡らせた。
簡単に言ってしまえば、『自分を知れ』という事だろう。理想から逆算する本質や、備える力の幅、それ等から再び編み出す『在りたい自分』。
彼にとって精神は肉体の二の次だった。
精神的な修行は騎士として活動していた時に自然に遂行され、危機に陥り生還する度に強固な精神が培われていったと認識している。悩むよりも先に行動に移せば迷いが勝手に消えるのだ。当然瞑想なぞ片手の指で数える程しか事がないし、集中するだけなら数秒で終えられる。
良くも悪くも、彼は間違い無く屈強な精神の持ち主なのだ。それは強い意思というよりかは、曲げても元の形に必ず戻るという、一種の確約が成されているかの様だった。恐らくリノアが好印象を持っているのも、こういった理由からだろう。
「どのくらいの時間が…」
「私は13の頃、七曜を目指した時点で使えていた。騎士になる為の壁は剣術や戦術の習得だったからな。緑は数秒の閃きで目覚め、逆に白は10年かかった」
「クラ──いや、紫は…?」
この時コーリスには敢えて地雷を踏むという暗い茶目っ気が潜んでいた事は言うまでもない。
青筋を浮かべながら歯を食いしばり、今にも大地を崩落させかねない気迫を見せたリノアは、数秒息を吐いてポツリと呟いた。
「…………2歳からだ」
「え?」
「俗に言う、『イヤイヤ期』に奴は能力が開花したらしい」
「えぇ…」
「魔力解放という用語はアウライ・グランデでしか用いられていない。概念として知られていないだけで、他の空域でも気付かぬ内に目覚める者が多いのだろう」
最低限の情報と共にリノアは口を閉じた。語りたくもないのだろう。
これは才能とかそういうものでは無く、精神の構造が向いているかの話では無いのだろうかと、コーリスは首を傾げた。
その疑問を察したのか、彼女が再び口を開く。
「別に、魔力解放があるから私達が七曜という訳では無い。元の力で戦う方が強い人間もいるし、目覚めないまま最強の座を譲らなかった闘士も存在しただろう」
「しかしバミューダ殿の言葉を考えれば、俺にそれを望んでいるのでは。彼は新たな力の覚醒を促す様に語りかけてきた」
「それについては間違いない。私達はお前の覚醒を待ち望んでいる」
「それは何故だ?」
リノアは即答した。
「勿体無いと思わないか」
「……ぅ」
コーリスは数秒固まり、その意味を満遍なく痛感した。
「常人を超えた魔力量を活かす戦い方は、威力に乏しい光線と攻めに欠ける防御魔法」
「威力に乏しい……」
「間違っているか?」
「いや…あってる」
確かに、彼の光線は継続して当てなければ深手を負わせるに難しい。バジュラやエニュオの様な死闘を常に繰り広げては身体が保たない。
「といっても、防御魔法の弱点は緑と共に解決したと聞いた。なら…ますます効率的な攻撃が必要だ」
「今の俺は貴方達から見て非効率なのか」
「初見で葬る事に関しては私達より理不尽だが、一度手が明かされれば次に死ぬのはお前だ」
「…」
「意識の阻害を促す霧は、精神を強く保っていれば何一つ問題は無く、視覚的な驚異はお前の溢れる様な魔力で帳消しになっている。加えて幽体化は使い時を誤れば必ず死ぬ」
彼女の言葉は正しかった。
感知に用いる霧は大層便利なものだが、相手が強者であればある程、意識を侵す霧の効力は初見でも微小のものとなってしまう。霧に紛れようとも、甚大な魔力を用いて戦う彼の気配を読めない戦士はいないだろう。
そして、幽体化はコーリス自身の意識を虚ろにする必要がある。全身を脱力させ、何も考えずに留まることで身体が透けるのだから、敵がその瞬間に一歩引けば全てが決する。
初見相手のアドバンテージはかなり大きいが、その実、2度目の戦闘では容易く砕かれるだろう。
だが、言葉の本懐はその様な事実確認ではない。重要なのは、彼の能力には成長の余地が必ず存在するという事だろう。
どの様な形態かは彼が見定めなければならないものの、可能性が存在するとなれば話は別だ。彼は進み続ける理由が出来た。
その場で頭を下げ、顔を見合わせる。
「…リノア殿」
「どうした」
「鍛錬に付き合って欲しい」
「…ほう」
リノアは時計を確認した。
「
それは実質、未来をも含めた協力宣言だった。
───────────────────
「何これ?」
「修行だ」
呼び出された祈望の騎空団の面々。
カリオストロの問いに答えたのはリノアだ。それを受けた彼は首を横に振ってぎこち無い拒絶を表し、先程リノアが操作した地面に指を向ける。
「いや、さっきから剣を振ってる奴の目的は分かるんだがな?オレ様が聞きたいのはこの土だ」
「土がどうした」
「すっげぇ違和感が………え、オレ様だけか?これ、何か…なんだこれ。複雑な操作命令術式の刻印…いや違うな。自立思考の投射──オイ、人間を土にしたのか?」
「君は何を言っている」
意味の分からない言葉の羅列に、ゾーイが思わずツッコミを入れる。
本来ならばカリオストロが深刻な表情で考察する場合、大抵は危機や事件の核心に迫る場面なのだが、今回は本気で混乱している様だったので、正気に戻すという意味も込めてのツッコミとなる。
「……で、何で呼んだ?錬金術の講義でも受けたくなったか?」
「俺の能力の限界と弱点を知る為だ。そこでカリオストロには俺を攻撃し続けて欲しい。俺は霧で感知しながら只管捌き続ける」
「ふぅん。千本ノックか」
「いや──万本で頼む」
「嫌いじゃねぇ」
カリオストロはニヤリと笑って魔導書を開いた。
「安心しろ。手加減無しの制圧攻撃、おまけに無造作無しで完全に潰しにいってやる。オレ様の錬成速度も鍛えられるしな──!」
誰彼構わず、可能性を見出す瞬間というものがある。カリオストロにとっては錬金術の習得よりも、応用で自身の肉体を入れ替えた時で、コーリスにとっては光線を覚えた時。
そして、更なる一歩を踏み出す事がある。カリオストロの錬金術を不朽の物としたのはウロボロスで、その立ち位置の物をコーリスはこれから手に入れようとしている。
カリオストロはその開花を漠然と察知したのだ。
彼にとって、他人の成長を見るのは自身の過去を思い返す瞬間となる。言葉通り、その意志は嫌いでは無かった。
「────」
災害の如くうねり猛る大地を前に、コーリスは剣を正面に構えて目を瞑った。
(…霧の目)
リノアは一度だけ見た事があった。
(視力を捨て、霧による感知と切り替える事で全方位からの攻撃に対抗する──か。鋭い触覚とも言える霧は確かに目よりは情報を得られるが…その分霧が触れていない場所には効果がない為、充満させる事が前提となる。それに加えて情報量の暴力で脳に対する負荷は相当なもの。恐らく目を伏せたのも負荷の軽減だが、長持ちはしないだろうな)
襲いかかる厄災をコーリスは剣で壊し続ける。
全方位知覚によって培った彼の防御術は、得てして既存の物とは異なり、アクロバティックな動きを見せながらも正確に自身へ接近してきたものから撃ち落としていく。
「そらよッ!」
そこでカリオストロは趣向を変えて水圧線を放った。
矛先は彼の胴体だが、当たっても死ぬ凝縮度ではない。その代わり速度は通常よりも速く、大地に気を取られては間違いなく命中するだろう。
そして、上体を反らせさせれば地面が忽ち彼を飲み込む様操作している。その二段構えを事前に感知しなければ躱すのは容易では無い。
「──ッ!」
コーリスは身を捻じりながら飛んで回避した。地面の盛り上がりを感知した為である。
そして着地と同時に棘へ変形する地面を砕き、その横に転がって姿勢を立て直す。
「やる」
次にカリオストロは全方位からの同時、そして持続的に攻撃を繰り出した。これならば飛んだ所で着地までに再び攻撃を受ける。
ならばとコーリス先手を打ち、一箇所を不能にして逃げ道を作って包囲網を抜け出した。
「だがもう少しスリルが欲しいよなぁ?」
悪辣な笑みを霧で察知した。次はかなり厭らしい攻撃をしてくるだろうと、コーリスは軽く冷や汗を流した。
「かーぜさーんこーちらっ☆」
「…お前!?」
「ははっ!」
カリオストロは強風を引き起こした。
霧が乱れる。霧そのものが消え去る。霧散する。引っ張られる様にコーリスの感知が乱れ、ずれ落ち、遂には何も感じられなくなってしまった。
(…仕方ない!)
コーリスは目を開き、盛り上がる地面を防御魔法の蓋で押し付けながら、安全地帯へ逃げ出した。
「防御魔法カウント1。対処しきれなかったな」
「…くそ」
「まぁ悪くねぇ。実戦と違ってお前は攻めねぇんだ。妥当だな」
続きだと言わんばかりに土塊が降り落ちる。
土塊は地面に接触した瞬間鋭利に尖り、物理的に彼の逃げ道を塞いでいく。
「2」
カウントが進む。
この修行は霧の使用法を吟味する為のものであり、防御魔法に頼らざるを得ない場合が失敗となる。その失敗から、彼は自身の霧に必要な要素を見出す事になるのだ。
「10回で終わりだかんなー」
「分かっている!」
既に200の攻撃は凌いだであろう彼の剣にブレは無い。しかしカリオストロの錬金術がその規模を拡大させていれば、彼のキャパシティを超える事は間違いないのだ。
「3…4」
「ちっ!」
「お、今のいいねぇ。斬りながら斜めに飛ぶってのは難しいと思うゼー」
「棒読みだぞ!」
少しこの状況を楽しんでいる節あるのでは無いかと思われるが、文句も言わず付き合ってくれたカリオストロに強い悪態は付けない。
そしてコーリスも慣れてきたと言うべきか、彼の対応がパターン化され、より効率的な防御体制を作り出した。
迫りくる棘は切り伏せ、地面の場合は変形前に砕いておく。水圧線は斜めに回転しながら飛んで避け、着地を狩る攻撃は回転の勢いを利用した斬撃で退ける。
このままなら耐えられるだろう。だが、それでは意味がないのだ。
リノアがカリオストロに声をかける。
「…開祖殿」
「なんだ」
「私も参加してよろしいか」
「…くはっ。いいぜ?やれよ」
「………っ」
コーリスの顔が歪む。
リノアが明白な害意を持って攻撃を仕掛けてくるのだ。恐らくは彼女の能力を用い、意思を持った大地が襲いかかってくる。
仕組みは分かっていても、どの程度の規模なのか彼は分かっていないのだ。
「早々に沈んでくれるなよ」
コーリスに向かったのはカリオストロが作り出した物と似ており、地面を鞭のように撓らせたものだが、唯一違う点は尖っていない事だ。
それは彼を傷つけない保険の様なものだと感じられたが、コーリスはそれを、『必ず当たるから傷を負わせない様にした』と解釈した。
(リノア殿の土は、此方が攻撃を仕掛けた時は事前に形を変え、威力を減らしてくる。ならばあちらから攻撃を仕掛けた場合はどの様な挙動を取る──?)
コーリスは最初から土を砕くつもりで腕に力を入れた。完全に破壊してしまえば再構築するまでの時間が稼げる。カリオストロの攻撃を防ぐ為にはリノアの物を処理しなければならない。
彼は横凪で以て応戦した。
「がっ──!?」
彼の胴体へ目掛けた土鞭は、剣が触れる間近、急に方向を変えて彼の背中を大きく突いた。
(カウンターに対するカウンター…!!避けれる攻撃にはカウンター、避けられない攻撃には威力の軽減を行うのか…!その度合いは恐らくリノア殿が決めている)
「5」
リノアの冷酷なカウントが始まる。
「…くっ!」
「6」
そして瞬きする間に彼の周囲から攻撃が降り注ぎ──。
「な…これ、無理」
──その全てが彼の攻撃を躱して突き刺さる。
「がば!?」
「7、8、9、10、11、12、13──」
「あ、終わった」
「助け…!」
ペチペチと全身を土で叩かれるコーリスを他所に、カリオストロは一つの確信を得てリノアに相対した。
「お前、やっぱり操る物に意思を与えてるな?命令信号と言い換えてもいいが…攻撃を避け、再び形を取る──そういう風に土が勝手に動いてるんだよ」
「流石は開祖殿…この大地の異変に気が付いたか。だが正確に言えば違う」
「あ?」
「この土が得たのは真王の意志だ。死なず、未来を見続け、選び続ける。それがイスタバイオンの広大な大地に相応しい役目であり、代弁者の私がそれを一時的に与えているに過ぎん」
「何言ってんだお前?気持ち悪いんだけど…土もお前も」
「開祖殿、侮辱は許しがたい」
「言っとくがお前じゃ勝てねぇぞ」
「そこ。喧嘩は今しないで」
剣呑な雰囲気をノアが止める。
それもその筈、開放されたコーリスがやっと起き上がったのだ。
「で、何か掴めたか?」
「霧に必要なもの…というより、霧を使った戦術に足りない物が分かった」
「聞こうか」
リノアが首で続きを促した。
「感知してから対応する──その点は十分だが、問題は対応する手段が俺の身体しかない事だ。防壁もあるが、その時点で受け身になってしまう。その隙に霧を晴らされたら振り出しに戻るな」
「敵の攻撃を見切る事は良い事だが、来る攻撃が分かっているのに自分の命を守る事しか出来ないというのは勿体無いな」
続けてゾーイが頷く。
全てを把握した人間の行動が防御というのは宝の持ち腐れである。生存という目的には十分過ぎる効果を発揮しているが、敵を無力化する場合、そこからカウンターの手を考えなければならない。
しかし、彼のカウンターは剣か、光線か、防壁殴打。中でも光線は溜めるのに少しの時間差が生じる為、敵が遠距離にいる場合は防壁の打撃しかない。
エヘカトルによって効率化された防壁であっても、敵を一瞬にして屠るには足りない。その条件を満たせるのはバジュラが遺した刀──それも効力を最大限に発揮した状況に限るだろう。
要するに、感知した瞬間に叩き込める一手が必要なのだ。
唸るコーリスに、ゾーイがふと問いかけた。
「そういえば…剣術を高めようとは思わないのか?」
「剣か…」
コーリスの剣術は防御型に特化しており、強靭な五体による武術と組み合わせた様な我流の物である。
リュミエール聖騎士団で培った対魔物用の剣術は相手の急所を的確に削り出し、ゾーイとの訓練では霧や防壁を組み合わせたカウンター型の剣術を編み出し、犬神宮の姉妹との稽古では切断力と回避力が大いに向上した。
様々な要素が絡み合った故の剣術だが、七曜と比べてどうなのだろうか。
「リノア殿、講評を願いたい」
「そうだな…私達も魔力無しで考えるならば、お前は下から3、2番目か」
「お、結構高いじゃねぇか」
「出来れば詳細を聞かせてくれないだろうか」
「白と紫が最上位で互角…次点で私、その次に緋色だ。そして緑はお前と互角以上だと私は踏んでいる。碧は最下位だな」
「…やはり、剣も極めなければか」
「私はそうは思わないが」
リノアの言葉に皆が驚く。
「七曜に相応しい基盤は出来ている。後はどの場面でどの様に振る舞うかを経験で培うのみ。結局の所私達は魔力や相性に依存しているからな」
「そうか…!」
「──だが」
綻びかけたコーリスの顔が戻る。
リノアが剣を構えたのだ。
「自分の弱さを知る事も重要だろう」
「リノア殿」
「抜け、コーリス・オーロリア」
「…了解した」
「先に剣が触れる方が勝ちだ。但し寸止め、5戦でな」
両者が構えを取る。
リノアは上段から突きの構え、コーリスは中腰で走破の体制だ。
「腕前を直に感じさせてもらうぞ、"空戦の英雄"」
「俺も"一万伏せ"の力を見さてもらおう」
「…知っていたのか」
「少し歴史を学んだ」
「………やはりお前は七曜の騎士になれ」
少し微笑んだ後、切実な思いを乗せたその言葉にコーリスは苦笑した。
リノアはその勤勉さと誠実さが好ましかったのだ。周囲を見渡せば王にまともな口も聞けない愚小。その気苦労を癒やす為、この様な催しを提案したのでは無いかという疑いすら出てくる。
「では合図は私が」
ゾーイの声が響き渡った。
「初めッ!!」
──その結果は、コーリスを開花させるに足る過程を持っていたのか。
少なくとも、リノアは真王の意向に従うだけだ。
────────────────
──小話:残念な感じのヤツ
「お、リノアじゃん。何してんだ?」
「開祖殿…それに、星晶獣ノア。見ての通り木剣を買いに来ている」
「もしかして…1週間前にコーリスと戦った時の影響かい?」
「…そうだ。あれ以来何度か打ち合うようになってな。木剣が折れて叶わん。細剣型のは城の貯蔵が少なくてな」
「お前の剣は受け流し重視だろ?何でそんな壊れるんだ?」
「衝撃自体はゼロには出来ない。私の身体に影響が無い程度に反らせるだけで、剣は確実に痛む。七曜の武器なら問題は無いがな」
「……くくっ」
「…何がおかしい」
「いや、あれだよな。あの時の戦いがな」
「やめなよ」
「何が言いたい」
「今でも思い出すとクスッと来ちまう。あんなにオーラ出して挑んだってのによ」
「3勝2敗って」
「ッ……………!!!!!」
「…はぁ」
「いや、勝ったのはお前だし、別にオレ様は一々人を馬鹿にして楽しむ趣味も無いが……」
「……」
「お前って何か不憫だよな」
「黙れ……!!」
「しかもあれ…超速い8連突き。全部避けられてたし」
「僕には5回くらいしか見えなかったけど」
「そんくらい速いって事だ。なのに避けられる」
「コーリスは昔から突きに異常に強いらしいよ。どうしてだろうね」
「アイツも変な奴だよな」
「…に……かいだ」
「ん?」
「12回の……突きだ」
「……おう」
「…」
「避けられるどころか…最後は指で一瞬止められた」
「え?」
「即座の蹴りで蹴魔化したが…指で摘まれたんだぞ」
「あー…その、悪かった」
「開祖殿…」
「…なんだ」
「私は、かませ犬なのだろうか」
「これは少し…可哀想だね」
「…だな。聞け、リノア。お前は強いからそんな事は無い。そんな事は無いんだが…」
「…っ」
「ちょっと残念なヤツなんだよ。間が悪いとか扱いが悪いとかそういう感じの」
「コーリス」
「リノア殿、久しぶ──」
「先日の私とは違う」
「…その大量に破壊された剣は?」
「練習に使ったものだ」
「練習……?」
「そうだ。私は覚えた」
「……?」
「50連突きを」
「!?」
「行くぞ」
「ちょっと待っ──」
この後リノアは滅茶苦茶防がれた。
黄金の騎士
・名前はリノア。
・真面目で責任感があり、少し堅物だが七曜の中では一番優しいかもしれない。そしてちょっと間が悪いというか、残念な目に合う人。
・真王という役割の狂信者だが、人に押し付けないのでその様な印象を持たれない。功績的には教科書に乗るレベルの偉人。
・剣の腕は相当高く、敵の攻撃を受け流す事に特化している。
・魔力解放によって生まれたリノアの能力。
・真王の意思を彼女が操作する物質に付与するというもので、その物質は敵の行動を察知し、塵になったとしても物の形に戻る。
・攻撃向きでは無いが、防御性能は最強クラス。
魔力解放
・自身と向き合った人間が開花させる固有の能力。
・アウライ・グランデ以外ではこの用語は使われておらず、近い将来消える可能性が高い。その理由は、固有という明確な証拠が無く、それぞれの能力が既存の魔法の発展系という可能性も捨てきれないから。
コーリス
・剣だけなら結構強い。
・リノアとは互いに相性が良く、千日手もあり得る。
魔力解放の設定はオリ要素ですが、作った理由はナルメアの蝶瞬間移動とか、シスの分身とか、オクトーの髪で刀を持つやつとかを見て、これ本人しか絶対出来ねぇやつだろって思ったからです。
七曜としてのオリジナルな能力を作りたくて、そういう設定にしました。