幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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74.緋色の騎士 タルヴァザ

 

 彼は『知恵』に富んだ人間だ。

 緋色の騎士、タルヴァザ。

 出身は戦禍が衰える事を知らないナル・グランデ空域。

 

 代々緋色の騎士を輩出しているトリッド王国の一族は、今世代に於いては中々子宝に恵まれず、ようやく赤子が生まれたはいいものの、年齢は二桁に届かない。

 その結果、王家の剣術兼魔法指南役であったタルヴァザが緋色を継ぐに至ったのだ。

 

 トリッド王国はドラフ族の王家な為か、緋色は歴代から卓越した剣術による武闘派が多かったのだが、タルヴァザが得意とするのは魔法である。無論、剣術指南役も努めていたことからもう一方が疎かという事は無いだろう。ドラフとしての性質故か、タルヴァザも先に手を出したのは剣だったという。

 

 彼は魔法を武器に纏わせて戦う魔法剣士とは異なり、魔法そのものを主戦術として扱う。七曜の武器は不滅の魔力媒介物である為、杖の様に用いる事も可能である。剣術に優れた魔法使いという見方が正しいだろう。

 

 人柄はドラフ族に対するステレオタイプに違わず豪快で粗雑、力で解決する事を好む質だが、彼の持つ頭脳はハーヴィンの諸侯と比較しても劣らないものである。

 しかし、勘違いを嫌う彼の名誉の為に言っておくと、その頭脳は研究者の様に蓄積した知識を何かの創生に出力する為の物ではなく、どの様な状況でも状況を把握し、最善最速で解決策を導き出す、謂わば『頭の回転の速さ』に比重を置いているものだ。

 彼は初めから知識の為ではなく、戦う為に魔法学校へ足を踏み入れたのだ。

 意気軒昂、しかし思考や行動は冷静で的確──それがタルヴァザである。その在り方は、かの錬金術開祖に近い物を感じる。

  

 彼の功績と言えば、一部の人間が扱う『魔力解放』の仕組みを分析し、仮説を立てた事だろう。

 個人的な能力の覚醒──彼が提唱した仮条件により、魔力解放への道筋が可視化され、以前に比べ少なくない数の人間がこれを目覚めさせる事が可能となり、いつしかトリッド王国の軍は力を増した。そして、彼の恩恵に預かった人間は七曜にも存在する。白騎士のブロンシュだ。

 

 また、魔力解放を分析している最中、彼自身も未覚醒状態であった。

 無論後に力を得たのだが、一つだけ例外な点が存在する。

 それは、七曜の各々が自身の気質に合った能力を目覚めさせたのに対し、タルヴァザは自身の望む能力を狙って手に入れた事だ。彼の人柄を知れば、決してその様な力に目覚める筈が無いと疑問を抱くだろう。

 黄金の騎士リノアがコーリスに語った魔力解放の条件は、能力の可能性を探り、かつ自身の望む姿と照らし合わせ、その進化を疑わない精神が備わる事で至る、というものだ。自身の望む姿を想起する時点で、それも望む能力を得ると捉える事が出来るかもしれないが──。

 

 タルヴァザはそうではない。

 そうではないのだ。

 そうではなかったのだ。

 

 その方法は……

 緑曰く、『見事』

 碧曰く、『覚悟があっても出来ない』

 黄金曰く、『狂っている』

 白曰く、『生きたいのか死にたいのかどっちだ』

 紫曰く、『効率的』

 

 

 総評──イカれた冷静沈着筋肉ダルマ魔法使い。

 

 

 

  

─────────────────

 

 

 

 

「もういい」

 

「え?」

 

「行け、去れ」

 

「…ええと」

 

「お前は物分りがいい。だから早く去れ」

 

 

 静寂の中で静かに響く荒んだ言葉。

 黄金の騎士リノアが黒騎士候補のコーリスに対して放ったものである。彼女の表情は怒りや哀しみが浮かんでいるというよりも、『拗ね』を想起させた。

 

 辺りにはイスタバイオンでのみ作られているであろう細剣型の木剣──その破片が散乱しており、それ等を纏めれば十本は下らない量の剣になるだろう。

 

 

「…相性か?これ、相性と呼べるのか?」

 

「多分…呼べるかと」

 

「お前が突きに強いのは認めよう。同時にお前の剣を受け流す事が出来る私にも分があるつもりだ」

 

「…そうだ」

 

「…………はぁぁぁぁ」

 

 

 それは王女としても騎士としても、余りに情けない溜め息であり、さながら過剰な深呼吸の様だ。

 

 リノアとコーリスが剣を交えるようになってから一週間。遂にコーリスがリノアを完膚無きまでに打ち負かした瞬間が訪れ、今に至る。勝ち越しているわけでは無いが、この一勝の流れは酷いもので、リノアの突きを躱し、相手の手を掴み、木剣越しに彼女の身体を大きく引き寄せてから横凪一線。

 噛み合った戦いとはいえ、7秒で終わった戦いだった。

 総合戦績ならば彼女が未だに上なのだが、このたった一回の無様な敗北がその誇りに小さく穴を開けた。

 

 

「私の突きはお前の会った誰よりも強いか?」

 

 

 弱った心からか、リノアは珍しく抽象的な質問をした。

 

 

「正直…範囲ならエニュオ、速度なら聖騎士時代の同僚に劣っている。だが、連続性と精密性は貴女の方が上だ」

 

「……紫はどうだ」

 

「彼女の槍は最低限の攻撃だが、此方がカウンターを狙えず、かつ回避に難しい状況で必ず放ってくる」

 

「私と紫、何方が脅威に感じる」

 

 

 『これは言葉を選ばなければ』と彼は冷や汗を流して口を忙しなく動かしたが、生憎と言葉が出ない。

 やっと捻り出した言葉は、短く正直なものになるだろう。

 

 

「……紫の槍だ」

 

「そうか」

 

 

 リノアはそれっきり何も語らずに壊れた木剣を拾い始めた。

 コーリスが横に立って手伝うと、彼女は自嘲するかのように独りごちた。

 

 

「錬金術でも学べば再利用が出来るだろうな。これからはもっと壊れるだろうから」

 

「…思ったのだが」

 

「何だ」

 

「貴女の能力で木剣に再生能力を付与すれば一つを使い回せたのではないか?」

 

「…」

 

「大地の要素とはいえ、加工した物体を魔法の対象物にするのは少し難しいとカリオストロが言っていたが、錬金術が無くても時間をかければ問題ないらしい」

 

「それで?」

 

「それに尽きる」

 

「そうか、私は頭が弱いのかもしれないな。馬鹿みたいに木剣を買って」

 

「武器屋は喜んでいる筈だ」

 

「その前に頭の弱さは否定して欲しかったぞ」

 

「人は誰しも弱みを持っていると思う」

 

「持ってはいけない弱みもあると思う」

 

「では、お互い強くならなければ」

 

「そうだな。去れ」

 

 

 コーリスは部屋の外に蹴り飛ばされた。そしてコンマ1秒後に扉が閉められた。その音は彼女の怒号を表しているかのようだった。

 

 

「いたい…」

 

 

 リノアは常識人だと思っていたが、責任感から感情を吐き出さない様に努めているだけで、はけ口が見つかれば多少の横暴さが見えたと、彼は自身を棚に上げて一方的に批評した。

 メモメモ。エヘカトルは殺意が行動の起点になりやすいほんわか少年。バミューダは何を言われても気にしないが、逆に何を言われても自身の考えを曲げなさそうなおじさん。リノアはプライドがそれなりに高く、侮辱と屈辱で定期的に怒る不憫な女性。クラーレは自分やゾーイよりも重度の天然というか、我の強さがそれを助長していると思われる、無責任な女性。

 白騎士は──

 

 

「お」

 

「ん」

 

 

 起き上がろうと顔を上げたコーリスの目の前には、黒髪を短く刈り上げた屈強な──ドラフ族の男がいた。着ている鎧は赤、腰には剣。間違いなく緋色の騎士、タルヴァザだ。

 今更コーリスが驚く事もない。

 

 

「コーリス・オーロリアじゃん。何してんだこんな所で」

 

「貴方の仲間に蹴り飛ばされた」

 

「蹴り飛ばされた?人を蹴りそうな奴は黄金か白だが」

 

「黄金の方だ」

 

「そっちか。何したんだ?」

 

「木剣で戦って、一度だけ呆気なく勝ってしまった。それ以外は普通に勝ったり負けたりだ」

 

本気(マジ)か。俺より強えじゃんお前。緋色やるか?」

 

「赤い鎧から霧が出てきたら…何か違う気がしないか?」

 

「確かにな」

 

 

 まるで知己であるかの様に軽口を叩き合う二人。向き合ってから改めて握手をする。 

 

 

「タルヴァザ・ラダトスだ。タルヴァザでいい。呼ぶ時は名字派だからオーロリアと呼ぶぞ」

 

「ああ、構わない。よろしく頼む」

 

 

 気が合うのか、互いに気にしない性質なだけなのか。少なくとも、コーリスは初対面での会話を雑に行うタイプだ。それは無関心からではなく、偏見を持たぬ様、ある種の自然さを表現しようとしているからである。

 一方のタルヴァザは本当に何も気にしていない。恐らくは七曜の中でエヘカトルと並んで人当たりが良い人物だ。危険度は前者の方が高いと考えると、彼が最も安心できる性質だろうか。

 

 

「それで、イスタバイオンは何て言ってたよ」

 

「『もういい。去れ』と」

 

「あー分かった。それ、いじけ半分にもう一つ意味がある。『お前はもう十分力を付けたから、私の所にいる必要は無い』ってな」

 

「蹴る必要は無いだろう」

 

「余計な事言ったか?」 

 

「萎えていたから、人は弱みを持つものだと言った」

 

「良いこと言うじゃん。じゃあアイツがわりーな」

 

「そこまで責めるつもりは無いが…酷い話だと思う」

 

 

 リノアがこの会話を聞いていたら憤死していただろう。クラーレが喋っていたなら暗殺も企てていただろう。そんなレベルの会話だった。

 

 

「これから任務だが。一緒に行くか?」

 

「そういえば…七曜と共に任務に行くと説明を受けていたんだが、行ってなかったな」

 

「丁度いいだろ。俺もお前の力を直に見ておきたいしな」

 

「分かった。ちなみに内容は?」

 

「お前の知ってる奴についてだ」

 

「知ってる奴?」

 

 

 タルヴァザは意地悪げに口角を上げた。

 

 

「人を眠らせて()()()()()()夢を見せる奴」

 

「…!」

 

 

 騎空団を結成して名を売ろうとしていた時の話だ。ゾーイと共に古戦場に参加し、大量の魔物と一体の星晶獣を撃破した後に現れたイレギュラー。

 その魔物は一度とはいえ彼等を問答無用で眠らせ、完全な無防備状態を作り出した。

 

 そう──淫蕩の冥妃。

 

 

「ヘカテー……!!!」

 

「そいつが最近空域を跨いでるって噂でな。実際の戦闘能力は並の星晶獣よりは勝る程度だが、危険なのは眠りへ誘う能力だ」

 

「ゾーイですらも抗えなかった」

 

「お前も夢で弄ばれた様だな」

 

「…ああ。しかし、相当に痛めつけたし脅しもしたが」

 

「瘴流域を突っ切って空域を抜けたみたいだからな。かなりの無茶だ。ファータ・グランデから逃げれば無事だと思ったんじゃねぇか?」

 

「あの女…やはり倒しておくべきだったか」

 

「ちなみにそいつの見せる夢は欲望がベースでな」

 

「知っている。幼馴染を偽ったあの売女が──」

 

「欲望がベースって事は、食欲や睡眠欲も反映される。つまりお前がそういう夢を見たって事は、そういう欲望が強かったって事かな」

 

「…………………」

 

「ヘカテー自身が登場するのはまぁ…趣味だろう」

 

 

 コーリスは自分の汚さを自覚した。

 自分は性欲が表出する程の人間だったのかと、果てしない自己嫌悪に囚われたが、すぐに自己擁護も開始した。

 

──あれは性欲というよりは純粋な愛情というか恋心というか家族愛…は違うが、兎も角淫らな行為はしていなかったし、舞台もトラモントだった事から俺が如何に故郷を想っているか、これはもう疑いようのない事実だ。それに俺はすぐに夢を跳ね除けて正気に戻った。現実では問答無用で殴り飛ばして皆を開放した。その事から夢の中では思考が緩むという何らかの術が仕込まれているのではないか。人は夢には抗えない。これはしょうがない。ヘカテーが悪い。あんな下品で恥も知らない変なのが堂々と人様に向かって会話を繰り広げようとしてくるのもおかしな話だ。許された気になってこの空域に来ているのならば、すぐにでも消し飛ばしてやろう。ゾーイも度々言ってたし──

 

 

「俺も一回世話になってな」

 

「…………!?」

 

「良かったわ、あれ」

 

(何を言ってるこのバカは?)

 

 

──あれが見かけ以上に力を吸い取っている事を知らないのか?夢で何が起きているかは人それぞれだが、最終的には魔力──というよりエネルギーそのものを取られるんだ。多分寿命には関係がない。しかしあの古戦場の人達は全員気持ち良さげな顔をしてたが疲労感も相当なもので……というかタルヴァザ殿は本当に夢で何を体験してたんだ?まさか他の人間と同じ様に()()だったら、七曜の騎士として…いや、国に仕える人間だったら終わりだろう。彼の理想の夢で快感…マッサージとか?いやいや、マッサージで疲労感が残っては駄目だろう──

 

 肥溜めの様な思考回路の中、彼は呆れ半分で問いかけた。

 

 

「何が良かったんだ」

 

「へ?そりゃ言っちまえばセ──」

 

()()()分かった。二度と聞かん」

 

「そういやエッケザックスっていう伝説の剣の旧来品(オールド)が存在するんじゃねぇかって学者の間では話題になっててな。伝説の旧版ってなんだよと思ったんだが」

 

「何が言いたい」

 

「略して()()()

 

「チッ」

 

「今舌打ちした?」

 

「すまない…割と反射的に出た」

 

 

 タルヴァザは豪快に笑いながらバシバシとコーリスの背中を叩き、横に並んで歩き始めた。

 

 

「いや、突然言うのも何だが俺はお前らの事信用してるんだぜ?」

 

「それはありがたい」

 

「そう言いつつ疑う所とかな。ぶっちゃけ面子だけで言えば祈望の騎空団は七曜に勝る。調停者で七曜の大半は狩れるだろうし、準備満タンの開祖なら負けない。加えて操舵士は文化を作った星晶獣ときた。それなのに普通の人間らしく何事にも警戒心を持ち、少し尖ってる。そこが良い」

 

「俺は?」

 

「お前が人間に対して敵意と殺意を持ったら誰も勝てねぇよ。持たないからここにいるんだ」

 

「貴方達は皆知った様な口を……いや、実際に知ってるのか」

 

「あくまで記録だな。直接お前の戦いを見ていたのは白騎士だ。奴は目が良い」

 

「──白騎士か」

 

 

 瞬間、コーリスの魔力が膨れ上がった。

 思わずタルヴァザが剣を抜き、そして彼の瞳を見て軽く口を歪ませた。

 その瞳はほんの一瞬、憤怒を顕にしたのだ。

 

 

「…オイ、何キレてる」

 

「……………いや。何でもない。すまない」

 

「全く何が…あ………いや、分かった。そういう事か。なら、俺もお前を責める資格は無い」

 

「…本当に何でもないんだ」

 

 

 やってしまったと頭を掻く彼に対して、何処か同情的な表情を見せるタルヴァザ。

 エヘカトルやバミューダ、リノアには見せなかった刹那の激情。それが何を起点とした物なのか。少なくともその怒りは祈望の騎空団ならば全員が覚えているものだ。

 

 神妙な空気が流れ、そして即座に破壊される。先程の魔力を感じ、リノアが駆け付けてきたのだ。

 

 

「何事だ…!」

 

「リノア殿」

 

「コーリスお前……何をしようと」

 

「いや、ちょっと興奮しただけってよ。気にすんなや。イスタバイオン」

 

「緋色、お前には聞いていない」

 

「なら察するんだな。本人に聞かなきゃ分からんか?」

 

「野獣の唸りを会話と同一視する人間などいないからな」

 

「今度暇だったらこいつの仲間に頭錬金してもらえや。その腐った黄金も綺麗になるだろうからよ」

 

「等価交換の法則は残酷だな。お前の脳味噌が大きくなる事は無いのだから」

 

 

 仲が悪い。七曜というのはギスギス集団なのだろうか。今の所タルヴァザに落ち度は無い。

 リノアの手厳しさは相当なものなのだろうと、コーリスは冷や汗をかいた。

 

 

「貴女は仲間に厳しいな」

 

「な。俺こんなに頑張ってるのに…」

 

「口を閉じろ。いいかコーリス、緑と碧を除いてこいつ等は人としての協調性に欠ける。中でも緋色は単純で幼稚な身勝手」

 

「まともに会話できるだけ白野郎よりマシだと思うがね」

 

「……それには同意するがな」

 

 

 そしてチラホラ名前が出てきては愚弄される白騎士。

 ここは小学校なのか。真王先生に優等生のリノア。元気いっぱいのエヘカトルにガキ大将のクラーレ。嫌われ者の白騎士。そしてその他。

 想定していたより遥かに俗っぽい集団である事に、コーリスはようやく気が付いた。

 

 

「それで、任務の内容は」

 

「空域の外縁部にある小島で、規模がデカい火事が発生した。偵察隊によれば、うねる様に巻き起こる炎が一瞬にして島を覆い…瞬きする間に鎮火した」

 

「鎮火……魔法だからか?」

 

「そうだな。そして、独特な術式の炎。それはヘカテーの技と一致する」

 

「なる程。睡眠の実害は出てないという事だな」

 

 

 憶測、経験則としてヘカテーと断定したのだ。そして、接触した事があるタルヴァザが任務に赴くのも理には叶っている。籠絡される懸念を考えなければの話だが。

 

 

「イスタバイオンの直接統治からは離れているが、害意を持て領空を侵害したのだ。私が出向いても良かったのだが」

 

「眠らされる前に消し飛ばす俺が最善ってことよ。カヌンでも良かったが忙しくてな」

 

「カヌン?」

 

「あー、緑の事だ。エヘカトル・カヌン。ちなみに碧がベルリック、白がクレイグ、紫がピソラだ」

 

「貴方達は皆、裕福で大きな家柄の生まれなんだな」

 

「そうかね?大きな島にさえ住んでいれば誰でも持ってるもんだがな」

 

「田舎出身なもので」

 

 

 そうして二人は名も無き小島に向かった。

 リノアからタルヴァザに関する注意事項を聞かされながら、コーリスは自身の力を試す機会を伺っていた。

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

「何も無い」

 

「田舎とかそういうレベルじゃないぜ?アウライ・グランデにとっての小島は、人が住んでいない場所の事を指すからな」

 

「島というより岩石の集合体」

 

「そうとも言える」

 

 

 ファータ・グランデにおいて、小島とは文字通り国家や都市の規模が小さい、または存在しない場所の事を指すが、アウライ・グランデでは人の居住地が管理されており、主要の7島以外にも多くの島が統治されている。故に、彼らにとって小島とは人の住む余地がない場所という事になる。

 

 辿り着いた先はある程度の森が見えるだけの孤島。

 生物の気配も薄く、奥まで進めば魔物か虫くらいには遭遇できるだろうか。しかし、この様な何の変哲も無い場所にこそ、異変が起こるに相応しい。

 

 

「静かで誰もいない場所ってのは大体強敵が現れるもんだ」

 

「激しく同意。ショゴスがそうだった」

 

 

 遠い目をした二人の前に、突如として光り輝く炎が現れた。そして渦巻く光炎の中心に一つの気配が生み出される。

 まず確認できたのは、それが人型であったこと。

 

 

(…熱いというより、勢いが激しいな)

 

 

 コーリスが感じた熱は、スルトの様に万物を融解させる訳ではなく、ナタクの様に一瞬にして対象を吹き飛ばす爆炎に近いものだった。

 確かに見た目はヘカテーの様に独特なうねりがあるが、これは炎そのもの性質では無いと理解した。

 

 そう、これは──炎の乱舞。

 

 

「──ああ、わざわざ来たって事は…期待していいのかな?」

 

 

 その声は揚々としており、炎の勢いはその喜悦に比例するかの様だった。

 

 そして、ようやく姿が見えた。

 身軽ながらも手足に装着された鎧に、頭には竜の頭骨を模したと錯覚させる程に刺々しい兜。その手には一撃で相手の身体を抉るであろう猛々しい槍が握られている。

 身長は人並み。髪色は薄めの青。目立つ点も槍と兜。しかし何処か人外めいた台詞と、現代の戦士には似合わない様相。

 星晶獣と断定するのが自然だろう。

 

 

「ヘカテーじゃないな…」

 

「…何でちょっと残念そうなんだ」

 

「だってこんなの戦う以外興味なさそうだし」

 

 

 何処かげんなりとした雰囲気のタルヴァザ。

 話して分かるタイプには見えないので、戦闘が面倒なのだ。そんな面倒者扱いを聞いて、炎の主は……笑った。

 

 

「ははっ!良く分かってるねぇ!アタシはマーズ。炎将マーズだ。アンタ達は?」

 

「緋色の騎士のタルヴァザだ」

 

「コーリス」

 

「タルヴァザにコーリス…ま、覚える様にはするよ。片方は七曜だしね。それで、何の用?」

 

 

 あくまで自然に言葉を投げてくるマーズに対して、タルヴァザも自然に返答した。

 

 

「あー…ここって一応アウライ・グランデの領空なの。空の中でもこの空域は平和思考で、一瞬でも波風立てたくないんだよ。分かる?」

 

「そうだね。意味は分かるよ」

 

「偏見だけど暴れたい様にしか見えないから言うが…少しでも国民の皆様が不安に思ったら困るわけで、一人で何かされるのも嫌な訳。だからさ──大人しくするか出てってくれる?」

 

「ふぅん………断るよ」

 

「あっそう」

 

 

 タルヴァザの剣が抜かれた。

 

 

「ッ!!」

 

 

 マーズが槍を構えるが遅い。

 唐突に振るわれた剣は、大地を深く割り、森を震撼させた。紛れもなく一撃必殺の剛剣であった。

 

 

「行けるかオーロリア」

 

「問題ない。そこまで熱くないから」

 

「良し。じゃあ俺が攻撃した瞬間にチクチク頼むわ」

 

「了解」

 

 

 タルヴァザが鬼を模したような鎧を着込むのに対し、コーリスは旅装束。しかし、その手に握られているのは黒騎士の剣。例え相手が星晶獣で無かろうと、その武器は魔力攻撃で最効力を発揮するだろう。

 名乗りで黒騎士候補と述べなかった、一種の臆病さが功を奏するのだ。

 

 

「やってくれるね…!」

 

 

 割れた地面からマーズが立ち上がる。

 肩から胴にかけて切り傷が見えた。先程の攻撃は頭を縦に割るものだったので、反らした結果と見ていいだろう。

 しかし、口調に反して獰猛な笑みを浮かべている。ますます上がる炎の勢いに、二人は無意識に手で熱風を遮った。

 

 

「早く沈めよ」

 

「おっと!」

 

 

 マーズはタルヴァザの剣を槍で受け止め、しかし勢いを逃しきれないのか競り合う形で硬直する。 

 

 

「で、結局何がしたいんだ」

 

「別に暇つぶしだよ。ここは強い奴が沢山いるんだろう?少しくらい手合わしたいというのが戦士としての熱情だ」

 

「一人で何やってた?」

 

「嫌な言い方をするなら挑発。アンタ達が来たから効果はあったね」

 

「喧嘩売るにしても此処なら死ぬぞ?」

 

「戦って、貪り合って、燃え尽きる……そう死ぬならそれも楽しいだろう。そう思わないか?」

 

「駄目だこりゃ」

 

 

 タルヴァザは左手から生み出した炎を手に纏わせ、敵の鳩尾へ手刀を繰り出した。だが、マーズもまた優れた戦士の様だ。同じく炎を纏った足で蹴り上げ、重心が緩んだ隙に槍を振るう。

 その乱舞と共に炎熱が周囲を焼き尽くし、無差別な範囲攻撃と化した。

 

 

「あ、面倒い」

 

「そっちも炎──熱い戦いを楽しもう…!」

 

「戦いは好きだが話聞かないやつ嫌なんだわ。お前もそうだろ?」

 

「俺は戦いも別に」

 

 

 言葉に答えたのはコーリスだった。

 盾を用いて炎を潜りつつ、マーズのうなじを狙って剣を振るう。しかしその剣は柄側に付いている細槍で受け止められた。

 

 

「驚いたよ。突っ込んでくるとはね…熱くないかい?」

 

「ありふれてるな」

 

「ならもっと熱くしようかッ!」

 

 

 彼の挑発に乗るように、マーズは炎をより高熱に、より広範囲に、そして精密に変化させた。

 それは炎の槍。周囲の炎が槍の様に尖り、一歩引いた両者に襲いかかる。

 

──炎将、マーズ。

 種族不明。少なくとも人間ではない。強者との熱き戦いを求め、様々な戦場を巡り歩く謎の戦士。その槍と炎は敵の遺骸すら残す事は無かった。

 ヘカテーが色の欲望を満たす為に人を眠りへと堕とすのならば、彼女は戦の欲望を満たす為にその地を戦場に変える。仮に、戦えない人間が意図せず彼女の前に現れたならば、即座に立ち去る事を許されるだろう。しかし、強者が現れてしまえば……文字通り、熱い戦いが待っている。

 

 

「どこまで耐えられるか見せてくれよ!」

 

(盾で防ぎ切っても封じ込めない限り、熱気は遮断出来ない。これだから火は嫌いなんだ。理不尽だ)

 

 

 コーリスはその炎が自身に届く前に、マーズの横腹へ防壁のハンマーを作り出し、彼女が知覚する前に殴り付けた。エヘカトルとの対話で獲得した、目線だけで防御魔法を発動する技術である。

 自身の攻めと相手の守りを意識していた彼女は、当然横から突然現れた不可視の打撃を受ける。その衝撃によって体制は崩れ、コーリスの元へ傾く。

 

 

「…っく」

 

「吹き飛べ!」

 

「やる、ねッ!」

 

 

 そしてコーリスは逆手に剣を持ち、全力でマーズの胴体へ斬りかかった。無論槍による鍔迫り合いが発生したが、崩した体制が彼女の力みを阻害し、槍ごと後方の森へ吹き飛ばされた。

 

 

「ナイスパス!」

 

「任せた!」

 

「はいよ!」

 

 

 そしてタルヴァザが割り込み、その剣をマーズに向かって叩き付けた。

 

 

「が、はぁ!?」

 

 

 吹き飛んだ身体を更に地面に向かって叩きつけられた事で、背中がひしゃげたと錯覚する痛みを味わった彼女は、目を大きく見開きながら血の(あぶく)を吐いた。

 数秒間の沈黙の後、タルヴァザがコーリスの横に立って小さく口を開く。

 

 

「オイ…気づいたか?」

 

「堅い。痛がってはいるが立ち上がるのも時間の問題だ」

 

「そうじゃねぇ」

 

「…?」

 

 

 タルヴァザは倒れ付す敵を指差した。

 

 

「さっきは向かい合ってたから分からなかったが…あの(ケツ)、相当でけぇぞ」

 

真面目に頼む(ブチ殺すぞ)

 

「心の声口に出てんぞ」

 

「取り敢えずTPO、復唱」

 

「たいむぷれいすおけーじょん」

 

「アタシの前で何やってんだァァ!!!!」

 

 

 漫才を繰り広げる二人に対し、復帰したマーズが全身に夥しい業火を纏わせながら突撃する。

 これがコーリスの平常運転とは言い難いが、感情を解放させる必要ない──分かりやすく言うと、何の因縁もない敵に対しては、自然体で戦う事が出来る。

 

 

「怒んなよデカケツ女。俺達にとってはお前なんて猥談しながら倒せるくらいなんだぜ?な、オーロリア」

 

「煩悩散らしたのお前だけだろ」

 

「流石に敬称剥がれるの早くない?」

 

「いい加減に……!!」

 

 

 業火の槍がタルヴァザの全身を焼き貫かんと襲い来る。 並の人間ならば槍を躱した所で炎によって全身を焼かれ、灰になるだろう。なまじ半端な防御をしてしまえば、苦しむ時間が増えるだけだ。

 だが、彼は魔法に秀でた七曜。同じく全身に纏った炎の出力を調整し、ピンポイントで相殺している。マーズの炎が消える事は無いが、彼に害を与える事も無いのだ。

 

 

「随分と熱の上がりが速えな痴女のねぇちゃん」

 

「アタシは痴女じゃない!」

 

「結構な無茶だぜそれ」

 

「何が尻だ…何がTPOだ……そんなもので私の熱い戦いを馬鹿にするなぁ!!」

 

 

 炎の温度が更に上昇する。

 既に生半可な盾で捌き切れる熱では無いと判断し、コーリスは距離を大きく取る。

 

 

「フゥ──フゥ──!!」

 

 

 荒立たしく息を吐くマーズ。乱れた呼吸を整える為か、それとも単純に怒りが表出したのか。

 少なくとも、このままでは島そのものが灰になるだろう。

 

 

「さてオーロリア。単細胞っぽいが結構ヤバい相手だ。まともに焼かれれば死ねるが、どうする?」

 

「熱の対処には自信があるが…範囲が広すぎて島が先に焼け落ちる。手数多めの遠距離攻撃が有効だと思う」

 

「よし。死ぬなよ」

 

 

 タルヴァザは左手から僅かに視認できる程度の火の粉を生み出した。風が吹けば消えてしまう筈のそれ等は、何故か決して消えずにマーズの懐へ潜り込んだ。

 彼女はそれに気づいていない。怒りを度外視しても、自身の炎で見えなくなっているのだろう。

 

 彼は指を鳴らす。

 

 

「フレア」

 

 

 同時に火の粉が一瞬にして膨張し、爆薬の如き衝撃を生み出して散っていった。

 

 

「…ッ!」

 

 

 炎を纏っているマーズに熱の攻撃は通用しないが、爆発ならば多少の衝撃を与えられる。

 その隙をコーリスは見逃さず、溜めていた極大の光線が彼女に向かって放たれた。

 

 

「ラビッドストリーム──消し飛べ!」

 

「効くと思うか!?」

 

 

 マーズはその光線を受けながらも突撃し、コーリスの懐へ一瞬にして接近する。彼は魔力を纏って防御するも、熱が薄っすらと身体を焦がし、身をよじりたい衝動に駆られながら相対した。

 そしてタルヴァザは彼を助ける訳でもなく、ただ問い掛けた。

 

 

「さて分け目だオーロリア!ここでお前はどうする!?」

 

 

 コーリスはスローモーションに浸る思考の中、自分が試されている事を理解した。

 周囲はいずれ自身を焼くであろう炎熱地獄。目の前には槍を振りかぶったマーズ。その槍の一撃は防壁を刳り溶かす。

 同時に、自分は未だ光線を出しており、当て続ければ倒す事も不可能では無い。この場で重要なのは、敵を削り切るまでに自身が朽ちない事だ。

 

 そこで、彼は逆に考えた。

 死ぬ前に削り切るしかないのではないか、と。

 

 

「分け目も何も──全て灰になるだけだよ!!」

 

 

 遅滞していた世界が戻る。

 一撃目が来た。

 

 

(熱を抑え続け…光線も維持する。今必要なのは追加火力。俺の身体から放出出来る光線の威力はこれが限界。敵の硬さからして、削り切るには数十秒かかる…!)

 

 

 ならばどうするか。

 コーリスは槍の攻撃だけを避け、自身を焼く熱に耐えながら光線を当て続けた。

 

 

「よく耐える…!しかしこれで終わりだ!燃えろ!!」

 

 

 マーズは地面から火柱を生み出そうと槍を突き刺した。異なる技のアプローチを仕掛けたのだ。

 

 そしてそれはコーリスも同じ事。 

 

 

(俺の攻撃は俺の身体からしか出ないことが弱点………じゃあ、これなら行けるか?)

 

 

 コーリスはマーズの背後に多数の防壁を作り出した。

 ただ一つ異なるのは、その防壁の中心に穴が空いている事だ。

 

 

(過剰な魔力を込めて、かつ薄い防壁を作り出し)

 

 

 それは砲塔だった。

 

 

(余剰分の魔力で光線を──放つ!!)

 

 

「なにっ!?が──ぁっ!!?」

 

 

 マーズの背後に作り出した防壁が光線を放ち、無防備な彼女の全身を貫く。コーリスの魔力量を活かした新たな技。それは付け焼き刃で発展途上だが、弱点克服の糸口を見つける一手となった。

 

 

「いいじゃないか!!コーリス、だったかな!?」

 

「まだ動くか!」

 

「これこそが!熱い戦いだ!!」

 

 

 しかしマーズは倒れない。

 炎の鎧に本体の硬度が重なり、不死性を錯覚させる程の継戦能力を得ているのだ。このままではコーリスと相打ち。

 

 

「悪かねぇオーロリア!及第点だ!」

 

 

 それは困ると、タルヴァザがここで手を出した。

 

 

「これは俺なりのご褒美だ」

 

 

 彼は光線を出す盾に触れた。

 

 

「熱い熱い言うけど、俺は別に火に拘ってねぇし」

 

 

 その瞬間──全ての光線が倍以上に膨れ上がった。

 

 

「ていうか、サポートタイプだし」

 

「──は?」

 

 

 絶望的な表情と共に、マーズは光に飲まれていった。

 

 

 

 

─────────────

 

 

 

 

 主が倒れた事で炎が収まり、コーリスは身体から蒸気を出しながら膝をつく。恐らくタルヴァザが助太刀しなければ、全身に大火傷を負ってイスタバイオンに運ばれていただろう。

 突然湧いた敵であったが、エニュオやアテナと比べても遜色ない強さだったのかもしれない。彼は熱を多少は防げるので、その相性は良かったと言える。

 

 

「はぁ……はぁ………」

 

「アドリブさせて悪かったな。だがよくやった。傷を見せろ」

 

「槍は当たってないが……ヒリヒリする」

 

「…まぁまぁな火傷だな。慣れてるのか?」

 

「直接食らった事はないが、熱波には慣れてる」

 

 

 タルヴァザがコーリスの身体に触れる。

 熱波によって全身に薄っすらと火傷を負った彼は、ジワジワと迫る苦痛に表情を歪めるが、傷が突如として治り始めた。

 

 

「回復魔法を使えるのか…?しかし火傷は治療に時間が」

 

「そういや俺の能力を教えてなかったな。属性自体は火。魔法学校にも行ってたから色んなのが使えるぜ」

 

「これは貴方の才能故という事か?」

 

「違う。魔力解放の影響だな。俺のソレは魔法に補助魔法をかけられるって奴だ」

 

「…?」

 

「強化魔法ってのは身体にかける物だろ?力や速度が増す奴だ。俺はそういう、効果を伸ばす奴を魔法自体にかけられるんだよ。今のは回復魔法に強化魔法をかけて効果を底上げした」

 

「つまり、火には関係ないのか」

 

「ああ、地味だろ?これでも結構編み出すのに苦労したんだぜ」

 

 

 マーズに使用した火の粉も、微小な火を強化魔法によって大幅に増強し、急激に爆発させたのだ。

 身体強化や速度強化、その対象を魔法にまで拡大したのがタルヴァザの魔力解放の真髄。火の粉は爆撃となり、水しぶきは激流となる。一度に放てる最大火力の魔法を強化すれば、上限を超えた威力を発揮し、即座に厄災を生み出すであろう万能な能力だ。

 加えて、その強化幅は身体の比ではなく、その魔法の特色を全て伸ばす事が出来るのだ。火ならば温度を強化するか範囲を広げ、魔力に作用すると言っても過言ではないので、ただ魔力の斬撃を飛ばす場合でも、切れ味と範囲を向上させる事が出来る。

 彼は敢えて魔法を放った後に時間差で強化する事で、不意打ちの形として利用する事を好んでいた。

 

 目の前で痙攣する女を見下ろし、彼は目をしばたたく。

 

 

「正直言うと阿呆なねぇちゃんに見えたが、この強さは星晶獣と比べても上位だな。よく逃げずに勝ちを選べた」

 

「貴方が来なければ死んでいた」

 

「こいつは俺を忘れてお前との戦いを楽しんだ。その時点で一方的に俺が殺せる状況が作り出されたんだ。俺が血迷って見捨てない限り勝ってたぜ。お前の粘りのおかげでな」

 

「…それで、ここまでやって死なないこの女は何なんだ」

 

「さぁ?殺しとくか」

 

 

 タルヴァザは剣を振り降ろした。

 

 

「お?」

 

 

 しかし剣筋が実直すぎたか、最後の余力がそうさせたのか、マーズは間一髪横に転がる事で避けた。

 

 

「なんだ生きたいのか。さっき燃え尽きたいだかなんだか言ってたじゃねぇか」

 

「ッ…!!」

 

「そう睨むな。誰が先に手ェ出したのか考えてみろよ」

 

「いや、貴方だった気が」

 

「そうだったわ」

 

「…まぁ、どの道この女は俺達をおびき寄せていた事実がある。その点で言えば危険なのは変わりない」

 

 

 マーズの瞳は極限まで開かれていた。力みによって眼球が破裂するのでは無いかと疑う程に、その目は感情を浮き彫りにしていた。

 憤怒、憎悪、侮蔑。総括するなら『殺意』だろうか。

 対象はコーリスでは無く、タルヴァザだが。

 

 

「戦いを踏みにじったお前は………許さない!!」

 

「知らんし、残念ながらお前は死ぬ」

 

「黙りなッ!!!」

 

 

 彼女は足から高密度の炎を噴出し、島を一息で飛び去る。タルヴァザとコーリスが剣を振るも間に合わず、此方を睨み付けながら何処かへ向かっていった。

 

 

「…見誤った。逃げるタイプには見えなかったんだが」

 

「復讐しに来るだろうな」

 

「その時は灰にするだけだ。それよりもオーロリア。何で俺がお前を孤立させたと思う」

 

「能力の拡張を促したかったから?」

 

「どうしようもない状況を作りたかったからだ」

 

 

 コーリスの顔が青ざめた。それで死んでいたら…というより、死ぬ事を前提とした状況なのだ。

 

 

「魔力解放ってのは思い込みの力が大きい。だが常人が力に目覚める為にはそれなりの心境の変化と時間が必要だ。長く険しい鍛錬が実る事で、ようやく可能性を広げられる」

 

「時間がかかり過ぎるのが駄目なのか?」

 

「自分が成長しなければ意味が無いからな。鍛え続けて何の成果も無かったら無成長と変わらず、自分を信じられない。だから、時間短縮にこういう状況を作るんだ」

 

「覚醒しなきゃ死ぬ、という事か」

 

「この状況でこうしなければ死ぬ。その思考と…後は、自分の能力の再確認だ」

 

「………そういえば、あの時思考がゆっくりになった気が」

 

「あ、それ集中とかじゃねぇから。走馬灯だから」

 

「!?」

 

「馬鹿みたいな流れだったが生死の分け目だったぞ」

 

「そ、そんな馬鹿な…あの女がショゴスやエニュオに匹敵する訳が」

 

「いるんだよ。力だけでかい奴も」

 

 

 ショゴスでの飛竜、エニュオの奥義。どれもコーリスを一撃で殺害するであろう窮地だったが、今回の戦闘はそれに類するものだったのか。じわじわと嬲り殺しにされるというより、槍が致命賞の可能性があったのか。少なくとも、あのままでは普通に死んでいた戦闘の様だった。

 否、死ぬのは分かっていたが緊迫感が無かったので恐ろしく感じたのだ。

 

 

「…ちなみに貴方はどの様にして?」

 

「まぁ、世の中には剣で何でもぶった切れる奴がいるから、俺は魔法で何でも消し飛ばせる奴になりたかったんだ。いや、そんくらい魔法を極めたかったって話な?」

 

「…」

 

「で、実際にそれをやるイメージも湧かず、魔法の出力にも限界がある。そこで一応、魔法を魔法で強化する考えが浮かんだ。日常的に使いたかったから…そういう能力に目覚めなきゃならなかったんだ」

 

「だから窮地に追い込むのか?」

 

「氷の島に行ったんだ」

 

「ん?」

 

「冬の島じゃねぇぞ。氷の島な。そこで凍死寸前まで追い込んでから更にクソでかい魔物の根城に突撃した」

 

「死ぬぞ」

 

「死にに行ったからな。で、人間どうせ死ぬなら何かしらやってやろうって気になるだろ?バカになった頭で『やんなきゃ死ぬんだから取り敢えず一瞬だけ燃え上がれ!!ついでに凍傷も治れ!』っ叫びまくってよ。緋色の騎士タルヴァザ最終形態の完成です」

 

「……頭が壊れるくらいまで死にかけて、無理矢理自身の思考を捻じ曲げて覚醒させたって事……か?」

 

「そうそう。俺結構凄いだろ?」

 

 

 それがその場所での最後の言葉となった。

 返答は勿論無い。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

──イスタバイオン王国にて。

 帰還したコーリスとタルヴァザによる報告をエヘカトル、バミューダ、リノアの3名が受けていた。

 

 

 

「──で、俺達が追っ払ったって訳」

 

「逃したの間違いだろう。お前の言うその…デカケツ女を」

 

「リノアが言うと破壊力が高まりますね」

 

「名前は何だったのですか…?」

 

「んーと…」

 

 

 下手人の名前を聞かれても思い出せないタルヴァザ。彼にとってその程度の相手だったのか──否、名乗りを覚えていないだけで他の印象は細かく残っている。正確に言えば、名乗りの間に殺すか警告かの決断をしていたのだ。

 答えは代わりにコーリスが行った。

 

 

「マーズ。炎将のマーズと名乗っていた」

 

「そう!()()()だ。()()()まずの相手だったぜ?」

 

「…」

 

「え…と」

 

「苦しい空気ですね」

 

 

 ちなみにタルヴァザ渾身のギャグが受けた事一つもない。彼はこの冷徹な静寂を楽しんでいる節があるのでは無いかと疑われるほどに、笑いのセンスが無かった。

 

 

「感想はどうだ4人共。まずオーロリアから!」

 

「反応に困る」

 

「次イスタバイオン!」

 

「同じく反応に困る。強いて言えば突き殺してやりたい」

 

「次カヌン!」

 

「何分僕の故郷は『恥』に厳しいもので…」

 

「ベルリック!」

 

「嫌いではありませんよ?もし私が娘に言おうものなら殺されていると思いますが」

 

「お前等ってそういう奴なんだな」

 

「そういう奴なのか」

 

「そういう奴らしいな」

 

「どういう奴なのでしょうか?」

 

「そういう奴なんですよ、おそらく」

 

 

 ギャグ滑りのキラーパスが終わった所で、タルヴァザが額を痙攣させながら話題を戻した。

 

 

「特別変な事をした気は無いが、俺を恨んでる。復讐しにこの国を襲いに来るかも知れん。だから当分はあの島に滞在して誘ってみるが…どうだ?」

 

「傷の修復機能は見られたか?」

 

「いや、火力だけだ。だがベルリックとイスタバイオンには相性が悪いかもしれん。逆に言えばそれ以外ならタイマンでも勝てる。一番の懸念点は被害だな」

 

「国の守りは白殿に任せては如何でしょうか」

 

「同感ですね。ブロンシュなら手早く終わります」

 

「…そうだな。何処に潜伏しているか分からない以上、そや島とイスタバイオンで状況を確認するしかない」

 

「案外アウギュステで傷を癒やしてたりしてな?」

 

 

 リノアの失笑の後、コーリスはおずおずと手を挙げた。

 

 

「どした」

 

「白騎士殿についてなんだが…どんな人なんだ」

 

「そうだな…面倒くさい奴だし、気難しい奴だな。悪い奴では無いというか、かなり良い奴ではあるのか?」

 

「会話に難がある。私は好かん」

 

「新参者の僕にとっては恐ろしい人です……コーリス殿もどうか気遅れなさらぬよう」

 

「一つだけ言えることがあります。コーリス、君とは相性が悪いでしょう。私はそこだけが心配ですよ」

 

「…そうなのか」

 

 

 

 タルヴァザとの交流は恐ろしい程スムーズに進んだが、恐らく次に会うであろう白騎士のブロンシュは相当に気難しい性格の様だ。

 コーリスはマーズの事といい、微小な胃の痛みを抱えてその場を後にしたのだった。

 

 4人になっても会話は続く。

 

 

 

「しかし相当に強かったのだろう?よく無傷で帰ったな」

 

「あ、ウン。オーロリアが優秀だったからナ」

 

「気の抜けた返事だな」

 

「タルヴァザ。私には君が何か誤魔化した様に見えますよ。派手に暴れたのですか?」

 

「それともコーリス殿に何か?」

 

「緋色。答えろ」

 

「……ちょっとピンチに追い込んで覚醒させようとした」

 

「ピンチ、とは。どのくらいだ」

 

「走馬灯が見えるくらい…」

 

「緋色の座を返し、今すぐナル・グランデに帰るがいい」

 

「そんなご無体な」

 

「コーリスが死んでいたらどうしていたのですか?」

 

「いや、そこは真王が予知して」

 

「予知は完璧では無いと聞きます。僕の故郷では切腹ものですよ!」

 

「お前の故郷ヤバすぎだろ。あと何でちょっと嬉しそうなの?」

 

 

 タルヴァザは、そういう奴らしい。

 

 

 

 

─────────────────

 

 

 

 

 

──小話:冷めない熱

 

 

 

 アタシとあの戦士との関係は百年くらいかな。

 

 当時の七曜の騎士……ああ、流石に分かるだろ?全空で最強とされる騎士。偶々あの大きな空域を通ったものだからさ、一度は戦ってみたいと思ってね。小さな島を火で光らせたんだ。効果は覿面だったよ。

 

 来たのは緋色の騎士とエルーンの戦士だった。そうさ、あのクソゴリラの横にいた戦士がソレさ。

 分かるだろう。出し切って出し切って…死力を賭して燃え尽きたい気持ちが……いや、分からないならいいよ。アンタは戦いよりも腰を振る方が好きなんだからね。でも軽蔑はするよ。勿論するよ。アタシは理解されないだけだけど、アンタは只管悍しく、疎ましい存在なんだ。もし、アンタの眠りが効かず、一方的に倒され、その時に侮蔑の表情を向けられたら……どうなるんだろうね?

 

 …え?もう経験してるって?その戦士から逃げる為にアタシに態々話を聞きに来たのか?

 

 ハハハッ!思ったより普通なんだね、アンタ。

 まぁ、結論すらも言いたくないんだけど、アタシはこっぴどくやられたよ。あの戦士との戦いは矛と盾のぶつかり合いさ。楽しい反面、軽薄で冷静な緋色が邪魔でね。最終的にはソイツの事も忘れて横槍を入れられちゃったんだ。

 今でも殺してやりたいよ。アタシの性格を理解しつつもコケにして、ゴミの様に排除するんだからね。なら最初から無言で処理しろって話だよ。

 

 で、無様に逃げたアタシは復讐を誓ったよ。傷とストレスを海で癒やしながらね。水着を買ったのなんて初めてさ。あのゴリラを殺す想像をしながら涼しい海風を浴びるんだ。なんと充実したバカンスだったことか。

 

 結局のところ、復讐も出来なかったし。そもそもしなかったよ。戦いの結果死んでも良いだけで、死にたい訳では無かったからね。あの国に突っ込んでしまえば他の七曜に袋叩きさ。自分の都合の良さに嫌気がさしたのもこの頃だ。

 でも、本当に負けると思わなかったんだ。昔だけど、七曜に勝った事はある。ゴリラの世代は七曜の中でも最強だった様だしね。

 

 それで強くなってから焼き尽くしてやろうと時間を使い始めて数十年……あの戦士があの姿のままいたんだよ。何でか分からない。見間違えかと思ったけど、戦ってみて分かった。あの戦士はずっとあのままで存在し続けるんだってね。

 でも強さは異次元だった。それでも楽しいもんだから、アタシはずっと喧嘩を売り続けたんだ。この戦士になら燃やされてもいい。この戦士はアタシと一緒にずっと燃えてくれるってね。

 

 今思えば迷惑がられてたし、銀髪の少女には殺されかけたさ。その度に空に身を落として敗走して、また挑む。

 その繰り返しが百年、だね。

 

 さて、聞いて満足かい? 

 何でそんな異常者を見る顔をするのか分からないけど、しょうがないじゃないか。楽しいんだから。

 

 …高まってきた。

 今から行くけど、来るかい?いや冗談だよ。アタシも邪魔はされたくない。

 

 じゃあね、ヘカテーとやら。

 

 

 

 

 

 

 






緋色の騎士
・名前はタルヴァザ。
・ドラフ族のインテリ。
・発動後の魔法にバフをかけるという能力を得る為、死にに行ったキチガイ。
・判断力に優れる為、直ぐに敵を殺そうとする様に見えてしまう。滅茶苦茶怖い。
・魔法へのバフは、魔法の最大出力に更なる効力を足せるので、技の規模なら七曜トップクラス。

フレア
・タルヴァザが使用した、小さな火の粉にバフをかけて大規模な爆発を引き起こす技。威力も高いし敵に気づかれない利点がある。


マーズ
・空域を跨いだら七曜の本拠地が見えたので、折角だから戦おうとした当たり屋。
・古戦場とか神バハのテキスト見る限り、結構俗っぽい戦闘狂って感じ?
・マジでこいつのケツはやばい。


リノア、バミューダ、エヘカトル
・コーリスは後にタルヴァザを含めた4人との会話が幸せな時間だったと気づく。そのくらいには白と紫がヤバい人。


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