幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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78.七曜攻略戦「聖依」

 

 

 ブロンシュは光を見た。

 世界の守護者に足り得る力と信念を持った七人の騎士。それは自身に使命感を持たせるに十分すぎる程眩しく、目を焼く様な光だった。

 

 エクセ・グランデ──代々七曜の『白』を継いできた王家の元に生まれたブロンシュ・クレイグは、自らに正義の烙印を押し、血が滲むどころか溢れる程の苛烈な日々を送り、祝福された才覚を伴って白騎士になった。

 彼が七曜を目指した理由は単純な憧れであった。家柄の関係上、七曜の騎士に関わる機会が多いとはいえ、実際に白騎士を継承するとなると、絶大なモチベーションが必要になる。

 

 彼は原点こそ憧憬によるものだったが、志した正義は誰にも譲る事は無かった。真王の目指す世界が"平和"を象徴するのならば、その世界を作る過程は"正義"によって象られなければならない。

──正しさと救いを以て、この世界を照らしてやろうではないか。

 若き日のブロンシュの志である。

 

 滅私奉公、不言実行、大義滅親。

 彼は光を見せたかったのだ。ただ存在するだけで全てに希望を与える光明に。その為には影になろうとも構わなかった。闇でなければ、光の為に苦行に身を落とす事も厭わない。喜んで自我を消そう。

 ブロンシュは正義の為、闇を誅し続けた。

 犠牲を生み出し、自身の魂を穢れさせながらも、世の中は確実に光っていったのだから。

 

──見よ、飢餓に苦しむ幼子が朝日を見ただけで足に力を入れた瞬間を。

──見よ、崖から飛び降りようとしている男が、蛍の光を一瞥してその目を生き返らせた瞬間を。

──見よ、血に濡れた獣に街を滅ぼされようとも、数少ない生存者と共に夜明けを勝ち取った戦士を。

 

 白騎士となったブロンシュは傍観者だった。

 真王の命令通りに悪を切り捨て、混乱の芽を摘み…或いは観測し、危険であれば力を不能にする程の暴力を以て正義を執行した。

 そう、見ていた。すべて見た。見ただけだ。

 数多くの脅威を観測している内に彼は気付いた。そういえば、自分が人の命を直接救った事があっただろうか、と。

 だが、彼は正義を保ち続けた。この穢れた行いはいつしか、より強大な光を生む為の一助になるのだと。

 

 そんな中、真王は七曜を集めて語った。

 『新たな黒騎士に世界を…未来を賭ける』と。

 

 ブロンシュの光は幻想に過ぎなかった。彼は絶望のあまり、大剣を取りこぼした。

 自らが世界を背負えない事が残念だったのではない。新たな黒騎士に嫉妬したわけでもない。元より自身が礎になる事は承知している。

 

 ただ、その黒騎士は余りにも受動的で、何も知らなかった。人を迷いから救いたいと願いつつも、世界の広さを未だ知らず、多くの因果で生かされているような人間だった。

 ブロンシュは思った。彼に世界を背負わせるのは狂っている。止めるべきと進言しよう。

 それは彼を見下しているからではなく、純粋に憐れみを抱いたからだ。

 その男はコーリスという名を持っていた。

 

 彼は少しずつ人を助けている。少しずつ人生を進んでいる。少しずつ希望と絶望を体験している。そのままでいいではないか。

 何も知らない人間が何故、世界を背負う苦しみを味わなければならないのだ。絶え間ない犠牲を容認するこの道は、苦痛の覚悟を自分から決める者だけが背負えばいいのだ。

 お前が他者からの苦痛を覚悟する必要は断じてない。七曜を目指した我等が背負えばいい筈なのだ。

 

 ここで、逆の考えも浮かんだ。

 この男が唐突に未来を背負わなければならない程、我々6人には使用価値が無いのではないか。

 世界を歴史書として視認出来る真王が、6人の七曜に犠牲を強いないという事は──我々が生きた過程には、平和に繋がる要素が微塵も含まれていないのではないか。

 

 ブロンシュは遂に、光を失った。

 この時代に生まれた自分達は平和に繋がる道を直接拓く事は出来ない。

 

 唯一出来る事は──

 

 

『犠牲』

 

 

──コーリスに、自分達が見る事の出来ない未来を背負わせる事だけだった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

(……避けられたか。先程と違って音も光も感じなかった)

 

 

 攻撃を回避されたコーリスは振り返り、光を見た。

 大剣は光柱となり、銃口から溢れる十字が絶えず周囲を照らし続け、全身には鎧とも形容出来る薄光が渦巻いている。

 彼はその絶大な圧を前に後退していた。その怯えは間違いなく無意識だったが、その動作は今のブロンシュにとって格好の的となる。

 

 

「そこ」

 

(…後ろ!)

 

 

 反射的にコーリスは背後に剣を振りかぶった。刹那の瞬間でも、感じた気配に嘘偽りは無い。

 …それでも、遅すぎた。

 

 

「がっ!?」

 

 

 瞬間、コーリスは脇腹に悪寒と激痛を感じ、それ等を忘れさせる程の衝撃を伴って吹き飛んだ。

 更に背後に回られていた。瞬間移動どころか空間転移と錯覚させる速度、それに付随する打撃の重さ。もし今の一撃が剣によるものであったなら、凄惨な死体が生まれていた。

 

 

(なにが……いや、速すぎるんだ。単純に速すぎる。俺が気づかずに蹴られていただけだ。それに…速度を強化の溜めも無しに、間髪入れずに……)

 

 

 ブロンシュの魔力解放『聖依(クルセイド)』。それはリノアの『地信(ドグマ)』の様な複雑な能力では無い。寧ろ純粋な強化形態と言えよう。

 その真髄は、白光によって強化された速度が一挙手一投足に適用されている事だ。元の白光は脚に一定時間魔力を溜め、速度を強化していた。その溜めのデメリットは相手を後手に回らせていれば帳消しに出来たが、一応の弱点ではあった。

 しかし、聖依(クルセイド)を発動した状態では、全身に纏う膨大な光が尽きない限り、全ての動作を高速で行う事が可能となり、足だけでなく全身の動きに強化が入る。

 

 コーリスがエニュオ戦で用いた、魔力の鎧を全身に纏う『フォルウン・ホロス』とは類似した性質であると言える。攻撃力と速度を大幅に強化し、防御面もついでの様に堅固な物とする。

 ただ一つ違うのは、ブロンシュの場合は明確な属性の強化である為、技の規模も格段に上がる可能性が捨てきれない事だ。コーリスの場合は身体能力のみ。その差は大きい。

 

 その力を感じ取ったゾーイの拳に力が入り、ノアはその光量に心底驚愕し、口を震えさせた。

 

 

(耐えろ…これは()()()()()()……!!意識さえあれば何かが起こる事を(コスモス)は識っている……!)

 

(これが…こんなものが……空の、民…?コーリスはあんなのを相手に)

 

 

 そして、急激に加速したブロンシュが大剣を両手で担いで全力で振りかぶる。

 

 

極閃(きょくせん)──!!

 

「ッ!!!!!!」

 

 

 その規模、エニュオの奥義と同格。

 白閃を増大した技──極閃は、その速度を重さに変えて大剣を振りかぶり、その際に放出される光は大規模。斬撃は飛ばさず、必要な魔力は絶大。その為、鋭い一撃では無い。

 しかし、大剣は必殺。放たれる光塵は全てを消し飛ばす。最早光線では無く光爆。

 

 これが奥義ではなく技の一部である事は、絶望を覚えながらコーリスにも察せられた。

 

 

ケーニヒシルトォォッ!!!!

 

 

 コーリスは備えていた防壁に加えて魔力を注ぎ込み、普段のおよそ15倍もの硬度を持つ盾を5枚作り出してみせた。

 用意さえ出来ればエニュオとも耐久戦が可能な彼の防御術は、熱は防げなくとも直接の被弾を抑えたのだ。

 

 

(3枚割られた…!?馬鹿な!大国の魔力兵器にもこんなのは無いぞ…!!)

 

 

 空で最も大きな国の、最も強い7人の騎士の2番手だ。寧ろ、彼等が兵器以上の火力を出せるのは当然の事かもしれない。

 この場合、防ぎきったコーリスへの驚きの方が強い。

 

 余波で吹き飛びながら彼は背後と側面を確認し、眩い閃光の軌跡を一瞬感じてから上空に先程と同じ硬度の盾を生成しようと魔力を滾らせた。

 

 

(0.5)秒遅い!」

 

「ぐ、がぁッ!!!」

 

 

 そして、普段ならば不要だと口すらも開かないリノアが、その景色を見て真王に問いかけた。

 

 

「…これで、良いのですね?」

 

「………」

 

 

 真王は答えず。

 いや、愚問だったとリノアは口を噤む。王に間違いは無い。虚ろな未来はとうに破棄している。だから、このままでいい。

 

 

(………良い筈だ)

 

 

 それでも、心中に懸念を抱かざるを得なかった。

 先程の一撃、コーリスが衝撃で吹き飛んだのは幸運だった。もし留まって防御していたら、光によって皮膚を焼かれ、視力にも一時的に影響が及んでいただろう。

 

 魔力を解放したブロンシュは『精密な暴走』と表現するに相応しい動きを成している。傍目から見れば光が暴れ回っているようにしか見えないからだ。しかしその実、全ての動きが敵の攻撃手段を封じている。

 七曜の殆どはこの速度に対抗する術は無い。リノアの再生する大地を用いたとしても、一瞬で全てを破壊されれば修復する間に本体を叩かれる。

 対抗出来るのは範囲だけなら彼を上回るタルヴァザか、怪物のクラーレだけだ。

 

 そして今は、一連の攻撃を耐えたコーリスが全方位に防壁を貼り付けて防戦の兆しを見せている。間違いなく勝つことは不可能な戦いになった。

 重要なのは勝利ではない事は承知しているが、それでも彼女は穏やかでない感情を抱えていた。

 

 

(守り抜け…お前は、そうしてきたのだろう)

 

 

 この戦いに必要なのは守りでは無い事に、コーリスともう一人を除いて誰も気がついていなかった。

 

 

「岐路ね」

 

 

 クラーレは凛とその場に座して、瞬きも見せずに戦いを追っていた。

 

 

「今からよ、コーリス」

 

 

 抗戦が始まろうとしていた。

 

 

 

(…理不尽だ)

 

 

 理不尽はいつだって身近なものだ。特に、理不尽な存在を仲間にしているとそうなってしまうのだと、彼はふと思う。

 しかし何故だろう。隔絶した存在であるはずの星晶獣も、いつかは怖くなくなっていた。あの空戦を経て、何処か感覚が麻痺してしまったのだろうか。端から見れば驕りだが、いつしか星晶獣を小隊で、仲間と、そして一人で相手にする様になった。

 空の民はその覚悟と集団性で生き延びてきたと言われているが、最も恐ろしいのはそれ等に可能性が合わさった時だ。

 

 いつかゾーイが言っていた。ショゴスは能力の限界を超えられないが故に時間を稼がれ、援軍によって討伐された。エニュオは自身の力を押し付ける事しか知らなかったから、一度押されれば覆す物を持たなかった。

 

 そして、目の前の光芒は空の民だ。

 進化の限界を超えた存在。

 分かっている。自身も超えねばならない。

 

 正義の光を剥ぎ取るのだ。

 

 

(俺にとって光は希望じゃない)

 

 

 右が光る。右から攻撃が来るということだ。

 

 

「…っい」

 

 

 剣を振るいつつ、背面を盾で守る。回り込まれた時の対策だが、功を奏して打撲で済む。

 

 

(分かっている、分かっているんだ。この光は、俺を導くものである事は)

 

 

 既にブロンシュに敵意は無い。

 微小の敬意と、憐憫。それを押し付けようと躍起になっているからこそ、怒っている様に感じたのだ。

 

 

(だが、導かれた先は希望じゃない…)

 

 

 それは正義であって、希望では無い。

 ブロンシュが示す先は、彼等と共に歩む道のりだ。先の見えない道をがむしゃらに照らし、その先が塞がれていたとしても、それを知ることが出来ない一方通行。

 

 コーリスはそれを拒む。

 彼が望むのは道案内。危機に脅かされる事なく、朧気に安堵を包み込む複数の道。その全てに到達点がある事が重要なのだ。

 

 

「こ"い"ッ!!!!!!」

 

「…!」

 

 

 膝を曲げ、血反吐を吐きながらも彼は抗う。

 彼が見た希望は光ではない。輝く光が彼に寄り添う事は無かったのだから。

 

 

(全身に高密度の霧……何度も経験してきただろう。それはお前の身体能力を上げるものでは無いと!)

 

 

 感知速度を上げたところで、反応に身体が追いつかなければ無意味となる。その弱点をコーリス自身が理解していない筈はない。

 

 

「愚かしいッ!!」

 

「がふっ」

 

「紫の差し金か!?抗いがお前に報いる事は無い!お前を生き残らせてきたのはお前の力だ!」

 

 

 盾越しの衝撃が彼の身体を吹き飛ばし、その過剰な攻撃力が逆に生存条件となっていた。半端な攻撃を連打されていたら既に倒れていただろう。

 着地先には既に回り込まれている。

 

 

「そのお前の力の限界がこれだ!お前は強く、逞しく……だが希望では無い!!」

 

 

 ブロンシュは嘆く。

 希望である必要は無い。七人の正義であれば、一つの希望足り得るのでは無いか。

 そして、自己を犠牲にするコーリスにも横を歩いていてほしかった。そうなれば、自分の存在価値も、今までの行いも…見過ごしてきた犠牲にも報いる事が出来るから。

 

 

「抗うなッ…コーリス!!!」

 

(い、しきが…) 

 

 

 背中から地面に叩きつけられ、コーリスの意識はここが分水嶺だと主張する様に暗くなり始めた。

 足は全く力が入らず、指以外の感覚は消えかけている。目は見えているが瞼は下がる。

 

 

(……暗い。あんなに眩しかったのに)

 

 

 消える。

 

 

(光じゃない…ああ、ほんのりと暗い、まるで)

 

 

 潰える。

 

 

(トラモントの霧みたいだ……)

 

 

 そして、目覚める。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

『霧が出てきたわ。早く帰りましょう』

 

 

 この言葉が街で聞こえた時、友人達は家へ戻っていった。

 

 トラモントに住む人間は霧に生きている訳では無い。

 霧は万物を遮り、幼子を惑わせ、彼方へと連れ去ってしまう──そういう童話がいくつもあった。その話の中に出てくる母親は霧を憎み、我が子の消失に哀叫していた。

 

 

『コーリスよー、霧じゃ遊べねーよ〜』

 

『…そうだな』

 

『村に広がったらここでもはぐれそうだしな…家にかえろ』

 

 

 幼年の頃、まだ木剣も握らずに皆と遊んでいた時だ。トラモントに住む人間は霧を島の特徴だと愛してはいたが、同時に恐れてもいた。恐れる事が生活の一環で、不定期に充満するそれを回避していた。

 

 俺にとっては違った。

 霧こそが俺の感覚そのものであり、いつだって家に帰る道を用意してくれていた。それはとても安心できて、薄ら寒い筈なのに、暖かい何かに包まれているような気がした。そう、加護の様に、自分を守ってくれる存在の様に思っていた。

 霧を見れば怖い魔物はいなくて、霧を聴けば荒れた空から逃げる事ができて、霧に触れれば家に帰れて、霧と歩けばあいつの家にだって行けたんだ。

 だから、村の皆が霧を避けた時…俺はいつも納得がいかなかった。自分を形作っていた大事なものをやんわりと拒絶されてるようで、嫌だった。

 

 でも、あいつは違った。

 妹に『フェリ』と呼ばれている幼馴染は。

 

 

『霧が濃くなってきた。帰った方がいいぞ』

 

 

 少し成長して森の中で木剣を振るい始めた時、あいつは何時も切り株に座ってつまらなそうに俺を見ていた。飽きていた筈なのに、他に見るものが無いから、ずうっと俺を見ていた。

 欠伸もしないで、ただ頬をついて。

 

 

『帰らないのか』

 

『…帰ってほしいのか?』

 

『危険なのはおじさんから言われてるだろ?』

 

『なら、コーリスも帰るべきじゃないのか?』

 

 

 普段陰気な顔をしている癖に、俺に対しては随分と強情だった。

 俺は気が散るから帰ってほしかったんじゃない。本当に心配だったんだ。俺は大丈夫だけど、母との別れには霧が根強く関わっていたからだ。

 朧気に残っていた記憶には、強い霧と焦燥に喘ぐ母親の姿があった。俺はこれ以上知人と別れたくなかった。

 

 

『俺は大丈夫だけど、お前は違う』

 

『…』

 

『魔物が隠れられる。道に迷う。足元が見えない。全部霧だ』

 

 

 俺はこの時、初めて本音を言った。

 

 

『■■■■■には、いなくなってほしくない』

 

 

 木剣を振るう手も止めて、俺は呟くようにそう言った。

 その時のあいつの表情を見なかった事が、ほんの少しの後悔だ。

 

 

『……ぶ、だ』

 

『ん?』

 

『大丈夫、だ……!』

 

 

 顔を背けながら必死に言葉を伝える姿に、俺は何故か度肝を抜かれた。

 そんな顔をするのか。フィラにすら見せていなそうな顔を。

 

 

『コーリスがいるなら、霧だって怖く…ない』

 

 

 恥ずかしいのなら言わなくても良かった。態々本音で返してくれるのは、多分あいつが律儀だからだ。

 

 

『なら、いつも通り一緒に帰るか』

 

『……うん』

 

 

 こうやって俺は、あいつを失わない様に手を握って家まで送っていた。フィラがいた時は両腕が塞がるが、彼女が病気で身体が弱ってからはそうなる機会も少なくなった。

 

 

『肌寒いな…コーリス』

 

『…そうなのか。俺にとって霧は暖かいぞ』

 

『ふふっ、なんだそれは』

 

 

 そうして俺の手を強く握りしめて。

 

 

『でも…お前の手は暖かいから、いい』

 

『なんだそれ』

 

 

 そんな幸せな記憶を思い出した。

 

 そうだ。俺は騎士になりたかった。かつて村を救った彼等の様に、震える人々を守り抜く騎士に憧れた。

 子供の時はそうだった。

 

 しかし今考えてみれば騎士ではなく、ただ人を助ける存在になりたかったのだ。それをゾーイやルクス騎士団長が教えてくれたのも良く覚えている。

 

 きっかけはリュミエールの聖騎士で、俺の人生の方向を定めた。

 なら、どの様に人を救いたかったのだろう。

 

 

『アホウめ。お前の霧なんて何も怖くないぞ』

 

 

 炎の様に苛烈に?

 

 

『コーリスさんの霧って包み込む感じがするんですよね』

 

 

 水の様に何処にでも届いて?

 

 

『お前の霧は誰も離しはしない。犠牲を見逃さないのが美点だぞ。騎士団長の俺にもそれは出来ないからな』

 

 

 光の様に照らすのか?

 

 

──違う。

 

 

『人を隠すその霧は、お前だけは見捨てなかったんだな』

 

 

 分かっている。バジュラ。

 

 

『貴方の霧は、暗闇を晴らす為の物なのですね』

 

 

 分かっています。アテナさん。

 

 

『霧は怖いけど、コーリスさんは怖くないよ?』

『霧は冷たいけど、お前は暖かい』

 

 

 フィラ、■■■■■。分かっているんだ。

 

 俺は霧の様に──すべてを包み込む暖かさが欲しかった。光に縋れない人間達を逃さない様に、暗さの中にも選択肢が欲しかった。与えてやりたかった。

 霧を愛している事を否定しなかった皆のおかげで、今一度気付くことが出来た。

 

 ()()()()()()()()なんだ。

 或いは、()()()()()()()()()()()()んだ。

 

──他人を害するだけでなく、守り抜く霧でありたいんだ。

 

 

「……え?」

 

 

 その時、自分の意識が明確になって、霞んでいた聴覚が透き通る様に回復した。

 

 

「はじめまして、コーリス」

 

 

 声だけが聞こえる。

 俺は理解した。彼が、この子供の様な優しい声の彼こそが──

 

 

「──君が、俺の力の元か」

 

「うん…そうだよ」

 

 

 何故このタイミングになって…。

 

 

「君はこの力と向き合う事を選んだ。その対面は間接的に僕の意識との接触を果たしたんだよ」

 

「バジュラが隠そうとしていた俺の内側…それが君か?」

 

「そうだね。彼女はもう逝ってしまったけれど、再び君を燃え上がらせている」

 

 

 彼は、時間が無いと苦笑しながら続けた。

 

 

「君はこれから見たこともない自分を知るだろう。自己の力の向き合い、自己の力の行き先を定め、自己の目的と照らし合わせる……黄金の騎士が言っていた魔力解放の手順を満たしたからね」

 

「…でも、この霧は君のじゃ」

 

「…違うよ、コーリス。調停者と出会った時に言われでしょ?元々は吸収の能力で、君が霧に変化させたんだ。君が感じ取ったトラモントの霧を吸収した事で、概念が変わった」

 

 

 確かに、そう言われていた。

 

 

「これは君の力。君自身が生き残っていた理由」

 

「…」

 

「どうか忘れないで。この霧は、君だから得たものだ。だから、君だけは自分を認めてあげるんだ。半身だと思ってね?」

 

 

 声が遠ざかる。時間切れか、或いは目覚めか。

 

 

「名前」

 

「ん?」

 

「名前、聞いてない」

 

 

 それでも、聞かなければいけなかった。

 

 

「アウゲィアス。アウゲイじゃないよ?」

 

「アウゲィ、アス…」

 

「そう、いい発音」

 

 

 アウゲィアスと、言うのか。

 少年の様な声を持った俺の中の力。

 

 

「また、話したいな。まだ礼を言えてない」

 

「…気にしなくていいのに。君の力だよ、それは」

 

「……でも、君は俺の始まりだったから」

 

 

 なぜか、俺が子供みたいに縋っている。聞こえている声は俺の何倍も子どもみたいなのに。

 

 

「じゃあ、また今度ね」

 

 

 涙ぐむ様な音が彼から聞こえてきた時、俺の心は何処かそれを切なく感じていた。

 

 

 

──そして、覚醒す(めざめ)る。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「そッ……そこまでだっ!!」

 

 

 誰の叫びか。

 ゾーイか、カリオストロか。少なくとも女性の声であった事は確かだが、上擦った声は持ち主の特定を困難にしていた。

 意識を失いかけているコーリスに向かって光の柱が直撃する寸前、その声は確かに響いた。

 

 ブロンシュならば寸止めが出来る。まだ止められる。そう考えたのだろう。その要望通り、光は途中で弱まった。

 しかしその光は完全に止む事はなく、凄まじい衝撃と土煙を引き起こした。少なくとも熱の直撃は免れたが、果たして彼が無事かは分からない。

 

 

「……負け、か」

 

 

 リノアは自分の表情を自覚していなかった。

 呆気なくは無い。寧ろ耐え、工夫し、一撃さえ与えた。誇りと感じて問題無い戦績だ。

 

 それでも、勝ちを見たかった。

 希望というものを理解してみたかった。

 

 

「王よ、救急隊を呼びます」

 

「待ちなさい」

 

「何用だ、貴様──」

 

 

 コーリスを医者にかからせる必要があると判断した彼女は、真王に許可を取った上で待機している騎空艇から救急隊を呼び出そうとしたが、目の前に紫槍が差し出され、行く手を阻まれた。

 当然激怒するが、下手人のクラーレは無言で真王の顔を指差した。

 

 

「なにが…………」

 

 

 その時リノアが見たものは。

 

 

(ご乱心……を───?)

 

 

 娘としても今まで見た事の無い、恐るべき狂喜。

 口元は小さく慎ましく弧を描きながらも、その瞳は遥か遠くの空に向かって何かを熱望していた。極限まで開かれた瞳に光が宿る。

 夢を見た子供のようだった。

 

 

「……ッ!」

 

 

 そして同時に、それは希望の目覚めとなる。

 

 リノアは感じた。

 迸る魔力と、その周囲に満ちる彼の気配を。

 

 

「いいね」

 

 

 タルヴァザは同調した。

 自身の覚醒と同じ変化を感じ取って。

 

 

「……………ふふ」

 

 

 クラーレは笑った。

 運命が歪む瞬間を全身で味わって。

 

 

「──良きかな」

 

 

 真王は呟いた。

 確固たる希望が正義によって生まれた事を認めて。

 

 

「……ばかな」

 

 

 そしてブロンシュは見た。

 自身の光は寸前で緩めてなどいない。何故か、当たる前に掻き消えたのだ。この作用はコーリスの魔力流し(ディスペルガ)と類似している。だがしかし、直接触れる余地が無ければ存在しない技でもあった。

 それが今、明確に消えた。

 

 

「なんだ、お前は」

 

 

 立っている。目の前に立っている。

 ボロ屑の様に光に淘汰されていたエルーンが、ふらつく事も無く大地を踏みしめている。

 

 その全身からは──

 

 

「騎空士でもなく、聖騎士や黒騎士でもなく…お前は元来の姿に戻ったのか……霧の申し子よ」

 

 

 ──蒼い霧が放出されていた。

 

 

 それは、全てを遮るモノ。

 それは、全てを奪うモノ。

 それは、全てを貫くモノ。

 それは、全てを侵すモノ。

 それは、全てを守るモノ。

 

 それがコーリス。それがトラモントの霧。

 (コーリス)は決して折れず、コーリス()の前では悉くが無に帰すだろう。

 

 

「──魔力解放、蒼霧(グローリー)

 

 

 その名が冠する意味は、栄光と光輪。

 即ち──希望である。

 

 

──コーリス・オーロリア、ここに完成。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ブロンシュ
・クラーレ曰く、自身の正義と現実の限界から目を背ける事が出来ない、かわいそうな人間。素っ気無いが、弱者の手を握る程度の優しさは持ち合わせている。
・自分や周りの英雄達がどんなに身を粉にしても変えられない未来、そしてたった一人未来を背負わされた男を見て絶望。未来の希望を憎み、今の正義に固執する。

聖依(クルセイド)
・魔力解放する事でブロンシュが使える魔法。
・白光(足に光を溜めて一瞬で移動する魔法)を全身に適用し、果てしない高速戦闘を可能とする。以降白光を使う必要は無く、通常移動がこれに置き換わる。
・溜めた光は攻撃力にも影響し、剣を振れば光の束が周囲を吹き飛ばし、銃を撃てば高速の光砲が眼前を刳り飛ばす。
・身に纏う光は自動的に鎧となり、光の熱も含めれば、コーリスの魔力を纏う戦法の上位互換となる。

極閃
・魔力解放によって強化された白閃。
・元々は小さいが高速で何度も放てる斬撃だったが、強化された事で全てを焼き尽くす衝撃波に変わった。
・威力だけなら星晶獣の奥義に匹敵するが、ブロンシュは通常攻撃としてこれを扱っている。
  

 


コーリス
・彼は霧に助けられ、霧と共に生きる。彼は霧の様に人を助けたかったのだ。その意味を理解出来るのは彼だけだろう。


●●●●●
・コーリスといれば何も怖くない。彼の手を握るその心が、原点を呼び起こしたのだ。

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