幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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84.犬焔万丈!ファイアー!!!

 

 

 そう、これは黒騎士として活動を続けるコーリス様の情報が耳に入ってきた時の事。

 より詳しく言えば、私が血迷った日の事。

 

 

『主よ!考え直して下さい!コーリス殿は貴女達姉妹ほどおかしい人間では無いのです!!!』

 

『ヴァジュラ!コーリス君に迷惑をかけようとは何事だ!戻って来なさい!』

 

『煩いなぁ…!ナガルシャはコーリス様とお風呂まで入った仲でしょ!?分かる筈…生半可な覚悟で道を進まない人だって……!!なら、これは私と敵対するって事…!!!』

 

『曲解だヴァジュラ!』

 

『父さんも!!!!!』

 

『!?』

 

『父さんも……あんなに姉さんに尽くした人間が覚悟もせずに動いてると思ってるんですか?』

 

『適当に生きる人間とは思っていない!だがコーリス君も迷える若者だ!常に選択肢に苛まれ…それでも希望を選んで足掻く戦士だ!だからこそお前は冷静になって彼の真意を聞けばいい!』

 

『ッ………解釈違いです!!!!』  

 

『なにをこの馬鹿娘!彼を迷いの無い化け物だと思っているのか!頭を冷やしなさい!』

 

『旦那様…!落ち着いて下さい!』

 

『そうです父さん!コーリス様は何時だって迷いません!迷わないからこそ何事も無かったかのようにあいつ等の狗になって!!迷わないから間違えた道を進んでるんです……!!』

 

『主殿!』

 

『私が彼を正します!!!!』

 

『なっ…!?』

 

 

 幼き日から忠犬のナガルシャ、そして父さんの説得を振り切って、私は従者から得た情報を元にガロンゾの方角へと駆け出し、空を飛んだ。

 哀しかった。紫の騎士に捕まって、その後無事に帰還したと知った時は嬉しかったけど、その名には黒騎士の冠が付いていた。あの支配者気取りで傍若無人な蛮族達の部下にさせられたんだと、私は頭蓋が沸騰した様な激情に身を焦がした。

 無論、少し様子を見れば分かった事だったが、彼は黒騎士として円滑に国々と交流し、ファータ・グランデに七曜の騎士という忘れ去られた存在を戻そうとしていたのだ。確かに人柄が信用されれば権力への忌避感も薄まるし、無駄な戦争は減る。戦争が無くなれば苦しみが減り、人々の煩悩も減る。それは私達十二神将にとっても良い事だ。

 

 しかし許せない。

 そんなに黒騎士として活き活きと動いているのなら、彼は無理矢理それを背負わされた訳では無いのだろう。彼はそこまで弱い意志の持ち主では無いし、ゾーイ様が許す筈が無い。

 つまり望んで得た立場で、決断は済ませたという事。

 

──七曜を嫌悪する私の感情に相対するという事。

 

 父さんはコーリス様を、不完全で迷い続ける若者と思っていたようだけど、そんな事は無い。

 ナガルシャも、彼を天然で少々気が抜けた青年と評価していたけど、それもあり得ない。

 

 あり得るものか。姉さんの力と心を受け止め、死の間際まで寄り添った鉄人が、そんな軽い人間であるはずが無い。お茶目な所は親しみやすい様に私に合わせてくれてるだけだ。

 彼は何も迷わない。不動の心を持つ──私の憧れだった。

 

 姉さんは大事な人で、彼は憧れ。憧れに少しでも勝る部分があるのなら、姉さんが最期まで抱いていた心配も無用のものに出来る。私を十二神将と認めてくれた姉さんの決断を正しいものに出来る。

 だから会う度に挑むのだ。

 

 そして、その憧れが堂々と道を違えたのなら。

 なんの事はない。姉さんとの過去を思い出させる様に、私がその身に咎を刻みつけてやればいい。

 憧れである前に、友なのだから。

 

 

『……』

 

 

 そして、久しぶりに彼を見た。

 空の中、艇で此方を迎え撃とうと見つめる彼を見た。

 話が早い。私が行く事は想定済みだったのか。

 

 

『……っ?』

 

 

 彼の表情を見た。

 いつも通りの──否、何か違う。

 

 憂いを帯びつつも信念を持った青年──それが彼の素の表情だ。傍から見れば感情に陰りが見え、視線が定まっているという形になるだろう。

 それが今はどうだ。父さんに言っても分からないかもしれないけど、何処か表情が希薄。

 

──視線は無機質、人外。

 

 

『…………貴方も、姉さんも、化け物』

 

 

 悟り、覚悟した人間の顔。

 

 

『100年後の貴方は…どんな人間になるのでしょうか』

 

 

 きっと、利他の怪物だろう。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 時間をかけて理性を溶かしたノアが遂に動き出す。

 光り輝く巨大な鯨は彼自身が操縦する艇──フロンティア号に向かって胸ビレを振り下ろした。

 

 

「……っ!」

 

 

 鯨を先手にて斬り伏せるというのが役目のヴァジュラは、一方的に振り下ろされる巨塊に対しての用意が出来ていなかった。

 かろうじて刀を振るおうとするも、切れ味と規模を同時に満たす技が出せそうにない。逃げ場もなく、このままでは艇諸共砕け散るのみだと、命を賭して魔力を総動員させた。

 

 そこで展開されたのは蒼霧。

 

 

(オドス)

 

 

 前面に向かって広範囲に発生させた蒼霧から光線が発射され、胸ビレの先端は歪な音を立てて削れた。小さな破片も霧が巻き込む形で砕け散り、艇への攻撃は空振りに終わったが、鯨の身体が怯む程のダメージには至らず、全身を使って突進されれば泡沫に帰す状況である。

 尚も判断が遅れるヴァジュラに対し、コーリスは彼女の身体を抱え込んだ。

 

 

「ヴァジュラ。十二神将が相手取る煩悩とやらは大きいのか?」

 

「ひ、人に取り憑く形で、亡霊のようなものです」

 

「じゃあ手短に伝える。先ずは口を閉じて」

 

「え………ぃぃぃやぁ!?」

 

 

 その瞬間、コーリスは足から大きく魔力を噴出し、鯨と平行に視線を交わす高さまで浮上した。

 

 

「コーリス様は飛べたのですか!?」

 

「鳥未満人間以上くらいにな。盾を足場にするからそこに立つぞ」

 

「うわっ……と…」

 

 

 座標を固定した防壁を足場の様に配置し、コーリスとヴァジュラは短期的とはいえ空中で戦う場所を得た。

 ノアの怒りを買ったのはヴァジュラで、発端として目をつけられているのがコーリスであり、理性を失った彼が襲いかかるのはその両者である事は確定している。

 ならば、艇が壊される可能性を排除した上で気を引き、面と向かって戦うのみ。幸いにも風は弱い。

 

 

「巨大な敵との戦い方は2種類ある。1つは相手の射程外から袋叩きにする事。もう1つは極限まで接近する事だ」

 

「この状況は後者ですか…?」

 

「ああ、だが遠い。相手の身体に乗るのが理想だ」 

 

「しかし振り落とされれば…」

 

「だから足場を予め作り、敵を破壊しながら駆け巡る。そうすれば振り落とされる際に怪我をせずに済む」

 

「…………あのですねぇ」

 

 

 ヴァジュラは目を細めて渋々と呟いた。

 

 

「当然のように言いますけど…後のことを考えて、防御魔法は魔力の消費が多すぎて私には使えません。落ちそうになったらコーリス様はその位置に盾を配置してくれるのですか?」

 

「何を言うかと思えば。ヴァジュラはここで待ってていいんだ」

 

「…?」

 

「俺が鯨を削りつつ動き回る。程よく小さくなったらお前の位置に誘導するから、そこを真っ二つにしてくれ。都合がいい事にノアさんはアレを動かすのに手一杯らしい。力を溜める時間と余裕はある筈だ」

 

「…………ほぇ」

 

 

 彼女は思わず間抜けな声を出した。

 島より大きな生き物を真っ二つにしろだと?巫山戯るな。無茶振りには慣れてるつもりだが、私はこんな状況に直面した事すらないんだ。確かに斬撃という攻撃手段で考えれば私がトドメに適任かもしれないが、あの姉の妹だからって何でも斬れると思ったら大間違いだ。刀をなんだと思ってるんだ刀を。

 と、異議の申し立てを心中で行ったが、口に出す前にコーリスは飛び立ってしまった。

 

 すると横にゾーイが彼女を励ます様に肩に手を置いた。

 

 

「ぞ、ゾーイ様」

 

「…これは試練だと思うしかない、ヴァジュラ」

 

 

 何の試練だ。寧ろ横暴を働いた自身に対する贖罪と言ってもらえた方がこの状況に納得が付く。

 

 

「最近思うのだけれど……私だけじゃなく、コーリスも中々に天然だと思うんだ。無茶振りならあの子の方がするし」

 

 

 何の話だ。

 

 

「…ははっ。一緒にいる内に癖が移ってしまったのかな」

 

 

 何の惚気だ。おい待て飛び去るな。

 

 

「………はぁ」

 

 

 残念ながらヴァジュラのぼやきは風に流され、ガロンゾの騎空艇工房の轟音に吸い込まれる事だろう。

 

 

「はぁぁぁぁあああーー!!!!!」

 

 

 クソデカため息。

 これなら間違いなく全員に聞こえただろう。

 

 

(やりますよやればいいんでしょやらなきゃ恥なんでしょ?)

 

 

 十二神将の闘神たるもの、何時でも自身の敵を打ち滅ぼす為に身命を賭さねばならない。

 半ばヤケクソの精神で、彼女は刀を上段に構えた。

 

 

(一刀専心……炸裂はさせない)

 

 

 犬神宮の剣技は炸裂させるもの。切り込みを起点に数多の斬撃が襲うものだが、一撃を優先させるならその手数は無駄なものになってしまう。

 刃先に魔力を滾らせ、神将特有の祈る力で律する事で、初めて正確無比な攻撃を繰り出す事が可能となる。

 

 

(限界を超えるには…私が捨てていた風の力を使うしかない!)

 

 

 そこで更に、彼女が使っていなかった風を織り込み、斬撃そのものを巨大化させる様に図った。

 無論それはお粗末なものだ。何せ、属性を使い始めたのがここ一ヶ月で、力に対する理解が浅すぎるのだから。

 

 同じ風属性使いである緑の騎士──エヘカトルは刀に纏わせて範囲を伸ばすだけでなく、かまいたちの様に展開したり、空間に満ちる風そのものを自身の支配下に置いて操る術を見せていたが、彼女のは刀に纏わせる応用しか出来ていない。

 無論、魔法使いの様に竜巻を起こす事も不可能である。

 

 だが、空を割った姉がいた。

──妹が出来ぬ道理は無い。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

『ヴァジュラよ。憎く思うが、今週中に我は死ぬ』

 

『……………』

 

『…まぁ、返事はいらん。話している最中に肝を据えろ』

 

 

 これは姉さんの寿命が間近に来た日。

 死ぬ直前になって何故か体調が回復していたが、これはコーリス様が魔力を活力として夜通し与えていたからだと後に判明した。きっと姉さんも薄々気付いていたと思う。

 それでも止めなかったのは、彼の献身を無駄にしない事と、姉さん自身が死の恐怖を乗り越える為、活力漲る身体を大事にしたかったからだろう。

 

 

『十二神将としても妹としても、我は貴様を100点と認める』

 

『人間性は』

 

『50点。振れ幅が大きすぎる』

 

『……姉さんだって森でコーリス様を』

 

『それ以上言うと感動的な暇乞いが凡庸な姉妹喧嘩に変わるが』

 

『はい、もう言いません。だから姉さんは好きなだけ喋ってください。私は我慢するので満足するまで惚気けても構いませんよ』

 

『根に持ってるな………』

 

 

 何が暇乞いだ。

 妹の前だからって悟ったような雰囲気を出す必要があるのだろうか?それとも私との会話に注力する事で恐怖を紛らわせようとしてるのか?

 いや、弱い私を慮ってか?私が弱いから?頼りないから?

 姉から見て頼りなく見えてしまうから?

 

 

『ヴァジュラ』

 

『ッ……!』

 

『顔が怖いぞ』

 

 

 姉さんの察しの良さは折り紙つきだ。

 既に霞んだ瞳で、覗かなければ表情すら見分ける事が出来ないのに、語尾の抑揚と会話の間隔……あとは雰囲気だろうか。それで人の想いを簡単に察するのだ。

 隠そうとしても無駄。隠す意志が読まれれば水の泡。私が妹である事も心を読む一助となるらしいのだが、それはよく分からなかった。

 

 

『怒ってませんよ』

 

『怒っているとまでは言ってないだろう。顔が怖いと言っているのだ』

 

『生まれつきです』

 

『赤ん坊の貴様を抱いていた姉に嘘をつくのかー?母の乳と勘違いし、間抜けな顔で我の胸を突いた頃のヴァジュラは可愛か──』

 

『…………………………』

 

『──す、すまん。これはいらん情報だったな』

 

 

……はぁ。

 

 

『……それで、我が死んだ後の不安は無いか?周囲からのプレッシャーとか』 

 

『姉さんを失う悲しみに比べれば些事でしょうね。戦いの絡まない圧に負けるようでは十二神将どころか巫女すらおこがましい』

 

『うむ。ヴァジュラのそういう所、我は素直に尊敬する』

 

 

 不安がないと言えば嘘になる。だが、目の前の姉を他所に考える事では無い。姉を失う苦しみに比べれば夕飯に悩む程度の不安になるので、杞憂と受け取るべきだ。

 神将として最も考慮すべき課題は実力。それに尽きる。

 

 

『ただ、私の無力故に犬神宮に危険が及ぶという事態が起こるなら、それも不安でしょうね。実力は一朝一夕で伸びるものでは…………うーんと』

 

『ん?』

 

『いや、一朝一夕で伸びる人間が最近訪れたものですから』

 

『コーリスの事か!?』

 

『急に元気になりましたね』

 

『あやつの話なら歓迎だ!語り合うかヴァジュラよ!』

 

『私が彼に感じる魅力と姉さんが感じる魅力は異なるものです。それはまたの機会に』

 

 

 姉さんがここまでぞっこんになるとは思わなかったが、それが生きたいと願う理由になったのなら幸いというべきだろう。  

 今までの姉さんは生きる事を捨ててはいなかったけど、死ぬ事を前提に日々を過ごしていた。それは後悔を一切作らないように刺激的な事柄を排他する生き方──長閑ではあるが愉悦はない。

 彼が来たことによって死への苦しみが深まる懸念はあったものの、それは乗り越えた。よって、今が最後の楽しみなのだ。

 最期だから、こうして気を遣っているのだ。

 

 

『技術も肉体も未だ最良には遠く。神将の中で強者といえど、空の広さから見れば塵に過ぎませんからね』

 

『……十二神将は強いほうだぞ?それは言い過ぎでは』

 

『姉さんが言いますか』

 

『現実を良い面で直視する事も大事だ。我は人外、貴様は神将筆頭格。それで良い』

 

『……釈然としませんが。兎に角、私は停滞を恐れています』

 

『ふむ』

 

『姉さんの後を追う様に強くなりたい訳ではありません。ただ、神将としての強さが止まればそれは犬神宮の終末。困ります』

 

『神将として普通に抱える悩みか』

 

 

 私の悩みを聞いた姉さんは、顎に手を添えて唸りだした。

 きっと、自身の過去の経験を回顧しているのだろう。それを元に提言を行うつもりだ。

 

 

『出来ると思う事が大事と皆は言うが、資質なき自信は妄想と変わらんし……。ただ、貴様の優れている点が一つある』

 

『…それは?』

 

『神将としての能力は我より上』

 

『はい?』

 

『え?』

 

 

 私は強みを聞いて、思わずそれを疑問符で返してしまったが、更に返されてしまった。少なくとも私がおかしい訳ではない筈だ。

 

 

『異議があるのか』

 

『剣技で勝てた事ありませんよ…ナガルシャとの連携もそう変わらないじゃないですか』

 

『それは犬神宮に伝わる戦い方の話だろう。我が言ってるのは煩悩を散らし、束ね、浄化させる──十二神将本来の役目の事だぞ?』

 

『あ……そうですね』

 

『……犬と一緒に刀を振るう事が十二神将だと思っていたのではあるまいな。犬神宮に拘るから自己の尊厳が勘定になるのだ。気をつけないと我みたいに人を襲うぞ』

 

『き、肝に銘じます』

 

 

 銘じられませんでした。

 

 

『今の我は煩悩と相対する素質を持つ巫女の長。神将は更にその先に位置する神宮の顔。外敵を観測し駆除する時代は終わり、空の平穏の為に祈るのが役目なのだ。それを忘れるとは……頭が痛くなるわ』

 

 

 意外に思うかもしれないが、姉さんはかなり責務にうるさい人だ。

 かつて姉さんが十二神将だった時、短期間ながらもバッサバッサと仕事を捌いていたのを側でよく見ていたが、自分がその立場になった時に地獄を味わった。

 

 ここまで責務に忠実な理由はきっと、それが母さんに貰った唯一のモノだからだ。

 母さんは死にゆく際、言葉を遺さずに一人で逝った。姉さんは別れの覚悟を決められず、最愛の家族を失ったのだ。それなのに精神を保っていたのは、私が妹として泣きついたのと、母が遺した唯一のもの──十二神将としての立場があったからだ。

 姉さんは仕事を遂行する事で母の意志に応えようとしていたのだ。

 

 だからこそだろうか。

 私には十二神将という立場の他に姉としての言葉を与えたいのだろう。コーリス様に刀を譲渡したのは、単に私にとって姉さんの刀が役に立たないという合理的な理由の他に、武力だけを遺すという選択肢を取りたくなかったからの様に思える。

 

 

『勿論、強さは我。斬撃の切れ味も我。ナガルシャとの連携は五分。スタミナは……まぁ貴様よ。そしてもう一つ忘れていたな』

 

『祈りの力…だと?』

 

『そうだな……煩悩を相手取る機会はそう多くないが、神将の力を放出する力は優れている』

 

『……しかしそれを普段活かそうにも、人や獣相手には意味が無いのです』

 

『何を言うか』

 

 

 姉さんは些細な疑問を思い付いたかの様な表情を浮かべた。

 

 

『普段の発想力を活かせ。煩悩を束ねて浄化する過程を普段の戦闘に投影するのだ』

 

『……?』

 

『貴様にしか出来ない犬神宮の剣技もあるだろうさ』

 

 

 そう言って姉さんは、姉らしい事が出来たと上機嫌に去っていった。

 それが最期の言葉でなくとも、最期のアドバイスだったのなら──

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「──明確な答えくらい欲しかったですよ姉さん……!」

 

 

 唯一艇の上で待機しているカリオストロが目を見開く。

 刀を上段に構え、魔力を迸らせていたヴァジュラが、突如として刀を下げて屈み始めた。

 

 

(急に魔力を使い過ぎて力が抜けたか?犬っころが駄目ならゾーイに無茶を効かせるか…!)

 

 

 ヴァジュラは確かに強い。ただ、コーリスの様に異質を飼い慣らしている訳では無く、ゾーイの様に存在が化け物でも無い。神将由来の特殊な力を持ってはいるが、空が生み出す限界の力と言えよう。

 言ってしまえばカリオストロの方が理外。

 それを理解している彼は、彼女には荷が重いと判断した。

 

──その時だった。

 

 

「──天地神明、須らくこの舞を見よ」

 

 

 ヴァジュラが目を閉じたと思えば、虚空に刀を振り、足取りを確かなものとさせながら背後に背負った。

 

 

(……剣舞)

 

 

 かつてカリオストロはコーリスの鍛錬を見て、刀の動きを剣舞と形容した事があった。実際には犬神宮の動きが祈りと剣術を内包するものだったが故の特徴なのだが、ここに来てその真骨頂を見る事になるとは思わなかっただろう。

 

 

「滑稽に見えると思ったが……結構綺麗じゃねぇか」

 

 

 コーリスとゾーイが生み出す破壊音を忘れさせる静寂が存在していた。

 

 刀を振り、空を斬る。刀を這わせ、空を撫でる。刀を背負い、空と調和させる。その視線は刀身を見たと思えば、次の瞬間には雲を突き抜け天に向いていた。足取りは力強く無音に。決して乱れる事なく、かつ傍目から見て無造作である様に。刀を持ち得ぬ手は全ての自然を愛す慈愛で以て、空間を掴み感触を刀へと伝播させる。

 

 知識が無ければ舞に過ぎない。文化が伴う"ダンス"に過ぎない。

 しかしどうだろう。魔力が奔るだけであった刀には──

 

 

「今、天津(あまつ)に闘神の風巻(しまき)を捧げん」

 

 

──神風が宿る。

 

 

「風が…?」

 

「!?」

 

 

 急激に変容する大気に気が付いたコーリスとノアは、互いに退け合う衝動を掻き消されたかのように動きを止め、祈りながら舞う少女に目を向けた。

 

 美しく神聖なる神将。

 今思えば十二神将としての本懐を見た事があっただろうかと、コーリスは拝む様な気持ちで見ていた。

 今、彼女の持つ刀の延長線上には空気を裂く程の密度を持った風が渦巻いている。煩悩を束ねて浄化するというプロセスを適用し、舞と共に風を束ねて一本の剣にして見せたのだ。触れたが最後、荒々しく消し飛ばされるのが目に見えている。

 

 だが、踏みとどまったノアの理性も長くは続かず、警戒心を煽り、その矛先はヴァジュラの元へ向いてしまった。

 

 

「導きの光よ!」

 

 

 鯨の動きを一度止め、ノアは標的を確実に追尾する光弾を生み出し、コーリスではなくヴァジュラに対して放った。

 

 

(クライス)!!」

 

 

 即座に盾で追尾を防ぐも、曲線を描いて敵を狙う性質上、一部を取りこぼしてしまう。

 余りある神気が、ノアに一時的な冷静さを齎してしまった事が予想外であった為、コーリスは自身の迂闊を恥じつつ声を上げた。

 

 

「カリオストロ!援護ォ!!」

 

「今日の飯当番代われよ!」

 

 

 気持ちの良い返事と共に、彼は今までの旅で集めた中で不要な鉱石を錬金術で球体に変化させ、投擲物の様に空中に投げ始めた。

 カリオストロが錬金に使った鉱石は属性石。本来なら武器に属性の性質を付与したり、耐性を備えさせる為のものだが、彼がこれを用いたのは単なる在庫処理では無い。

 

 

「追尾弾の捌き方ァ!」

 

 

 それは遠隔で属性のエネルギーを炸裂させる為だ。

 空中で爆発する投擲物としての役割を期待し、彼は光弾が接近した瞬間に指を鳴らした。

 無駄に対象以外を追わないノアの光弾は、直撃さえ避けているのなら、障害物から遠ざかる動きはしない。狙い通り、爆発に巻き込まれた光弾も反応し、同時に消滅した。

 

 

「ドンピシャ!機転も効くとかオレ様最強美少女かよ!!」

 

「流石開祖!」

 

「今だヴァジュラ!」

 

 

 ゾーイがヴァジュラに対し合図を送った。

 ノアは光弾を放つ為に鯨の身動きを止め、その攻撃は失敗に終わった。的が止まっているのは今だけだろう。

 

 

(姉さん!私も見えましたよ空の先!!)

 

 

 ヴァジュラが舞を終え、刀を再び上段に構えた。

 無駄な余波は生まれない。確実に直線を消し去る斬撃が起ることを、ここに居る誰もが察知した。

 

 

「犬焔万丈!はあァァァァァァァ!!!」

 

 

 静寂の舞、情熱の剣。

 姉の様な理性を以て、彼女は天に昇る一撃を放った。

 

 

「──天津薙(あまつなぎ)!!!」

 

 

 一閃。

 無音。

 一幕置いて、轟き──即ち断つ。

 

 

「斬った───!!!!!」

 

 

 刹那の閃光と共に、島をも超える鯨の巨躯が真っ二つに割れていた。

 否、それだけではない。雲が割れるどころか、一面のそれ等が消し飛んでいた。まさに、天が荒れる一撃。

 

 

「見事だヴァジュラ!」

 

「くっ…コーリス!ゾーイ!!」

 

 

 破片の破壊に注力しているなら被害を出さずに立ち回る事など造作も無い。ゾーイがすかさず2つに別れた亡骸を消し飛ばし、残るは空に浮くノアだけとなる。

 

 

「ノアさん…本当にごめんなさい!!」

 

 

 コーリスは黒騎士の剣を峰打ちの形で振るった。

 意識を刈り取る必要は無い。身体に当て、力を吸い取るだけで良い。ただ、カリオストロの次に幼いノアの身体に危害を加える事が非常に心配で、それ故に勢いは弱い。

 

 音で表すなら、"コツん"だ。

 

 

「いたっ………!」

 

「今!」

 

 

 コーリスはノアの背中に軽く剣を当て、力を吸い取る様に念じた。細かい仕組みは分からないが、剣を握って強く念じる事が発動条件だ。

 成功を表すように、ノアの身体から白い光が放出され、剣に吸収されていった。

 

 

「あ……れ…?」

 

「ノアさん!」

 

「そ、ら……?何で僕が」

 

 

 暴走の解除、無事成功であった。

 

 






ヴァジュラ
・神将としての才能が姉よりも高い。結果的に天才姉妹ということになる。
・煩悩相手だとバジュラと遜色ない強さになる。
・実は姉が憧れではなく、コーリスが憧れ。バジュラは単に大事な人であり、コーリスは自身に足りない物を持っているから見習っている。

天津薙(あまつなぎ)
・舞によって自身の属性だけでなく、自然の風を束ねる様に集め、刀に凝縮する一撃必殺技。攻撃範囲は刀の延長線上であり、縦にだけ極端に長い。
・風を集めるこの力は、魔力解放と言える。


コーリス
・無茶振り
・ヴァジュラに対して、その気になれば姉よりも恐ろしい技を作るだろうと思っていた。

ゾーイ
・最近コーリスも天然だと思ってきた。

カリオストロ
・結局働かなきゃいけない人。休みはない。

ノア
・霧と犬の被害者。
・騎空艇を広める者として重要な役割を与えられた為、強い部類の星晶獣だと思っている。




バジュラ
・実は仕事にうるさい。それは母が遺した唯一の物が立場だったから。
・天才だが言語化は上手い。彼女に教えを乞う人間が微妙な顔をするのは、そもそも彼女の技を得る余地が常人には無いからであり、文字通り次元が違う。普通の剣技なら万人の師匠になれるくらいに教え上手。
・妹には神将として頑張ってもらいたい気持ちと、純粋に戦いの無い平和な時代に生きてのんびり人生を謳歌してもらいたい気持ちがある。その結果、先代神将としてのアドバイスと姉としてのアドバイスを送った。
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