幽々の空、灰暮れに   作:魔愛暴導富

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85.逃げ道無し

 

 

 コーリス一行の目的はガロンゾだ。

 しかし、ヴァジュラの襲撃に加えてノアの暴走が発生し、危うく艇ごと団が崩壊するところであった。原因はコーリスのコミニュケーション不足とヴァジュラの気性で、ある意味エニュオ戦の次に命がけの状況だったと言える。

 よって、その責任は重々にして受け止めなければならない。団長なら尚更だ。現在はガロンゾ付近の小島にて停留し、待ち時間で反省会である。

 コーリスはノアの体調が戻った後に頭を叩き付けて土下座をし、カリオストロに背を踏まれている最中。ヴァジュラは正座で、どこからか短刀を取り出して目の前に置いている。

 物々しい雰囲気にノアだけが冷や汗を流した。

 

 

「さてと、アクシデントを解決した所で馬鹿共に教育を施す時間が生まれた訳だが、ノア。どうしたい?」

 

「どうしたいも何も……僕は途中から記憶が」

 

「コーリスはまぁ……ケツ叩きくらいでいいだろ。問題はこの犬っころだ」

 

 

 普段ならばカリオストロの態度に文句を言う余裕くらいは残っているコーリスだが、今回は完全にされるがままである。自分の慢心がノアという聖人の暴走を引き起こし、終いには峰で叩くという解決法を選んだ。寧ろ蹴り飛ばせと言わんばかりに腰を更に深く沈めた。反射的にゾーイが止めようとするも、彼は無表情のまま罪を受け入れて頷いた。

 そして名指しされたヴァジュラは未だに微動だにしない。先程頭を一度だけ下げ、目を閉じてから全く変わりない体勢である。

 

 

「飛行中の騎空艇への襲撃。団長への敵対行為。混乱の元となる原因を作った上に、これを職務放棄中にやっているときた。見事なまでに業を背負ったな」

 

「カリオストロ。彼女はコーリスの恩人の……」

 

「ああ、前に聞いたバジュラちゃんな。それとこれとは関係ない」

 

「そんな…」

 

「罰はサディストの特権じゃねぇ。馬鹿なガキの更生に必須の教育なんだよ。普通の団ならパニックで沈んでたぞ?」

 

「……なら、ノアが罰を決めるのが筋だ」

 

「だからどうしたいか聞いてる」

 

 

 カリオストロの理屈は正しいものだ。飛行中の騎空艇を襲うという行為は魔物の行動と全く変わらない。大砲で迎撃されても何一つ文句の言えない蛮行であり、結果的に相手が無事であったとしても罪に問われるべき行為だ。

 一番の被害を受けたノアが罰を考えるのも前時代的だが、最も穏便に解決する方法である事を加味すると、充分に甘い。

 ノアが口を噤んで考えていると、ヴァジュラがゆっくりと口を開いた。

 

 

「──命にて」

 

「は?」

 

 

 その『は?』は珍しくノアが出したものだった。

 思わずコーリスも立ち上がり、踏んでいたカリオストロはその影響でひっくり返った。

 

 

「晒した恥と犯した罪は取り返しのつかないものです。その責任は存在そのものが害悪である私の命にて取らせていただきたく」

 

「死にたいの?」

 

「いえ」

 

「僕が死んでほしいといったかい?」

 

「…いえ」

 

「じゃあなんで?」

 

 

 ノアの語気が強くなる。

 ゾーイは何故かその場から動きにくく、黙って問答を聞いていた。カリオストロは呆れた表情でヴァジュラを見つめ、コーリスは頭を抱えて彼女の返答を待っていた。

 

 自刃の宣言は開き直りでは無い。

 かと言って文化的に根付いている訳でもないだろう。純粋に彼女が恥に厳しすぎるが故の発想だ。

 

 

「自分の事でしか考えていないんだね」

 

「………っ」

 

「コーリスなら成り行きで許すかもしれないけど、僕は半端に事を終わらせる気は無いよ。勿論暴走したのは僕自身のせいだし、聞く限りだと艇を潰そうとしたんだ……それを君に押し付ける気はない」

 

 

 ノアは厳しい口調で告げた。

 

 

「ただ、その考え方は君が背負う十二神将の立場に報いるものなのかい?」

 

「……それは」

 

「後で犬神宮に帰してあげるから、頭を冷やすんだ」

 

 

 

──────────────────

 

 

 

 

「……」

 

「落ち込む気持ちも分かるが…大事に至らなかった事を幸運と思うべきだ。次から気をつけよう」

 

 

 ヴァジュラは空き部屋で待つ様に指示され、艇にはノアとカリオストロが留まっている中、ガロンゾに訪れたのは鎧を着たコーリスとゾーイの二人だった。

 理由はガロンゾに軍が存在しない為、危険性が少ない事だ。この島では艇を見守る方がよっぽど自衛になる。本来ならばコーリスだけでも十分だが、落ち込んだ彼を放っておきたくないと、ゾーイが後に続いた。

 

 鎧越しでは分からない程度には普通の歩き姿勢だが、口数が少ないせいで落ち込んでいる事が容易に読み取れる。長い付き合いとは言えずとも、凝縮した付き合いである彼女にはコーリスの感情などお見通しだ。

 その限定的な察しの良さに、ある意味彼は救われていた。

 

 

「ヴァジュラの事、俺は全く分からなかった」

 

「……皆そんなものだ」

 

「負けず嫌いだし、恥の為には卑怯を割り切るタイプなのは知ってたけど、衝動的に自分の命まで振り回して…気に入らないものを直接壊しに行く様な子だと、俺は思いたくなかったのか」

 

 

 コーリスはヴァジュラに負い目を感じている。自分の言葉が欠けていた点もあるが、黒騎士として改めて犬神宮に訪れれば多少の問題は解決すると高をくくっていた。

 実際はどうだろう。彼女は全く七曜を許していなかったし、それに与した祈望の騎空団に剣を向けた。団員が許す義理も無く、傍目から見れば真王への敵対行為である。

 ここに来て、自分が彼女を全く理解していない事に気づいたのだ。

 

 

「多分、俺はヴァジュラを理解しようと思った事が一度もないんだ。全部バジュラを介して……」

 

「ヴァジュラには言わない方がいいんじゃないか」

 

「…どうして?」

 

「君は理解しようとそもそも思っていなかったから漠然と接していたのだろう?彼女は君を理解したつもりでいたから、行動と乖離を感じて憤……いや、理解したかったが故の暴走かな」

 

「分かるのか」

 

「ヴァジュラは君の話を聞く時に軽く下を向くんだ。本当に軽く、少しだけ目線を下げる様な形で」

 

「……?」

 

「聞き入ってるんだよ。君を尊敬している。君の言葉から力を得ようとしている。理想像と離れた君を認めるのは辛かったのだろう」

 

「ヴァジュラの憧憬は姉だと思うが」

 

「憧れが多岐に渡る事はおかしくない。大方、彼女は君の事を冷静沈着な武人とでも思っているんじゃないか?勿論戦闘に限っての話だよ」

 

 

 ゾーイの評価は正しい。

 すれ違いと言うには片側に偏り過ぎだが、今回の出来事は双方の不理解が発端と言える。

 ヴァジュラが尊敬しているのはコーリスだ。彼本人は思い当たる節すら無かったが、彼女が目指す先は精神を律し、どんな掠め手も適切に行使する鉄人だ。そんな理想は()()()()()()姿()と一致する。

 ただ、憧れを現実に一致させるのは困難だ。コーリスは表情に乏しく、 内心には焦りが多い。判断こそ迅速だが、実際の戦闘内容を顧みれば後手に回ってばかり。元来なら彼の想定通り、ヴァジュラの理想は彼女の姉のバジュラの方が望ましいだろう。斬撃で相手を追い詰めつつ、自身が敗北する寸前でも欺き、機転でコーリスを撃破してみせた。

 まさに、灯台下暗し。

 

 

「彼女は15歳なんだろう?どんなに清廉に振る舞い、心の反抗を抑えようとも、ふとした拍子に感情や衝動が漏れてくるものさ。君だって、そういう時期はあったよ。私は見てきたからね」

 

「自慢げに言わないでくれ…今でも監視されてたっていう話はぞっとしない」

 

「その恥ずかしいという気持ちを、彼女は今味わってるんだよ」

 

「……何か、買っていってあげるか」

 

「そうしよう。ちなみにね」

 

「ん?」

 

 

 何処か晴れた表情のコーリスに対し、ゾーイは片目を瞑りながら呟いた。

 

 

「19歳も、悟る年頃とは言えないよ」

 

 

 その言葉に反抗したくなった彼は、口を尖らせた。

 

 

「………ゾーイだって、子供だ。飯に誰よりも早く手を付けるし、量も気にせず食べるし、島についたら先ず人気のレストラン探すし………ドラゴンのシャツ買うし」

 

「…シャツについては言うんじゃない」

 

 

 調停者だって、空で生きた年月は短いのだ。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

 

「僕達に七曜の騎士についての知識は無い。見ての通り小さな島だが、歴史的には被支配に縁が無くてね。どういう事だか分かるかい?」

 

 

 筋肉隆々というドラフ特有の肉体に反し、よく通る穏やかな声でその男は黒騎士に問を投げた。

 

 ガロンゾ島の(トップ)は自警団や貴族のリーダーでは無く、騎空艇整備員の組合のリーダーが担う。

 現在コーリスとゾーイは黒騎士をガロンゾに認めさせるべく、理事長のカルコッソと対談している。他の島と違い引き締まった空気は流れておらず、顔見知りである事を加味しても軽い口調で会話が広げられている。

 

 それは住民の人間性では無く、島の特性が理由である。

 

 

「過去に交わした()()に関係があるとか…ですか?」

 

「その通り」

 

 

──この島で成立した契約は絶対に尊守されるという特性。

 

 

「多くの依頼をこなして旅をしてきたコーリス君なら察していると思うが…これは我々しか知らない事だ。この島の特性は星晶獣のものでね、名を"ミスラ"と呼ぶ」

 

「やっぱり星晶獣だったんですね」

 

「そうとしか考えられないから隠す必要も無いんだけどね。邪な考えを持たれるのも困るから…」

 

 

 カルコッソは眼鏡の位置を整えながら困った様に笑った。

 星晶獣と契約を結んだ島は、その獣が持つ能力が影響を及ぼす事がある。しかし、ポート・ブリーズの長閑な風や、ルーマシーの大地が強靭である事を彼等の影響と捉える人間は少ない。島の特色として認知出来る程度には弱い影響だからだ。

 その上でガロンゾは完全に異質である。島の文化が星晶獣の能力由来であるからだ。

 

 ガロンゾは騎空艇の整備を生業とする人間が多く住まう島だが、国ではない。法によって統治されていないが故に荒くれ者は多いが、騒がしいだけで他人に危害を加えようと思う者はいない。

 それは住民性ではなく、契約尊守の特性上、不義理を働けない生活方針を取っているからである。

 大金が動く騎空艇の整備には必ず双方の契約を前提とするし、それで島が発展しているのなら嫌でも不義理を許さない文化が根付くものだ。

 

 これを星晶獣の仕業と公表すれば、その獣を利用すると思案する人間が発生しないとは限らない。

 星晶獣を兵器とみなす考えは普遍的なものだからだ。

 

 

「君達は僕達の艇を買ってくれたお得意様だし、島の依頼も多く受けてくれた。その契約に準じて僕達も正しく報酬を支払った」

 

 

 この場にも護衛が一切いないのは、かつてコーリス達が依頼を受けた際、『今日より、祈望の騎空団とガロンゾ島または住民が関係を構築する上で、互いに危害を与える事を禁ずる。』という抽象的な契約を結び、それが尊守されているからである。

 これによってコーリス達が彼等に攻撃するという懸念が一切ない。護衛は完全に無用となる。

 この原理を応用すれば──

 

 

「これを島同士や軍に対して行うと…どうなると思う?」

 

「少なくとも友好関係を結んだ組織から被害を受ける可能性は無くなる。この島は騎空艇需要もあるし、そういった契約を結ぶ事は相手にとってもメリットだ」

 

「ゾーイちゃん当たり。だけどこの契約には凄い効果があってね」

 

「む?」

 

「個人じゃなくて組織に対して契約を交わすと……組織の方向性が変わってもガロンゾを守れるんだ。トップが変わると方向性も変わるって言うだろ?」

 

「穏健派が過激派に変わっても、組織単位で契約をしている以上手は出せないからか……賢いな」

 

 

 裏技でも何でもなく、言葉通りの契約になるという事だ。

 契約を結んだ国の王が死に、次代の王がガロンゾを支配下に置こうとしても不可能。どうしても裏をかきたいなら組織を解体して新たな名と共に行動する必要があるのだが、これに加えて個人の契約を結べば更に制限出来る。

 他人に委ねてまでガロンゾを牙を向けようものから他国や騎空団から顰蹙を買うし、その場合は賢い選択とは呼べなくなる。

 

 

「抽象的な契約じゃないと駄目なんだけどね。"危害"を"不利益"って言葉に変えると、すぐに崩れてしまう。人はその時々で利益が変わるものだから、いつかガロンゾに攻撃する行為がその人の利益に繋がればお終いだ。だから危害だけを防ぐ様にしている」

 

「星の民という明確な空の敵からの支配はどう避けたんですか?」

 

「騎空艇整備の中心だから、他の人達が死ぬ気で守ってくれたらしいよ。ある種の要だったんだね…ここは」

 

 

 ガロンゾは星晶獣ミスラの能力と騎空艇整備の利便性故に空から重宝されている島なのだ。

 そして、本題を進めようとカルコッソは手を叩いた。

 

 

「つまり、既に君達と契約を結んでいる僕達が心配する事は無いんだ。これまで通りの振る舞いなら文句も無いし、皆も承知の上だ。だが…」

 

 

 コーリスは眼鏡を光らせるドラフの言葉を待った。

 かつてフィラの見舞いに初めて訪れた10歳の頃でも、カルコッソの振る舞いは万物に対して誠実であった。それは真面目という意味もあるが、彼にとっての誠実は価値を見出すこと。万物に対して価値があると仮定し、品定めの視線で以て接する事で、彼主導の元にガロンゾは数多のビジネスを成功させてきたのだ。

 コーリスが少なからず益を齎しているのなら決して敵対はしないし、害を齎す可能性は契約によって排除されている。

 常に先手を取るのがガロンゾとミスラのやり方だ。

 

 

「黒騎士と契約を結ぶ事を、君は許してくれるのかな?」

 

「……そう来ましたか」

 

 

 黒騎士はコーリスである。改めて黒騎士と契約を結んだ所で彼の行動に差異は出ない。

 だが、問題は黒騎士という立場。未来永劫黒騎士として振る舞うつもりが無い彼にとって、この契約を結ぶ事は未来を半端に確定させる不義理に等しい。

 真王に是非の確認を取るという手段は時間が必要であり、時間は契約において信用を失う概念である。故に、彼が取る選択は一つ。

 

 

「許可出来ませんが──今後、黒騎士がガロンゾに仇なす事があれば、俺が守り通すと約束します」

 

「嬉しいけど、黒騎士と引き換えに出来るほどの価値は?」

 

「七曜は全空最強の組織。その2番手に未来永劫守ってもらえる契約は軽いですか?」

 

「ふむ………2番手。てっきり最下層からのし上がりだと思ってたから驚いたよ。いや、本当に驚いた。え?そこまでやるの君?」

 

「ちなみにゾーイは俺より強いですよ」

 

「いずれ超えられるさ」

 

「ああ君達そういう次元か……ちょっと価値を見誤ってたかも。ゾーイちゃんは何となく強そうだから分かるんだけどね」

 

 

 ガロンゾで嘘をつく事は基本的に無い。

 契約を結ぶ為の段階には信用が必須であり、その信用は虚偽で簡単に消え去るものだ。

 ファータ・グランデで上手く生きたいのならば、ガロンゾには正直で在ること。これが鉄則となる。

 

 コーリスの言葉を受けてしみじみと考える素振りを見せたカルコッソは、くしゃりと笑みを浮かべて手を叩いた。

 

 

「良い事を聞いたよ。君が守ってくれるなら当面の心配はない。黒騎士として空に羽ばたいてくれ!評価次第ではその騎士と仲良しなガロンゾの格も上がるからね!」

 

「カルコッソさんの言い方は人を物として見てるのか人格で見てるのか難しいですね」

 

「勿論人格に裏付けされた使用価値さ。どんな物も使う前に事前評価や背景を探るものだろう?だから君がガロンゾにここまで入れ込む理由も知りたくてね」

 

「そうですね…ガロンゾが好きなのもありますが」

 

 

 カルコッソはクリスマスプレゼントを受け取る子供の様に目を煌めかせ、ゾーイと共に顔を寄せて彼の言葉を待った。

 

 

「…フィラが骨を埋める気でいる島ですから、一生かけて守る価値が俺にはあるんです」

 

 

 その言葉を聞いたカルコッソは嬉しそうに頷き、ゾーイも目を閉じて『それでこそ』と呟いた。

 

 

「カリオストロが聞いたら非合理的と笑うかもしれないね」

 

「どうかな…カリオストロはああ見えてかなりの妹想いだ。もしかしたら俺に賛同してくれるかもしれないぞ?」

 

「案外想像できる風景だな」

 

 

 人情に厚い様には見えないカリオストロが、不思議と身内に優しいという風景が容易に想像できて、二人は笑ってしまった。

 

 

「しかし今思うと…あの時さ、僕が止めてよかったね」

 

「あの時…?」

 

「ほら、空戦でコーリス君が腕を失う大怪我をして……治療後にガロンゾに来た時の事だよ」

 

「……ああ、フィラとの一悶着ですか」

 

「聞いたことの無い話だな」

 

 

 ゾーイの訝しげな反応に、コーリスは顔を青くして答えた。

 

 

「フィラが『もう戦わないでね』という旨の契約を結ぼうとしてきた。しかも軽口を装って」

 

 

 その内容にゾーイは衝撃を受けた。

 フィラの狙いに対してではない。そんな未来があっても良いと反射的に受け取った自身の心に対してだ。

 この時の彼女はコーリスの観測する役割から抜け出し、空の世界に降臨していた時期である為、入れ違いのタイミングで行われた些細な会話で詰みかけていた事実にも勿論驚いたが、それよりも調停者から空の命に賛同する立場を危うく思ってしまった。

 

 

(…フィラの心は最もだ。誰だって…いや、トラモントの人々と別れ、一人残ったコーリスが腕を失ったとあればそうならない方が不自然だろう。コーリスは戦わなければならない運命にあるのかもしれないが、その契約が履行された先に幸福があるのなら……否定する気にはなれない)

 

 

 アホ毛を垂らし、考え込む様に沈んだゾーイを他所に、カルコッソは笑いながら冷や汗を流した。

 

 

「いやね、コーリス君さ。契約の事知ってたよね」

 

「口約束は契約の内に入らない事も普通に知ってました。逆に書面が不要だとは思っていなかったですけどね。抱きつきながら『もう戦わないでね…約束だよ……契約だからね?』ってさらっと言われたらそれは…頷きますよ」

 

「ミスラは契約にかける想いを読み取って判定するからね。普段のジョークみたいな口約束じゃ意味ないけど、軽口装った激烈な想いはちゃんと契約だよ。二人とも重いムードだったんでしょ?コーリス君だって了承できないけど、フィラちゃんの為に無理はしたくないと真面目に考えた筈だ」

 

「…あの時止めてくれてありがとうございます。本当に」

 

「通りかかってたのは神の思し召しかな。君が頷くだけでなく『うん』とでも言ってたら今ここに黒騎士がいなかった訳だ。おかげでフィラちゃんには思い出したくないくらいの表情で睨まれたけど。今でも夢に出るよあの顔。刺されるかも」

 

「フィラはそんな事しません!」

 

 

 駄弁りの最中、ゾーイはやっとの思いで顔を上げてコーリスの肩を強く掴んだ。

 

 

「ゾーイ?」

 

「コーリス。ちゃんと説明しよう…フィラにもヴァジュラにも」

 

「ぅ…」

 

「ぅ…じゃない。言わなきゃ駄目なんだ。黒騎士になるという事は君だけが変わる事を意味する訳じゃ無かった。コーリスという人間に関わった人間も同時に変わらなればならない。責任とは一人には決して収まらない災害の様なものだと…私は最近理解してきた」

 

「なんかゾーイちゃんも哲学的な考えを持つようになったね。コーリス君結構彼女に苦労させてるでしょ」

 

「ぞ、ゾーイもまだ若いから成長するんですよ」

 

「ちなみに君の騎空団の評判だけど、ゾーイちゃんの方がまともって言われてるよ」

 

「はぁ!?」

 

「こればっかりは仕方ないけど、傍目から見れば君達って逆なの。深く関わればコーリス君が焦りっぽくてゾーイちゃんが荘厳としてるって事は分かるけど、初対面だと前者が鉄人で後者がそこら辺動き回ってる感じがあるね」

 

 

 カルコッソの評価は多数派のものだ。

 ゾーイは一人で依頼を受けて回っていた時期もあるので、人物評が集まりやすい要素もあるが、コーリスはそこそこ焦るのに対し表情に出ず、ゾーイは焦らないが空の世界の学びの為に周囲を駆け巡るので、より人間的な者を選べと言われればゾーイに軍配が上がる。

 ちなみにノアは人前に出る事が少ないので何とも言えず、カリオストロは全会一致の『クソガキ』である。

 

 

「カルコッソの言葉を聞いて考えを改めたよ…多分じゃなくてヴァジュラは100%君の人格を勘違いしている。そしてそうさせたのは君の振る舞いなんだ。これが空の人々が、大人が、王が口々にする責任という物なのだな」

 

「やめてくれゾーイ……お前まで大人になったら俺の平穏が」

 

「フィラを曇らせるのか?」

 

「!!!!!」

 

「君の曇りは私達が晴らせる……なら、君と関わりの深い人間はどうする?」

 

「ゾーイ…」

 

「今は黒騎士の責任ではなく!コーリス・オーロリアの責任を果たす時なんだ!」

 

 

 何処かで悟りを開いたのだろうか。

 不思議とゾーイの成長が誰よりも著しいと感じてしまったカルコッソは、二人がガロンゾよりもフィラに対して心が向いていると判断し、急いでこの場を切り上げる事にした。

 最早黒騎士に不満は無い。

 

 

「じゃあ早めに行きなよ。あっちから捕まえに来たら印象悪くなっちゃうよ?」

 

「カルコッソさん…契約は」

 

「さっきので充分。ゾーイちゃんとも結びたくなってきたけどそれはまた今度ね」

 

「君の様に思考が早いリーダーが増えてくれれば凄く助かるな」

 

「そういうのは寝る前に小声で呟くものだよ」

 

 

 二人はカルコッソの温情に感謝し、握手の後に部屋を後にした。

 施設から出て、蒼い空の下で空気を吸い、いざ覚悟を決めて歩き出すのだ。

 

 最初に声を漏らしたのはゾーイ。

 次にキレのある間抜け声を出したのがコーリス。

 

 

「あ…」

 

「あ」

 

 

 そしてフィラは──出待ちしていた。

 

 

 

 

 






コーリス
・実はヴァジュラの事を理解しようと思った事が無かった。
・コミュ力が無い訳では無いが、今まで出会った人間が理解ある者ばかりだったので、そういう関係に甘えていたのかもしれない。
 
ヴァジュラ
・コーリスの事を理解していたつもり。
・全くズレている。

ノア
・暴走した責任を感じていた矢先、ヴァジュラが責任を一人で負おうとばかりに早まったので怒る。そういう解決を子供に求めてはいない。
・ちなみに見た目だとカリオストロの次に幼い。

ゾーイ
・最近考える事が多くなったので、超越者的な精神が無くなりつつある。

カリオストロ
・何だかんだヴァジュラを慰めに行くタイプ。

カルコッソ
・ガロンゾのトップ。眼鏡をかけた穏やかなドラフであり、人を価値ある道具として見る割に嫌われていないし、恐れられてもいない。
・コーリスと初めてまともに話したのはフィラの契約問題の時だが、その関係を知らないのに止めようと思ったのは、ガロンゾに長年住んでいた経験故。片方が島に住んでいない人間だとこういう問題は珍しくないのだ。

フィラ
・黒騎士がどんな存在であるか、という情報は既に持っている。ならば本人に凸るのみ。
・カルコッソに邪魔された時は『余計な事を…』では無く、『死なせる気か?この人を…』という飛躍した想いで睨んだ。正直この時は精神的に限界が来てる。
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