戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー 作:にこにこみ
フィーネが現れてからすぐ後に現場から離脱した律は、奏に指摘された場所……河川敷の陸橋下に降り立った。
着陸して少し辺りを見回すと、陸橋の柱に寄りかかるように既に黒スーツ姿の奏が待っていた。
「よ、お疲れさま」
「そっちはどうなった?」
「総出でフィーネの追跡に当たってる。 けど、捕まえられないだろうなぁ」
そう言いながら持っていたスポーツドリンクを律に放り投げる。 キャッチして受け取った律は疲れた身体にそれを飲ませる。
「そういやお前、あのネフシュタンの……雪音 クリスだっけか? 幼馴染だったんだな」
「(ゴクゴク)……ふぅ……調べればすぐに分かることだし、あまり言いたくないからこの場では話さないけど。 まさかあんな事になっているとは思ってもみなかった……」
ドリンクを飲みながら、律は深く考え込んでしまう。
(父さんと母さんに伝えるべきか……?)
クリスはいわば、雪音夫妻の忘れ形見……雪音夫妻の友人である両親にすぐにでも伝えるべきなのだろうが、クリスがシンフォギアの装者で少なからず犯罪に手を染めていた事もあり、判断に迷っていた。
そこでふと、奏は何かを思い出したかのようにポンと手を打つ。
「ああ、そうだ。 律、コレをやるよ」
「これは……」
奏が懐から取り出し、ヒラヒラさせているのは2枚のチケット。 受け取ると、それは今月に行われる風鳴 翼のライブのチケットだった。
「今度やる翼のライブのチケットだ。 確かお前の妹が行きたがってたって言ってただろう? 息抜きがてら一緒に行ってやれよ」
「……ありがとう、妹も喜ぶよ。 けど済まないな、気を遣わせて。 しかもこんな良い席まで用意してもらって」
「いいってことよ」
このチケットはただのライブチケットではない。特別な人にしか取ることの出来ないロイヤルボックスからライブを観る事ができるチケットだった。
「さて、アタシは後始末があるからもう行くわ」
「ああ。 俺は買い物があるからこれで」
「また情報が入ったら連絡を入れる」
2人は別れ、律は近くにあるスーパーに駆け足で向かって行った。
◆ ◆ ◆
陽は落ち、月光と街灯が夜を照らす中……二課からの捜索を振り切ったクリスは独り、思考が頭の中をグルグルと回りながら夜の街の中を歩いていた。
「何でだよ、フィーネ?」
疑問に疑問をぶつけながら歩き続けるクリス。その脳裏で、響の神経を逆撫でるような言葉が何度も反復していた。 そして、律の姿も。
「っ、あいつ……くそっ!」
苛立ちを隠せず、落ち着かせるように自分の考え……戦う理由を再確認しながら胸に手を当てる。
(アタシの目的は、戦いの意思と力を持つ人間を叩き潰し……戦争の火種を無くすことなんだ! だけど……)
そのクリスが戦う理由が、響との関わりで変わりつつあった。 それが否が応でも苛立ちを覚える要因である。
と、その時、不意に女の子の泣き声が聞こえてき。 それを聞いたクリスの視線は、自然とそちらに向けられる。
「泣くなよ! 泣いたってどうしようも無いんだぞ!」
「だって……だってぇ……」
街灯の側にあるベンチに座りながら泣いている女の子と、少し強めの言葉で女の子を泣き止まそうとしている男の子がいた。
それを弱い者虐めだと思ったクリスは眉を釣り上げ、2人の元に向かって行く。
「おいこら、弱い者を虐めるな!」
「虐めてなんかいないよ。 妹が……」
男の子はそう言うが、話している間にも女の子は余計に泣き出してしまう。
「虐めるなって言ってんだろうが!」
「わっ!?」
女の子が更に泣き出したのを見て、クリスは手を上げながら男の子を叱る。 男の子はぶたれると思い、自分の顔を庇うように両腕で顔を隠す。
だが、クリスが手をあげるよりも先に……先程まで泣いていた女の子がクリスと兄の間に割り込んで、兄を守るように両手を広げた。
「お兄ちゃんを虐めるな!」
まだ愚図りながらもクリスを見上げると女の子に、流石に違うと分かったクリスは訳がわからないと困惑した顔をして手を下ろした。
「お前が兄ちゃんから虐められてたんだろ?」
「違う!」
「はぁ?」
「……父ちゃんがいなくなったんだ。 一緒に捜してたんだけど、妹がもう歩けないって言ってたから。 それで……」
「迷子かよ。 だったら、端からそう言えよな」
女の子の兄である男の子から事情の説明をされ、クリスは思わず呆れ返ってしまった。
「……だって……だってぇ……」
「おいこら泣くなって!」
「妹を泣かしたな!!」
今度は妹の前に兄が立ち、両手を広げる。 どうしようもないクリスは苛立ちを覚え頭を乱暴にかく。
「——いつまで続ける気だ?」
その時、後ろから第三者の声が聞こえてきた。 クリスは肩を一瞬震わせ、ゆっくりと振り返ると、
「よ、クリス」
「んなっ!?」
そこには片手あげる律がいた。 クリスは混乱する、なぜここに律がいるのかと。
(ど、どうしてここに!? 私を探しに……! いや、今の律は……敵! 敵……なんだ……)
目の前にいるのは敵……自分にそう言い聞かせるが、それと同時に目に涙も込み上げてくる。
「じゃ、また明日」
「お、おう——って、そうじゃねえだろう!!」
「ぐえっ」
何事もなく去っていく律。 クリスは律の襟を掴んで引き止め、律はカエルが潰れたような声を上げる。
「おい可笑しいだろう! 何で再会に喜ぶとか捕まえるとかしないんだよ!?」
「感動の再会はさっきしたばかりだろう。 感動の再開は一回で充分……! それに俺は二課とかじゃないし、捕まえる理由がないし」
(そ……そうだった……コイツ、昔からこんな奴だった……)
人差し指立ててドヤ顔をする律に、手で苦い顔を覆うクリス。 実のところ、律は結構アバウトな性格をしている。 そのおかげで幼少の頃、クリスは何度も失敗していた経験を思い出す。
「そ、それよりもどうしてここに!?」
「帰る途中でここを通ったら、勘違いして子ども達を泣かしているクリスがいたから……ちょっと、遠くから見させてもらった。 いやぁ、かなり面白かったよー」
(ウ、ウゼェ……)
プークスクスと手で口を押さえながらニヤケ顔で笑う律に、クリスは先程とは別の意味で苛立ちを覚える。
「少しは元気になった?」
「は……?」
「さっきっから眉にこーんなシワを寄せてたかな。 クリスはそんな顔より、笑ってた方が可愛いよ」
「ッ!」
クリスは怒りや恥ずかしさ、そしてほんの少しの嬉しさで顔が真っ赤になってしまう。
「それで何泣かしてたんだ?」
「だから泣かしてねぇよ!」
律に振り回されっぱなしなクリスは、子ども達が迷子になっている事をイラつきながらも説明する。
それを一通り聞いた律は……ブフッ! と吹き出し笑い出した。
「アハハハハハ!!」
「な、何笑ってんだよ!!」
「いやだって……追われてんのに先に子ども達の心配をして。 久し振りに会ったけど変わってないな、そういう優しいところは」
「…………!」
律は恥ずかしがっているクリスの横を通り過ぎ、置いてけぼりにされている兄妹の前で両手を膝に乗せ、腰を下ろして目線を合わせてから話しかける。
「あのお姉ちゃんと何話してたんだ? 良かったら、俺にも教えてくれないか?」
「あ……う、うん。妹と一緒に父ちゃんを捜してたんだけど、妹がもう歩けないって言うからこの場所から動けなくて……」
「成る程ね。なら、俺とお姉ちゃんが2人と一緒にお父さんを探してやるよ」
「良いの!?」
「あぁ」
父親を一緒に探すと言い、兄妹の頭を優しく撫でると安心したように笑顔を浮かべた。
「おい待てコラ! アタシを抜きにして何勝手に話を進めてんだ!? 」
「え? いやだって、クリスが先に首突っ込んだ事だろう。 最後まで責任を持つべきだ」
「お前が探すんならアタシは必要ねえだろう!」
フンッ!と、腕を組んでソッポを向くクリス。 どうやらついて行きたくないようで……律はクリスに背を向け、兄妹の背を軽く押す。
「そっか……それじゃあなクリス。 さ、あの薄情なお姉ちゃんは放っておいて、お兄ちゃんと行こうか」
「「うん」」
「え!? あ、ちょ、おいっ!? 待ってよ、律ーーーっ!!」
置いていかれようとするクリスは、どこか昔の光景のように律を追いかけた。
最初は律が女の子を背負って探し回り、しばらくして女の子が歩けるようになってからは律とクリスの間に子ども達を挟むように手を繋じ、夜の歓楽街を歩いていた。
すると、近くから鼻歌が聞こえてきた。 律は隣を、兄妹は上を見ると……クリスがその鼻歌を歌っていた。
「〜〜〜〜♪」
無意識なのだろう、表情も変えず進行方向を向いたまま歌っている。
本当に久し振りに聞いた、歌……律は黙ってその鼻歌に聴き惚れる。それはクリスと手を握っている女の子も同様で、クリスの事をジーっと見ていた。
「な、何だよ? お前も、何こっち見てんだ!?」
流石な2つの動かない視線に気付き、クリスは少し慌てながら乱暴な言葉でそう言う。
「お姉ちゃん、歌好きなの?」
「……歌なんて大嫌いだ。 特に、壊す事しか出来ないあたしの歌はな……」
壊すことしか出来ない歌……シンフォギアのことを指しているのだろう、それしか出来ない自分を、そして歌を嫌悪している。
「俺は好きだぞ」
「なっ!?」
だが律はクリスの歌は子どもの頃から好きだった。 素直にそう言うと、クリスはみるみると顔を赤くする。
「ねえねえ、もっと歌って!」
「も、もう歌わねえよ!」
女の子に歌を催促されるが、クリスは頰が赤いままプイっと顔を背ける。
「しょうがないなぁ……」
クリスが歌わないのならと、律はスゥと一息吸い込み、
——
「え……」
喉を震わせて歌い始めた。 突然の事にクリス達は驚くが、その澄んだ歌声に横槍を入れる事は出来ず、静かに耳をすませる。
——
ゆっくりと、心の奥まで響かせるような歌声に、そのまま歌いながら律は歩みを進める。
決して声は大きくないが、喧騒のある繁華街の中でもどこまでも届くような、静寂を呼ぶような歌声がどこまでも響いていた。 道行く人まで歩みを止めて、歌い続ける律に視線を向ける。
それからも歌を続け、2人の兄妹を不安取り除き、次第に元気付けていく。
——
途中、律は目を閉じ歌に集中し出す。 律の歩みを左右の手を繋ぐ兄妹が支える。
——
最後まで歌いきり……数秒間、繁華街から音が消え、しばらくすると元に戻った。
「うわぁ……! お兄ちゃんもお歌、上手だね!」
「でも、すごく女の人の声だったんだけど……」
「そういう声の出し方があるんだ。 まあ、そもそも俺の声って女っぽいのが原因だけど」
「………………」
歌い終わった直後に、律たちは交番の前に差し掛かった。
と、そこへ丁度、一人の男性が交番から出てきた。 少し疲れたような、心配してそうな顔しながら顔上げると、歩いてきた律達に気が付いた。 その男性を見た子ども達は、パァっと表情を明るくする。
「父ちゃん!」
「あ、あぁ!!」
どうやら男性は今、捜していた子ども達の父親のようで、律とクリスの手から手を離した兄妹が男性……父親の下へ駆け寄って行く。
「お前達、何処に行ってたんだ!?」
「お姉ちゃんとお兄ちゃんが一緒に迷子になってくれた!」
「違うだろ。一緒に父ちゃんを捜してくれたんだ」
2人に大事が無かったようで、父親も一安心する。
「すみません。 ご迷惑をお掛けしました。 折角のデートのようで、本当にすみません……」
「んなっ!?」
2人を交互に見て、一般的な勘違いをした父親は頭を下げる。 そしてクリスは再び顔を真っ赤にして慌てふためく。
「ち、ちちち、違ぇよ!! べ、別にコイツとアタシはそんな関係じゃ……!」
「そうですよ。 彼女とはただの幼馴染です」
「……………………」
真っ赤になるクリスに対し、あっけらかんと返す律。 そんな律にクリスは不機嫌そうな顔をする。
それから父親は再三、自分の子供達が掛けた迷惑を謝罪し、そして別れる時に手を振る子ども達。
「じゃあねー」
「もう親と逸れるなよー」
手を振り返しながら見送り……すぐに姿が見えなくなり、2人は振っていた手を下ろす。
「……今の……」
「ん?」
「今の、《La Luna》か?」
クリスがそう尋ねてきた。 今の歌は律の母《紅羽》がイタリア語で作った子守唄……昔、寝る前によく2人に聞かせていたものだ。
「ああ。 母さんが子守唄で聞かせてくれたやつな。 よく覚えていたな?」
「……忘れるもんか。 あたしに残された、たった一つの思い出を……」
最初の頃は紅羽が何を言って、どんな意味なのか分からず聞いていたが……心安らぐような歌であることは実感して感じられていた。
「それで……どうするんだ? ここでアタシを捕まえて、
首を振って、今し方思い浮かべた感情を振り払い、両手の平を見せながら軽く広げ、無抵抗を装う。
捕まえるのなら今だぞ……そんなクリスの行動を見た律は、肩をすくめながら首を左右に振った。
「俺は今すぐにクリスをどうこうする気はない」
「何?」
「本音を言えば無理矢理にでも連れ戻して、両親と妹と合わせたい。 でも今、クリスはそう思ってないんだろう? いや、会うべきじゃないと思っている」
「………………」
「だから待ち続けるよ。 本当は、国を出てでも探すべきだった、失踪した時も探すべきだった……でも、今は待ち続けるよ。 これが最低な行為だと思うかもしれないけど……俺は待ち続ける。 探しに行って、その時にクリスが来たらそこには誰もいないからな」
「……ッ!」
色んな感情が頭の中でせめぎ合い……途端、クリスは律から背を向け、その場から去ろうとする。
「最後にこれだけは覚えていてほしい」
「………………」
「俺は決して、クリスの敵にはならない。 たとえ世界がクリスを否定したとしても、俺は必ずクリスの力になる。 ……今更、こんな事を言っても遅いかもしれないが」
「……ッ……」
去り続けるて行くクリスにそれだけを伝え、今度は律もクリスに背を向ける。
「待ち続けるよ……いつまでも」
「今更……! 何を今更……!!」
そう言い、律はクリスの前から去って行き。 クリスも駆け足になりながら路地裏に入り、数分の間当てもなく歩き続け、
「今更……あたしに優しい言葉を投げかけないでくれよ……!」
拳を握り、横殴りに壁にぶつける。 そしてすぐに力が抜けヨロヨロとへたれ込むと、
「すがっちまうだろう……バカ野郎……」
ポツリと、涙をこぼしながら呟いた。