戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー   作:にこにこみ

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11話 喪失

「………………」

 

先程までの一件から時間が経ち深夜前……律は自宅のテーブルに座り、その上にはスマホが置かれていた。

 

無言でスマホをジッと見つめ、何度も深呼吸して自分を落ち着かせていた。

 

「……よし」

 

覚悟を決め、スマホ手に取りある人に電話をかけようとする。 数コール後、電話が繋がった。

 

『……もしもし』

 

「あ、律だけど……今、大丈夫か、未来? 話があるんだ」

 

『……はい』

 

恐らく……いや、確実に二課から機密保持の説明を受け、必要最低限の事情は聞いたのだろう。 どこか未来の声が気落ちしているように聞こえた。

 

「響は?」

 

『……今はもう寝ています』

 

以前聞いたのだが、響と未来は同じ寮の同じ部屋で生活しており、時折……というかほとんど毎日同じベットで寝ていると聞いたことがあった。

 

だが、どうやら今日は別々に寝ているようだ。 まるで今の2人……いや、電話越しの律も含めて距離感を感じてしまう。

 

「恐らく二課の人から説明は受けていると思う。 けど、その人達と俺は無関係だ。 最初にそれだけは分かってくれ」

 

『……はい』

 

本当なら既に色んなことが起こり過ぎて頭がいっぱいいっぱいなはずな未来が、響と律の立場のそ違いなんて理解したくもないはず……だが、未来は精一杯の声で返事を返した。

 

「俺は響と未来は大切な友達だ。 友達だからこそ……秘密にしたかったんだ。 巻き込みたくない、傷つけたくないから」

 

『……でも……』

 

「分かってくれ、許してくれとは言わない。 これは力を持ってしまったが故の責任なのかもしれない、俺と響も……守れる力があるのなら、それを誰かのために使いたい……」

 

『………………』

 

深く考え込んでいるのだろう、沈黙が続く。

 

「未来。 前に言ったと思う。 今、俺のやっていることが未来にどう映るか分からない。 正しいのか、悪いのか……でも」

 

『必要だから……ですね?』

 

「……ああ」

 

自分が正しいと思っての行為でも、それを見る相手が違えば答えも変わる……だが、たとえ人の目に映ったのが悪だったとしても、止めることは出来ない……それが、必要だから。

 

「俺はまだ陰から支える事しか出来ない。 だから未来……響の居場所になってくれ。 帰るべき、居場所に」

 

『律さん……』

 

嘘偽りなく、本心で自分の言いたいこと伝える。 そしてしばらくの沈黙の後、

 

『分かりました。 まだ、どこか納得していない部分もありますが……律さんは、許す事にします』

 

「……ありがとう。 未来が友達で良かった」

 

“律さんは”という部分が気になるが、あえて追求しないでおいた。

 

『ふふっ、律さんも辛くなったら甘えてもいいんですよ? ここは響だけの特等席じゃないんですから』

 

「ああ。 それならお言葉に甘えて」

 

『!!』

 

その提案をありがたくやんわりと受け入れると、未来の息を飲むような声が聞こえてきた。

 

『もう……そんな恥ずかし気もなく……逆にこっちが……』

 

「? 未来?」

 

『何でもありません!』

 

その言葉を最後に、一方的に電話を切られてしまった。

 

「お、おう……?」

 

後に残された律は、意味がわからず呆けた声しか出なかった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「ふぁ……」

 

翌日、午前6時頃……目覚めた律は身を起こすと軽く欠伸をし、深呼吸してからしばらくボーッとして全身に酸素を行き渡らせるような感覚でジッとした後、ようやくベットから出た。

 

「雨か……」

 

カーテンを開けると外は曇り空で雨が降っていた。 特に気にする事もなく顔を洗った後、朝食の用意をし、寝間着から制服に着替えようとする。

 

「……あれ?」

 

ワイシャツを着てネクタイをしたところで、ふと気付いた。 昨日、就寝時に机の上に置いたはずの黒のギアペンダントが……どこにもなかった。

 

「おっかしいなぁ、確かにここに……」

 

不審に思いながらも机の上やその周囲の床をくまなく探したが、どこにもペンダントは無かった。

 

と、そこで律の前にリュートが前を歩いてきた。 何気なく顔を上げてリュートを見ると……その口元からペンダントのチェーンが垂れ下がっていた。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

無言で見つめ合う1人と1匹。 しばらく見つめ合い時間を置いた後、

 

「コラーーーッ!! リューーーートーー!!」

 

怒りの形相で叱りながらリュートに勢いよく手を伸ばし。 当然なのか、リュートは踵を返して脱兎のごとく逃げる。

 

ドタバタとアパート内を駆け回り、少し反撃されて引っ掻かれながらもリュートの首根っこを掴んで捕獲に成功した。

 

「にゃ、にゃーー!!」

 

「離しなさい……っ!!」

 

垂れ下がるチェーンを引っ張って取り返そうとするも、リュートは頑なにギアペンダントを咥えて離そうとはしない。

 

「こんっっっの!!」

 

少々乱暴だが力付くで引っ張り、

 

「取れた! ——って、ギアがない!?」

 

取れたのはチェーンのみ。 肝心なギアペンダントはまだリュートの口の中……だったが、既に食道を通って胃の中だった。

 

「ペッしなさい、ペッ!!」

 

「にゃ! にゃ! にゃっ!!」

 

すかさず律はリュートの後ろ足を掴んで逆さ吊りにし、ギアペンダントを吐かせようと何度も揺する。

 

しかし、何度振っても出てこなく。 そろそろ動物虐待ではと思い始めた頃……両手両膝をついて項垂れる。

 

「お、おいおい……こんな時にノイズが来たらどーすんだよ……」

 

「にゃー」

 

すると、リュートは後ろ脚立をして前脚を律の右腕に寄りかかるように乗せた。 まるで励ますように……だが、原因はリュートなので、イラッ☆ときた律は首根っこ掴んでゴミ箱にシュートした。

 

……動物虐待である。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「……と、言うわけだ」

 

『いや何が“と、言うわけ”だあぁっ!!!』

 

この事態を包み隠さず奏に報告すると……律のスマホが揺れるくらいの怒号が轟いてきた。

 

『何してんだよこのアホ!! こんな大事な時にバカみたいな事やらかしてよお!!』

 

「仕方ないだろう。 食べちゃったんだから」

 

「にゃー」

 

『……おい、リュートもそこにいんのか?』

 

「動物病院に移送中」

 

ギアが猫の胃酸で溶けるとは思ってはいないが、流石に長時間放っておくわけにもいかず。 律は学校を休みリュートの首根っこを掴んで肩に担ぎ、動物病院に連れて行っていた。

 

「とにかくノイズが出ないことを祈ってくれ」

 

『おい、地味にフラグ立てるのやめろ』

 

律の悪い方向への予想はよく当たる……悲しいことに。それが律と響の特徴である。

 

『それはそうと律、あの未来って子とはどうなったんだよ?』

 

「昨日電話して、まあなんとかなったよ」

 

昨夜、電話した結果を奏に掻い摘んで説明した。 それを聞いた奏は電話越しにホッと一息つく。

 

『まあ何にせよ良かった。 だがまだ気は緩めるなよ。 1人2人に正体がバレたら、後はなし崩しだ。 未来はもちろん、翼にもバレてんだ。 響や旦那、二課や政府に見つかるのも時間の問題だぞ』

 

「その前にこの事件を片付ける……そうだろう?」

 

『ああ、わかってんじゃねえか』

 

と、そこで奏はしばらく黙っていた。 何かあったと思いながら一呼吸置いた後、

 

『……なあ……律はそれなりに強くて、頭も良くて、才能もあるよな?』

 

「…………はぁ…………?」

 

唐突にそんな脈絡のない質問をしてきた。 流石の律も意味が分からなかった。

 

『ノイズとの戦闘からお前の強さはよく分かる。 学校での勉強も上手くいって文武両道……他人から見ても優秀な人間だ』

 

何を言いたいのかよく分からず、間を挟もうとするが……その前に「だが……」と、奏は続ける。

 

『どう考えても余裕が無さすぎるんじゃねのか? 上達すれば自然に生まれる、心の余裕が』

 

「…………………!」

 

『上手くなる実感から生まれる自分への甘さ、ゆとりを持とうとする気持ち……それが、お前からは全くない。 まるで自分を一振りの剣として戦い続ける翼のように……』

 

「………………」

 

『別にそれが悪いって訳じゃねぇ。 そのチグハグな部分、お前がよく理解していると思うしな』

 

「…………ああ。 よく分かってるさ。 自分自身……嫌という程にね」

 

スマホを掴む手とは反対の手を胸に当て、ギュッと握りしめる。 言われなくてもわかっていた、律自身がよく……その雰囲気を何となく察した奏は、フゥと息を吐く。

 

『恐らくフィーネは《雪音 クリス》を野放しにしておかねえつもりだ。 口封じのために、ノイズを放っているのが既に何件か確認されている……その時までは待機してろよ』

 

「それって、もしかして今日?」

 

『だからフラグ立てんじゃねえ』

 

律は奏からの電話を切り、不思議にドッと疲れ大きなため息を吐いた。

 

それから律はリュートを動物病院に連れて行った。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

その頃……ノイズに追われ、疲労困憊で倒れてしまったクリス。 そんな彼女を、かなり思い詰めた顔をして歩いていた未来が発見し《ふらわー》というお好み焼き店の部屋を借りて看病していた。

 

目を覚ましたクリスはかなり困惑したが、優しくしてくれる未来とふらわーのおばさんの好意を流されるように受け止めていた。

 

「喧嘩か……もうアタシには縁遠いことだ」

 

「友達と喧嘩したとないの?」

 

「……友達いないんだ」

 

「え……」

 

「地球の裏側でパパとママを殺されたアタシは、ずっと独りで生きてきたからな……友達どころじゃなかった」

 

「そんな……」

 

「いや……1人だけ、いたな……」

 

着替え終えたクリスは窓に近寄り、雨の上がった空を見上げてながらフッと、思い出したように笑う。

 

「両親が殺される前はここにいて、家族共々そいつとよく遊んでいた。 ガキの頃のアタシはそりゃあ普通で……転んで泣いてたら、慰めてくれておんぶしてくれて。 喧嘩したら食べ物一つであっという間に笑顔になって……でも、それは昔の話、もうアタシとアイツは別々の場所にいる。 もう、会っちゃいけないんだ」

 

「そんな事……」

 

「こんな汚れちまった女より、お前のような身綺麗な女の方がアイツには似合うのさ」

 

自分で言っておいて傷つく……クリスは震えながら胸に手を当てる。 そんなクリスを見て、未来はクリスの前に歩み寄る。

 

「なら……喧嘩しちゃえばいいんじゃないかな?」

 

「はぁ?」

 

「お互いが分からないのなら、喧嘩して言いたいことを言い合って……スッキリしたところで仲直りをする。 隙あれば弱味につけこめばなお良し、奢らせるとか」

 

「……現在進行形で喧嘩しているヤツが言うセリフじゃねぇな」

 

「ふふっ、そうだね」

 

——ウウゥーーーーッ!!!

 

その時、前触れもなく、もう日常的に音を鳴らしている警戒警報が町中に鳴り響いた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

数分前——

 

律はリュートを動物病院に連れて行き、何故かこの日は混雑しており、診察までかなり時間がかかったが……何度かお世話になった獣医の診察の結果……出るまで待つしかないという結果となった。

 

「おい、リュート。 ご飯はちゃんと食べていたよな? 何がどうしてギアペンダント(あんなの)を食ったんだよ」

 

「にゃー」

 

動物病院の帰り道、リュートの両頬を引っ張りプラーンとぶら下げながら追求するも、鳴き声しか返ってこなかった。

 

因みに最初からリュートをケージの中に入れて運ばないのは、入れようとしたらリュートがかなり嫌がったため。

 

「はぁ……明日明後日で()()くるとは思うけど……ガチで洗浄に1週間は使いたいかも……」

 

「にゃー?」

 

「おい分かってんのか? 多分嘘偽りなく火を噴く思いになるからな?」

 

まだ少し先になるが、排出されたギアペンダントを首に下げるのは……あまり気分のいいものではないだろう。

 

「…………………」

 

落ち込んでいく気分の中……不意に顔を上げ、空を見上げる。 そこには雲一つない青空に浮かぶ、強く輝いて色すら判別できない太陽があった。

 

「太陽、か……響が太陽なら、俺は月かな」

 

未来は以前、響のことを“陽だまり”と称したことがある。

 

そして自分は裏で光を放つ月。 月は見姿を変えながら神秘な光を映す。 だが、月は太陽無くして輝くことは出来ない。

 

「でも……“太陽は常に1人である”、誰かが側にいないとね」

 

どこかの詩人が言った言葉を言いつつ、家に帰ろうと再び歩き出した、その時、

 

——ウゥーーーッ!!!

 

前触れもなく、町中に警報のサイレンの音が響き渡る。

 

「!! ノイズの警戒警報……! おいおい、本当に来たのかよ!?」

 

嫌な予想が的中してしまった直後、律のスマホに奏からの着信が届く。

 

『やっぱりフラグ立ってたじゃねえか!!』

 

「愚痴言っても仕方ない。 場所は?」

 

『市街地第6区域付近だ! ちょうどお前がいる付近だ!』

 

「分かった!」

 

『いや何が分かっただ!? 今のお前に何が——』

 

奏が何か言いかけていたが、律は無視して走り出しながら電話を切った。

 

ノイズが発生した地点は繁華街の近くのようで、急いでその地点に向かう律。 その時……どこからか少女の叫ぶ声が届いてきた。

 

(この声は……!)

 

律は急いで声がした方向に走り、そしてすぐに町の大きな通りがある商店街に辿り着く。

 

そこには既にほとんどの避難が済み、ゴーストタウンと化した町のど真ん中に……泣き崩れて膝をつき、天を見上げながら涙を流すクリスの姿が。

 

「Killiter Ichai——ケホッ! ケホッケホッ!」

 

「クリス!!」

 

どうやら風邪気味のようで、聖詠の途中で咳き込んでしまった。 その隙が命取りになり、上空に飛んでいた飛行型ノイズが槍となって突貫してきた。

 

助けようと走り出すが、間に合わない……せっかく再開できたのに、最悪な結果が脳裏に浮かんで来た時、

 

「——ふんっ!」

 

大地を揺るがすような踏み込み……震脚でコンクリートの地面を引っ剥がし、それを盾にしてノイズの攻撃を防いた。

 

「はい?」

 

「はっ!!」

 

間髪入れず盾となったコンクリートの壁を拳で砕き、瓦礫で周囲のノイズへの攻撃を行った。 物理的な攻撃を仕掛けてきた今のノイズは透過状態になってはおらず、コンクリートでも倒すことができた。

 

(“旦那に任せると被害が増える”ってそういうことかよおおおおぉぉ!?)

 

クリスを守ったのは二課の指令である《風鳴 弦十郎》その人だった。

 

律は以前、奏が言っていた言葉がようやく理解できた。 が、誰がこんな人間やめたような事を想像できるだろうか。

 

それはともかく……防がれたとしても、ノイズは2人を炭にしようと再度進行してくる。

 

「やばっ! これ以上街を壊されてたまるか!」

 

別の意味でこれ以上の被害を出さないよう律はノイズに向かって走り出す。

 

だが、律は失念していた……今、シンフォギアは使えない。

 

「Feliear ◼️◼️◼️ tron」

 

肝心の聖遺物は肩の上に乗るリュートの腹の中にあるため、聖詠を紡いでもシンフォギアは出てこない。

 

しかし、律はそれよりも自分の口からノイズ以外の音が出てきた事に驚きを禁じ得ない。

 

(今、何を……)

 

今しがた口から出た歌を頭の中で反復する。 恐らく律のシンフォギアの聖詠の一部だろうが、肝心の聖遺物については分からなかった。

 

「——はあっ!!」

 

考え込んでいる間に、いつの間にかイチイバルを纏ったクリスが律の前に現れた。

 

「クリス!」

 

「何してるんだ! 早くシンフォギアを纏え!」

 

「い、今は無理!」

 

「はああ!?」

 

律がシンフォギアを使えないことに、クリスは声を上げる。 しかも銃口を向けかねない勢いだ。

 

だが事情を説明する暇もなく、クリスは次々と襲いかかってくるノイズを撃つ。

 

「チッ、早く行け!! 足手まといだこのバカ!」

 

「分かった! 後は任せる!」

 

「悪いと思ってるのならもう少しそういう態度を取れよ!!」

 

割とアッサリ謝罪して走り去る律に、今度こそ銃口を向けながら吠えるクリス。

 

しかし、走ったはいいが今の律に何が出来るのか……そう考える足を止めた時、

 

「にゃー!!」

 

「あ、おいリュート!」

 

突然、肩に乗っていたリュートが飛び降りて走り出し、近くにあった大きな穴が開き鉄骨が剥き出しになっている工事中の廃ビルに入って行ってしまった。

 

「おいリュート!」

 

今にも崩れそうなビル……律はそれを踏まえ、慎重に歩きながらリュートを追いかけてビルの中に入る。

 

「リュー……」

 

廃ビルに入り名前を呼んで探そうとした時、真上に複数の足があるノイズが出てきた。

 

(うわっ、デカいタコ。 こんなノイズ始めて見た)

 

どうやらタコ型ノイズは律に気が付いていないようで、その下を通り抜け吹き抜けとなっている階下を覗き込むと、

 

「あ」

 

「「!!」」

 

下には響と未来が身を寄せ合っていた。 2人は律が現れた事に驚くも、何故か口を噤んでいた。

 

「ひ——」

 

名前を呼ぼうとした瞬間……いきなり膝裏に何かがぶつかり、膝カックンされた。 その一拍子置いた直後、律の頭上にタコ型ノイズの足が通り過ぎ、律の側にある床を突き破った。

 

それにより床は崩壊し、律は跳躍して落下する瓦礫から脱し、受身を取って階下に着地する。

 

「ん?」

 

着地してからノイズを確認しようと顔を上げると、頭上に白い物体が落下し、受け止めると……それはリュートだった。 どうやら先程の膝カックンはリュートによるもののようだ。

 

「リュー……」

 

名前を呼ぼうとしたその時……背後から回された手が律の口を塞いだ。

 

そのまま後ろに倒されて尻餅をつかされ、ゆっくりと後ろを向くと……片手で律の口を塞ぎ、もう片方の手の人差し指を口元に当てている響と未来がいた。

 

(な、何だ……?)

 

何故口を塞がれているのか、それを質問することもできないまま手を離した未来はスマホを操作し、律に画面を見せた。 そこには〈静かに。 あれは大きな音に反応するみたいです〉と書かれていた。

 

律は口を噤むと、ようやく響が口から手を離してくれ、同様にスマホを取り出して筆談で会話を始める。

 

筆談によると、どうやら未来とすぐ側で気絶して倒れているおばあさんはあのタコ型ノイズに追われてここに逃げ込み、その後に響、そして律がやってきて今に至っているようだ。

 

(どうしたものか……)

 

加えて今の律はともかく、響が聖詠を歌わないのは律を含む3人を危険に晒してしまうから……仮に響が囮になってもこの場に3人を残してしまう結果になり、その間に他のノイズが現れるとも限らない。 完全に動けず、膠着した状態が続いてしまう。

 

すると、未来はまた自分のスマホの画面を見せてくる。

 

〈私が囮になってノイズの気を引くから、その間に2人はおばちゃんと一緒に逃げて〉

 

それを読んだ2人は驚く声を抑え、目を見開く。 急いでスマホを取り出し、言いたい事を急いで入力して未来の眼前に突き出す。

 

〈何考えてるんだ!? そんな事させると思うか!?〉

 

〈そんなこと出来る訳ないよ! 未来にそんな危険なことをさせらない!〉

 

似た内容の文章を見せられ、未来は返答を書く。

 

〈元陸上部の逃げ足だから何とかなる〉

 

〈他に方法はあるだろう!〉

 

〈何とかなる訳無いよ!〉

 

〈じゃあ何とかして〉

 

その文章は響にだけ見せた。 次いでスマホを操作し、次に律にだけ画面を見せる。

 

〈リュートを、守ってくださいね。 響も、必ず。 私は、これが今すべき、正しい事だと信じています。 この行動が——2人に取って必要になるから〉

 

(未来……)

 

律の言葉が完全にブーメランになって返って来て、返答を返す手も止まってしまう。 決意は固い、

 

「……うぅ……」

 

すると、側で横たわっていたふらわーのおばさんが呻き声を上げる。 その声に反応し、頭上のタコ型ノイズが蠢きだす。

 

「……2年前、私は1人だけ安全なところに逃げて、響と律さんの側にいることが出来なかった。 一番大事な時に、一緒にいられなかった。 でも、もう私は、めげたり、諦めたりしない……たとえ拒絶されても、離れ離れになっても……それでも一緒にいたい。私は今度こそ、2人の力になりたいの」

 

「未来……」

 

「そんな事、俺も響も気にしてないんだ。 だからそこまで気負う必要は……」

 

そう言い切る前に、未来は首をフルフルと横に振り、響と律の耳元から顔を離し、2人から離れながら立ち上がると、

 

「私はもう、迷わない! 迷いはしない!」

 

同時に大きな声で叫んだ。 その声に反応し、タコ型ノイズが一気に動き出した。 狙いは未来に定められ、その多数の足を振り下ろそうと構えている。

 

「未来っ!!」

 

「間に合えっ!!」

 

律は駆け出そうとする未来の背を庇うように走り出し……2人の頭上にノイズの足が振り下ろされ、土煙が舞い上がった。

 

「そ、そんな……未来! 律さん!!」

 

ノイズの足が完全に直撃した……そう感じた響は土煙の中で起こっているであろう最悪の事態が脳裏に浮かぶ。 しばらくして、土煙が晴れると、

 

「……あ……」

 

そこには両手でタコ型ノイズの足を受け止めて掴む律の姿があった。 どうやら未来には足は当たらず、そのまま廃ビルを飛び出したようだ。

 

「り、律さん!!」

 

「——ごめんよ……」

 

「え……」

 

想像通り最悪の事態を予想した……だが、いつまで経っても律の身体は黒く染まらず、むしろ謝罪の言葉が聞こえてくる。

 

「ごめんよ……リュート」

 

その名を聞き、響は周囲を見回すと……足の一本が背中に直撃し、地面に押し潰しているリュートの姿があった。

 

「リュ、リュート……」

 

木に登り、降りられなくなった白猫のリュートを最初に保護した響は、この光景にまともな声が出てこない。

 

そして、次第にリュートの身体は黒く染まり……炭となってしまった。

 

「あ……ぁ……」

 

「俺が不注意なばかりに、こんな場所に連れてきて……」

 

自分の軽率な行動が招いた結果……懺悔するように律は呟に、怒りを表すようにノイズの足を握る力が一気に込められていく。

 

「うおおおぉぉっ…………りゃああああっ!!!」

 

足を全力で引っ張り、タコノイズを自分ごと一回転させてから真上に放り投げ、ノイズは建物の外に放り出されてしまった。

 

「……..…………」

 

「ど、どうして……ノイズに触ったのに……」

 

シンフォギアを纏っているならまだしも、生身でノイズに触れても何ともない律に驚きを隠せない。

 

そんな響を律は一瞥し、炭となってしまったリュートの亡骸に手を入れる。

 

突然の奇行に響は驚くが……律は炭の中からリュートに食べられたはずの黒いギアペンダントを取り出した。

 

どうやらペンダントまで炭にはなっていなかったようで、そのペンダントを見た響は目を見開く。

 

「そ、そのペンダントって……」

 

翼とクリスが欠けているギアペンダントと色違いのペンダント……それを着けているのは響が知る中で1人しかいない。

 

律はギアペンダントにチェーンを通して首にかけ。 キッと、殺意に満ちた目で放り投げたノイズによって開けられた穴を睨みつける。

 

「今日という今日は許さねえぞ……! 俺自身も、ノイズも!!」

 

許せないのはリュートを殺したノイズと、リュートを守れなかった自分自身……律は自分を強く責めながら詠う。

 

「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」

 

呆然とする響と未来の目の前で聖詠を紡ぎ、その身にシンフォギアを纏い、紅い翼を広げる。

 

「え……」

 

律の正体を知らない響と、正体を知る未来……目の前に立つ律の姿を見て、その驚き用には違いがあった。

 

「律さんが……律さんが黒いシンフォギアの、装者……?」

 

「……………」

 

——きゃあああああああっ!!

 

「未来っ!?」

 

その時、外から未来の悲鳴が届いてくる。 どうやら廃ビルの外にいた別のノイズに狙われてしまったようだ。

 

「……はああっ!!」

 

「あ、律さん!!」

 

すると今度は律が空に飛び上がり、廃ビルの天井を突き破って外に出て行ってしまった。

 

(追いかけないと! でも未来がノイズに……でもあの状態の律さんを……ああもう!!)

 

どちらも大切な友達で、どちらも助けたい……響は頭を抱えて苦悶の表情をし……とにかく、先に歌を歌う。

 

「Balwisyall Nescell gungnir tron」

 

聖詠を歌いシンフォギアを纏った響はおばさんを抱えると律が出て行った穴を通って廃ビルから飛び出した。

 

「——響さん!」

 

「緒川さん!」

 

すると、響の落下地点に黒塗りの車が止められ、車内から緒川が顔を出してきた。

 

着地した響は車から出てきた緒川に気絶しているおばちゃんを預ける。

 

「緒川さん、おばちゃんを頼みます!」

 

「響君は、君はどこへ?」

 

「!!」

 

弦十郎にそう聞かれ、踵を返して踏み出そうとした足が止まる。

 

(未来……律さん……未来……律さん……!!)

 

ノイズに追われている未来。 失意に落ちてしまっている律。 どちらか一方しか救うことは出来ない……いつもはあまり使わない頭を両手で抱え込みながらフルで働かせる。

 

「ううぅーー……ああぁーー!!」

 

だが知恵熱で別の意味で暴走しかけた響は……とにかく頭ではなく足を動かして地を踏みしめ、空高く飛び上がった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「うらああああぁぁっ!!!」

 

音速(ソニック)千切(カッティング)

 

目にも留まらぬ速さで縦横無尽に剣を振るい、視界に入るノイズを過剰攻撃で細切れにし、血飛沫のように飛び散る炭すら残さず、剣に取り込みながら町内を飛び回る律。

 

その目は血走っており、ほとんど正気を失いかけていた。

 

「あん?」

 

律の暴走はクリスの元にまで及び、一陣の紅い風がその場を駆け抜けると……クリスと戦っていたノイズが一掃された。

 

「うおっ、律!?」

 

突然、現れた律に驚くクリスだが……その尋常ではない様子に、警戒して思わず銃口を向けてしまう。

 

(何があったんだ……? 完全にシンフォギアが暴走してやがる!)

 

元々黒いシンフォギアがさらに光を呑み込むような漆黒に侵食されており、両眼は血のように赤い眼光を放っている。

 

『ウゥ……ウゥウウウウ……』

 

「ッッ!!」

 

暴走する律から苦しそうな唸り声が聞こえ、クリスは右手に持っていたボウガンを律に向ける。

 

だが、クリスの引金に添えられた指は、震えて引く事が出来なかった。

 

(クソっ! 撃てよ! 今のアイツは正気じゃない! それに何発撃ち込もうが倒れるようなタマじゃないだろう! 動けよ……!)

 

『ウウゥ……ルアアッ!!』

 

「あ!!」

 

自分の中で葛藤する最中、律は辺りにノイズがいない事を確認すると、クリスを無視してどこかへと飛び去って行く。

 

「……チッ!」

 

後に残されたクリスは大きな舌打ちをし、その場から離脱した。

 

『アアアアッ!!』

 

空に飛び上がった律は、獣の如く咆哮で縦横無尽に飛び交い。 空を飛んでいるノイズを剣も使わず、突進で引き裂いて行く。

 

『アア……』

 

眼に映るす全てを破壊しかねない勢いだ。 律が長剣の柄に手をかけようとした、その時、

 

「——あ……」

 

真っ赤に染まっていく律の視界に入ってきたのは……高所から落下していくシンフォギアを纏った響と未来。

 

「……ッ!!」

 

すると、律の視界が徐々に元に戻っていき……正気を取り戻すと一直線に2人の元に飛んでいく。

 

「「あ!!」」

 

いきなり飛んでくる律に目を見開かせる響と未来。 律は響の手を掴んで持ち上げ、2人の間に割って入り2人の足を抱え肩に乗せるように支えた。

 

「大丈夫か?」

 

「「り、律さん…………え?」」

 

お互いに、目の前の人物の正体が律だと知っていることに驚いている。 2人はキョトンとした顔で見合わせながら、そのまま地上に降り立ち、同時に疲れたようにへたれこむと響のシンフォギアは解除された。

 

「……あ、あちこちが痛い……」

 

「律さん! 大丈夫なんですか!?」

 

ノイズに追われて長距離を走り、最後に吹き飛ばされた未来は地べたに座りこみ。 響は暴走してしまった律を心配し、彼の身体をペタペタ触って行く。

 

「ああ、何とかな。 2人の姿を見て、何とか正気に戻った」

 

「よ、良かったぁ……」

 

顔を見合わせて無事を喜び、ボロボロの格好を見て2人して笑いあった。 律はそんな2人を微笑ましそうに見ていた後、踵を返した。

 

「あ、律さん!?」

 

「どこに……」

 

「……響、未来。 俺は……どうすればいいんだろうな」

 

律は背を向け、どこかへと行こうとする。 背後にいる響と未来が呼び止めようとするも、律の歩みは止まらなかった。

 

「律さん!!」

 

「……ごめん。 少し、1人にしてくれ」

 

「あ! 待って、律さん!!」

 

呼び止めに応えることなく、律は森の中に消えて行った。

 

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