戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー 作:にこにこみ
——数日後
「ガブガブ……」
「美味いか、リューツ?」
「ガウ!」
「塩気のあるものもオーケーっと……」
アーティストフェスから数日が経ち、日常と戦場を行き来する日々が続く中……皿に乗るコンビーフを食べるリューツを観察しながら、律は手に持つメモ帳にペンを走らせる。
律はリューツを飼ってからこのような観察記録をつけている。 リューツは犬猫と違い本質はノイズ……確認のため、このように普通の食べ物を与えて食べさせている。 普通と言っても動物用ではなく、人間用のものだが。
「ノイズだから人間の食べ物とかどうこう関係ないけど、ネコ科って確か雑食だったよな? セミとか食べてたし」
「ガウ?」
食べ終え、小首を傾げるリューツ。 律は優しく微笑むと、指で喉裏を撫でる。
「よしよし」
「ゴロゴロ……」
リューツは気持ちよさそうに喉を鳴らす。 和まされる律は時間を忘れかけるほど笑みを浮かべながら撫で続けるが……流石に学校もあり、理性をフル稼働させてなんとか止める事ができた。
「………………さて、行くかな」
「ガオーッ」
かなり名残惜しそうだったが何とか立ち上がり、一時のリューツとの別れを再び名残惜しそうにしながらも鞄を持って、家を出ようとした時……スマホに着信が入ってきた。
なんだと思いながらスマホを取り出し着信元を確認。 相手は奏だった。 またか、と少し予感しながら通話に出る。
「はい」
『律、出動だ』
最初の一言がそれだった。 予感が的中してしまった事に頭を抱えながら、律は要件を聞く。
「いきなりだな。 何かあったのか?」
『ああ——了子さんのアジトを見つけた』
「マジですか。 っていうか毎度いきなり過ぎ」
◆ ◆ ◆
昼頃……律は今日も学校を休み、奏と共に森の中を走っていた。
「済まないな、こう何度も呼び出して。 学校の方は大丈夫か?」
「元々調律の仕事でよく休んでいる事もあってそう怪しまれないし、進級までの単位は取れてる。 奏が心配するような事はない」
「それなら、まあ良かった」
奏自身の勝手で律の生活に支障をきたしてしまっているのではないかと思っていたが、律が気にしてないと答えてくれ、ホッとした。
「よっと……この先にあるのか? フィーネのアジトってのが」
「ああ。 おそらく、今までの聖遺物やシンフォギアに関する研究データもそこに溜め込んであるはずだ。 それを狙って米国の奴らが動き出している情報も入っている」
「それで俺たちも急いでいるって訳か……って言うか、先に行ってもいいのかよ?」
「アタシたちの方が旦那たちより早く到着するからいいんだよ!」
「どう言う理屈!?」
どうやら準備や申請やらで時間がかかっているようで、その間に逃げられる可能性を感じこうして独断専行を強行しているようだ。
それからしばらくして、湖に隣接している古びた洋館があった。 しかし、その洋館の一角がかなり近代的に改造されている。 恐らくは研究設備によるものだろ。
「ここが櫻井 了子の……フィーネの拠点か」
「気をつけろ。 了子さんは確実にいるはずだ」
2人は警戒しながら洋館に近付き、律はいつでも動けるように胸のギアに手を添え入り口の前に立つ。
「どうやって侵入する?」
「こうするんだよ!」
どこから侵入しようかと辺りを見回していると……奏はドアを思いっきり蹴破り、ドアを力強くで開けた。
「スマートだろ?」
「正面突破じゃねえか!?」
何事もなかったかのように奏は洋館に入っていく。 もう何度目かも分からないくらい比喩で頭を痛める律、ため息をつきながら奏の後に続く。
今度は慎重に警戒しながらゆっくりと廊下を進んで行くが、
「……妙だな」
「防衛機構の一つも出てこないな。 まるで好きに入ってくださいって言っているようなもんだ」
監視カメラはおろか、ノイズの1体も出てこない。 その事に妙な不信感を覚える。
「急ぐぞ、嫌な感じがする」
「それも未来予測によるものか?」
「ただの勘だ!」
相変わらず奏の勘と未来予測の区別がよく分からない律。
とにかく2人はコソコソと隠れる事もせず、走って館内を散策し、最奥の大広間に辿くと、
「なっ!?」
「どうなってんだよ、こいつは……!?」
大広間には目を疑うような光景が広がっていた。 目の前には武装した米国人と思われる人間の死体が夥しい血を流しながら大広間の至る所に転がっていた。
指先一つも動かない彼らのうち一人に奏は近付き、左腕を取って脈を測るも……答えは明白、奏はゆっくり首を横に振るう。 既に事切れている。
「この人たち……死んだ防衛大臣を襲撃した米国の」
「……新しい硝煙の匂いがするな。 ドンパチやって、返り討ちにあったか」
「自業自得だな」
「——コイツは!?」
その時、背後から驚きの声が聞こえてくる。 振り返ると……そこには呆然と立ち尽くすクリスがいた。
「これはテメェらが!?」
「そんな訳あるか! アタシらが来た時からこんなんだったよ」
「……犯人はもういないようだな」
惨劇を目の当たりにしながらクリスは2人の元に歩み寄る。 と、再び足音がし……今度は弦十郎がこの場に姿を見せた。
「あなたは……!」
「旦那!? もう来ちまったのか!」
「ち、違う! アタシじゃない! そもそもアタシは今さっきここに来たばかり——」
弁明しようとする前に、後から銃を構えた黒服の男たちが走ってきた。 拘束されるのか、と身構えたが……男たちは律たちの横を素通りして奥へと進んでいく。
そして弦十郎が歩み寄り、律とクリスの頭の上に手を置いた。
「誰もお前らがやったなどと疑ってなどいない。 全ては、お前たちや俺たちの傍にいた彼女の仕業だ」
「え……」
「彼女……フィーネか……」
その質問に、弦十郎は険しい顔をしながら無言で首肯する。 それ以上、口を開こうとはせず……黒服の1人から弦十郎を呼んだ。
視線を見やると、1人の仰向けに倒れる死体の胸の上に“I Love You SAYONARA”と書かれた紙が置かれていた。 確認のために持って行こうと、男は紙に手を伸ばそうとすると、
「——! それに触るな!!」
すると突然、奏が制止の声を上げる。 だが、時既に遅く……男が紙を引き剥がすと、紙に繋がっていたワイヤーが引っ張られ、大広間内に設置されていた爆弾が起動した。
——ドオオオオォォン!!!
大広間天井を中心に爆発し、頭上から大小無数の瓦礫が落下してくる。 律は咄嗟に、クリスと奏を押し倒し2人を守ろうとする。
爆煙と土煙が舞い、瓦礫が散乱する中……しばらくして顔を上げる。
「ふぅ……容赦ねぇなあ」
死にかけたのにも関わらず相変わらずケロッとしている律。 立ち上がろうと、地面についていた両手に力を入れようとすると……
「あっ!」
「んんっ!」
「……ん?」
右手は沈むような柔らかさが、左手はハリがあり押し返してくる柔らかさが……どちらも手に余るサイズで掴んでいた。
律は手に行っていた視線を上にあげ……赤面して睨む2人を見る。
「あーー……コホン……」
ゆっくりと手を離して立ち上がり、2人にも手を貸して立ち上がらせた後……律は親指を2人に立て、
「大っきいね!」
「「誰も感想を求めてねえ!!」」
「ヘブンッ!!」
普通なら平手打ちが飛ぶ場面。 だが2人は少し男勝りな所があるためか、2つの顔面グーパンチが飛び、律は少し吹き飛びながら仰向けに倒れた。
「全く! 何でお前はいつもいつもアタシを辱めようとするんだ!」
「おいまさか、ガキの頃からこんな事があったのか!?」
「ああ! 助けようと思っての事だが、その度にスカートが捲れたり尻を鷲掴みにされたり、挙げ句の果てには転んだ拍子に下着をずり降ろされたりもした!」
「……律、お前は二課じゃなく牢屋に行け」
「大丈夫、誇れる大きさだよ!」
「だから感想は求めてねえよ!」
「……何をやってるんだ……全く」
3人の若者の青春に、弦十郎は呆れて苦笑いしてしまう。
「イチチ……にしても、俺たちよく無事だったな」
「俺が発勁で衝撃をかき消したからな」
「あ! 他の奴らは!?」
「爆発の前に、発勁で外に吹き飛ばした。 湖方面に飛ばしたし、あのくらいで死ぬような柔な奴らじゃないだろう」
(発勁すげぇ……)
爆発、崩落を全て発勁一つで解決している弦十郎の超人ぶりに、律は戦慄を覚える。
「ッ……それはそうと、何でアタシを助けた! ギアも纏えない癖に!」
怒りの方向を変えたのか、クリスは自分を助けてくれた弦十郎に噛み付いていく。
「俺がお前を守るのは、ギアのあるなしじゃなくて、お前よか少しばかり大人だからだ」
「大人……っ!」
大人、その単語に強く反応し、クリスはさらに顔を怒りに歪める。
「アタシは大人が大嫌いだ! 死んだパパとママも大っ嫌いだ!! とんだ夢想家で臆病者! アタシはアイツらと違う! 戦地で難民救済? 歌で世界を救う? 良い大人が夢なんか見てんじゃねえよっ!!」
「大人が夢を、ね……」
大人は夢を見るものではない、現実を見るべきだ……そうとしか考えられないクリス。 そんな彼女の前に、律が一歩に出る。
「……人が感情を持つ限り、戦争は無くならない。 でも感情を無くしてしまったら、それは人ではなくなる」
「ああそうだろうな! あんな奴ら、人の皮を被った化け物どもだ!! アイツらを……アイツらを全員ぶっ潰せば、戦争は無くなるんだ!」
律の言葉に……今まで見てきた汚い大人たちを思い出し、怒りを見せながらクリスは声を荒げる。
「クリス。 確かに雅律さんたちの活動は夢物語だったのかもしれない……でもね、あの人たちは寝てみる夢だけのために戦場に行ったと思うのか?」
怒りの形相を見せるクリスに律は背を向け、崩落した壁に近寄りながら話を続ける。
「クリスと、そして雅律さんとソネットさん……家族で最後に会った時、2人は本気で歌の力で戦争を無くそうとしていた。 “音楽で色々な人に勇気を与えたい”……そう2人は言っていた。 その夢に、俺の両親も賛同していた」
「……ああ、知っている」
「でも、死んでしまった2人の想いは、半ば途絶えてしまった夢は……一体どこに行くんだ?」
「…………!」
その質問のような問いに、クリスは一瞬身体を硬ばらせる。
「俺は歌い続ける。 例え理解されまいとも、2人の……そして俺の両親の夢のためにも。 夢を夢で終わらせないためにも。 楽器でも、剣でもいい、喉を震わせて、俺は歌う——それが俺の……たった一つの望みだから」
くるりと踵を返し、クリスたちの方に向き直り、彼女たちの元に歩み寄りながら問いかける。
「クリス。 フィーネに従っていて、本当に世界を変えられると思っていたのか? そこに意志は……夢は、無かったのか?」
「…………………」
「俺は、歌で世界は変わると信じている。 でも俺の歌じゃ、手の届く範囲しか救え。 遠く離れた、置いて行ってしまった者は救えない……」
「だったら……だったらどうするんだよ!!」
「——手を繋ぐのさ」
その質問に、律はクリスに手を差し伸べながら答える。
「手を限界まで伸ばし、側の人と繋ぐ。 それがどこまでも伸びて、どこまでも続いていけば……俺の夢は世界に繋がる。 俺の夢は色んな人と、世界中に広がっていく……そうしたかったんじゃないのかな、雅律さんたちは」
「なんで……何で! 昔家族ぐるみで付き合っていただけの仲だってのに……何でそこまでするんだよ!?」
「そんなの、好きだからだよ」
「んなっ!?」
思いもよらない答えに、クリスはひどく狼狽しながら一気に赤面する。 そんな事は無視しているのか、それとも気付いていない律は自分の胸に手を当てる。
「それにさ、目を背けたくないんだよ。 いくら無くそうと、いくら否定しようとも、その現実からは逃れられない。 向き合わなきゃいけない。 みんなの事が好きだから、夢を終わらせたくないんだ。 忘れないためにも……この夢を否定し、忘れてしまったら、雅律さんとソネットさんも忘れてしまうから」
「……………………」
と、その時……奏が一歩前に出てきた。
「アタシはさ、こう思うんだよな……大人になったからこそ、夢を叶えられるんだって。 子どもの頃は夢見る……いや、アタシには夢すら見られる希望もなかっけどさ」
「それは……」
その言葉に、弦十郎だけが理解する事ができた。 奏も両親を亡くし、夢も希望も無くし……生きる術をノイズを倒す事のみに捧げた。
だが、今はもう戦えなくなっては奏……ノイズと戦場ばかりに目をつけていた頃より、世界を見ることが出来た。
「事実、背も考えも大きくなって……大人になってからある程度金を稼いで、それから長年の夢だった職につく人も少なくはない。 大人にだって、夢を想い……叶える権利は確かにあるんだ」
そう語りながら奏は真っ直ぐ、クリスの目を見つめる。
「クリスの親父と御袋は、ただ夢見てるだけに戦場に行ったのか? 違うだろ……歌で世界を平和にするっていう夢を叶える為に、自分たちこの世の地獄に踏み込んじゃないのか?」
「……なんで、そんな事……」
「お前に……お前たちに見せたかったんだろう。 夢は叶えられると言う、揺るがない現実をな」
弦十郎はクリスに伝えようとしてから、律にも同じ答えを伝えようと律を見やってからそう答えた。
「はい……そうだったんだと思います。 “理想は、思い続ければいつか現実になる”。 昔にそう、ソネットさんは言っていました」
動揺が身にも現れ、クリスの身体は怯えるようにフルフルと震えだす。 そんなクリスの前に律は立つ。
「クリス……2人は戦火に巻き込まれて亡くなってしまった。 けど、間違えないで欲しい。 2人はクリスの事を大切に思っていた。 どんな時でも、どんな事があろうとも……それは、クリスも同じだろう?」
「……ッ……」
「嫌よ嫌よも好きなうちってな。 本当に両親が嫌いなら、スッパリと忘れるはずだろ?」
律がクリスの両親の思いを代弁するよかのように話しかけると……次第にクリスは目に涙を浮かべる。 そんな彼女の前に、律はスッと、手を差し出した。
「俺の夢、雅律さんとソネットさんの夢……世界に届かせるために、一番最初の手を繋いでくれないか?」
「……律……」
形から見れば握手を求めているようにも見える。 手を繋いで世界と繋がると言うのは比喩的な表現だが……最初の手は、しっかりと繋いでおきたかった。
クリスは震える手で、律の手を取ろうと右手を上げ……スルリとその手を抜け、律の胸に飛び込んできた。
「う、うぅ……うわぁぁぁぁんっ!!」
すると、今まで胸の内にしまって溜め込んできた感情が決壊し、クリスは律の胸の中で泣き叫んだ。
しばらくの間、クリスは律の胸で泣き。 泣き止むと……クリスはそっと律から離れた。 それからこの場から移動し、洋館を出る最中クリスは泣き腫らして赤くした目を合わせようともしなかった。 やはり恥ずかしかったのだろう。
洋館を出ると、正面には数台の車が駐車してあった。 湖から上がってきた濡れ鼠状態の黒服の男たちは駆け足で黒い車に乗り込んで行く。
「やっぱり、アタシは……」
「……一緒には、来られないか」
自分の車に乗り込もうとした弦十郎に、クリスはついてはいけないと告げる。 それは弦十郎本人も、何となく察していたようであまり驚いてはいなかった。
「お前は……お前が思ってるより独りぼっちじゃない。 お前が独り道を行くとしても、それは遠からず俺たちの道と交わる」
「今まで戦ってきた者同士が、一緒になれると言うのか?」
「なれるさ、きっと。 律の道も、まだ別々だしな」
「それに早く来ないと、うるさいのが引き込んで来そうだしな」
「……あぁー……」
苦笑いして頰をかく律を見て、クリスの脳裏にも響の姿が思い浮かんで来た。
すると、弦十郎は車の中から取り出した物を律とクリスに向かって投げた。律とクリスは難なくそれをキャッチし、手にした長方形の端末をまじまじと見つめる。
「通信機?」
「スマホなら持ってますよ」
「それにはキャッシュ機能もある。 限度額内だったら公共交通機関が利用出来るし、自販機で買い物だって出来る代物だ。 便利だぞ」
弦十郎は通信機の説明をしながら乗ってきた車に乗り込み、出発しようとエンジンを点けた。
「——《カ・ディンギル》!」
「ん?」
すると、クリスは大きめの声である単語を口にした。
「フィーネが言ってたんだ。《カ・ディンギル》って。 それが何なのかは分からないけど、そいつはもう完成しているみたいなことを」
「カ・ディンギル……?」
「……後手に回るのは終いだ。こちらから打って出てやる!」
少し考える素振りを見せた弦十郎はそう言い残すと、黒服たちが乗ってきた黒塗りの車と共にこの場から走り去っていった。
後に残された律たち……その中の奏は、顎に手を当てて深く考え込んでいた。
「……なあクリス、フィーネはここで何か作ってたりはしてたか?」
「あん? ……そんな様子は無かったと思う。 ここにそのカ・ディンギルがあると思っているのなら筋違いだ」
「そうか。 ならいい」
質問の答えを聴くと、アッサリと自己完結した奏に律とクリスは首を傾げる。 そこでふと、律はある事を思い出した。
「そういえばさぁ……さっき気付いたんだけど」
「な、何だよ……」
「クリス。 なんか臭——ぶべっ!」
気になっていた事を遠慮なしに言おうとすると、クリスの拳が再び律の顔面を殴った。
「だ、だから言いたい事をはっきり言うんじゃねえ!!」
「ああ、それアタシも思った。 なんか泥臭くって緑臭いぞ、お前」
「うっせえっ! そりゃあ、行く当てもないし。 今までは川か湖で水浴びくらいしか出来なかったし……」
「とりあえず律ん
「お、おい……!」
有無言わさず奏はクリスの背を押して駆け出し、
「お……俺の意見は?」
後に残された地に伏せる律の言葉など、誰も聞いてはいなかった。