戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー   作:にこにこみ

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21話 流れ星、墜ちて燃えて尽きて、そして——

一進一退の苛烈を極めた戦いは終わりを告げた。 陽は沈み出し空は赤み始め、反対に欠けた月が同時に暗くなる空に登りだす。

 

ノイズも例外の1匹を残せば全ていなくなり、リディアンの跡地に静寂が……いや、街全体に訪れた。 道はひび割れ、ビルは崩れ傾き、後に残された傷痕はとても深かった。

 

表向きはノイズ災害による避難……ノイズの反応が無くなった事からか街の地下シェルターに避難していた人々が次々と地上に出て、無残な姿となった自分たちの街を見て言葉も出なかった。

 

「……………………」

 

事態が少しずつ収束に向かって行く中……《カ・ディンギル》跡地の前に律はいた。

 

律は瓦礫の中から飛び出ていた灰色の取っ手を見つけ、

掴んで引き抜くと……手に持っていたのは《ソロモンの杖》だった。

 

「残っちゃったか……出来れば一緒に消えて欲しかったけど」

 

杖についた砂を払いながら律は嘆息する。 響によって歩かされているフィーネの様子から見るに《ネフシュタンの鎧》は既に崩壊寸前だろう。

 

出来るなら破壊した方が世のためだろうが、残ってしまったのなら仕方なし……今後《ソロモンの杖》は2度と使われぬよう、二課もしくは他の機関が厳重に保管、管理することになるだろう。

 

「——ふっ……!」

 

律は杖に意識を向けて力を込めると、杖を握りしめる右手の内から緑色の光が漏れ出していた。 その状態が数分程続き、次第に律のウィングから放たれる紅い閃光や、シンフォギアが黒ずんで行く。

 

「ふう……あーキツかった」

 

光が収まると律は“ようやく一息つけた”という風に息を吐いて脱力した。

 

「ノイズが無い状態が続くのがこんなにも辛いなんて……困りものだなぁ」

 

杖を手の中で遊ばせながら今度はため息をつく。 フィーネが言っていた律の扱うシンフォギアにあるもう一つの聖遺物……その特性は“人喰らい”から変質した“魔喰らい”。

 

先程までノイズが枯渇した状態で戦っていたため、時間が経つにつれ律はいわゆる“餓鬼状態”になっていた。 もし《ソロモンの杖》からノイズを補給しなければ、いつかはリューツに牙を剥いていたかもしれない……そう思うとゾッとしなかった。

 

加えて人喰らいから魔喰らいに変質して良かったとも。 もし人喰らいだったら殺人鬼の出来上がりである。 もっとも、症状が起きるのはシンフォギアを展開している時のみだが。

 

律は踵を返し、陽が見える場所に移動すると……そこには響たちと、フィーネが座っていた。 赤き竜の崩壊直後、響は一瞬の間際にフィーネを助け出していたのだ。

 

「あ、律さん」

 

「無事で何よりだ、未来。 弦十郎さん、これを」

 

「ああ……」

 

未来に向かって無事を示すように軽く手を振り、弦十郎の元に向かうと持ってきた《ソロモンの杖》を渡した。

 

弦十郎は少しの間杖を見つめた後、杖を緒川に手渡し、受け取った緒川は音もなくその場から消えて行った。

 

(……やっぱりこの人たちヤベェ……)

 

恐らく素では持ち運べないのでケース等を探しに行ったのだろうが、やり方が人並みはずれていた。

 

だがいくら驚いても意味はなく、律は少しため息をついてからフィーネの方を向き、響と会話していた彼女の話に耳を傾ける。

 

「……ノイズを造り出したのは、先史文明期の人間。 統一言語を失った我々は、手を繋ぐよりも相手を殺すことを求めた。 そんな人間が分かり合えるものか……!」

 

「人が……ノイズを……」

 

「………………」

 

恐らく先史文明から生き続けているフィーネはノイズ誕生の経緯に携わっている……本当の事なんだろう。

 

それはノイズに何度も触れ合っている律も感覚的に実感していた。

 

「だから私は、この道しか得られなかったのだ…!」

 

「——分かり合えますよ。 俺とリューツがそうだったように」

 

「ガウ!」

 

人でもノイズでも、必ず分かり合える時が来る……そう信じるように小さくなったリューツが律の腕の中に収まる。 ちなみに、

 

「か、可愛い!」

 

「あ、あのモフモフがさっきの虎……? どうなってるの?」

 

「でも可愛いぃ!!」

 

小さくなったリューツを見た詩織、弓美、創世の3人は既にメロメロだった。

 

「どんなに月日が経っても、どんなに嫌悪したとしても……いつか必ず手を交わす時が来る。 それが、どんなに無謀で険しい道だったとしても……俺は必ず、成し遂げてみせる」

 

自身の素直な思いを口にしながら振り返り、律は響たちを見やる。

 

「みんなと一緒に」

 

「……へっ……」

 

「うん……」

 

「はい!」

 

クリスはそっぽを向いて鼻を鳴らしながら、翼はゆっくりと頷きながら、響は元気よく返事をしながら律の思いに応えた。

 

それを聞き届けたフィーネはフッと目を閉じ、しばらくジッとしていた後、

 

「でやぁぁぁぁ!!」

 

開眼と同時に振り返り際に鞭を響に向かって投擲した。 終始落ち着いていた響は慌てず鞭を避け、腹部に殴りつけようとした拳を寸での所で止めた。

 

2つの完全聖遺物の対消滅……それは消えた《ネフシュタンの鎧》とほぼ完全に融合していたフィーネの肉体にも及んでいる。

 

鎧の消滅はフィーネ自身の消滅を意味している……それを予感していた響はそれ以上拳を進めることは出来なかった。

 

「私の勝ちだッ!!」

 

「!?」

 

「ぁっ!」

 

が、響が避けた鞭が今もなお伸び続けており。 鞭は空に……月に向かっていた。 鞭の先端は数秒で月まで到達し、《カ・ディンギル》の砲撃によって宇宙空間に浮いていた欠けた月の破片に突き刺さった。

 

「でぃやぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ピンと張った鞭を肩に担ぎ血が滲む程の力で握りしめ、残された力を限界まで絞り引っ張る。

 

「ぅらぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

フィーネの足元を中心に巨大な地割れを起こす程、力を失い出している《ネフシュタンの鎧》が壊れる程の力が込めて引っ張った。

 

それにより月の破片は、月本体から離れ地球に向かって移動を始めた。

 

「月の欠片を落とすっ!!」

 

「なっ!?」

 

「えぇ!?」

 

急いで顔を上げ、空に映る月を見上げる。 そこには月本体から離れ、徐々にだが大きさを増していく月の欠片に、誰もが言葉を失う。

 

「私の悲願を邪魔する禍根は、ここで纏めて叩いて砕く! この身はここで果てようと、魂までは絶えやしないのだからなっ!」

 

狂ったように声を張り上げながらボロボロと崩れ落ちていく鎧。 今の行動により崩壊が加速してしまったようだ。

 

「聖遺物の発するアウフヴァッヘン波形がある限り、私は何度だって世界に蘇る! 何処かの場所! 何時かの時代! 今度こそ世界を束ねる為にぃ! ハハハッ! 私は永遠の刹那に存在し続ける巫女、フィーネなのだぁぁぁ! ハハハ!」

 

“フィーネ”とは自身の遺伝子を引き継いだ人間を依代にしアウフヴァッヘンとの呼応によって蘇り、永遠の時間を生き続けることができる存在……彼女にとってこの時、この時代で悲願を達成出来なかったとしても、死に朽ち果てたとしてもまた次があった。

 

人類が文明を築き続ける限り、“フィーネ”も比例して生き続ける事が出来る。

 

狂気の笑みを浮かべるフィーネに、響が鳩尾に拳を軽く当てた。

 

そんな響を見て、狂気的に笑っていたフィーネがは唐突に笑うのを止めた。

 

「……うん、そうですよね。 どこかの場所。いつかの時代。 蘇るたび何度でも、私の代わりにみんなに伝えてください。 世界を一つにするのに、力なんて必要ないってこと。 言葉を超えて、私達は一つになれるって事……私達は未来にきっと手を繋げられるということ……! 私には伝えられないから、了子さんにしかできないから……」

 

「お前……まさか……」

 

フィーネは、次々と語られる響の言葉から何を考えているのかを察し目を見開かせる。

 

「了ぉ子さんに未来を託す為にも、私が現在(いま)を守ってみせますね!」

 

「………ふっ」

 

呆然とした顔で響を見ていたフィーネは、呆れるように軽く小さな溜め息を吐いたが、その直後に表情を和らげて優しく微笑んだ。

 

「ホントにもう……放っておけない子なんだから……」

 

呆れたような顔をするフィーネ。 しかしその目は優しさに満ちている……櫻井 了子の目だった。 彼女はトンと、響の胸に指を当て、

 

「胸の歌を——信じなさい」

 

その一言を伝え、一気に彼女の体が朽ちて行こうとした時、

 

「待てフィーネ! いや、櫻井 了子!」

 

律は急いで駆け寄り、消え行こうとするフィーネの……了子の手を掴む。

 

「俺について知っている事を教えろ! 俺どこで生まれて、どこで育って……俺は何者なんだ!!」

 

「………………」

 

未来から聞いていた話を問いただすため、律はまくし立てるように声を荒げる。 既に身体の崩壊が始まっているため時間が残されておらず、焦りが見えていた。

 

そんな律を見て、了子は静かに目を伏せる。

 

「あなたはとても数奇な運命の元に生きているわ。 このまま戦いに身を置き続ければ、自ずと答えは見えてくる」

 

「そんな抽象的なことを聞いているんじゃ……!」

 

「さらばだ——“月読(つくよみ)”……いや、芡咲 律」

 

最後にフィーネが発した言葉に、目を見開く。 聞いたこともない姓に律は思わず聞き返す。

 

「な、何を知っているんだ……」

 

「いいや、知らないさ。 芡咲 律のことはな」

 

言うとフィーネは律から視線を外し……その身は朽ち果て風に流されて行った。

 

律は了子の手を握っていた右手を開く。 その手の中には僅かな灰が残っており、それも最後には風に流されて行った。

 

「……月読……律……」

 

その名前を静かに口の中で転がす。 何もピンとは来ないが、不思議と違和感もなかった。

 

櫻井 了子の死は、彼女と親しかった者からすれば当然悲しく……短い間、利用されていたとはいえフィーネに育てられたクリスも彼女の死に涙した。

 

「クリス……」

 

「ガゥゥ……(ペロペロ)」

 

「……サンキューな……」

 

励ます言葉も出てこず、せめてリューツを行かせる事しか律には出来なかった。 リューツは励ますように涙を流すクリスの頰を舐め、クリスはギュッとリューツを抱きしめた。

 

その間にも藤尭が月の欠片が落下するまでの軌道計算を行い、しばらくして手を止め……顔を俯かせる。

 

「……軌道計算……出ました。 直撃は避けられません」

 

「あんなものがここに落ちたら……」

 

「私たちはもう……!」

 

その結果に誰もが絶望せずにはいられなかった。 一難去ってまた一難……一般人である彼女たちにとってそろそろ心身ともに限界も近かった。

 

「っていうか地表から月に到達する距離を鞭で数秒で届かせたのかよ!?」

 

「地球から月までどれくらいだっけ?」

 

「だいたい38万kmですね」

 

「えっと……道速時(みはじ)で……」

 

「後にしろ」

 

とても気になる物理法則の疑問だが、弦十郎によって後回しにされた。

 

そして、誰もが諦めるように顔を伏せ下を向く中……4人だけが空を見上げていた。

 

「どうやって行くんだ? あそこまで」

 

「そ、それは〜……飛んで? 今ならほら、律さんのように飛べますし」

 

「だが、先の戦闘でかなり消耗してしまった……今のギアの出力では、片道切符で行ったとしても月の破片を迎撃する力は残されていないだろう……」

 

「全力で月の破片の破壊と、ギリギリ帰りの力は取っておきたい……どうにかして行きを何とかしねぇと」

 

本来の力を発揮している律、そしてエクスドライブ状態の響たちなら月の欠片の破壊も不可能ではないが……今までの戦闘による疲労で難しくなっていた。

 

誰もが打開策を見つけようと頭を悩ませる中……律が前に歩き出し、響たちの前に立った。

 

「……俺が、3人を宇宙に届けるよ」

 

「え……」

 

3人は驚愕した表情で律を見て、視線を向けられた律はそのまま続ける。

 

「俺が響たちを宇宙に打ち上げる。 それなら破壊と帰りはそっちで何とかなるだろ」

 

「だ、だがその為のフォニックスゲインだって尋常ではない量が必要で……!」

 

「!! まさか……!」

 

クリスは律が何をしようとしているのかを予感し、その驚いた表情を見た律は首を横に振る。

 

「死にやしないよ。 それに、死ぬ訳にはいかないからね……」

 

「律さん……」

 

「………………」

 

「ほらほら、タイムリミットは迫っているぞ。 早く決めるんだ」

 

顔を俯かせる響たちに律は指で真上を……月を指しながら急かすように煽り、3人は無言でゆっくりと頷いた。

 

そうと決まれば行動あるのみ。 律のシンフォギアにある背中のウィングを取り外して直結させリフターとし、それに3人は乗った。

 

「響! 律さん!」

 

今から月を破壊に向かおうとする彼らの元に未来が駆け寄り、その後に奏もついてきた。

 

「未来。 ちょ~っと行ってくるから、生きるのを諦めないで……!」

 

「ぇ……?」

 

「奏。 律の事、よろしく頼んだ」

 

「ああ、行ってこいよ。 世界を救いに」

 

響と未来、翼と奏。 お互いに親友とも言える人に出発前に挨拶を交わす。 さよならは決して言わない、必ず帰ってくるのだから。

 

そして、クリスは真下にいる律に視線を向ける。

 

「……さよならとは言わせねぇからな。 まだ、劔さんと紅羽さん……それにお前の妹とも会ってねぇからな」

 

「え? い、いきなり家族紹介は……ちょっと恥ずかしいなぁ……」

 

「今更何言ってんだよ!?」

 

親に女性の友達を紹介する……その意味合いを別の意味に捉えた律は恥ずかしそうに顔を赤らめながら目を背ける。

 

そんなこんなで準備は完了し、銃口を真上に……リフターに向ける。 原理としては《カ・ディンギル》と似たようなもので。 下から打ち上げるように月に向かってレーザーをリフターに照射し、宇宙に上げるという寸法である。

 

「……ふぅ……」

 

拳銃を展開して握りしめながら律は呼吸を整える。 そして月を見据えながら一息吸い込み、

 

「——Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

その口から紡ぎ出したのは強大な力と引き換えに最悪死すらもたらす歌……絶唱を歌い出した。

 

「Emustolronzen fine el baral zizzl」

 

リフターとなったウィングの底部から紅い障壁が展開される。 この障壁が壁となり、響たちを宇宙まで押し上げてくれる。

 

「Gatrandis babel ziggurat edenal」

 

歌による変化は律自身にも現れる。 全身のアーマーの表面に紅い線が走り、紅い粒子が放出され。

 

全身のアーマーが展開し紅いクリアパーツが姿を見せ、ヘッドギアにあるくの字型の角が左右に割れ……シンフォギアが形態を変化させた。 今は確固たる意志もっており、先程のように暴走はしていない。

 

そして、その変化は銃にも現れ。 銃身が縦に割れ、周囲に散布していた粒子が銃口に集束を始め、急速に紅いエネルギー体が充填され出し、

 

「Emustolronzen fine el zizzl……」

 

静かに歌い終わり……トリガーを引いた。

 

——ドオオオオンッ!!

 

すると、銃口から巨大な紅い砲撃が発射され。 すぐにリフターの底部に直撃すると、リフターはかなりの速度で上空へと押し上げられる。

 

「——ガフッ!」

 

「ああっ!」

 

「律くん!」

 

絶唱によるバックファイア……律は吐血し、膝をつくも銃は構えたまま砲撃は続ける。 そして、響たちを乗せたリフターが大気圏を突破し、宇宙空間に到達し……砲撃は止まった。

 

「勝て、よ……ひび、き……みんな……」

 

最後の力を出し尽くし、律は力なく倒れる。 シンフォギアは解除され、薄れる意識の中、何かを掴むように右腕を伸ばし続け、

 

「……立ち止まるな……歩き続けろ……!」

 

「律さんっ!!!」

 

最後に未来の悲痛な悲鳴を聞き届けながら、律はうつぶせに倒れ意識を落とした。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

3週間後——

 

この期間を“やっと”と捉えるか、それとも“もう”と捉えるかは人それぞれ。 だがそれでも先の事件で出来てしまった爪痕は今もなお街の至る所に残っていた。

 

だがそれでもゆっくりと、着実に人々の努力によって日常へと戻って来ており。 元通りになる日もそう遠くないと確信できた。

 

そして今日の天気は曇天の空から降りしきる強い雨……そんな雨の中、傘もささず白い白百合の花を携えている1人の少女——小日向 未来がバス停の前に立っていた。

 

「…………………」

 

今まで響たちの捜索は続いていたが……つい先日、戦死扱いにされ捜索は打ち切られてしまった。

 

そして律に関しては重症故に面会謝絶となっているが、どこの病院に入院しているのか……家族にすら知らされていない。

 

しばらくしてバスが到着。 乗り込み、目的地に向けてバスは発進する。 ずぶ濡れた未来が乗り込むも、同乗していた人々は誰も奇異の目で未来を見ていなかった。

 

未来の俯いた暗い表情と、手に持つ花……彼女のような悲しい出来事に合った人も大勢いるため、誰もが察する事ができた。

 

そして、未来を犯している心労はただ一つ、もう響とは会えない……その言葉が胸の中で渦巻きながら1人、都市郊外にある霊園を訪れた。 霊園の中を歩き、一つの墓の前で立ち止まる。

 

「……また来たよ」

 

未来が墓参りに来た墓石には、誰の名前も彫られていない。その代わりに、墓石の前には写真立てが置かれており、片側が破かれている2人が仲直りした時に撮った響の写真が写っていた。

 

その場でしばらくの間立ち尽くしていた未来は、手から白百合の花束を地面に落とし、ゆっくりと膝から崩れ落ち両手両膝を地面に付ける。

 

「会いたいよ…! もう会えないだなんて……私は嫌だよ……! 響……声が聞きたいよ……律さん……」

 

泣き崩れ、嗚咽が漏れ出し涙が雨と一緒に流れ落ちる。 会いたい、声が聞きたい……そんな小さな願いですらもう叶えられない。 すると、

 

「未来ちゃん」

 

「……あ……紅羽さん……」

 

誰かが未来の側に寄り、彼女を傘の中に入れ雨に打たれるのを防いだ。 顔を上げると、そこには黒い喪服姿の女性……律の母親の紅羽と、妹の静香が心配している目で未来を見つめていた。

 

「また来たのね」

 

「…………はい」

 

「お姉ちゃん、大丈夫? 前よりお顔、悪くなっているよ?」

 

子どもにも分かるほど今の未来の顔は悪く、目に見えて体調が思わしく無かった。

 

「この前も聞いたけど、本当に大丈夫? 前よりやつれているし……気持ちは分かるけど、それであなたが倒れちゃったら元も子もないわ」

 

「……へいき、へっちゃらです……」

 

響の真似をするように気丈に振る舞うが、とても平気そうには見えなかった。

 

紅羽は携えていた花を供え未来と顔を合わせるように腰を落とす。 未来は紅羽の顔を覗き込む。 自分と違い、生気を感じる顔色をしている。 大切な息子が行方知れずにも関わらず。

 

「……紅羽さんは、心配じゃ無いんですか……? 律さんが、いなくなって……」

 

「ええ、心配よ。 でも私が慌てても何も解決はしない……私たちだけでもしっかりしなきゃ、静香も落ち着かないわ。 あの人も同じ、内心は心配はしているけど、あの子が帰って来たときのために変わらず迎えて上げるために、今日もいつも通りに出勤したわ」

 

「???」

 

いつでも帰って来たときのため、しけた顔を見せないために日常通りの生活をしながら待ち続ける……静香には少し難しいようで、意味が分からず首を傾げる。

 

「でも……でも! 私にはもう……」

 

だが、自分の元には決して迎え人は来ない……紅羽たちのように生きる事は出来なかった。

 

「あの子も罪な子ね……こんな子を放って行くなんて」

 

「…………………」

 

「未来ちゃん。 あなたには、何が残されているの?」

 

「……え……」

 

「今のあなたは何もかも失ってしまったのかしら? 何か無いの……あの子達から、あなたに贈られた物が」

 

「………………!」

 

——だから、生きることを諦めないで

 

——立ち止まるな……歩き続けろ

 

脳裏に、2人の言葉が蘇る。 次いで未来はポケットに手を入れ何かを取り出す。 取り出され手の中にあったのは手鏡が……2年前、律と別れる時に貰った手鏡が握られていた。

 

「あ! 前に私がお兄ちゃんにあげたかがみだ!」

 

「……ありました……響から、律さんから贈られた思いが、いっぱい……胸に入り切らない程に、私に……みんなに贈られていました」

 

「ふふっ、あるじゃない。 ちゃんとここに……私にも、ね」

 

自分の胸に手を当てながら微笑む紅羽。 紅羽は未来の目尻に指をかけ涙を拭い、顔に両手を添える。

 

「あの子達の思い、夢、歌は確かに広がって……私たちの中に入っている。 その想いを、決して無かった事にはしないでね?」

 

「……はい」

 

頷き、立ち上がる。 2人が立ち上がった直後、未来の心境を表すかのように雨が止んだ。 空にはまだ雲が陰っているが、それでも一歩、確実に前進した。 そう感じていると、

 

「——嫌ぁぁぁぁ!! 助けてーーー!!」

 

「「ッ!?」」

 

女性の悲鳴がどこからともなく届いて来た。 紅羽はすぐに静香を抱きしめて抱え上げ、未来は急いで辺りを見回す。

 

すると、霊園に隣接している道路で、街灯に車をぶつけ女性が複数のノイズ囲まれていた。 事故によって怪我を負ったのか、それとも恐怖故か女性はその場から動けなかった。

 

と、そこで唐突に手を掴まれて引かれ、立ち上げさせられた。 その手を掴んだのは……未来だった。

 

「こっちよ! 早く!!」

 

「は、はい!」

 

霊園にいた紅羽が誘導して別の出入り口から道路に出た未来たちは息を切らせながら必死に逃げる。 その後を、ノイズが機械的に追いかけてくる。

 

しかし、逃亡も長くは続かない……やはり怪我を負っていたのか女性の足は次第に止まって行き。 加えて体力もそれほど多くなく、子ども1人抱えて走っていた紅羽も限界に近かった。

 

「私、もう……」

 

「ハァハァ……静香……あなただけでも……!」

 

「イヤだよ、ママ!! 」

 

「諦めないで!」

 

体力の限界と、迫り来るノイズの恐怖が同時に来てしまったためか、女性は倒れ失神してしまった。

 

未来は歯をくいしばりながら女性と紅羽に肩を貸し、静香も懸命に母親を支えながら少しでも足を前に進める。

 

(諦めない……絶対にっ!!)

 

息を切らせながらも、身体が限界に来ていたとしてもその足は止めたりはしない。 生きる意味を持てた今、決して未来は諦めたりはしなかった。

 

だが、思いに反して逃亡劇は長く続かなかった。 体力の限界に加え、元々体調不良だった事もあり未来は足を取られ転倒してしまった。

 

「うっ……!」

 

「ママ、お姉ちゃん!」

 

静香は未来と紅羽の身体を譲りながら迫り来るノイズと交互に見やる。 迫り来る恐怖、しかし置いてはいけない大切な母親……次第に涙を浮かべ、泣き出してしまう。

 

「……っ……!」

 

するとノイズに囲まれてしまい、もう逃げ場は無かった。

 

「や、やらせない……!」

 

「み、未来ちゃん……!」

 

「お姉ちゃぁん……」

 

未来は身体を奮い立たせながら立ち上がり、ノイズの前に出ると両手を広げる。 そして、迫り来るノイズ……

 

「……ごめんね……」

 

一言、響と律の想いに応えられなかった謝罪がポツリと溢れ、ゆっくりと瞳を閉じる。 未来は死を覚悟した。 だが、

 

「………………」

 

いつまで経っても何も起きない。 代わりに何が飛来する音と同時に未来の身体はフワリと浮き上がり、誰かに抱き起こされた。次いで風を切る音、そして鈍い打撃音が聞こえてきた。

 

「え……?」

 

何が起きているのか全く分からない……だが思考が動いていることから生きている事だけは理解でき、状況を確認するため未来は恐る恐る目を開けると……まず目に入ったのは黒だった。

 

次に入ってきたのは、黒の間を横切るように紅い粒子が舞い、辺りに漂っていた。

 

「……ぁ……」

 

顔を上げると、そこには紅いバイザーで顔を隠しながら剣を振り抜いている……この世で唯一ノイズに対抗できる装備《シンフォギア》に身を包んだ者“装者”がいた。

 

「大丈夫か、未来?」

 

「あ……あぁ……!」

 

そのシンフォギアを纏っていたのは、アイオニア音楽専門学校2年“芡咲 律”その人だった。 律はシンフォギアを解除すると、後ろにいた紅羽と静香は驚いたような顔をして目を見開かせる。

 

未来は色々と言いたい事があったが……先に嬉しさが溢れ涙を流し、律に抱きつく。

 

「律さん……律さん……!」

 

「ごめんな、未来。 みんなの安全のために機密とか色々と守らないといけなくては……未来には心配かけた」

 

「——私もいるよ!」

 

声が聞こえた方向……道路の坂の上、そこには響と、翼とクリス、そして弦十郎と緒川が立っていた。

 

「響!!」

 

「未来! 立花 響、ただいま帰ってきました!!」

 

律に続き響たちの無事も確認できると、ホッとしたのか未来は脱力し、律は彼女をソッと地面に下ろした。

 

「ガウ!」

 

「リューツ!」

 

ヒョッコリと現れたリューツは未来の胸に飛び込み一鳴き。 雨に打たれ冷えた身体ゆえか、とても暖かく感じられ優しくギュッと抱きしめる。

 

「ただいま、母さん、静香」

 

「ええ、おかえりなさい」

 

「おに゛い゛ぢゃあああぁん!!」

 

すると、静香が律に向かって突撃し、律は両脇を掴んで受け止め。 そのまま抱きしめ、泣き叫ぶ妹の背を撫でた。

 

「うえええええん!!」

 

「おー、よしよし、よく頑張ったなー静香ー」

 

「泣いているのはノイズではなく、貴方のせいじゃないかしら?」

 

「ったく、昔っから妙にズレてるヤツだぜ」

 

「! あ、貴女は……!」

 

クリスに身体を起こされた紅羽は、クリスの顔を見て2度目の驚愕を見せる。 律の両親にとって、クリスは亡き雪音夫妻の忘れ形見……驚かずにはいられなかった。

 

「久し振り、でいいのかな? 紅羽おばさん」

 

「クリスちゃん……なの?」

 

「……ああ……」

 

クリスの無事に、紅羽は涙を流す。 積もる話があるが、今はそれよりも先に、

 

「帰ろう。 俺たちの街に」

 

「はい!」

 

「……ええ!」

 

律たちは海の方角を向き、帰るべき家がある……守り抜いた街、世界を見下ろした。

 

今日、災害的にノイズが現れたように、ノイズの脅威はまだ終わらない。 フィーネの言う戦いは今もなお続いているが……彼らなら、決して乗り越えられない壁ではない。

 

いつかは必ず、手を繋ぎ、歌を歌いながら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

《カ・ディンギル跡地》

 

政府によって完全に立ち入りを禁じられているこの場所に……ひとつの影があった。

 

影は風が吹き、砂埃が舞うこの場所を歩き、足を止めた。

 

「刹那の“終焉”は、再び輪廻の中に巡ったか……」

 

視線を落とすと、風に砂が流され、ふたつの貴金属が砂の中から姿を見せた。

 

「役目を終えた“聖物”砕け。 再び、欠片となったか……」

 

膝をつき腰を下げ、両手を地面に伸ばして何かを拾い上げる。 右手には銀のカケラ、左手には金のカケラが握られていた。

 

「光り輝くふたつのカケラ

ひとつは白銀(はくぎん)の“無限”

ひとつは金色(こんじき)の“不滅”

ふたつの力で過去が繋がり

ふたつの力で光り輝く

そして、新しい世界が見えてくる……」

 

立ち上がり、空を見上げる。 そこには月が……本体の月が欠け、月周囲に土星の輪のように破片が浮いている月を見上げる。

 

「次の舞台は出来上がった。 開演は——」

 

姿勢を元に戻し、踵を返すと同時に一陣の風が吹き抜け、

 

「もう、始まっている」

 

そこには……もう誰もいなかった。

 




次話から“しないフォギア”の幕間になります。
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