戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー 作:にこにこみ
夜明けと共に現れたマリア。 その彼女が再び現れた《フィーネ》の転生体であると言う発言に、その状況をモニタリングしていた二課も驚きを禁じ得なかった。
「つまり、異端技術を使う事から《フィーネ》の名をなぞらえたワケでは無く——」
「蘇った《フィーネ》そのものが組織を統率しているというのか……」
「……またしても先史文明期の亡霊が今に生きる俺達の前に立ちはだかるのか。 俺たちはまた戦わなければいけないのか……了子君……!」
誰もが《フィーネ》の再臨に驚く中、特に弦十郎は再び彼女と戦わなければいけない事実に俯きながら拳を強く握りしめる。
「ウソ、ですよ……だってあの時、了子さんは……」
今もなお信じられない表情を見せる響。 ついこの間、朽ちて死にゆく彼女を目の前で看取ったというのに、こうも簡単に再会してしまった。
「“リインカーネーション” ……」
『遺伝子に《フィーネ》の刻印を持つ者を魂の器とし……永遠の刹那に存在し続ける……“輪廻転生システム”』
「そんな……じゃあ、アーティストだったマリアさんは……?」
「さて……それは自分も知りたいところですね」
ウェルは《ソロモンの杖》を翼に没収され、響に拘束されながらも余裕の表情を見せる。
彼女が仕組んだシステムの通りなら、既にマリアの主人格は《フィーネ》に呑み込まれている。 以前のライブで歌ったのはどちらなのか……それを知る由はなかった。
(《ネフィリム》を死守できたのは僥倖………だけどこの盤面、次の一手を決めあぐねるわね)
恐らくは手にもつゲージを守るため現れたマリアは、鋭い視線で周囲を警戒していた。
自分の手には死守すべき化け物……《ネフィリム》があり、そして敵の手には余裕の表情で捕らえられているウェルの姿が。 マリアたちにとってこの2つは今後の目的達成のためには欠かせないピースであり、このまま撤退することは出来なかった。
(それにしても……《クラウソラス》にあんな機能が備わっていたかしら……?)
今し方見せた律のシンフォギアがクリス事取り込んで武器とした現象……彼女が知る限りそんな機能は無かったと、律の方に視線を向けようとした時、
『——ふざけた事抜かしてんじゃねぇ!!』
「うわっ!?」
マリアと対面していた律の手にもつボウガンがクリスの怒りに呼応して勝手に動き、一撃に集中した1本の矢を高速で放ってきた。
「ッ!!」
考え込んでいたため顔を渋らせながら矢を避けると、ボウガンに引っ張られるように律が接近し。 ボウガンの弓が広がり、弧に刃が展開されると斬りつけてきた。
「ちょっとクリス!?」
『戯言を言うやつに聞く耳は持ってねぇんだよ!!』
マリアは出鱈目に、しかも律に意志に反して動くボウガンの刃をどこ吹く風のように槍の上から動かずに華麗に避ける。
通常ならまだしも、平静さを失っているのなら余裕で避けることが出来きた。
「風鳴 翼もそうだけど、貴女も? 余程信じたくないようね?」
『たりめえだ! あの女はなぁ……そう易々と帰ってくるような女じゃねえんだ!!』
「クリス!!」
律は怒鳴りながら無理やりマリアから引き離す。 その際に上に向かれたボウガンから追尾型の矢が放たれたが、マリアは迫ってきた矢をマントで苦もなく防いだ。
「足手まといにはならなくても、邪魔になったら世話ないでしょう!」
『わ、悪りぃ……』
律はボウガンを小突きながら叱り、幻影のクリスはばつが悪そうにシュンとなる。 気を取り直し、律は眼下にいるマリアを見下ろす。
「とにかく姿を見せた以上、その身柄を確保する——行くぞ!」
『おう!!』
マリアのシンフォギアは響のと同様、飛行仕様ではない。 律は以前と同じように制空権を取りつつ、今回は《イチイバル》の高火力の遠距離武装による射撃を仕掛ける。
『全弾味わいな!!』
「くっ!!」
マリアは自身をマントで覆い、周囲を旋回しながら絶えず射撃を行う律の攻撃から身を守る。
マリアの射程外からの遠距離攻撃……律は今度こそ、確実に彼女を確保する気でいた。
(よし……このまま……!)
(——防戦一方、そう思っているわね)
このまま決めようとした律に対し、マントの内側で薄く笑みを浮かべるマリア。 すると……マントが全方位に広がり、移動し続ける律に圧を入れてくる。
「ッ!?」
「はあっ!!」
視界が塞がれ射撃の手を止めた瞬間を狙い、一気に接近したマリアがボウガンを持つ手を蹴り上げてから一転、回し蹴りを放ち律を吹き飛ばした。
「ッ……! 弦十郎さん!!」
『分かった!』
『仮設本部、浮上します!』
吹き飛びながら律は通信を取ると、それだけで意図が読めた弦十郎たちが行動を開始し……海面から水飛沫を上げながら潜水艦が浮上してきた。
律は受け身を取りながら潜水艦の甲板に着地し。 笑みを浮かべたマリアはネフィリムのケージを上に投げると……ゲージは何もない空間で消えてしまった。
そして彼女も後を追って甲板へと跳び乗り、掲げた手に槍を呼び寄せ、飛んできた槍を握りしめる。
「手加減は無しよ——全力で貴方を打ち倒し、引きずってでも連れて行くわ!!」
「えっ!?」
『はああっ!?』
突然のマリアから告げられた律の誘拐宣言に、律はもちろんクリスも驚愕してしまう。 だが驚く間も無く有言実行、マリアは飛び上がり律に向かって槍を振り下ろす。
「はああっ!!」
「ッ! クリス!!」
『何がどうなってんだよ!?』
意味が分からなく、混乱しながらもクリスはアームドギアをボウガンからリボルバーに換装し。
さらに分裂、二丁拳銃となり律は振り下ろされてきた槍を銃身で受け流して防ぎ、二撃目が振られる前に両手の銃を発砲、振り抜かれる前に槍を撃ち抜き弾き飛ばした。
「ちょっと趣旨変わってない!?」
「貴方が私たちの知る人物と同一人物なら……貴方はこちらの陣営にいなければならない!」
「何その理屈!? 俺は記憶喪失だって言ってるだろう!」
「だから、思い出させるためにも!!」
マントを翻し左右から挟み込むように襲いかかる。 律は駆け出し、迫りくるマントを避けながら距離を詰めていく。 だがその間、攻撃が外れたマントが潜水艦の甲板に傷をつける。
「ッ!」
潜水艦はとてもデリケートな船だ。 少しの傷でも水深が深ければ致命的な損傷になる事も多い。 しかも今潜水艦には二課の面々が乗船している、このまま戦い続けていればいつかは危険に晒される可能性がある。
(先ずは戦いの場を変えないと……!)
追撃を仕掛けたマリアはマントを槍と自身の周囲で高速に回転させ、まるで竜巻のように姿を変えて突撃。 そのまま直進してくる。
「ぐっ……つあっ!!」
銃を交差して受け止め、押し返そうとするも質量の差で逆にあっさりと跳ね返される。
『ならコイツだ!』
即座にクリスが左手の銃を換装。 大口径の単発式の拳銃へと姿を変える。 するとシンフォギアの頭部のヘッドギアから右眼にバイザーが降り、弾道補正と照準機能を表示させる。
『台風の目だ——吹っ飛ばせ!』
「行けっ!」
【MEGA DETH SOLO】
大口径の単発式の拳銃というのは言い換えれば“グレネードランチャー”。 上向きで発射された擲弾は弧を描き竜巻の中に入り……内側から台風を吹き飛ばした。
「くっ……出鱈目な!」
爆煙と爆風に煽られマントの中からマリアがよろけながら姿を現すと……眼前に広げられたネットが迫り、マリアに覆いかぶさると身体中に絡まり動きを封じた。
律の右手には拳銃型のネットランチャーがあり。 そこからネットが発射されていた。
「きゃあ!」
「確保!」
『まだ無力化してねぇ。 先ずはここから離れるぞ!』
「了解!!」
すぐに脱出されると思われるがその間に甲板から離脱するため、このまま引っ張って陸地に連れ出そうとした時……突然の右腕に激痛が走り、ネットを落としてしまう。
「ぐうっ!?」
『律!? 何して——』
クリスは右腕を抑えて蹲る律の前に回ると……右腕の装甲が砕けており、その下もアンダースーツが剥がれてそこから見える素肌に青痣が出来ていた。
律が突然蹲る様子を、島の上で響たちも見ていた。
「律……!?」
「もしかしたら、最初にもらったのが効いているのかも」
響は律が右腕を抑える理由を、初撃目の槍の一撃……律がゲージを確保しようとした際に受けた傷だと予想する。
「くっ……ここからでは何もできない……!」
(ではこちらもそろそろ……)
どうする事も出来ず地団駄を踏みそうになる翼を一瞥しながら、拘束されていたウェルが頃合とばかりに不適な笑みを浮かべる。
すると、突然何もない空間から無数の丸鋸が響たちに向かって飛来してきた。
「立花!」
「うわっ!」
防御が間に合わないと判断した翼は響を押しながら抱き寄せ、その場から退いた。 その際にウェルは解放されてしまうが致し方なかった。
「なんとイガリマァァァーー!!」
同じように突然、どこからともなく空から現れた切歌は翼に向かって鎌を振り抜く。 狙いは翼が手に持つ《ソロモンの杖》の奪還、そうはさせまいと翼は刀を抜き鎌を受け止める。
続けてさらに調が現れ、脚部に装着した丸鋸をローラー代わりにして走行し。 ツインテール型のアームドギアを展開し再び丸鋸を浴びせてくる。
「やっ! てやあっ!!」
響は襲ってくる丸鋸を拳で打ち砕きながら防ぎ。 続けて調は脚部から刃を展開しながら前転し、円状の丸鋸の内側に入りながら回転、地面を切り刻みながら疾走する。
【非常Σ式 禁月輪】
「うおっ!?」
予想外の攻撃に驚きながらも横に跳んで避け、調はそのまま直進し響の背後にあった壁を砕きながら衝突した。
「デェース!!」
「くっ……!」
ポールと鎌を交互に振り回し、時間差による連撃を苦戦しながらも防ぎ避け続ける翼。 リーチの差はもちろんあるが、ギアの出力低下と片方の手が杖によって塞がれている事により防戦一方だった。
しかし、鎌だけに気を取られていた翼は……攻撃を続ける切歌のシンフォギアの肩部装甲が展開した時の反応が遅れてしまい、
「ほいっ!」
「しまっ——ぐあっ!!」
「翼さん!」
射出されたアンカーが壁を反射して翼の背後に回り《ソロモンの杖》に巻き付き、巻き取られ奪取されたと同時に振り抜かれた柄が腹部を打ち抜いた。
吹き飛ばされる翼、響はすぐに駆け寄る。 そして取り返された《ソロモンの杖》は調に投げ渡され、そのままウェルの元に向かった。
「時間ピッタリの帰還です。 おかげで助かりました。 むしろ、こちらが少し遊び足りないくらいです」
「助けたのは、あなたのためじゃない」
「や、これは手厳しい」
淡々と、にべも無く返す調にウェルは肩をすくめる。
「くっ! 適合係数の低下で思うように動けない……!」
「でも、いったいどこから……?」
翼に肩を貸しながら響は周囲を見回し、奇襲を仕掛けてきた調と切歌が隠れられそうな場所を探すが……それらしき場所はどこにも見当たらなかった。
「伏兵が潜んでいるのか。 交戦地点周辺の索敵を徹底するんだ!」
「やってます。 ……ですが」
「装者出現の瞬間まで、アウフヴァッヘン波形その他シグナルの全てがジャミングされている模様……!」
「クッ……俺たちの持ち得ぬ異端技術」
つまり、マリアたちは物理、電子的な監視全てをかい潜りいきなりこの人工島に現れた。 二課も知り得ぬ技術を使って。
だが、今はそれよりも目の前の敵の対処が先決。
『律。 少しずつだがギアの出力が戻ってきてる。 大技で決めるぞ!』
「痛ッ……! 分かった……」
「ハァ、ハァ、ハァ……」
クリスの提案に、律は右腕の装甲を増やして固定しながら了承する。
ギアの調子が戻って来たのを感じながら2人は意識を集中させる。 それに対し、マリアは何もしていないのにも関わらず息を荒げ、額から汗を流し始める。
(ギアが重い……)
先程までは思い通りに動けたが、時間の経過に比例して今はギアが身体に重くのしかかる重りのように感じていた。
『「天津招かん 白雲の羽衣」』
ギアが重くなろうとも相手は待ってはくれない。 律とクリスは声を揃えて謳い出すと左手に構えた銃が変形、銃口が無く変わりに2極の針が出ている銃……テーザー銃のような形状になる。
『「もやくる闇に せかるまつわり
すると、2極の針の間に電撃が走る。 2人は確実にマリアを落とすつもりでいた。
『「
【
謳い切ると同時にトリガーを引くと……まるで2極の針が牙のように、電撃が蛇のように螺旋を描きながらマリアに襲いかかる。
「ッ!!」
身体が鉛のように重いマリアに避けることは出来ない。 だがまともに喰らうつもりもなく、自身をを囲うようにマントを纏い、甲板に槍を突き立てると、
「ぐうぅ……!」
雷の蛇がマントに噛み付いた。 電撃は毒のように襲いかかるがマントは絶縁をなしているのかマリアまでは届かず。 かつ槍が避雷針の役割を果たし電撃の大半が甲板を通して潜水艦に流れる。
『——律くん! 電撃がこちらに流れて計器に異常が……!!』
「あっ! ごめんなさい!」
『チッ……やっぱ大技つってもこの程度か……!』
そうすると当然、潜水艦は電撃による被害に遭い。 律は慌てて技を止めた。 クリスも予想以上に威力が出なかった事に苛立ちを覚える。
マリアは何とか防げたとホッと息をついた時、
「ッ!」
危険を察したマリアはその場から退くと、遅れて甲板に刀が突き立った。 マリアは島の方を見ると、響に支えられながらも投擲した姿でマリアを睨みつける翼の姿があった。
(……隙あらば噛み付いてくるなんて……あの劔、可愛くない)
マリアは翼を睨み返すと、そこで通信が入る。
『適合係数が低下しています。 《ネフィリム》はもう回収済みです——戻りなさい』
「チッ……時限式はここまでなの」
『「!?」』
苛立ちを覚えながら呟いた言葉に、島にいた翼と艦内にいた奏が耳を疑う。
「まさか……奏と同じ“LiNKER”を?」
『おいおい。 あんなヤベェの使ってんのかよ』
“LiNKER”とは適合指数が低い装者が人工的に適合指数を上げるために投薬される薬品のことである。 だが副作用が酷く、使い続ければ装者の身体を絶唱のバックファイアの如く蝕んで行く。 実際、奏もそれで装者を辞めざる得なくなっている。
「ッ……!?」
その時、いきなり突風が起こり。 律は風に煽られ、手で顔を覆う。 海風ではなく、規則的に起こる風……何かの飛行機体だと判断する。
すると律の頭上の空間が歪み、垂直離着陸型の大型ヘリ……“エアキャリア”が姿を現した。
『光学迷彩かぁ!?』
「いや……アレはそんなに生優しいものじゃ……!」
二課の最先端のレーダーにも映らない程のステルス機能……マリアが再臨したフィーネだと言う真偽はともかく、これは彼女たちの組織《フィーネ》の異端技術が本物である物的証拠であった。
律も直感的に、アレはただ透明になるだけの技術ではない事を感じ取っていた。
エアキャリアはマリアを回収すると姿を消し……再び姿を見せたのは人工島付近、そこにいる3人を回収しに行っていた。
「しまった……!」
『逃がさねぇ……これ以上《ソロモンの杖》で好き勝手させっかよ!!』
クリスにとって《ソロモンの杖》は忌むべき存在、みすみす逃す訳には行かない。 思いは違うが同じ考えの律も左右の銃のグリップを連結して変形、恐らくは《イチイバル》の名に相応しいロングボウの形状になる。
律は左手でしっかりグリップを握りしめ、弓から飛び出るように展開した鋭利な菱形の形状をした矢尻の矢を弦につがえる。
「……………………」
『《ソロモンの杖》はぜってぇ渡さねぇ……!』
照準はクリスに任せ律は矢を射る事だけに集中する。 マリアたちを乗せたエアキャリアは撤退を始め、律とクリスは海洋へと逃げていくエアキャリアに狙い定める。
しかし、海から顔を覗かせる朝陽に向かっていくエアキャリアは溶けるように、少しずつ姿を消していき……視覚、モニターから敵機の姿が完全に消失しようとした時、
「——ッ!!」
【SAGITTA ARROW】
パァンッ!! と、張り詰めた弦がまるで銃声のような音を立てながら矢を放った。 高速で放たれた矢は風を切りながら真っ直ぐ飛んで行き……そのまま水平線の先まで行ってしまった。
『……避けやがったか』
「…………ふぅ…………」
直撃や矢の迎撃がない事からそう判断し、律は嘆息しながらゆっくりと弓を下ろす。
「反応……消失」
「超常のステルス性能……これもまた、異端技術によるものか?」
二課の計測器でも彼女たちの姿は完全にロストしてしまい、これ以上追跡する手立てはなかった。
「正義では、守れないもの……」
「……悪を為してでも守るべきものか……」
エアキャリアが消えた海を見ながら、響と翼は立ち去り側に言い残した調の言葉を思い返していた。
◆ ◆ ◆
エアキャリアに乗り込み人工島から立ち去った彼女たち《フィーネ》。 そのコックピットでは装置に設置されている一つの聖遺物を見つめる眼帯をつけ車椅子に座る老女……ナスターシャがいた。
(《神獣鏡》の機能解析の過程で手に入れた“ステルステクノロジー”。 私たちのアドバンテージは大きくても同時に儚く脆い……)
皮肉のようにそう考え込んでいると……突然、ナスターシャは口元を押さえて酷く咳き込んだ。
「ゴホッ! ゴホッ!」
ナスターシャは口元を押さえていた手を退けると……その手のひらには血があった。
「急がねば……儚く脆いものは他にもあるのだから……」
時間が残されていない……彼女はゆっくりと、しかし精一杯の力で吐いた血ごと手を握りしめた。
「——グヘッ!」
エアキャリアの後部ハッチでは、ウェルを抱えていた切歌が乱暴にウェルを床に叩きつけ。 切歌は怒りに満ちた目で見下ろす。
「下手打ちやがって! 連中にアジトを抑えられたら計画実行までどこに身を潜めればいいんデスか?」
「おやめなさい。 こんなことしたって何も変わらないのだから」
「胸糞悪いデス」
ウェルを罵倒する切歌をマリアはやんわりと止めるが、虫が治らない切歌は苛立ちを抑えられなかった。
「驚きましたよ……謝罪の機会すらくれないのですから」
「ッ!」
『——虎の子を守り切れたのがもっけの幸い。 とはいえ、アジトを抑えられた今、ネフィリムに与える餌がないのが我々にとって大きな痛手です』
その物言いで切歌の怒りが再燃しかけた所で間に割って入ったのは、コックピットの様子がモニターに映るナスターシャだった。
「今は大人しくしてても、いつまたお腹を空かせて暴れ出すかわからない」
「持ち出した餌こそ失えど、全ての策を失ったわけではありません」
そう言いながら「様子を見て来ます」と、ウェルは踵を返す。 恐らく《ネフィリム》の元に向かうのだろう。
後部ハッチを後にしようとした時、ウェルは扉に手をかけながら振り返る。
「そうそう。 《クラウソラス》の装者の彼……十中八九“律くん”でしょうね」
「「「!!」」」
「そもそも装者1人を見つけるのにどれだけの設備と資金と時間と労力、聖遺物と適合する
会話の途中で煽るような発言をしたが、ウェルはマリアたちの顔を見ぬままそのまま立ち去ってしまった。
後に残された彼女たちは少しの間、無言で立ち尽くす。
「……マリア……本当に、本当にお兄ちゃんが、生きていたの?」
「……ええ。 改めて向かい合って分かったけど……あの子で間違い無いわ。 けど……」
「折角再開したのに、敵同士なんて……」
律自身には全く身に覚えがないが、彼女たちにとって律は大切な存在……憎しみをぶつけ合うような戦いなどしたくは無かった。
「マリア! お兄ぃをアイツらから取り戻せないのデスか!?」
「……あの子が生きていてくれて、本当に嬉しいし助けたいわ。 でも、今の私たちにそんな余裕は無いのよ……」
「あ……」
今すぐにでもこの手で取り戻したいが、世界を敵に回した彼女たちにそんな余裕はなく。 雑念を振り払うように早々とマリアもこの場から出て行った。
「マリア……」
「……………………」
後に残された2人は、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。
◆ ◆ ◆
マリアたちを逃してしまった響たちは、潜水艦の甲板で落ち込んでいるように座り込んでいた。 唯一立っているのは彼女たちが消えた水平線を見続ける律のみ。
「無事か!? お前たち!」
「師匠……!」
そこへ甲板のハッチが開き、弦十郎が出てきた。 響はそちらの方を向くと、再び顔を俯かせる。
「了子さんとは……たとえ全部が分かり合えなくても……せめて少しは通じあえたと思ってました……なのに……」
「通じないなら、通じ合うまでぶつけてみろ! 言葉より強いもの……知らぬお前たちではあるまい!」
自分がその言葉よりも武力行使できる程強い存在だろう、と言いたかったが……そうとは言えず律は苦笑いし、クリスは呆れてため息をついた。
「言ってること全然わかりません……でも、やってみます」
「ふ……」
考える前に動け……頭でなぜどうしてと考えるより行動で示すのが響のやり方。 少しは励ましになり元気が出た響を見て、弦十郎はニッと笑った。
「……………………」
「やはり気になるのか? 自分と彼女たちの関係について……」
茫然と立ち尽くしていた律の側に翼が歩み寄り、そう投げかけてくる。
「気になっていないと言えば嘘になる。 俺の失った過去を知る人物だからな……」
「……たとえ、これから何度も刃を交える事になろうとも?」
「ふっ……こんなの、ただの子どもの喧嘩だよ。 仲のいい、家族のね」
「……そうか」
家族という実感はまだないが、律にはどうしてかそれが1番しっくりきた。