戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー   作:にこにこみ

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29話 秋桜祭

 

 

「——では、自らを《フィーネ》と名乗ったテロ組織は米国政府に所属していた科学者たちによって構成されていると?」

 

二課の仮設本部の司令室では、弦十郎と緒川がとある人物と通信を取っていた。

 

モニターの中では、相変わらず蕎麦を啜っている老人……日本国外務省事務次官の《斯波田 賢仁》がその質問に答える。

 

『正しくは、米国聖遺物研究機関《F.I.S》の一部諸君が統率を離れ暴走した集団ということらしい』

 

「《F.I.S》……! それは律くんが過去に所属したとされる……!」

 

「やはり無関係ではなかったか……《ソロモンの杖》と共に行方知れずとなり、そして再び現れたウェル博士も《F.I.S》所属の研究者のひとり。 律くんを知っていた素振りも納得がいく」

 

戦闘中の記録映像からウェルが律の事を知っている素振りを見せた事から、彼が《F.I.S》の関係者だという事実が濃厚になってくる。

 

『こいつは、あくまでも噂だが《F.I.S》ってのは日本政府の情報開示以前より存在しているとのことだ。 その《クラウソラス》の小僧が日本に流れてきた時期から考えれば証明にもなる』

 

「つまり、米国と通謀していた彼女が……フィーネが由来となる研究機関というわけですか?」

 

「……彼女は彼をどこからか攫い、資金源として売ったそうだ。 間違いないだろう」

 

今までの情報を照らし合わせ、ようやく点と点が繋がって次第に背景が見え始める。

 

『何にせよ。 出自がそんなだからな、連中が組織に《フィーネ》の名を冠する道理もあるのかもしれん』

 

そこで一度、蕎麦を啜り。 言葉を切り咀嚼しながら再開する。

 

『ただのテロ組織には似つかわしくないこれまでの行動……存外、周到に仕組まれているのかもしれないな』

 

「……………………」

 

蕎麦を嚥下しながらそう答えると、考え込むように弦十郎は終始無言だった。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

リディアン音楽院・秋桜祭。 1日目——

 

裏で陰謀が蠢こうが表はいつも通りの日々が送られる。 こうして新設されて始めての学祭が無事に開幕され、生徒はもちろん周辺の住民も活気付いていた。

 

「……………………」

 

しかし、舞台裏にいた律は暗い表情をしながら観客が続々と増えていくホール内を静かに見ていた。 恐らく、響たちも似たような心境だろう。

 

「おい大丈夫か、律?」

 

「どうもお加減が悪いようですが……」

 

「錦、アルフ……いや、大丈夫だよ。 少し考え事をね……」

 

その様子を心配した2人が声をかけるが、律は何でもないように気丈に振る舞う。

 

「ガウゥ……」

 

そこへリューツも寄ってきた。 リューツも楽しんでいるようで、女子たちがやったであろう首や尻尾にはリボンが結ばれ、その背には例のアンティークドールが乗っていた。

 

「お。 リューツもおめかしか?」

 

「あら。 とても精巧な人形をお持ちなのですね?」

 

「あ、ああ……家にあったのをリューツが気に入ってな」

 

「——キャーー! 可愛い〜〜♡」

 

「ギャーウ!!」

 

「おっと……」

 

突如として現れた鈴はリューツを目にするや否や飛びかかり、リューツを強烈にモフリ始めた。 その際背に乗っていた人形は落ちたが、既の所で律がキャッチした。

 

「あー可愛い! モフモフー……可愛いモフモフーーッ!!」

 

「落ち着けこのバカ」

 

興奮が止まらない鈴の背後から由叉が現れると、リューツの首根っこを掴んで鈴から引き剥がしてくれた。

 

因みに4人ともステージ衣装に着替えており、男子は黒いタキシードのような。 女子は白いドレスのような衣装に着替えていた。

 

「あぁーん、返して〜〜……」

 

「これから本番だぞ? 浮かれてると足元すくわれるからな」

 

「はぁーい」

 

「はい、リューツ」

 

「ガウ!」

 

ようやく収まったところで律は人形をリューツに返した。

 

「皆さんはご家族の方は来ているんですか?」

 

「俺のところはないな。 実家は四国の方だし」

 

「同じく」

 

「私は来てるよ〜。 お母さんが」

 

「うちも来てると思うけど……」

 

「《レゾナンス》の皆さーん。 そろそろ開幕式が始まりますので、準備の方をお願いしまーす」

 

「はーい」

 

と、そこで関係者の女子生徒がそう伝え。 鈴が返事をし、律の方に振り返ると、

 

「 ——それじゃあ律くん。 おめかししましょうね〜〜」

 

「え!? あ、あれ冗談じゃなかったんですか!?」

 

「ええ。 貴方の衣装もこの通り」

 

そう言ってアルフは背に回された両手を横にズレながら差し出すと……そこには由叉がおり、彼は右手に肩出しの白いドレスを、左手に律と同じ髪の色のウィッグを持っていた。

 

律の見た目が童顔や、声が女性よりであることから受け狙いで全員から着るように言われていた。 もちろん、律自身は拒否していたが……

 

「い、いつの間に……で、でもサイズが……」

 

「クラスで給仕の執事やるんだろ? その際の寸法をこっちにも教えてもらったから問題ねぇ」

 

「だ、だからって……」

 

「せっかく作ったのに……お姉さん、悲しいなぁ……」

 

「見てください。 この手を……毎晩毎晩夜なべして作って……」

 

そう言いながらアルフは鈴の手を掴み……全く無傷な手を今から絆創膏を張り出した。 しかし律からそれが見えず、絶えず「うぐぐ」と唸り声を漏らす。

 

「っていうかもう衣装の替えはないぞ。 お前だけ制服になるが……それでもいいか?」

 

「かなり浮くだろうな」

 

「ね? ね? いいでしょう……?」

 

「う、うぐぐ………………はい…………」

 

律は最後までこの姿で出るのは断固拒否していたが……結局、最後は渋々頷いてしまった。

 

そして定刻になり……生徒会主催の“勝ち抜きステージ”が開催された。 一見すれば学祭ならどこにでもありそうな企画だが、ここリディアンの学祭で勝ち抜けは一味違かった。

 

『——さあ始まりました! リディアン音楽院《秋桜祭》“勝ち抜きステージ”!! ここで優勝すれば、生徒会権限の範疇で一つだけ望みが叶えられます!!』

 

生徒会で出来える範囲でなんでも望みを叶えられる権利が与えられる。 そして、その開始一曲目を、律たちのバンドが行うことになっている。

 

『最初の一曲目は勝ち抜きとは関係はありませんのであしからず。 それでは、このステージのオープニングを飾るのはこの人たち——《レゾナンス》の皆さんです! どうぞ!!』

 

司会の女子の声で1度ホールは真っ暗になり……ステージ上がライトアップされると、5人の男女が光の下にさらされる。

 

「——静寂が今動き出すー……勇気を歴史に変えてー……」

 

錦がドラムの前でスティックを構え、アルフが首元にヴァイオリンを当て、鈴がトランペットのピースに口元を寄せ、由叉がギターにピックを当てる。

 

そして、演奏が始まると両肩が晒されている美しい白いドレスに身を包んだ長いアッシュブロンドの女性……もとい、女装した律が歌い出す。

 

律はボーカル兼指揮者。 律は奏者たちに背を向けながら歌と身振りそぶりで指揮し、その歌声や姿に観客を一気に魅了する。

 

「天に奏でたこの声よー……」

 

歌詞のようにゆっくりと、右手を上げ、

 

(つるぎ)に! なぁーーれぇーーー!!」

 

勢いよく、剣を握るように振り下ろし歌い、歌い続ける。 オープニングという事もあるが、もちろん審査員にも失格として歌を止める権利はあるが……審査員の方は誰も手を動かそうとはせず、律たちの歌を聞き入っていた。

 

律は歌いながら華麗に舞い踊る。 その動きや身振り手振りが観客を魅せ、装者たちへ指揮を送る。

 

——羽撃け……さあ 唄よ翼に変われ

神話へと続くはずさ 君の向かう道が

響いて……さあ もう迷わないで

 

歌は終盤に入り、ボーカルもバンドもどんどんヒートアップしていく。 それに呼応して観客たちも彼らから目が離せなくなる。

 

「ぎゅうっと持った願いの刃……!かかーげーてぇーー! 未来を!! 目指ーーしーーてーー!!」

 

最後の詩を歌いきり両手を広げながら徐々に歌声を落としていき、同じように伴奏も終わると、

 

『素晴らしい演奏をありがとうございました! 思わず私も聞き入ってしまいました! それでは、もう一度《レゾナンス》の皆さんに大きな拍手を!!』

 

司会を含めた観客から、ホールから溢れんばかりの拍手が彼らに送られ、最初の舞台の幕は閉じられた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

「や……やりきった……!!」

 

「お疲れ様〜」

 

次の演目もあるため手早く撤収し控室に戻ってきた律たちはぐでぇっと、椅子に座ったり地べたに座ったりしていた。

 

一曲5分と満たない時間だったが、特に律は自分の恥ずかしい姿が見られると思うと気が気では無かく、他の4人より精神的疲労が大きかった。

 

「まあ……急造だったが何とかなったんじゃね?」

 

「観客たちの反応を見れば……成功と思いたいですが」

 

「そこは素直に喜んでもいいだろうよ」

 

勝敗に関係ないとはいえ、観客の反応を見る限りは十分に成功したと言えるだろう。

 

「うーん。 よし、次はピアノとフルートも加えてやってみよう!」

 

「次って……鈴先輩と由叉先輩は卒業するでしょう……」

 

「鈴先輩らしいというか……さてと」

 

これ以上この格好をしている理由もないので着替えようとすると……どこにも律の制服が無かった。

 

「………………あの…………俺の服は?」

 

「ん? ああ、お前の服は教室にあるぞ。 その方が面白いって鈴先輩が」

 

「ちょっといい加減にしてもらいますか!?」

 

そういえば着替えさせられた後、鈴に回収されたような……あまりのショックで完全に失念していた。 してやったように、律の反応を見て鈴はケラケラとお腹を抱えて爆笑する。

 

「くっ……この人たちに頼めるわけないし。 この醜態を晒してでも逝くしかないか……!」

 

「だ、大丈夫ですよ。 よくお似合いです」

 

「それ、フォローになってないから!」

 

アルフはフォローしようと褒めるが、女装を褒められたってそのような趣味を持ち合わせていない律にはあまり意味はなく。

 

ともかく律はリューツを預け、女装したまま慌てて控室から飛び出した。

 

(とにかく服を取りに行かないと……でも、歩きづらい……!!)

 

ご丁寧に靴もヒールにされており。 加えてドレスはロングスカートなので両裾を持ち上げなければ歩きづらいのこの上ない。

 

(女子は女子で大変なんだなぁ……)

 

時折こちらに視線を向ける女子生徒たち……その制服のスカートで走ったりでもしたら下着など見え放題である。 女装してようやく女子の気苦労を知れた律であった。

 

「——律ーー!」

 

「げっ……」

 

と、廊下の途中で名前を呼ばれて振り返ると……律は嫌そうに顔を痙攣らせる。 そこには娘の《静香》の手を引きながら母の《芡咲 紅羽》が律に向かって手を振っていた。

 

「母親に向かって「げっ」とはなんですか?」

 

「こんな格好を見られてそう思わない息子はいないよ。 絶対」

 

「あら、とっっっても! よく似合ってるわよ」

 

頰に手を添えて惚けながら、紅羽は長くためを作ってそう豪語した。 対して律はげんなりとため息を吐く。

 

「……静香?」

 

「お兄ちゃんはお姉ちゃんだったの?」

 

「ち・が・い・ま・す!!」

 

妹からも性別を間違えそうになられ、律は本気で泣きそうになる。 この格好ならさめざめと泣いたとしても問題ないような気もする。

 

「昔から童顔で女装も似合いそうだなぁとは思っていたけど……こうしてみるともう美人ね」

 

「外国のお姫様みたーーい!」

 

「……嬉しくない褒め言葉をどうも……」

 

日本育ちなので自分を日本人と思っているが、出生不明なのでもしかしたら外国人の血が入っているかもしれないと……女装してようやくそう考えてしまった。

 

ともかく、律は2人に逃げるように背を向けて再び走り出す。

 

「とにかく着替えてくるから。 2人は適当に楽しんでて」

 

「えー? もったいなぁーーい」

 

「恥ずかしいの……!」

 

妹からのブーイングが飛ぶがそんなの関係なく、校舎内に入ろうとなるべく急いで走っていると、

 

「ッ……!」

 

「キャ……!」

 

曲がり角で出会い頭になってしまい、ぶつかってしまい思いっきり尻餅をついてしまった。 いつものなら軽やかに避けることも出来たが、今は慣れない格好のため真正面からぶつかってしまった。

 

「イタタ……」

 

「大丈夫……?」

 

「あ、うん。 大丈——」

 

痛みを訴える臀部を撫でているとぶつかってしまった相手が手を差し伸べ、その手を取ろうと顔を上げようとすると……相手の顔を見て固まってしまった。

 

「……どうしたの?」

 

「大丈夫デスか?」

 

「! あ、あぁうん。 大丈夫大丈夫」

 

その相手と、同行していた1人は……調と切歌だった。 変装をしているのかそれぞれのギアと同色の伊達メガネをつけている。

 

一瞬呆けてしまったが、何事も無かった課のように取り繕うと律は差し出された手を取り。 ヒールで少しフラつきながらも立ち上がった。 と、切歌が怪訝そうな目で律を見ていると、

 

「あ! あなた……」

 

(やば……この前会ったばかりだし……)

 

何かに気がついたように切歌が律を指差す。 正体がバレたと律は身構えるが、

 

「さっき歌っていたお姉さんデス! 中継で見てたデス!」

 

「……うん。 とっても良い歌だった」

 

「え? あ、うん……ありがとう……」

 

どうやら2人も先程のライブを見ていたようだ。 よく見ると切歌の手には綿飴があった。 口元にも少しソースの汚れが付いている所から、意外と素で学祭を楽しんでいるのかもしれない。

 

と、そこで律は地面に何かのチラシが落ちているのに気がつく。 拾い確認すると、この学祭で出店している屋台の“うまいもんマップ”だった。 既に半分は埋まっている。

 

「あ! それあたしのデス!」

 

「……ぶつかった時に驚いて手放しちゃったんだね」

 

「——ふふ、食いしん坊なのね」

 

声色を少し変え女性口調で話しながらマップを渡す律。 自分で喋っておいて怖気がするが、正体がバレないためにも安いプライドを捨てて通し抜く。

 

せめて2人がここに潜入してきた目的を確かめなければならない。 この女装も意外に役に立ってしまった。

 

「折角だし、このままリディアンを案内するわよ?」

 

「え……?」

 

「い、いやいいデスよ! あたしたちちょっとやる事が……」

 

「遠慮しないの。 来年の後輩になるかもしれないんだから!」

 

リディアンの生徒数が少ない事をだしにして2人の肩に手を回し、強引に連れて行く。 これで目が届く場所で監視することができる。

 

律は2人にリディアンを案内しながら、主に食べ歩きをして不審に思われない程度に学祭を満喫した。

 

「そういえば、2人はどうしてリディアンの学祭に? やっぱり進学を考えて?」

 

「そ、それは……」

 

歩き回りながらそれとなく学祭を訪れた理由を聞き出す。 調は“この学院にいる装者から聖遺物を奪いに来た”とは言えるわけもなく、何か別の理由を考えていると、切歌が一歩前に出た。

 

「それはもちろん! “うまいもんマップ”を完成させるためデェース!」

 

「へぇ、そうなんだぁ」

 

(ほら。 やっぱりうまいもんマップはやっておいて正解だったデェース)

 

(……………………(ジーッ))

 

(……サッ)

 

誤魔化す事はできたが、切歌はジト目で見つめてくる調の視線に耐えきれずソッポを向いた。 対して聞き出せなかった律は別の案を模索する。

 

(仕切りに辺りを見回していることから恐らく、俺たち4人の装者を探している。 だがなぜ……)

 

いくら考えても2人の目的が分からない。

 

「「あ……」」

 

と、そこで変装中で学祭を歩き回っていた奏と鉢合わせしてしまった。 お互いに顔を見合わせて固まり、調と切歌が2人を交互に見回す。

 

「……この人は?」

 

「わぁ……! キレェーな人デェース……」

 

「えっと……わ、私の知り合いよ……」

 

「ブフッ……! こ、こいつとは……それなりの、付き合いでな……」

 

「「??」」

 

女装をしている理由や敵である2人と行動を共にしている理由を後回しにし、とにかく誤魔化そうと先に答える律。

 

2人が知り合いという事は分かったが、調と切歌にはなぜ奏が笑いを堪えているのか分からなかった。

 

「あ! あそこに美味しそうな匂いがするデス!」

 

「待って、切ちゃん……!」

 

と、そこで漂ってきた料理の匂いに釣られた切歌は走りだし。 その後に調も続き、律と奏がその場に残されると、

 

「——ブハアッーーハッハッハッハッ!!!」

 

「笑うな!!」

 

決壊したダムのように、堪えていた息を吹き出しながら奏は涙目で律を指差しながら大爆笑した。

 

「ヒーヒー!! に、似合い過ぎだブフォ!」

 

「最後まで言い切れ! 俺だって好きでこんな格好してるんじゃない!」

 

腹を抱えながら、途中笑い過ぎて酸欠になり笑いが止まるまでしばらくかかった。

 

「あーー笑った笑ったーー。 こんなに笑ったの初めてだわー」

 

「……そりゃようございましたね」

 

ようやく収まり涙を拭う奏に、律は酷くげんなりする。

 

「んで、真面目な話……あの子達の目的は?」

 

「さあね? まだそれとなく探っている最中。 奏の方は何か分からないのか? 例の予知とかで」

 

「あれは都合よく見られるもんじゃないんだよ。 それに最近、調子悪くてなぁ……マンホールに落ちそうになったオバハン助けたりとか飛びそうになった風船を取るくらいしか役に立ってねえ」

 

「……奏なら予知抜いたらただの人だね」

 

「うっせい」

 

いわゆる響のような人助けぐらいしか使えないという訳である。 ある意味人助けは《ガングニール》の使い手の宿命なのだろうか?

 

「ま、ともかくアタシがいちゃあ邪魔になんだろう。 これで失礼するぜ」

 

「おー、行け行け」

 

シッシッと追い払うように手を払い、奏はケラケラと笑いながら行った。 入れ替わるように切歌と調が戻ってきた。

 

「あれ? あの人はどっか行っちゃったデスか?」

 

「少し気を使わせちゃってね。 2人が気にする事じゃないよ」

 

『「——確かここから声が……」』

 

「「!?」」

 

「はっ?」

 

いきなり廊下の陰から律の声が聞こえてきた。 本人は当然ここにいるのであり得ないはずなのだが……よく見ると曲がり角の陰に寄りかかっている奏の姿があった。

 

「ちょ、ちょっと大通りに行こうデス!」

 

「う、うん……!」

 

「あ、ちょっ!?」

 

調と切歌は律の手を取ると慌ててこの場から去ろうとする。 律は何とか首だけ後ろを向くと……奏は口元にネクタイを近づけており、そのネクタイを元に戻すとドヤ顔で変装の眼鏡をクイッと持ち上げていた。

 

(そういえば声真似が出来ると言ってたけど……似過ぎだろう!?)

 

律が目の前にいると怪しまれない為のフォローかもしれないが、もう少し別のやり方でも良かったんじゃないかと思ってしまう。

 

2人に手を引かれるまま移動し、再び学院内を歩き回ると、

 

「そう言えば、お姉さんはなんて言うんデスか?」

 

「……え……」

 

ふと、唐突に切歌に名前を聞かれて呆けてしまう。 女装しているとはいえ素直に《律》と言ったら怪しまれるだろう。

 

(名前……女性の名前……! いきなり言われたら逆に出てこないわ! えっと、響未来翼……って、今の見た目なら外国人の方が……クリス……)

 

「……どうかしたの?」

 

「え? いや、そのぉ……」

 

『——ナ』

 

いきなり黙ってしまい不審がられる。 取り繕うと律はしどろもどろになりながら名前を考え続ける。

 

「デス?」

 

『—レナ』

 

「わ、私の……名前は……」

 

『セレナ』

 

「セレナ! セレナって言うの!」

 

「「!!」」

 

ふと、いきなり脳裏に思い浮かんだ名前をそのまま叫ぶと……2人は驚いたように見開いた目を律に向けた。

 

(なんか地雷踏んだ!?)

 

硬直してしまっている2人を見てやらかしたのか? と思ってしまうが、律はシラを切るように。 あくまでも平静を装って話しかける。

 

「ど、どうかしたかな?」

 

「…………ううん、なんでもない」

 

「ちょっと知り合いと同じ名前だったから、驚いただけデェース」

 

「そ、そう……なら良かった」

 

なんとか切り抜け、本当に良かったと律はホッと息を吐いて胸を撫で下ろす。 と、そこで近くにあったモニターにホール内の映像が映る。 そこには何かのコスプレをした創世、詩織、弓美の1年生3人組がステージに立っていた。

 

(そろそろ板場たちの番だっけ……確かなんとか刑事の……)

 

彼女たちも正式に“勝ち抜きステージ”に参加しており“アニソン同好会”の設立の夢を掲げている。 確か打ち切りアニメの主題歌を歌うらしいが……主人公のコスプレをしている弓美と少し露出度の高い格好をしている詩織はノリノリだが、敵役のカマキリの格好をしている創世がとても恥ずかしがっていた。

 

そして音楽が始まり、弓美は熱唱する。 本人たち……というより弓美は至って真剣だが、あまり観客にその熱意は伝わらなかった。 歌や歌声というより歌詞そのものに。 そして、

 

——カーン!

 

1番も歌い終わらずに無情にも失格の鐘が鳴り、歌は止められた。

 

『えーッ!? まだフルコーラス唄ってない……2番の歌詞が泣けるのにぃ!! なんでぇ~! うう……』

 

『……ホッ……』

 

失格となった弓美はショックで崩れ落ち、創世はホッとしたように息を吐く。 彼女のアニソン同窓会の設立は夢で終わった。

 

その映像は2人も見ており、次いでパンフレットに目を落とし詳細に目を通していく。

 

「“勝ち抜きステージ”……優勝したら豪華景品をプレゼント。 あ、飛び入りもオーケーだって」

 

「面白そうデス! 行ってみるデース!」

 

「え……?」

 

本当に趣旨が変わっているのではないかと思うくらい学祭を楽しんでいる2人。 もう目的などなくただ単に楽しみに来ているのではないかと本気で思ってしまう。

 

とにかく2人は音楽ホールに向かって行き、律は擬似暗鬼になりながらもその後に続く。

 

「ほぉー! 人がいっぱいデース!」

 

「……あそこ空いてる」

 

「ありがとう、調」

 

ホール内に到着すると既に弓美たちは撤収しており、次の挑戦者が歌っている最中だった。 切歌が人の多さに驚く中、袖を掴んできた調が空いている席を見つけてくれた。

 

律はお礼を言うとその席に向かい、挑戦者の歌に耳を傾けて観賞しようとし……そこで失格となった。 そして次の挑戦者だが……舞台裏からまるで押し出されるようにクリスがステージに出てきた。

 

「あれって……」

 

「クリス」

 

「知ってるんデスか?」

 

「うん。 クラスメイトだよ」

 

切歌の質問に差し障りない程度の内容を伝える。 ステージにいるクリスは恥ずかしいのか、顔を赤らめながら俯いていた。

 

そして音楽が流れ出し……クリスはそのまま立ち尽くしてしまい、ホール内に動揺が広がっていく。

 

「デス?」

 

「……歌わないのかな?」

 

「………………」

 

リディアンに入ったとはいえ、クリス自身はまだもう一度音楽を好きになれていない。 過去を顧みれば抵抗があるのは仕方ないが、律は静かに見守っていた。

 

クリスがチラリとステージ脇を見ると、クラスメイトの子達が応援するように手を振っていた。 それで覚悟を決めたのか、手に持っていたマイクを口元に近付け……歌い出した。

 

最初は不安そうだったが、徐々に笑みを浮かび出し……楽しそうに歌うようになる。

 

その甘美ともいえる歌声に、隣で見ていた調と切歌も聞き入っていた。

 

「——こんなこんな暖かいんだ……あたしの帰る場所 あたしの帰る場所」

 

最後まで笑顔で歌いきり……クリスが観客に向かって礼をすると溢れんばかりの拍手と歓声がクリスに送られた。

 

(良かったな……クリス)

 

このリディアンとクラスメイトのお陰でもう一度、クリスが音楽を好きになってくれて律は嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

「勝ち抜きステージ! 新チャンピオン誕生日!!」

 

「ッ!?」

 

ステージを進めるため、突然のライトアップと背後に現れた司会で驚くクリス。

 

「さあ! 次なる挑戦者は!? 飛び入りも大歓迎ですよぉ〜!」

 

「——やるデスッ!」

 

誰でも飛び入り歓迎と聞くや否や、隣に座っていた切歌がいきなり突然立ち上がり。 彼女の上がライトアップされ、その隣に座っていた調も立ち上がる。

 

「なっ!? あいつら……!」

 

「ちょっ!?」

 

ステージにいたクリスはもちろん、観客席にいた響も2人がこの場にいる事に驚きを禁じ得なかった。

 

「チャンピオンに——」

 

「挑戦デェス!!」

 

伊達眼鏡を外しながら、クリスに宣戦布告した。

 

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