戦姫絶唱シンフォギア ーNoisy Glowー 作:にこにこみ
「お前は、2年前の事件で現れた《黒いシンフォギア》の装者か?」
調律を終えてリディアンから帰ろうとしたその最中、あの人気アーティスト天羽 奏が目の前に現れた。
2年前の事件以降、活動を休止してどこかで療養をしているという噂はあったが、それ以外は何も分からずじまいだ。
そんな彼女が今、律の前に現れ……その正体を暴こうと問い質していた。
「……何のことだ?」
“シンフォギア”という専門的な用語は、黒とセットにしている事からあのパワードスーツを指している事は察する。
だがあくまでシラを切り、律は証拠の有無に限らず出させる。 あったらあったで、潔く認めるつもりだ。
「何、証拠なんざありゃしないさ。 ただな……2年前、傷つけてしまったあの子に必死に呼びかける声……顔は見てねえが忘れるはずがねえ」
「………………」
あの日の出来事を忘れていない……少しの一巡の後、律は首肯した。
「……分かった。 認めるよ。 俺がその黒いシンフォギアってやつの装者だ」
認めながら首にかけてあったペンダントを見せる。 闇のせいでよく見えないだろうが、彼女にはそれだけ理解できた。
「おいおい、えらく簡単に認めたな。 こっちには証拠も何もないただの予想だってのに」
「あの日の出来事を忘れてない人間に、悪い奴はいない……勝手な持論だがな」
「……そうか」
説明になってはいないが、意志は伝わったようで奏は小さく頷く。
「それで、俺に一体何の——」
——ピリリリリッ♪
「ああ、悪い」
なぜ接触してきたのか聞こうとすると奏のスマホに着信が入り、奏は一言謝り少し距離をとって電話に出た。
「なにっ!? ガングニールだって!?」
(ガングニール……? グングニルじゃなくて?)
腕を組んで待っていると、奏の声を上げているのが聞こえてきた。 その話の内容を聞いて、有名な槍の名前を思い浮かべる。
「……そっか。 あの子か……あの子はまだ、生きる事を諦めてないんだな」
ボソリと、何かを呟く奏。 その表情は微笑んでいるものの、どこか哀しそうに見える。
「ノイズか?」
「ああ。 近くの臨海工場付近に現れた。 行くつもりか?」
「いや、パス。 今日は荷物が多い」
「ニャー」
今から行っても遅いが、加えて律の側には白猫のリュートがいる。 行くとしても連れて行く訳でもないが、置いていける訳でもなかった。
「まあ、翼がいるから大丈夫だろう」
そこで奏は「コホン」と、話を変えるように一度咳払いをし、ポケットから携帯番号が書かれた紙を差し出しながら真剣な表情で律の目を見る。
「敵対しているわけでもないし、お前のことは二課に黙っておいてやる。 ただし今は、だ。 時間が空いたら連絡をくれ。 期限は3日以内だ」
「……脅しか?」
「今、
「……分かった。 だが連絡はしない。 明日の午後5時、この地区にある喫茶店《アークスター》という店に来てくれ。 そこで話を聞く」
「オーケー。 めかし込んでくるから覚悟しておけ」
軽く冗談を言いながら奏は申し出を了承し、律の横を抜けてリディアンに向かって去って行った。 後に残った律は軽く息を吐いた後、再びモノレールに乗るため歩き出した。
◆ ◆ ◆
翌日——
学校の一日も終わり放課後、律は約束通りの時間前に喫茶店《アークスター》に入った。
「あらー律くん、いらっしゃーい」
「こんにちは」
感伸びした口調をするこの店の店長に挨拶をし、店内を見回すと彼女はまだ来ておらず、先に席に座って待っていると、
「え……」
「お、もう来てたのか」
どうやら、昨日めかし込んで来ると言っていたのは強ち嘘では無かったようだ。
店内に入ってきたのは昨日のカジュアルな服装とは違い、大人の女性をイメージした黒のスーツ姿にサングラスをかけ、鳥のトサカのように癖のあった髪には櫛が入れられて滑らかなストレートになり、首の後ろで一纏めにしていた。
「遅れてすまないな。 こんな服着慣れてないんで手間がかかっちまった」
「い、いえ……ちょっとその…………」
「世間ではアタシは国内のどこかで療養中だ。 昨日のように人通りが少ない場所ならともかく、一眼がつく場所なら変装しないとな」
テーブルの近くに来ると一言謝り、奏は律の前の席に座る。 口を開くとガサツに見えるが、静かにしていると本当に大人の女性に見えてくる。
「普通に驚きましたよ。 ここまで変わるものなんですね」
「自分でもそう思うさ。 アタシは楽な服装がいいんだが、逆に硬い格好をすれば意外にバレないんだなこれが。 長年苦戦していた癖っ毛にもワックスを入れればこの通り……けど素で翼みたいな髪が欲しいぜ」
そう言って頭を撫でると……その部分の髪が少し跳ねてしまった。 奏は櫛を取り出して慌てて何度も髪を梳かし、髪型を元に戻した。
「それで俺に何をさせたいんですか?」
「まあ落ち着けって。 先に何か頼もうぜ。 昼を抜いたから腹減ってよお」
そう言ってタイミングよく腹の音を鳴らしてくる。 女性なのに腹の音がなっても赤面一つしない事に苦笑しつつ、律は注文をするために店長を呼んだ。
「お待たせしましたー。 って、あら……律くん、そちらの方はー?」
「あ、えっと…………お、音楽学校の先輩で、今日は相談があって来てもらったんです」
「初めまして」
学校の先輩ではないが、音楽界の先輩ではある。 そう思いながら何とか誤魔化すが……店長は律に顔を寄せ小声で話しかけてきた。
(結構な美人さんじゃなーいっ! 律くんってあーゆーのが好みなのー?)
(俺の何を知ってそんな発言をするんですか……)
大人の女性は若い男女の関係をよく聞きたがる。 律は「はいはい」と言って店長を引き離し、注文を取ろうとメニューに目を通す。
「それで、あなたはどんな楽器が弾けますかー?」
「ちょっと」
「アタシは歌手をやってんだ。 楽器は何も」
「あら歌手! そういえばどことなく、あの天羽 奏に似てるわねー」
((ギクッ!))
妙に核心をつくような言葉に、2人は一瞬肩を震わせる。
「あ! じゃ、じゃあこのハンバーグ定食をもらおうかな!」
「お、俺はミートドリアで!」
「はーい、かしこまりましたー」
いきなり注文を言って話を無理矢理変え、なんとか誤魔化し店長が厨房に消えた所で、ようやく詰まらせた息を吐いて肩の力が抜ける。
「しかし音楽喫茶か……なかなか良いとこ知ってんじゃねえか」
「そこにあるピアノの調律の依頼を受けたことがあって、その縁でよく来ているんですよ」
「あー、そういえばお前さんは調律師だったけ。 それと敬語はやめてくれ、昨日のようにもっとフランクで喋ってくれ」
「了ー解」
よくよく考えたら年上という事で敬語で話していたが、本人の許可も得た事で律はいつも通りの口調に戻した。
「改めて自己紹介をしておく。 アタシは天羽 奏。 元ツヴァイウィングの片翼で、今はもう飛べもしない人間さ。 今はある組織に参加している」
「……芡咲 律。 アイオニア音楽専門学校の高等部2年。 調律師兼ピアニスト兼指揮者をしている」
「へえ、多才なことで」
自分には出来ることなど限られているためか、素直に感心する。
「さて、先はお前に言わなくちゃいけない事がある」
奏はカップを置き、真剣な表情で律の目を射抜き、
「——済まなかった」
テーブルに両手をつきその頭を下げた。
「……それは何に対してだ?」
「あの2年前の事件で、あの子を救えなかったこと。 そしてお前も、その後に起きた事も……知ってはいた、だがあの時ノイズとの戦闘の影響で指一本も動かせなかったアタシには何も出来なかった。 だから……!」
彼女もあの事件を悔いているようで、責を感じている。 決して奏だけの責任ではないが、それでも謝りたかったのだろう。
「過ぎたことはもうよそう。 恨んでいない……と言われたら嘘になるだろう。 でも仕方ないと納得している。 だから気にしなくていい」
「……分かった。 だが必ず、2人の汚名は晴らしてみせる。 それが戦えないアタシにできる、唯一のことだから」
「……それで納得するなら」
律は頭を下げる奏の肩に手を置き、顔を上げせる。 と、この話が終わった時、
「——お話はもういいかしらー?」
タイミングを見計らったように店長が注文の品を持って出てきた。
「いやー、空気が重過ぎていつ出たらいいのかハラハラしたわー」
「す、すみません、気を遣わせてしまって」
「いいのよー、悩める男女って、青春って感じでいいわねえー」
頰に手を当てクネクネと身体をしならせる店長。その状態のままピアノの前に移動する。
「曲は何がいいー?」
「ノクターン8番を」
リクエストを聞き店長はピアノの前に座り、曲を弾き始めた。 和やかな雰囲気の曲に浸りながら、妙に疲れながらも2人は注文した品に手をつける。
「う〜ん! ウメェ……!」
奏はピアノの演奏の妨げにならないよう、なるべく声を抑えて料理の味に歓喜する。
「料理に音楽の腕もいいなんて、なかなか無い店だな」
「だろ? 昼に学外に出られたらここで食べるくらいだ」
目の前の料理に舌鼓ながら多少の会話を交わし、距離感を縮めていく。 そして食後、紅茶を飲みながら本題に入る。
「さて、律。 お前さん、自分が使っている力が何なのか分かってんのか?」
「実はほとんど分かってないな。 奏ともう1人、風鳴 翼が使っていたパワードスーツ、それに異常がきたしてノイズの力が入ってしまった……この力はそう思っている」
律は懐に手を入れ、首に下げていたペンダントを見せる。 それを見た奏は目を見開く。 聖遺物を加工して作られたシンフォギアの核……コアペンダントが黒く染まっていたのである。
「ギアペンダントが黒く……」
「何かわかるか?」
「……いや、ペンダントが黒くなったり、何故ノイズの力が使えるのは全く分からない。 だが、律の言うパワードスーツについてはそれなりに説明できる」
腕を組み、そのまま人差し指を立てる。
「先ず、聖遺物って知っているか?」
「聖遺物? 聖杯とか聖骸とか、聖人の脇腹を貫いた槍とか、そういうの?」
「うーん、まあそんな感じ」
厳密には違うのだが、説明がややこしくなるのでそう言うことにする奏だった。
「んで、それらが歴史上、実在していたのがいくつかあるんだ。 翼が持ってるのが天羽々斬っていう聖遺物で、今は響って子が持っているのがガングニールっていう聖遺物。 と言っても、ごく一部の欠片だけどな。 そして聖遺物の欠片を歌によって増殖させ、鎧とする……それがシンフォギアだ」
律は奏の説明を聞き、腕を組み頭を捻りながら何となく理解する。
「んー、つまり俺が持っているペンダントはその聖遺物で、黒いパワードスーツってのがシンフォギアって訳か」
「で、加えてお前のシンフォギアは何らかの影響でノイズを取り込む性質を持っている。 何か心当たりはないのか?」
「あー、それはー……」
律は言葉を詰まらせる。 恐らくだがシンフォギアがバグった理由は、律本人のノイズに触れられる体質のせいだろう。 だがそれを言ってもいいのだろうかと迷ってしまう。
「…………」
(仕方ないか……)
ジっと律を見つめる奏の目を見て……お互いに信用させるため、話すことにした。
「はああぁっ!?」
(シイーーッ! 静かにっ!)
(わ、悪りぃ……)
素でノイズに触れられる事を説明すると声を上げる奏を、律は慌てて静かにさせる。 すぐに辺りを見回し、声に気付いてヒョッコリと顔を出した店長に苦笑いをして誤魔化し。 奏は顔を寄せて声を潜めながら追求してくる。
(でもマジかよ!? 素でノイズに触れても炭化しなってのは?)
(ホントだ。 俺は昔からノイズに触れられた。 それで2年前の事件以降、よくノイズと出くわす事が多くなって、よくノイズの中に入って色々やってたんだ)
(ノイズの中にって……あ! もしかして《変異体》ってお前のことか!?)
(その変異体ってのが何なのか分からないが、ノイズの群れの中で勝手に歩き回っているノイズがいたら……それは俺だな)
(あの出るたびに翼を煽ってたのってお前かよ……)
奏は変異体が出る度、翼が憤慨した顔で帰ってくる事を思い出す。 2人は席に座りなおし、話を続ける。
「ま、まあそれはいいとして……大体分かったか?」
「まあ何とか。 ちなみにこれは何の聖遺物なんだ?」
「それは専門的な研究機関で調べねえと分かんねえな。 シンフォギアを起動する時に歌う聖詠を聞けばだいたいは分かるんだが……」
「起動時に歌う……なら無理かもな。 そのシンフォギアを使っている時の俺、歌がノイズだらけになって何言ってんのか分かんなくなるんだよな」
「あー、そういやそうだったな」
ノイズの力の影響か、律の歌には強い雑音が入り、何を言っているのか全くわからない。 故に他のシンフォギアと比べて出力が低いのが弱点である。
「聖遺物やシンフォギアの事はだいたい理解した。 じゃあ次に……俺を奏の組織に入れたいのか?」
「本音を言えばそうだ。 アタシが所属してんのは特異災害対策機動部二課ってとこだ」
「二課? 一課じゃなくて?」
「一般的に特異災害対策機動部っていえば主に一課だ。 テレビなんかで出てんの。 簡単に言えば二課はシンフォギアの保有してノイズと対抗し、情報操作を主に活動している」
「シンフォギアの存在を世間から隠すために?」
「鋭いな。 この国にとってシンフォギアはかなり危険視されてんだ。だから二課はシンフォギアを世界にバレないようにしなくちゃいけないんだ」
シンフォギアが危険視されているのはノイズに対抗できる唯一の方法だけではないだろう。 先ず現代の兵器を軽く凌駕するだけのスペックを持ち。
扱う人間も限られかつ、おおよそ10代前後の若い子どもにしか適合しない。 未成年を戦わせるとなると色々と問題が出るのは仕方ないのだろう。
「話を戻そう。 俺が二課に入るか否か……」
「ああ、どうだ?」
「断る」
律はその申し出を考えることなく即答で断った。 ガックシ、と奏は机に突っ伏す。 だが、それでも諦めず粘り強く交渉を始める。
「き、希望すれば給料も出るぞ? 装者は特殊隊員に属するから基本給月百万は出るし。 基本給とは別に、ノイズによる緊急出動一回毎に支払われる特殊勤務手当ってのがあって、一回の出撃で五から十万が……」
「いやお金とかじゃなくて……というか必死だな」
やけに必死な奏を宥めつつ、理由を説明する。
「二課には入らないが奏個人には協力する。 まだ二課を詳しくは知らないし、今の段階じゃ信用はできない」
「そ、そうか……なら、今はそれでいい」
それで納得してもらい、奏は落ち着くために紅茶を飲む。
その後、これ以上店に長居する訳にもいかず、大体の話も終わった事で一度連絡先を交換する事になった。
「何かあったら連絡をくれ。 一応、今後ノイズが出たらそこに行くつもりだ」
「分かった。 律が納得する答えが出たのならいつでも言ってくれる。 アタシはいつでも待ってる」
握手の意味も含めて2人のスマホを小突き合わせて連絡先を交換すると……丁度奏のスマホがアラームを鳴らす。
「また電話か?」
「いや、これは……」
律と奏はスマホの画面を覗き込むと、二課からの通達でノイズの出現を報告していた。
「ノイズか」
「場所は……ここから近いな」
ここから近いとわかり、奏は律の顔を見て、
「律、ついてきてくれるか?」
「乗りかかった船、行ってみよう」
顔を見合わせて頷き。 会計を済ませると店を飛び出し、駆け足でノイズがいる地点に向かった。 その際、背後から「頑張ってねー」と店長が手を振っていた。
◆ ◆ ◆
「あそこだ!」
「うわっ、リディアンの目と鼻の先」
リディアンの近くを通っている高速道の上にノイズが出現したらしく、2人は出現から少し遅れて日が落ちる頃に到着すると、
「はっ?」
「響!」
そこにはギアを纏っている翼と響の姿があったのだが……どういうわけか翼の刀が響の眼前に向けられて突き付けられていた。
今にも翼が攻撃しそうな予感がし、一触即発の状況である。
「ヤッベ!! あの堅物侍、何してんだよ!?」
「どうする? 俺が止めに入れるけど……」
「……もうガングニールを纏えないアタシには止める事は出来ない。 だから律! 翼を止めてくれ! 旦那に任せると被害が増える!」
「それが本音かよ!!」
しかも被害が増えるというのはどういう事なのか……追求したかったが、それと同時に響と距離をとった翼が頭上高く飛び上がっていた。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️」
律はノイズだらけの聖詠を紡ぎ、その身にシンフォギアを纏い。 翼を広げ飛翔し、響の前に躍り出る。
「なっ!?」
「下がってろ」
「え……?」
翼は突如として現れた黒いシンフォギアに警戒し、アームドギアを投擲……柄のない巨大な剣を形成させ、その後部を蹴り込む翼ごと剣先を律に向けて突貫してきた。
「何奴だっ!」
【天ノ逆鱗】
「はあっ!!」
【
下段に構えた紅い長剣を両手で握りしめ、 飛び上がると同時に紅い閃光を放ちながら斬り上げる。 2つ刀身がぶつかり合い、衝撃で強風が巻き起こる。
「うわああっ!?」
「くっ……!」
衝突当初は拮抗していたが、技の威力は律の方が上。 翼は両足と巨大な剣のバーニアをさらに吹かせて押し込もうとするが徐々に勢いが衰えだし、最後には律の剣が翼の剣を砕いた。
体勢を崩しながらも受け身を取り着地した翼はその反動でシンフォギアが解除され、黒いリディアンの制服に戻りながら尻餅をつく。
「黒い……シンフォギア?」
ようやく律の全貌を見た響は、正体がわからないもシンフォギアを見てそう呟く。
「ここ最近、また姿を見せるようになったんだな。 黒きシンフォギアの装者」
律がいなかったら割って入るつもりだったのだろう、弦十郎が歩きながらこの場に現れた。 警戒して剣を構えようとすると、察した弦十郎は両手の平を見せる。
「ああ勘違いするな、敵対するつもりはない。 ただお礼と、謝罪をさせてくれ。 まず、響くんを守ってくれてありがとう。 そして姪が済まないことをした」
礼を言った後に、弦十郎は頭を下げる。 律は一応その礼と謝罪を受け取り、尻餅をついている翼を見下ろす。
「あまり他人に理想を押し付けない方がいい」
「……何っ……?」
「こいつは天羽 奏ではない。 そして決して天羽 奏にはなれない。 こいつはこいつだ」
「……あ……」
後ろにいる響を親指で指差しながらそれだけを伝え、振り返る。
「おい」
「えっ!? わ、私?」
「そいつを知れ。 そして考えろ。 何が出来、何をすべきかを」
「え……」
何を言っているのか響にはサッパリ分からず、聞き返そうとしたが、
「さて、それで君はこの後時間は——」
「………………」
話の途中で律は背中のウィングバーニアーを広げ、姿が霞む速度で飛び上がり、紅い軌跡を残して闇夜の中に消えていった。
後に残された弦十郎は後ろ髪をかく。
「やれやれ、せっかちな奴だな。 茶でも飲みながら映画を見ようと誘おうとしただけなのに」
「それはそれでいいのかよ?」
弦十郎にツッコミを入れながら、タイミングを計っていた奏が現れた。 響は現れた奏を見ると、ワナワナと震え出す。
「か、かかっ、か……っ!」
「ん? 蚊でも飛んでんのか?」
「い、いえ! 奏さん……天羽 奏さんですよね!?」
「お前の目が変じゃなきゃあ、ここにあるの天羽 奏だ」
響は駆け足で奏の前に行くと、何を話していいのか分からず、今度はワタワタし出す。
「あ! えーっと、その、お久しぶりです! 奏さん! 私、立花 響って言います!」
「あぁ、聞いてるよ。 すぐに会いに行けなくて済まなかったな」
「い、いえ!」
「……それと……」
響の頭に手を置き、優しく撫でる。
「ありがとう。 あの日からずっと、生きる事を諦めないで居てくれて」
「は、はいッ!」
すると……突然、響の嬉しさとは裏腹に目から涙が溢れ出してきた。 響自身にもなぜ涙が出るのか分からず、拭っても留めなく溢れる涙を拭い続ける。
「あ……アレ……? なんでだろ……涙が……アレ……?」
「おーよしよし、よく頑張ったなー」
「……うっ……うう……うわあああああんっ!!」
あの事件以降、生存者が酷い待遇を受けていた。 それが少しは報われた気がし……響は奏の胸の中で今まで溜め込んでいたものを吐き出すように、泣き叫んだ。
「………………」
その光景を黙って見ていた翼は、踵を返して何も言わずにこの場を去ろうとした。
「翼!!」
だが奏は見逃さず、翼は背を向けたまま立ち止まる。 奏は泣きじゃくる響を横に移動させ、数歩歩き翼に近寄る。
「アタシはもう戦えない。 だからもうアタシの背中を見るな。 とっとと行かないと、ガチで蹴り飛ばすからな」
「奏……」
「分かったな?」
奏の言葉を聞き入れたのかは分からず、翼は何も答えずに去っていった。
◆ ◆ ◆
道路での邂逅の後、律は夜空の中を飛んでいた。 律のシンフォギアは見た目が真っ黒なため、この夜が保護色となって地上からは見えないだろう。
「よっと……」
律は自分の部屋があるアパートの屋根の屋上に着地し、
「秘技“闇の夜の鴉”ってね」
軽く冗談を言いながら周囲に見つからないように地上に降り、シンフォギアを解除する。
すると、ほぼ同時に律のスマホに着信が届いた。 相手はつい先ほど連絡先を交換した奏からだ。
「もしもし?」
『おー、律かー? 今大丈夫か?』
「ああ、もう家に帰る。 それでそっちはどうなった?」
『問題ない……と言いてえが、翼がな。 どうしても響がガングニールを使うのに納得してねえんだよ』
「そりゃ何とまあ……」
ツヴァイウィング最後のライブでの印象と比べれば、かなり変わっていると言ってもいいだろう。
『あの日から戦えなくなったアタシに変わってノイズと戦うためにずっと自分を押し殺して、刀を持ち続けた。 女子なら当然な恋愛やファッションも全部捨てて……』
「それは……」
聞くだけでもその過酷さが伝わってくる。 律も誰も頼れず独りで人知れずに戦っていたが……それと比べるのもおこがましいと思うくらいだ。
『アタシは、何となくお前になら翼をどうにか出来ると思ってる』
「はぁ? 名前も覚えてもらってないのにか?」
『そのうち紹介してやんよ』
「……さっきの発言はどこから出てきたんだか」
律にしか出来ないと言っておきながら、まるで確証の無い発言に失笑するしかなかった。