八雲くんは告りたい 作:ドンジョラ
仮面の悪魔に相談をでルナさんがあまりに不憫だったので、書いてみました。
「さぁ、選ばれし勇者よ旅立ちなさい。そして勇者を倒すのです」
女神アクアがそう言うと、少年の下に魔法陣が現れる。すると重力に反するように、少年の身体はゆっくりと浮き始めた。
まだ少年心が全盛期なので、この超常現象に感動を覚える。
どことなく胡散臭い勧誘だったが乗って正解だったな、と少年は心の中でひとりごちった。
そして身体が縦に伸びるような不思議な感覚に襲われると同時に、少年の意識は暗転した。
ーーここから、少年こと八雲 春人(やくも はると)の異世界生活は始まった。
八雲、冒険者やめるってよ
◇
のどかな天気の下を、子供たちが元気に走り回る。
ここアクセルの初心者冒険者の街。人類の仇敵である魔王の根城から離れている田舎のため、とても平和なのだ。
そのため、毎晩のように冒険者や土方たちが飲めや歌えやの大宴会がギルドの酒場で開かれる。
そしてその宴会の余波はギルドの外にも広がる。二次会という形で、他の店にものんべぇたちがなだれ込んでくるのだ。
ここ『食事処 八雲』もその余波にあった店の1つである。
昨日の深夜のことだ。店主である八雲春人は、翌日のために仕込みをしていたのだ。
だが、突然知り合いであるダストが数十名の冒険者仲間を連れて店にやってきて、飯を出せと言ってきたのだ。
何の連絡もなしにそんな大人数の相手など一人で出来るはずがない。さらに、もう閉店時間間近ということもあって一度は断った。
しかし、すで全員出来上がっており、素直に言うことを聞くはずがなかった。
しまいには、料理を作らないなら店の前で宴会するぞなどと脅迫までしてきた。そんなことをされたら、ご近所から苦情が入るのは目に見えていたので、八雲はしぶしぶ、酔っ払いどもを店に招き入れた。
そしてその宴会は結局明け方まで続いた。
否、正確には明け方まで居座った。途中から酔い潰れてみんな寝てしまっていたのだ。
つい先程、ダストを除く他のメンバーは二日酔いに苦しみながら店を出て行った。
金を払えと言うと、お代はダストに付けといてくれと口を揃えて言った。こいつら全員クズだと八雲は思った。
そして残されたのは、散らかりに散らかった宴会の跡と、酔っ払いどもに開けられた高い酒瓶、あといびきをかいて寝ているゴミ。
こんな惨状で店が開けられるはずがない。八雲はため息を吐いて、眠い身体に鞭を打ちながら後片付けを始めた。
床に転がった酒瓶を裏のゴミ捨場に持っていき、皿を洗い、食べ物が散乱した床やテーブルを綺麗に拭き、最後にゴミを2割くらいの力でチョップして叩き起こした。
「いっててえええええ!?」
ゴミにしては珍しく鳴き声を上げた。珍しいこともあるもんだと、八雲は白々しく思った。
「いくら俺が強いからって、寝込みを襲うとはふてぇやろうだ! ちなみに金はねぇ! だから命だけは許してもらおうか!」
ダストはまだ酔いが冷めていないのか、はたまた寝惚けているのか、叩いたのが知り合いである八雲であると気がつかずに、高圧的に命乞いという新ジャンルを開拓していた。
いや、通常運転だ。八雲は呆れを通り越して軽蔑した。
「いつまで寝惚けてるんだ、ダスト」
「あ? 何だよハルトじゃねえか! 何でお前が俺の寝込みを……お、お前! まさか俺の尻を掘るつもりじゃねえだろうな!?」
「ふざけろ。お前、リンゴジュースにすんぞゴラァ!」
ダストの頭を掴みながら言った。目は据わっていた。
「じょ、冗談じゃねえか! だからそんなに熱くなんなって、な? 俺たち友達だろう?」
「いや、お前は知り合いだ。断じて友達じゃない」
「けっ、冷たい野郎だ。それなら俺はお暇するぜ。友達でもない奴の店に長居しても迷惑だろうからよ」
と言いながら、ダストは身体を翻し扉の方に歩いていく。
しかし、八雲は肩を掴んで引き留めた。
「おい待てや。何話逸らして帰ろうとしてんだ? 金を払え」
あわよくばこのまま逃げようと考えていたダストは、当てが外れて舌打ちをする。
「あ〜、今日はちょっと持ち合わせがなくてよ? だから後で払うわ」
「なめんな。お前が今までまともに付けを払ったことがあったか? あ?」
「1、2回くらいあるようなぁ……」
「答えは0だ! いつもいつも、お前の仲間のリーンやテイラーが支払いに来てんだよ。いい歳して、いつまでも他人に甘えてるんじゃねえ」
「うるせえなぁ! 他人様のパーティーの事情に口出すんじゃねえ! うちのパーティーはな、冒険に行くときは俺が奴らを引っ張る、私生活のときはあいつらが俺を助ける! そういう助け合いしてんだよ。win-winってやつだ!」
「だ、そうだがリーン?」
「へ?」
八雲の視線の方を見ると、そこには茶髪のポニーテールに少し幼さが残る顔立ちをした少女、リーンが般若のような顔をして佇んでいた。
明らかに激怒しているリーンに、百戦錬磨のクズであるダストも顔を青くした。
「へぇ、ダストはそんな風に思ってたんだ」
「り、リーン!? 何でお前がここに!?」
「キースから聞いたのよ。あんたがまたハルトの店に行って迷惑かけてるってね」
「キースの野郎! 俺を売りやがった!?」
正確には帰ろうとしていたキーンに八雲が「リーンを呼ばないと、今日の飲み代お前とダストの割り勘にすんぞ」と脅迫しておいたのだ。
リーンは八雲の顔を見ると、申し訳なさそうに。
「ごめんハルト。またうちのバカ2人が迷惑かけちゃったみたい」
「リーンが悪いわけじゃないだろ? だから、あまり気にするな」
「うん、ありがとう。あ、これお金。こいつの付けの分」
ドラクエっぽい袋を差し出してきた。中を見ると、飲み代分は賄える金が入っていた。
「いつも言っているが、本当にいいのか? 別に金ならダストに適当なクエスト受けさせて回収するから、リーンが払わなくてもいいんだぞ?」
「ハルトの適当なクエストって王国のトップクラスの冒険者が受けるレベルだからね? ダストが死んじゃうわよ」
「こんなのでも心配するんだな」
「一応仲間だからね」
「お、何だよリーン。へへ、俺のことが好きなら、そうだと素直になればいいのによ……ぐほぁ!?」
調子に乗ったダストに、リーンの杖による一撃。ダストは気絶してしまった。
いつものことなので、八雲は驚きはしなかった。
「あ、そうだ。リーンこれやるよ」
そう言って奥の冷蔵庫から出してきた物をリーンにトスする。
いきなりだったが運動神経のいいリーンは少しお手玉しながらキャッチした。ひんやりとした感触につられて見てみると、それはトマトだった。リーンは野菜が好きで、トマトが特に好きなのだ。
「嬉しいけど、いいの?」
「いつも世話になってるからな。その礼だ」
「世話かけさせてるのはダストだけどね。まあ、くれるなら有り難くもらうけど」
そう言いうと、リーンはトマトを一口かじった。
「おいしい! すごい水々しいし、何より甘いの! あたしこんなトマト食べたの初めて!」
「気に入ってもらえて何よりだ。また今度パーティーみんなで来てくれよ。その時はサラダにでもして出すからさ」
「うん、分かった。テイラーとキースを誘ってまた来るね」
さらりとダストがハブられているが、彼が万年金欠なのは周知の事実なので仕方ない。普段のクズさからいって、わざわざ奢ってまで連れてこようとは誰も思わない。
そうして気絶するダストを引きずりながらリーンは店を出て行った。
店に静寂が戻る。
少し寂しさを感じながら、八雲は仕込みを始めた。黙々と作業をする中、トマトを食べた時のリーンの笑顔を思い浮かべる。
人に自分の出したものをおいしいと言ってもらえるのは、嬉しいことだ。それが可愛い女の子ならば、その嬉しさは100倍である。
しかし、同時にリーンが嫌だ嫌だと言いながらダストを甲斐甲斐しく世話する光景を思い浮かべる。何だかんだリーンはダストのことを気に入っているのだろう。そしてダストもリーンだけは他の女性と扱いが違う。
無意識にだろうがカップルのイチャイチャを見せつけられた。年齢かける彼女いない歴の八雲はひとりごちる。
「あー。彼女欲しい」
◇
夜の9時。ピークも終わりお客が少なくなってくる時間。店の中には、八雲とそして常連であるもう1人だけになっていた。
整った顔立ちにプライベートだからか下された金色の髪、そして胸元が開いた服からこぼれ落ちそうになるほどの巨乳。彼女はルナ。冒険者ギルドの看板受付嬢で、この店の常連である。
八雲はルナが新人の時から知り合いで、その付き合いは八雲が冒険者をやめて店を開いた後も続いているのだ。
「それは災難でしたね」
ルナに今日起こったことを話すと、苦笑まじりに返された。彼女も日頃からダストには迷惑かけられているから、苦々しい気持ちを共感していたのだろう。
「はい、本当に大変でした。おかげで今日は一睡もしてませんよ。ふあ〜あ」
「眠いんでしたら、無理しないで寝ていた方がいいですよ? 寝不足は身体に悪いですし」
「大丈夫ですよ。これでも元々は冒険者ですから、体力だけは自信がありますし。それに今日はルナさんが来てるんですから、寝ているなんて勿体ないです」
「あ、ありがとうございます」
ルナは顔を紅くして俯いた。普段から冒険者たちの下品な口説き文句を聞いているせいか、純粋な好意の言葉にときめきを覚えてしまう。と同時に彼が私を相手にするはずなどないと諦めもよぎってしまう。
八雲春人。王国では『鬼神』の二つ名で呼ばれていた伝説の冒険者。
数々の賞金首、危険度の高いモンスターを打ち倒し、果てには魔王軍幹部とも互角に渡り合ったという。そんな彼に誰もが魔王討伐の期待を寄せていたが、突然一身上の都合を理由に冒険者を引退。今は隠居の名目で、アクセルの街で自分の店を出している。
現役時代には、様々な女性との交際の噂が流れ、その中には高位の貴族もいたほどだ。うだつの上がらない売れ残り受付嬢など異性として見ていないだろう。新人からの縁という好意なのだろう。とルナは諦め半分にため息をつく。
「どうかしました?」
「いいえ。私、理想高いなぁって思うと、やるせなくて……」
「はは。ルナさんくらい綺麗な人なら、いい男は寄ってくるでしょう?」
「この前寄ってきたのは、胸を揉ませろと言ってきたダストさんぐらいでしたよ」
口を尖らせて拗ねたように言う。
「ははは、そりゃ災難だ」
何だよその表情、普段のキリッとした感じとのギャップでめちゃくちゃ可愛い! と心の中で叫ぶ。
これを見れば分かると思うが、八雲はルナに惚れている。どれくらい惚れているかと言えば、ルナに釣り合う男になるために王国最強の冒険者になって、あれこれ理由を付けてアクセルの街に戻ってくるくらいには惚れている。冒険者を辞めたのも、ルナが冒険者は好みでないという情報を聞いたからだ。
それくらい惚れているものの、ルナの人気っぷりを見ていると自分など相手にされないと、気持ちを伝えるのに二の足を踏んでしまう。
八雲さん、かっこいいなぁ
ルナさん、綺麗だなぁ
好きだなぁ
でも、相手にされるはずないしなぁ
誰かルナさんをもらってあげて