刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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一指しの太刀 その2

 早苗と舞衣は二人揃ってシャワールームに放り込まれ、汗だくの制服と御刀を取り上げられた挙句に、大道場を追い出された。

「二人とも今日は、御刀を持たないで」

 出動がかかったら任務に差し障るから、と居合わせた先生や先輩に剣もほろろに言われて、そろって芝生に座り込んでいる。

 二人ともジャージである。御刀は無いし、あっても制服がないから装刀して出歩けない。ちなみに、刀使たる者このような時に備えて予備の下着は持ってきているから大丈夫だ。

「それにしても、本当に何時から鹿島新当流を…」

 もし岩倉早苗が馬庭念流を遣って来たら、負けていたかもしれない。

 破門になった、というのはこれが原因であろうと見当はつく。

 早苗は、鹿島新当流に入門したのだ。

 馬庭念流の前身である念流は新当流に並び本邦最古の剣の術技である。仏道との結びつきが強い同派は、神道に仕えるを許さない。とはいえ、現代においてはだいぶ緩くなっている伝統である。掛け持ちをする、ないしはしていた伍箇伝の生徒は少なからず、舞衣は知っている。かく言う舞衣も、北辰一刀流に籍を置きつつ神明夢想林崎流や新田宮流を摘み食いしてきた身分でありながら、刀使として身分証明を求められれば北辰一刀流美濃関学院、中等部三年、柳瀬舞衣と臆面も無く記している。

「二年前、十条さんのお母さんが悪くなって…その時からなの」

「ああ…」

 そのようなことではないか、とは思っていた。

 鹿島新当流は、その稽古を概ね、型稽古に費やす。伝わるその殆どは、独り型ではなく、対錬である。北辰一刀流がそうであるように、鹿島新当流も仕手と対手に別れて行うのだ。

 十条姫和の稽古相手は、母十条篝だった。

 篝が対手に立てなくなってから、姫和の稽古相手は居なくなってしまった。京都平城は京流の本場であり、関流最古の新当流を学ぶ者は少なく、それも姫和の相手となって過不足無い者は皆無だった。

 早苗に白羽の矢が立った。

 当時まだ荒魂が頻出していなかったこともあり、親友の娘であるという姫和の稽古相手になってやってくれという五条いろは平城学院学長の頼みを引き受けた早苗は、親しんだ馬庭念流を辞し、十条の家へと通うようになったのだ。つまり破門となったのは鹿島新当流を学ぶためであり、それは姫和の稽古相手を勤める為であったのだ。

「勝ったら話すって言ったのに、白状しちゃった」

 そう言って舌を出す早苗の、新当流の師とは姫和であったのである。

「最初の方は露骨に溜息とかつかれて…相手にならないって感じだったけど、でも最後には稽古相手くらいにはなれたと思うの。まさか、二人で練った鹿島の太刀を折神御本家様に向けるとは思ってもなかったんだけどね」

「私も、あんなことになるなんて…でも」

 でも、可奈美の気持ちも分かる。あんなに楽しみにしていた姫和との立合いを取り上げられたのだから。

 特別祭祀機動隊員として、可奈美の行動はテロ幇助、殺人幇助であり、取り締まるべき行為である。ましてや可奈美も特祭隊員なのだから罪は重い。

 一方刀使として、兵法家の端くれとして、可奈美の行動は舞衣にも理解できるものである。一度立ち合うと決まった相手が都合で立ち合えなくなり、その理由が目の前に現れた親の仇を討つことだとなれば、轡を並べて折神紫を討ち、阻む親衛隊も全て斬り伏せた後、改めて立合いを求めるとしても、剣人刀者として通らぬ筋ではない。

 とっさに後者を選ぶところはむしろ可奈美らしい、とすら舞衣は思ったし、あの場で事件を目撃した刀使たちもにも共感を示す者は居た。まだ士分の存在した古き良き剣の時代にあっても、屠腹自裁は免れ得ないだろうが、それであっても後者を選び剣に殉じるのが剣者であろう。

 後、その折神紫こそは大荒魂タギツヒメの化けの皮だったと知れて、反折神本家の地下組織であった舞草が抗争の末主流となった為、姫和と可奈美は一転して英雄となる。

「結局私も、可奈美ちゃんに引っ張り込まれちゃうんだけどね」

「いいなあ」

「いい…かな」

「いいよ。羨ましいよ。私だって本当は、柳瀬さんみたいに…」 

 そんな無茶な、と舞衣は思う。一つ間違えば犯罪者だ。

 とはいえ、得難い経験が出来たとは思ってもいる。美濃関の学校で普通に刀使をやっていたら決して出来なかったであろうことばかりだった。

「いいなあ。羨ましいな。柳瀬さん達が大冒険してる間、私がしてたことと言ったら、ただ待っているだけ」

「早苗さん…」

「今だってそう。十条さんだったら脇構えに付けたら必ず攻めてたのに、私は待っているだけ。それしか出来ないから、仕方ないんだけどね」

「…今からでも遅くないと思う。って言うか、もう早苗さんは巻き込まれてるよ。だって早苗さんが居なかったら、今の姫和ちゃんは居ないって思うし。御前試合に出れたのも、親衛隊の人たちを退けたのも大荒魂を倒せたのも、早苗さんが姫和ちゃんのお母さんに代わって、姫和ちゃんの稽古相手になったお陰よ、きっと」

「そっか…そうかも…」

 だとしたら嬉しいかな。そう言って、早苗は微笑む。

「だから早苗さんは…」

 そこまで言ってハタと舞衣は気付く。

 いつの間にか早苗さん呼びになっていた。

 これは(美濃関は一応共学ではあるが)女学校の古い仕来たりのようなもので、上級生は姓でなく名に様を付け、同級生以下は名にさんを付ける。兎に角女子には下の名を用いて呼ぶのが品行方正とされているのだから仕方がない。しかしもう癖となっているようなそのような仕来たりが、平城の生徒に通じるものとは限らない。

「岩倉さんは…」

「早苗さんでいいよ。っていうか早苗ちゃんとかでいいから」

 図々しいかと思い律儀に言い直した舞衣を、早苗は笑って言う。

「何時か、十条さんにも下の名前で呼んでもらう日が来ればいいけどね」

「え? てっきり私…」

「ファーストネームで呼び合ってると思った? 残念、違うの。十条さんとはそんな仲じゃあないから」

 あの御前試合の春、舞衣は姫和と早苗のことを、早苗が今言ったように思った。

 けど今は違う。十分、そんな仲だと舞衣は思う。

 もし早苗がずっと馬庭念流の刀使に徹していたならどうだろう。御前試合ではベスト8より上を狙えたのではないだろうか。

 しかし早苗はそうせず、馬庭念流を辞して姫和のパートナーとなることを選んだ。自分のキャリアよりも姫和を選んだのだとは言えないか。

「私も柳瀬さんと衛藤さんみたくだったら、本当に巻き込まれてたんだろうけどね」

「…そんなはずない」

「え?」

「きっと姫和ちゃんは、早苗さんが思ってるのと同じくらい、早苗さんのこと大切に思ってる。そうに決まってる」

「柳瀬さん…?」

 舞衣は立ち上がって、ジャージに着いた砂利や草葉を払う。

「早苗さんは知ってる?」

「何を?」

「姫和ちゃん、もうここの生徒じゃあないってこと」

「え?」

「私はね」

 目を見開く早苗に、舞衣は宣戦布告の烽火をあげる。

「姫和ちゃんを連れ戻しに、京都に来たの」

 

***

 

 舞衣が、京都平城を訪れたのには、それなりの経緯がある。

 年の瀬を乗り越えた、春先の事だ。

 伍箇伝の生徒の間で、単に年始とか年の瀬とかと言ったら、年の瀬の災厄、TVやネットなどで国が呼称に用いるところの「関東大災厄」を指す。

 首班たるタギツヒメは衛藤可奈美と十条姫和により撃退され、危機的状況は去ったが、多くの刀使たちにとってそれは始まりに過ぎなかった。幽世との接近により大地に降り注いだ大量のノロが、荒魂を頻出させ始めたからだ。分けても霞ヶ関魔城と俗称されるところの旧霞ヶ関ビルはタギツヒメ終焉の地ということもあり量も密度も桁違いのそれが降り注ぎ、荒魂の居城と化していた。

 特別祭祀機動隊は東西奔走、疲弊しかけていたころに可奈美と姫和が変わらぬ元気な姿で戻って来、伍箇伝全校挙げてのお祭り騒ぎになったものだ。

 これは蔓延するメディアの特祭隊責任論と荒魂に挟撃された形の伍箇伝の生徒たちに、刀使が二人増員になったという以上のものを齎した。勇気づけられた刀使たちの奮闘により荒魂頻出への即応体制が整い、一時期は中止も止む無しと囁かれた折神家御前試合開催の機運が高まったころであった――十条姫和の名が、参加選手候補名簿に無いことに舞衣が気付いたのは。

 年の瀬より後美濃関学院中等部の刀使の訓練を任され、学院中等部師範代と言っても過言でない舞衣である。学長、羽島江麻に近しく接することが増えたからこそ知り得た情報であった。

「この事、皆は…可奈美ちゃんは」

「五条学長しか知らないことよ」

 そうだろう。予選の日程が発表にもなっていないうちに出回っているリストの事だ。もちろん、まだ折神家に駐留して活動している沙耶香やエレン、薫らには知り得ないことだった。

「鎌倉特別危険物漏出問題以降は、もう伍箇伝の生徒じゃあなく、予備警察官扱いだったらしいの」

「じゃあ、姫和ちゃんは…」

 退学していた、と言うのか。

 そういえば思い当たる節もある。最近折神邸で一緒にならない。イクサ討伐作戦の際も、出動割に名前は無かった。

 ちなみに舞衣も出動から漏れたが、これは羽島学長が舞衣を手元に置きたがったからで、理由ははっきりしていることである。

「だけど、そのことは内密にしておいてくれ、とも頼まれたみたいね」

「どうして…」

「あれだけの騒ぎを起こして、多方面に迷惑をかけておいて、私が無罪放免っていうわけにはいかないだろう、って。だけど――」

 それを皆には言わないでくれ。もし可奈美辺りが知ったら、自分も同罪だから退学するって言い出しかねないから――

「…だから、内密にしておいてくれって」

 舞衣には、言葉も無い。

 姫和に協力したのは、己の意思だ。だから姫和が退学となるなら己もまた退学になるべきじゃあないかと、本当に今思ったからだ。

「でも大丈夫。ここから先はこの江麻センセーの想像だけど、きっと姫和さんは、退学したって思っているだけね」

「?。思っているだけ、って?」

「いろは先輩のことだもの、確かに届は受け取っていると思うけど、平城の次期エースをおいそれと手放すとは思えないわ。退学届はきっとまだ懐の中。受理するかどうかはいろは先輩の胸次第ってこと。つまり学則的にはきっとまだ姫和さんは、平城の生徒よ」

「じゃあ…」

「姫和さん今は平城の常勤に戻ってるから、実家じゃあないかしら」

 そう言って羽島学長は、意味ありげに微笑む。

「…京都に発ちます。後のことはお願いします、学長」

「もし五条学長に会ったら、貸しにしとくって伝えておいてね」

「はい。ありがとうございます」

 快諾、と言ってもいい羽島学長の言葉に、舞衣は一安心する。

(…思った通りのコね、舞衣さん)

 行くなと言っても、黙って行くのは間違いない。それも友達の可奈美や沙耶香には内密に、自分一人で何とかする気だろう。もし姫和が戻ったとしても、事の次第を舞衣から話すことはない。姫和が隠し事をしていたことが明るみに出るのを避ける為だ。

(賢くて、友達想いの頑張り屋さん)

 十条姫和を失うわけにはいかない。折神紫御本家の力が衰えつつある以上、特祭隊の唯一残った切り札は、姫和なのだ。

(そのために、貴方達の友情を利用する。いいえ、そんなカッコいいものじゃあなくて、頼っているのね、私は)

 教え子に丸投げの頼りっきり。嫌な大人にも程があると、羽島江麻は自嘲する。

 舞衣と姫和は、可奈美を挟んで微妙な仲である。それはかつての、藤原美奈都を挟んでの柊篝と己を連想させる。

(上手く行くといいのだけれど)

 それで救われるのは姫和と舞衣だけではない。

 多分、江麻自身も救われるのだ。

 

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