翌朝、舞衣に連絡を取ってより、ものの半日も経たぬ間に姫和は鎌倉、折神本家の当主代行、折神朱音と面会していた。
同行者が増えている。
五条いろは平城学館学長である。ちなみに道中は、伍箇伝が保有する学長専用ヘリであった。
「いやほんま、びっくりですわ」
少しもびっくりした風ではないように、はんなりといろは学長は所感を述べる。
「まさかこんな形で、イチキシマヒメと初対面なんてなあ。それも、姫和はんの紹介で」
言葉は全然急いだ風ではないが、疾風怒涛の行動力で姫和と舞衣をここに連れて来たのは五条学長である。
学長専用ヘリは、当然ながら学長の移動にしか使用がなされない。伍箇伝の保有する最速の空中機動はこれである以上、学長自らが動くしかない。
いろは学長は本日の予定を全てキャンセルし、ここに赴いたのである。
それほどの事態であった。
多大な犠牲を払って封印したタギツヒメが異界に健在であり、現世に干渉することが可能であり、また現世から刀使を派遣して追撃することも可能であるかもしれないとなれば、滅多なことでは慌てない五条学長も、かなり慌てていたのかもしれない。とてもそんなふうには見えないが。
「お久しぶりですね、イチキシマヒメ」
「息災とは何よりだ、折神紫の妹よ」
「相変わらず、私は紫姉さんの妹で、それ以上でもそれ以下でもないんですね」
折神家当主代行、折神朱音は苦笑する。
「当主の事ならばご安心ください、イチキシマヒメ。回復は順調です。早ければ今月中にでも退院なされるでしょう」
「左様か。左様であれば祝着」
柳瀬舞衣にとっては、友人づてにしか聞いたことの無い禍神三姉妹の一柱との初対面であった。
大荒魂の三柱を、ヒトと思ったことはない。人知を備えた強力な荒魂、それくらいな認識であった。
それが、誰かの事を心配したり、無事を喜んだりする。
目が回りそうだった。
今まで後輩たちには、単純に荒魂を害獣として、効率的に駆除する方法を舞衣なりに伝えて来た。
大前提が狂った。知能を備えた荒魂が居ると聞いてはいた。イチキシマヒメの姉タギツヒメは確かに人の言葉を操っていたが、人間性は全く感じられない、人類の天敵であった。それがどうだ。舞衣が可奈美や沙耶香にそうするように、誰かのことを心配しているとは。
「ここにお出迎え出来ぬ無礼を、当主代行としてお詫び申し上げます」
「出迎えるというたか、我を」
「…姉との申し交わしが御座います故」
「申し合わせとは何か?」
「次の機会には、和魂としてお迎えしよう、と」
「荒魂の棟梁たる我らをか」
「はい」
和魂。ニギミタマ、と発する。荒魂の反語であり、反存在である。災いをもたらす者が荒魂なら、福をもたらす者が和魂である。
「出来ると思うてか。タギツヒメは、怨みの化身ぞ」
「そうであったかも知れません。しかしタギツヒメは貴方方を産みました。タギリヒメとイチキシマヒメ、ヒトに対する立場の異なる神を」
「されば?」
「ヒトがそうであるように、タギツヒメもまた進化を遂げている、と我々は踏んでいます」
「ヒトの災いとなる進化であるかも知れぬぞ」
「その可能性を否定できません。ですが、私は願っているのです。ヒメにあられても御芽生えあそばされたように、タギツヒメに在られても誰かを思い、心を配り、親しむ未来が訪れることを」
「願う」
「はい。願っております。かつて私と荒神様との間には滅ぶか滅ぼされるか、それのみしかありませんでした。ですがそれでは、ヒトも神も寂しゅうございましょう?」
「我らの所業は、ヒトには災いでしかなかったと覚えるが」
「そうでもない、と思うようになりました。それは、そう、きっとイチキシマヒメ、貴方と出会ってからのことだと思っているんですよ」
そう言って、折神朱音は恋する少女のように我が両掌を胸に、瞳を閉じる。
***
「言ったろう。心配するなと」
「ぐぬ。何か釈然とせぬ」
「なんだったらヘリに戻ってもらうよう頼むか?」
「お願いします止めて下さいなんでもしますから」
結局のところ、イチキシマヒメの身柄(?)は、姫和の預かるところとなった。
「イチキシマヒメの御宿り召されたそれは、篝さんに託された大切なモノでしょう、姫和さん」
その当主代行、折神朱音の一言によって、人類存亡のカギとなるやも知れぬイチキシマヒメの残滓は、姫和の掌に残ったのである。
「それで篝ちゃんと美奈都ちゃんは、どうだったん?」
「はい、母の話では二人とも無事だと。信じがたいことに、タギツヒメが幽世の住処を提供している様子でした」
「ほんにまっこと、信じられへんことやなあ。びっくりや」
五条学長が言うと、すこしもびっくりなことではないように聞こえる。
「まあ、こうなったからには仕方ない。一つ姫和ちゃんを見込んで頼みがあるんやけど」
「私に?」
「そう。姫和ちゃんにや。実は朱音さま、姫和ちゃんの今の待遇のこと、ご存じでおへんの」
「え?」
「姫和ちゃんがもう特祭隊員やないことは、うちと姫和ちゃんの二人だけの内緒ってこと」
「ええ!?」
まあそんなところだろう、と舞衣は傍で聞いて思った。羽島学長の読みは当たったわけだ。
「そないなわけでや。頼んます姫和ちゃん復学して、うちを助ける思うて」
「えええ…」
「やって。大荒魂の人格装置なんて大層なもんの管理を、特別刀剣類管理局の部外のお人にお任せすることなんて出来ひんことやもん。バレたらうち、朱音さまにごっつう怒られてまうわ」
「いや、けど…」
「三人の秘密ですね。私ももう知ってますから」
「あ。舞衣ちゃんにバレた」
「学長!」
舞衣は今の話を聞いて京都を訪ねたわけだから当然知っているのだが、もし知らなかったとしたなら五条学長、大暴露である。三人並んでヘリの座席に収まっているのだから当然話をすれば耳に入ってくるのは当たり前だろう。
(遊んでる…姫和ちゃんで遊んでる…)
おそるべし、平城学長五条いろは。
怒らせても怒らせなくてもとっても怖い姫和ちゃんを、おもちゃにするとは。
「返事はすぐじゃなくてええから。考えといて。色よいお返事、まってますえ」
普段からそんな風だから、優しく目を細めているかどうかは、舞衣には分からなかった。