刀使達の間で称されるところの御前試合。
伍箇伝草創と時を同じく開催された同大会の源流は、古く中世の天覧試合にまで遡るとされる。それこそ、刀使の世にあった頃より存在したのだから、歴史は古い。
御前試合、という名称には大名将軍などが開催する試合という意味合いがある。古くは天皇が執り仕切った国事であるが次第に折神家が代行して観覧するようになり、鎌倉期の武家社会となって後、維新の世となるまで天皇家の埒外に置かれ衰微した。天覧試合が御前試合と名を変えたのはこの頃とされる。
明治期になってからは機運を得て幾度となく全国規模の大会を行うも敗戦で御刀をGHQに奪われ一度途絶える。再開催となったのは相模湾大災厄の後であり、主導したのは折神紫と、伍箇伝各校の現職学長たちであった。
このように刀使たちには歴史も思い入れもある大会であったが、伍箇伝が二度目の大災厄を経験した本年度はかなり大会色が変わって来ていた。
現特別刀剣類管理局長、折神朱音の年頭訓示にもあったように、個人の剣技が国防の要となることが判明したからである。幽冥界よりの侵略を凌ぐには、侵略者の棟梁たる大荒魂の御刀の技に勝りうる、優れた刀使が必要であった。刀使養成に近道はなく、刀使当人たちの修練によるしかない以上、同大会は人類防衛に直接関わる重要なものとなりつつあった。
対荒神決戦想定の訓練、その最終フェーズとも言える本大会には、今まで試合に不熱心だった現場派の刀使達も数多く参加を表明していた。荒魂の棟梁、タギツヒメやヒルコミタマと実地に斬り合った刀使達と真っ向試合える絶好機である。気合が入らぬ筈はない。
「っしゃ! こい!」
稲河暁(いなご・あきら)などはその際たるものであろう。
由緒正しき本邦最古の香取神道流を学んだという経歴が本当なのかと疑いたくなる程には、型破りが過ぎた。担ぎ太刀、というには無造作すぎる、まるでツルハシかなにかのように右から左へと名物山姥切国広を乗せて渡たした肩を怒らせながら、ズカズカと歩み寄っていく。
相手は美濃関でも手練れの刀使である。操刀に適さない姿勢であることは分かっている。
(こいつ、現場ばかりで剣法を知らんな)
(そこからどう斬ろうとも、私の太刀が先だ)
御前試合には一度も参加した記録がない暁である。相手はそう思ったであろう。観世思惟(かんぜ・しゆい)も、そう思った。斬ってきたところに後先を取れば、容易く斬れると。
ところが暁が出したのは御刀ではなく足であった。
相手はぶっ飛んだ。
金剛力入りのケンカキックである。
「そ、それまで!」
行司役の生徒が仕合を止める。
「KO勝ちとは、珍しき哉」
呆れたような感心したような、これは思惟に伴われた辻漣(つじ・れん)のものである。
相手生徒は、場外で白目を剥いて失神していた。恐らく何が起こったかも分かっていないだろう。
「現場至上主義で稽古嫌いの道場嫌い。そう噂を聞いたが」
「実地の対人戦、所謂ところのケンカの場数は相当なものと推察致す。喧嘩に段位を付けるなら伍箇伝随一に疑いはなし。あれなる稲河暁を筆頭に、曲者揃いの御前試合を舞衣様が勝ち抜くには、相応の工夫あるべきかと存ずる」
「その為の私か」
「如何にも。宜しく頼み申し上げる。これも全て、舞衣さまの御為」
***
前年度選手権者でシードということもあり、無難に準決勝に駒を進めた舞衣を待ち構えていたのが、この稲河暁であった。
これが決勝であれば勝とうと負けようと本戦に進めたものを、あと一歩のところで伍箇伝髄一のケンカ師と戦うことになろうとは…
(不運? …いいえ)
勝ち進めば何れはぶつかる相手。それが衛藤可奈美と戦う前になる可能性はある。ここで勝ち抜けなければそれまでのこと。
(勝つ)
勝って可奈美ちゃんともう一度…
(戦ってどうするの)
心の中でもう一つの声がする。
(私が戦ったところでどうにかなるの?)
(また差を見せつけられるだけ。私も、可奈美ちゃんも)
(寂しい思いをするだけ。私も、可奈美ちゃんも――)
「おいおい、お前さん誰と仕合うつもりなんだ? 当面の相手は目の前の私だろうがよ」
「…!?」
「衛藤可奈美のことでも考えてたか?」
何で? どうして私の考えていることが分かったの?
驚懼惑畏を剣の心は忌む。
驚くこと、懼(ひる)むこと、惑うこと、過剰に畏れること。
この瞬間まさしく舞衣は驚き、惑っていた。そしてそれを見逃す暁ではなかった。
(勝機!)
種を明かすなら暁は、調査隊の安桜美炎を始め多くの生徒と親交がある。衛藤可奈美を気にかけている事などは当然耳に入っており、揺さぶりに使えるかもしれない材料として、心に留め置いた一つをここで使ったわけだが、これが大当たりだったわけである。
とはいえ、この「口撃」が効果を上げたか上げなかったかを判断するのは暁であり、勝機と捉えた暁のケンカ勘は確かなものであった。
鯉口を切りつつ真っ向から、助走付きで斬り込む。
迅移は使っていない。
普通ならいきなり相手に当たろうはずもない大振りの抜き打ちは、相手に単調な回避をさせるための威嚇である。言うならば見せ技、物凄く大振りなフェイントだった。今の舞衣にはこれが通じる状態であると暁は思ったし、実際通じる状態であった。
(ひ!)
舞衣は、暁の狙い通り単純に後ろに逃げた。びっくりして飛びのくという、ヒトなら当たり前の反射は当然暁の読み通りだ。これを迅移で追撃し斬れば、飛びのいている途中の舞衣には何も出来ない。
(な…)
だが狙い通りでなかったのは、暁の継ぐ筈だった迅移で踏み込む二の太刀の、遥か射程外に逃れていたことであった。
(んだとお…!?)
そんな遠くに行くには迅移でもやらなきゃ無理だ。けど舞衣はまだ御刀を抜いていない。迅移は使用できない筈。なのに何で、そんな遠くへ?
皮肉にも、驚き惑ったのは仕掛けた暁の側となった。もちろん、舞衣がそれを見逃すはずもなかったのである。
(ぐ…ッ!)
迅移は同時だった。
暁は後ろへ。舞衣は前へ。
人間、前に踏み込むのと後ろへ下がるのとでは前者が速いし深い。そして迅移からの抜き打ちは舞衣の十八番であった。
(小手いかれたか!)
間合いは離れていたから、舞衣が踏み込んで詰めて、それでも小手を引っ掛けるのがやっとであった。
引っ掛けた、と言っても右手首は半塲まで断たれている。勝負は付いた、筈であった。
(…!?)
食いしばった歯の音が聞こえてきそうな形相であった。
(写シ、が…)
暁の写シが飛んでいない。半塲ぶらぶらの手首で山姥切を、振りかぶる。
「まだまだぁ!」
「…ッ!」
舞衣は夢中で二の太刀を継ぎ――山姥切が、宙を高々と舞って地に刺さる。
暁の写シが剥がれたのは、やっとこの時であった。
相打ちであった。肩口に感じる痛みは、暁の山姥切が残したものだ。斬り込みはしたが、保持した手首が斬撃に耐えられなかったのである。
一方舞衣の斬り下ろしは正しく、暁の眉間までを斬り割っていた。
「は…」
行司役の生徒が旗を振り上げたまま、立ち竦んでいる。
旗を振り上げ、「始め」で振り下ろす、その間に決着が着いてしまっていた。
試合開始の号令がかかって終わるまでの間に、両者はここまでの攻防を行っていたのである。
「ちっ。あんたに居合で勝負した私がバカだったよ。手品の種は…あいつか」
見やる客席には、観世思惟に伴われた新田宮流、辻漣の姿がある。かつて都内で可奈美や獅童真希と大立ち回りを演じた漣は今や有名で、新田宮流を学びたいと言う者も次々と現れているという。
「あたしも弟子入りすっかなあ」
カラカラと笑いながら、クルリと背を向けて去っていく暁に、只々舞衣は、息を弾ませるのみであった。