刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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令和御前試合 その4

 美濃関学院代表決定の報は瞬く間に伍箇伝を駆け巡った。

「総代は舞衣、次席は美炎か」

「カナミンはシードですかラ、美濃関代表は三人決定ですネ」

「下馬評通り、って感じだな」

 本戦に現れれば台風の目となって席巻したであろう稲河暁が代表から外れたのは、真面目に優勝を目指す他校代表にとっては幸いではなかろうか。

「まーうちには関係ねーけどな。予選なんてまともに出来ねーし」

 舞草の根拠地であった長船女学園は燕結芽(つばくろ・ゆめ)の襲撃により壊滅し、有力な刀使の殆どは再起が難しい状態であった。古豪の米村孝子(よねむら・たかこ)、小川聡美(おがわ・さとみ)は、この後タキリヒメ護衛戦に無理を押して出動し敵刃を受けているから、健康寿命の心配すらあった。

 まともに活動できる刀使が居ない。いや全く居ないわけでは無い。居ることは居るのだ、居ることは。

「嫌な予感がしないか?」

「イやな、予感がシマスね」

 益子薫(ましこ・かおる)と古波蔵エレン(こはぐら・―)がそんなことを言っていた丁度その時、二人のスペクトラムファインダーのコールサインが、同時に鳴った…

「こうして長船女学園代表が決まったのだった。って雑過ぎだろうが!」

『…あーわりい。学長先生、流石に反省してるわ』

「素直にあやまんな、調子狂うからよ」

「まあまあ、厄介ごとは何時もの事デスし。ですけド、うちの推薦枠、どうなるんデス? 他所から呼ぶんですカ? それともOG?」

 長船OGと言えば瀬戸内智恵(せとうち・ちえ)が真っ先に思い浮かぶ。赤羽刀調査隊副長として尻上がりに実力を付け、今なお成長を続ける現役レジェンド刀使が参戦すれば、本戦も大いに沸くに違いない。

『あーそれについては色々考えている奴が居てな。お前らも知ってるだろ、レイピア遣いの新田弘名(にった・ひろな)』

「あーあいつか。本気出すかなーあいつ」

『お前がそれ言うのか』

 新田弘名は本気を出していない。それはルーム通話中の三人の共通認識であった。数少ない、というかほぼ絶無と言っていい最前線に出せるレイピア遣いの刀使であるが、稽古場での評判は散々なものである。御前試合の予選も、勝利を上げたことは一度も無い。それでも現場に出れば無事実績を上げて帰って来るから、速い話、手を抜けるところは抜いている。それもとことん抜いている。コスパいい、コスパ悪いが会話の端々で頻出するあたり、既にそれを隠す気もないようである。

「何つーか、あいつとは俺、友情を育めるような気がするよ」

『そういう訳だ、エレン。宜しく頼む。お前が頼りだ』

「オー…薫がもう一人増えマース…」

 こうして美濃関学院に続き、御前試合に臨む長船女学園代表三人が決した。当事者以外誰も、いや一部当事者すらも知らぬ間に…

「ま、うちはまだマシな方かもしれねえ」

 予選開催困難校は長船だけではない。

 綾小路武芸学舎の刀使は冥加刀使徴用の中核となっており、その結果有力な刀使は殆どがリハビリ中。錬府に至っては学長が療養中であり、学校行事は停滞気味。高津雪那(たかつ・ゆきな)は荒魂に与した人類の裏切り者であり、本復しても学長に返り咲けるか不明であるにも関わらず錬府女学院における信望は非常に厚く、新学長など送り込もうものなら職員生徒の猛反発は火を見るよりも明らかだった。

「まともに予選が出来るのは美濃関、あと平城くらいなものかもしれまセン」

「錬府とか、予選で代表二人が決まったとして、学長推薦枠はどーすんだろうな」

 果たして十六強は出揃うのか。そもそもが学校の態を借りた刀使養成施設である伍箇伝、その訓練プログラムの集大成である御前試合のトーナメント表が歯抜けだらけではあまりに寂しい。

 綾小路と錬府は果たして、代表を出して来るのか――

『内々の噂だが、気になるメンツが出揃ってきている。でなければお前ら二人以外に行ってもらうさ』

「気になるメンツ、デスか」

「前回と同じく、優勝は二の次ってか?」

「それも優勝するより難しそうな奴デース」

『話が速くて助かる。先ずは御本家に向かってくれ。詳しくは道々伝える』

 学長兼特祭隊司令の言葉に、二人は顔を見合せ、揃って肩を竦めた。

 

***

 

 これで良い。

 良くない筈がない。

(…なのに何だ、この違和感のようなものは)

 後悔に似る。

 御本家、折神朱音自らの通話を終えたスペクトラムファインダーを、姫和は見下ろす。

『貴方は衛藤可奈美さんと同じ本戦シードですね』

「はい。この間、五条学長よりそう申し渡されました。不本意ですが、そのようなことになっているようです」

『ふふ。可奈美さんと同じようなことをいうのですね』

「可奈美が?」

『ええ。予選に出させてくれって、私のところに怒鳴り込んできたのですよ』

「怒鳴り、って、あいつめ…」

『無理からぬことかもしれません。今頃の可奈美さんは手合わせどころか、稽古相手にも不自由している様子ですから』

 それはそうだろう、と姫和は想像する。大荒魂と融合した己すら斬り伏せた可奈美だ。あれを苦しめる刀使が、姫和には思い浮かばない。

『ですから姫和さん。貴方には早めに、本家に来て欲しいの』

「とは、つまり」

『ええ。可奈美さんの、稽古相手を…』

「無理です」

 姫和は躊躇なく告げた。

「私如きでは可奈美の稽古相手にはなりません」

『そんなことは…』

「私が三人四人束になっても可奈美には敵わないでしょう。それに…」

『それに?』

「私には開催中の平城予選にまだ、心残りがあります」

『心、残り…』

「しかし、命令とあらば登殿(とうでん)します。私はまだ、平城の生徒で特祭隊隊員のようですから」

『…いいえ、姫和さん。命令ではありません。姫和さんの意向がそうであるなら、可奈美さんの意向を優先する不公平は、私には出来ません。この話は忘れて下さい、姫和さん』

 あの方は一体何を為されておいでなのか。

 通話内容を思い起こしつつ、通話終了の端末表示に目を落とす。

 我々いち生徒のことなど構っている暇はあるのか。今や天下国家に不可欠なお方と成りつつある朱音さまには、もっと他に、気に掛けるべき大切なことがあるのではないか。

(…と、口にしたら、返ってくるんだろうな。貴方達以上に大切なものなどありません、って)

 それから一言二言の挨拶で、通話は終った。

(可奈美が寂しそうだから相手してやってくれって、それを言いに来たのか)

 政財界の要人や学会のエキスパート達が引っ張りだこでアポを取り合う押しも押されぬ国士だというのに…

(けど、今の私に、朱音様をお助けすることは出来ない)

 可奈美の稽古相手というなら、今の己は不足も甚だしい。行ったところで何の役にも立たないどころか、可奈美を失望させるだけだろう。

(それに、気になることもある)

 岩倉さん。何故、一指しの太刀を使わない?

 

***

 

 美濃関代表に続き長船代表が御前試合運営委員会のホームページに掲載され、未発表校は残り三校となった。

 本日中には二校となるだろう。平城の準決勝二戦は何れも本日ここ、平城学園第一体育館で行われ、平城代表選手権者二名は本日出揃う。

 問題はその代表二名の内に、岩倉早苗の名があるかどうかであった。

「そっか」

「ああ。そういう理由だから今日のところは、清香の応援は出来ない」

「ふふ、だからって、それをわざわざ直接言いに来るなんて」

「だ、だって悪いじゃないか。何時も世話になっているのに、大事な試合で応援できないなんて」

「大体の人は心で思っても口に出さないものだと思いますよ♪」

「それは隠し事じゃないか。清香にそんなこと出来るものか」

 姫和の話をどう聞いたのか、六角清香はニコニコの上機嫌であった。

「姫和さんらしいです」

 清香はただ、それだけを言った。

「凄く緊張してたのに何処かに飛んでっちゃいました。全力が出せそうです」

「それはそうしてくれ。清香の足を引っ張りたいわけじゃあないんだ。それにきっと岩倉さんだってそれを望んでる」

「ホント、姫和さんは姫和さんなんですね」

 この人がこんなにも、というほどに凛々しい笑みの清香であった。

「行ってきます」

「武運を」

 こう言葉を交わしたのを最後に清香は道場中央へと進む。対面から現れたのは…

(岩倉さん)

 岩倉早苗は対敵、清香の側に立つ姫和の姿を見止めた筈である。

 むろん、一瞥をくれたきりで早苗は、清香を見据えた。

(今日も出さないつもりなのか…一指の太刀を)

 試合が始まってみねば、分からない。

 

***

 

 思わぬ人を思わぬところに見て、とっさに早苗は目を背けた。

(なんでそっちに…)

 ボクシングで言えば相手コーナー側、セコンド的なところに姫和が居るのか?

 当然かもしれない。清香と姫和はよく一緒に居るところを見かける。仲良しだ。それに引き換え、この間野試合を挑んだ挙句に軒先に自転車を迷惑駐車しっぱなしで帰った早苗の扱いがこうなるのはむしろ自然な成り行きだ。

(そんな、つもりじゃあ…)

 早苗なりに、早苗のことを伝えたいが故のあの行動であった。

 姫和にどう思われても仕方がないと頭の中では分かっていたが、それでも、姫和に分かって欲しいと思ってやったことだ。だから何処かで姫和が許してくれないかなとか、期待する気持ちもあったかもしれない。

(私は…十条さんに敵対したいとか、困らせたいとか思っていたわけじゃあ…)

 でもその可能性はあった。なのに覚悟が足りていなかった。

 全然足りていなかった。

「…! …!!」

 十条さんが何か言ってる。きっと私を怒っているんだ。罵っているんだ。

 私それなりに器用なつもりなのに、十条さんとはいつもこう。どうしていつも上手く行かないんだろう。どうして――

「前! 試合!」

 ほら、十条さんもああ言って…

 …え?

 試合?

「しっかりしろ!! もう始まってるぞ!!」

「うわあ!」

 千住院力王と蓮華不動輝弘が燦然と火花を散らす。

 清香が先手を打って斬りに行ったのを、早苗がまともにブロックしたのだ。

(清香も清香だ! なんだその、恐れ入りますが斬っていいでしょうか、みたいなのは! 完全に気が逸れてたのが分からなかったのか!)

 何処の誰が見てもチャンスであったはずだが、清香と来たらそこをまるで石橋を叩いてみようの態で、御刀でぺち、と早苗を叩いただけであった。

 慎重な性格で大きな失敗をしない清香であったが、ここでは裏目だ。

 それが幸いして試合は終らず、始まったのである。

(うわあ、って言っちゃったよ私…)

 これ以上みっともない所、十条さんには見せられないよ。

 こう見えてもいっこ上。先輩らしい試合しないとね…!

(む…)

 清香は無二の好機を逸した。

 岩倉早苗が体制を整える。

 早苗のベースは幕末の名流、真庭念流。守りを大事と謳うこれに姫和に学んだ本邦最古の鹿島神道流を融和させた岩倉早苗一流と言ってもいい独特の剣。

 言うまでも無く鹿島の太刀の強みは攻め強さ。予測の付かない太刀筋、初見で見切ることは不可能と言われるそれを身に沈めつつも、早苗は真庭念流をベースとした、迎撃型といっていい。鋭い反撃を持つが故、ゆとりを持って守れる。懸中待(けんちゅうたい)、待中懸(たいちゅうけん)という言葉があるが、待中懸、即ち攻めの意識の強い攻撃的防御こそが早苗のスタイルと言えるだろう。

 一方の清香もまた、タイプは待ち剣だ。相手に掛からせ、技の尽きたところを斬る。衛藤可奈美を筆頭に、柳瀬舞衣などもこれだ。挙がった名前を見れば分かる通り、技術に優れた刀使のみが選択出来るスタイルである。敵に先に攻めさせることが前提となっており、並みの刀使では攻められた時点で斬り立てられて終わってしまう。これで勝っていけるのは才に恵まれ、努力を惜しまなかった者だけだ。

(そう、例えば、六角清香のような…)

 相中段となった。

 早苗の中段は高く喉元、一方清香の中段は低い。壇中、即ち胸元あたりに付けている。同じ構えでも攻撃的な早苗に対し、清香は相手に距離を取りたがっているように見える。

(攻め気が無さすぎる)

 姫和と同じように、早苗も思ったであろう。

 早苗の切っ先がさらに上がる。喉元から目元へ。より威圧的な中段構えへと変化していく。一方の清香は――

(おい!)

 切っ先が悄然と下がっていく。

(ケンカに負けた犬の尻尾じゃあないんだぞ!)

 ハナから地磨り気味の正眼に取る事は確かにあるが、相手が圧し掛かって来ているのにつれて、どんどん下げていると相手は調子付く。相手が怯んだと見る。

(…誘い、かな)

 姫和が脳死で突っ込むところを、考えるのが早苗である。

(試してみる!)

 タン、と早苗が小さく踏み込む。

 御刀は構えたままだ。技は出さない。防御態勢のまま間合いを詰める。

「…っ!」

 清香は狼狽した、と見えた。ビクッと飛び退く。

 真っ直ぐ後ろに、だ。

 明らかに好機だった。誰の目にもそう見えた。早苗の目にもそう映っただろう。しかし…

「いかん!」

 早苗の行く手を阻んでいた蓮華不動輝弘が無くなっていた。

 何処に行ったのか。

(印の構えになっている…!)

 輝弘は清香の胸元だった。

 早苗の勢いに気押されてるように見える。いや、本当に気押されているのだろう。

 清香の性質を姫和は良く知っている。温和で、争いを好まず引っ込み思案。他人の悪意に過敏で、接触を躊躇いがち。凡そ武道に向いていると思えない、ウサギのように臆病な清香の、刀使として優れたところを探すなら、相手の攻勢に対する早期警戒能力であろう。

 攻撃の兆候を掴むのが早い。逃げるのが早いから打ち込み難いという、清香の場合そればかりではない。早期警戒能力が高いということは、素早く反撃体制を整えられるということだ。赤羽刀調査隊員として実戦経験を積んできた清香は、迎撃手段も豊富になって来ていた。

「えいっ!」

「…っ!」

 突いて出た早苗の手元の鋭い金属音は、蓮華不動輝弘の刃と千住院力王の鍔が立てたものだった。早苗の突きに対して清香がカウンターで小手を斬って行ったのだ。対する早苗がとっさに手元を回して、鍔で受けたのである。

(…うっ…)

 思いの他、重い一撃であった。早苗の攻撃が、そこで途絶えてしまっていた。様子見のつもりが釣り出され、綺麗にカウンターをもらった。鍔で受けることが出来たのは幸運以外の何物でもない。

 手加減も様子見もしたつもりはない。本気の諸手突きが相手の何処にも触れなかった。清香といえば少し半身になっただけだ。それだけで突きは大きく外れていた。

 早苗は間合いを取り、その分を、そろそろと清香が進んで詰める。

 攻めた早苗が後退し、攻められた清香が逆に押して出る結果となっていた。

(六角さん…手ごわいとは思ってたけど…)

 これ程とは思わなかった。

(まるで、ハリネズミみたい)

 ハリネズミを飼っている人の動画を見たことが有る。ずっと見てられるほど愛らしいこの小動物は、捕食しようとする側には、厄介この上ない。一度丸まってしまえば怪我せず触ることすら難しいのだ。

(さて、どうしようかな)

 どうにかこっちが釣り出せれば、逆にカウンター出来るんだけど…

 栗の実状態の清香はどう見ても、攻めて来てはくれそうにない。なら美味しそうな技を見せて、脳死で出して来る清香のカウンターを凌いでカウンターする。

(他に方法はない。しかし――)

 早苗が再度打ち込んでいく。虎尾の技だ。初手は見せ技、相手の反撃を跳ね上げてそこを斬る。いきなり反撃を受けて、即座に対策するのは流石平城の次席刀使だが、新たな問題が立ち塞がる。

(わ、技が…小さいぃ!)

 清香の技が小さすぎる。

 ボクシングで言う左ジャブのようなものだ。出して来る技の隙が少なすぎる。下手に行ったらカウンターのカウンターにカウンターを貰うと言う、笑うに笑えない事態になりかねない。

 フェイントも試してみるのだが、引っかかったと思っても立て直すのが速過ぎてどうすることも出来ない。

 もともとが、無二剣という素早く小さい技を、清香は存分に使い尽くしていた。

(何て守り…こんなの見たことない)

 鉄壁の防御に、コンパクトで強い反撃。

 奇しくも、早苗と同じ方向性。それもより防御の意識の強い刀使が、六角清香であった。

 相手になっているのが早苗でなく、超攻撃的な、例えば燕結芽(つばくろ・ゆめ)や、ここに居る姫和のような刀使ならば守りを崩して打ち込んでいけるかもしれない。だが早苗の刀使としての方向性は、清香と同じ防衛迎撃型。燕結芽のような手数やハンドスピードも、姫和のような爆発的な踏み込みもない早苗に、清香の守りを突き崩すのは至難の技である――

(いや、ある!)

 あるのだ。如何なる守りも突き崩す秘剣が、早苗にはある。

(一指しの太刀に破れぬ守りなどない! 使うんだ、あの秘剣を!)

 出し惜しみして勝てる相手ではない。それは早苗にも、十分分かっている筈。なのに何故。

(何故、何故使わない、岩倉さん…!)

 ちらり、と姫和の姿を、岩倉早苗は盗み見る。

(使えない)

(使えるわけないよ。だってこの技は…)

 きっかけはあの春の御本家だ。早苗にとって二度目の御前試合の決勝。姫和が御本家暗殺未遂の挙句逃亡したあの時、ずっと一緒だった早苗は取り調べに対してただただ知らない、分からないと言う他に無かった。

 悔しかった。情けなかった。どうして何も言ってくれなかったのか。一言相談してくれれば、もっと他にやり様もあったかも知れないのに。

(それなりに、十条さんのこと分かってきたかもって思ってたんだよ)

 姫和の母の代わりの稽古相手は出来ても、姫和の母の代わりに話を聞くことは、させてもらえなかったのか。

 姫和に追撃隊が出た。親衛隊も出動になったと聞いて、姫和の家まで何度も自転車を漕いだ。居るわけがないと分かっていても、もしかしたらと姫和の姿を求め、空しく引き返した帰り道の、早苗の気持ちなんて分からないだろう。

 数か月後、姫和は無事戻ってきた。

 大荒魂に乗っ取られていた御本家と、百草の人達と一緒に戦っていたことはその時初めて知った。姫和が大変だったあの時、一緒に居たのは同じ学校の剣友のはずの早苗ではなく、衛藤可奈美という他所の学校のコだった。

(あの時、決めたんだ)

 貴方に置いて行かれないために、貴方の真似をして、それは無理そうだから考えて、考えついて試して、出来なかったからまた試して、何度も、何度も試して…

(どれだけ重い女なんだろう、私って)

 高校二年という人生一度の大切な時間のどれ程を、姫和の為に割いて来たのか。

 恋とか勉強とかもっといろいろあっただろうにと自分でも思うけど。でも全然後悔してないなんてどうかしてる。

(十条さんが、私の青春…なんて)

 そんなバカなこと他の誰にも言えないし見られたくない。

 当の姫和本人にだって出来れば見せたくなかった。貴方に振り向いてもらいたい。その為だけに編み出した技なんて。

 ましてや他のコに向けることなんて――

(岩倉さん…!!)

 じり、じりと間合いが狭まって来ている。

 印の構えはそのままで、清香が前に前にと進んでいっているのだ。

 止む無く早苗が下がる。前進を止めようとすれば攻めなければならないが、中途半端に手を出せば手痛く反撃されるのは目に見えている。

 ハリネズミのように丸まって転がっているだけではなかった。

 今や清香は槍衾となって、早苗を追い詰めている。

 清香は臆病で引っ込み思案だった。だけど今はそれだけじゃない。慎重に、だけど確実に進んでいける、その守りと同じくらい堅い意思を清香は手に入れていた。

(間合いが潰される…!)

 一指しの太刀は迅移で遠間を踏み込んで突く技だ。間合いが必要になる。必要な間合いを確保しようとしても、10メートル四方の白線の外は場外判定。出てしまったらまた中央からだが、また清香が印の構えで推して来れば同じ結果となるだろう。

 決定打が無い両者にとって、場外判定は重い。一度出てしまえばそれが判定を決めてしまうことだって有り得る。

「…くそッ!」

 どうしてそうしようと思ったのかは、今に至るも分からない。どうにでもなれ、という気持ちだった。

「岩倉さん…ッ!」

 姫和は小烏丸の鯉口を切った。

 抜き放ち、写シを張る。

「来い! 掛かって来い岩倉早苗ッ!」

「…!!」

 この声で周囲は、姫和が抜刀し、写シを展張していることに気付いた。ただ一名の例外は清香で、丁度この時、姫和には背を向けていた。

(…何?)

 誰かが写シを張った気配は分かる。姫和の声は聞こえたが意味は分からない。早苗に掛かって来いと言ったように聞こえたが、姫和は早苗の味方をすると言っていたのではないのか?

(何、が…)

 続いての異変は正面の対敵、岩倉早苗であった。

 早苗の構えが変じつつある。中段正眼が脇構え、脇構えが徐々に上がっていき…上段脇構えに。

(脇構え? 違う、あれは…)

 脇構えとは異なるところがある。

 右手だ。右手が鍔元にない。右手が在るのは御刀の刃だ。早苗の右の人差し指が千住院力王の刃の上を、柄本から切っ先へと渡っていく。

 

…イイイイイイン!

 

 おびただしい光芒と冴えた金属音は、その早苗の指が発したものだった。

(一体、何が…)

 何が起こっているのか。

「また見たいなら、見せてあげる」

「…!?」

「一指の太刀…!」

 来る!

 そう思った。

 印の構えにはなっている。ならあとは判断するだけだ。

 誰から習ったわけでもない、自然と身に付いた清香だけの技。

(ほんの、つま先半分だけ)

 僅かに半身。それだけのささいな動きで、清香を脅かすものは消える。

 視界は右と左に分かたれている。目の前に天を指して掲げた蓮華不動輝弘の刃が清香の目の前の世界を二分しているのだ。右から来るか、左から来るか。右から来るなら左に、左からくるなら右に半身になるだけで、相手は輝弘の分かつ世界から叩き出される。

 判断が二択だから変り身も素早い。あとは近くに在る相手の部位を叩くだけ。

(…右!)

 踏み込みの速い刀使ならば身近にいる。何度も見ている。姫和以上の迅移は来ない筈。左へと踏み違えて、あとは反撃を…

(あれっ?)

 早苗が居ない。というか迅移は清香を通り過ぎてしまい、背を向けてしまう形になっている。

(今なら、追って反撃が…)

 そう思って振り向いた拍子に、視界がどんどん傾いでいっていることに気付く。

(そっか)

 何があったのかと思ったら。

 姫和が小烏丸を抜いていた。その姫和の眉間に、早苗の蓮華不動輝弘がぴたりと御されていた。

(そっか。そうだったんだね)

 早苗は己ごと、姫和を串刺しにしに行ったのだ。

 背を向けていた清香には事情は分からなかったが、姫和が御刀を抜いて構えることが早苗を鼓舞したことは分かる。

(ちゃんと、早苗さんを応援できた? 姫和さん)

 とうに膝は砕けてしまっていた。座っている事すら出来ず、清香は倒れ伏す。

 躱したと思った千住院力王は、清香の変り身より速く右半身を捉えていたのだ。

「…なにやってるの、十条さん」

「それはこっちのセリフだ、岩倉さん」

「こっちのセリフだ、じゃあないよ」

「うわああ!?」

 姫和の背後から職員生徒複数人が一斉に飛び掛かり、小山のように姫和の上に積み重なる。

「何だ、何だ!?」

「突然場外で御刀を抜くからだよ。選手以外発刀厳禁なの、知ってるでしょ?」

「しかしだな、って痛て! 痛ててて! 分かった、投降する、抵抗の意思はない、だから上から降りろお!」

「ふふっ…」

 じたばたする姫和に、我知らず早苗は微笑みを誘われる。

(応援してくれたんだね)

(…ありがとう、十条さん)

 岩倉早苗が三年連続、御前試合平城代表選手権者となることが、この日決した。

 

***

 

 わざわざ有難うございます、朱音様。そう言って衛藤可奈美は通話を終えた。

(…そっか)

 姫和は来ない。

 来てもきっと、可奈美の練習相手になることは出来ないと、そんなことを朱音は伝えて来た。

(…そうだよね)

 可奈美も姫和も御前試合の出場選手。ライバルなのだ。手の内を明かしたくはないだろう。

 今度会えるとしたら御前試合。何時手合わせ出来るかはトーナメント次第ということになる。

(楽しみだな…御前試合)

 可奈美の稽古相手となる者は、今や誰も居ない。

 可奈美の方も、誰かに声を掛けることはなくなった。

 有力な刀使の殆どは、予選で母校に帰ってしまって暫くは戻らないし、残っているコたちに持ち掛けても、

「私じゃあ稽古相手にならないから」

 そう言って断られることが何度もあって、もう分かっていたから。

 鏡の前が可奈美の定位置となって、もうどれ程が立つのだろう。

(可奈美は何時も、寂しそう)

 母、美奈都の言葉であった。強くなることとはこういうことなのだと。

 今まで思い出せなかった言葉が、幽世から戻ったあの日から、はっきり思い浮かべることが出来る。

(これからもっと練習して、もっと強くなったら私、どうなっちゃうんだろう)

 今日の姫和のように、今まで手合わせしてくれていたコ達もそうではなくなって、今日のような独りぼっちの日がずっと続くのだろうか。

(違うの師匠)

(私、強くなりたいなんて思った事、一度も無くて)

 ただ、剣が好きで。剣技が好きで、剣技に携わる人が好きで、だから特祭隊の皆が好きで、なんなら大荒魂のタギツヒメだって剣の上手だったから好きで…

 好きだから打ち込んだ。剣に打ち込むことが幸せだったから、寝食を忘れて稽古することが出来た。まさか、寝てるときまで、天国に行った筈のお母さんと稽古していたなんて、ついこの間までは思っても見なかったけど。

 知らない間にこうなっていたのだ。伍箇伝最強、どころか有史最強に数えられる刀使に。

「どうして…」

 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

 朝から夜まで、剣で遊んでいたかっただけの子供のような可奈美は今、我が手の内の玩具が何者であったかを思い知りつつある。千鳥と無邪気に戯れ歩むその先に何が口を開けて待っているのかを。

 うそ寒い思いに駆られ、可奈美は折角抜いた我が御刀、千鳥を再び鞘へと戻してしまう。

 こんな気持ちになったのは初めてだ。

 御刀に触りたくない、なんて気持ちになったのは。

(みんなどうしているだろう)

 姫和は。舞衣は。沙耶香やエレンや薫や美炎はどうしているだろう。いつ本邸に来てくれるんだろう。

 手がかりをスペクトラムファインダーに求めてみると、舞衣や美炎から、美濃関代表になったよの一報が届いている。

「なんか知らん間に長船代表になった。当たったら手加減してくれ」

 という相変わらずな薫に、

「手加減無用で切り刻んでやってデース!」

 などと物騒なエレンの書き込みも、添えてあった。

(ほら)

 私は独りなんかじゃない。大丈夫。寂しくなんかない。

 剣を合わせることはなくても、遠くはなれた剣友たちは可奈美の支えだった。チャットアプリの書き込みを続けて見ていると…

(…歩ちゃん?)

 ずいぶんとご無沙汰だった内里歩(うちさと・あゆむ)の個人チャットに書き込みが為されていた。

 冥加刀使となって幾度となく可奈美の前に立ち塞がった歩は、今は摂取した大量のノロを除去する為、透析器とリハビリ室を行き来する日々を送っている筈であった。

(久しぶりだ。何だろう)

 あの年の瀬以来連絡はしていない。気にはなっていたけど、勝者たるこちらから連絡することは生意気な行いに思われ、出来ていなかった。何を話していいか分からなかった、ということもある。だから、向こうから書き込んでくれるのは有難かった。あれきりになんて、可奈美はしたくなかったのである。

「綾小路の代表になりました。そっちに行ったら宜しくお願いします」

 書き込みはこのようなものであった。

(…綾小路の代表に!?)

 本当だろうか。本当だったら凄い。

 綾小路武芸学舎の有力な刀使は軒並みリハビリ中で、御前試合に代表が出せるかどうか分からないと聞いたけど、ただの噂だったのだろうか。それとも有力な刀使たちがダウンしているお陰で出番が回ってきたということだろうか。

 本戦に出て来るとしたら、冥加刀使とならなかったり、早期に離脱してリハビリの進んだ木寅ミルヤ(きとら・―)や山城由衣(やましろ・ゆい)が居る。歩はこの二人と肩を並べた、ということだろうか。それにしたって、歩は年の瀬のあの突入作戦の時まで冥加当時として戦った筈。まだまだリハビリの最中のはずなのに…

 そういうことをさておいたなら、代表選出は分からなくもない。現場に弱いところはあったにせよ確かな腕前の刀使だ。冥加刀使となってからは弱点も鳴りを潜め、分隊長も務めたようだ。

(でも、その後は…)

 言いたいことは、腰間の千鳥に込めた。

 あの時の斬り合いを、歩が冷静に分析していれば分かると思う。あの後糸見沙耶香とも斬り合ったようだが、同じ負け方をした筈だ。要は後先の抜き技をまともに貰ってしまっているのである。

(冥加刀使の技は力強い。感覚も研ぎ澄まされていて反応も素早い)

 けれど単調だ。数度斬り合えば間合いを盗まれる。可奈美や沙耶香のような技巧派に相対すれば、それはそうなる。腕力も敏捷さも荒魂と同等になるだけなら、可奈美にとってはいつもの相手。それが刀で斬って来るならむしろ得手、まである。

 技が伴わない力は無意味。

 嘘はつけないんだよ。近道はないんだよ。込めたそんな思いを、歩は汲んでくれただろうか。

 汲んでくれたのだ。

 そうでなければ、御前試合本戦に出て来ることなど、出来はしない。

(私も頑張らないと)

 鎌倉御本家で歩と立ち会う己を想像しつつ、鞘に納めた我が御刀に伸ばした指先が、柄に触れた瞬間、静電気のような痛みを憶え思わず引っ込める。

(…つ!?)

 注意深く触ってみると、今度は何とも無い。けどこんなことは今までなかったことだ。刀身ならいざ知らず、柄を触って静電気なんて聞いたことが無い。

(よし)

 改めて柄本に手を伸ばそうとして、躊躇う。

 怖い。

 今の痛みが怖い。ピリリと刺したようなその痛み。

 おかしい。このくらいの痛みなんて稽古には付き物、慣れっこの筈なのに。

 今度は慎重に、除電のつもりで手の甲から触れ、次に握ってみると何でもなく、すんなりと握れた。

(やっぱり静電気だったのかな)

 しかし、翌朝可奈美は同じ痛みで、千鳥を取り落とした。

(…っ)

 その次の日にも同じことが有って、ついにその日は御刀に触らなかった。

 無理に稽古をしなくてもいいと考えたのである。これ以上強くなって何になるのか。立合い稽古に不自由になっていくだけではないか。だったら弱い方がいい。その方が思いっきり千鳥で戦える。

(早く…)

 本戦まであと数日。早くその日が来ないだろうか。

 鞘に納めてしまったままの千鳥で、きっとまた羽ばたいて行こうと思える筈のその日が。

 

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