刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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伍箇伝の娘 その1

 人類史未曾有の年の瀬の災厄以来、かつてない荒魂頻出に対し、その在り方を問われているのは伍箇伝だけではなかった。

「荒魂災厄担当省?」

「今度の内閣改造で、そういう話が出たと、一族の者から伝え聞きました」

「それがどうしたってんだ。年の瀬に荒魂災厄対策室が立ち上がったばっかだろうに」

「大違いです。今の私達の立場は?」

「あたしらは特別祭祀機動隊だろ」

「特祭隊の上は?」

「特別刀剣類管理局だろ」

「その上は?」

「警察省だろ」

 先年までは庁が下に付いた警察であったが、相次ぐ荒魂災害を受け、対応能力を高める為晴れて省に昇格していた。なお防衛庁の省昇格も同時に行われている。自衛隊も対荒魂部局を独自に設置しており、警察組織への牽制とも噂されている。

 日高見真琴(ひたかみ・まこと)との話に出た荒魂災厄対策「省」は、稲河暁(いなご・あきら)には初耳だった。

 ちなみに荒魂災厄対策室は年の瀬に設置された内閣直轄の荒魂対策のエキスパートチームで、特別刀剣類管理局長の折神朱音(おりがみ・あかね)やリチャード・フリードマン教授も名を連ねている。

「警察省は、所謂ところの省庁、その省ね」

「そうだな。うちの元締めは、警務大臣ってわけだ」

「ところで、荒魂災厄担当省は、省庁でいうところの省です」

「聞きゃあ分かる」

「貴方の言う元締めは、総理から任命された大臣、ということになります。つまり警察大臣と同格になるんですよ」

「ふむふむ…って何い?」

 現状の特別刀剣類管理局は省庁の庁ですらない。それが一気に省が付く身分となるならば二足飛ばしどころではない大出世である。

「えらいことになって来やがったな」

「何せ私達の朱音さまが荒魂対策担当大臣になるには先ず、国会議員にならないといけません」

「あたしらみんな、選挙カーに乗るハメになるかもしれねえのか」

「当選してもそこはスタートラインに過ぎません。総理の信任を得て大臣に任命されなければなりませんから、大変な道のりです」

「…けど、ホントにそうなるなら、あの人にやって欲しいぜ。あたしら刀使のことを本当に考えてくれているのは、あの人だろうから」

「ただこれには防衛省も警察省も反対していると聞き及びます」

「防衛省は敵の頭数を増やしたくねえ。警察省なんざ、うちら特祭隊が重視されてるから省昇格したようなもの、手放したら発言権は大きく減じちまうってわけか。当分は息苦しいままが続きそうだな」

「ええ。これはまだ先の話」

「当面は、永田町に臨時設置されっぱなしの対策室に、足しげく出向くことになりそうだな」

「環境が整うまで、私達は私達の出来ることをやらないと」

「…そうだな」

 

***

 

 あの年の瀬より内閣府設置となった荒魂災厄対策室には本日、錚々たる顔ぶれが訪れていた。

 内閣総理大臣と東京都知事を筆頭に、警察大臣、防衛大臣、災害時の救急医療を統括する厚労大臣、消防庁長官に災害復旧を担う国交相、その他その他、現内閣の主要な閣僚たち。

 迎える対策室首座の折神朱音局長、筆頭顧問のリチャード・フリードマン教授を始め、STT副長官や特別希少金属利用研究室の主任研究員たる古波蔵公威(こはぐら・きみたけ)ら、それぞれの道で荒魂災害と対峙してきた設置当初からのエキスパート達に混じって、いきなり今回から初入室のメンツも居た。

(こんなところで再会とは思っても見なかったぜ、特別害獣駆逐隊司令、日向士郎(ひな・しろう))

 この場で唯一の現役刀使、益子薫(ましこ・かおる)のことを、気づいているのか居ないのか。日向士郎の表情からは何も受け取ることが出来ない。

 薫はここで唯一の現役刀使であったが、同時に最年少で、閣僚とか長官とか以前に学級委員もやったことが無ければ日直だってサボるガチ普通の女子高生である。「お前のような大段平をぶん回すフツーのJkが居るかデース!」などと、古波蔵エレン(こはぐら・―)あたりは突っ込むかも知れないが。

 朱音らの認識ならば現刀剣類管理局が舞草であったことからの同志であり、最も荒魂討伐の経験豊富な現場経験者であり、非常に頼れる存在であるのだが当人に自覚はない。

(呼ばれた原因はまあ、こいつだろうな)

 両手の中には益子の守護獣、弥々(ねね)が居る。

 最近色々と進境著しい弥々であったが、つい先日、以下のような驚くべき大変化があったのである。

 

***

 

「なあ弥々。さっきエターナルホライゾン姫和から連絡があってな。何でも行きがかりでイチキシマヒメを保護することになったんだと」

「ねねー」

「誰だそれ、知らん名だだって? まあそうだな。俺も名前しか知らん。偉いネガティブなお喋りらしいが、会ったことは無いんだ」

「ねねね」

「お前も直接対面したことは無いのか。そりゃあそうだろうな。ずっと潜水艦の中で幽閉状態だったらしいし。まあそんなことはどうでもいいんだよ」

 ひょい、と薫は弥々を猫摘み上げる。

「あいつが言うにはな。多分三女神の残る一柱、タキリヒメもまた、同じように何処かに打ち捨てられている筈だっていうんだよ」

「ギクッ」

「心当たりがあんのか? 奇遇だな。俺もだよ。確か市ヶ谷のタキリヒメ護衛戦の時だったよな。お前が突然元の姿に戻ったのって」

「ね、ねね…」

「あの前の日まではあんな真似出来なかった。確かそれからだ、お前の言葉が分かるようになったのは。それまでは何となく気持ちは分かっても、会話を交わすところまでは行かなかったからな」

「ね、ね…」

「どうした。眼を覆って。こっち見て話せよ」

「……」

「ン――?」

「………」

「ンンン――?」

「…流石は益子の者よ。この上は逃げるも隠れるも無駄か」

「うわしゃべったーっ!」

 既に日常的に会話を交わしているようなものなのだが、普段ネネとしか鳴かぬ弥々からいざ本当に声となって流ちょうな日本語が出てくればこうもなろう。

 盛大に放り出された弥々は猫のように着地を決めたが、何故か両眼は、塞いだままである。

「何をするか不敬者。話せと言ったは汝ぞ、益子の者よ」

「マジか! やっぱりか! そこに居るんだなタキリヒメ! 何時から、どうやってそこに居る! 俺のペットはどうなった!」

「摘まむな、揺さぶるな、振り回すな! 答えてとらす故落ち着けい!」

「これが落ち着いて居られるか!」

「そこを押しても落ち着け! 益子の者であろうが、汝は! 益子の守護獣がどうなっているか知りたくは無いのか!」

 ピタ、と薫が停止する。

「弥々はどうなった。返答次第じゃぶった斬るぞ」

「それでよい。順に答えてとらす。先ず第一の、何時からという問いに対しては、益子の刀使の考える通りである」

 薫としては、重要事項は第二の、弥々がどうなっているのかが最大の懸案である。それを聞くには先ずは第一の問いの答えを聞き終えなければならないようである。

(機嫌をそこねて引っ込まれたら何も分かんねー)

 冷静になれ。冷静にだ。

 薫は努めて、己自身に言い聞かせる。

「…あんたがタギツヒメに吸収されたのはあの時だからな。見当は付く」

「ヒトにより幽閉されていた我はノロを蓄えること叶わず、我と異なりヒトの協力を得て戦支度十分のタギツヒメと不利の斬り合いを強いられるに至った。不利は明白であった故、我は相応の準備を講じてあった」

「準備とは何だ」

「手近に出会った荒魂、即ちこの弥々に、縁(えにし)を作った。今風に言うなら、我が精神データをバイパスしたのだ。敗れたならば縁を遡り、魂のみなりとも逃れて後途を期すつもりであった」

「案外潔くねえんだな、荒神ってやつは」

「案の定きゃつは、我が身をノロと切り離し、念入りに無力化して無用な部分を放り出した。我が落ち延びたとは知っていたかもしれんが。落ちた先に関心は無かったであろう。我の落ちたる先は上古吉備津の大荒魂、弥々の許であったとはましてや思いもよらぬことに相違なし。まんまとあの後、弥々と語らい、きゃつに一泡、吹かせてやったわ」

「あの時の巨大弥々、やっぱお前のせいだったのか。で、弥々と語らうってえことは、弥々を乗っ取ったわけじゃあねーんだな」

「ここよりは第二の問いへの答えとなるが、先に行ったように今や我はノロと結びつけず、穢れを蓄えること一切が出来ぬ。こうして実声によっての対話が可能なのは、この弥々の求めあればこそ」

「弥々の求め?」

「理解しやすく言うなら、汝がこれを摘み上げて厳めしい顔で問い詰めるによってだ。面倒だから後は任せたなどと申して居ったぞ、益子の者よ」

「あー…」

「このように我がヒトと言葉交え得るのは、弥々の合力あっての事。弥々が望まねば出ては来れぬ。流石の我も、これよりヒトを従え正しく導くは、相当の骨と言わねばなるまい」

 この期に及んで不穏な発言を聞いた気がするが、ともあれ弥々は無事で、主導権も弥々にあるようだ。先ずは一安心であった。

「さて、この上は弥々に負担となる。引き上げるとしよう。岩戸隠れの前に問うておくが、千鳥の刀使は如何しておるか」

「千鳥の刀使、って言ったら可奈美のことか。あいつなら、タギリヒメを祓った後、小烏丸の刀使と一緒に五体無事にこっちに戻ってきてるぞ。いまや誰もが認める現役最強刀使だ」

「幽世に迷うて再び、元の時系列に戻るは我ら荒神とて至難であるを、流石は我が見込んだ名手。祝着と言うておこう。我が知るあの者は立ち居に迷い見受けられた。高く飛べと申したものの、あれの翼は強すぎる。高く飛び過ぎて戻るべき大地を見失っておらぬか」

 少なからず、薫は驚いた。

 衛藤可奈美(えとう・かなみ)の周囲の者が、皆感じていることをこの、ヒトを不完全と見下し隷属を目論む荒神も感じているというのか。

「ヒトはヒトを導きヒトたらしめる。刀使もまたそうであろう。千鳥の刀使のこと、頼みおく。益子の者よ」

「言われるまでもねえ」

「さらば」

 弥々が、目を覆っていた両手を、ひょいと避けたそれきり、呼べど叫べど弥々は「ねね?」としか応えない。どうやらこのイナイイナイが、弥々のタキリヒメ召還フォームであるらしかった。

(ふむ)

 ぽい、と弥々を放り出した薫は、少々の試案の後、タブレット型のスペクトラムファインダーを取り出す。

(何やらやべえ考えを持ってるみたいだが、悪い奴には思えねえ)

 そうでなければ、己が消滅の危機に瀕しているのに可奈美を気に掛けたりはしないであろう。

「あーもしもし折神邸司令室? 俺だけど、紗南ちゃんそこら辺に居る?」

 タギリヒメ以外は消失したと思われていた二柱の女神の無事(?)が、特別刀剣類管理局に相次いでもたらされることとなって程なく、薫は弥々と共に荒ら魂災害対策本部に呼び出されることとなったのである。

「大儀である、ヒトよ」

 本邦の首脳らに対し重々しく告げたのは、薫が右手で猫つまみでプラプラさせている弥々、であって、そうではない。

 弥々は両目を覆っており、つまりこれは弥々のタキリヒメ召還モードであった。

「目通り、さし許す。面を上げよ」

「再び目通りお許しいただき恐悦至極です、タキリヒメ」

 閣僚一同、タキリヒメが市ヶ谷に幽閉されていた時面通しはすましている筈であるが、いやだからこそ、何とも言えない顔である。それもその筈、その頃には磨き抜かれた輝く白磁の仏尊像に、枯れ果てたヒトの四肢が枯れ蔦の如くに絡みつく、禍々しくも神々しい姿であったからだ。

「タキリヒメがこのようなお姿になられたのには理由があります」

 朱音は閣僚たちに、事情を包み隠さず説明する。

「つまり、あと一柱の荒神が、存在していると言うのか」

「はい。あと一柱のイチキシマヒメは現在、特別刀剣類管理局長が厳重に管理下に置いています」

 姫和に丸投げした、ということは薫も聞き知っている。が、まあ姫和の傍であるなら確かにおかしなことは出来ないであろう。朱音は嘘を言っていない。

「管理体制は信頼してよいのだな」

「はい」

 来室した閣僚は外国人の、それも恐らく軍人を伴っていることに、薫は気付く。おそらくは米軍の駐日武官であろう。太平洋を分けて戦った米国とは今や、対荒魂で連携する同盟国である。とはいえ、政府が対応しきれなければ当然、しゃしゃり出て来るであろう。

 霞ヶ関ビルに充填されたとされる大量のノロが一斉に活性化した場合関東平野を覆い尽くすほどの荒魂の軍勢が現れると思われる。これは日本の全滅を意味する。

こうなった場合、荒魂災害が海を渡り世界中に拡散する可能性が高い。国際社会もこれを懸念している。あの年の瀬以来、荒魂は世界の危惧となっているのだ。

「畏れながらタキリヒメに於かれては、我らヒトにお教え願いたく」

「質疑相許す。申し述べてみよ、ヒトよ」

「有難き幸せ。では――」

「荒魂は何故ヒトを襲う!」

「総理! お待ち下さい、タキリヒメは畏くも――」

「よい。知らぬのならば答えよう、蒙昧なヒトよ。我らの血肉が荒魂と化してヒトを襲うのは、我ら神より御刀を盗み去ったからである」

 そのようなことはとうに説明してある。回答も分かり切っている。無意味な問答をしている暇はない。ここに居る人物の誰もが貴重な時間を割いてここに在るのだ。

「しかし、霞ヶ関魔城には我が国を滅ぼすに足るだけのノロがあるが、荒魂と化して攻めては来ないではないか。これは何故なのだ、荒神よ」

 魔城のノロは何故だか、一斉に活性化されない。一部が這い出し都内に荒魂災害を散発させるのみ(それでも大型のものが多いが)。人口密集地の都内のど真ん中であるにも関わらず、一斉に活性化しない理由は、ノロの量に比して穢れが少なすぎるからではないかとも推測されている。

 では、穢れとは何か。

 これについては全くもって確かに言えることがない。

 ノロは概ね人に接することによって荒魂化するが、寺社などに神体として祀られたノロは頻繁に人と接するにも関わらず活性化しない。これにより荒魂は浄を嫌い不浄を好むなどとも云われることがあるが、では人がどう在れば浄で、どう在ったら不浄であるのか。

「そればかりはそ奴の好みによる」

「好み!?」

「然り、魔城とやらの城主となった荒魂の好み、趣味趣向である」

「つまりノロは、ノロの気分次第で活性化したりしなかったりするというのか!?」

「然り」

「不機嫌ならば荒魂化して都民を殺傷すると」

「如何にも」

「平穏に暮らしたければ機嫌を取れと。しかもどうとればよいかは荒魂の個体によって異なると」

「ヒトの考えの通りである」

「ぬう…」

 総理は唸った。

 その後ろに控えた都知事らは声こそ発しなかったが、似たりよったりの表情であった。

「我々人の子は、静かに平和に暮らして行きたいだけなのです、タキリヒメ」

 沈黙した総理を引き継いだのは朱音であった。

「御鎮まり頂くには、我らは何をすれば宜しいのでしょうか」

「先に答えた通り、そ奴の考えに寄る」

「ではせめて、貴方方神より御刀を持ち去りし者をお教えくださりませ。然るべき罰を与えます故、それで御鎮まり頂きますこと、願い奉ります」

 人は定命であるから、当然ながらその者はこの世には居ないであろう。

 罰を受けるのは当人以外ということになる。朱音の性格からして自分が代わって罰を、とか言い出しかねないから薫は冷や冷やする。

「知らぬ。我らの知は持ち去られた。ヒトが言うココロというようものも今やヒトの手の内にある」

「…とは?」

「我らの知、心、魂ともいえる概念は全て御刀の内に在るのだ。さらに言うなら我らの知の炎の冷え固まったものこそが御刀と言うことも出来る。我らの起源を知ろうと欲すれば、世の御刀全てを我らが手にする必要がある。今だ我らの知らぬ御刀の何処かに我らの起源の記憶があろう」

「つまり荒魂の起源の記憶は失われており、人類が御刀を手放さなければ、取り戻せないと?」

「然り。タギツヒメが大きな力を得たのも、数々の赤羽刀を得、真なる姿に近づけたが故。我らは荒神だが、全知の神へと戻るにはより多くの御刀を得る必要がある」

 もし全ての御刀をタキリヒメへと戻せば、人類は荒魂への対抗手段を失うこととなる。到底呑める条件ではない。

「ヒトの内には、我らの神格を取り戻そうと、赤羽刀とノロを捏ねて混ぜた生命を造ろうとした者も在った。神造計画と称されたそれは棄案となり、竣工なった人造神一号、スルガ級はヒトに滅ぼされたと聞く。それについては我らよりヒトが詳しかろう」

「聞き捨てならんぞ!」

「説明しろ、折神家!」

「タギツヒメは極秘裏に数々の計画を進めており、その内の一つだと認識しています。資料は散逸しており調査が必要です」

 朱音は弁明する。

「折神は何を隠しているのだ。我々が折神について知っていることはこれで全てなのか。答えろ、折神朱音!」

「それは…」

「お待ちください、総理」

 思わぬ人物が、詰問を遮る。

(こいつ…)

 特駆隊司令、日向士郎であった。

「折神を問い詰めることは後でもできます。今は荒神を質すべきでしょう。人類と相容れるのか、容れないのか、はっきりさせる必要があります。そしてそれはタキリヒメの意識が顕在化している今しかありません」

「お前のことは憶えているぞ。我に銃を向けたヒトではないか」

「そうだ、荒神」

「我らとヒトとは相容れぬ。そう考えているようだな」

「正確には異なる。我々は国民の安寧を守る自衛隊だ。お前たち外次元生物が我々に害を成すならば対応する。その為の特駆隊だ」

「順序が異なる。我らより御刀を奪ったのはヒトである。お前たちの言う荒魂災害はそれに端を発する」

「では珠鋼兵装を全て返却すればお前たちは退くのか」

「最低限度必要である。荒魂が獣の如く荒れ狂うを止めるにはヒト並みの知恵や心が必要であり、それにはヒトが御刀を手放す必要がある」

「それでは人類は、荒魂に抵抗する手段を失う」

「奢るな、ヒトよ。もとよりヒトは神に屈する者。奢りを捨て、我が身の丈を知るが良い」

「タキリヒメ。貴方は神が支配してこそのヒトだと考えていると聞く」

「然り。神代に立ち戻れ、ヒトよ。されば荒魂はヒトを襲うことは無い」

「だが神に都合が悪ければ、荒魂をけしかけると」

「我らに従わねば、そうなることもある」

「今とさして変わらんな」

「ヒトが神に抗うというなら、そうなろう」

「…成程」

 室内は静寂に包まれる。

 日向司令はこの上問いを発しなかった。十分な答えを得たからであろう。閣僚たちからも、この上声は上がらなかった。

「神を拝し、神を戴け。さらば不完全なヒトも我ら神の如く完全足り得るであろう」

 荒神の言葉のみが、ただ、場を圧するのみであった。

 

***

 

 ヒトと荒神との時ならぬ「首脳会談」は不調に終わったのか。

 閣僚たちが去った後も、残った人物が居る。

「外相の宗像孝蔵(むなかた・こうぞう)です」

「質疑あらば申し立てることを許す」

「は。有りがたき幸せ」

 宗像外相は元舞台俳優より演出家としても名を馳せたキャリアを持つ老紳士であり、気障な言い回しも堂に入っている。

「タキリヒメのお話は理解致しました。我々の立場の隔たりは大きい。それを確認することが出来ただけでも幸いです」

「神に成り代わろうとするヒトにとり幸いな話であろうはずも無いと覚えるが」

「いいえ。如何に関係が悪化しようとそれを整理し、改善に努めるのが外務です。困難は幸いです、神との外交に臨む外相など古今東西前代未聞、終戦工作となればなおのこと。互いの立場の差が確認出来ただけでも良しと致しましょう」

「左様か。話あらば、また聞いて取らせよう。して、今一人は」

「東京都知事の高祖美和(こうそ・みわ)と申します。若かりし日には刀使として山鳥毛(さんちょうもう)をお預かりしておりました」

「ほう。かの名物をてなづけるとは中々の手練れよ」

「もう40年以上も前の話で御座います、タキリヒメ。しかし山鳥毛に見初められた御陰を持ちまして、戦後最大の荒魂災害に際し、経験を買われ都民に都政を付託されることとなりました。折神御本家とはよく相談の上、事に当たりたいと思っています」

「左様か。折神の当代はあまりに心優しき故、果断さに欠ける。努めて支えるが良かろう」

「はい。肝に銘じまして」

 政治家は利権に群がるが、金が欲しくてたまらぬ人種ではない。利権を得ることによる発言権こそが彼らの求める者である。早い話が権勢を欲するのだ。

 宗像外相、高祖都知事、共に思う所の名誉を求めているのであろう。そしてそれは何れも、折神朱音と利害の一致するものであった。

「お二人とも、今後とも何卒お引き立てのほどを」

「こちらこそ、よろしく頼む。まだまだ交渉材料が足りない。それを持っているのは君だよ、朱音君」

「しっかりなさい。貴方は折神御本家。私を導く立場でしょう」

「い、いえ、私などはお二人よりも二回り以上年下の若造で…この後も変わらず、ご指導ご鞭撻、どうかお願いいたします」

 深々と朱音は、頭を垂れる。

 

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