刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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伍箇伝の娘 その4

「本当なのですか、沙耶香さん」

「はい」

 高津雪那には娘が居る。知ってはいたが面識はなかった。

「おそらくその刀使は高津、刹那(たかつ・せつな)だ。今年から中等部入りの筈だ。雪那の実の娘なんだから、似ていて当然だろう」

「その刹那さんが、母である雪那さんを斬ろうとしたと」

「…はい」

 沙耶香には嘘がつけない。

 包み隠さず話すより他にはなかった。

「…裏目に出てしまいました。このようなことになるなんて」

 折神朱音が肩を落とす。

「ご家族に連絡するように命じたのは私なのです。沙耶香さんを大変な目に合わせてしまいました」

「局長は悪くない!」

 本当に頭を下げられそうだったから沙耶香は慌てて言った。

「…局長は、悪くない、です」

 

(裏切り者。殺してやる)

(その女の前でお前を斬ってやる)

(誰が許しても私は許さない。裏切り者は必ず斬る)

 

 あの時のあの刀使――高津刹那の言葉が蘇る。

 母である雪那のことを、娘が呼ぶなら母さん、であるとかお母さまとかママとか、色々あるだろう。

 でも刹那は、「あの女」と呼んでいた。「裏切り者」とも。

(ああ、そうか)

 沙耶香には分かってしまった。

 高津刹那は師、雪那の実の娘。

 人類を裏切り、大荒魂タギツヒメに与した裏切り者、高津雪那の。

 どんな目で刹那を、刀使たちは見たであろうか。

 母を継ぐ刀使たらんと伍箇伝の門を叩いた刹那は、己をどう見たであろうか。

 雪那が夢を、理想を託した弟子たる己を。その師雪那を見限って舞草に与した己、糸見沙耶香を。

(そうだったんだ)

 大荒魂に与した師、雪那の評判は当然、舞草の中では散々であった。舞草に与した沙耶香は当然ながら、直接にそれを聞いて来ていた。だからと言って何も言えなかった。師が裏切り者なら己もその師の裏切り者。

 雪那にノロを注入されかけ、逃げ出したところを舞衣たちが保護した、という経歴は嘘でも何でもなく、今や沙耶香を知る誰もが知るところである。だから皆沙耶香には同情的だった。それは、「高津雪那の被害者」であるから。もし被害者であることを止めて師を庇ったりしたらどうなっていたろう。

 舞衣や可奈美は分かってくれるかも知れないけれど、それによって舞衣や可奈美も変な目で見られはしないか。何か言われたりしないか。

 そう思うと、師のことを悪く言うななどと口に出せなかった。師の立場を上手く弁護するような口先も、持ち合わせていなかった。だから黙っていた。ただそうしていた。

 後々これが夜行刀使の如き事件を引き起こしたりするのだが――

(刹那は――先生の実の娘は今までどんな気持ちで過ごしてきたんだろう)

 己と同じような思いをしていたのか。

 もしそうであるなら、実母斬殺に及ぼうとした刹那の気持ちは、分からなくもない。沙耶香だって一時期は、先生のことを悲しい人だって思っていたことがあるから。

 舞草に居た沙耶香は黙っていた。制服からして錬府に居ただろう刹那はどうだったのだろうか。

(分からない)

 どう思っていたのか知りたい。そう思った。

「…高津、刹那に会いたい」

 ぽつりと沙耶香は言った。

「話を、聞いてみたい」

「分かりました。沙耶香さん」

 こう言った時の折神朱音を、舞衣みたいだと沙耶香は思った。

「この度は、この折神朱音の落ち度です。そのくらいのことは手配させて下さい」

 この夜、結局とうとう、朱音は沙耶香に頭を下げた。

 

***

 

 この夜の記憶は混濁していて、断片的にしか記憶が無いようだと、雪那の主治医より連絡があったそうだ。娘、刹那や弟子沙耶香が現れたことは憶えていても、仔細は分からない。

「昨日、夢を見たね」

「ええ、見ました」

 急を聞いて病院に駆け付けた相楽結月(そうらく・ゆずき)副局長は、こんな入り方をして、雪菜から状況を聞き出したらしい。

 雪那にとって昨日の出来事は、よく覚えている夢、くらいの感覚のようであった。しかしその夢には、在り得るべからざる登場人物の名が現れていた。

「あのコが出て来る夢です」

 そう言って、片時も離さぬ水神切兼光を愛おし気に、その指先で触れる。

 影に日に、その御刀で雪那を守護していた皐月夜見(さつき・よみ)。彼女は今やこの世の存在ではない筈であった。

 行方不明のままなのは遺体が発見されていない為であり、彼女の遺体が霞ヶ関魔城の内にある限りは、回収がされる可能性はほぼゼロであった。よって関係者は限りなく殉死したも同じと認識していた。高津雪那も例外では無いであろう。

「何か言っていたか」

「憶えていません。ただ、どうしても返ってこれなさそうだから、迎えに行ってあげなければと思って」

「それで、どうした」

「兼光が導いてくれるような気がしました。だから、そっちの方へと…」

「皐月夜見には会えたか」

「…憶えていません。でも先輩、どうしてそんな質問を?」

 高津雪那は未だに、錬府学長の身分を留保されていた。

 療養中であり、事情聴取もそれに伴う捜査も出来ないと対外的には説明がなされていたが、実際のところは異なる。

 高津雪那の錬府学長解任が、非常に難しいことになっているからである。

 舞草側からは想像も付かないが、雪那への錬府生徒の信望は、もはや忠誠心と言っても良いものであった。これは卒業生であっても変わりない。控えめに言っても、伍箇伝で最も、生徒の信を勝ち得た学長と言えよう。

 指揮官先頭を地で行く雪那は、決して刀使たちだけを危険な現場に行かせることをしなかった。危険な出動では、必ず自らが前線指揮を執ったのである。

「紫様のお役に立つのだ!」

 この号令の許、自身が荒魂の爪牙に掛かりかけたこともあれば、負傷した生徒を自ら背負いながら撤退戦を指揮したこともある。記録にある例外に折神紫追跡戦があるが、この時ですら作戦対象の紫よりよほど危険と思われる禍神タギツヒメの傍らに控えていた。タギツヒメにはもっぱら自らのみが会い、生徒たちとの接触は出来得る限り避けさせていた。

 舞草一党から見た悪の女幹部は錬府生徒にとって憧れの女王であり、皐月夜見のみならず彼女に心酔する多くの生徒が、他の女王を頂くことを拒絶していた。高津雪那を学長から降ろすなら折神邸に斬り込むと息巻く職員生徒も少なくないという。

 雪那がタギツヒメに付いた際、ほぼ全ての生徒がそれに追従し人類に敵対した錬府である。雪那を降ろせば確実に騒動になり、伍箇伝全校に連鎖する。伍箇伝解体論が声高に取り沙汰される昨今、そうなればようやっと築きかけた朱音悲願の幽世への懸け橋は瓦解しよう。

 かと言って無罪放免では、政府も世間も黙ってはいない。難しい対応を、朱音は迫られていた。

「沙耶香さんと刹那さんのことは憶えていたのでしょうか」

「夢に現れた、とは言っていたが何をしていたのかまでは憶えていないそうだ」

「そうですか」

 相楽副局長の言葉に、朱音は胸を撫でおろす。我が子に殺されかけるなど想像したくもない。文字通りの悪夢だ。

 

*** 

 

「子を成し、血を残せ」

 言われた通りにした。

 許より、見合い写真なら親元から山ほど送り付けられてきていた。紫様以外なら、誰であっても同じだ。その内の一人を見繕い、子を作った。

「よくやった。さらに励め」

 そう紫様からお褒めの言葉を頂いた。思えばあれは紫様ではなく紫様に取り憑いたタギツヒメだったのだが、知らなかった。

 高津、雪那の一字を送り、娘を刹那と名付けた。

「きっと立派な刀使になって、紫さまをお助けするのですよ」

 産まれた娘にかけた最初の言葉がそれであった。母は紫様の役には立てなかった。だからその分、お前がそれをするのだ。母の過ちは矯め、及ばざるは補い、完璧な刀使として今度こそ、母に成り代わって――

 だけど、そんなに上手くいくはずもない。許より才無き母の娘。

 刹那を見初める御刀は何時まで経っても現れなかった。我が村正もあのコにはそっぽを向いた。あのコは落ちこぼれだった。私と同じに――

 努力は、しているのだろう。

 それが実にならぬ。昔日の己の姿と重なった。ただ紫様の足を引っ張るだけだった己の姿。

(このような有様を紫様のお目に入れるわけには…)

 親子二代でこのざまかと思い悩んでいた雪那の許に、糸見沙耶香が現れたのはそのような時のことであった。己の足らぬ、欲する全てを持ち合わせ世に現れた天才刀使は、雪那を魅了し熱狂させた。かつての佩刀、妙法村正が沙耶香を主と認めたことも、それに拍車をかけた。

(これを育て上げ、紫様を守り参らせるのだ。かつてそれが出来なかった私の代わりに――)

 雪那は全てを忘れ、沙耶香に全てを注ぎ込んだ。

 全てをだ。

 忘れた中には実の娘、刹那のことも含まれていた。刹那に注がれるはずの、母子の情も――

 

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