刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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令和御前試合 その5

 話したい事が沢山あり過ぎた。言葉は大渋滞して、簡単に出てきそうにない。

「美濃関学園主席代表、おめでとう。舞衣」

「ありがとう。沙耶香ちゃんも、代表選出おめでとう」

 御前試合本戦、開催日。

 ぞくぞくと開催地鎌倉、折神家本邸に集った刀使たちの中、互いの姿を探し当てた柳瀬舞衣と糸見沙耶香は、先ず言おうと思っていたそれだけを言った。

「錬府は代表、出せないかもしれないって言う人も居たから、心配していたの。けどよかった。そんなことはなかったのね」

「うん」

 実際は曲折があった。混迷の続く錬府女学院では予選は行われず、自薦他薦での代表選考となった。

 毎月マンスリー討伐スコアを益子薫と競い合う錬府のスーパーエース、七之里呼吹に次いで推されたのが播つぐみだった。

 特殊希少金属研究の若きホープにして、直新陰流を遣って無類の達者。文武両道を地で行くこの播つぐみ、会って見れば細面のスレンダー美少女で、一体どれ程神に偏愛されているのかと呆れる程である。暫く話してみると大抵は、やはり神は平等だったと考えを改めることになるのだが…

「都の荒魂災厄対策室に出向も決まりましたし、予選に出ている暇は…」

「ヘリを出してもらう」

「と、いいましても本戦でうっかり勝ってしまうと足止めされますし…」

 ああ言えばこう言う。つぐみとの付き合いが長い沙耶香でなくとも、全くやる気がないことは分かるだろう。関東大災厄後初となる御前試合には、かつてないほど多くの刀使が参加を希望しているのに、つぐみはそのつもりがないようであった。

 昨年度選手権者の沙耶香は、本年度参加の枠は無いと考えていた。錬府の職員生徒にとっては己は裏切り者であるからだ。予選があれば実力で本戦に進むことも出来たろうが、再建の目途も付かない今年の錬府に、その余力はない。

「そうだ。あの方はどうでしょう。今年中等部に入った、学長の娘さん」

 高津刹那の名が、ここで上がってきた。

 刹那を推す声は特に、生徒の中で高かった。高津雪那学長の娘というだけで、学校ではこのような扱いを受ける。もちろん、未遂に終わった母親殺しの件は、沙耶香と特祭隊中枢しか知らぬ事である。

「皆噂していますよ。彼女の一刀流は学長の現役時代に生き写しだって」

「知ってる」

 いい考えだと思った。

 娘の刹那が自身の不在に、錬府の為に奮闘していたと知れば先生はきっと驚き、刹那を見直すだろう。

「じゃあ、お願い」

「え? 何をですか?」

「刹那を推薦しておいて。でないと、代表はつぐみ」

「…へ…?」

 かくて播つぐみは、錬府に戻れぬ沙耶香に代わり、高津刹那の錬府代表選出に尽力することとなった。つぐみの労苦の結果が、今ここに居る。

「あなたが、高津刹那さん?」

「…」

 高津刹那は無言で、そうだとも違うとも言わない。

 高津学長の娘ということであれば、沙耶香に裏切りをそそのかした舞衣に、良い印象があろう筈もないかと目を伏せる舞衣に、

「…いつも師が世話になっている」

 とそれのみ、ぼそりと刹那は告げた。

「…師?」

「剣を、教えてる」

「沙耶香ちゃんが…?」

「舞衣が戻ってくるまで、色々あった。話したい事沢山」

「私も。沙耶香ちゃんに話したい事、沢山あって。とりあえず、紹介するね。羽島七奈ちゃん。私の後輩で、羽島学長の一人娘。それに私の絵の先生なの」

「ええと、羽島七奈(はしま・なな)です。母がお世話になってます」

「…絵?」

 美濃関学長の娘、というところよりそこが引っかかる。絵、というのはあのスケッチとか油彩とかのあの絵なのか。先生というのは、それを舞衣に教えている?

「舞衣が? 絵を?」

「ええ」

「…どうして?」

「それは…試合までのお楽しみ」

「ですね!」

 沙耶香の問いに、舞衣は傍らの七奈と、微笑み合う。

 分からない。

 この口ぶりだと、御前試合と絵に、何か相関があるように聞こえる。だけどどんな関係があるのか、沙耶香には分からない。

「すぐに分かるわ」

 そんな沙耶香に、弟子、刹那が短く言った。

「柳瀬舞衣。あなたの一回戦の相手は、私だもの」

 美濃関学園主席代表、柳瀬舞衣。

 錬府女学園主席代表、高津刹那。

 トーナメント表の一番下に、二人の組み合わせが並んでいた。

 

***

 

 ここまでの名手が一堂に会するのは、大きな作戦でもない限り、珍しい。

 柳瀬舞衣と糸見沙耶香のように、久方の再開を喜び合う各校代表に混じって、それどころじゃあない者も居た。

「よりにもよって沙耶香かよ。相性最悪じゃねーか。…ま、早く終わっからいいけどよ」

 長船女学園代表、益子薫vs錬府女学院代表、糸見沙耶香のカードは第三試合にクレジットされていた。

 素早い、伍箇伝最高に素早すぎる沙耶香相手に、大振りの野太刀示現流は分が悪いことは明らかで、しかし誰の目にも明らかということは、一刻も早くサボりたい益子薫にとって幸運かも知れない。

「薫さん、相変わらずコスパ悪いですねぇ」

「ああ? 今のセリフのどこら辺にコスパの悪さがあるんだよ。チャンバラ大会なんざさっさとフケて熱海あたりでのんびりした方がいいだろ」

「そう考えそうなのは皆さんお見通しですので。そうなったら学長先生から怒鳴られた上でもっと厄介な仕事を押し付けられるにきまっています」

「ならどうすりゃあ、いいんだよ」

「適当に戦って、適当な成績を残して地味に退場するですよ。そうすれば残念惜しかったで怒られず、それで次は他のコに任せようってなるから一石二鳥」

「成程その手があったか。お前頭いいな」

「成程、じゃねーデース」

 新田弘名は安桜美炎と一回戦を戦う。勝敗は兎も角、熱戦製造マシーンの美炎相手にどう足掻いてもコスパ云々が出来る試合には成らないであろう。

(今一つ不明なヒロヒロの実力を見るのに丁度いい相手デス。渡りにフネ)

 長船のナンバー3、舞草の同志でもあったこの娘も、実は古波蔵エレンのミッション・ターゲットとなっていた。

 元来舞草は反折神家の寄り合い所帯、強大すぎる御本家に対し敵の敵は味方の精神でやってきたところがある。決して一枚岩ではないのだ。伍箇伝創設以前より存在する会津若松の名門、日高見家は舞草最右派、荒魂殲滅に手段を択ばぬ過激思想で、多くの刀使の支持を得ていた。

 荒魂との共存を模索する折神朱音とは、もちろん相容れぬ存在である。そしてこの新田弘名、どうもその日高見派と接点があるようなのだ。

 それがどの程度の接点であるのか、その接点を用いて日高見一派が何を成そうとしているのか、内偵するのがエレンと薫の任の一つである。

 任の一つ、というからには任は一つきりではない。

 さらなる任の一つ、はエレンの一回戦の相手であった。

 相楽瞑(そうらく・めい)、とは相楽結月、綾小路武芸学舎学長兼任特殊刀剣類管理局副局長の一人娘の名である筈である。

(同姓同名、と思いたいデスが…)

 相楽結月はあの年の瀬の災厄でタギツヒメに与し、冥加刀使の開発に携わった人物である。その一人娘の瞑もまた刀使であったが、ノロの人体投与の被験者第一号に志願し、そのまま帰らぬ人となった筈であった。冥加刀使の冥は、その名に因んでいると云う。

 もし同姓同名であるならば良し。相楽瞑を騙る別人であるなら、それを送り込んだ相楽結月の意図は何か。或いはもし瞑がその名の通りの本人であるなら、死した筈の結月の娘が何故に令和の世に彷徨い出たのか。

(戦ってみれば分かる、になればいいのデスが)

 それだけではない。

 その相楽学長と同じく荒魂に与した錬府女学院の選手筆頭、七之里呼吹の相手がまだ不明なままなのである。

(錬府の推薦枠は糸見沙耶香。綾小路の推薦枠は内里歩。美濃関と平城はカナミンとヒヨヒヨ…)

 長船推薦枠は新田弘名であるから、残りの一枠は折神本家の推薦枠であった。

 しかし予選当日のこの時点で不明とは、一体何者が?

 伍箇伝創立史上最大規模の御前試合は、史上最大にミステリアスな大会となりつつあった。

 

***

 

 令和初年度御前試合は例年通り三日の日程が組まれた。

 これは即ち、伍箇伝最精鋭が三日余り前線から離れると言うことであり、当然日程への異論はあった。極論ワンデイ・トーナメントとして翌日いち早く代表選手を前線に戻すプランも検討された。

 三日開催に拘ったのは他ならぬ折神紫である。「写シが張れなくなった方の敗北」という限りなく実戦に近いルールは当然ながら選手に深いダメージを残す為、

どうあっても疲労を抜くための時間が必要となる。

 新ルールに期するところが、紫には大いにあった。来たるべき大荒魂との決戦に、人類防衛を成し得るのは剣対剣に優れた刀使のみであり、これの錬成は喫緊であった。

 紫は全試合の主審を自ら行うことと定めていた。間違いなく開催史上最も危険な御前試合で選手の安全を守り得るのは紫のみあるし、万一の責を負いうるのもまた、紫のみである。

 これは事前に関係者に達せられていたが、やはり現実となってみると、目を疑う光景である。昨年までは本邸望楼の最上席に坐して、試合を眺めていたのだ。

「折神御本家名代として訓示する」

 去年、紫が座っていた特別席には、妹、折神朱音が坐している。紫は現本家折神朱音の名代であった。

「本年度御前試合は伍箇伝各校三名代表制を採用しており、これにより伍箇伝開校以来最大の開催規模となった。ここに在る選手は各校の主軸であり、各校の担当区域には当然ながら、相応の負荷が掛かっている」

 現在の紫には前の折神本家という以外、特段の役職が無い。しかし伍箇伝創立から去年に至るまで、恐らく史上最長の期間、折神本家と呼ばれた人間であった。ここに居る誰もが、今や本家では無くなった紫に違和感を懐いているだろう。いや紫こそは真の本家と思っている人間も、居るやも知れなかった。

「それを推して諸君を本家に召集した理由は一重に、来たるべき外次元敵対生物、即ち大荒魂との決戦に備える為である。諸君ら刀使が太刀付けるより他大荒魂に傷を負わせることは出来ず、それを成すのは諸君の日々の修練を於いてより他にない。大荒魂の齎す大破壊に抗い得るのは、諸君の錬磨の御刀のみである」

 いつの間にか、会場となった折神本邸正面広場は静寂に包まれている。

 刃のような静寂であった。

 音が無いのではない。招かれた報道陣はカメラを回しているし、シャッターを下ろしている。空には複数のドローン、それにヘリまで飛んでいる。

 しかしそれらの音は、耳に入ってこない。紫の声のみが聞こえてくる。

 極限の集中状態が、ここに居る刀使の誰もに訪れていた。

「本大会は、伍箇伝生徒諸君の剣術刀技の精華であり、即ち人類の現在保有する防衛力そのものである。試合は試し合うと表記するが、本試合で試されるのは人類の興廃と知れ。選手諸君の奮励努力に、期待する」

 ここまでをマイクも無しの声量で全会場に届けた紫はおもむろに、両腰に帯びた御刀を抜き放つ。

 右の大包平。

 左の童子切安綱。

 言わずと知れた折神本家伝家の宝刀、神の骨ともされる御刀に於いて最も重要とされる二振りが、それぞれ東西を指し示す。

 

「西、平城学館主席代表、岩倉早苗」

「東、綾小路武芸学舎主席代表、木寅ミルヤ」

 

 令和元年度御前試合、記念すべき第一試合の組み合わせだった。

 

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