東席側より現れた木寅ミルヤはおもむろに挙手した。
「主審に進言します」
両選手正面に招かれ、開始の和太鼓が鳴るのを待つばかりの時である。
「許可する」
「有難うございます。この試合ですが、四対四の集団戦への変更は可能でしょうか」
この声は応援席まで聞こえた。ざわめきが広がる。
四対四の集団戦闘訓練は、刀使達が日常的に行っているものだ。実地に於いても四人で隊伍を組むことが多く、特祭隊の隊構成単位とも言えるだろう。それより人数が増えたなら四人隊+四人隊で八人隊、八人隊を二つで八八隊と、何処まで行っても四人が単位となっている。
「本御前試合の訓練目的は一対一の技量確認である」
「存じています。しかしこの木寅ミルヤも岩倉早苗も、集団戦の指揮を執ることが多い傾向にあります。実地で我々が一対一での戦闘を行っていた場合、既に作戦は失敗しているものと考えられます」
「一対一での決戦討伐が生起せぬとは言い切れまい」
「四対四に於いても、訓練の進行次第で一対一となることはあります。それに御前試合に選抜された者以外にも、優れた刀使は多い。四名づつ計八名の刀使に御前試合の大舞台を、経験させる意義はあるかと」
「ふむ。一理を認める。許可しよう。全責任は私が取る」
躊躇、したのかもしれないがだとしても全くそれを感じさせず、紫は即決した。
折神家本邸にどよめきが広がった、とりわけ大会執行を担う特別席の辺りに。
「メガホン! メガホン有るか!」
特別席では真庭紗南特祭隊司令が半塲錯乱していたが、もちろん文句を言うためのメガホンの備え付けなどあろう筈がない。大体携帯端末を使用すれば済むことであろう。
「木寅ミルヤ、並びに岩倉早苗。選手以外より自軍を指名せよ。但し、三対三までだ」
三対三の訓練は専ら写シが行える者が揃わない中等部で行われる初心者向けで、伍箇伝各校何れも取り入れている。東西一名づつ、計二名演習の参加刀使が減り、その分刀使たちの負担も審判の負担も減る。
「お許し頂き有難うございます、紫様。では先ず、山城由依を」
綾小路の代表選手団に、この名が無いのは早苗には意外だった。誰もがそう感じているだろう。腰間の大剣蛍丸は益子薫の弥々切丸に次ぐ刃渡り質量を有しており、その破壊力は推して知るべし。剣対剣に於いてはずば抜けたスピードこそ無いが確実で無駄がない意外にも実力派である。綾小路の刀使として当代誰を思い浮かべるかと問われれば、燕結芽は別格として先ずこの由依の名が挙がるだろう。
「頼めますか、山城由依」
「もちろんですともミルヤさん! ミルヤさんの頼みとあらば例え火の中水の中!」
山城由依、実力派と名高い刀使ではあるが、それ以上に「女好き」が有名だ。
女好き、とは文字通りの女好きである。刀使である由衣は当然女性であったが、にもかかわらず女のコが好きなのだ。ジェンダーフリーなのである。伍箇伝発祥以来、女子更衣室に潜んで防犯ベルを鳴らされた女の子は多分由依くらいであろう。かく言う早苗も、お近づきの印と称して下げ緒の交換を迫られたことがある。あの時はやぶさかでなく思っていたのに、
「誓って変なことには使いませんから!」
などとことさらに言うものだから、返って変な使い方をされそうな気がしてきて断ってしまった――
それはさておき。
三名指定と言われながら、木寅ミルヤは三人目を指名しようとしない。
(これは、あれかな…)
こちらが一人目を指名するのを待っているのか。
だとしたらミルヤの意図は何だろう。
そもそも三対三を持ちかけて来たのはミルヤだ。屈指の戦闘知能と戦闘経験を持ち、特祭隊最高の呼び声高い討伐指揮官が無思慮であるとは思えない。カードを一枚オープンし、こちらの出方を見ていると言ったところだろう。
では、カードとしての山城由衣はどうだろう。
刀使としての由衣は前出の通りの堅実な大剣遣いだ。女好き、などと言われながらも身内に難病の妹を抱え、医療費稼ぎの為積極的に危険な任務に手を上げる面もある。
彼女の示現流は薩摩伝の、よく知られるところの薩南系示現流諸派ではなく、どうも京都伝なのではないかと、早苗は見ている。示現流は当初自顕流と表記され、流祖東郷重位(とうごう・しげたか)は京の慈念和尚よりこれを学び、示現流と改め世に広めたのだ。示現流のルーツは京なのである。示現流に特徴的な蜻蛉の構えを由衣は用いない。だがやはり大太刀の取り回しに非常に長けるのは確かで、当人の名乗る示現流が嘘でない限り、こういうことではないかという辻褄合わせを早苗はしていた。
伍箇伝生徒としてなら、由衣はミルヤと同じ綾小路武芸学舎の刀使である。つまりミルヤは同校の生徒を自隊に指名したことになるのだ。
(わりと謎な流派を遣う、代表になっていない後輩、ってことなら…)
乗ってあげる。こっちのオープンするカードは…
「じゃあ、こちらは六角清香さん」
「ふえ!?」
「御刀、持ってきてるよね?」
「ええええええ!?」
清香は早苗たち平城選手団に同行して折神本家に来ていた。当人は赤羽刀調査隊仲間の応援兼見取り稽古と言っていたから、試合参加は寝耳に水であろう。早苗自身、御前試合で三対三なんて思っても見なかったから当然だ。
そして同じく、三人目は指名しない。
ミルヤと同じく自校の生徒を一名だけ指名と、提示した指名の法則に乗ってきた形だ。
ここでミルヤが三人目に自校選手を指名するなら、これは綾小路VS平城の集団戦闘訓練ということになる。そうなれば早苗は、やはり自校平城の選手の誰かを指名しようと考えていた。
自校以外の選手を指名するようであれば、これはミルヤの作戦であるとみるべきだ。木寅ミルヤは真庭念流を遣い、要所要所で自身の実休光忠で成果を上げている凡庸とはかけ離れた刀使だが、それ以上に戦闘指揮に秀いで、作戦立案にも一家言ある頭脳派である。
これは、挑戦状であった。
木寅ミルヤは、早苗に知恵比べを挑んできたのである。
個人の試合以上に、勝利して後に戦うことを求められる集団戦闘で、戦闘開始以前の勝利を手に入れるべく、ミルヤと早苗は知恵を巡らせている。
仕合は既に、始まっていた。
「では三人目は、伊波栖羽(いなみ・すう)を」
「うえ!?」
「伊南栖羽は居るか。御刀を装備して木寅チームに加われ」
「えええ? 何言ってるんですか怖いんですけど! 私なんて私史上御前試合出場経験どころか予選一回戦も怪しい幽霊刀使なんですけど!」
「大丈夫ですよ伊南さん、この山城由依が守ってあげますから! 私から離れないでくださいね、ピッタリと!」
「かっ身体目当てだ!」
ミルヤ陣営で始まっている何かのやり取りはさておき、伊波栖羽は綾小路ではなく錬府の刀使である。つまりここで、綾小路VS平城という図式は崩れた。ミルヤは自身の戦術に必要なユニットとして伊南栖羽を指名したということになる。
「急すぎますよぅ」
「それは私もそう思うよ」
恨めしそうに蓮華不動輝弘を携えて来た清香に頭を下げつつ、早苗はユニットとしての伊波栖羽を思い浮かべる。
御前試合で見るべき成績を残したことはない。現場に出ればそれなりに頼られており、中等部としては経験を積んでいるが、剣対剣にあっては中等部相応。
しかしそれは、写シを剥がせば終わりという、前回までの御前試合予選のルールの上でのことだ。伊南栖羽という刀使で特筆すべきは、写シの展張回数である。写シを展張時間は高等部の平均を大きく上回る上、ダメージを受けて写シが剥離したとしても、即座に張りなおすことが出来る。記録にある七回という数字は、第一先代型S装備を装着した刀使にも匹敵するものだ。七生報国という言葉があるが、伊波栖羽は七度死んでも蘇る、七生の刀使なのである。
これを投入する以上、ミルヤはチームの被弾を見越していると思われる。
(心当たり…ある気がする)
一指しの太刀への備え、と考えるべきだろう。栖羽の相手は、早苗なのだ。
(十条さん以外の人に見られるのはまだ、抵抗あるんだけど)
予選で見せてしまったし、それは今更、なのかも知れない。
「岩倉。三人目を指名しろ」
「…三人目は…」
早苗は首を巡らせる。
ミルヤの作戦は明らかだ。早苗の一指しの太刀でのダメージを吸収しつつ、反撃で削り取るつもりなのだろう。マークされたとして、簡単に排除できるほど、今の栖羽は弱くない。あの朝比奈北斗の猛稽古に付き合わされているのは平城でも有名だ。
手こずっていたら、ミルヤに由衣という平素より現場を共にしている綾小路コンビを大暴れさせてしまう。
では、どうするべきか。
(選手以外で、ここに居る刀使…)
各校から応援に来ている刀使の他にも、本邸詰めの非番の刀使たちも大勢詰めかけている。警衛大のOGたちの姿も見えた。
指名されるのではないかと緊張している顔もある。
我こそはと目を輝かせている顔もある。
彼女たちの中から、三人目を定めなければならない。
「ええと…じゃあそこの君!」
「へ?」
「うん。君。名前は?」
「美濃関学園中等部一年、羽島七奈、ですけど…」
早苗が指名したのは、柳瀬舞衣の隣に立っていた、刀使としてさして名が知られているとも思えない、羽島江麻美濃関学長の娘で舞衣の絵の先生であった。
「御前試合デビューね」
どうしよう、と顧みると、弟子で先輩の舞衣は、七奈に頷き返した。
「みんなを驚かせて来よう」
舞衣の傍らの沙耶香は、舞衣の様子に少なからず驚く。思いの他、自信有り気であったからだ。
(七奈ちゃんの事を知っている? それとも知らないのかな。どっちにしろ、お目が高いよ、早苗さん)
二コ、と笑みを放つ舞衣に対し、同じ笑みで、真っ向から早苗が応じる。
(平城で試合した時みたいね、柳瀬さん)
あの時、二人は御刀を抜き合わせて微笑み合った。
今、早苗は同じ笑みで、舞衣が師と呼ぶ羽島七奈を、味方に迎えようとしている。
「水心子正秀(すいしんし・まさひで)か」
「はい。携えていくようにと母から言われました」
江戸後期と、比較的近世に銘の打たれた正秀は大慶直胤(たいけいなおたね)、源清磨(みなもとのきよまろ)と並び江戸三作と呼ばれ名を馳せた名剣であった。
生半可な刀使に扱える代物ではない。木寅ミルヤが知る限り、正秀を手にする刀使には傾向がある。武才に加え文才豊かな刀使たちのみが、この御刀の来歴には記されている。水心子正秀は文武両道を要求するのだ。
(ならばこの羽島七奈も、高い戦闘知能を有している筈)
ミルヤも折神紫も等しく、そう見立てた。
(討伐指揮適性は高いと考えられるが…)
討伐指揮ならば、今や伍箇伝三哲の一人に数えられる刀使が、七奈と同じチームに居る。一人はミルヤ、一人は美濃関の柳瀬舞衣、そして平城の岩倉早苗――
(船頭多くして船山に上るの故事を、岩倉早苗が知らぬわけがない。三人のチームに二名の指揮官を配する意図はなんだ?)
不明である。
どちらにしろ、ミルヤのやることは変わらない。
(一指しの太刀、あれを封じなければ何も始まらない)
平城の予選の映像を見て、確信した。もし岩倉早苗とトーナメントでぶつかった場合、あの秘剣が攻防のカギを握る。封じれば勝利。損なえば敗北。
ミルヤは簡潔な方針を立てていた。あれから身を守る術はない。デフフェンスに優れた六角清香ですら成す術のなかったあれが、一度放たれれば防御は不可能。唯一の希望は刃圏の内に留まっての超接近戦であるが、それは賭けだ。早苗は奇しくもミルヤの同門、真庭念流であり、手の内は互いに知り尽くしている上、早苗は鹿島神道流にも通暁しており、引き出しは多いと考えられる。
一対一で早苗に勝利することは難しいだろうとミルヤは結論していた。その上で、打てる限りの手を、ミルヤは打ったのである。
(成算があったとはいえ、三対三に持ち込めたのは幸いでした。ああ言えば恐らく紫様はお許しになる。しかし、これでやっと五分の土俵に登ったに過ぎません)
御前試合初日のトーナメント発表で早くも早苗と激突することを知ったミルヤは即座に作戦を立てた。先ずは集団戦に持ち込む。恐らくは現御本家の折神朱音や特祭隊司令の真庭紗南に持っていたところでこの話は通らない。現場で主審の折神紫に持ち掛けて初めて話になるし、朱音様や馬庭司令の制止も入らない。
その上で早苗のマークに適切な人物を居合わせた刀使から見繕い、あとは呼吸のあったメンバーで固める。三対三になってしまいはしたが、止むを得まい。
ここまでのことを、トーナメント表発表から第一試合開始の数十分で、木寅ミルヤは立案し、実行したのである。
伍箇伝現役最高の討伐指揮官の看板に偽りない作戦能力であった。
「両隊東西」
紫が告げ、早苗隊は大包平の指す西陣側へ、ミルヤ隊は童子切安綱の指す東陣側へと一度下がる。
「木寅隊用意ヨシ!」
「岩倉隊用意ヨシ!」
中央の開始線から始まる個人戦とは違い、集団戦の屋内訓練は両陣スタートが常であった。作戦の申し合わせをするなら限られたこの時間しかない。これもまた、訓練の内である。
「状況開始!」
「伊波栖羽! 行け!」
「はっはいいい!」
紫の掛かれの号令と共に、いささか間の抜けた応答と共に栖羽が一直線に飛び出す。目標はミルヤの下知通り、岩倉早苗であった。
「山城由依続け!」
「はーい! 今行くね栖羽ちゃーん!」
「いつの間にか親し気!?」
どさまぎに、色々な意味で色んなところの距離を縮める山城由衣。そんな彼女の言行は、何だかんだ言って、咎められられることなく許されている。
由依はこう見えて、相手が嫌がる一線というのがはっきり見えているようなのだ。由衣自身が生来病床の妹を世話しながら育ってきており、語弊を恐れず言うなら、女慣れしていることもあるであろう。
戦場、を含む鉄火場に、ユーモアのセンスが求められる不思議は世界各国の特殊部隊が採用マニュアルに記するほどのリアルであり、由依のそうしたギリギリのギリで度を過ぎない愛嬌は現場を救っていると思われる。
武道の心境には空が求められるが、空に最も近い人の心は喜怒哀楽の楽であり、次いで喜であるという。心を軽くしてくれる由依の前向きな振舞いは、現場で討伐が機能する上で、掛け替えのないものなのだ。
「行こう、六角さん!」
「はい!」
一方の早苗は――清香と共に自ら応じた。
攻めかかった栖羽と由依に対し、清香を引き連れ二対二で相対したのである。
(む…)
完全にミルヤが企図した形となっていた。中長距離を踏み込んで突く一指しの太刀は乱戦向きではない上、突き技故に隙も大きい。一人が斬られても、もう一人で斬れる可能性は高い。そうして早苗を脱落させたなら、早苗のチームは、防御特化の清香と未知数とはいえ中一の七奈のみとなり、攻撃力は激減する。
理想通りに行けば、斬られ役は栖羽だ。しかし、栖羽はすぐに写シを張り直して戦線復帰する。
(だが岩倉早苗。貴方はそうはいかないでしょう?)
理想通りに行けば、反撃するのは由依の剛剣、蛍丸だ。威力ならば弥々切丸にも迫ろうというこれを受ければ確定で失神コースである。下手をすれば数日は意識が戻らぬだろう。
逆に早苗は、栖羽を斬りに行って蛍丸で反撃を喰らう事態は避けたいはずだ。伍箇伝現役屈指、ミルヤや舞衣に比肩する討伐指揮官の彼女なら、当然この辺りまでは読んで来る。
その上を行く必要が、ミルヤにはあった。
(ここまでは想定通り)
この時、隊伍で言うなら早苗と清香は横隊、所謂一文字に布陣していた。対して栖羽と由依は縦隊、栖羽が前衛、由依が後衛となっている。早苗と清香は同時に攻撃出来るが、攻撃目標に出来るのは栖羽のみ。逆にミルヤ隊は攻撃出来るのは栖羽一人、攻撃目標と成り得るのも栖羽一人であると言える。
異能の刀使、伊波栖羽の打たれ強さを最大限に活かそうというミルヤ隊の布陣に対し、早苗隊は盾となった栖羽を二人掛かりで削り取りに来ていた。
「いくよ六角さん!」
「はい!」
同時に斬り込むと見せて僅かに時間差を付ける、多対一に考案された五月雨斬りである。同時に斬り込んでも相手に下がられてしまえば二人が同時に空振りする。しかしこの僅かな時間差で、もし相手が下がると見たら続く一人がより深く一歩を斬り込むことが出来る。
「今だ! 山城由依!」
「気は進まないけど…」
この時、由依は蛍丸を脇構えに保持していた。
由依がよく実地で見せる、変則の左手前の脇構えである。ここから横凪ぎの鉞刀法は示現流の定法には見られぬものだ。
示現流の刀使として名高い益子薫が袈裟や真直斬りを得意とするのに対し、由依は特徴的に水平斬りを多用する。輪斬り車斬りであった。重力を味方とした斬割ではないため袈裟などと比べ殺傷力は落ちるが、それでも長尺の剛剣蛍丸でそれをやるのだ。加撃範囲は無類、威力は写シを剥ぐ分には十二分。それを――
「下がって!」
三ツ胴を輪切りであった。
何と由依は、味方の栖羽ごと、早苗と清香を薙ぎ払いに行ったのである。
「あう!」
反応のしようが無い筈であった。由依の位置取りは清香と早苗から死角。栖羽の影にすっぽり入っている。
しかし二人は飛び退いた。
指示したのは羽島七奈だ。二人はそれに反応したのだ。
先に太刀を付けに行った清香はそれでも間に合わず、下がったところの小手を、由依の蛍丸に引っ掛けられた。しかし、継ぎ太刀だった早苗は脱出に成功した。
(…なに!?)
木寅ミルヤ会心の、そして苦肉の策であった。
試合前、自陣に下がったミルヤがこれを説明した際、由依も栖羽も当然ながら複雑な顔をした。
「そうしないと勝てない、んだよね」
「はい」
「そんなにヤバいのか、早苗さん。流石は三年連続出場ってとこですね」
「はい。ヤバいです」
「…」
「…」
「…ぷっ」
由衣は唐突に吹き出す。
「くく…ジワる…」
「山城由衣?」
「そんな顔しながら、ヤバいです、なんて言わないでくださいよもう」
「?。危険、脅威と類義に用いられる言葉です。誤用ではないはずですが」
「ヤバいなんて下々の言葉、使わななそうなミルヤさんが言うから可笑しいんですってば」
ミルヤは、憮然とするより他にない。
「…でも、ええ、分かりました。やりますよ」
「ちょ、私の意思は!? 今の話だと私後ろから味方に斬られるんですよね!?」
「大丈夫大丈夫。痛くしないから」
「そりゃ胴体を輪切りにされたら痛み感じる暇もありませんよね!?」
「大丈夫。きっと栖羽ちゃんなら」
「き、急に真顔になってもダメですよう!」
敵を味方ごと斬るという外道。結局栖羽が承諾したのは由依の人徳によるところが大きい。
「この木寅ミルヤ、誓って言います。この類の計を用いるのはこれが最初で最後です。ですから、お願いします伊波枢羽」
本来ならば一指しの太刀を受けた栖羽に対して行う筈の作戦であったが、望外に早苗と清香を同時に討ち取れる好機を得た。そうと見て即座に判断実行するミルヤの決断力は流石と言えるであろう。
しかしこの場には、それに対抗しうる戦闘知能の持ち主が居た。
(羽島、七奈…!)
想定以上だった。
水心子正秀の刀使であり、美濃関学長羽島江麻の娘であることからも、相応の指揮官適性を持つであろうと思ってはいた。しかしまさか、ミルヤ会心の奇計を見破るとは――
(いいや。まだです)
清香は写シが剥がれ、戦線を離脱している。小手を引っ掛けられた程度であるから我慢強い清香なら復帰するだろう。しかしその頃には栖羽も復帰する。振り出しに戻るだけ。栖羽を斬りに行ったらどうなるかを見せて置けば、容易に一指しの太刀を出しては来れなくなる。取り返すことは出来る筈――
「一指しの太刀…!」
「なに!」
ロングレンジからの光芒に貫かれたのは栖羽ではない。
由依だった。
「がっ!」
由依の蛍丸の横凪ぎの刃圏の外、即ち中長距離。
どんぴしゃりの間合いとなっていた。盾となる栖羽は味方の由依に斬られて写シが剥がれ、倒れ伏していた。絶好機を、早苗に与える結果となっていたのである。
「…くっ!」
ここでミルヤは突っ込んだ。
一指しの太刀の隙は大きい。早苗はまだ体制を整えられない。斬り込めぬまでも攻め込める筈。
「…くっ、何の…」
「う!?」
写シは剥がれ、倒れ伏しつつあったが流石は由依。ミルヤの意図は読み取っていた。倒れ伏すなら死なば諸共。由依は早苗に覆いかぶさるように倒れて行ったのである。
早苗も飛び離れようとしたのだが振りほどくには至らず、半身を絡め取られる。
「…ミルヤ、さん…!」
「すまん!」
真っ向から斬り込んで来るミルヤに、早苗も必死で千住院力王を掲げて防ぐ。
「うおおっ!」
「ぐ!」
全体重載せての鉞刀法である。下半身が自由にならない早苗に凌ぎ切れるものではない。太刀で踏みつぶす、とでも言うべきミルヤの真庭念流に、ついには体勢を崩す。
「あう!」
受けたものの支えきれず、喉元を斬り込まれて早苗の写シが飛ぶ。
(これで残るは…)
残るは、中等部一年の羽島七奈のみ。油断は出来ないが、さりとて中一、御刀を手にしたばかりの刀使に伍箇伝でも名の知れた己がそうそう遅れを取る筈がない。大きく勝利を手繰り寄せることが――
「…がっ!」
ミルヤは、我が胸元から突き出た水心子正秀の切っ先を見る。
「…見逃してはくれませんか」
「ミルヤ先輩が斬りに行ったら、私も行く。そう決めてましたから!」
「確かに私と同時でなければその位置は間に合わない。見事です」
後ろに回らず正面に回り、ミルヤをブロックすることも出来た筈である。だが、そうしなかった。羽島七奈は敢えて早苗を守らず、決定的な機会を求めて死角に回り込んだのである。
「凄いよ、羽島さん!」
「早苗さんなら時間を稼いでくれると信じてました!」
この時、清香と栖羽が同時に復帰する。
続いて、ミルヤの下となっていた早苗が復帰した。千住院力王の上から力任せにに圧し斬った為、やはり傷は浅かったのである。
ミルヤは…心臓を一突き。致命傷を受けていた。五分以内での復帰は難しい。一指しの太刀を受けた由依も似たようなものだろう。唯一無事なのは特異な写シを持つ栖羽だけであったが…
「ひいッ! 三対一とは卑怯なりい!」
すっかり戦意を喪失していた。
「投降します」
この時点でミルヤは告げた。
己が斬られた時点で不利ならばこうする。初めから決めていたことだ。
「降参です。我々の敗北です」
「投降を受理しよう」
主審、折神紫がこれを認める。
前代未聞、御前試合本戦初の集団戦は、投降すなわちギブアップという、これも前代未聞の決着を迎えた。
***
「見事でした。何故我が策を見破ったのですか、羽島七奈」
「それは、栖羽先輩と、由依先輩の位置を見てです。蛍丸の射程は把握してたので」
「それにしても、山城由依が横断体制に入ったのはあなた方からは死角で見えなかった筈」
「それは…」
「分かるんだよ、このコには」
岩倉早苗が引き継ぐ。
「前から気になっていたの。最近柳瀬さんが可愛がっている一年生がいるっていうから」
「…柳瀬舞衣?」
七奈の母、羽島江麻学長の正当後継者とも言われ、討伐現場指揮の三哲、「最高」のミルヤ、「最優」の早苗と共に、御前試合の戦績などから「最強」とされる柳瀬舞衣の名はもちろん、知っている。
そしてその羽島学長の一人娘が今年美濃関に入学してきたことも知っている。指揮官適性が高いことも、予測はしていた。
しかし柳瀬舞衣と親しくしていることは知らなかった。
(柳瀬舞衣と羽島学長…この二人の共通点は言わずと知れた明眼、透覚の手練れ)
羽島学長の娘であり、その後継、舞衣の後輩ということであれば、おのずと共通点は思い浮かぶ。
「羽島七奈、貴方は明眼、透覚を?」
「はい! これだけは得意です!」
「成程…しかし岩倉早苗。貴方は何処で羽島七奈の能力情報を得たのです?」
「口コミだよ。たまたま耳に入ってきてたの」
「たまたま…」
そんなわけは無い。
これはたまたま、で片づけて良い問題ではなく、岩倉早苗という討伐指揮官の特質とも云われるものだ。作戦能力に秀で、現場で適切な指示を素早く出せ、かつ鑑定眼という秘儀まで繰り出すミルヤに対し、現場においての早苗が勝るものはない。しかし現場に至るまでのところ、討伐メンバーの選出から始まり適材適所の戦闘配置やメンバーのケアなどにおいては及ばないとミルヤは感じている。
調査隊副長の瀬戸内智恵と、似ていると言えば似ている。
ミルヤが御刀を愛するように、早苗は刀使の仲間たちが大好きなのだ。
だから誰が討伐メンバーになろうと実力を見抜いて引き出そうとするし無理の範囲も見極めが上手い。人当たりがよく聞き上手で、その上困った友達を放って置けない早苗の性分は広い付き合いを産み、これによりミルヤにはないデータを手にしていた。
その結果たまたま柳瀬舞衣の隣に立っていた初対面の刀使をその特徴から羽島江麻学長の娘と見抜き、その特技も聞き及んでいたからメンバーとして選出。自身の武器である戦闘指揮をその初対面に放り投げて任せてしまうに至っては、たまたま、で為し得ることでは有り得なかった。
「完敗です。岩倉早苗」
「勉強になったよ、木寅さん。…ところで」
「はい」
「あの、重いんだけど」
「ああ、これは気付きませんでした。試合は終りましたよ山城由依。いつまでくっついているつもりですか」
「え? 終わった? ホントに? ロスタイムとかは?」
山城由依は試合中圧し掛かったまま、未だに早苗の臍下下半身を両手両足でガッシリホールドしていた。
「離れて下さい。礼があるんですよ」
「でもここいい匂いして…」
「どさまぎに何やってるんですか!」
「あだあ! 分かった離れる離れますぅ!」
この調子であるから、勝者となったとき何時も早苗の胸を刺す、敗者の道を閉ざしたであるとか、敗者を残して己だけが進むであるとかの罪悪感、そういうものは何処かに吹き飛んで、感じずに済んでいた。
(山城さんは、凄いなあ…)
山城由依の赴くところ常に、頬に笑みが光差す。
***
舞衣の絵の師匠は、試合を終え早苗と清香を伴い弟子の許へと凱旋して来た。
「お疲れ様、師匠。御前試合初白星、おめでとう」
「山城さんの優しさに救われました。伊南さんを斬るのに一瞬、躊躇ってくれなければやれれてたと思います…凄い作戦をしますね、流石は伍箇伝最高の現場指揮官、木寅ミルヤ」
「それに勝った師匠は、やっぱり凄いよ」
絵画の師、羽島七奈の奮闘を労った舞衣は、岩倉早苗と再び、視線が合う。
「師匠を貸してくれてありがとう、柳瀬さん。羽島学長の娘さんから、何を習ってるのかな?」
「早苗さんこそ、前見た時より切れが増して来てるよね。あの、一指しの太刀。もうタギツヒメでも躱せないんじゃないかな」
平城と美濃関で、学長の正当後継者、とそれぞれ呼ばれている早苗と舞衣である。討伐指揮官としても、ライバルと見做す者は多い。
「噂には聞いたことが有るよ。美濃関学長の御息女に絵を習ってるって。明眼透覚の刀使修練なら私も選択授業で受けたことが有る。確かそういう見取り稽古、あったよね」
「私まだ中等部だから、受けたことはないけどね」
とぼけている、わけでは無い。中等部で基礎を学んだ後、高等部より受講出来る訓練を受けたことが無いのは本当なのだ。
「私達が試合うのは、決勝」
「それまでの楽しみ、ってことだね」
「舞衣は、決勝には行けない」
これは、今まで推移を見守っていた糸見沙耶香のものである。
「私の弟子が、舞衣を倒すから」
「「…」」
早苗と舞衣は、揃って絶句する。
特に舞衣にとっては、思わぬ言葉であった。続く第二試合、舞衣と戦うのは沙耶香が剣を教えているという高津刹那。
その刹那は、舞衣や早苗にはお構いなしに、つかつかと、我が舞台へと歩んでいた。母が敬愛して止まなかった、折神紫の待つ御前試合の舞台へと。