刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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フー・アーマー その2

 この試合中、折神朱音と真庭紗南は、とある人物を御前試合の特別観覧席に迎えていた。

「直接会うのは久しぶりだな」

「ずっと待ってました、結月先輩。貴方から話しに来てくれるのを」

 真庭紗南司令の口調が、20年前に戻っていた。

 特別刀剣類管理局副局長、相模湾岸大災厄の英雄にして鬼の副長、ノロ投与治験の国内第一人者、綾小路武芸学舎の現学長。様々な横顔を持つ相楽結月は、表舞台から姿を消すことがしばしばあった。

 大抵は深慮あってのことであり、今回もそうだろうと紗南司令は思っていた。だからこちらから連絡はせず、待っていたのである。

「永らく留守にして済まない。色々確認したいことがあった。恐らくは君たちが知りたいであろうことを」

「あそこに居る瞑さん、あれは何なんですか、先輩」

「あれは瞑ではない。いや、瞑だとしてもいい」

「どっちなんですか?」

「知っての通り瞑は死んだ。私の研究の犠牲となって」

 ノロの体内投与の記録は近世、即ち江戸時代には既に見られていた。公儀御試し役今際一門はノロを薬物転用し財を成したと云うが、これらの資料は散逸し、今は過去の彼方であった。

 薬事に於いて、いきなり人体へ薬剤投与ということは行われない。マウスを用い、豚を用い、治験を積み重ねていく。しかしノロの薬物転用にこの常識は通じなかった。人間以外の生き物に投与を行っても、既存の重金属、鉛や水銀などと大差がなかったからだ。

「毒にしかならなかった。しかし、薬として用いられた事実があるのは確かだった。真実を確かめるためには、悪魔に魂を売り渡さねばならない」

「のっけから人体実験、ってことですか…」

「外に術はなかった。そして死者も蘇るというその効用が万が一にも真実としたなら、それを捨て得ることは私には出来難かったのだ」

 結月の眼裏に在るのは、在りし日の光景であった。

 先程まで命であったものが入っているという、芋虫かなにかのような、樹脂の袋。それが沢山――あまりにも沢山、敷き詰められた体育館。それがまた一つ、また一つと運び込まれるたび、間が詰められ、次第に足の踏み場も無くなっていき…

「私の作戦に従い、大勢の刀使達が死んでいった。そういう作戦だった。如何なる犠牲を払っても、我々特務を…紫と篝を突入させねばならなかった」

「当時はS装備は愚かまともな刀使の養成機関すら存在せず、各地で御刀に適合しただけの、刃物に触れたことすらない学生を急遽集めた烏合の衆で、組織的な作戦など不可能でした」

「生き残るべきではなかった。私はあの作戦で死ぬべきだった。…生き残ってしまった以上、何をするべきかを私は考えた。そして思い至った。私に従い失われた全てを取り返す。そうするより他に許されざる人間となってしまったことを、私は悟った」

 これは、今まで傍らで黙って話を聞いていた折神朱音のものであった。

「あの浜で、確かに多くの若者の命が失われました。だけどそれ以上多くの命が救われました。これは紛れもない事実です、結月先輩」

「そう願いたいものだ。償える罪ならば償いたい。償える罪ならば、許されることもあるだろう。だから早く研究を完成させねば――そう思っていた私に、思いの他早く機会が訪れた」

「贖罪の? それとも研究の?」

「両方だ、馬庭」

 特別刀剣類管理局局長となった折神紫――タギツヒメは、ノロの人体投与実験に巨額の予算を付けた。公費の注入、施設の便宜、超法規的とも言うべき力により、結月の研究は速足の進展を遂げる。

 とはいえ研究が現行の薬事法に抵触するのは明らかであったから、人知れず、綾小路武芸学舎の内々で行われた。職員生徒の殆どに内密であり、彼らは人知れぬ結月の研究棟、並びに研究棟で行われた一連の秘儀を、「ブラックサバス」と呼びならわす。

 魔女の夜会の意であった。

 そのような有様の研究であったから、懐は潤っても結月の頼む唯一無二の助手は一人娘の瞑のみであった。

「母さん。母さんは私の事を娘だと思っている?」

 その瞑がこのようなことを言い出したのは、研究が煮詰まり、後は治験を残すのみとなった時だった。

「紫様――あの時は既にタギツヒメと融合していたわけだが――の言葉に従い私は相楽の家に嫁ぎ、娘を設けた。娘には私と同じく…いや私を凌ぐ才があった。娘は成長し、御刀、二ツ銘則宗を拝領するに至り…あとは皆の知る通りの運命を辿った」

「ノロ投与実験被験者一号、相楽瞑。志願したと聞きます」

「あれはノロの投与を、望んで受けた」

 相楽結月の眼裏に蘇るのは、ありし日の娘の姿だった。

 

(母さん。母さんは私の事を娘だと思っている?)

(もしそうなら私が志願する。そうすることで私は、母さんの罰になれると思うから)

(もし罰になれなかったら…私は哀しい。罰になれたなら――)

 

 なれたら嬉しい。私達やっぱり、親子だったってことだから。

「…あれは優しい娘だった。母親思い、と言ったら手前味噌になるかもしれないが。全く、誰に似たのだろうな」

「きっとそれは、結月先輩にですよ」

 実験は一定以上の成功を納め、ノロの人体に及ぼす効果が明らかになった。

「一つに肉体の再生。投与されたノロは宿主の肉体を健常に維持する働きを示し、超人的な回復能力を付与する。一つにあらゆる身体能力の強化だ。筋力の強化、感覚の鋭敏化、分けても荒魂を探知する能力は大いに期待されたものだ」

「瞑さんのもたらしたデータが、多くの刀使たちの命を救いました。燕結芽さんのような、病気に侵された刀使の治療にも大きな効果がありました」

「ノロを人体から除く透析技術も、あれの協力で取れた治験だ。冥加刀使となった我が校の何人もの生徒を、今なお救っている。しかしこの時点で明らかになった副次的な作用もあった」

 もしノロを血中に含有した状態で御刀で斬られれば、非常な深手となる。通常では無視出来るような浅手でも写シが飛ぶ。刀使対刀使の斬り合いで不利を背負うこととなるのだ。とはいえ、訓練なら兎も角実地に刀使と刀使が御刀で斬り合うような事態が生起するとは、当時考え難かった。また身体能力が一回り以上強化されることを考慮すれば、防御力を犠牲に攻撃力を手にする、とも言える。

 御前試合で為された運用試験で瞑は上々の結果を残し、これにより「高練度刀使への投与に限り有効」と結論付けられた。易々と斬られるような刀使にはただの枷。斬られる機会より斬る機会が多い者ほどノロは有利に作用する。

 今一つは、より大質量のノロに対し、誘引される点である。これは荒魂探知の能力として作用したが、対峙した荒魂が狂暴であった場合、我が方も暴力的になる事例も、瞑から報告された。

「荒魂の気分に、影響を受けるようです、母さん」

「荒魂の気分、か」

 荒魂に感応。この時点で予見されたのが、現在はケダモノに過ぎぬ荒魂に人並の知能を備えるモノが現れた場合、荒魂に影響、最悪服従を強いられる可能性であった。

(もし紫が、篝や美奈都の言った通りの状態であったなら、恐らくきゃつは…)

 並外れたノロとの適合を示した錬府の皐月夜見が、途轍もない過剰投与実験を受けていたのも、天才刀使、燕結芽が不治の病床より蘇ったのもこのころであった。

 御前試合の優勝者と準優勝者の獅童真希と此花寿々花がノロ投与に志願し、親衛隊が昨年の体勢となったのは程なくのことであった。折神紫、即ちタギツヒメは最強の刀使をノロで強化した上、ノロで思考に干渉し服従させることが可能な、忠勇無比の手勢としたのである。

「そうなると、次の研究は決まっていた。親衛隊はノロ投与の刀使だ。攻撃力は高いが御刀に対する防御力に難がある」

「荒魂を相手にするならそれでもいい。親衛隊の仮想敵は同じ刀使ですからね」

「憶えているだろう。S装備研究に優れた君たち、長船女学園の研究室に支援を求めたことを」

「供与した2世代型ストームアーマーは、1世代型のそれと同等以上の性能にも関わらず、廉価での生産を可能としたものでした。まあ我々舞草は、2世代型を超えた3世代型の開発に、成功してたから供与出来たんですけどね」

「私達のバカし合いは、学生時分からずっと続いていたわけだ」

 事態は急転した。柊篝の娘十条姫和による御本家暗殺未遂に端を発した鎌倉特別危険廃棄物漏出問題で舞草は反乱計画のフェイズを繰り上げざるを得なくなり、その結果壊滅的な損害を出しつつも、反撃で折神紫、即ちタギツヒメを討つことに成功する。

「御本家防衛戦に於いて、ノロ投与刀使の親衛隊は、S装備装着の舞草の刀使に敗北した。私やタギツヒメの危惧は当たっていた。馬庭、君の作戦もな」

「S装備で防御を高めた熟練刀使なら、ノロ投与の刀使は打倒出来る自信はありましたから」

「全くもって見事だ。何時も君には、最後の最後に出し抜かれるよ」

「大体は途中までボコボコですけどね」

 結果的に親衛隊という鉾に供与される筈の盾、2世代型S装備は間に合わなかった。この際の戦訓により、タギツヒメの次なる手勢、近衛隊の装備として注目されることとなる。

 ノロを投与した近衛隊をS装備で守れば、理論上、攻防に死角が無くなる。舞草との抗争が急速に差し迫っていた当時、迅速に形にせねばならなかった。

「これの実証実験に皐月夜見は指名されなかった。あのコはあまりに異質過ぎたからな。代わって志願したのはやはり瞑だった」

「そして、返らぬ人となった――」

 ノロを投与し、S装備を装着した瞑は期待された能力を発揮した。並みのS装備装着刀使と同等回数の写シ展張を可能としたのである。

 だが折神紫――タギツヒメは難色を示し、S装備のデチューン、つまり性能の低下を命じた。当時は稼働時間の伸長が目的と説明されたが、今ならばそれは偽りであったことが明白であった。

 S装備は、荒魂との感応を遮断する効果も発揮したのである。つまり、装着刀使を洗脳出来なくなる。これをタギツヒメは難ありとしたのだ。

「…しかしこれは機会です。母さん」

「機会とは」

「畏れ多くも御本家の影に見え隠れする、不吉の正体を見定める機会」

 S装備の性能を抑制すれば、当然ながら荒魂と感応する。紫がタギツヒメであれば、当然ながら確認が取れる。

「…こんどこそ私は、母さんの罰になれそうです」

 言って微笑むたった一人の娘を、止める言葉を結月は持たなかった。

 最期の近衛隊専用S装備性能評価試験に、瞑は臨む。

「お前は誰だ。御本家…紫様ではないな」

「賢しくも我が本懐を見切ったか。流石は名流伏見の娘よ」

 伏見、とは相楽結月の旧制である。

 もちろん瞑もそうと知ってはいたが、伏見の娘、などと呼ばれるのはこれが初めての事であった。それも相楽の家と母を取り持った御本家、折神紫からとは、全く思いがけなかった。

「…どうやら我々はペテンに掛かっていたようだな。大荒魂、タギツヒメ。そのような所に潜んでいるとは」

「なればどうする、二ツ銘則宗の刀使よ」

「知れたこと。この場で貴様を祓う」

「この場でか。そうなればうぬは、御本家殺しの大罪人ぞ? 覚悟の上か二ツ銘則宗」

「我が身は刀使なれば既に荒魂を祓う刀刃。刀刃を裁く罪科が在ろうや」

「定めしヒトの法には有るまい。だが、禍神は神。神罰下すは我が勝手次第よ。このようにな」

「が…っ!」

 瞑の二ツ銘則宗は瞑自身の腹を貫いていた。

 装着した2世代型S装備は期待された通りの性能を発揮し、写シは再び戻る。しかし則宗は胴を貫いたままであり、戻ったところでまた消え、もう戻ることは無かった。

「母さん…あとは宜しく…」

 末期の言葉であった。

「謀ったな。相楽結月」

「…いいえ。捧げたのです。紫様」

「我が娘を。 二人と無き娘を贄とするか、先代二ツ銘則宗」

「伏見家伝が二ツ銘、二つと無き忠義の証」

「忠勤大儀である。新兵装落成の暁には、娘瞑の名一字を与え冥加刀使とせよ」

「有難き幸せ」

 娘瞑の亡骸を前に一滴の涙も流さず、相楽結月はここまでを言い切った――

「おかげで我々は確証を得て行動を起こすことが出来ました。リチャード・フリードマン教授や朱音様と語らい、舞草として立つことが。皆結月先輩の御陰です」

「私と延々と馬鹿し合いばかりやっていたお前だ。気付いてくれると思ったよ」

 折神朱音の目撃情報もあった。柊篝――この頃はもう十条篝となっていた――の証言もあった。それでも半信半疑であったのだ。しかし相楽結月の一人娘の瞑という、大きすぎる犠牲が真庭紗南に確信を与えたのだ。

「お前は離反の準備に。私はきゃつの傍らに残り新兵装――冥加刀使の開発を進めた。S装備を扱う為、専門の研究室を有する長船女学園とは開発状況の連絡を取り合っても怪しまれることは無かった」

「お陰でタギツヒメの所在を逐一知ることが出来ました。先輩の協力が無ければ本邸襲撃作戦は失敗していたと思います」

 冥加刀使専用装備はついに親衛隊に配備されることはなかった。迎撃した親衛隊ば突破を許し、タギツヒメは討たれる。しかしそれで全てが終わったわけでは無かったのだ。

「きゃつは帰ってきた。タギツヒメを擁したのは錬府学長、高津雪那だった」

「この時点でタギツヒメを見限っても良かったのだがね。雪那を一人にすることは、私には出来なかった」

「それについてはお礼を言っておきますよ。先輩が雪那に付いていてくれたから、私も遠慮なく戦うことが出来たところもありましたし。きっと雪那を何とかしてくれるだろうとも思ってましたよ」

 馬庭司令の笑みは苦い。

 フル装備の冥加刀使、一個小隊規模の配備がタギツヒメの活動を助けるところは大であったからだ。冥加刀使の寄与が無ければタキリヒメ護衛戦の結果はまた変わったものになっていただろう。

「…随分と前置きが長くなった。今の瞑について語るとしよう」

「そう願います、結月先輩」

 

***

 

 古波蔵エレンは確信しつつあった。

(こいつは相楽瞑本人。そう考えて良さそうデス)

 相楽瞑。絶対王者、獅童真希と無冠の女王、此花寿々花の二強の前に実績を残せてはいないがそれでも御前試合決勝には、綾小路の副代表として、木寅ミルヤと代わるがわるに顔を見せていた。綾小路には不動の総代、此花寿々花がおり、瞑が初めて綾小路総代となったのは前大会、即ち寿々花が折神家親衛隊に招へいされてからのことだ。

 この年は準決勝まで進み、十条姫和に敗れている。

(そしてその前の試合では、岩倉早苗を下してイル…)

 もし早苗が瞑に勝利していれば、準決勝は美濃関と平城のダブル同校対決となっていたかも知れない。決勝で御本家暗殺の挙に出る姫和であったが、その前に早苗と戦っていたとしたなら、どんな未来となっていただろうか。

(ifストーリーには興味深々デスが、今はミッション中。そっちを優先しまショウ!)

 客席がどよめく。

 左のローキックだ。

 次もローだった。次も、その次も。

 そのどれもが、派手に瞑の前足を攫って行く。

 しかし、先程のように太ももを折り飛ばして写シを剥ぐような威力を現わしていない。固定されていないモノを斬るのは、日本刀を用いてすら困難だ。瞑は巧く前足の加重を抜いて、ダメージをいなしているのだ。

 だが、反撃には至らない。

 反撃に踏み込むには、加重を抜いている右前足に再度体重を乗せなければならなず、その時点では前足は体重で固定される。そこにエレンのローを喰らえば大ダメージは必至である。ローを警戒している限り前足で踏み込んでは来られず、よって有効な部位に斬撃は難しいという訳だ。

 蹴られっぱなしになっていた。

 エレンは逆転優位に立った。圧倒していると言っても過言ではないだろう。

 御前試合ベスト4経験者の相楽瞑が、それもS装備を装着していて、である。

(古波蔵さんがこんなに凄いなんて…)

 いつの間にか、会場を飛び交っていた罵声は止んでいた。

 会場は静まり返っていた。

 戦慄しているのだ。古波蔵エレンに、震え上がっているのだ。

(もし、古波蔵さんが勝ちあがってきたら…)

 勝てるだろうか。

 全くそのイメージが湧いて来ない。蹴られっぱなしでいる瞑が、だんだんと己のように、早苗には思えて来た。

(だめ…勝って。相楽さん負けないで…)

(でないと、私…)

 勝ち進めない。勝ち進めなければ、姫和と戦えない。戦えなければ、私は――

(私は…)

 もう一度姫和と戦って、どうしたいのか。

 衛藤可奈美の姿を探すと、やはり姫和と二人で、試合の帰趨を見守っている。

(何を、したいの…)

 何を考えているのか。

 姫和と可奈美の間に、誰かが入り込む隙間などない。

 一ミリも無い筈だ。

 だというのに。

「替わろう、瞑さん」

 だから、相楽瞑のこの呟きを、聞き逃すところだった。

「君が適任だ。任せるよ。ユーハブコントロール」

「アイハブコントロール」

 その呟きに応えるかのような相楽瞑の声は、早苗より間近に在るエレンには当然聞こえた。

(…!?)

 会話のように聞こえたが、それは一つの、相楽瞑の唇が発したものだ。

(イミフですネ…けどやることは、変わりまセン!)

 この試合、十幾度か目のエレンのロー。

 大鉈の斬撃にも等しいこれに対し、瞑は――

「!?」

 ガキン、という金属音。盛大な火花。

 こんどは瞑は体重を抜いて流さなかった。それどころか、全体重を前足に掛けていた。にもかかわらず、さっきのように写シが飛ばなかったのは――

(金剛身…!?)

 相楽瞑のプロフィールは一通り頭に入っている。迅移を軸に少ない手数で適確に相手を追い込む、伍箇伝正調の刀使であった。警視庁流、所謂ところの剣道を流儀に記している辺りも、シンプルな人柄を偲ばせる。

 御前試合にあっても、討伐詳報にあっても、大事な場面で瞑が金剛身を用いた記録はない。だから意表を突かれた。瞑が持っていていい手札ではなかった。

(マズい!)

 前の足に体重が乗る。即ち、踏み込んで来れるということだ。そして瞑は踏み込んできた。

「フッ!」

「シィット!」

 右手に逆手持ちの越前康継を盾に防ぐ。

 クロスアームブロック、所謂十字受けであった。中途半端に片手で受ければ真っ向からの唐竹割りが、越前康継ごとエレンの頭蓋にめり込んでいただろう。

 それほどの強打であった。

 八幡力を得意とする刀使は、御刀を所持しているだけでも筋力が倍化する。エレンもそうであった。だから凌げたのだ。

 しかし、瞑のプロフィールに、そんな事実があったか。

 ない。八幡力など必要としない刀使だった。適確に急所に一太刀、それで討伐を終わらせる、名手に相応しい刀使の筈だった。

 有り得ない筋力勝負になっていた。

 何れの八幡力が上なのか。エレンが上ならば凌ぎ切る。瞑が上ならばそのままエレンを押しつぶし、斬り込む。

 しかし八幡力長船ナンバー2、伍箇伝を見渡しても指折りの古波蔵エレンに力比べしていい刀使はどれ程居るのか。名を挙げるなら山城由依くらいなものだが、その姿ならば客席だ。

「…誰ですカ、貴方ハ」

「ボクにも、よく分からないんですよ」

 エレンは問うた。瞑は答えた。

 そんなやり取りの間にも二人の御刀は、凄まじい火花を散らし、しかも時が止まったように、どっち側にも動かない。

 動いていないからと言って凍り付いているわけではない。その逆だ。互いが互いの側に刃を押しやろうとする力が拮抗した結果の静止に過ぎないのだ。どちらかの力が尽きた時、均衡は崩れる。

(なるほド。イッツ、ア…)

 結果は決まっている。数十秒後にエレンはガス欠だ。そしてS装備を装着している瞑にはそれが訪れない。

(そして相楽瞑は、そのことが分かっていル)

 それ故の力比べだ。我慢比べだ。

 瞑の策に嵌り込んだ形であった。

(このママ押し切る? ノン。自暴自棄で暴れ出すのを待ってイル…そうですよネ、メイ)

 そうでなければ、困る。

「…イッツ、ア、ビックショット(賭けてみる)…!」

「…!」

 ついにエレンが押し負けた。誰の目にもそう見えた。瞑の刃がエレンの脳天に達し――しかし写シは剥がれない。

「金剛身!?」

 エレンは頭部を金属と化して受け、唐竹割りを逃れたのだ。

 刃を頭で受けたということは、両手は自由になることを意味する。

「ゲットイット!」

 逆手に持った越前康継が閃く。

 S装備のバイザーが斬り飛ばされ…飛ばされる前に戻る。瞑の写シが飛び、次の瞬間にはS装備装着故写シが戻ったのだ。

「…!?」

 素顔が晒されたのは、ほんの一瞬であった。

 それでもエレンには十分であったし、客席からであっても、顔見知りには十分の筈だった。

「くうッ!」

 瞑は斬り込まなかった。

 刃を用いず、エレンの右手に絡みつく。

 片羽固め――凶器を持った容疑者の腕を高々と鳥の羽のように固め挙げる、逮捕術の基本であった。

 御刀は手放していない。むしろ警棒のようにエレンの腕に絡め、その効果を高めている。

(ハ…成程。金剛身でアーマーを纏っても、間接の位置はヒトと変わらなイ…考えましたネ…)

 柔の経験は相楽瞑のキャリアには無い。実地に用いる程の経験がある刀使は限られている。例えば今垣間見た素顔の刀使のような。

(ミッションコンプリート)

 もう結論は出ていた。

「それまで」

 主審、折神紫が告げた。

 エレンが、タップしたのだ。

 柔道などの締め技固め技の攻防に用いられる、投降を意味する動作であった。

「勝者、相楽瞑」

 御前試合第四試合の勝者はこの世の者ではなかった。

 死したとされていた古豪であった。

(相楽瞑さん――)

 岩倉早苗の二回戦の相手は決した。しかし一体、生者でない筈のこの相楽瞑とは何者か。相楽瞑その人とするならその死生は、何れなのか。

 

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