刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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フー・アーマー その3

「ヘイ彼女。ちょっとお茶しませんカ?」

 試合を終えて引き上げる相楽瞑を呼び止めたのは、古波蔵エレンだった。

 先の試合の相手である。

「…試合は終ったはずだけど」

 エレンは抜き身の越前康継を携えていた。

「警察省門外不出の逮捕術…貴女の経歴なら確かに、マスターしていたとしても不思議ではありまセン」

「続きがしたい?」

「返答次第では、そうさせてもらいマス」

 両者同時に写シを張る。

「返答次第と言ったね。質問は何かな」

「そうですネ。丁度いい。ワタシではなく、彼女たちにしてもらいましょうカ」

 エレンを追って駆けて来たのは安桜美炎と六角清香だった。岩倉早苗と羽島七奈の姿も見える。

「…葉菜さん」

 瞑は応えない。別人の名で呼ばれたのだから応えないのは当然である。

「何度も連絡したのに、ずっとレス、付かなくって…リハビリ大変なのかなって思って…でもあれっきりっていうの私嫌で…だからずっと会いたいって思ってた」

「どうして急所を狙わないのかって思ったけど、目的があったんだね、古波蔵エレンさん」

 美炎には応えず、瞑はエレンを見据えていた。

「私の正体を探ること。だけどそれだけなら、写シを剥いでしまってからでも出来る。だからエレンさん。貴方の目的は私の正体を隠すことでもあった」

「登録選手が替え玉だったとバレたら失格デス。それでは貴方は二回戦に進めナイ。最も返答次第では今からバレますケド。応えてもらいましょうカ、鈴本葉菜サン。何故相楽学長の娘を名乗っているのかを」

「名乗っているのではありません」

「間違いなく相楽瞑さんみたいっすよ、その人。信じられないことにね」

 エレンに答えたのは、瞑でも葉菜でもなかった。

 木寅ミルヤ。

 山城由依。

 綾小路を代表する強豪刀使二名が、瞑、或いは葉菜の左右を固める。

(ホワッツハプン…)

 この二人が承知であるということは、どうやらこれは学長、相楽結月の密かな企て、ではない。

 綾小路武芸学舎挙げての策動。そう考えなければならない。

「…ミルヤさん。由依。説明してよ。その人、瞑さんじゃあなくて、葉菜さんだよね。なのにどうして?」

「それも正解です、安桜美炎」

「どっちなの? どういうことなの? もしその人が瞑さんなら、葉菜さんはどうなったの? ねえ!」

「それはボクから説明するよ、ミルヤさん」

「…葉菜さん!」

 鈴本葉菜の口調には特徴がある。己を差して、男の子のように「ボク」という一人称を好んで用いるのだ。

「結論から言うと、ボクは五体満足に鈴本葉菜だ、間違いなくね」

「葉菜さん…」

 美炎は涙声となっていた。

 鎌倉特別危険物漏洩問題の後、警視庁出向として葉菜と共に任務に当たる事の多かった美炎であった。後冥加刀使としてタギツヒメの側に付いた葉菜と望まぬ刃を交えること再三。十条姫和と衛藤可奈美がタギツヒメを退けて後、美炎は再四安否を質し、葉菜は拒んできた。

 美炎の、待望の再会である筈であった。

 しかしそれは全く思いもかけない、望まぬ形での再会となりつつあった。

「ボクはただ、ボクを貸し出すことにしただけさ。このS装備に宿った、相楽瞑さんにね」

 

***

 

 さしもの馬庭司令も開いた口が塞がらなかった。横で聞いている折神朱音も同様である。

「信じられないのも無理はない。私も未だに半信半疑だ。しかし精神鑑定のカルテ全てが、その事実を示している」

「S装備に宿る…人の魂が…」

 二世代型S装備は64基もの発注が為され、その全てが近衛隊に配備された。

 最終運用試験に用いられた、瞑が装着した0号装備も例外なく配備された。装着者が鈴本葉菜となったのは、偶然であったと云う。

「鈴本葉菜からかメンテナンスの依頼があったのが発端だ。S装備を装着すると幻視幻聴が起きると」

 鈴本葉菜のことなら、紗南も良く知っている。間者として綾小路に送り込んだ当人であるからだ。

 元々、刀使としての鈴本葉菜の経歴は派手なものではない。

 御前試合で成績を残すような刀使ではなかった。刀使業の花形、迅移が得手では無かったのだ。

 しかしそのような刀使の例外に漏れず、八幡力や金剛身には長けていた。北辰一刀流で御刀を用いる一方、関口流や竹内流の柔を好んで学び、御刀を所持していない場面でも身を守る術を身に付けていた。

 賢く、口は堅く、人目を好まず用心深い。

 間者として申し分ない適性を葉菜は備えていた。S装備運用に通じていることも眼鏡に叶った。折しも結月から、親衛隊用のS装備の供与を求められていたからである。かくして葉菜は、二世代型S装備と共に長船から綾小路に転入することとなった。鎌倉特殊危険物漏出問題より後、赤羽刀調査隊に合流することとなったのは、よく知られている。

「装着時の幻覚自体は考えられます。刀使が御刀と適合した際と同様の現象が起きる可能性は否定できません。霊格の階段が一段飛ばしで上がっていくわけですから。しかしだからと言って…」

「御刀によっては、その来歴を幻視する刀使の例も報告されているが、S装備でそのような例は聞いたことが無い。君だってそうだろう、紗南」

「当たり前ですよ。見たことも聞いたことも在りません」

 葉菜に与えられたS装備のシリアルナンバーは試験運用機を示すゼロゼロ。今は亡き娘瞑が最期に装着していたものであった。

 当然ながら結月は装備の使用を禁止した。現場転用の改装を経たとはいえ、元は試験機だ。未知の不具合が発生したとしてもおかしくはない。装着者にどんな危険があるとも知れなかった。

「これで行きます。他に空きのS装備は無いようですし、不具合のあるものを他の刀使に回すわけにもいきませんし」

 しかし鈴本葉菜は、これを拒否する。

「重大事故に繋がりかねない。君という刀使が失われれば意味はない」

「どのみち拾った命です」

「私が助けた命だ」

「大荒魂の手下としての命なら、欲しくはありませんでした」

「タギツヒメはもう居ない。君の命は君のものだ」

「だったら!」

 年の瀬の災厄後、近衛隊の殆どの刀使が透析を受け、ノロを少しずつ体内から抜いていった。その過程で御刀が持てなくなる刀使も少なからず居た。鈴本葉菜もまた、その一人であった。

 そんな刀使もS装備を装着すればまだ任務には出て行けた。御刀で写シを張る事が出来たのである。しかし装備を外せばもう張れなかったし、装着していてもノロが完全に抜き取られた時どうなるかは分からなかった。

「だったら。その命をどう使おうと、私の自由ですよね」

 葉菜は、既に透析治療を止めてしまっていた。

 それでも、S装備を取り上げられればもう現場には出れない。これは刀使としての生命の終焉を意味する。

「…ストームアーマーの全基は特別刀剣類管理局直轄の装備。これの運用を決するのは局長の朱音様か、その信任を受けた伍箇伝学長のみだ」

「…二ツ銘則宗」

「…?」

「相楽家伝の御刀だ。貴方の娘瞑さんの御刀でもある。その瞑さんは確か事故で無くなっている。ボクのS装備の運用試験中に」

「それがどうした」

「タギツヒメに殺された、というのは本当ですか」

「…鈴本葉菜!」

 この世に知る者は、結月唯一人の事実。

 それを何故鈴本葉菜が知っているのか。

「最近夢でよく、則宗の刀使会うんですよ。任務でS装備を装着する度に。母である貴方に尋ねたいことがあるそうです。ですが、ボクが口にしていいことではないって思うし、返事を聞いていいことだとは思えない。だから、その伝家の宝刀、ボクに貸してもらえませんか」

「…貸せばどうなる」

「分かりません。ですがきっと、あの夢の刀使ともっとお近づきになれると思います。ひょっとしたら、名前を聞くことだって出来るかも」

「類例が無いから具体的にどうなるとは私も言えん。しかしはっきりわかることが有る。人知の及ばない危険が君に降りかかるということだ! 生徒の安全を預かる教師の身の私の口から許可が出ると思うか!」

「許可を出さないというならそれでもいいです。ボクのやることは変わらない」

 言って、微笑む。

「荒神タギツヒメに立ち向かう、人類の嚆矢になった瞑さんのことを、ボクはもっと知りたい。それがボクのこの先の未来にも、繋がっている気がするから」

「鈴本葉菜。君は…」

 捨て鉢の笑みではなかった。何かを掴み取ろうとするものの、何かを見据えた笑みであり、瞳だった。

「…もし断れば君は、保管庫に突入し則宗を奪うだろう。そうすれば君は罪人となって将来を失い、私も君という貴重な刀使を失う」

 葉菜は無言であった。

 肯定も否定もしない。

「…やむを得まい。2世代型ストームアーマー0号装備を用いた正規の運用試験として私と綾小路の研究室が立ち合う。それが条件だ」

「ブラックサバスの再演ですか」

「令和となって初の夜会だ。不吉なものとなるぞ。覚悟はいいか」

「…もとより!」

 

***

 

 岩倉早苗が相楽瞑と会話らしい会話を交えたのはただの一度きり。昨年の御前試合でのことだった。

「…準決勝進出おめでとうございます、相楽先輩」

 御前試合で出会ったのはこれで二度目、負けたのも二度目。相手は相模湾岸大災厄の英雄相楽結月の娘な上に一つ上の先輩だ。また負けるんじゃないかな、くらい思ってはいた。

 だけど今回は悔しかった。この人に勝てば、また十条姫和と戦うことが出来た。それを思うと残念で仕方が無かった。

 わざわざ声をかけたのは、何か負け惜しみでも言っておかないと気持ちの置き場が無かったからだった。

「うん。私の勝ちだったね。お陰でもう一度、稽古が出来る」

 ところが戻ってきたのは、思っているのと少し違う、こんな言葉だった。

「稽古…?」

「そうだ」

「試合じゃなくて?」

「そうだな」

 では相楽瞑は、練習のつもりで早苗と戦い、早苗を破ったというのだろうか。

 本気ではなかった、出すまでも無かったと。

「本気じゃなかった、と思っているなら逆だよ」

「え?」

「逆だ。君は試合になったら本気を出して、稽古の時には手を抜くのか? だったら逆だ。試合で手を抜いても、稽古に手を抜いてはならない。そんなことで良い稽古は出来ない。次に私と戦っても勝つことは出来ないよ」

 早苗が何を言いたいのかを、瞑は読み取ったようだった。

「訓練は現場のつもりで、現場は訓練のつもりで。そういうことですよね、先輩」

「平城学館一の現場指揮官の君には、釈迦に説法だったかな」

「いえ。忘れがちなコトを思い出させてもらいました。それに…」

「それに?」

「稽古、って言葉、久しぶりに聞きました。お稽古って練習とか訓練とかより、全然好きな言葉なので」

「そうか。それは私もそうだ」

 嫌みの一つも言わなければ気が済まないと思っていた。

 思ったのと何か違ったが、まあいいか、と思った。

 早苗と瞑は、笑みを交わし合ったのである。

「もし次に御前試合で会ったら、いい稽古をしよう」

「ええ。いい稽古を、先輩」

 それが最期の会話となるとは、あの時の早苗は思っていなかった。

 一度しか話したことの無い相楽瞑の横死を知ったときの衝撃は、早苗自身、思いもよらぬものであった。

 その瞑が生きているという。いや、死んでいるのかも知れないという。

 早苗には、どう受け止めていいか分からなかった。

「つまり本当の瞑さんは亡くなっていて…」

「そのS装備を葉菜さんが装着したら、死んだはずの瞑さんになっちゃうってこと!?」

「うん。そんな感じ」

「そんな感じ、じゃあないよ!」

 思わず、安桜美炎は喚いた。

 類例があると言えばある。例えば衛藤可奈美は、母美奈都の技を再現した所謂「憑依剣」を遣っている。この際美奈都の剣のみならず口調や記憶も再現しており、タギツヒメを大いに驚かせた。

 しかしこれは可奈美が意識を失っていた間の一過性のものであり、任意に母を呼び出すことなどもちろん出来ない。

「その装備を着け続けたら葉菜さん、どうなっちゃうの?」

「分からない。なにせ前例が無いからね。結果は誰にも分からない。そのうち溶けてなくなって、瞑さんになってしまうかもね」

「今すぐその装備外して!」

「そうしてしまったら、瞑さんはどうなる?」

「――…」

 美炎は、とっさに答えることが出来ない。

「近衛隊は解体が進んでる。隊員の体内のノロは強制的に透析され、近衛隊の装備も近く、廃棄になる。ボクも例外じゃない。ボクのS装備も。そうなったらもう瞑さんは何処にも居なくなる。けどもしこの御前試合で好成績を納めることが出来たら。その有用性を証明出来たら…」

「冥加刀使に再び予算が付くかもしれない。そうしたらS装備を維持する莫大な費用も賄っていける。そういうことね」

 美炎の後を引き継いだのは、早苗だった。

「そういえば、二回戦の相手は貴方になったんだったね、岩倉早苗」

「いいえ。私の相手は貴方じゃないよ。鈴本葉菜さん」

「…なに?」

「そこにいるなら、相楽瞑さんに伝えて。またいい稽古をしよう、って」

 今度は葉菜が返答に窮した。

 早苗の言葉の意味を測り兼ねたのか。或いは測り得て余りあったのか。

「古波蔵さん。ここは私に任せてくれないかしら」

「…OK。ワタシの知りたかったコト、知らないといけないコトは今の話で分かりましタ。任せましょう、サナサナ」

 エレンの康継が、鞘に戻る。

 

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