刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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馘御用 その2

「馘、と言ったのか」

「お心当たりが? 姉さま」

 朱音の姉への呼称は姉さんになったり姉さまになったりで、一定しない。紫もそれをあまり気にしていないようである。身内には存外大雑把な姉妹である。

「ある」

 荘重に呻く折神紫であるが、今日に限ってはあまり様になっていない。

 というのも、紫の御召し物は普段の特祭隊総司令のものではなく、フリフリでひらひらでどピンクの、これで巷を出歩けば職質待ったなしの衣装であったからである。

「とは?」

 重ねて問う朱音の出で立ちも、紫に準じていた。

 即ちフリフリで、ヒラヒラである。到底真面目な話をする格好ではないが、紫と朱音は真顔だった。

「特別刀剣、即ち御刀は一見、鉄刀と見分けがつかん。その真贋の極めを付ける役儀は折神家が担っていた。が、さる時代…かの剣の時代においては、それを行うのはは折神家のみではなかった」

「存じています。しかし御試し御用などという言葉があったのは、徳川将軍家の世ではありませんか」

 極め付き、という言葉は現代においても、箔が付くというような意味で用いられている。

 折神家の家名の元となったとされる「折紙」とは、極めを行った刀剣に対し発行された証書を指す。天皇家よりそれを任された家であったからこその折神の家名であった。極め付きと似た意味の、折紙付き、という言葉の原義もそこにある。

 後代、今一つの刀剣極めが武家社会となった本邦において行われ始める。公儀御様御用による業物極めがそれである。

「今際(いまわの)の家は、大政奉還の折、公儀御試し御用のお役目を解かれた筈。徳川に与した今際の家の保有した膨大な御刀は廃刀令に伴い召し上げとなり、折神の家に付託されたと…」

「正式に幕府の知行を受ける幕臣ではなかった今際の家は抵抗し、刀使同志の斬り合いが組織的になされた最初で最後の例となったと聞く」

「残念ながら、それが最後では無くなってしまいました」

「…そうだな」

「去年の年の瀬が、本当の最後となればいいのですけれど」

「ああ」

 姉妹は暫くの間、無言となった。

 刀使たちがそれぞれの背景から御刀取っての斬り合いとなった遠くない昔の出来事に、それぞれが思いを馳せるかと見える。

「そんな奇天烈な恰好で、何しんみりしてるんですか、二人とも」

「今宵は仕事の話はなしなんだろう?」

 姉妹二人きりの一席に寄ってきた二人は誰在らん、真庭紗南(まにわ・さな)長船女学園学長兼特別祭祀機動隊司令代行と、それを陰ながら補佐する相楽結月(そうらく・ゆづき)綾小路武芸学舎学長である。

 それぞれに手に手に徳利と杯を持っているのは良いとして、どうしたことかこの二人もフリフリのヒラヒラであった。うっかり居合わせたばかりに衛藤可奈美が紫に伝えた回天の秘策、「みんなで着れば怖くない」の計に(わりとノリノリで)巻き込まれたのである。

「どうせですから皆で着ればいいんですよ、新年会の時にでも」

 成程、少なくとも都内に留まる紗南と結月は来るから、紫の負荷は四分の一になる。可奈美の言葉をそのままに、恐る恐る朱音にお伺いを立てた紫は、「それはそれで」というお言葉を首尾よく賜り、今ここに至るのだった。

「文化祭以来だな、こんなのは」

「結婚式でも着たろう、君らは」

「いや、ここまでではない」

「行かず後家はもう紫様だけになっちゃいましたよ?」

「子が居ないのもな」

 紗南の軽口に、紫が苦笑いで応じる。

 皆がけらけらと笑う。

 あの時は、いつもこうだった。かつてこんな日々が何時までも続くと思っていた。永遠など無いと思い知らされ、もうあんな日々を送ることは無いだろうと思っていた。

 なのに皆、こうしている。

(衛藤可奈美。十条姫和)

 あの日紫の前に現れた雛鳥たちの御陰だった。それを育てた母、美奈都と篝の。

 今日は去りし日を忍ぶ時だ。今この時くらいは役儀のことは忘れようじゃないか。

 紫は、朱音と頷き交わす。

「さて写真も撮ったし、さっそくアップしましょう」

「おい、うちの生徒に送るのは止してくれよ」

「まさか、そんなことしませんよ姉さん」

 朱音はタブレット端末も兼ねたスペクトラムファインダーに指を滑らせる。伍箇伝の学長たちの専用トークルームアプリのメンバーには、故人となった衛藤美奈都や十条篝の名の他に、負傷して療養中の高津雪菜の名もあった。

 

***

 

 全日本剣道連盟の定めるところの剣道において、最初に行われる対錬に「切り返し」と称する稽古がある。対手に対し、仕手側がひたすらに、肺活量の続く限り左右の袈裟を繰り返す激しい稽古である。

 元となったのは薬丸示現流で行われていた立木打ちや打ち回りといった稽古で、一刀流の切り落としや鞍馬流の巻き落としなどと共に、全剣連設立に連座した門派が世界に対抗する最強の剣術を創造する過程で取り入れられたものである。

 刀使養成課程でもこれが最初の対錬として行われるのは、これにさえ習熟すれば荒魂退治の剣として取り合えず通用するからであり、事実荒魂退治に成果のある刀使は、この稽古のみを専らとすることが多い。実際動物や昆虫を擬態する荒魂は剣など携えていないし、これが巨大な物ともなれば重機が襲い掛かってくるのと変わらない。このような荒魂と戦い続けていれば、こう外してこう打ち返すなどといった道場剣法は実地の役には立たないお遊びのように思えてくるのも無理からぬ。御前試合に参加しない刀使が多いのにはこういったジレンマがあったのである。

 だがこのようなベテラン刀使達の意識は年の瀬の戦訓によって覆った。

 刀使を指導する立場の折神紫たちの認識も、である。

 御刀で武装した刀使型の荒魂や、ノロに支配された刀使、果ては志を違えた刀使と刀使の戦いを経験した紫たちは、抜本的な改革を要求されつつあったのである。

「危険過ぎます、先輩」

「ああ、そうだな」

 杯を舐めつつ応える相楽結月に動揺は感じられない。想像通りの反応、と言ったところか。

「だが、ここまでせねば、御刀を帯びた荒魂――即ち荒神に対抗する刀使を養成することは難しい」

「試合中の事故で優れた刀使が失われたなら本末転倒です」

「朱音と紗南の心配は尤もだ。だから対策を設ける」

「対策とは」

「レフリーを設ける」

「審判なら、従来も…」

「私の構想するルールでは、今の審判では選手の安全は守れない。万が一の時の責任も負えない」

 従来の刀使の試合では、一般に行われる剣道の試合のように道場中央で高段者が審判を務めることはない。場外に、写シの剥離判定を行う生徒のみ配置するだけで十分試合は機能した。

 写シが剥がれた刀使が敗北を認めるのは戦闘する体力を失うからだが、それ以上にこれが御刀仕合の掟のようなもので、ルールであるからだ。潔くこれを守らぬことは恥ずべきことだという意識があるからだ。相手が荒魂であったなら、写シが飛んだなら張り直す。張れなくなったなら覚悟を決める。それが刀使の在り方である。

 仕合は試合、試し合いに過ぎぬ。刀使は荒魂狩りを本領とすべき者。

 伍箇伝はそのような刀使を数多養成して来た。その結果として、タキリヒメ護衛戦の敗北がある。

 タキリヒメとの融合を目論むタギツヒメに対し、特祭隊は選りすぐりの刀使を要所に配置してそれを阻もうと試みた。一度は防衛に成功するも、次の襲撃の際タギツヒメは近衛隊と称する配下を伴う。

 冥加刀使の名の示す通り、彼女達の前身は伍箇伝の錬成した刀使であった。

 明治維新後初とされる刀使対刀使の組織的な戦闘は、特祭隊に苦い敗北をもたらした。タキリヒメは討たれ、これを吸収したタギツヒメはより大きな脅威となって人類を脅かすこととなる。

「…限りなく果し合いに近い試合でも選手の安全が守れ、守れなかった時も責任が負える…その人物とは?」

「今代折神家当主、特別刀剣類管理局局長、折神紫」

「いいのか」

 これは傍で妹と結月のやりとりを聞いていた紫である。

「私は、あまり表に出ない方がよいもののはずだが」

「もちろん一応の責任は負ってもらう。局長は朱音、君と交代だ」

「私が局長に…」

「そうすると私はもう長船に戻っていいので?」

「そんなわけがあるか。特祭隊司令本部長として朱音を手伝ってもらうぞ。もちろん長船学長も兼任だ」

「そんなぁ! ブラック過ぎませんか刀剣類管理局!」

「似たようなことを君の部下が言っていたな。確か益子の家の今代だったか」

「うぐっ」

「やって見せ、言って聞かせてさせてみせ、褒めてやらねば人は動かじ。言って聞かせるには先ず、やって見せることが必要だと思うがな」

「うう…。鬼。悪魔。結月先輩…」

「幸い、表向きの折神家当主は朱音だからな。紫が座ってた当主の座には朱音が座ってもらう。それで恰好は付くだろう」

「姉さまは当主の座を降りて責任を取ったのだと、内外にアピールすることも出来そうですね。分かりました、結月先輩」

「紫様が行司として軍配を持つなら、生徒の安全も守れるかもしれませんね。ところで…」

「ところで?」

「今日は仕事の話は無しだとしか言いつつ、結局仕事の話になってませんかね」

「「「あ」」」

「たった今平城学館学長からアップロードです。「うちらを辺退け(へのけ)にしよるとか許されへん」とかのコメント付きです」

 紫と結月と朱音は、ふいた。

 コメントと共に上がってきた写真には娘から奪ったと思しき、平城学館制服の五条いろはが写っていたからである。

「な、なかなかの破壊力だな…」

「いろは先輩自身、社会的な何かを自分で破壊されちゃってますけどね…」

「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ…」

「ちなみに江麻先輩は…ああ…既読だけですね何の反応も無い」

「「「ヒェッ」」」

 とは流石に言わなかったがこれはこれで怖い。

「これはあれだな」

「絶対何か考えてますね」

 宴席がハケて、酔いがすっかりさめて一晩明けて寝て起きたあたりの底辺のテンションのところに凄いのを突っ込んでくるパターンだ。

「江麻さんって昔からこういうところあるよね」

「あいつはいつもこう、小技ってのが無いんだよ。なんていうかいつもこう、知らない間にいつの間にか致命的なのを涼しい顔でどかんと放り込んで来るんだよ」

「ああ、それは美奈都先輩も言ってましたね。優しいと思ったらいつの間にか首根っこを押さえられてるって」

「あいつに勝ち越してる奴いるか?」

「美奈都さま以外だったら紫姉さまくらいじゃあないですか」

「いや私は、高等部後半にはズルいことをしていたからな」

「またまた」

 女四人の、戦友四人。

 相模湾大災厄と関東大災厄、二つの大災厄を戦った女たちの夜は更ける。

 伍箇伝の今だ存在しない時代、同じ特務の制服に身を包み、同じ敵と戦ってきた女たちが一様に胸をに留めながら、一様にこの席で名を出さない者が居た。

(雪菜は、どうしているだろう)

 

***

 

 現特別刀剣類管理局局長代行であり、特祭隊司令の座を昨晩約束された真庭紗南にとり、瀬戸内智恵(せとうち・ちえ)は子飼いである。

 舞草(もくさ)の頭目として折神家と反目していた折から、折神家から荒魂の影響を一掃し自ら局長を代行するようになった現在も変わらず絶大な信を置いていた。長船女学園を卒業後も未だ赤羽刀調査隊の副長を信任されていることからも、それは窺い知れる。

「お前は、馘とやらへの用心だ、瀬戸内」

 そう言う真庭局長代行の浅黒い額には、冷えピタと思しき保冷湿布が、白々と存在感を示している。どうやら昨日の新年会で少々ハメを外し過ぎたと思しいが、あえて智恵は突っ込まないでおくことにした。

「馘…今際の家の生き残りなのでしょうか。だけど、廃刀令で根絶やしになった筈の彼らが、なんで200年もたった今になって…」

「分からん。今際の家の者を騙る何者かかも知れん」

 しかし流石は元舞草の頭目、ハメを外していても、共有すべき情報は共有することは忘れなかったようだ。余談だが、後に新年会はどうだったかと生徒に尋ねられた折神紫は、「結局やはり仕事の話ばかりだった」と回答したと云う。

「厄介なことに、もうすぐ御前試合だ。早いトコロではそろそろ予選の段取りをしているが、面倒なのは本戦が始まってからだ。そうなれば主力の刀使は鎌倉に集まっちまう。結果手薄なところが増える」

「けれども私はもう伍箇伝の生徒じゃあない。出場資格が無いから自由に立ち回れる」

「流石、察しがいいな。長船のOG連中でも満足に写シが張れるのは瀬戸内、もうお前くらいなものだ」

「孝子さんや聡美さんは」

「斬られ過ぎたからな、あの二人は」

「…」

「そんな顔をするな。祓い清めるが勤めの刀使とて御刀を取ったなら戦人。戦の習いくらい心得て置け」

「…はい」

「燕結芽はもう居ない。死んだんだ。いいな」

「はい」

 智恵は首肯したが、到底納得しているようには見えなかった。

「折神御本家は今回の御前試合を例年になく重んじて居られる。選手として参加する刀使が増えれば試合を離れて討伐任務を行う刀使は少なくなるだろう。件の馘に対応する者もだ。負担は大きいものとなるだろうが、どうだ、やれるか」

「微力を尽くします、学長」

「学長か。君たちには、それらしいことが何一つ出来ていない自覚はあるよ。紫さまが大手を振って表に出て来ることが出来れば、私も学校に戻れるんだが…いったい何時になることやら」

「微力を尽くします」

 智恵は、そう繰り返した。

 

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