刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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フー・アーマー その4

 色々なことの起こった御前試合第一日であった。

 第二日の四試合に駒を進めた刀使たちが、日の落ちた今も思い思いに行動中なのは岩倉早苗には分かっていた。何となく鉢合わせしたくなくて色々と考えて、結論に至ったのは折神邸宿舎屋上である。

 既にうっすらと汗をかいていた。

 もう幾度目になるか。左手の千住院力王を弓と引く、岩倉早苗がその右腕にしているのは、STTなどで用いられる防刃手袋である。手指の損傷を防ぐために用いる、金剛身の代用であった。

 写シが張れない。金剛身も迅移も出来ないのでは、金剛身と迅移のコンビネーションである一指の太刀の練習には当然、ならない。そもそもが、分厚い高分子繊維の防刃手袋に覆われた右指の感覚がまるで違う。一指の太刀の技の放れ(わざのはなれ)は我が右人差し指で司るものであり、それは例えるならば、バイオリン・ソリストの指先にも比する、繊細なものだ。

 相手は伍箇伝最速、十条姫和の迅移の後先を狙おうというのだ。左手の力は一定。右指のほんの些細な、0.0度レベルの角度によって、あとの微調整を行う。

 一指の太刀の名の由来である。

 最初は早苗も防刃手袋を考えていた。でもダメだった。だから最終的には、金剛身を用いる方法に辿り着いたのだ。

(このままじゃあダメだ。だったら…)

 防刃手袋を脱ぎ捨てる。

 素肌の指に、千住院力王の切っ先三寸を、そっと添わせてみる。

 それから、再度真向いへと…小烏丸を真っ直ぐ背へと尾を引いた、十条姫和へと向き直る。

 そこに姫和が実在するわけでは無いが、早苗は不在の姫和と、こうして幾百、幾千と対峙してきた。

(相変わらず、本当に、真っすぐ。けどまた強くなったんだね、十条さん)

 真っ直ぐな、そのままで。

「一指の…」

 その瞳に飛び込もうとした瞬間。

「痛!」

 当たり前であった。今の早苗には金剛身が無く、それをカバーする防刃手袋も無く、傷をなかったことにしてしまう写シすら無い。

「…いたい…」

 我が指を見やると、小傷から血がにじみ出ている。斬れてすらいない。

「うっ…」

 情けな過ぎて涙が出る。

 こんな小傷に痛くて飛び上がってしまう己が、本当に去年も一昨年も敵わなかったあの相楽瞑を退け、姫和の前に立てるのか。

(あの頃の、私は…)

 あの頃の早苗は、こんなではなかった。写シの上から指を斬り飛ばしても歯を食いしばった。これさえモノに出来ればという希望で前を向けた。

 あの時のように――

 立ち上がった。

 左手の千住院力王を、右人差し指で弓引く。何度も繰り返してきたその動作で、もう膝が怪しい。怖いのだ。刃物の、異物の侵入を肉体が拒んでいる。

(く…)

 写シが張れないということがどのようなことかを、早苗は思い知る。

 どれ程己が千住院力王に――御刀の力に依存していたのか思い知る。

 己はもう、刀使ではないのだ――

「その有様やったら、稽古もままならりまへんえ?」

「…!?」

 声と共にコンクリの床を滑ってきたのは、刃の付いていない居合刀であった。

「五条先輩?」

「使いおし。そな無粋なもんよりずっとマシな筈ですえ」

 恐らくは十条姫和との試合に用いたものであろう。

「…何故?」

「あんはんの技の御陰で、うちみたいな半端な刀使も、伍箇伝最速とええ勝負ができました。御礼、申し上げます」

 はんなりと京ことばで、五条丹穂は頭を下げる。

「そんな、私何も」

 本当に何もしていない。丹穂は早苗の技を盗んで使ったが、一度見せてしまえばそれは在り得る事態だと、本当は早苗には分かっていた。それもあるから不用意に遣いたくなかった。

 怒りを鎮めて考えれば、明後日の準決勝がシュミレーション出来たとも言える。もし一指の太刀で姫和と再び対峙すれば、丹穂と同じ結果となる可能性が高い。

「あんさんの技、遣うて分かったことがあります。今まで見せて来たあれ、本当の姿やおへんね?」

「どうして、そう思うんですか」

「バネが弱い。そう思うたんよ」

「バネが…弱い」

「ここから先はうちの憶測やよ。あんはんの一指の太刀が得るのはハンドスピード、リーチ、威力というたところや。このうちリーチはクリアされてる。溜めの大きい十条姫和の迅移に対抗できとったんは、タイミングをよう知っとったからや」

「…」

「そやけども、リーチのみでの技で十条姫和には勝てまへん。ここで出て来るんが、ハンドスピードや威力。そいつを高めるのに金剛身は初めに来ん。来るのは八幡力や。つまり…」

 唐突に、丹穂は言葉を切る。

「出て来おし」

「…バレましたカ」

「うちらに気付かれずにここまで近づくとは、流石は長船のコンプリートソルジャー、古波蔵エレンさんやね」

 給水塔の影から姿を現したのは、エレンに紛れも無い。

「でも盗み聞きは頂けませんなあ」

「そうではなく、待ってたんデスよ、貴方方の話が終わるのヲ。平城学長、五条いろはの影と言われた貴女には、聞かれたくない要件でしタので」

「丁度よろしゅうおすなあ。どちらも早苗はんへの用事や。揃って包み隠さず話すというのはどうやろかなあ」

「両方とも損しておあいこ、とデモ?」

「このまま早苗はんの耳に入れなくとも良い話なん?」

「ふむ。まあいいでショウ。うちの損害にはなりませんシ。実は――」

 エレンは語り始めた。

 

***

 

 言いたいことも言い出せない人柄なのに、余人に考えも及ばない大胆を行うことが、六角清香にはある。

「サナサナ! どこへ行くつもりですカ、サナサナ!」

 時間は一昨日に遡る。

 肩を掴んで止めたのは、古波蔵エレンである。既に夜半というのに、特殊刀剣類管理局副局長、相楽結月の私室に突入するコースを突き進んでいるように、エレンには見えたのだ。

「エレンさん…」

「あの部屋の中に居るのは鬼デス。ヤバイヤツ、デス。たった一人でどうするつもりなんですカ」

 心底心配そうなエレンである。

 実際心配であった。そうでなくとも気弱で言い出せない性質の清香があの、カミソリ副局長に突撃してどうこう出来る筈がない。涙目で逃げ出て来るのがオチだと思ったのだ。

「…」

「サナサナ…」

「…私に。私に任せて!」

「What? あっ、ちょ、wait!」

 入って行ってしまった。

(私が行かなきゃあ…)

 ほのちゃん――安桜美炎は、衛藤可奈美のこととかで今大変なのだ。元々が友達の少なかった、友達を失うことが多かった清香の傍に居てくれる、本当に大切な人なのだ。大変なことになっている美炎の力にならなければ。

「こっちは私に任せて、ほのちゃん」

 何の目算も無く、でも安心させたくて美炎に胸を叩いて見せた。

(何にも出来ないかもしれないけど)

(少しでも、ほのちゃんの力に…)

 気持ちだけで進むから、後先は考慮をしていない。

 結果、このような事態になるなんて思いもよらない。

「まあ座り給え。六角清香…ああ、赤羽刀調査隊の隊士だったね」

「は、はい…」

 勧められるままに清香はちょこん、と椅子の前の方におしりを半分だけ乗せる。

 綾小路学長にして特祭隊副長、兼任特別刀剣類管理局副局長・相楽結月が葉菜の部屋に居るのは普通で、鉢合わせする可能性は当然高いのだがそんなこと思い当たりもしなかった清香である。

「確かに折神邸の戦闘では百草側の友軍となっているようだが、それ以上の接点は見受けられない。君は本当に、葉菜君の友達なのか?」

 手元のタブレットを操作しつつ、は清香の事を見ようともしない。

(貫禄が…貫禄が!)

 貫禄が違い過ぎる。外見的物理的にと言うなら胸囲の格が違いすぎる。二回り以上はちょっとどうにもならない。

「あ、あの…その…」

「ただの同僚、ということなら帰りなさい。今は御前試合の日程中、ここは綾小路陣営の宿舎。君たち平城学館の敵陣だ」

「…っ。葉菜さんはただの同僚でも敵でもありません!」

 必死に清香は食い下がる。

「葉菜さんは私の先輩刀使で、大事な友達です!」

「友というならば君は鈴本葉菜の何を知っているんだ?」

「それは…」

 物知りで、何でも出来て、実戦で頼りになる刀使。美炎から聞いたくらいなことしか知らない。引っ込み思案の清香は、当たり障りの無いことしか話したことがなかったから。

 その後は葉菜は冥加刀使――タギツヒメの手勢となっていて、もう話らしい話は出来ていなかった。

「…あんまりお話、出来てなくて…だけど私、何時も言い出せなくて…だからそれは、葉菜さんだけじゃあなくて」

「…?」

 結月学長は僅かに眉を寄せる。何の話が始まったのかと思ったのだ。

「ほのちゃんのお母さんのこと、この間初めて知ったし…由依ちゃんの妹さんのことだってそうだし…いつもそうだからもっと皆とお話したい。葉菜さんとも…」

「…」

「葉菜さんともそんなにお話、出来てない。だけど折神邸の戦いじゃあ、力を合わせました! あそこで初めて出会ったのに、心を合わせて戦いました! だから仲間で、友達なんです! 折角…折角友達になったのに私、葉菜さんのこと何も知らない…葉菜さんの事もっと知りたい。だからもっとお話ししたいの!」

 相楽結月は、清香の言葉のそこまでを何も言わず聞く。

「…冥加刀使兵装の処分は決まっている。0号装備は想定外のケースであったため引き伸ばされていたが、御前試合の日程終了後には処分が予定されている」

「…どうして」

「タギツヒメに与した全ての痕跡を消し去らねば官邸――つまり政治家たちの納得を得られないからだ」

「娘さんが…瞑さんがあのS装備の中に居るんじゃあ…」

「瞑は死んだよ。葬式の喪主は私だったし、遺骨もある。あのストームアーマーに居るのは亡霊だ。それも、もうすぐ消える」

「S装備が処分される、から…」

「それを待たない。恐らくは瞑…の亡霊が顕在化した状態で写シが飛べば消えるだろうと私は結論付けている」

「それって…」

 明朝には試合だ。相手は岩倉早苗である。

 相楽瞑にとっては二度下した相手。しかし今年は去年とは何もかも違う。一指の太刀という魔技を引っ提げて、早苗は御前試合に戻ってきた。

「…瞑さんは、なんて言ってるんですか」

「…とは?」

「私も受けたから分かる。岩倉先輩の一指の太刀は凄い技です。戦ったらS装備を装着しててもただじゃ済みません。瞑さんは明日、居なくなるかもしれないんですよ。話さなくていいんですか。話したいって、瞑さんは言わないんですか!」

「許されるのが恐ろしい」

「…え?」

「罰とは何の為に有るか分かるか?」

「???」

 何を言い出すのかと、清香は、目をしばたく。

「許しを得る為だ。民の。為政者の。或いは神の。罪に見合った罰を受ければ人はまた歩み出せる。だが罪に見合った罰が無ければどうだ。我が国の最高の行刑は死罪だ。死以上の恐ろしい罰を求めれば許しは与えられるのか」

 話に付いて行けない。

 相楽学長は一体何を言っているのか。

「何時か報いを受けなければならないと思っていた。だけど瞑が居なくなった時、涙が出なかったんだ。悲しい筈なのに、泣いてもおかしくないのに出来なかった。

だって瞑が居なくなる以上の罰なんてこの世には無い。それに比べれば死などただの救いだよ」

 相楽結月の全ての事情を把握して居るわけでは無い。大災厄の英雄で、特務隊の副長にして軍師。綾小路武芸学舎学長にして、現特殊刀剣類管理局副局長。清香が知っているのはこのような肩書だ。

「なのに心がチクりともしない私は一体何だ。もしかしたら、私の魂はもう死んでいて、ここでこうしている私は屍なのではないかと思う時がある。いや鬼か。皆私をそう言うしな。鬼を裁く法律があるのか。罰が在るのか。鬼が許されることなどあるのか」

 ノロの医療転用の第一人者。己にも他人にも厳しく、鬼の結月と囁かれる。

 そのようなことも聞いたことがある。

「もしもだ。もしも瞑が生きていたとしていたならどうだ。それは救いだ。私は瞑を失ってなど居なかった。私が屍であろうと、鬼であろうと、私は救われるのだ。一年前に見捨てた、瞑の命によって」

 こうして言葉を交わして、分かったことがあった。

 相楽結月は、鬼でも何でもなく、相楽瞑の母であった。

 有能であったが故に多くを背負い過ぎた、一人の母であった。

「娘の死は、瞑の命は私への罰だ。私の過ちへの報いそのものだ。そう思っていた。私は罰を受けた。これで許されるのか? そんなことはなかった。私は鬼で、涙を流すことは無かった。だからなのか。だから瞑はまた戻ってきたのか。私を罰するために」

「あの…」

「私は許されたくない。救いが恐ろしい。罰が怖いんだ。瞑がもし生きていたなら私は――」

「あのっっ!」

 清香は声を振り絞った。

「違います!」

「…ちがうとは?」

「瞑さんは死んでなんて居ません。だから相楽学長に見捨てられてもいません」

「…君は何を言っているんだ? 瞑の葬儀の喪主は私だ。遺骨だって、今も持っている。あの娘の喉の骨だ。それをどうして死んでないなんて…」

「でも、あのS装備の中で生きているんでしょう?」

「亡霊だ!」

「違います! 魂です!」

「同じだろう! それとも肉体は滅んでも魂は不滅とでもいいたいのか、君は!」

「例え肉体が無くなっても、魂だけになっても、瞑さんは学長を置いて行ったりしません!」

「さっきも似たようなことを言ったが…どうしてそんなことが言える。君は瞑の何を知っている。何の接点も無い私の娘のことを、母の私より知っていると?」

「知りません。けど分かります。だって、相楽学長の娘なんですよね!」

「――…」

 驚くべき事態であった。

 ノロ研究の権威でありかつ、特殊刀剣類管理局最高の作戦頭脳である相楽結月が言葉を失っていた。

「お母さんを見てれば瞑さんのことは分かります。お母さんを一人ぼっちに出来るような人じゃあありません。私には…ううん、きっと誰だって分かります。だから生きています。私、そう信じてます。学長はどうなんですか。瞑さんを信じてないんですか」

「…」

 相楽結月は黙考する様子であった。

 六角清香は、その結論を待つ。

「…全く、もって無茶苦茶だ。君が断言したことはその全てが感情論で、論拠の見当たらない推論だ」

「…」

 清香は目を伏せる。

 正直清香は、自分が何を口走ったのかよく憶えていなかった。胸の中にあったことをそのまま言っただけだ。だから相楽学長にどう思われても仕方が無い。

「しかし、こうも思ったよ。論拠が何処かにないものか、とね」

「…え?」

「明日の御前試合準々決勝、対戦相手の岩倉早苗は三年連続ベストエイト進出の名手だ。平城学館予選で君は早苗選手を苦しめている。君から見てどうだ。娘は三年連続で勝てるか」

「わ…分からないです。だけど早苗さんは…一指の太刀は本当に凄いです。出されれば突かれます。それに多分、ですけど…」

「多分、なんだ?」

「多分、あれが完全形ではない、と思うんです」

「…なに?」

 結月も目にしている。三段階迅移すら凌ぐあの技が、完全でない?

「私が戦って感じた刀使、岩倉早苗、さんだったら、更なる上を体得してるんじゃないのかな、って…」

「今まで目にして来た…多くの刀使がコピーして使ったあの技が、デチューニングされたものだって君は言うのか」

「早苗さんのことは、予選の時に研究しました。器用な上に賢いから、器用貧乏にならない怖い相手だ、まともに戦ったら勝ち目が無いって思ってました。作戦を考えないといけなかったけど、結局は自分の剣で戦うのがベストだって…それで結局負けたんですけど…だけど思ったんです。一指の太刀の威力はデチューンされた、まだ抑えたものだって」

「手加減されて負けたって言うのか。君ほどの刀使が」

「手加減、というか、リスクを避けた技だと思うんです。私の感じた早苗さんなら、多分あの上を思い付いていて…」

「それは、どのような?」

「推論、です」

「ああ、構わない。この際推論でもね。君の情報の分析は私が行う」

「…分かりました。でもお話するには条件があります」

「ほう。条件とは?」

「ご自身で瞑さんに、伝えることです。相楽学長が、相楽学長の声で」

 我が娘よりさらに年下の清香が、しっかりと結月の瞳を受け止め、見返して来る。

(成程そうか)

 相楽結月は思い至る。

 清香くらいの歳の時結月は、相模湾大災厄の特務隊を指揮し、作戦したのだ。清香もかつての己の域に至っていても不思議ではない。

 六角清香はあの赤羽刀調査隊の刀使なのだ。

「相手の岩倉早苗は君の平城学館の選手だ。私が了承すれば君は我が校に利し、自校を裏切ることになるがいいのか」

「うっ…か、構いません! 瞑さんと葉菜さんの為なら!」

「よく言った。その意気に免じることにしよう」

 そう聞いた清香の、まるで恋の叶ったような笑顔に、悪くはない、と鬼と呼ばれた女はその心内で呟く。

「大丈夫でしたカ? 何もされませんでしたカ?」

 暫くして部屋から出て来た清香に、古波蔵エレンが寄り添う。

「ありがとう。大丈夫だから」

「…。その様子なら上手くいったみたいですネ。一言言わせてください、アリガトウ、ゴメンナサイ」

「有難う? 御免なさい?」

「アリガトウ、ゴメンナサイ、デス。上手く行くといいですネ、鈴本葉菜の事」

「…ありがとう、エレンさん。何だか上手く行く気がするんです、私」

 さり気なく肩に回したエレンの手が離れた時、その人差し指と中指の間には超小型収音機が挟まれていた。清香が入室する前に仕掛けたものだ。

 今のこの光景も、おそらく相楽結月は監視カメラでチェックしているだろう。高確率で情報漏洩にも感づいている。恐らくエレンが得た情報は、エレンの主、馬庭紗南特祭隊司令の得ても良い情報だろう。

 与えたい情報なのかも知れない。

 どちらにせよ、エレンの為すことは変わらなかった――

「つまりはエレンはん、あんはんは、相楽母娘の事情を汲んで、明日早苗はんに敗北せよと言わはりますの?」

 エレンの話の趣旨は、丹穂の言葉通りに聞こえる。

「どう聞くかはオマカセでス。ドゥ・ウォンチュー・ライク。あとはお好き二」

「…私、写シ張れないんだよ。その話、意味あるのかな」

「サナサナには無い、カモしれませんネ。けどワタシにはありマス」

「どんな?」

「一つは、フェアじゃないと思ったからデス」

「フェアじゃ、ない?」

 早苗と丹穂は、顔を見合わせた。このような話、どう聞いても明日遣り難くなる以外ないように思われるが…

「ワタシがそう、感じたダケ。ジャスト・ア・イット。サナサナ、貴方には聞いて欲しかった。明日アナタが、その技で貫くモノの事」

「でも、だから私は写シが…」

「貴方は、諦めていなイ。ワタシと、おなじように」

 明日第二日第一試合で、馘と対峙するのは十条姫和である。

「ワンス、モア(もう一つ)。明日の第二試合は行われまス。例えどんなに不利でも、明日の試合に限っては、十条姫和は負けませン」

「何故、って聞きたいけど、分かるよ。何となく私も、そんな気がしてるんだ。だから多分、今、こうしてるの」

「アリガトウ」

 古波蔵エレンは、思った事そのままを言葉とした。

「信じてくれてるんですネ、ヒヨヨンのコト」

「それだったら、私も有り難うだよ。十条さんのこと、信じててくれて嬉しい」

 五条丹穂は、この時の早苗の横顔を忘れることはないだろう。

 岩倉早苗という人は、己の信じる人を同じく信じると言われて、このような顔の出来る人なのだ。

「キヨキヨの話にもあったのでこの際言いますガ、金剛身と八幡力は、ある程度発動シーケンスが似ているとワタシは思っていまス」

「そうだね。ずっと私もそう思ってた。古波蔵さんほどの刀使が言うんなら間違いじゃなかったんだね」

「だったら、シーケンスを共用していくのはオケ、になりませんカ」

 成程、フェアとはそういうことだったか、と五条丹穂は感心する。

 古波蔵エレンは、早苗と瞑、双方に対して出来得る最大限の支援を行うつもりなのだ。

(古波蔵エレンはん。私が母さまの影ならば、正しく長船学長、馬庭紗南の影)

 影は、その主の意思を代行する。

 ならば何と優しい、心強い主であるのか。

(母さま)

 どうか私たち、娘たちの行方を、お守り下さりますように。

 

***

 

 折神邸正門をくぐり、続いて中門を抜けると正庭、と呼ばれる広場に出る。

 庭、といってもそれを思わせるような池やら植込みやらは何もなく、四辺に灯篭が配置されるのみであり、只北面に常置される三分の二反、26メートル四方四面の石台が異彩を放っている。この為大抵は「御本家グラウンド」「折神家トラック」などで通じる。実際戦前は嬢子隊の練兵施設となっていたこともあるそうだ。

 令和元年度御前試合第二日(だいにじつ)深夜4時、夜闇の折神家正庭石台。

 その真ん中、開始線付近に灯した燈明の如くに、立つ女の姿が在る。

 刀使たちの朝は早く、夜回り明けでもない限り、夜明け前には寝床から抜け出してジャージに着替える。一般的なサラリーマンがアラームをセットする7時ころには当たり前のように道場で声を出している。

 そんな刀使たちがまだ寝息を立てている時間であった。

 弓手に童子切安綱、馬手に大包平。一方はその前身を神の五体の一つ、一方はそれより分たれ生じた女神であったとされ、伍箇伝にあって最重要の二振りである。安綱含む天下五剣と、その安綱と陰陽対極とされる大包平は今まで適合した刀使が現れたことが無く、唯一折神の直系のみがこれを携え得た。令和現代において折神の刀使は唯一人。

 女は、折神紫であった。

 写シを張り、既に臨戦である。

 そうして紫は、待っているようであった。

 誰をか。

 夜が白み始めるころ、紫の待ち人は歩み来る。

 正門より堂々と、であった。本日折神邸は正門中門を解放し、守衛も退避させていたのである。

「今際流試刀術、御招致に応じ只今参上」

「公儀御試役殿に於かれては連日に渡り承応頂き、謝辞申し上げる」

「当方折神に仇を志す身故、礼に及ばず。我ら今際の亡き今天下の刀使の棟梁と成られたと聞き及ぶ故、御一新の世と同じく、朝敵殺伐の刀使勢を所望」

「維新を経、敗戦を経て我が国は変わった。佐幕薩長、今や過去のもの。折神と今際、相争う理由はないと覚える」

「折神御本家に在られては遠き過去であっても、当方に在っては、我が身を切り裂かれ、我が母を切り裂かれたのは過日のことに御座る。百年の果てに棄却せんと為されるならば幾度であっても迷い出て、今際の怨み、折神の骨髄に刻むるもの成り」

「されば、公儀御試し役殿に於かれては、この紫を今ここで斬ったとすれば、その昔年の恨み晴れ申すか」

「晴れ申さぬ。恐らくは、我が身既に怨霊と成り果て申した。この恨み断ちたくば、我が身我が魂魄をその陰陽二刀により断たれたし」

 陰陽とは左手と右手を示し、紫の諸手の二刀、童子切と大包平を指す。

「当家の史記によれば、我が先々の先代は朝命により今際一党悉くを皆殺したと在る。この上まだ尚、重ねて今際の者を斬り続けよと申されるならば、この紫、不承知と申し上げる。刀使は殺伐を事とせず。祓い清めるが本分とは今際の者も知ろう。当折神家は刀使を束ねる長家なり」

「それでは戦になり申さぬ。折神御本家に於かれては、曲げて掛かる火の粉を払われたく存ずる。折神一門覆滅はこの乱世の悲願なれど、あくまでも私事、私闘に御座る。よってこの仇討ちに正義は御座らぬ。邪を行う刀使は、その五一の剣の刀使技で払うも折神の役儀と聞き及び申す」

 五一(ご・いち)の剣とは、折神の至宝、天下五剣と大包平の俗称であった。

 巷間に曰く、人が神の似姿であるとするならば神も人と同じく五肢を備える。天下五剣とは神の五肢であったものだが、ならば大包平とは何なのか。

 人に尾は無いが他の生き物にはある。つまり大包平とは神の六肢目であり、即ち尾ではなかったのかと。何かの過程で神は尾を切り分けた。よって古き神は竜尾を備えるのではないかと。

 神道各派は様々な説を伝えているが、折神の伝えるものは、只刀使の業のみである。

「…我が身を邪とまで申されるならやむを得ぬ。百年越しの決着、この折神が副当主、不肖、紫が承ろう」

「折神家御当主には、乱世の私事に応じ頂き感謝を申し上げる」

 両者共に抜き身であった。

 最早言葉はない。中世日本に栄達を極めた刀使家両家の末裔二人と、その三振りの御刀のみがものを言う状況となりつつあった折神家正庭に、一筋の電が奔るかと見えた。

「何を勝手に始めている」

「「…!?」」

 まさしく雷霆であった。

 一体何処から飛んできたのか。

「組み合わせを見ていないのか? お前の相手はこの私だ、馘」

 雷光を瞳に宿しつつ、小烏丸と十条姫和が、決闘の折神家正庭に立つ。

 

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