よかった。
早苗の心境はこれに尽きる。写シを張ることが出来た。試合はまだ、終わっていない。
「はー…っ、はー…っ」
絶え絶えの我が呼気を、早苗は他人のもののように聞く。
冷たい汗が前身を覆っている。指摘を使ったせいだ。我が指を切り落とした上に、唯一の太刀の威力を受けたせいだ。指摘の高威力でなければ相殺しきれなかったのは明白だった。
そう、早苗の目的はハナから、唯一の太刀の運動エネルギー減殺にあった。姫和が場外に飛び出すのを阻止したかったのである。迅移と金剛身のコンビネーションである一指の太刀では不可能なそれを、迅移と八幡力のコンビネーション、指摘が可能とした。
代償があるのは分かっていた。それでも、姫和の場外で試合が終わるのだけはいやだった。
(借りは、返せた、かな…)
概ね、成功した。姫和は場外に飛び出ることはなかった。一瞬写シを失ったもののすぐに張り直すことが出来、試合は再開された。
ただ、残念なことに、ほんの少し愛おしいこの時間を伸ばしただけに過ぎないようだ。姫和は四度の唯一の太刀を放ち、早苗が指摘で応じる。両方が写シを失う。姫和は張り直せても、早苗は写シを張り直せるか分からない。
姫和の勝利だ。
結局、明日、舞衣に会うことは叶わない。可奈美と戦うことも叶わない。
己は姫和の、思い出になる。
この先、己の歩んでいく未来に、姫和は居ない。
姫和は、己の過去にしかいなくなる。
(…いや)
柳瀬舞衣に当てられたのか。
こんなに欲深な女のコだったなんて、早苗自身思いがけないことだった。
(いやだ。指切、したんだ。だから…)
白昼の折神正庭を、光芒が昼尚明るく照らし出す。
「む…まさか」
木寅ミルヤは眼を細める。
威力型の指摘が唯一の太刀に対抗出来ないのは明白だった。一方的に写シを飛ばされるのがオチだ。しかしもし従来型の一指の太刀ならばどうか。
写シは飛ぶかもしれない。しかし金剛身の恩恵で回復できる可能性がある。一方姫和は、場外に飛び出してしまうだろう。三度目の場外は合わせて一本、姫和の敗北となる。
(これが本来の狙い)
しかしどうにも、膝を打つことがミルヤは出来ないでいる。
「私には分かる」
六角清香のそんな言葉が、どうにも引っかかっている。
剣則刀理の外にあるそれが、斬られれる前に斬るとかどうとかの埒外にある何かが、御前試合準決勝の第一試合を支配しているのではないか。
(来るか、岩倉さん!)
指摘ではない。一指の太刀だ。金剛身を用いていることが、早苗の右指から発する火花から分かる。
どちらにせよ、姫和には他に手段が無い。これのみが、早苗に対抗する手段だ。
早苗に救われたことは分かっていた。もし早苗が指摘でなく一指の太刀で来ていたら、多分場外判定で試合は終っていた。早苗は写シを失うかもしれないが、金剛身の恩恵で、張り直せる可能性は高かったと思う。
つまり本来なら、敗退していた我が身である。
それ以前に唯一の太刀をわざと外して場外をくらったりもしていたのだが姫和の念頭にはない。本年度御前試合選手としての姫和は今しがた敗れた。この石台に立っていていい刀使では既になくなった。
(御前試合の石台の上では死したも同然の身だ。だから…)
だから、行くぞ、岩倉早苗…!
「唯一の太刀…!」
左前の陰に構えた右足を蹴っての迅移。続いて、踏み違えた左足での迅移。
二段階迅移中に二段階迅移を重ねて再加速することにより、三段階迅移すらも上回る速度に達する伍箇伝創立史上、いや刀使の重ねて来た歴史においても最速最強の迅移であろうこれを、受け得る刀使は未だ居ない。
姫和は場外反則を貰うかもしれないが、早苗の写シが飛ぶのが先だろう。三度目と違って、ダメージの蓄積がある。再展張できなければ、早苗の判定が先んじられる。決勝進出への、これが勝ち筋だ。
姫和が勝利を手繰るか。早苗の計が嵌るか。
(む…これは…)
違和感を覚えたのは少数だろう。
(違う。これは…)
一指の太刀ではない。
「あ、ああ!」
早苗の右指より、眩い光が途絶えた。代わりにキン! という金属か何かを断ち切るような音。
「ああああああああ!」
早苗の右手から何かが飛んだ。
早苗の指だった。
(((な…!)))
環視の刀使の誰もが瞠目した。紫すらもそうだった。
(な…に…?)
二条の突きの電瞬の交錯。その結果は前の四度のどれとも異なっていた。
「が…!」
姫和が膝を付いた。
写シが消し飛んでいた。一方、早苗は…
「はーっ、はー…っ、は…」
荒く波打つ息の内に、写シが溶け失せていく。
「両者、写シ」
ここで主審、紫が割って入る。
「自分で写シを解いた?」
「どうしてでしょう。試合、止められるかもしれないのに」
「解いた、のではないのかも知れません」
「解けたんだろ。自分の指を斬ったダメージで」
ミルヤに継いだ呼吹の言葉に、美炎も由依も清香も、只々言葉を失う他にない。
「いや、唯一の太刀のダメージもあるのかもしれませんが、しかし、今のあれは…」
指摘とも、零指とも違う点がある。
「一指の太刀は金剛身と迅移の連携です。硬化した右手指を損傷することはありません。しかし、今の一指の太刀は…」
ミルヤの鑑定眼に誤りはない。如何なる刀使技も極めを付けることが出来る。山城由衣に説明しつつも、木寅ミルヤはそれでも、己の見たものが信じられない。
「…迅移と金剛身に、八幡力をプラスで連携させたんだ」
衛藤可奈美の見立てもミルヤと同様だった。そもそもが刀使技二つを連携させて行けるのは、単純に刀使歴を重ねた高等部高学年の、それも限られた刀使だ。旧親衛隊で現特務隊に属する獅童真希や此花寿々花などなら行い得るだろう。中等部の早苗が迅移と金剛身を連携させる時点で十分驚くべきことだった。さらに八幡力の連携を加えたとなると、伍箇伝創設史上初、記録に残る刀使の中にも類例が無い。
「でないと、金剛身で金属になった指を切り落とすことなんて出来ないよ」
「そうかもしれないけど…」
「迅移の最中に金剛身して、その上八幡力なんて、出来るんでしょうか」
「出来るんだ、あのひとには。じゃないと説明出来ない」
右手指より飛散する火花は、従来型の一指の太刀特有のもの。これにより金剛身が使用され、右手指が金属化していたことは間違いない。問題はその後だ。火花が途絶え、中に舞った右手指を、可奈美でなくとも目にしたであろう。可奈美の言葉通り、珠鋼の刃を以てしても、八幡力の仕業無ければ不可能なことだ。
「だけど不可能を可能にした結果、金剛身の身体のまま、迅移プラス八幡力のパワーとスピードで、唯一の太刀を凌いだ。んーん、唯一の太刀に勝った」
咄嗟に、そんなことが出来るものなのか。
思いついたとしても、実行しようと思うものか。実行しようとしても出来る者なのか。
(なんだ…今のは…)
姫和は辛くも、立ち上がったところだ。写シはまだ張れていない。
次に場外反則を取られたら敗北することは分かっていた。
指摘のパワーは唯一の太刀の運動エネルギーを相殺し切る威力を有する。だがそれ故に場外に飛び出ることは無い。さらには金剛身を用いない為、使い手の早苗は痛手を負う。
こちらも相応にダメージを負うが、場外負けより余程いい。分の良い交換条件であった。
次も指摘で来てくれれば勝ち目が出て来る。しかし、賢い早苗がそれをしないことを姫和は分かっていた。従来型を早苗が使ってきたら、威力は相殺されず、こっちは場外に叩き出される。早苗が写シを回復出来れば敗北だ。
かといって、一指の太刀に対抗する手段は姫和には無い。場外の危険を冒しても唯一の太刀を出すしかないのだから、流石の作戦能力であった。
このような理由で、姫和は敗退を覚悟していた。リスク無しで勝利出来る相手では到底ないのは理解しているつもりだった。
早苗はしかし、姫和の理解を超えて来た。
一指の太刀…その新たな、未知のバージョン。いや、究極型といっても良いであろう。
「…指切」
「…ゆび、きり?」
指切をしたのだ。姫和を止める為ではない、超える為の指切。
舞衣にあてられた、と思った。欲張りたくなった。その為には、明日の約束が必要だった。姫和を超えた、明日の約束。
出来たのは、偶然。まぐれだった。姫和の場外負けだけは阻止したかったし、だからといって指摘で行ったら試合は終る。どうしたらいいのか分からなくて、出来ること全部をやるしかないと思った。
そしたら出来た。
早苗自身思っても見ないカタチの技が姫和を退けた。
出来たのは偶然でまぐれだった。だけど、そこに導いたのは、昨日の舞衣との指切だったと思う。舞衣の欲張りは、あれですっかり己に感染ってしまった。
(バージョン違いの一指の太刀の名前、考えてんよ。ちなみに零指は近距離型、指摘は威力重視型なん)
昨日の五条丹穂先輩ではないが、今産まれたばかりの偶然でまぐれで奇跡の一指の太刀に名前を付けよう。
(指切…)
早苗が、車となる。
(指切。)
(うん。いい。約束みたいで好き)
微笑みを唇に、写シが蘇る。
しかし姫和はまだ、立ち上がっただけだ。小烏丸を持ち上げることすら出来ていなかった。
「十条! 写シだ!」
「~~ッ!」
主審・紫に辛くも姫和が応じ、車となる。そこでやっと、写シが灯った。辛くも、という感じだった。
(指切。新型の一指の太刀。あれを受けたら終わりだ)
理解できるのはそれだけで、でもどうしていいか分からない。唯一の太刀ですら敵わないのだ。
打つ手が無かった。
勝てない。
やはり早苗には勝てない――
(くそ。弱気になるな。一度後れを取っただけだ。次もそうなるとは限らないだろう。迷うな。行くんだ。いけ。いけ――)
懸命に己を鼓舞せんとする姫和の前で、早苗の右指が眩く、火花を散らし始める。
「~~ッ!」
五度目の突き合いとなる、すんでのところで、姫和は飛んだ。対敵の早苗目掛けてでなく、その逆方向にである。
姫和は激突を回避した。
逃げたのである。
その結果、一指の太刀は空振りであった。新型、指切では無かった。金属を断ち切る冴えた音は、伴なわなかった。
「あれ…さっきは出来たのに…」
突こうと思えば突ける隙だったが、姫和にはそれが出来なかった。足が、身体が逃げたがっていた。生物としての本能が戦うな、逃げろと告げていた。
早苗の唇から漏れだす声を聞くことしか、姫和には出来なかった。
「やっぱり、自分で指を落とすのなんてムリ。でも、やらなきゃ。頑張らなきゃ。歯を、食いし、ばって…」
「う…!」
またも、右指の光芒。
照らし出される、早苗の形相。
「うわあああああ!」
姫和に出来るのは、逃げ惑うことだけだった。
可能な最大の迅移で横っ飛びに逃れた。なのに突きは皮膚を削り取っていった。
「あっ…」
逃げすぎて、石台から転落するところであった。
(くおお…!)
咄嗟に、小烏丸を突き立てる。それで踏みとどまれた。
片足はもう石台からはみ出して居り、その片足が地面に着いて居たら姫和は敗退していただろう。
「はあ、はあ、は…」
刃を受けた訳でもないのに、姫和の息は上がっていた。
回避に徹しているから逃げられるのであって、下手に反撃しようとしていたら確実に突かれる。
(まるで別人じゃないか! 本当にあの人当たりのいい岩倉さんなのか!?)
食いしばった奥歯の音が聞こえて来そうだった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
凄まじい形相となっていた。
(当たり前やけど、完成に至ってへんな)
五条丹穂は昨夜早苗と会っているが、新技を開発しているような様子は見てとれなかった。「持ち技で勝てるのか」などと焚きつけはしたが、まさかこのような形で究極型の一指の太刀を持って来るとは。
(姫和はんには鬼神の形相に映っとるやろうけど、その実は指を詰めるんがただただ怖いんや。恐怖で顔が強張っとるだけや)
さっき唯一の太刀に勝ったのは強運であったと丹穂は思う。たまたま指を斬り飛ばすのが速かったからタイミングを被せられた。
タイミングさえ合えば、金剛身の恩恵で突き勝てる。でも、もし遅れたら?
(遅れる可能性が高い)
そんなに思い切りよく自身の四肢を斬り飛ばせるような人ではない。
温和で知的でこの上もなくまともな、まだ高等部に上がりたての少女なのだ。
そうなれば、勝負は終わりだ。早苗は技の起こりを一方的に突かれる。
(成功したのはまだ一度きり。二回失敗しはってる。姫和はん、早うそれに気づかへんと…)
早苗の技の精度が上がる。手指と泣き別れの覚悟が決まる。そうなれば勝機はなくなる。
(もはや勝機はないぞ、十条姫和)
一方、朝比奈北斗は戦況を見据える。
(忍の心を練り上げるが馬庭念流の猛稽古。心を刃で押し切るが忍の境地)
見てくれからは想像も付かないが、姫和と出会うまで何年もの間、真庭念流の荒稽古に親しんで来た早苗であることを、北斗は知っている。
馬庭念流の稽古からは離れても、そのこころは今も早苗を支え続けている。
(心を斬り得る者ならば指も斬り得る。故に放つことが出来る…!)
五度目の突き合いは、二度不発となった。
三度目の正直となるか。それとも二度あることは、となるのか。
「は―…っ は―…っ…」
早苗の方も、息は完全に上がっている。
それでも、千住院力王を後ろ髪と引く。
「今度こそ…こんどこそ…」
「~~ッ!」
姫和は応じざるを得ない。
(勝てない。お母様の一つの太刀をもってしても岩倉さんには勝てない)
強すぎる。
差があり過ぎる。
だからなのか、恥じる気持ちは無かった。
(ごめんなさい、母様。姫和は勝てそうもありません。ですがせめて…)
母の一つの太刀に殉じようと思った。
せめてそうした方が、逃げ回るよりはきっと、母さまは…
「姫和」
我が心中の母の声に、鞭打たれたかと思った。
(…ひより…)
勝つの。
勝つには。
どうすれば?
「ああああああ! ゆび、切り…!」
「……ッ!」
唯一の太刀。
二段階迅移をさらに二段階迅移で加速し、第一宇宙速度にも達しようという究極の迅移。三段階迅移を上回り、四段階迅移の域にすら達しようとする柊一族千年、伝家の宝刀の新たな姿。
けど、もし。
もしも二段階迅移から、三段階迅移を放てば?
放つことが出来れば?
(…いけるか)
論理的には出来る。
出来たとしても何処から何処まですっ飛んで行くハメになるのか見当も付かない。何せ二段階迅移から二段階迅移の時点で制御が上手く行っていないのだ。
場外判定は確実に受ける。
それどころか、空振りすれば折神邸外壁のシミになるのは必定。刀使生命はそこで尽きるかも知れない。
(…いこう)
けれど、それくらいなもの、早苗だって賭けてここに居る。さっきから自分の指を斬り飛ばしているところを見れば、姫和にだって分かる。同じ重りを天秤に乗せなければ勝負の舞台にすら立てない、
(いや)
ではなくて、同じところに立ってみたいと、この時姫和は思ったのだ。
誰かの為だけの剣、というだけなら姫和にも覚えがある。今主審を務める折神紫を討つため、三段階迅移をひたすらに磨き続けた時期が姫和にはある。
何が早苗をそうさせたのかは分からない。でも間違いなくそうさせたのは姫和だ。そしてそれは、姫和が紫に向けていた感情とは違う、何か別の気持ちから発している。
それが一体何なのか。知っているのは早苗だけだ。教えてくれるのは早苗だけだ。
(いくぞ! 唯一の、太刀…!)
発動、二段階迅移。
姫和以外の刀使にとって、二段階迅移は最大速度だ。しかし姫和にとって二段階迅移はまだまだ法定速度、といったところだ。姫和にはまだ、交通法規をブッ千切った、刀使最速の技がある。
(続いて、踏み違えて、三段階、迅移――!)
三段階迅移は、一指の太刀には及ばなかった。
二段階プラス二段階の迅移では、指切には及ばなかった。
(これならどうだ! 岩倉さん!)
より高く飛びたいなら、二段ロケットを三段ロケットにすればいい。単純な足し算だと思っていた。
事態はそんなに単純ではなかった。
「あ…!」
足がもつれた。
ダンスと同じだ。同じステップでも、スピードが違えばミスが起こる。そしてそれは二段階迅移の最中に発生した。
「ぐあ!」
転倒した。一回転するくらいの勢いであった。それでも幸運であった。急速に体制が崩れたために、千住院力王は姫和のはるか頭上を通過して行った。
(く…くそ…)
三段階迅移に必要な体勢を作れなかった。無理に作ろうとしたから足がもつれた。二段階迅移とは違う。より速い矢を発射する為にはより強固な弓が居るのだ。
(落ち着け。分析しろ。何が悪かった? 何が遅かった?)
今は試合中だ。
相手は待ってくれない。急がないと…
「十条。写シを張れ」
「…!?」
写シが無くなっていた。転倒の時か。他に思いつかない。いやまさか、頭一つ分くらいは遥か上を通過して行った指切の威力によるものなのか!?
「写シ…!」
写シを張ることは出来た。
しかしこれにより、姫和は二度に渡って写シを失った。不利に陥ったのがどちらなのか、誰の目にも明らかだった。
***
異様な試合となっていた。
御前試合準決勝の試合時間はたった5分間に過ぎない。そのわずかの時間に選手の両方が両方とも、練習中のように必殺迅移のレベルアップを図っているのだ。そして今のところ、何れも上手く行っていない。
六度目の突き合いでは、姫和は二段階迅移の時点で完全に停止してしまった。三段階の体勢を意識し過ぎたあまり二段階迅移中の技にならなかったのだ。これで勝負が付くかと思われたが、一方の指切の方が明後日の方に飛んで行った。八幡力での手指切断を躊躇った。恐怖のあまり斬れなかったのだ。
七度目では、指切が石台に減り込んだ。恐怖を断ち切ろうと思いきり過ぎたのだ。早苗が一方的に斬られるかと思いきや、今度は姫和が明後日に飛んで行った。二段階から三段階にならず、最初の二段階の無い単なる三段階迅移となってしまったのだ。二段より三段への素早い移行を意識し過ぎた結果だった。
本日より招かれた報道陣には低レベルの試合に映ったであろうが、試合を見守る刀使勢にそのように考える者は居ない。
眼前の試行錯誤が、刀使発祥以来無類であると理解しているからだ。
「「…ッ!」」
幾度となく飛び離れ、車に取る。
何度目かなんてもう分からない。
小烏丸も千住院力王も、互いに触れることすら出来ていなかった。
(分かって、る…)
理由は、早苗には分かっている。
一度は成功して姫和を退けた指切が二度成功しないのは、怖いからだ。我が指を斬る痛みが、身体を走る全神経にこびりついて離れない。反射レベルで忌諱して、身体が思うように千住院力王を遣えていない。
精神力で凌駕すればよい。そのくらいに考えていたのだ。
そんなわけにはいかないことにやっと気付いた。
心は痩せていく。削れていく。人間という生物の仕組みを心で凌駕することは出来るかもしれない。だけどそれを行おうとするたびに、早苗という人間を形成ている心は、早苗という生物の肉体から乖離していく。魂が肉体から離れていく。
今や早苗は、気死しつつあった。
魂が壊れれば人は死ぬのだ。
(…あと、どれだけ…)
どれくらい持つのか。その前にもう一度出来るのか。
我が指を斬るその度に、その千住院力王の刃が我が魂の尾をきりきりと削っていることに、早苗はもう気付くことすら出来なくなっていた。
(やらなきゃ…)
やりたい。けど、どうしてだっけ。
頭の中が白っぽくて、考えられない。見えない。分からない。
もどかしかった。
この霞がかった視界の先には、見失いたくない誰かが居た筈だ。呼び止めたい背中があった筈だ。それだけは憶えていた。だから、やらなければ。
「…ゆ、び、きり…!」
この時、昼尚明るい火花は、ついに、切断音を伴った。
(…二段階迅移)
眩い光だと姫和は思った。京都のあの夜、早苗は姫和の瞳をこの輝きで焼いて行った。
姫和を倒すための。姫和の為の剣であった。
(何故、と思うのは止めたよ、岩倉さん)
単細胞の己に、計り知れることではない。代わりに、近づくことにした。近づきたいと思ったのだ。思ったら止められなかった。
母様への気持ちとは違う。
可奈美への気持ちとも、違うだろう。
姫和のたった十数年の人生で、経験したことの無い眩さ。
目も眩むそれを見据えろ。目を閉じるな、目を逸らすな。あれが、あれこそが私の光。
続いて、踏み違えて…
(頼む、私を、導いて…)
三段階迅移――!