荒神級タイプH、都心に浸透せり。
凶報は荒魂災害対策本部を通じ、自衛隊より警視庁、そして特別刀剣類管理局にもたらされる。たちまちの内に都内には厳戒態勢が敷かれ、夜間外出は禁じられ、昼の活動も刀使が集中警備する施設に限定される。
「…とはいえ、相手は荒神級。対応出来る刀使は限られます」
「その数える程の刀使も、御前試合の予選を控えているから地元から離れられないし」
「その為に我らが居る、ということでしょう」
「馘の上に荒神級だなんて…ごめんなさいね、ミルヤ。付き合ってもらって」
「なに、御前試合より余程、その馘とやらの方が興味深い。幾多の御刀を試斬し刃味(はみ)を定めたという今際一門、かつて折神と並び称された大家と、言葉を交えてみたい」
「交えるのは言葉だけじゃないかも知れないわよ」
「そうならないことを祈るだけです」
ミルヤの祈りは、どうやら天に通じることは無かったようだった。
『非常呼集非常呼集。瀬戸内智恵。木寅ミルヤ。直ちに司令室に来い。繰り返す、瀬戸内智恵、木寅ミルヤ――』
折神本邸各所に配置されたスピーカーと同時に、スペクトラムファインダーのコール音がけたたましく鳴り響く。眼を見交わした智恵とミルヤは、佩刀を手繰って立ち上がった。
「呼集から二分か。流石だな二人とも」
「何事でしょうか、司令」
駆けつけた待っていたのは特祭隊司令、真庭紗南である。手に持ったインカムから、手ずからに放送を行ったものと知れる。
「これだ」
その真庭司令が指し示したメインモニタに大写しになっているのは、都内に張り巡らされた監視カメラの映像であったが――
「これは…」
「殺人事件だ」
真庭司令は端的に、そう言い表した。
「直ちに現場へ向かってくれ。車両は手配してある」
「「了解」」
通常、特別刀剣類管理局も特別祭祀機動隊も、犯罪とは無縁である。殺人と言えどそれは都警の管轄で、特祭隊に連絡があることは普通ない。特祭隊が出向くのは一部の例外を除き、荒魂災害の可能性があると判断された場合が殆どである。
例外、というのは例えばそれが刀剣、分けても特別刀剣で為されたと思われる場合である。
御刀が殺人に使用された可能性があるのだ。
「件(くだん)の馘が容疑者の可能性があると?」
『その通りだが、自衛隊からの連絡も無視はできない。そのタイプHは御刀状の武器を持ち、特駆隊と立ち回りを演じたという話だからな』
用意されたミニパトの後部座席で、二人は道々、真庭本部長より事件詳細の説明を受ける。
「特駆隊――」
「手練れの隊員が居るって話よ。槍者班の班長は超ヤバいって、薫ちゃんが言っていたもの」
『それが取り逃がしたという話だ。脅威は大と考えていいだろう』
「馘とタイプHの二正面ですか」
『二兎を追うは避けたいが、止むを得ん。現場には此花と獅童がもう到着しているころだ。協力して当たれ』
「それは心強い」
現場は都内のど真ん中、新橋駅の程近くの繁華街の路地であった。
平時はパトランプとサイレンで渋滞を蹴散らしながら進まなければならない所であったが厳戒下の都内には乗用車の姿は殆どない。路肩には白黒ツートンの警察車両が、回転灯を旋転させつつ何台も止まっている。
路地の入り口に立つ警官に敬礼し、バリケードの間をくぐって分け入ると、見知った背中が先ず目に入る。
「真希さん。寿々花さん」
「来たか」
「中等部のコたちじゃなくて良かったですわ」
此花寿々花は鼻口をハンカチで覆っていた。獅童真希の方はそれは流石にしていなかったが、険しい顔だ。
理由はすぐに知れた。
(う…)
金気の味に口腔が一杯になる程の血の匂いは、路地表まで漂い出て来ていた。だからそれなりに覚悟はしていたのだが、甘かったのかも知れない。
先ず眼前にあるのは折り重なっっいたと思しき遺体であり、それからその遺体が斬割により噴出したのであろう、赤や黄色の臓腑であった。
それもピラミッド状にかき集めたのではなく、丁寧に上に上にと積み上げたように見える。それはまるで、空手道の手割りで、積み上げられた瓦やレンガのように。
「刀を持った人が居ると通報があって、警官隊が駆けつけたところ、対象がここに逃げ込んだそうだ。いや、誘い込まれたというべきか」
「詳しくは検死待ちですけれど、出血の量や範囲を見ると、死んだ者は放っておいて、まだ息が有る者だけをここに積み上げたように思いますわ。何故わざわざこのような手間をかけたのか、分かりませんけれど」
「生き胴試しです」
木寅ミルヤが、寿々花に即答する。
「いきどうためし?」
「ええ。中世日本、江戸期に今際の家が、罪人などで行ったという試斬の一つです。実際に生きた人間を用いる為、御刀の実用度を測るうえで有力な手掛かりとなったとされます。ちなみに折神家秘蔵の三日月宗近にも七胴落としという異名があります」
「つまり、これは例の馘の仕業である、と?」
「そう考えた方が自然です、獅童真希。ちなみにこれは三胴を土壇払いにしています。相当の腕前であるかと」
「みっつどう? とたんばらい?」
「三つの胴体を、いっぺんに斬り割ったということです。土壇払いは即ち、斬ってなお土壇、即ち地面に食い込んだということです」
刀剣に明るいミルヤは、試斬の予備知識も豊富なようであった。
ちなみに土壇とは、刑場に盛られた血を吸った黒土を指す。土壇場という言葉があるが、これはまさしく刑場で首が飛ぶか否かの瞬間を現わす言葉であるのだ。
「例の荒神を追っていたんだけどな、僕と寿々花は」
「ですが一応、連絡は受けていますわ。そういう不信な刀使が潜伏しているということは」
「荒神型の個体が自衛隊を突破したって話は、私たちも聞いているわ。そっちも相手にしなきゃならなくなるのかって思ってたけど、真希さんと寿々花さんが動いているなら手分けが出来そうね」
「馘は頼む。僕たちは結芽を追う」
真希はそう言い遺し、寿々花が後に続く。
(…え?)
結芽。智恵には確かにそう聞こえた。
燕結芽のことか。彼女はもう故人ではないのか。それを追うとは?
「結芽って、それはどういう…」
そう質そうにも二人は速足で歩み去った後であった。
「馘への対処が先です、瀬戸内智恵。詳しい資料を道々、送ってもらいましょう」
「そ、そうね。行きましょう」
こうしている間にも二人の所持するスペクトラムファインダーには、本部から続々と監視カメラの映像が送られて来ていた。本部オペレーターが分析し選別した良質の映像だ。その時間と場所をさらに厳選し、調査隊の二人は動き出した。
***
痛々しいほどに細い四肢。長く亜麻色に透き通った髪。旧親衛隊の隊服を模したと思われる外皮まで、何から何まで燕結芽を連想させるそいつの足取りに迫るにつれて、スペクトラムファインダーが無音の警鐘を伝えてくる事実が、真希と寿々花に最悪の事態を想起させる。
「結芽ではありません。例えあれがいくら結芽に似ていたとしても、また或いは、元々が結芽であったものだとしても」
「分かっているよ。それよりも、本当に間違いはないんだな」
「結芽の亡骸は私が荒魂として蘇生せぬよう処置をした後、局本部に引き渡しました。そこは、間違いありませんわ。通例ならば遺体は焼却され、残留するノロは回収されたはずです」
「通例ならば、か」
「ええ。通例ならば」
その後、特別刀剣類管理局は発足後未曾有の混乱に陥る。折神紫らは役を追われ、反折神派である舞草の頭目、真庭紗南が実権を掌握する。紫に近しかった高津雪菜や相楽結月はタギツヒメに与し、人類に造反する――
「折神派だった私は、何を調べたくても調べられない立場でした。けれども今や、私たちは旧舞草に対しても相応の信を得つつあります」
寿々花は舞草に投降し、協力をして来た。全面的、いや献身的とも思える協力であった。
「あと少し。あと少しで追えますわ。結芽があの後、どうなったのか」
「その為に君は…」
「その為だけではありませんわ。けれど、大きなファクターです」
「頑張っていたんだな、君は。それに比べてボクと来たら」
寿々花が頑張っていた間、一人合点でタギツヒメを追い、タギツヒメと勘違いされて事態を混乱させていただけだった。
「全く未だに差を縮められた気がしない。それどころかどんどん水を開けられているような気がするよ」
「何を言っていますの貴方は。水を開けられているのはむしろ――」
嘆息する真希に言い募ろうとする寿々花の声が中断する。
スペクトラムファインダーがひと際大きな警報を発したからだ。
「来ますわ!」
「上だ!」
白昼堂々、公衆の面前での強襲であった。
右と左に別れて飛んだ真希と寿々花の真ん中の虚空を、禍神が斬り割る。追いかけていた獲物が事もあろうに、自ら牙を立てに来たのだ。
「此花獅童、対象と接触!」
寿々花がインカムに敵襲を告げる。これで最寄りのSTTが飛んでくる筈である。特祭隊刀使の救援はその先となるだろうが、住民の避難誘導であればSTTの方が頼りになる。御刀も無しに荒魂と格闘するハメになりながらも命を繋いできた、ある意味刀使よりも化け物じみた連中である。
(にしても、これは…)
夢でも見ているのか。
今生もう二度と、まみえることはあるまいと思っていたその姿。
亜麻色の甘やかな長髪、思わず駆け寄って支えたくなるほど華奢な四肢、そしてその――
(夢だとするなら、間違いなく悪夢――)
その、悪戯っぽい微笑みのあるところに嵌っている狂おしく赤い単眼。
単眼以外何もない。
真希と寿々花が願わくば今一度と、もし夢にでも会えたならと今なお願わずには居られない、あの悪戯っぽい微笑みはそこになかった。代わりに有るのは知覚能力のある荒魂が備える、上下左右にイライラと動くあの単眼であった。
「…っ」
ものも言わずに、真希が佩刀の鞘を払う。
「真希さん…!」
皮肉なものであった。
この時寿々花は、真希同様結芽の姿を盗んだこのノロ人形に憤怒を懐いていたが、それ以上に大切なものがこの場には有ったのである。
「分かっているさ。ありがとう」
寿々花の警告に真希は答えた。
平静を欠いて勝てる相手では有り得ない。真希はその正しく警告を受け取ったようであった。
(フ――――ッ)
太古平安よりの源氏歴代の重宝、薄緑が白昼に煌めく。
(ス―――――ッ)
深呼吸であった。
細く長く呼気を引き絞り、その切っ先はゆるゆると動いて中段正眼へと、次第に移動していく。
常の真希だ。平静を欠いてはいない。先ずは、寿々花は胸を撫でおろす。
円弧を描いた切っ先が狙いを定め、ぴたりと止まった瞬間、荒魂は動いた。
「カッ……」
金属と金属を打ち鳴らすが如きその鳴き声。
準備は出来たな。
ではいくぞ。
そう言っているようにも聞こえた、それと共に具風と化して、荒魂は襲い掛かってきた。
「む…!」
「真希さん!」
真希は初手を薄緑で切り払った。
その次も払い、その次もそのまた次も受けた。
「真希さん…!」
寿々花の眼裏に蘇るのは、在りし日の結芽と真希の立合いの風景であった。結芽が仕掛け、真希が凌ぐ。次もその次もそのまた次も真希は凌ぐ。しかし徐々に斬り立てられていく。隙を見つけようにもとうとう反撃が出来ず、最後にはいいのを貰う。
単純にスピードが迅い。
太刀行きもフットスピードもそれを操る結芽の意識も、兎にも角にも迅いのだ。小さな遅れが積み重なり、やがて周回遅れになってリタイアする。結芽と立ち会った相手は大抵が、こういう負け方をする。
(成程。結芽の生き写しなのは姿かたちだけではないようだな)
スピードの速さ、というものには色々な要素が絡む。ハンドスピード一つとっても、筋量を増やせば発生させられるエネルギーは増えスピードに繋がるが、増やし過ぎれば加重となり、逆の結果になるものだ。
ハンドスピードが同等であったとして、次にフォームの問題が出て来る。同じ荷物に同じ力を加えても、それが土の上か氷の上かで結果は異なってくるものだ。刀使が日々励む素振り稽古は一重にスイングの無駄を削り取り、重い刀を滑らす地面を土から氷へと変えんが為だ。
近い、遠い、というのも重要な問題となる。間合い取りの巧拙はスピードに絡んでくるのだ。同じ筋力で同じエネルギーを加えたとしても、移動距離が長いか短いかで結果が異なるのは自明であろう。
結芽の場合、腕力ということであれば一般的な刀使には劣るであろう。
だがそれ以外の全てにおいて世の常のものではない。むしろ下手に筋量を増せば技が曇る、まである。
剣捌き、という言葉があるがまさしくそれだ。燕結芽は操刀の天才であった。才能任せに斬り立ててそのままに勝つ、結芽の剣。
対応が出来るのは異様な学習能力で後先に長けた衛藤可奈美か、二刀の御刀に全く違う仕事をさせられる折神紫くらいなものだろう。燕結芽という刀使は。それほどの怪物であるということだ。
(ハンドスピードが速い。それだけならばいつかは何とでもなるものさ)
(受けていればそのうち目が慣れる。初めはボクもそう思っていた)
まだある。
同じ技が同じタイミングで来ない。
結芽の筋力は一般的刀使の水準にないが故にだ。緩急を付けている、というのではなく、単純に筋力が少なすぎるのである。だから同じように刀を振ってもどっちに飛ぶか分からない。
ところが当の結芽は、それが分かっているようなのだ。だから少々技がすっぽ抜けても対応が出来る。病弱で稽古もままならない身体を押して、まだ戦おうとする我が身のことを一番知っているのは、当然ながら主である結芽自身という理屈だ。
普通あそこまで肉付きが薄い人間は、一キログラムある日本刀をああもスイング出来ない。
金剛力などに頼るのが並みの刀使だが、結芽はそれをしない。あの筋量で日本刀を飛ばして見せる。日本刀という二尺四寸の金属棒にどう力を加えればどうなって、反動が加わればどうなるのか、それを寸毫単位で判断できるから出来ることで、それは、多分誰にも真似が出来ない。
そう、誰にもだ。宮本武蔵にも塚原卜伝にもだ。
燕結芽は天才であった。
刀使発祥以来の才能と、今獅童真希は斬り結んでいるのでる。
(強いな…強い)
技の起こりを盗んで合わすのは極めて至難。だからと言って強引に反撃でもしようものなら、反撃のハの字にもなる前に鱠切りにされるは必定。何せ相手のほうが遥かに迅いのだ。
(結芽は強い。それに引き換え…ボクは弱い)
結芽に始まったことではない。
寿々花は巧かった。
紫様は巧い上にパワフルだった。
真希が今まで立ち会ってきた大抵の相手は、己より強い相手ばかりであった。
(そういえば…)
真希の後輩。あの年の瀬の、折神邸の十条姫和。
(あれは迅かった)
全く無類の速さだった。正直見えなかった。救いはあれの技は速くても単発に成り勝ちで直線的、しかも技の起こりが分かりやすかった。来ると思ったらそこから逃げれば何とかなったのである。
(あれに比べれば…)
襲撃間隔が短くその上にモーションが読めない、ということを除けば、これより速い剣を、今の真希は知っている。
(なんだ。捨てたものじゃあないじゃないか、、ボクも)
成長しているのだ。
かつて結芽に成す術もなかった頃の己ではない。
それに比べ相手はどうだ。
迅い。強い。だけど二年前の結芽だ。
(もし結芽がまだ生きていたら…)
その操剣にさらなる磨きをかけて、誰も及びもつかぬ境地に到達していたであろう。しかしいまここに居る結芽は違う。
「やはりお前は結芽ではない」
真希のその言葉を荒魂はどう聞いたか。
斬り合いの様相が少しずつ、変わって来ていた。
相変わらず斬り立てられているのは真希だ。一度の反撃らしい反撃もない。しかし徐々にだが、荒魂の次ぎ太刀の間隔が長くなっている。
(真希さん…)
寿々花には分かった。寿々花程の者でなければ分からなかったであろう。
真希は剣をただ受けているのではない。
受けた剣を弾いている。
大きく弾き返すことは出来ていないが、結芽の天才を超える剣の挙動を、荒魂の剣に与えている。恐らくは手首の僅かな返し、掌の、指の僅かな傾斜によって荒魂の連撃を小さいながらも払っているのだ。
真希は練習の虫であった。日々の素振りの単純数は時に万単位に乗っているのではとすら言われている程だ。刀使の命、左手首の強靭さならこれにより現役最強、なにせSTTのマッチョマンを腕相撲で捻るほどなのだ。
真希にとっては小さいかもしれないそのスナップが、荒魂にとっては斬撃に斬撃をぶつけられたにも等しいものとなっているのだ。
その斬撃と、斬撃のぶつかる間隔が徐々にだが、広がって来ていた。
即座の継ぎ太刀への体制を整え切れていない。払われた斬撃を立て直すのに、ロスが生じているのだ。
「ギギギ!」
荒魂が吠えた。
払いのけてくる真希の薄緑に力負けしまいと、握る刀に力に力を籠める。
ノロで形成された仮想の筋骨は、生物をはるかに超える力を発揮する。力と力で負けることは有り得ないと考え至ったのだろう。
しかしそうなれば、真希の眼前の相手はもう結芽でも、結芽の偽物ですらもない。
ただの人型の荒魂だった。
「フッ!」
ここで初めて、真希が反撃の短い呼気を放った。
払う。
但し荒魂の刀ではない。
払ったのは刀の柄を保持しているその拳だ。
ギアアアアア!
四散した手指は、地面に付くまでの間にたちまちの内に液状化し、雫と落ちる。
荒魂にとっては毒刃を受けたも同然であった。
「逃がすと思って?」
飛び逃れようとするその鼻先を、寿々花が迅移で抑える。
荒魂の単眼が恐怖と絶望に歪む様を、寿々花は見た。
「!?」
もし、視界の隅で真希がガクリと膝を付いていなかったなら、確実に荒魂の命運はここで尽きていたろう。
「真希さん!」
構わず荒魂を斬り伏せるという選択肢を、躊躇いなく寿々花は投げ捨てた。
繰り返すが、寿々花には何より優先すべきものが、ここにはあったのだ。
「構うな、奴を追え!」
駆け寄る寿々花に真希叫んで寄越した時には悪運強くも荒魂は、遥か彼方へと飛び逃れていた。あっというまに、ビルの谷間に見えなくなる。
「お待ちなさい!」
『待て寿々花。深追いするな』
「!? 真庭司令?」
インカムから入ってきた声は折神本邸の司令部に在る真庭紗南司令のものであった。
『すでに包囲は完了しつつある。お前たちは切り札だ。今は回復に努めろ』
「―――」
真希の写シが飛んでいた。
無傷で勝ったわけではなかった。払った筈の荒魂の太刀は、真希の上腕を斬り割っていたのである。
「真希さん! 大丈夫ですの!」
「どうだい寿々花」
「どうだい、って…」
「どちらが速かった? ボクかい、それとも奴?」
「ハナから相打ち狙いで…全く、貴方という人は…」
この場に寿々花が居たから荒魂は逃れたのだ。
ではもし居なかったらどうなっていたか?
分からない。分かっているのは、姿も剣も結芽の猿真似に過ぎないあの荒魂は、例え猿真似であっても恐るべき相手に違いは無いいうことであった。
***
御刀による手傷は、荒魂にとり毒刃を受けたに等しい。傷は絶対に再生せず、痛覚に相当するものが無い荒魂を激痛で苛む。
人気の無い路地をよろめき進む、真希と寿々花より辛くも逃れた荒魂を出迎える者たちがあった。
いったい何処から這い出て来たのかという数の、仲間の荒魂であった。大きさも様々なら形状も様々。猫程のサイズも居るし、人を模したと思える姿の者も居た。
あの年の瀬に都内に降り注いだノロの分量は、たった一日足らずで今まで国内で管理していた量の数倍と言われており、つまり都内の何処でいつ何時ノロが活性化してもおかしくない状況が未だ続いている。荒魂の活性化に繋がる人の穢れは都内であるから事欠かず、つまり荒魂が小隊単位で同時活性化したとしても不思議なことではなかった。
ノロとは互い引き寄せ合う生体金属であり、優れた荒魂は自然、他の荒魂を従える。これは結芽型の荒魂の云わば、現地徴用の手勢であった。
思い思いに蠢く手勢の手近な一体に、おもむろにその残った左手を付き込む。
貫手を突き込まれた荒魂は暫くビタビタと足掻いていたがすぐ動かなくなり、じきにその左手へ一体となって溶け込んでいく。
次に荒魂が為したのは、今しがた仲間を刺し殺した左手で、我が右の手首を切り落とすことであった。
まるで腐食していく患部を切り落とす、戦場の荒療治のように見える。
手首の消失した右手を打ち振ると、振り下ろしたときには新たな右手首が現れていた。その袖口を模した部位から液状のノロが噴出し、じきに刀の形状となる。
蠢く荒魂たちは、寄せてくる敵の気配を感じていた。
彼らに惧れという感情はない。動く身体の在る限り人に仇為し続ける。例えそれが荒魂にとって致命を与える御刀を持つ相手だととしても、荒魂の行いが変わることは無いのだ。
オミ、ついに初結芽チャレンジです(偽