要人暗殺や破壊工作などの特殊作戦は、進入する兵士によって遂行され、作戦の成否は進入した兵士の成果により決まる。
だが荒魂掃討を作戦目的と位置付けた今回のような作戦で、突入班が成否を決するとは限らない。突入を受けた対象が全て突入班と望んで交戦するとは限らないからである。
荒魂も逃亡することがある。知能の高い野獣などに擬態した荒魂にはその傾向が高い。勝ち目がないと判断したら生命活動の維持を優先することがあるのだ。
そうした荒魂を逃がしてしまっては作戦の目的は達せられない。目的を駆逐ではなく殲滅に置く以上、突入以上に重大になってくるのが包囲だった。
『特別祭祀機動隊総司令、真庭紗南より現場に達する。現時刻を持って、作戦対象の刀使擬態型タイプHをイクサと呼称。このイクサ撃滅が本作戦の最優先目標となる』
本邦の神話よりその名を引く大荒魂の呼称に準じ、ヨモツイクサの名を折神朱音が提案し、それを省略したものが呼称として採用された。最早結芽の偽物でも何でもない、冥王の獄卒というわけだ。
『この作戦で最も危険にさらされるのは突入班である。突入班は遭遇した荒魂を駆逐しつつ区域を検索、保護対象となる市民を発見次第救出する。その過程で突入班がイクサと遭遇する可能性は高い。もしそうなった場合は交戦せず討伐班に通報せよ』
「うい」
『ういではない、はい、だろうが』
突入班を指揮するのは伍箇伝において討伐参加数は髄一と噂される益子薫(ましこ・かおる)である。薫の突入班が荒魂群生地に突入、荒魂と交戦。次にイクサを発見すれば直ちに討伐班に通報。討伐班は直ちに出動、これを殲滅する。これに加えもしイクサや他の荒魂が逃亡した場合、包囲班がこれを食い止める。特祭隊並びにSTT総力を挙げた作戦となる。
『古波蔵、衛藤、こいつの世話を任せだぞ』
「何時ものことネ!」
「あはは…」
益子薫と古波蔵エレン(こはぐら・―)、衛藤可奈美(えとう・かなみ)が率いるのは都心に常駐する古参であった。偽結芽――イクサを撃破する力は無くとも、並みの荒魂に後れを取ることは無いし、何よりそういった、己に出来ることと出来ないことを分かっている刀使たちである。要救助者を探し、荒魂と出くわせば交戦。無理そうならば下がって応援を呼ぶというこの、無理そうならば、という判断がしっかり出来るベテランであった。
なお全隊員に新鋭の、稼働時間延長型のストームアーマーが支給されている。真っ二つにされても写シが飛ばない優れもので、一度も斬られなければ丸一日の間稼働する、ことになっている。
「まあ一回斬られれば稼働時間は1時間になっちまうけどな」
「グランパ、頑張りましタ!」
こうして荒魂の支配区域に突入した薫とエレンであったが、いきなり異常事態に出くわす。
『こちら第一班、イクサと思われる対象を発見!』
「いきなりすぎだよ!」
「まだ突入して五分もたってないネ!」
「すぐ行く無理すんな!」
『それが隊長』
「なんだ!」
『イクサと思われる対象、撃破。液状化していきます』
「…は?」
『こちら第二班! イクサです!』
「何!?」
『こちら第三班! こっちもイクサ! それも二体!』
「何だと!」
「なんかいっぱいいるよ、薫ちゃん」
「どういうことデス?」
状況は現場司令部の紗南にも即座に共有される。
「おそらくイクサが用意した替え玉ですねえ」
播つぐみが見解を述べる。
「そんなことが可能なのか」
「元々荒魂は、生物に擬態したノロですからね。イクサを擬態することも論理的には可能かと」
「いや問題はそこじゃない。替え玉を拵えてかき回してくる荒魂とか、聞いたことも無いぞ」
「新たな発見ですねえ」
「言ってる場合か! これじゃあ討伐班の出動がかけれないぞ!」
前代未聞の事態と言える。
荒魂には知能が無いというのが、最近までの刀使たちの常識だった。現在でも荒神クラスでなければ知能は無いと認識されている。しかし荒魂の頭目に知能があるとするならば、こうした作戦を考えてくる事態は想定出来たはずであった。
「ドローンを撃墜したのもこれを悟られないためか。知恵ある荒魂ってのがこうも厄介だとは」
「どうします、司令」
「突入班、威力偵察に切り替えろ。イクサとの交戦を許可する。イクサを倒せ!」
『いいの!? やったあ!』
この時点でエレンと薫は二人とも、戦闘を部下に任せ一歩を引いている。
怠けているわけではない。備えているのだ。偽物を倒していけばそのうちには本物に出くわす。その時までに写シを温存しておくためだ。
「燕結芽のニセモノだとぉ? 肩腹痛えぜ。こちとらモノホンをぶった切ったこともあるんだぜ?」
「その後メッチャ斬られましたケドね」
「うるせえぞエレン!」
なおこの時点で可奈美は飛び出して行ってしまっている。沢山いるから沢山手合わせ出来るとでも思ったのだろう。よって二人が臨時の決戦主力となった。しかしこの時点で大きく想定と違った作戦となったことは、確かであった。
「随分と面倒なことになってるようだな」
「結芽に似て、悪戯好きな荒魂ですこと」
この時点で獅童真希、此花寿々花の二名はポッドの中である。
S装備の充電設備も兼ねるポッドはロケット推進で打ち上げられ、マッハ5で飛翔、目標地点に衛星からの電波誘導で照準から誤差1メートル以内の地点に落下する。リチャード・フリードマン博士に言わせれば着地だそうだがあの絵はどう見ても墜落、百歩譲っても着弾であろう。当初はS装備運搬用であったが、写シを張った刀使ならば着地のショックに耐えられることから今は刀使の急展開用装備として運用されている。なお着地した時点で写シを一回使ってしまうらしい。有人ミサイルとか神風特別攻撃刀使とか自治体間弾道刀使とかダイナミック宅配刀使とか云われる所以だ。充電しているから問題は発生しないが――
「確かに結芽らしい、と言えば結芽らしいな」
「ええ。結芽も大層、悪戯好きでしたし」
獅童真希、此花寿々花の二名のみ本作戦の中核、討伐班である。
真希、寿々花の刀使としての実力経験は可奈美や姫和に拮抗しうる貴重なものであったが、それと等しく貴重な前線での戦闘指揮能力を併せ持つところが悩ましい。本来なら1列目でなく1.5列目の立ち位置で起用したいところだが、今回はカチコミ役である。
「それにしても、本当に奴は、結芽を擬態したんだな」
「ええ」
結芽は二年前亡くなっている。そして無生物に擬態した荒魂は一例しかない。30年以上も前の相模湾大災厄のタギツヒメのみが例外なのだ。
ならばどうやって擬態したのか。
((まさか結芽は…))
結芽は死んだ。それは二人とも確認していることだ。
だから二人とも、口にはしない。
口にすれば消えそうなほどに、儚い希望であるから。
***
「流石特祭隊。想定外事態でも即座に立て直してるわ」
「薫ちゃん、大丈夫かなあ」
「この調子なら大丈夫。きっと私たちの出番は来ないんじゃないかしら」
折りたたみ式の電子双眼鏡を覗き込んでいるのは、特祭隊の作戦を遠望する自衛隊、特別害獣駆逐隊槍者班、班長の日向野々美と、空自の助っ人八雲未羽であった。
海空自衛隊よりの選抜者と合流した特駆隊槍者班は60名を超えていた。
特祭隊の戦闘を遠巻きにしているのはそれより選抜された10名程で、言うなれば観戦武官であった。全員が御槍を装備しており討伐参加は可能であったが、目下のところその必要は感じられない。
「…でも美濃関の制服いいよね。儀仗隊っぽい」
「え?」
突然何を言い出すのかと、未羽は切れ長の涼やかな瞳を丸くする。
(ええと…作戦に関係ないと思う話だけれど、答えなければいけないのかしら。この場合、感想を?)
リアクションに困惑している未羽と野々美を見比べて、
「えと。あの。班長さんは、儀仗隊に入りたかったんですよね」
こう助け船を出したのは海自出向の櫂潮であった。
(海自さんがに乗った!?)
未羽が真ん丸にしたままの目を、野々美から潮へと向ける。
「うん。男の子しかダメだって知った時にはへこんだよ」
そんな出向槍者二人の様子などお構いなく、野々美は双眼鏡を覗き込んでいる。
「えと。うちも野戦服じゃあなくって、美濃関みたいなのだったらよかったですね」
「うーん、美濃関もいいけど、薫ちゃんとお揃いもいいな」
「あの。長船は、似合う子と似合わない子がいるんじゃないかなって」
(話題が続いてる…)
いや制服可愛いという話なのだろうが、今ここで話さなければならないことだろうか。どうにも野々美のペースに付いて行けないところが、未羽にはある。今のところは大丈夫そうだが、状況が変われば支援突撃となる可能性もある。その為に御槍を持ってきているのだ。
未羽は相応に緊張していたが、野々美はそうでもないらしい。調子を合わせてる潮はどうか分からないが、多分、歴戦のなせる業だろう。緊張感を持っていても固くなってはいないようだった。
(これでいいのかも知れないわね。私も見習うべきなのかしら…ん?)
未羽の覗き込む双眼鏡のレンズに、異変が写る。
手元のズームを操作して拡大したのは突入があったところではない。その外だ。
「いぶり出された!」
傍らで野々美が呟く。包囲網の内縁の辺りで、爆塵が上がっている。それを野々美も捉えたのだ。見ていないようで見ているらしい。
「行こう。もっと間近で見たい」
「COPY」
「了!」
三人の槍者は、仲間と共に飛び出していく。
***
包囲に配置される刀使には限りがある。
正面が広すぎるのだ。
そこで主力となるのがSTTのマッチョ達なわけだが、稲河暁(いなご・あきら)の名は割とSTTに通りがよい。以前安桜美炎や鈴本葉菜らと共に警察へ出向したことが活きているのであろう。
暁の出で立ちに、伍箇伝生徒を思わせる露出は極最小限度だ。袖を抜いて肩に乗せた皮ジャンの、今宵の刺繍はドラゴン・ライジングサン。トッポい見てくれ通り現場叩き上げ、喧嘩の巧さでは伍箇伝髄一とも噂される。前に居ても後ろに居ても頼れる刀使であり、彼女が居合わせたことは包囲班にとっては強運であったと言える。
「おいおいなんだなんだ。手も足も出ねえじゃあねえか」
何事も無かったかのようにむくりと起き上がる。
今しがた写シの上から脳天をカチ割られ、ひっくり返ったばかりである。並みの刀使ならば丸一日は意識が戻らぬ負傷だ。平気な筈はない。
やせ我慢であった。
弱みを見せればなし崩しになることを、暁は知っている。
その暁の眼前に立ち塞がっているイクサは、今突入班が始末している個体とは明らかに、『濃さ』が違っていた。
「手下を見捨てて逃げ出すなんざ、みっともねえぜお前」
こいつは本物だ。
オリジナルのイクサである。
「手下をダミーの群れにして、それに紛れてトンズラのつもりだったんだろうが、あたしらの目は誤魔化せねえ。ここらが年貢の納め時だぜ」
ニンマリと口角を上げる暁を、イクサがどう見たのか分からぬ。
(こいつで誤魔化されてくれよ。流石に余裕がねえんだ)
正直、押せば倒れる状態である。御刀を肩に置いているのは構える体力がないからだ。
(これでもう一回斬られたら刀使生命終了だな。いや、それで済めばいい方か)
一生意識が戻らないかもしれない。写シは未来の己の命。斬られて無事なのは肉体だけだ。魂が死ねば、肉体も死ぬ――
(頼むぜ。急いでくれ)
速く来い。情けねえが今はお前らが頼りなんだ。頼む――
暁の願いは叶えられた。
「カウントダウン入る! 5,4,3、だんちゃーく、今!」
「退避!」
包囲していた刀使達が一斉に飛びずさるのと同時だった。
「ギガ!?」
イクサの前後に、超音速の救援が突き刺さった。
何事かと単眼を瞬くイクサの眼前で、進路と退路を塞いで屹立したストーム・アーマーポッドがそのハッチを解放する。
「待たせたな」
「出前迅速で助かるぜ」
「よく食い止めてくれました。後はお任せくださいませ」
内より現れたのは獅童真希と此花寿々花である。
二年連続の御前試合ファイナリストであるこの両名がストームアーマーを装着して戦った記録は、意外にもない。真希たちが討伐任務の前線に居た頃はS装備は開発中であり、親衛隊入りしてからは討伐から外れることが多く、使用する機会が無かったからだ。
衛藤可奈美らと共にタギツヒメ討伐に加わった折も、旧折神派ということで装着が許されなかった。だから目の当たりにした者たちは幸運であったと言える。
「さて。第二ラウンドと行こうじゃないか」
源氏の重宝薄緑が、白昼にその姿を現す。
***
赤羽刀調査隊は、その全員が制服と御刀を装備して現場司令部に控えていた。
その全員が有力な刀使である調査隊は可能なら現場でバリバリ働いてもらいたいところだが紗南の見立て通り、揃って全員が作戦に気持ちが向いていない。よって無理に戦闘させず、予備として留めおかれている。
もちろん無駄に出来る戦力ではない。もし討伐班の二人が仕損じたなら、継ぎ太刀として調査隊出動が掛かることになっている。
可能な限りは馘に集中させてやりたいという、紗南の温情を誰もが感じていた。
「ごめんなさいね、私のせいで」
「ちちえが謝ることじゃねーだろ」
荒魂討伐と聞けば飛び出していきそうな七之里呼吹に、その気配が無い。もちろんほかのメンバーもである。智恵の傍を離れようとしない。
(瀬戸内智恵の存在の大きさを思い知らされる)
もしこのまま智恵が戻らなければ、己は隊を纏められるのか。木寅ミルヤは自問せざるを得ない。そのようなことにならないで欲しい。というか隊の運営に支障が出るから、という話以前にミルヤは智恵に傍に居て欲しかった。どのようなことでも受け止めて、一緒に考えてくれる智恵という存在はいつの間にかかけがえのないものなって来ていた。
他の皆もそうであろう。
何とか。何とかならないものか。
その方法が無いことは分かっている。刀使である以上何時かは訪れることだと分かっている。しかし、それでも、何とか――
「これは…不明刀使一名、作戦区域に向かっています!」
つぐみの声で、ミルヤは我に返る。
「自衛隊ではないのか」
「いえ、これは…馘です!」
「何だと!」
色めき立ったのは真庭本部長のみではない。
調査隊の面々が、一斉にモニターに身を乗り出す。
(間違いない。奴だ)
着る、というより被っているだけの襤褸は、先の接触と何ら変わりがない。身に帯びた御刀、月山鬼王丸も。しかし、何故、このタイミングで今ここに?
「対応します、本部長」
分からない。分からないが短く、ミルヤは告げた。
「行け」
紗南の回答もまた、短かった。