刀使ノ巫女 if   作:臣 史郎

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馘御用 最終話

 幕末、池田屋の攘夷派を取り締まった新選組の内、死者を出したのは突入した隊士ではなく、裏口を封鎖していた隊士たちであったことはあまり知られていない。突入以上に危険かつ重要なのが敵の脱出を封じる包囲である。

「御用の筋にて罷り通る。邪魔だてすまいぞ」

 馘は、既に抜き身である。

 盾を連ねて城壁となっているのはSTTの隊員である。

 稲河暁を始め有力な刀使も配置されていたが、包囲の正面は長く、全員を刀使とすることは出来ない。それを補うのがべく配置されるSTTは、御刀を携えているわけではないから、写シは張れないし迅移も金剛力も使えない。それを補うために全備重量60キロにもなる防刃防弾装備を装着し、日夜荒魂とジュラルミンの盾と警棒で白兵戦闘を繰り広げ、市民を守って来た猛者たちである。

 全員が何らかの武道の有段者であった。

 それがじりじりと後退していく。

 今際乱世の歩む足元に転がる半透明の板は、STTの用いる特殊強化アクリルの防盾であった。半透明故内側からの視界を妨げにならないながらも20ミリ対物ライフルの接射を受けても割れることが無いそれを、刃物で断ち切ることなど常識的に不可能の筈であった。

 しかし切断は起こっている。それも何度も。

 WWⅠにおいては戦車砲として用いられていた口径の砲を上回る刀勢とは一体如何なるものなのか。

「止むを得ん。発砲を許可する」

「了」

 散弾銃を携えた隊員が、その筒先を向けた瞬間全員の視界から馘が消えた。

「矢弾鉄砲にても苦しからず」

「ちぃッ!」

 隊員が咄嗟に銃を投げ出さなければそれごと真っ二つになっていただろう。

 ここに至って初めて、馘が迅移の踏み込みを遣ったのだ。

 咄嗟に仲間の盾の内側へと飛びのく隊員に対し、馘は二の太刀を継がない。

「我が役儀は試刀、無用の争いは好まぬ。退かれたし」

「分かった。退こう。我々の任務はここまでだ」

 その一言と共に突如、肉弾の城壁が下がっていく。

「馘っていうのはお前かよ」

「…む」

 潮が干くように退いていくSTTの、半透明に霞んで見えなかった盾の裏側より現れたのは、調査隊の六名と、その携える七振りの御刀であった。

「今際乱世。貴方には特別刀剣所持法違反、並びに暴行の現行犯で、同行してもらわねばなりません」

 六名の刀使と七振りの御刀が新たに今際乱世を包囲する。

 木寅ミルヤ。

 安桜美炎。

 六角清香。

 七之里呼吹。

 山城由衣。

 これに鈴本葉菜を加えた六名が現在の赤羽刀調査隊の前衛フルメンバーである。

(こいつがちぃ姉を…)

 本当ならば瀬戸内智恵とそのソハヤノツルギが、ここに在らねばならない。

 でもここには居ない。居ないのはこいつの…馘のせいだ。

 安桜美炎の想いは他の五名も同じである。

「恨みの筋ではないのか」

「我々もお役目であるとご理解下さい。…ただ、その筋が無いと言えば嘘になります。貴方に斬られた瀬戸内智恵は写シが張れなくなれました」

「役儀と言うならやむを得ぬ。怨みつらみもまた斬り合いには付き物故致し方なき事。したが当方にも役儀在り。暫くの猶予を求む」

「貴方の役儀とは何ですか」

「公儀御試し役の役儀は御試し御用の他になし」

「試す、とは何を。何で何を斬るつもりなのですか今際乱世」

「畏れ多くもソハヤノツルキを以って、燕結芽なる刀使を仕り申す所存」

「…!?」

 一同が耳を疑う。

 燕結芽はもう居ない。二年前に死んだ。その筈だが…

(いや。燕結芽ならば居る。そのニセモノ、イクサが)

 では、ソハヤノツルギでそれを斬る、とは?

(いや、まさか)

 ミルヤは我が眼鏡を取り払う。

「…ソハヤノツルギだと!?」

「え!?」

「ソハヤノツルキです。今際乱世はソハヤノツルギを所持しています…!」

「どういうことなの? ソハヤノツルキは今もちぃ姉が持ってて…」

「分かりません。ですが間違いありません。あれはソハヤノツルギです」

 木寅ミルヤの固有能力、御刀定めの鑑定眼に間違いはない。ミルヤが言うのであればあれはソハヤノツルギなのだろう。しかし、何故? 瀬戸内智恵ならばまだ現場本部に居るはずだ。その智恵は御刀の返納を猶予され、まだソハヤノツルギを佩いているはずだ。

「ちぃ姉! ソハヤノツルキは!?」

『こちらに有る。間違いないわ。けど…』

 智恵はモニター超しに、馘の御刀と我が腰の御刀を見比べる。

 画面の精度の関係で刃紋までは見て取れぬ、しかし刃渡り身幅に腰反りに至るまで我が佩刀ソハヤノツルギの鏡写し。

 しかし何故ソハヤノツルギが二振り在るのか。大体先ほどモニターを確認した時には、馘は月山を帯びていた筈だ。

「どういうこと!?」

「どっちかが本物でどっちかが偽物ってことかしら」

「どっちだっていいだろ、こいつをとっ捕まえてしまえばいいことだ!」

「「待って!」」

 美炎と清香が期せずしてハモった。

「ダメよ、それはダメ」

「何でだよ! 清香はムカつかねーのかよ! こいつがチチエをやったんだぞ!」

「でもダメだよ。私たちが斬って祓うのは荒魂。刀使じゃない」

「もう冥加刀使の時のようなことはいや…」

 かつて調査隊は凄絶な同士討ちを行ったことがある。

「「…!」」

 冥加刀使としてタギツヒメ側に付いた山城由衣と鈴本葉菜、その両名共が清香の言葉に居竦む。途中より洗脳から回復した由衣は兎も角、葉菜に至ってはつい最近に至るまで、調査隊のメンバーとの面会すら避けていたのだ。

「…事情がお有りとお見受け致す」

 馘は包囲の真ん中で調査隊のやり取りを聞いていた。

 葉菜と由衣が気を取られた瞬間は隙であった筈だが、そこを突いて出ることはしなかった。

「当方も無用の斬り合いは好まぬ。御試し御用の首尾によっては、預かり入れたるソハヤノツルギはお返し申し上げる所存」

「預かり…って? 御試し御用って貴方はこれからなにするつもりなの?」

「先ほど申し上げた通り、ソハヤノツルギを以って、燕結芽との斬り合いを所望」

 燕結芽はもう居ない。死んだのだ。

 だが燕結芽は居る。その化身たるイクサが今ここに。

 これを討伐する為に、大勢の刀使たちが命がけの作戦に身を投じているのだ。

「イクサとの戦闘を望む、と言っているのですか」

「燕結芽に化生した荒魂をそう呼んでいるのならば、その通りに御座る」

「ソハヤノツルキの技を以って、とは」

「今際流試刀の秘奥に関わる事故、お答え致しかねる」

 言っていることの意味が何一つ分からない。

「無用の斬り合いを望まないのは私たちも同じです、今際乱世。ここは私たちに…」

「待って、ミルヤさん」

「安桜美炎?」

「ねえ、言ったよね。場合によってはちぃ姉にソハヤノツルギを返すって」

 確かにそのようなことを言っていたが、ソハヤノツルギは今も智恵の手元に在る。

 だがしかし、乱世の手の内にもまたソハヤノツルギが握られている。

 このような不可思議が起こり得るのか。

「どういうことなの。貴方のソハヤノツルギは何? それがソハヤノツルギだったら、ちぃ姉の持ってるソハヤノツルギは何なの?」

「瀬戸内智恵の差したるものこそ実のソハヤノツルギ。ここに在るはその写シに御座る」

「…え?」

「先も申し上げたる通り、当流秘奥に関わる仕儀なれば、本来今際流皆伝印可を持たぬ貴君に語る事は許されぬ。しかしソハヤノツルギとは浅からぬ縁の方であることは今やこの乱世も知るところなれば推して申し上げる。我が手に在るものはソハヤノツルギの写シに御座る。これが我が手に在る以上、瀬戸内智恵様に於かれては、写シの技を行えなくなっているものと推察致す」

「やっぱこいつが原因なのかよ!」

「待って!」

「止めるな清香! この野郎は私が…」

 二刀の抜き身を引っ提げ詰め寄ろうとする呼吹を、清香が必死で押しとどめる。まだ美炎の話は終わっていない。そして、美炎の話は上手く行っているような気が、清香にはしていた。

「さっき、ソハヤノツルギを返すって言ったよね。そんなこと出来るの」

「出来申す。試刀次第によってはお返し申し上げる所存」

「次第…って? それ次第では返さないことも在るってこと?」

「如何にも」

「どうすれば返してくれるの? 私、まだちぃ姉と一緒に居たい。だから返してもらいたいの。ねえお願い、ソハヤノツルギを返して!」

 その表情は目深になったぼろ布の奥であり、理屈も飾り気も何も無い美炎の言葉が、明治維新より這い出て来た亡霊が心を動かされたかどうかは窺い知れぬ。

「…先ほどイクサとの斬り合いを望むと言っていましたね。それを踏まえて今一度問います。今際流試刀術がイクサと斬り合う理由とは?」

「…試刀の技に五法有り。一つには棒試し、これは木材を断ち試すもの」

 突如何を言い出すのかと、調査隊の面々は目を細める。 

「一つに巻き藁試し、最も広く行われたるもの。一つに鹿角(への)試し、これは鹿の角を用いるもの。続く屍試しは文字通りの遺体を斬るもの。そして水試し、これは心気を凝らし水を打って御刀を極める離れ業」

「――」

「今より我が身の試みんとする影試しは、五法を行い過たぬようになって伝授される今際流試刀の秘奥、御刀の刃味のみならずその御刀を佩く刀使をも試さんとするもの。国家鎮護の為各地に配された刀使とその御刀の代変わりが近づく度、我が一門が召されお役目を行い申した」

「それを行うためにイクサと戦うというのですか」

「如何にも」

「その合否とは」

「ソハヤノツルギの刀使がそれに合相応しいか否か」

「それを判断するのは」

「当一門に一任されて御座る」

「では貴方の匙加減一つで、我々は仲間を失うということですか」

「そのように成り申す。したが…」

「が?」

「…」

 今際乱世の視線はボロ布に遮られ、その行方は窺い知れぬ。しかしそれは一瞬、安桜美炎を見やると思えた。

「…瀬戸内智恵殿に於かれては、良き剣友をお持ちになった。安桜美炎、と名を聞いたが」

「…はい。美濃関学園中等部三年、安桜美炎です」

「その者のここに在るを以って、きっと明るき御用次第となるものとこの乱世、覚え申す」

 微笑んだ、ものか。

 表情は窺えねども、声色にその気配を感じる。

「…如何しますか、真庭本部長」

『ううむ』

 事の次第は全てモニターされ、音声と共に現場本部に送られている。

「まさかの二正面…」

 つぐみのこの言は紗南への言葉ではなく、我知らず声に漏れた心中であった。

(…確かに想定外の二正面。しかし…)

 数瞬の黙考の後、紗南は決断する。

「イクサとの戦闘を望んでいる、と言ったか」、

『確かにそう言っていました』 

「言われた通りにしてやれ。獅童、此花、討伐作戦を変更する! 聞こえるか! 作戦変更だ!」

 

***

 

 戦闘中に作戦が変更となるのは珍しいことではない。

 戦闘とは混沌であり、小さなミスや思い違いの連続である。そのような中に在って秩序を貫いた者が戦闘に勝利するとされる。獅童真希も此花寿々花も歴戦の刀使であり、戦況の急変はある程度、折り込んでいる。

「馘とイクサを!?」

『そうだ』

「正気ですの!?」

『冗談でこんなこと言えるか』

 先の「第一ラウンド」と変わって、専ら今イクサに対抗しているのは寿々花であった。

 寿々花が好き好んでのことではなく、真希を手強しと見たイクサが斬り込むのを嫌がり、突破対象に寿々花を選んだからである。

 真希はイクサの斬り込みを切り払って対抗したが、寿々花はそれと別のアプローチで対応した。

 攻め立ててくるイクサの太刀を受けるところは同じ。

 その内の幾つかを、払うのではなくスエーして空振りさせていっている。

(私には真希さんのようなゴリラではありませんもの。このようなやり方をするしかありませんわ)

 刀に加わるあらゆるベクトルを巧みに次の斬撃に繋げてくるイクサであったが、空打させられたらそれが出来ない。加えて空いた両手に違う仕事をさせることが出来る。

 誰にでもできることではない。天凜に加え結芽の剣を良く知る寿々花なればこそ出来ることであった。一撃入れるには及ばぬものの、何度かの反撃がイクサの拍子を狂わせている。

 仕合で言えばイクサの優勢だが、決定打が与えられない以上イクサの敵は減らない。早々に始末しなければ、控えているさらなる強敵、獅童真希に対処が出来ない。

 

「ギギギィ!」

 

 イクサは忌々し気に哭く。

(案の定、雑になってきましたわね。こんなところも結芽にそっくり)

 このような所が無ければ、紫に一太刀くらい、浴びせてのけることもあったであろう。

 結芽は操刀の天才であったが、同時にほんの、思い通りに行かないと我慢が出来ない我儘な子供であったのだ。

(もし…結芽があのまま、生きていれば…)

 結芽の剣は経験による重厚さを加え、他を圧倒しただろうに。己など及びもつかぬ境地に達していただろうに。

(それなのに…どうして逝ってしまったの…)

 頃合いを見て、寿々花は大きく退く。

 逃れる為ではなく、司令に従う為であったが焦るイクサにはそうは見えない。寿々花を退けたと見たイクサは寿々花が退いたそこを手薄と一目散に駆けて抜ける。しかし、駆けて抜けたその直線上には――

「イクサと馘、同時に相手をすれば確かに二正面の挟み撃ち。しかしこれが相打つとすれば――」

 真庭本部長がほくそ笑む。

 これはまさしく漁夫の利ではないか。

 

「ギ!?」

 

 脱兎となって賭けて来たイクサの正面に立ち塞がった者が居る。

「公儀御試し役にて御座候」

 ソハヤノツルギ、その写シを構えて立つのは馘、今際乱世である。

(乱世さん…貴方は一体…)

 何を期して立合いに臨むのか。ソハヤノツルギの何を試そうというのか。現場司令部のモニター超しに、瀬戸内智恵は固唾を呑む。

 

***

 

 イクサと馘。

 その周囲は、さながら壁を巡らせた闘技場の如き有様となっていた。

 壁となっているのはSTTの防盾。その前には赤羽刀調査隊の六名が要所要所に立つ。イクサも馘も逃がさぬ布陣である。

 相打ちとなれば尚善し。生き残ったとしても消耗しているであろう片方を倒す。

 その為の布陣であることは明白だった。

「あ、二刀流の刀使ちゃんが居る。確か七之里呼吹、って名前だったっけ。でもあいつの相手をしているのって誰だろう。調査隊なのかな」

「伍箇伝の制服を着てないわね」

「えと、その多分馘って刀使だと」

「凄い潮ちゃん! 何で分かるの!?」

「いえ、あのさっきからオープン回線で無線が行き来してますから、それを拾って」

 その外縁で、特駆隊の面々は観戦している。もちろん日向野々美には、観客で終始するつもりはない。流れによっては手を貸すつもり満々であった。

 特祭隊の精兵のみならず特駆隊までもが包囲に加わり、イクサの命運は尽きたと言えるであろう。そうと知ったか今や、イクサの雰囲気は先ほどと一変していた。

 本性が、露わに成りつつある。人に仇為し、その人の恨みつらみを糧とし、より大きな災いと為らんとする荒魂の本性が。

 荒魂は人に引き寄せられる。人の恐怖や怨みを穢れとして得、糧とするからだ。しかし御刀と刀使が居たならば、それを優先とする例が多い。荒魂は、刀使への怨みを起源とするのだ。

 生存本能は捨てていた。

 我が身がどうなろうとただ仇なさんと、殺さんとしていた。そう先ず目の前の、不遜な襤褸布刀使。次はどいつだ。どいつだっていい。殺す。殺すコロスコロス!

「御試し御用仕る」

 そのイクサの正面へ、今際乱世はするすると進み出る。

 ソハヤノツルギを、中段へと付けた。

(あれって…私の)

 智恵以外に気付いた者も居ただろう。まさしく智恵が得意とする中段正眼に瓜二つ。

(いえ、確かあの時乱世さんは、私の中段をそっくりそのまま写し取って見せた)

 対敵を真似てやっていたのかと思っていた。

 だがどうやらそうではないようだ。智恵は現場司令部の天幕の中に在りあの場にはいないにも関わらず、馘の成り代わった瀬戸内智恵がイクサと対峙していた。如何なる経緯か、燕結芽の生き写しとなって現れた荒魂、ヨモツイクサと。

(なんてこと…)

 舞草の本拠を燕結芽が襲撃したあの日、瀬戸内智恵は遠く任地に離れていた。同志たちと共に戦うことは出来なかった。居たとしても結果は変わらなかったかもしれないが、痛みを共有することは出来たかもしれない。

 米村孝子や小川聡美を始め、刀使としての復帰が困難な程必要以上に切り刻まれ、今も苦しむ者たちがいる。

 今は余命幾何も無かった燕結芽の事情も分かっている。そもそも結芽とて命令に従っていたに過ぎず、命令を下したのはすでに討伐されたタギツヒメであることも理解している。

 結芽は病死し、タギツヒメは討伐された。同志たちの仇は勝手に何処かに行ってしまった。あの時の、すぐに駆け付けてあげたいという想いの行先は、もう何処にもなくなってしまったと思っていた。

 だから智恵自身驚いていた。

 この光景に心躍る己に。

(もし出来るのなら飛んで行きたかった…どんなことになっても、舞草のみんなと最後まで…)

 焦がれた光景が目の前に在った。

 今まさに。ソハヤノツルギを構えた己が、燕結芽と相対している。 

「いざ…!」

 馘がそろり、と足指半分程の間合いを詰めたとき、智恵もまた薄氷を踏む思いを味わっていた。

 今際乱世がどうしたいか、どうするかが分かる。

 燕結芽、イクサがどうしてくるのかが分かる。

(…来る!)

 感じたその時が、智恵の征く時であった。相手が斬ってきたら自分も斬る。

 斬られるかもしれない。いや多分斬られる。燕結芽に勝てる者など、誰も居ない。だけど、相打ちならば。相打ちに及ばずとも骨を断たせて肉を斬れるなら。

(それぐらいのことはしたかったの。だって私は、皆のお姉さんだもの)

 奇しくも、先の乱世との立合いと全く同じ結果となった。

 イクサの剣は素早かった。

 しかし智恵の剣は、この場の刀使たちの誰よりも長い月日、修練を重ねて来た剣であった。そのフォームはよどみなく、結果速かった。

 互いの剣は中空で激突し、火花と共に目標の脳天を外れて互いの肩口を斬り割った。

 

「!?!!!!!!」

 

 表記不能の断末魔を、イクサは上げる。

 先の智恵と乱世の時とは違う。イクサは写シを斬ったに過ぎず、イクサが斬られたのは毒刃の御刀である。

 単眼が中空を彷徨い、何かを見つけたのか、求めて指先を伸ばす。

 その先には、真希と寿々花の姿があった。

(さよなら、結芽)

(どんな形でも私たちの前にまた現れてくれてありがとう)

 二人の表情に、単眼は何を見たのか。

 その指先も、根本から燃え墜ち、灰塵となって、天へと還っていく。

 

***

 

 一方、馘もまた、がくりと膝を付く。

 肩口を斬り割られたのだ。実地では致命傷である。当然ながら写シは飛ぶはずであったがその様子はない。馘はそれに耐えているもののようであった。

「御試し御用は容易ならぬ仕儀なれど、辛くも相務め上げ申した」

 食いしばった歯の奥より声が漏れる。

「今際乱世…貴方は…」

「伝えられたい。ソハヤノツルギの今世今代、瀬戸内智恵に申し分なしと、公儀御試し役が極めを付けた、と」

 我が手のソハヤノツルギを鞘へと納め、柄を左に、地に横たえる。

 何をどう納得したのかは分からない。どうして納得したのかも分からない。しかし馘は、智恵をソハヤノツルギに相応しいと認めたようであった。

「確かに御試し申し上げた――」

 それを最後に、今際乱世の姿は光輝と化して数瞬、跡形もなく消え失せた。

 智恵と立ち会ったあの時と、全く同じであった。

「…作戦成功ですね、本部長」

「ああ。作戦成功だ」

 現場司令部では、播つぐみに真庭本部長が会心の笑みを浮かべていた。

 イクサの逃亡、馘の奇襲、これを腹背に受けながら見事に凌ぎ切ったのだから愉快でないわけがない。

「しかし馘さん、一体何がしたかったのでしょう。御試し御用と言いながら、自分が斬られてしまっては余りにも無意味なのでは」

「いいえ、無意味ではないと思うわ」

 これは真庭本部長ではない。傍らで経緯を見守っていた智恵である。

「御試し御用は容易ならぬ仕儀と、乱世さんは言っていた。どういう理由であれどういう技を使ったのであれ、あの人は私に代わって斬るべき相手を斬り、斬られるであろう相手に斬られて見せた。私が昔、やり残してそのままになってしまっていたことを」

「…何故そう言える」

「分かるの。だって…」

 乱世とイクサが対峙した時、思いもかけず智恵は、舞草壊滅のあの夜に戻ったような気がしていた。あの時の同志たちの苦闘に、やっと己も加わる事が出来たような気がしていたのだ。

 智恵は、燕結芽という刀使を直接にはあまり知らない。

 だから荒魂と同じような、あのイクサと同じ悪鬼のような者と心のどこかで思っていた。けれど、イクサが灰塵となって天に昇った時の、真希と寿々花の顔を見てしまった。

 友達を想う友の顔をしていた。死を悼む、残された者の顔をしていた。

 燕結芽は人であったのだと思う。智恵と同じ人で、舞草の仲間たちと同じように、タギツヒメとの戦いの中斃れた。真希と寿々花は、智恵が舞草の同志たちとそうであったように、結芽の友達であった。彼らもまた智恵と同じようにやり切れない思いを懐くことがあったのだろうか。

(次会うときは味方同士だといい)

 燕結芽はもうこの世には居ない。それでも思った。

(真希さんや寿々花さんともそう出来ているように、燕結芽さんとも、お話出来る日が来たなら…)

 とても素敵なことだと。

(乱世さん。貴方ともまた、会えるかしら)

 もし今度会ったなら、どこがソハヤノツルギに相応しいと思ったのか、聞こうと思う。

 智恵は、我が胸に抱く、ソハヤノツルギの鯉口を切った。

「「!」」

 つぐみの目にも、紗南の目にも明らかであった。

 幽世の紗幕が、今また智恵を覆った。

 智恵が再び、写シを張ったのである。

「…帰還命令だ」

 紗南は命じた。

「すぐ調査隊に帰還命令を出せ! ソハヤノツルギが瀬戸内智恵の許に戻ったと伝えろ! 大急ぎでだ!」

 ソハヤノツルギは在るべきところに戻った。

 瀬戸内智恵は、伍箇伝創立以来、折神紫に次ぐ現役期間を、更新し続けることとなる。

 

***

 

 神々との邂逅は、稀血(まれち)を受け継ぐ稀人(まれびと)を産んだ。

(初代月山以来の今際家伝、影試し――上首尾に終わったは幸いであった)

 無明の石室で、今際乱世は思いを巡らす。

 今際流試刀術、御刀極めの切り札にして最大の離れ業、影試しを行い得るのは今際の血を受け継ぎかつ、野呂壺の相伝を受けた者のみに限られる。己を斬らんとする相手の御刀とその技をそのまま我が写シとするこの技は、今際家伝の鬼王丸月山こそが最初に人類が神より盗んだ御刀であるとする家伝の論拠となっている。 

(一度主を定めた御刀を、他者が遣うことは出来ぬ)

 もしそれをするなら、御刀の主と成り代わらねばならない。それを可能とする稀人こそが今際の血を受け継ぐ者である。

(にしても、折神の刀使の精兵無比よ)

 成り代わったからこそ分かる。

 瀬戸内智恵は優れた刀使であったが、それを凌ぐ数々の刀使を、折神は従えているようであった。

(我が方は今や単騎。この戦、打ち勝つこと極めて至難)

 影試しの技で盗むのは所詮、影のみ。本身を手に入れるには刀使本人を斬らねばならない。今際の家が幕府より委ねられた御刀の全てはそうやって折神の家に奪われた。その筈であった。ソハヤノツルギのみではない。あの場に在った加州清光を初めとする御刀全て、元は今際の家に委ねられていたものの筈。

 死してなおこの命在りたるなれば、折神に奪われたこれらを家門へ取り戻さんとは、主上より課せられた役儀であり、我が望みであり恐らくは、己を生かした先代の望みでもあるだろう。

(しかし、この悲願もし果たせば…)

 折神は一族の仇。しかし鎮護国家は主上より賜った役儀である。

 折神の刀使を全て斬り伏せて御刀を取り戻したとして、あのイクサの如き大荒魂が跋扈する今、天下大乱をもたらすのは必定。悲しいかな、世の営みを守るのは敗れた今際でなく、勝った折神であるのだ。

(ではきゃつらの守る、この折神の世とは?)

 折神の刀使…木寅ミルヤが語った現代は、上代とは何もかもが異なっていた。敗れたりとはいえ最終的に夷狄を打ち払い、民たちがその後国を興したというのであれば、天下国家は今や一体どのようになっているのか。

(今際を破り、天下を治める折神の技、如何程のものか先ずは御試(ため)さねばなるまい)

 相応しいと出れば良し。相応しからざるなればその時は――

(今際一党、再び朝敵と成ろうぞ)

 今際乱世の見上げた先に空は無い。

 ただ陰々と、闇があるだけであった。

 

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