今回は前半オリジナル回
【5】
士郎さんと初めて会ったのは確か、お父さんとお母さんが死んじゃって一ヶ月か、二ヶ月ぐらいが経った頃だったと思う。正確な時期とかは覚えてないけど。それでも、士郎さんと初めて会った日の事は良く覚えている。
「樹、ただいまぁ〜。さぁ、
「えっと、お邪魔します」
お姉ちゃんが学校から帰って来た時、その背後に知らない赤髪の男の人……士郎さんが立っていた。
「えっと、君が
「は、はい。犬吠埼樹です」
士郎さんは、優しく語りかけてくれたけど。当初の私は、見ず知らずの人と話すのが怖くて、物陰に隠れながら、自己紹介をした。
「こら樹!ちゃんと前出て挨拶しなさい!」
「いや、良いんだ犬吠埼。そうか、樹ちゃんか……俺は衛宮士郎。君のお姉さんに料理を教えに来たんだ」
私の態度に怒るお姉ちゃんを宥めながら、士郎さんは私に自己紹介をしてくれた。これが私と士郎さんの初めての対面だった……
それから、士郎さんはほぼ毎日、学校帰りに私達の家に来ては、お姉ちゃんに料理を教えながら、私達の夕飯を作ってくれた。
士郎さんは料理がとても上手で、作れる料理の種類もその質も、とても男の人……ううん、お姉ちゃんと同い年とは思えない程の物だった。
だから、私はある日士郎さんに尋ねた。
「なんで、そんなに料理が出来るんですか?何時から料理を始めたんですか?将来は料理人を目指してるんですか?」
と。すると士郎さんは、少し困った様に頬を掻きながら答えた。
「さぁ、分からない。俺には三ヶ月くらい前の記憶が無いんだ。所謂記憶喪失だな」
私は、聞いちゃいけない物を聞いてしまったんだと後悔した。士郎さんに謝ろうとしたけど、士郎さんは「だから」と続けた。
私は士郎さんの言葉を最後まで聞こうと耳を澄ませた。
「なんで、こんなに料理が出来るのかって聞かれたら、多分だけど、俺は記憶喪失になる前からずっと、料理をしてただろうからとしか答えられないし、何が切っ掛けで料理を始めたのか、将来料理人を目指してるのかは、俺でも分からない……けど」
士郎さん優しく微笑んだ。
「多分、俺は誰かに喜んで欲しくて、料理を始めたんだと思う。そんな気がするってだけなんだけどな。だから俺は、妹にちゃんとした料理を食わせてやりたいってぼやいてた、君のお姉さんに料理を教えてるんだ」
そう語る士郎さんの顔は、とても眩しくて、そして胸が締め付けられた。
……ああ、今思えばこの時だ。この時から、私は士郎さんに対する感情が徐々に変わり始めたのは……尊敬する相手、兄や父の様な存在から、■■の関係になりたいと思い始めたのは……
それからも、私達の日常は続いた。
学校が終わって、お姉ちゃんと一緒に士郎さんが帰って来て、士郎さんにお姉ちゃんが料理を教わりながらご飯を作って、そして皆でワイワイしながら食べる。
偶には三人で何処かに遊びに出かけたり、勉強会などを開いたりして私の勉強を見てくれる。
こんな日常が続けば良かったけど、それはある日、終わりを迎える。
「まあ、こんだけ出来たら、もう俺の教えは必要無いな。免許皆伝だ
「……そう、今までありがとね
そんな会話を耳にした時、私は思わず、読んでいた本を落としてしまった。
「え?もう士郎さん、家に来ないんですか?」
「うーん。そうだなぁ、教えられる事は全部教えたしな」
「そ、そんなぁ……」
その時の気持ちを、形容する言葉は思い浮かばなかった。ただ、心が騒ついて、胸が締め付けられて、涙が溢れそうで、只々、悲しい気持ちになった。
何故、これ程心が騒つくのか、分からなかった。
何故、こんなにも胸が苦しいのか。
何故、こんなにも泣きそうなのか。
何故、こんなにも悲しい気持ちになったのか……分からなかった。
士郎さんが、家に来なくなるのが寂しいから?うん。それも大いにあると思う……けど、それだけで、この悲しさを説明するには何か、理由が足りない気がした。
その日の料理の味は、なんだか、塩っぽかったのを覚えている。
そして料理教室が終わり、その次の日、士郎さんは家に来なかった。
全く家に来ないって訳じゃない。偶に遊びに来てくれるし、勉強会を開く事もあった。
けど、この胸の苦しみは、士郎さんと会う毎に増して行く。
そして私と違って、毎日士郎さんと会えるお姉ちゃんに対して、何か黒いドロドロとした感情を抱いていた。この感情か嫉妬という名のものだと気付いたのは、大分後になってからだった。
暫く経ったある日、私は知った。この胸の苦しみの正体が……
恋なのだと。
その気持ちに気付いたのは、中学校の林間学校の夜でした。思春期の男女が夜に行う定番の恋バナ。その時に私は少しぼかして私が長年抱える悩みを打ち明けた。
そしたら、その話を聞いたクラスメイトはみんな同じ事を口にした。
「それは恋だよ」
と。
そして、私がずっと心の奥底に抱えている、お姉ちゃんに対する気持ちの正体が、嫉妬という物だという事も、この時知った。
私が士郎さんに恋をしている。その事に気付いてからの行動は速かった。ううん。その行動を速くさせた要因は、その夜にした恋バナにもあった。
恋バナに参加したクラスメイト、正確には班の中には、私を抜いた五人中五人全員が、気になる先輩の話で全員が士郎さんを挙げたから、今の段階では精々気になる先輩程度。けれど、それが何時本気になるかは分からない。
私は決めた。士郎さんを誰かに取られるくらいなら、私は勇気を出して、この気持ちを士郎さんに打ち明けると……
けど、私はこの気持ちを打ち明ける事を辞めた。
お姉ちゃんが私と同じ感情を、
【6】
音楽の歌のテストが始まる。
「次は犬吠埼さん」
私の前の人が歌い終わり、等々私の出番がやって来た。
「は、はい!」
心臓の鼓動を高鳴らせながら、私は立ち上がり、皆の前に歩いていく。
落ち着け、落ち着け私。大丈夫、きっと大丈夫。昨日だってちゃんと練習したんだ。
私は心の中で自分にそう言い聞かせ、皆の方を向いた。当然、皆の視線が私に向いている。心が折れそうになった。胸が不安で一杯になった。
私を襲うのは失敗した時の恐怖、人前で歌う事に対する恐怖。そして失敗した時、お姉ちゃんが、士郎さんが、勇者部の皆ががっかりするだろうなと考えると、それだけで震えが止まらなくなる。
でも、そんな私に構わず、伴奏が始まる。
やっぱり無理……けど、やらなきゃ。
私は教科書を開き、そしてヒラリと一枚の紙が落ちた。
「あ」
「どうかしました?」
思わず声が出た。
先生と伴奏を止めて、私の様子を見てくれた。
私は咄嗟に落ちた二つに畳まれた紙を拾い、開いてみる。
それは寄せ書きだった。真ん中に大きく【樹ちゃんへ】と書かれていて、それを中心に左上に……
【テストが終わったらケーキ食べに行こう。友奈】
と友奈さんの寄せ書き。右上には。
【周りの人はみんなかぼちゃ。東郷】
縦文字で書かれた東郷先輩の寄せ書き。その直ぐ下には。
【気合いよ】
名前は書かれてないけど、その素っ気なさそうで、気持ちの篭った夏凛さんの寄せ書き。その左下には。
【周りの目は気にしない!お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから風】
お姉ちゃんの寄せ書き。そして最後に右下には。
【イメージするのは常に最強の自分。周りの事なんて気にせず。樹は自分らしい歌を歌えば良い。士郎】
士郎さんの寄せ書き……どうしてだろう。他の皆の寄せ書きは私の緊張を和らげ、速まった胸の音を落ち着かせてくれたのに、士郎さんの寄せ書きを読んで、胸の音は今までにない程に速く脈を打った。
ううん。理由は分かる。私はお姉ちゃんに遠慮して、士郎さんから身を引いた……
けど、この胸の奥底に仕舞った筈の気持ちは、全く色褪せなかった。
「全く……私って、意外と諦め悪いのかな?」
「犬吠埼さん?大丈夫ですか?」
「はい!」
「なら続けますよ?」
「はい!私は大丈夫です」
うん。もう大丈夫。胸の音は、寄せ書きの紙を開く前以上に高鳴ってるけど、恐怖も不安も感じない。感じるとしたら、それは士郎さんに対する
私は士郎さんと、お姉ちゃんと、友奈さん、東郷先輩、夏凛さんの皆と一緒に居る。決して一人じゃない。
イメージするのは常に最強の自分。周りの目なんて気にしない。私は、私らしい歌を届ける!
その日、歌を歌い終えた私はクラスメイトの皆、そして先生からの拍手喝采を受け、無事、音楽の歌のテストを合格した。
そして音楽室から教室に戻り、私は数人の仲の良いクラスメイトに囲まれた。
「犬吠埼さん!歌上手だね!」
「本当本当!歌手目指しなよ!歌手!」
「樹なら、きっと日本一の歌手になれるよ!」
単純かも知れない。自分でも呆れる程だけど、私は友達の言葉を聞いて決意した
。
この歌声で、私は歌手に成ると。
そして、無事に歌手になれたなら……その時は士郎さんに今度こそ、私の気持ちを伝える。
それはきっと、容易な事じゃない。険しい道だと分かってるし、その間にどれだけの年月を要するのか想像すら出来ない。
もしかしたら、歌手を目指す途中で、士郎さんがお姉ちゃんと付き合ってるかも知れない。他の女の人と付き合ってるかも知れない。
そんな未来を想像するだけで、胸がとても苦しくなる。けど、それでも私はお姉ちゃんと隣に立って……ううん。対等な立場に立って漸く、士郎さんに気持ちを伝えられる権利を得ると思っているから。私は険しい道を進むよ。
「まあ、
私はそう呟きながら、ミュージックオーディションの応募ボタンをクリックした。
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十三の拘束解放の描写を……
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