【6】
俺は夢を見ていた。いや、それは夢と言うには余りにも鮮明で、まるで誰かの記憶を見ていると言われた方が納得が行く夢だった。
もしかすると、俺が失った記憶なのでは?と考えたけれど、それは違うと思う。
俺はその夢でバーテックスと戦っていた。そのバーテックスは俺が知る物も居たけど。俺が知らないバーテックスも居た。
俺が知るバーテックスよりも数段小さいけど、数が多くて、大きな口を持った白色のバーテックス。そのバーテックスが融合して、様々な形に進化した中型のバーテックス。そして俺達が戦ったバーテックス……俺はそいつ等と時には一人で、時には勇者の様な格好をしている少女達と共に戦い続けた。
終わりが見えない戦いを延々と続けた。その戦いに意味があるのか分からなくなるまで戦い続けた。それは数年、数十年なんてレベルの物じゃない。数百年レベルの物で戦い続けた。俺は延々と戦い続けた。
そして気付けば、今まで自分の意思で動かさなかった体が自由に動かせていた。
空を見上げれば錆び付いた歯車が浮かんでいて、地を見渡せば、無数の剣が墓標の様に立ち並んでいた。
そしてその墓標の頂点には、赤い外装に身を纏った男が立って、俺を見ていた。
「貴様は……何の為に戦う?」
「この世界を守る為……」
俺は反射的にそう答えていた。
「なら、貴様は世界を救う為に、友を犠牲にする事が出来るか?世界と友。救えるのがどちらか片方だった場合。貴様はどちらを選ぶ?」
俺は返事に詰まる。
「例えば、バーテックスが神樹を破壊する一撃を放とうとしている。当然、貴様が動かなければ神樹は破壊され、世界は滅びる。一方で結城友奈が、東郷美森が、三好夏凛が、犬吠埼姉妹が、バーテックスの攻撃に晒され、放っておけば死ぬ状況にあったとしよう。貴様に出来るのは神樹を破壊する一撃を防ぐか、結城友奈達を助けるかのどちらかだけだ。貴様はどちらを選ぶ?」
正直言って、考えた事が無かった。
でも、今までそんな選択が無かっただけで、そんな選択を迫られる機会があってもおかしくはなかった。
例えば、三体のバーテックスが襲来した時。あの時は運良く俺の方に友奈が飛んで来たけど、もしあれが俺達から離れた所に友奈が飛ばされた場合、俺は無防備な状態の美森を置いて友奈を助けるか、美森の側に居て美森を守るかの選択を迫られていただろう。
もし、友奈の方を助けに行けば、美森は危険に晒され、運が悪ければ俺が居ない隙を狙われて攻撃されていたかも知れない。そうなった場合、美森は間違い無く死んでいた。
そして、友奈を助けに行かなかった場合。バーテックスの攻撃が精霊バリアを貫通して、友奈を刺し殺していたかも知れない。
今となってはIFの話だけど、そんな可能性があってもおかしくなかった。
バーテックスの総攻撃の時だってそうだ。もし、合体した獅子座の攻撃で俺以外の皆が動けなかった場合、きっと、あのバーテックスを相手にしながら、動けない友奈達を庇うなんて芸当は出来なかった。満開を使ってもそれは変わらない。
そして双子型が神樹様に近付いた時、神樹様を守る為に友奈達を見捨てるか、友奈達を守って世界を救うか、選ばなければ行けなかった筈だ。
「さあ、選べ。世界を救う為に少数を捨てるか、少数を助ける為に世界を選ぶか」
世界を救う為に友奈達を見捨てるか、世界を捨てて友奈達を助けるかなんて……そんなの、決まってる。迷わず、前者を選ぶべきだ。だって、友奈達を救えても、世界が滅んでしまえば結局、友奈達も死んでしまう。それだと本末転倒でしかない。
だけど、俺は……
「友奈達を……救う」
友奈達を見捨てる事など、出来ない。出来なかった……
これが、例え話だと分かっている。所詮はIFの話……そんなのは分かってる……けど!
「俺は友奈達を見捨てる選択などしたくない!」
「ほう、それはつまり、少数の為に世界を捨てるという事か?」
違う!と俺は叫んだ。
目の前の男は少し意外そうな顔をして、俺を見た。
「友奈達も世界も両方救う!」
「……そんな事が可能とでも?」
男が眉を顰める。
ああそうさ、アンタの反応が正しいよ。
「勇者部五箇条!なるべく諦めない!友奈達を救って、世界も救う。そんな可能性が僅かにも残っているなら、俺はその選択を取る!」
勇者部を作った時の決まり事だ。
「友を救って、世界も救うだと?話にならんな」
「ああ、アンタの言ってる事は正しいよ。俺が言っている事は理想でしかない。子供の絵空事だ」
「それを分かっていて尚、その答えのままか?」
「ああ、勇者部五箇条。なせば大抵なんとかなる!俺一人じゃ無理かも知れない。けど、友奈達と……勇者部でなら可能だと、俺は信じている」
ふんと男はつまらなそうに鼻を鳴らした。そして……
気付けば男は俺の直ぐ側にまで接近して、俺は刺された。
「え?」
俺は喉から込み上げてくる物を吐き出した。それは大量の血だった。それから遅れて鈍痛が走り、それは程なくして激痛に変わる。
「がぁ……なんで、痛みなんて、感じない筈なのに……」
「貴様は
男は俺の体から剣を抜いて、そう言った。
意味が分からなかった。ふざけるなと声に出したかった。でも、俺の体は言う事を聞いてくれなかった。
剣を抜かれた事で、さっき吐いた血の何倍もの量の違いが溢れ出す。
血が抜けるに連れて、体から力が抜ける……
熱が引いていくのが分かる……
意識も朦朧とする……
ああ、これが……
「諦めるのか?」
死。そう思うとした時に、男の声が頭に響いた。
「なるべく諦めないのではないのか?」
朦朧とした意識が少しだけ蘇る。
「貴様は友を救い、世界を救うと私に豪語した癖に、もう生を諦めるのか?」
冷たくなって行く体が、熱くなる。
「その程度の意識では、友と世界を救うどころか、どちらかを切り捨て、どちらかを助ける事すら出来ぬな」
けど、其処までた。体に力が入らない。
刺された傷口が痛む。
「この世界は精神世界。肉体の損傷など、イメージ一つで完治する」
イメージ……
「だが、この世界で貴様が死ねば、それは貴様の精神の死を意味する。死にたくなければ想像しろ」
想像……
「損傷する前の肉体を辿り、それを今の肉体に上書きしろ。分かっている筈だ。その為の呪文を……」
男に言われ、俺は呟いた。長年に渡り何度も口にしたその言葉を……
「トレースーー
オン」
そう呟いた直後。俺の体は何事も無かったかの様に、傷が塞がった。いや、塞がったというよりも、傷を負う前の体に上書きされた。
現実世界じゃ到底出来ない。精神世界でだからこそ、出来る技だ。直感でそう分かった。
「貴様が勇者システムとして使っていたアプリ。あれは厳密には勇者システムではない」
男は突然語り出した。
「貴様が使っているアプリ。それは勇者システムの原典となった物だ。その名を
「英霊……システム?」
「ああ、神樹を通じて英霊の座にアクセスし、英霊の力を引き出すものだ。然し、システムが完成したは良いものの、システムに適合する者が居なかった……いや、引き出せても、それは雀の涙程の物で、使い物にならなかった。ならば、せめて英霊クラスの身体能力を引き出せる様にと、新しく作られたのが勇者システムだ」
「ちょ、ちょっと待て!いきなりそんな事を言われても意味分かんないぞ」
「理解力出来なくても理解しろ。なせば大抵なんとかなるのだろう?」
いや、確かにそうは言った。言ったけれども、男の言動はさっぱり理解出来なかった。
世界か友奈達かの二択を選択させ、俺を刺し殺そうとしては、俺が死なない様にアドバイスをして生き長らえさせ、今度は英霊システムとやら意味が分からない事の説明を始めた。
ちぐはぐ過ぎる。この男の意図が全く分からない。
「混乱するのも分かる。然し今は時間が無い。なので簡潔に述べるぞ。貴様は英霊システムを使う度、肉体、技術共に私に近付いた。貴様自身、変化を感じているのだろう?」
そう言われて、俺は思い当たる節を思い浮かべた。
料理、魔術の急激な上達。
アプリを使用せずに、勇者に変身した時と同等の投影や四キロ先の戦いを観戦出来た事。
そして満開による後遺症だと思っていた変色した肌。良く良く男を見ると、男の肌も変色した俺の肌と同じ褐色だ。理解は出来ないけれど、納得はした。
「そして今回、貴様は人格の塗り替えという状況に置かれている」
「……俺を殺して、お前が主人格になるって事か?」
「有り体に言えばそうだ。これは私の意思に関係無い事だ。神樹は焦っているのだ」
「何に?」
「今日、結城友奈と東郷美森が満開による後遺症。散華を知った」
「散華?」
花が散るの散華……戦死を美化して使われる言葉でもある。とても良い意味ではなさそうだ。
「概要を述べる時間は無い。本来秘匿されるべき情報。勇者が暴走する危険性を孕んでいる情報。それがあろう事か、勇者の暴走を止めるべき存在である筈の乃木園子の手によって知らされた。故に神樹は恐れている。勇者の暴走を……それを止められる存在の不在に」
意味が分からなかった。いや、薄々勘付いてはいるが、それは当たって欲しくないものだ。
「より厳密には勇者が暴走した際、それを
「つまり、俺なら……いや、アンタならそれが出来ると?」
「正確には、
時が止まった様な錯覚に陥った。当たって欲しくない勘が当たった。そんな俺に構わず、男は言葉を続ける。
「心して掛かれ、衛宮士郎。貴様が私に敗北すれば、貴様の親しい者を、他ならぬ貴様自身の手で殺める事になるかも知れんのだから」
何時の間にか、干将・莫耶を握った男が俺に斬り掛かって来ていた。俺は咄嗟に干将・莫耶を投影し、男の干将・莫耶を受け止めた。
男に殺気や敵意の類は感じ取れない。強制されてやっている事だと分かる。
殺気も敵意も無い強制された戦い、それが今、始まった。
以下独自設定。
精霊バリア
ランク:不明
種別:結界宝具?
主が致命傷となる場合に反射的に防御結界が展開する。ランクB以下の攻撃を防ぎ、神性を持つ攻撃に対してより強固な結界と成る。ただし、呪いの類には弱い。
重症の呪いを軽傷に、死の呪いを重症に軽減する程度の能力はある。
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