衛宮士郎は英雄と成る【ゆゆゆ編完結】   作:読者その1

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第24話 異変

【1】

 

 

 士郎の目が醒めると、最初に目に映ったのは空に浮かぶ歯車でもなければ、地に刺さった無限の剣でもない、見慣れた寝室の天井だった。

 

「帰って……来たのか」

 

 立ち上がって、襖を開けて外の景色を見ると、今にも大量の雫を落としそうな灰色の雲が、空一面を覆っていた。

 

「嫌な天気だな」

 

 体を反転し、膝を曲げて布団を畳む。そして畳んだ布団を持って立ち上がろうとした時、足から力が抜けて、尻餅をついた。

 

「いてて、いや、痛くはないんだけど」

 

 士郎は冗談半分に呟くが、その顔に余裕は無い。

 感覚がない左腕を見て、士郎は溜息を吐いた。

 

「参ったな。半身が麻痺してる」

 

 

【2】

 

 

 それから士郎は麻痺した体に鞭打ちながら、台所に立ち、朝食の準備を始めた。

 暫く経って玄関の方から鍵が開いて、ガラガラと扉が開く音がすると、友奈と美森が現れた。

 

「すいません。遅くなりました」

「気にするな。昨日は遅かったもんな。待ってろ、直ぐ朝食にするから」

「手伝います」

「気にするな。座ってろ」

 

 そう声を掛けながら、士郎は壁に掛けられた時計を見る。示された時間は八時丁度。普段と比べて一時間近くも遅れての朝食になるが、今日は幸いにも土曜日、つまり休みだ。学校を気にする必要はない。

 

(友奈は兎も角、美森がこんなに遅れて来るなんて珍しいな)

 

 そう思いながら、士郎は漬物の乗った皿を移動させる最中、左手を台所の角にぶつけ、皿を落とした。

 あっと呟いた直後、パリンと皿が音を立てて割れ、皿の破片と漬物が地面に錯乱した。

 

「あちゃー。皿を割るなんて、初めてだ」

「先輩?」

「大丈夫ですか!?」

「すまん。直ぐ片付けるから、美森と友奈は気にせず、座っててくれ」

 

 心配して、駆け寄って来た美森と友奈にそう言うと、士郎は屈んで皿の破片を集め始める。

 

「……先輩。疲れてますか?顔色が悪いですよ」

「片付けは私がしますから、シロー先輩は食器を運んでて下さい」

「……そうか、悪いな」

 

 士郎は最初、断ろうとしたが、片腕が麻痺した状態だと、片付けは満足に出来ないなと考え、素直に友奈に破片の片付けをしてもらう事にした。

 そして破片の片付けは友奈に任せ、食器をテーブルに運ぼうとした時、ピンポーンとインターホンが鳴った。

 

「食器は私が運んで置きますから、先輩は出迎えお願いします」

「分かった」

 

 士郎は麻痺した腕だと、また食器を落としそうなので美森の指示に従い、玄関に向かい扉を開ける。すると其処には、私服に身を包んだ風が立っていた。

 

「風?なんで此処に?」

「あら?用がなければ来ちゃいけない?」

「あ、いや、別にそう言う意味じゃ……」

「冗談よ、東郷に呼ばれて来たんだけど、聞いてない?」

「初耳だ。まあ良い、上がれよ」

 

 士郎はそう言って道を開けると、風はお邪魔しますと呟いて玄関に入った。

 すると風は、スンスンと鼻を動かせて聞いた。

 

「あれ、朝ご飯まだなの?」

「ああ、風も食うか?」

「いいわ。もう食べて来ちゃった」

 

 士郎と風は一言、二言交わしながらリビングに向かうと、テーブルには既に朝食が並んでいた。

 

「あ、風先輩おはようございます」

「おはよう。友奈」

「おい美森、風が来るなんて聞いてないぞ」

「すいません先輩。伝えようとしたんですけど、伝える前に来てしまいました」

「まあ良い。俺だけじゃなくて、風にも話しておかない話があるんだろ?」

「……はい」

「それって、昨日の出来事について?」

「そうです」

 

 士郎は少し考えた後、先ずは飯だなと床に座った。

 

「風はテレビでも見て、寛いでいてくれ」

「んー。分かった」

 

 

【3】

 

 

 それから朝食を食べ、後片付けが終わった後。四人は真剣な表情浮かべ、美森は昨日起こった出来事を順番に説明した。

 樹海化が解けた後、倒壊した大橋近くの社に居た事、其処で先代勇者である乃木園子という人物と出会った事。

 園子から、勇者は決して死ねない事と満開を使用した代償、散華により体の一部の機能を供物として捧げる事を知らされた事。

 一通り説明を聞き終えた後、四人の間には重い空気が流れた。それは二、三分に満たない短い時間の間だったが、四人にとって、一〇分にも、一時間にも感じられた。

 

「勇者は決して死ねない上、体を供物として捧げるか、それは、まるで……」

 

 士郎は人柱だなと呟こうとして、その言葉を飲み込んだ。

 そんなの、此処に居る全員が感じている筈だ。それを態々言葉にするのは野暮だろう。そう考え、騒ついた心を落ち着かせる為にお茶を飲んだ。

 

「それ、本当なの?やっぱり冗談……って訳ないわよね。その顔じゃ」

 

 風の言葉に、美森ははいと頷く。

 

「満開の後、私達の体は可笑しくなりました。私なら左耳、友奈ちゃんなら味覚、風先輩なら左目、樹ちゃんなら声帯。そして……」

「俺なら痛覚か、皆体の一部の機能を欠損した状態。つまり、それが」

「体を供物にして捧げるという事だと、乃木園子は言ってました。事実、彼女の体も殆どの身体機能を喪った状態でした」

「……じゃあ、私達の身体は、もう……元には戻らない?」

 

 再び沈黙が流れる。

 四人共、大きなショックを受けているが、そのショックが特に大きかったのは風だった。

 風は満開を使う以前から、大赦から樹を勇者候補だと知らされた時、樹を勇者候補から除外する様に大赦に懇願しなかった事を後悔している。そして今回、その後悔はより大きく、重い物に成った。

 

「そう決め付けるのは早計かも知れないぞ、風。俺達は乃木園子って人物を知らない。俺達勇者を混乱させる為の欺瞞工作の可能性も有る」

「そう、ね……」

 

 そう言ったものの、士郎は内心では園子の言った事を信じていた。

 士郎は前々から、ただゲージを貯めただけで、満開(あれほど)の力を引き出せるとは思えない。何か大きなリスクが存在すると考えており、そのリスクこそが、満開後に夏凛以外の勇者に起きた身体機能の欠損なのだろうと、当たりをつけていたからだ。

 然し、一見平常を保ちつつも、内心は酷く動揺している様子の風を落ち着かせる為、士郎はまだ見ぬ園子の事を悪く言った。その事に罪悪感に心を痛めるが、一応は落ち着いた様子の風を見て安堵の息を吐いた。

 

「この話、俺たち以外にしたか?」

「いいえ」

「先ずは、風先輩とシロー先輩に相談しようと思って」

「そう……なら、この話は樹と夏凛には話さないで。確かな事が分かるまで、変に不安を煽る事をしたくないから」

「それが賢明だろうな。さあ、この話は終わりだ」

 

 士郎は二度手を叩いて、暗い表情から明るい表情に切り替えた。

 

「一旦解散して、午後の祝勝会までに辛気臭い顔直そう。俺達がそんな顔してたら、樹も三好にも何かあったって勘付くぞ」

 

 士郎の言葉に三人は同調し、美森、友奈、風は其々の家に一旦は帰ったのだか……家に帰っても特にやる事が無かった四人は、士郎の家で勉強会を開く事になり、再び集まった。

 

「ああは言ったけど、やっぱり一人だと落ち着かないよな」

「そうですね。一人で居ると、どうしても思考が暗い方に行きますからね。こうして皆と集まって、何かしてた方が気が紛れます」

「私も、樹が居れば何処か遊びに行こうと思ってたんだけどねぇ……帰ったら、既に友達と遊びに出掛けた後だったわ」

「あらら」

 

 雑談を交わしながら、勉強会が進むに連れ、四人の中に有る不安は徐々にだが、和らいで行った。

 それから昼時を迎え、士郎は皆に手料理を振る舞い、友奈達はそれを堪能した。

 

「お皿、此処に置いときますね」

「ああ」

「洗い物くらい、私がしようか?ご馳走になってばかりじゃ、釣り合いが取れないし」

「良い。風はお客さんなんだから、ゆっくりしてろよ」

「じゃあ、私が」

「友奈は勉強の続きをしてろよ。ちょっとやばいぞお前」

「うっ」

 

 昼食を終えた後、士郎はそんな会話を交わしながら、汚れが着いた皿を手に取った直後、手から力が抜けて皿を落とした。

 パシャンと皿が割れる音が響き、友奈達は反射的に台所の方を向いた。

 士郎は震える手で破片を片付けようと、大きめな破片を手に取るが、手から破片が零れ落ち、パシャンという音が響く。

 風達は真剣な表情で立ち上がり、台所に向かう。

 

「……士郎。ちゃんと答えて、何があったの?」

「何って……何でもないさ」

「嘘です!お皿を割った事がないシロー先輩がこんなにお皿を割る筈ないじゃないですか!」

「……………」

 

 風と友奈の追及に、士郎は何も答えなかった。

 

「まあ、良いわ。後は私がやるから、アンタはお茶でも飲んで休んでなさい」

「何とも無いって」

「昆布茶出しますよ?」

「ゆっくり休んでます!はい!」

 

 それから、風達が皿洗いを終えると、風達は士郎の正面に座り、真剣な表情を浮かべた。

 

「さて、さっきの続きと行きましょう。士郎、隠しても無駄だから正直に答えなさい。今日のアンタ、何処か可笑しいわよ」

 

 士郎から目を逸らさずに回答を待つ風。友奈と美森も風と同じく、士郎の方をじっと見つめていた。士郎は誤魔化しは効かないと諦めた。

 

「……ちょっと体が麻痺してるだけだ」

「麻痺って、どのくらい?」

「……左手だけだ」

 

 士郎がそう告げると、美森が嘘ですと呟いた。

 

「今日の先輩の様子を見る限り、半身の感覚が無く、胴体が中寄りに七センチ程ズレてます」

「な、なんで分かったんだ!?」

 

 今士郎の体で起こっている異常を完璧に当てられて、士郎は驚愕した。

 

「ちょっとじゃ、ないじゃない!」

「まさか、満開の後遺症!?」

「違う違う。満開は関係ない。その乃木って奴の言う事が正しいなら、満開の後遺症は直ぐに出る筈だろう?」

 

 友奈の言葉を士郎は慌てて否定して、友奈達もそれもそうだと納得して落ち着きを取り戻した。

 

「じゃあ、勇者アプリを使った代償?」

「それも違う」

「じゃあ、何?」

「……………」

 

 士郎は考えた。昨日の出来事を全て打ち明けるかどうかを、そして考えた結果、士郎は打ち明けるのを止めた。

 英霊システムや英霊エミヤと戦った事を打ち明けた所で何も出来る事は無い上、半身が麻痺している理由に繋がる訳でもない。士郎自身、半身の麻痺が肉体が英霊エミヤに近付いたのが原因なのか、英霊エミヤと戦った事が原因なのか、それとも原因は別にあるのかが分かっていないのだから。

 それに今の友奈達は満開の後遺症、散華の事を知ってかなり混乱している。これ以上混乱させる事を言うべきではない。言うとしても、時間を置いてからの方が良い。士郎はそう考えた。

 

「すまない。原因に幾つか心当たりはあるけど、今は言えない」

「そう……」

 

 士郎が心苦しさを感じながら告げると、風は残念そうに呟き、それ以上追及する事は無かった。それは友奈と美森も同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ああ、もう直ぐ大学の夏休みが終わる……それまでに何とか最終回を書き上げたい。

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