【4】
料理教室がはじまってから一週間経った。最初はぎこちなかった樹と士郎も次第に打ち解け始め、私も自然に士郎の名前呼びや料理にも慣れ始めた。
そんな頃、私は意図せず、樹と士郎が会話しているのを物陰から聞いてしまった。
『なんで、そんなに料理が出来るんですか?何時から料理を始めたんですか?将来は料理人を目指してるんですか?』
『さぁ、分からない。俺には三ヶ月くらい前の記憶が無いんだ。所謂記憶喪失だな』
「……士郎が記憶喪失?」
そんな話聞いてない。
『だから、なんで、こんなに料理が出来るのか、って聞かれたら、多分だけど、記憶喪失になる前からずっと、料理をしてただろうからとしか答えられないし、何が切っ掛けで料理を始めたのか、将来料理人を目指してるのかは、俺でも分からない』
私は士郎の一字一句を聴き逃さない様に、耳を澄ませた。
『けど、多分、俺は誰かに喜んで欲しくて、料理を始めたんだと思う。そんな気がするってだけなんだけどな。だから俺は、妹にちゃんとした料理を食わせてやりたいってぼやいてた、君のお姉さんに料理を教えてるんだ』
そんな言葉を聞いた後、私はその場から離れた。
そして暫くして、何時も通り士郎の指導の下で夕食を完成させ、三人で実食。完食したら食器や調理器具を片付けて、家に帰る士郎を一階まで送る最中、私は士郎に尋ねた。
「士郎。記憶喪失って本当?」
「……やっぱり、聞いてたか?」
私は頷いた。
「ああ、本当だ。俺は三ヶ月以上前からの記憶が無い」
「……原因を聞いても良い?」
「医者は事故による物だと言ってる」
「事故?」
「ああ、記憶が曖昧で覚えてないが、俺は交通事故に遭って記憶を失ったらしい」
結局、記憶喪失の原因は曖昧で釈然としなかったけれど。士郎が嘘を吐いてる様には見えなかったし、嘘を吐く理由も見当たらなかったので、それ以降、私は士郎の記憶喪失に関する事は聞かなかった。
その後、私は暫くはの間、士郎の記憶喪失の原因、士郎が大赦から気を使われる訳も分からないまま、悶々とした日々を送った。
【5】
十二月から始まった料理教室も、気付けば三ヶ月の時が経っていた。この日まで色々な事が有った。
両親を失って初めてのクリスマスには、士郎とチキンやケーキを作って、樹が飾り付けをした部屋で両親が居ない悲しみを感じつつも、楽しいクリスマスを過ごした。
大晦日も三人で年越しを過ごし、年が明ければ三人で初詣に行ったり、お節料理を作ってダラダラと過ごした。
二月には士郎に内緒で、私と樹の二人でチョコレートを作って何度も失敗して、ようやっと完成したチョコレートをバレンタインに士郎にプレゼントした。士郎は驚きつつも、凄く喜んでくれた。お返しのケーキ美味しかったな……
まあ、そんなこんなで三月中旬。もう直ぐ春休みを迎えるといった季節の学校の帰り道。士郎は言った。
「風は凄いな。たった三ヶ月で基礎的な料理は全てマスターした」
「えへへ、流石私ね!」
「ああ、だから、今日の料理の出来次第で……
その日、私は料理を派手に失敗した。
それは、意図せずに起こした失敗。その筈……
「うーん。風にしては珍しい失敗だな。こりゃ、もう少し、俺が面倒見ないと行けないな」
なのに、士郎のその言葉に、私は安心してしまった。まだ、士郎と一緒に居れると……
その翌日からも失敗が
調味料の配分を間違ったり、砂糖と塩を間違ったり、包丁で指を切ったりなど、今までした事が無かった、或いは少なかったミスを連発した。
行けない行けない。ちゃんとしないと。
そう思っているのに、わざとじゃないのに……私はミスを続けた。
「なんで!なんで!なんで!」
士郎を一階のロビーから送った後、私は誰も居ないロビーで叫んだ。
「ちゃんと出来たのに!前はちゃんと出来たのに!なんで!」
今まで当たり前に出来ていた事が出来ない。気を付けていれば、起きない筈のミスを連発してしまう。切っ掛けには心当たりが有る。
『今日の料理の出来次第で、料理教室を終了しても良いな』
あの日のあの言葉、あれが切っ掛けだ。それは分かる。けど、なんでそれが原因で料理が上手く出来なく出来なくてなったのか、検討がつかない。
そんなこんなで、私がミスを連発する様になってから数日後の昼。学校の屋上で味付けを濃くし過ぎた弁当を、空模様をボーと眺めながら食べている最中。士郎から声を掛けられた。
「風。何か悩み事であるのか?」
「……………」
士郎の言葉に、私は何と返せば良いのか分からず、黙り込んだ。暫くの間、沈黙が流れる。
「士郎はさ。当たり前に出来ていた事が、突然出来なくなった事ってある?」
「……分からない。俺には昔の記憶が無いからな」
言われて気付いた。私はとても無神経な事を士郎に聞いてしまったのだと。
「ごめん」
「謝る必要はないさ。ただ、俺が憶えている限り、当たり前に出来ていた事が、突然出来なくなった事はないけど、当たり前に出来ていた事が、当たり前に出来なくなったかも知れない事はある」
「それって……何?」
「……………」
「あ、別に答えられないなら良いの」
また、暫く沈黙が続くと、予鈴が鳴った。
「教室、戻らないとね」
「風」
「何?」
私は立ち上がって、出入り口に向かうと士郎に名前を呼ばれて、振り返る。
「風の料理は美味い。自信を持て。幾ら時間が掛かっても良い。今は無理でも、何時の日か、自分らしい料理を作れば良いさ」
士郎は語りかけた。太陽の様な満面の笑みで、心臓の鼓動が速くて苦しい。顔が火照ってるのが分かる。
「ど、どうしたんだ、風!?顔が真っ赤だぞ?まさか熱でもあるのか!?」
そう言って、士郎は私の熱を確かめる為、デコとデコをくっ付けた。更に鼓動が速くなる。
「な、なんでもないからぁぁぁ!」
私は士郎から距離を取って、逃げる様に屋上を去った。そして、私は理解した。
私は士郎に
だから私は、この笑顔を失いたくないから、何時までも私と樹、そして士郎を合わせた三人で居たいから……私は、意図して失敗してたんだ。失敗して、まだ士郎が居ないと行けないと思わせて、士郎を料理教室という楔に繋ぎ止める為に……
「でも、こんなのは駄目」
私には大赦のお役目が有る。
恋なんてしてられない。
だから私は、この恋を実らせない。実らせては行けない。少なくとも
大赦のお役目には、命を落とす危険性がある。だから、もし仮に私が大赦のお役目で命を落としてしまったら、私と樹が味わった悲しみを、士郎にも味合わせる事になる……きっと、士郎は今の関係のままでも、私が命を落とせば、悲しむ。
けど、もし私と士郎が……こ、恋人になんてなってしまえば、その悲しみはより大きくなる。それに私自身も、きっと、命懸けのお役目を果たすのが怖くなる。逃げ出したくなる。
だから、もし、この恋を実らせる時が来るならば、それは大赦のお役目を果たし終えた時。
「よし、なら、今はこのスランプから脱出する!」
この日、私は最高傑作の料理を作って……
「まあ、こんだけ出来たら、もう俺の教えは必要無いな。免許皆伝だ風」
「……そう、今までありがとね士郎」
三ヶ月続いた、料理教室が終わった。
ずっと続いてたスランプもようやっと終わった。
何時もなら、アニメ1話分の話を1日、2日程度で書き終わるのに、犬吠埼風編書くのに一週間以上も掛かってしまった。
スランプ怖い……
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