【6】
眼が覚めると、
一日経過を見てみても、腕に微かな痺れを感じる事を除けば、体の何処にも異常は無かった。その痺れも二日目には完治した。
三日目には病院で検査を受け、異常無しの太鼓判を押され、友奈達を安心させた。
四日目には、中止していた強化魔術の鍛錬、そして新しく固有時制御の鍛錬を始めた。
固有時制御について、俺は全く知らなかったけど、魔術刻印に魔力を通すと、固有時制御の使い方を始めとした、俺が知らなかった魔術知識が次々と頭の中に流れて来た。その影響か、次の日は軽い熱を出して友奈達を心配させてしまったのは反省すべき事だな。
少し話は変わるけど、精神世界であいつと会って以降、俺は精神世界に呼び出される事は無くなり、同時に勇者アプリ……じゃなくて、英霊アプリは
樹海に巻き込まれた際のマップアプリと勇者専用のSNSアプリは問題無く使えるけど、英霊アプリだけはアプリを開く事すら出来なくなっていた。多分、あいつが何かしらの干渉をして使えなくしたんだろう。その証拠に、
【この先、どんな未来を築くかは貴様次第だ】
差出人不明でこんなメールが届いてた。
けれど、差出人が誰なのか想像に難くない。
俺がそろそろ英霊システムの事や、精神世界で起こった出来事を打ち明けようと考えた始めた七日目の朝、美森から、
【話したい事があるので、家に来て下さい】
呼び出しのメールが来た。俺は美森の呼び出しに応え、美森の家に向かった。
美森の家に着くと、美森に応接間に案内され、其処には私服の友奈と風が居た。二人に話を聞く限り、友奈と風も美森に呼び出されたらしい。
「どうしたんだ美森、いきなり呼び出して」
「すいません。先輩方と友奈ちゃんに見てもらいたい物があって」
美森はそう言うと、車椅子を動かして棚の近くまで移動すると、棚の上に置かれていた短刀を取って俺達の方に車椅子を向けた。その顔には恐怖の感情が浮かんでいた。
「すぅ……はぁ……」
美森は一度呼吸を整えると、覚悟を決めたような表情を浮かべ、短刀を鞘から抜き取った。そして短刀で自分の首元の動脈を切ろう動作に入った瞬間、俺は反射的に動いてた。
“
その瞬間、景色がモノクロに変わり、短刀で首元を切り裂こうとしている美森や、美森を咄嗟に止めようとする友奈と風の速度が遅くなる中で、俺だけは普通に動けた。
固有結界の体内展開を時間操作に応用し、自分の体内時間の速度を操作する事で、文字通り人より何倍も速く動ける魔術。それが親父から受け継いだ物だった。
俺はそれを使い美森との距離を詰め、短刀の刃が首元に触れる前に、短刀を持っている手首を掴んで止めた。
“
その瞬間、景色や速度が通常に戻り、俺は固有時制御を使った反動に苦しむが、
「美森、お前何をするつもりだったんだ!」
それを我慢して美森を怒鳴りつけた。
「驚かせてしまってすいません。先輩。でも大丈夫です」
「大丈夫な物か!俺が止めなかったら」
「その時は精霊が止めてました」
「精霊が?」
俺は美森の言い分を聞く為、一旦掴んだ手を離す。その際に短刀を回収するのを忘れない。
「はい。この数日で私は切腹、首吊り、飛び降り、一酸化炭素中毒、服毒、焼身、溺死、衰弱、感電……十回以上の自害を試みました」
美森の言葉に俺は絶句した。
「み、美森……そんなに思い詰めていたんだな」
「あ、いえ。別にそういう訳じゃないんです。ただ実験をしたかったんです」
「実験?」
「はい。先程も言った通り、私が行った自殺行為、あれは精霊が止める筈でした。現に私が過去に試みた自殺行為、その全ては精霊によって阻止されました」
証明しようとして、止められましたけどと、美森は俺を見て言ったが、例え精霊が止めるとしても、その前に俺が止める。何度でも。そう美森に言うと、美森は分かりました。もうしませんと諦めた。
「それで?東郷は結局、何が言いたい訳?」
「今まで、私は自害を試みる祭、勇者システムを起動させてませんでしたし、スマホの電源を切っても、残像バッテリーが無い状態でも、精霊は私を守りました」
「それがどうしたの?」
「つまり、精霊は勇者の意思に関係なく、動いていると?」
俺の問いに、美森は頷いた。
「そうです。私は、私達勇者は今まで、精霊は勇者の戦うという意思に従っているのだと思っていました。でも違う。精霊に勇者の意思は関係無い。思えば、精霊が勝手に端末から出て来る時点で気付くべきでした」
「……精霊に勇者の意思は関係無い。けど、それは精霊に明確な意思があって、主人を助けたいって思いで動いたんじゃないのか?」
「確かに、単純にそう考える事も出来ます。でも、もしそれが、精霊の意思ではなく、そうなる様に仕組まれていたとしたら、どうです?私が考えるに、精霊は勇者の御役目を助ける者などではなく、勇者を御役目に縛り付け、監視する者なんじゃないかって……死なせず、戦い続けさせる為の装置なんかじゃないのかって、そう考えます」
背後で友奈と風が絶句した。俺は何も言えなかった。美森の立てた仮説に、ぐうの音も出ない程に納得してしまったからだ。
「で、でも。精霊が私達を守ったって事は、悪い事なんじゃないんじゃないかな?シロー先輩の言った通り、単純に私達を助けてくれたんじゃないかな?」
「友奈ちゃんの言う事にも一理ある。けど、精霊が勇者の死を必ず阻止するなら、乃木園子が言っていた事が事実だと言う事になる」
「勇者は決して死なない。だったか?」
美森は頷いた。
「彼女の言っていた事が真実なら、私達の後遺症は……もう」
「元には、戻らない……」
「……………」
「乃木園子って言う前例があったのなら、大赦は散華の事について知っていた筈だな」
「ええ、にも関わらず、私達は何も知らされず……騙されていた」
その場に重苦しい雰囲気が流れる。そして……
「じゃあ、樹の声は、もう、二度と……」
風が嗚咽を交えながらそう言うと、その場にへたり込んだ。
「私が……私が、樹が勇者になる事に反対してたら、私が樹の分まで戦っていれば……こんな事には……」
後悔の念に駆られ、泣き崩れる風に俺は何か声をかけるべきだろうか、それとも女性陣に任せて立ち去るべきだったのか分からない。
その時の俺はただ、泣き崩れる風の側に寄り、そっと抱きしめた。
「……士郎」
「すまない、こんな時、どんな言葉をかけるべきか、俺には分からない。嫌なら止めるが?」
「ううん。このままでいて」
風は俺の背中に手を回し、静かに泣いた。
風の心情は俺では測りきれない。きっと、他人である俺が何か言うよりも、こうしているのが最善の選択だと信じて、俺は風が泣き止むまで、風の体を抱き締め続けた。
【7】
その日、士郎の家で思う存分に泣いた風が家に帰ったのは、昼時を過ぎた頃だった。
樹は友達と遊びに行っているのか、家には居なかった。風は昼食を作る気にもなれず、料理を覚えてから滅多に食べる事のなかったカップ麺で昼食を済ませると、
【私達勇者の身体異常について、何か分かった事が有れば、教えて下さい】
羽波病院で体の異常が発覚してから毎日、何回も送ったメールを大赦に送信した。
それからは特にやる事も無く、と言うかやる気が湧かず。風は自室のベットに無造作にスマホを放り投げると、そのままベットに倒れ込んで眠った。
次に目が覚めたのは、空がオレンジ色に染まった夕方だった。
風は重たい瞼を開けて、時計を見る。時刻は午後四時を過ぎた頃だった。眠りに就いた時の時刻が一時過ぎだったので、軽く三時間もの時間眠っていた事になる。
「ふぁ〜。昼寝でこんなに寝たのは初めてかしら?」
風は大きな欠伸をしながら、体を起こした直後、リビングからプルルルル。プルルルルと固定電話が鳴った。風は気怠い体でベットから立ち上がると、リビングに向かい、受話器を取った。
「はい。犬吠埼です」
『突然電話失礼します。宮野ミュージックの杉田と申します』
「宮野ミュージック?」
何でそんな所から電話が?と風は首を傾げた。
『はい。犬吠埼樹さんのご家族でしょうか?』
「……そうですけど」
『ボーカルオーディションで、犬吠埼樹さんが一次審査通過しましたので、ご連絡差し上げました』
……何の事ですか?と風は聞き返した。
『おや?ご存知ないですか?樹さんが弊社のオーディションに応募なさってたんですけど……』
「い、何時の事ですか?」
『ちょっとお待ち下さいーーえーと、三ヶ月程前ですね』
その言葉を聞いて、風は受話器を落とした。
『あれ?如何なさいました?もしもし?もしもーし?まさか倒れた?おい新八!救急車だ!犬吠埼樹の住所を調べて、救急車を手配しろ!』
受話器からそんな声がするが、今の風の耳には届かなかった。風は微かに震える体で樹の部屋に向かう。
「樹……居る?」
……数秒待つが、返事は返って来ない。恐らくまだ家に帰って来てないのだろう。樹の部屋の扉を開ける……部屋に樹の姿は無かった。
風は樹に悪いと思いながらも、部屋の中に進む。すると、机に開かれたノートを見て、風は目を開いた。そのノートには喉を良くする事や、体調を良くする事などが書かれていた。次のページを捲ると、声が出るようになったらやりたい!とデカデカと書かれている文字の下に皆と話す。歌う。などと樹の望みが書かれていた。
ふと視線を上げると、本棚には声を良くする事や、体調管理に関する本がずらりと並んでいた。
背後を振り向く。部屋の中心に置かれたテーブルの上にノートパソコンが開かれていた。風はノートパソコンの元に歩み寄り、マウスを操作する。すると黒い画面に光が灯り、喉に良いハーブティーに関するサイトが表示された。検索履歴を探ると、喉に関する事や健康に関する様々なサイトにアクセスした履歴がずらりと表示された。
そして風は左画面に並んだアイコンの中のオーデションというアイコンに気付くと、そのアイコンをクリックする。
『えっと、これで良いのかな?』
すると、長らく聴いていなかった樹の声で音声が流れ出した。
『こほん。今回ボーカルオーディションに応募しました。犬吠埼樹です。中学一年生の十二歳です。宜しくお願いします』
それから風は知った。樹が自分の背後ではなく、隣を立って歩いて行きたい事、その為に歌手を目指した樹の決意を……そして大赦からメールが届いた。
【貴方達の身体異常は未だ調査中。しかし医学的には肉体に異常が無い事から、時期に治る物かと思います】
風はスマホを握り締めた。
『乃木園子って言う前例があったのなら、大赦は散華の事について知っていた筈だな』
『ええ、にも関わらず、私達は何も知らされず……騙されていた』
脳裏に今朝話した言葉が浮かんで、風は歯が砕けるのではと思う程に、奥歯を強く噛み締めた。そしてその瞳には大赦に対する憎悪が浮かんでいた。
ノートパソコンから、樹の歌声が流れ出した。そして、過去に学校の帰り道、樹が言った言葉を思い出す。
『お姉ちゃん。私、やりたい事が出来たんだ』
今なら分かる。あの時、あの場所で言った樹のやりたい事、それは歌手に成る事だったんだ。でも、その夢を私が……大赦が奪った。
「たぁ……いぃ……しゃあぁぁぁぁぁ!」
その瞬間、憎悪は殺意に変わった。
感想欄で色々と納得が行かない様子のユーザーがいたので、追加解説。
士郎が切嗣から受け継いだ刻印は士郎でも固有時制御が使えるように調整された物、士郎はその刻印を触媒にして、一瞬だけエミヤ(アサシン)の能力の一部を引き出した。あくまで引き出した能力が一瞬で一部だった事、引き出した英霊の力がエミヤ(アサシン)だった事、士郎の肉体や精神がエミヤに近かった事が合わさって、二体の英霊をその身に宿した反動はほぼ皆無だった。
今後、神秘轢断は投影魔術で投影は出来ても、時のある間に薔薇を摘めを再び使えば解除時に反動で瀕死の重傷を負う。
しかし、固有時制御が使える様になったので、時のある間に薔薇を摘めを再び使う機会は無いだろう。
これで納得してくれ……(やつれ気味)
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