【1】
士郎達、四人は混乱していた。十二体のバーテックスを倒し、生き残りのバーテックスも倒し、もう二度と聞く筈の無いと思っていたアラーム。それがけたましく鳴り響いたからである。
「なんでよ!なんでまた敵が来るのよ!」
「戦いは終わったんじゃなかったのか?」
そんな四人の混乱に構わず、樹海化を進める光は無情にも、士郎達を包み込んだ。光が晴れた先に広がったのは、もう訪れる事のないと思っていた樹海。
「そんな!バーテックスは全部倒したのに!」
「落ち着け、先ずは現状確認が先決だ」
四人の中で士郎が逸早く冷静さを取り戻し、動揺しながらも、マップアプリを開き、襲来した敵を確認した。そして驚愕した。
「なん、だよ……これ」
どうしたのよ?と夏凛や友奈もアップアプリを開き、画面を埋め尽くさんと上から広がる赤い点を見て驚愕した。赤い点が示すのは敵、それがこんなにも侵入してくるのか、敵は数十や数百ではない、千単位で押し寄せて来る。絶望感が士郎達の体に重くのし掛かった。
そして、そんな絶望感に打ちひしがれる中、士郎はバーテックスが侵入してくる壁の近くに、表示された美森の名前に気付いた。
「戦ってるのか……一人で?」
実際にその姿を目にしている訳ではない、けれど、マップに表示されるバーテックスは美森に近付いては消えている。そして美森はその場から動いていない。
士郎は絶望感を振り払った。正義の味方が戦う前に諦めてどうする?何より、守ると決めた筈の一人が、後輩が、一人で戦ってる。
「
士郎は走った。美森の元へと……
固有時制御は加速する倍速の大きさ、使用時間が長ければ長い程、固有時制御を解除した時の反動が大きくなる。だが士郎には超回復能力が有る。故に死にさえしなければ大丈夫だろうと考え、今の自分が死なない程度の、致死一歩手前くらいを目安に体内時間を加速させた。それが何倍速なのかは、士郎自身にも分からない。
只々、士郎は走った。襲い掛かって来た星屑は無視した。星屑の対処は背後の友奈達に任せ、士郎は美森の加勢にと、最短、最速、最善の方法を取り、士郎は美森が居る壁の頂上に辿り着いた。
「がぁ!」
そして固有時制御が自動で解除され、士郎は体内で爆弾が爆発した様な衝撃と苦しみに襲われ、膝を突き口から大量の血を吐き、身体中の血管は破裂して、血を吹き出した。だがそれも、直ぐに黄金の光によって治癒された。
「本当、痛みを失って良かったな」
そうじゃなきゃ、きっと発狂してただろうなと考え、口元と鼻から出た血を拭った。制服は最早、血で汚れていない所が無く、頭から大量の赤い絵の具を被ったのかと思う程に血塗れの姿だった。
「美森びっくりするだろうな」
そう呟きながら、マップアプリを開こうとしたが、スマホは血で水没して、使い物にならなくなっていた。
「ちっ」
舌打ちをして、スマホを投げ捨てると、士郎は遠くから狙撃音の様な音を聞き、其処に美森が戦っているのだろうと考え、狙撃音の様な物が鳴り響いている場所に走った。
そして士郎は美森の後ろ姿を捉えると、嬉しさと安堵感を感じると、加勢に来たぞと言おうとして憚った。
「美森……何をしてる?」
代わりに出たのは、信じられない物を見た動揺による問い。
一人で戦っている。そう信じてやまなかった美森は、ただ棒立ちしていただけだった。相棒であるライフルは肩に掛けたまま、構えもせず。襲い掛かる星屑に美森は何の反応も示さず、星屑は精霊が自動で迎撃していた。
「おい、美森?」
「……………」
美森の返答は無い。まさか!と最悪な状況を思い浮かべて、美森の肩を掴んで体を士郎の方に任せる。
顔色は正常、脈拍は少し早いが体に異常をきたす程ではない。間違いなく生きてる。士郎はほっと息を吐いた。
一人で戦ってたと勝手な想像をしてしまっていた。マップで見ただけで自分達は絶望感に打ちひしがれたんだ。敵の侵入、その規模の大きさを直接見た美森はきっと、俺達以上に絶望感に打ちひしがれ、放心していたのだろう。士郎はそう推測すると、両手で美森の顔を挟み、目線を自分に固定した。
「美森!何が何だか訳は分からないけど、また敵が来た!戦うぞ!」
士郎は美森の目を見て、そう言うと、美森は口を開き、士郎を驚愕させる一言を放った。
「……先輩。壁を壊したのは私です」
「なっ!?」
「先輩……私はもう、貴方を、友奈ちゃんを、傷付けさせたりはしない」
「どういう事だ。何を言ってる?」
士郎が困惑した調子で聞いた直後、二体の星屑が士郎の方に襲い掛かって来た。美森の精霊は
「せい!」
「勇者パンチ!」
遅れて到着した夏凛が一刀両断に切り裂き、もう一体の星屑は友奈が殴り飛ばして倒した。
「どういう事よ東郷!」
「壁を壊したって……嘘だよね?東郷さん」
「美森、お前……自分が何をしたのか分かってるのか!?」
「分かってる。分かってるからこそ、壁を壊した」
三人の問いにそう答えると、美森は壁の外へと走った。士郎達も反射的に美森を追って壁の外に出て、その光景を目の当たりにした。
「「なっ!?」」
「嘘だろ……おい」
辺り一面に広がる炎の海、宙を駆け回る星屑と、倒した筈のバーテックスが産まれる状況。
「……これが、世界の真実。バーテックスは十二体で終わりじゃない。何度倒しても、また蘇って襲来し続ける。私達勇者の戦いに、終わりは無い。私達はまた満開して、体を供物として捧げ続ける……そして何時か体は動かなくなって、大好きな人や大切な友達の記憶も……何もかもを失う。そんな苦しみ、もう誰にも味わって欲しくない!だから!」
美森は壁を更に壊そうと、ライフルを壁に向ける。
「おい、止めろ!」
士郎がそう叫んだ直後、最初に戦った乙女型のバーテックスからの砲撃が放たれた。
「なっ!
士郎は咄嗟に砲撃を防ぐべく、五枚のアイアスを展開して受け止めた。だが、砲撃を難無く耐え抜いた筈のアイアスは硝子の様に砕け散り、士郎は爆風で飛ばされた。
「くそっ!基本骨子、構成材質の作りが甘過ぎた」
そう悪態を吐いた直後、二度目の砲撃が放たれた。やばい!と思った直後、士郎と友奈は夏凛に首根っこを掴まれて、壁の中へと離脱した。
友奈が砲撃を受けた美森を見て叫んだ。
「夏凛ちゃん!東郷さんが!」
「駄目!一旦引くわ」
「三好!追撃来るぞ!」
「なっ!?」
士郎は近付く砲撃を見て、夏凛に警告するが、砲撃に対処出来ず、直撃した三人は地面へと落下した。
【2】
士郎が落下した衝撃で気を失い、気を取り戻したのは数分後の事だった。士郎は蹌踉めきながらも、立ち上がり、友奈と夏凛の元へと歩んだ。
「無事か?友奈、三好」
「私は大丈夫です……だけど、夏凛ちゃんが」
地面に横たわって気を失った様子の夏凛、士郎は精霊バリアがあるから命に別状は無いと分かりつつも、念の為、夏凛の手首を握り、脈打っている事を確認した。
「気を失ってるだけだな。友奈、戦えるか?」
「はい!今変身します!」
スマホを取り出し、変身しようとする友奈……然し、あれ?あれ?と友奈は焦り出した。
「なんで!なんで!変身出来ない!」
「落ち着け、友奈」
やがて取り乱し始めた友奈の肩を掴み、士郎は友奈のスマホ画面を見た。画面には勇者の精神状態が不安定な為、変身出来ませんと表示されていた。
士郎は勇者の精神状態が不安になって変身が出来なくなるなら、風や美森が変身出来てたのは何故だ?と考え、直ぐに理由を思い付いた。
「大赦か……」
大赦を潰そうと暴走した風、壁を壊した美森。これに焦って、また勇者が暴走して、被害を拡大させない様に安全装置を発動させたのだろうと士郎は考えた。
夏凛は気を失い、友奈は変身できない。風と樹も近くには居ない。
「この場で戦えるのは俺だけ……」
士郎は覚悟を決めた。
「大丈夫だ。俺が守る。勇者部も、世界もな……」
「シロー先輩……」
不安そうな表情で見つめる友奈の頭を、少し撫でて士郎は壁の方へと歩き出した。
空を見上げれば、視界に入るのは空を埋め尽くさんと広がった無数の星屑。壁の方に視線を変えると、今まで倒したバーテックスが侵入してきていた。
これは、俺の力じゃ対処しきれないなと考え、正面を見る。複数の星屑が襲い掛かって来たが、士郎は焦る事なく、干将・莫耶を投影して襲い掛かる星屑を一体、二体と斬ったが、刃は刃こぼれを起こし、星屑に損傷は与えられても倒しきる事も出来なかった。
「ちっ、俺の
士郎は襲い掛かる星屑を往なしながら、空に向かって叫ぶ。
「守護者エミヤ!
英霊の力はもう使わない。そう約束を交わしたのに破る羽目になった。怒っているかも知れない。答えてくれないかも知れないと思いつつも、きっと
「返礼として、俺は、俺の全てを差し出す!」
返答は言葉ではなく、行動で返って来た。
士郎は一瞬赤い光に包まれた。光が晴れると、其処には勇者……いや、英霊の姿をした士郎が立っていた。
「
そして士郎は干将・莫耶を投影し、目前まで迫った星屑を一つ、二つ、三つと襲い掛かった星屑全てを斬り裂いた。一つ目の満開ゲージが溜まった。
「
士郎は自身を限界まで加速させ、壁の方へと駆け抜けた。その速度、倍速した時間は先程の比でない。英霊へと昇華した事により、倍速出来る時間も増えたのだ。
「
士郎は赤い槍を投影し……
「
それを放った。二つ目の満開ゲージが埋まる。
槍は空中で無数に分裂し、星屑を穿つ。
「
次に黒い弓と螺旋状の剣を投影して、番える。
「
弓を十分に引き絞り。三つ目の満開ゲージが埋まった。
「
矢を放った。放たれた矢は星屑が集中した場所に飛び、巨大な爆発を持って数百の星屑を葬った。
「次はこいつだ!」
士郎は赤い魔剣を弓に番え、放った。
「
満開ゲージが更に四つ目の満開ゲージが埋まり、そして遂に固有時制御が解除され、その反動で身体中から血を吹き出す。
直ぐに黄金の光によって傷が修復され、同時に五つ目の満開ゲージが埋まった。
「再生した奴も溢れて来たな……さて」
士郎は血塗れの体で立ち上がり、壁から溢れ出るバーテックスを睨んだ。
「此処より先は死守させて貰うぞバーテックス!讃州中学勇者部副部長の力、その目に焼き付けろ!」
士郎は左手を前に翳し、
「
次回:無限の剣製