ゼノスの言葉を契機に、守護者達は戦闘態勢に移る。
そんな彼らを尻目に、一人残されたモモンガは闘技場の観客席からで戦いを見届けることにした。
「よし。この場所であれば問題ないだろう」
「はい。しかし、些か離れすぎでは?確かにこの場所であれば、守護者達からの攻撃も届くことはないでしょう」
そう疑問を抱いたのは執事のセバス・チャンだ。
彼も他のNPC達と同じく、ギルドメンバーによって生み出された存在だ。
それも、自分やゼノスの親友でもあるたっち☆みーによって作られた。
「守護者達の攻撃が届かないことは理解しているつもりだ。
だが、もし戦闘中にゼノスさんが
後に守護者達を回復しなければならないであろうモモンガにとって、それだけは絶対に避けなくてはならなかった。
「モモンガ様、少しお聞きしたい旨があるのですが…」
「なんだセバス」
「ゼノス様一人で守護者全てに立ち向かうというのは、流石に無謀すぎるのではないでしょうか。
もしいざとなれば、私がゼノス様の加勢に―――」
「ならん!」
セバスがゼノスを心配するのも無理はなかった。
普通に考えれば、いくらプレイヤーであってもレベル100に到達しているNPC全てを相手取るなど、気がくるっているとしか思えないのだ。
「…理由をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか」
「お前がゼノスさんに加勢したとしよう。その場合、ゼノスさんは何よりもまずお前を『狩る』ことになる」
「なっ…」
「彼は自分の戦いを邪魔されたくはないんだ。それがたとえ私であったとしてもだ。
そして、お前がゼノスさんに加勢することなど
「それは一体…?」
「彼が倒れるよりも先に、
「さて、ではまずお前たちの名を聞かせてもらおうか。第一階層守護者から順に名乗るがよい」
まるで余裕綽々といったゼノスに対して怒りを覚えつつも、守護者達は名乗りを上げる。
「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールンでありんす。よくもまぁ一人で立ち向かおうなどと考えたものでありんすねぇ」
最初に名乗りを上げたのは、幼い容姿の
「ふむ、貴様は三階層も守護を任せられているのか。これは愉しみだ」
「ふん、今のうちに粋がっているといいんす!」
変な京言葉でゼノスを煽るシャルティアの尻目に次なる守護者が一歩前に出る。
「自分ガ第五階層守護者、コキュートス。タダ一角ノ武人トシテオ相手致ス」
守護者の中で特に巨大な体躯を持つコキュートスは
「貴様も武人としての誇りを持つか。よかろう、俺もまた武人として相手をするとしようか」
「感謝スル…!」
「よっし、今度はあたし達だね。行くよマーレ!」
「あっ、ひ、引っ張らないでよお姉ちゃ~ん…」
男勝りの元気っ娘が、どう考えても女装している男の娘の腕を引っ張って前に出る。
「あたしは第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ!んでこっちが…」
「ぼ、僕も同じく第六階層守護者のマーレ・ベロ・フィオーレです…。ふ、不束者ですが、よろしくお願いします…」
…戦闘前の空気はどこに行ったのやら。マーレの発言によって変な空気が漂い始めた。
「…アウラといったな。弟の教育はどうなっているのだ…姉である貴様がなんとかしなければならんのではないか…?」
「へ?え、あたしのせい!?」
「そしてマーレよ。貴様が先ほど述べた言葉は、今から戦う相手に向けて発するものではない。」
「ふぇ?そ、そうんなんですか…?」
「あぁ。正しい意味が知りたくば、そこのアウラに聞くとよかろう」
「説明が面倒だからってあたしに全部投げてないでよー!」
「許せ。姉であるものの務めを果たすがいい。
それはさておき、おかしな空気になってしまったが続けるとしよう。次の者、名乗るがよい」
ゼノスがそういうと、待っていましたと言わんばかりに悪魔が名乗りを上げた。
「お初にお目にかかります。私が第七階層守護者、名をデミウルゴスと申し上げます。どうぞおも知りおきを」
まさに紳士的な態度でこちらに見事な挨拶と共に深々とお辞儀を決める。ゼノスから見れば、彼が一番まともに話をすることができそうな人物に見える。
「ほう、中々の聡明さを身に纏っているな。貴様ならば、俺がなぜ指輪を所持しているか分かる筈だが」
「はい。おおよそのところは推測できておりますが、ほかの守護者達が戦うのに私だけ戦わないというのは、モモンガ様や貴方様に対して失礼だと感じましたのでね。お気を害したならば謝罪させていただきます」
「よい。遠慮なく挑んでくるがいい。さて、最後は貴様か…」
最後に名乗りを上げるは、この状況を作り出してしまった元凶だ。
「既に名乗ってしまっていますが、改めまして。守護者統括、アルベド。全力で捻り潰して差し上げましょう」
「…ハ。よいぞ、その気迫で挑むがよい。もしかすれば、俺の刀を抜かすことは出来るかもしれんぞ?」
「戯言を…こちらの数は圧倒的、暴力そのものです。貴方の勝ち目など、初めからないもの知りなさい」
「ふむ。確かに数ではこちらが遥かに劣っているな。だが、そんな状況でこそ『狩り』を愉しむことができるというものだ」
「戦闘狂いが生意気な…よろしい。お望み通りにして差し上げましょう!」
アルベドの言葉をきっかけに、守護者達はそれぞれ攻撃態勢へと入る。
あるものは武器を構え、またあるものは魔法による攻撃を画策する。
しかし、そんなものは全て無駄であったと身を以て気付かされることとなる。
「さぁ、この一撃を耐えられたならば、貴様らは俺と戦う資格があるものと認識しようぞ」
ゼノスは右手に携える刀を、おもむろに振り上げる。しかし、本来守護者らに向けられるはずの刀身が
「何をするつもりか知りんせんが、隙ありでありんすよ!」
絶好の攻撃チャンスと踏んだシャルティアは、独特な形状の槍「スポイトランス」を展開し、ゼノスに突撃する。
残るコキュートスやアウラもシャルティアに続かんと突撃し、マーレとデミウルゴスは突撃する3人を援護せんと、上位魔法による攻撃を仕掛けた。
「(しかし、なぜ奴は防御すらせず、刀を掲げたままなの?あれじゃまるで『殺してください』と言っているようなものだわ)」
しかし、アルベドだけは何処か違和感を感じていた。
確かに今のゼノスは隙だらけにもほどがある。あの状態を見て攻撃しないものなど、まずいないだろう。
だが、アルベドにはその隙が余りにも不気味に感じてしまった。そして、ゼノスの意図がどこにあるのかに気付いてしまう。
「(…まさか!?)貴方達戻りなさい!その男がやろうとしていることは…!」
アルベドが気付いたときには全てが遅かった。
「砕け散るがいい」
ゼノスは掲げていた刀を、刀身を地面に向けたまま勢いよく地面へと振り下ろし、そのまま刺し貫く。
その瞬間、ゼノスの周囲から圧縮された「気」のような何かが溢れ出すと同時に、闘技場内は膨大な光の奔流に飲み込まれた―――
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ゼノスが発した爆発は闘技場内を光の奔流で埋め尽くし、モモンガらの視界を遮る。
「こ、この爆発は一体!?」
「くっ―――まさかここまでとは…!」
闘技場の観客席に避難していたモモンガとセバスは事なきを得たものの、モモンガたちの目の前にまで迫る規模の爆発に驚きを隠せなかった。
爆発から数分後、ようやく闘技場内の光が晴れてゆき、現在の戦況を知ることができた。しかし―――
「こ、これは一体、どういうことなのですか…!?」
戦況を確認したセバスが表情が驚愕と戦慄で塗り潰される。
闘技場に倒れ伏していたのは、ゼノス以外の守護者らであった。
「やはり、
「モモンガ様、先ほどから言われている
セバスに疑問をぶつけられたモモンガは、ここらで話すのがいいだろうと、感慨深い声で話し始めた。
「ゼノスさんが発した爆発の如き光の奔流、それは『圧縮剣気』と呼ばれるスキルによるものだ」
「スキル…ですか?」
「うむ。あの爆発はゼノスさんが練り上げた膨大な剣気を刀に圧縮し、一気に放出させたものだ。そして、あの『圧縮剣気』には厄介な効果と強力なデバフが付いている。まず、あの爆発を防御することはできん」
「防御不可攻撃…!?それではシールド魔法や防御魔法を無視して攻撃するスキルがあるとは…」
「そう、あれの前では防御バフを幾ら積んだ所で意味はない。そして、厄介なのはバフだけでなく装備品や自身の防御値すらも無視し、貫通してしまう点だ」
「なんと!?」
「だがこれだけではない。本当に厄介なのは付与されるデバフのほうだ。『圧縮剣気』を受けた者は、一定時間身動きが取れなくなる『スタン』を受けてしまう」
「身動きが出来ない効果を与える…それはつまり、あの攻撃を受けた者達は問答無用で戦闘不能に陥らされてしまう、ということでしょうか」
「その通りだ。仮に『圧縮剣気』を受けながらも生き延びることができたとしても、スタンによる行動不能デバフによって回復すらできぬまま、次の敵の攻撃により確実に戦闘不能になる」
いつ見ても本当に恐ろしいスキルだ、とモモンガは呟く。
と、ここでセバスはあることに気付く。
「しかしながら、それだけの強力な効果を持っているのであれば敵は近づこうともしないのでは?そもそも、発動されたとしても避けることができれば…」
「それは恐らく無理だろうな。私が言うのもなんだが、ゼノスさんが『圧縮剣気』を外す様を見たことがないのだ」
「外したことがない?それは何故…」
「ゼノスさんは『圧縮剣気』は戦闘の最初にほぼ間違いなく使用する。そしてさらに、相手を如何に逆上させ、自分への憎しみを湧き立たせ、強大な敵に仕立て上げるかを戦闘が始まる前から考えている。あの超越者モードのゼノスさんなら猶更だろう」
「なぜ、そのような危険な真似を?」
「さぁな。だが、私は一度彼に問いただしたことがある。なぜそこまでして強者との闘いを望むのか、と。
それで、どんな答えが返ってきたと思う、セバス?」
モモンガから問いかけられたセバスは、自分に頭にある知識をフル回転させて考えるが、やはり答えは思いつかなかった。
「申し訳ありません、私には到底考えが及ばぬことではないかと思わせていただきます」
「奇遇だな、私も同じ思いを抱いたぞ。ゼノスさんはな、『狩りを愉しむため』と答えたんだ」
「『狩りを愉しむため』…ッ!ではまさか…!?」
「あぁ。逆上した敵、特に憎しみを湧き立たせた敵は強敵となって、必然的にゼノスさんへと矛先を向ける。そうして『餌に飛びついてきた獣をおびき寄せる』かのように『圧縮剣気』を発動させ、生き残った者を自分が狩るべき相手と認め、戦うことを目的としているのだ」
ゼノスは己と戦うに相応しい敵を狩るために敵愾心を煽り、憎ませ、向かってきた敵の中から相応しき者とそうでない者を選別するために『圧縮剣気』を使用するのだという。
まさに戦闘狂。戦いを愉しむためなら己に向けられる敵意や殺意といったものすら利用するとは、常人ではそのような考えに行き着く筈もなかったのだ。
「だからこそ、彼は『圧縮剣気』必ず命中させるために戦う前から
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一方の闘技場内は、死屍累々とした戦場と化していた―――
唯一ゼノスから離れていたアルベドは、ステータスを耐久値に特化されていたこともあり、かろうじて意識を保つことができていた。
だが、
守護者最強と呼ばれた筈のシャルティアをはじめとして、自分以外の守護者達が全員戦闘不能に陥っていたことが信じられずにいた。
「そ、んな、馬鹿な…なぜ我々が…この地を守るべき階層守護者達が…たった一人のあの男に…!」
自分たちは至高の御方々から生み出された最強の存在だ。それは守護者全員がそう思い、誇りにしている。
だが、素性も知らぬ男が放った一撃のみで、自分たちの誇りすらあっさりと吹き飛ばされてしまった。
「認めない…!私は絶対に、みとめ、な―――」
戦場の中心に無傷で佇む男への憎悪を滾らせながら、アルベドは意識を手放した。
一人佇むゼノス。その手に携えていた刀の刀身は、やはりゼノスの剣気に耐えられなかったのか、既に砕け散っていた。
「つまらぬ…」
ゼノスは倒れ伏したまま立ち上がってこない守護者らを見やると、退屈だと言わんばかりに刀身の砕けた刀を放り捨て、そのまま戦場を後にした。
キャラクター名:ゼノス・イェー・ガルヴァス
現実世界での名前:
カルマ値:+100(平常時)-100(超越者モード時)
種族:
職業:グランドセイバーLv10、アルティメイトセイバーLv10、ケンセイLv10、
ワールド・エネミーLv10、その他Lv35
異世界に飛ばされるまでは、『退屈な世界』をただ惰性で生きていた一般人。
だが、異世界に飛ばされてからはの彼は、常に『退屈』な心を埋めるため、戦いを愉しむために行動している。
好青年な顔と超越者としての顔
果たしてどちらが仮面で、どちらが彼の素顔なのか―――
スキル『圧縮剣気』
ゼノスが纏う膨大な剣気を刀に圧縮させ、一気に解き放ち、敵全体を攻撃するスキル。
劇中でモモンガが解説した通り、防御無視攻撃とスタンデバフという、非常に凶悪なスキルとなっている。
ゼノスが初撃に必ず使うといってもいいほどに気に入られている攻撃であり、初見で避けることはまず不可能。例え初見でなくとも、爆発の発生とダメージ判定が非常に早く、見てから避けるのはLv100に到達したプレイヤーであろうとも困難を極める。
仮に耐えることがようとも、スタンデバフにより行動不能にされてしまい、続く二撃目にて必ず戦闘不能に陥ることとなる。