2004年 1月下旬 夜
冬木市 新都 ガリアスタ・マンション
中層・通路
───走る。走る。走る。
並み居る機人など、歯牙にもかけぬ。
目標を見定め、俺は敵の拠点内部をひた走っていた。
マスターと分断された。
隔たれた壁は、俺とマスターの念話を遮断する。
それはつまり、我らを繋ぐ魔力伝達すらも阻害しているコトを意味していた。
現状、霊基維持に問題は無ェが…しかしコレは、驚異的で脅威的な事実だ。
あの無機質な壁は、一種の結界として作用しているというコトになる。
物理的干渉以上の妨害機能を持つため、霊体による通り抜けすらも許容しない。
これはサーヴァント戦だ。
結界を通り抜けるのは不可能ではないが…自衛手段を持たず反撃が行えない霊体状態では、あまりに無謀かつ危険であると感じられた。
更に…この状況は切り札たる“令呪”の伝達すらも困難にするだろう。
門と同じく、槍で壁を穿つワケにもいかない。
マスターとの繋がりを断たれた状態で、霊基保持に支障を来す程の出力を込めた一撃を放つリスクは冒せない。
万が一壁向こうのマスターごと貫いてしまえば、目も当てられない結果を残すだろう。
ならば、走るしかなかった。
幸い、俺は戦うだけならさして魔力を消費しない。
さらに…本来は温存しておきたかった“ルーン魔術”を使用すれば、走る先の目的地は決定出来る。
探知のルーンで、この状況を作りやがったクソったれの片割れ…ガリアスタのサーヴァントを見つけ出し、始末する。
そいつだけが、今の俺に出来る状況改善の一手だった。
「…参ったな。
随分と早いお着きだね、ランサー。
兵団による妨害も、マンションにしかけたトラップも、君を止めるには足りなかったらしい。」
冬木市 新都 ガリアスタ・マンション
トライアル・スペース
其処は、広大で殺風景な空間だった。
白く、何も無い。
在るのは、怨敵の姿のみ。
姿を、初めて確認した。
中年の、髭面の男。
戦士とは思えぬ、凡庸な体躯。
当世風のスーツとやらを
「──っと!!!」
俺は、返答も間髪も容れずに突撃した。
探知のルーンを纏った槍は、迷い無く目標する敵へと進む。
しかし、その軌道は強い衝撃によって反らされる。
『想定はしてたが、本当に遠慮がないな。
手綱を離れた犬っコロというのは、得てしてそういうものなのかも知れないが。』
「…っ!!」
槍を反らしたのは、
青白い光を放つ、赤い刀身の剣。
それは、奴の右腕を纏って展開されている。
右腕だけではない…その全身を、瞬く間に鎧が覆っていたのである。
俺が、マスターが、散々打ち倒してきた空っぽの兵隊。
それと似た意匠を持つ、赤金の鎧。
その胸に輝く
『なんと、怒りの中でも忘我するコトは無いらしいな。
今のタイミングのユニ・ビームを躱すなんて、恐ろしい反応速度だ。
こっちを探知して真っ直ぐ進んで来る以上、アーマーも纏わず油断を誘おう作戦は失敗に終わったらしい。』
ベラベラと、良く喋りやがる野郎だ。
その中でも、奴は迎撃の手を緩めなかった。
奴の両腕には巨大な
さらに、背面からは無数の
それらの速度と込められた魔力は、今まで打ち倒してきた雑兵の放ったモノとは比べ物にならない強力さを秘めていると感じられた。
安易に槍で打ち払おうものなら、相応の衝撃を受けるコトになる。
肌で感じられる、威圧感。
間違いなく、あの鎧こそは奴の持つ宝具であると認識した。
ならばと、俺は走った。
ミサイルは俺を追尾する。
熱線も、それに倣う。
それらをジグザグに回避し、熱線を利用してミサイルを焼き払う。
そうして、空いた距離を確実に詰めていった。
俺には“矢避けの加護”がある。
熱線こそは脅威だが、ミサイルごときは対処に困りはしない。
『なるほど?
どうやら、腕二本じゃ足りないな。
だったら…』
強力な魔力を感知する。
発生源は、四方八方。
目の端に、一瞬光が映る。
殺風景な部屋の壁が一部展開し、そこに空いた穴から強力な熱線が放たれたのだ。
無数の光が、俺めがけて照射されていた。
奴もまた、その間を縫い飛び回りながら同様の攻撃を続ける。
なんて熱量だ、畜生め…!
近付くコトも叶わず、回避に専念するしか無ェとは!
『いや、凄いな。
うまく避けるもんだ。
走り回る様は本当に野生のケモノみたいだぞ、君。
ハッハ、見ていて飽きないね。』
苛つく。
此方の怒りを誘う挑発だとは、当然理解している。
しかし、奴の嘲笑はこちらの心をザワつかせた。
奴は良くわからん超兵器技術と同等に、他者を煽るセンスに長けているらしかった。
『だが、もう十分だ。
故に解析は、ここに完了している。
君のモーションパターンは、どうやら“ティ・チャラ陛下”に良く似ているらしいな。
獣の野生と、歴戦闘士の気高き武技が同居している。』
熱線を回避し続けた先…その足元に、違和感を覚えた。
『しかし、君は独りきりだ。
ならば、行動予測は難しいコトじゃない。』
瞬間、足元…床下の奥に強大の高まりを感じた。
『“
巨大リアクタ-による、極大出力のユニ・ビームを、是非堪能してくれたまえ。』
身を翻す間も無く、俺の身体は閃熱に包まれた。
……………………………………………………
アイアンマンアーマー・マーク18…通称“カサノヴァ”。
そして、
これらの長所を複合した、“ステルスアーティラリーレベルRTスーツ”だ。
影に潜み、極大威力のユニ・ビームを打ち込むという、一撃必殺をコンセプトとした殺意の高いアーマー。
一時期、
当時のアーマーは、
しかし、英霊として召喚された僕の宝具…“
つまりは、晩年の僕が手掛けた後期薄型リアクターや人工衛星、ナノ・マシン・アーマー等だけじゃない。
ジャンキー時代に作った無数のアーマーも、たくさんの
それは、仕方の無いことだ。
宝具とは、その英霊の生き様を具現化したモノだという。
メドゥーサ嬢ならば、実子とされる天馬。
ギルガメッシュ王ならば、王として収蔵した宝物。
そして、クー・フーリンならば、言わずと知れた魔槍ゲイ・ボルク。
対して僕の生き様とは、発明という行為そのもの。
それによって生まれた大半は、他者を傷付ける兵器だったのである。
それは事実だし、否定しない。
人生の都度、味わった感傷も事実だ。
だから、それそのものが具現化した宝具のカタチには、なんの異論もない。
使えるものは、何でも使う。
捨て去った過去すらも手元に収まるというのなら…目的のために、活用しようじゃないか。
さて、話を戻そう。
ともかく、そんな懐かしのデンジャラス・アーマーであるマーク18を核に、僕はトラップを仕掛けた。
僕自身が纏うマーク85アーマーと、トライアル・スペースを囲うように設置された、いくつかのアーマー。
これらはすべて、僕の宝具だ。
その威力の高さは、召喚後に開発したアーマー達のモノとは段違いだ。
それらを壁面外にいくつも設置し、砲台としてユニ・ビームを一斉照射した。
操作は、もちろんF.R.I.D.A.Yに任せている。
その威力の脅威を、ランサーは即座に感じ取るだろう。
ならば、避ける。
野生と戦士の勘を研ぎ澄ませ、反撃に転じる好機を伺いながら、巧みに避けるだろう。
強力無比な宝具の存在感と、そこから放たれる強大なエネルギー。
それが無数に存在し、回避し続ける内に、彼の意識はそちらに向かう。
何の気なしにステップしている、その底面すらも僕らが手掛けた代物である、という事実。
それを考慮するのに、ほんの一瞬間が空くのである。
英雄王のときも、そうだった。
ほんの一瞬あれば、十分だったのだ。
その一瞬、足を置く場所に…
かくして、ランサーは最大威力のユニ・ビームの直撃を浴びた。
その屈強な体躯は為す術もなく焼かれ続け、威力のままに天井に
叩き付けられる。
これは、かなりの大ダメージを期待できると確信していた。
正直、かの大英雄を容易に倒せるなどとは期待しちゃいない。
ギルガメッシュ王との戦いを経験したんだ。
名高き英霊存在の恐ろしさを、侮ることは一切無い。
勝てれば上々だが、重要なのは我ら陣営の勝利なのだ。
マスターが相手方のマスターと決着をつけさえすれば、それで我々の勝利は確定する。
それまでランサーの身柄を此処に縛り付けるだけでも、役割は果たせるというものだ。
そのための分断だ。
これにより、奴はマスターからの魔力供給を期待できない。
門を破ったような、強力無比な一撃も容易には扱えまい。
時間をかけて設置した陣地で戦うのだ。
相応のアドバンテージを受けて、然るべしだろう。
カサノヴァのビーム照射ポイントに、他のアーマーも倣わせる。
ギルガメッシュには難なく防がれた
そのリベンジというわけではないが、それが確実にクー・フーリンにダメージを与えていた。
「──成る程。」
だが。
「テメェは拠点を扱うって点に於いては最上の部類のサーヴァントと言えるのかもしれねェな、“キャスター”。」
僕の見通しを、はるかに上回る戦士というものは存在するのだ。
「ああ…やり口総てを鑑みれば、自明だろうよ。
己が定めた法則をもってして、取り巻く世界を自在に廻す。
たとえ魔術師存在でなくとも、テメェは間違いなく“
思えば、あらゆるヒーローはそうだった。
キャップも、ソーも、バナーも。
僕の人生を変えた彼らは、いつだって不屈の闘志で逆境をはね除けた。
「ならば、今度は俺が“
ユニ・ビームによる眩い光を、アーマーのカメラで透視する。
叩き付けられた先で、身を焼かれながらランサーは槍を構えていた。
天井を足場に力を込める。
奴に此方は見えているのだろうか…分からないが、その目は確かに見開き僕を睨み付けていた。
「
……………………………………………………
ゲイ・ボルク。
我が師・影の国の女王スカサハより賜った魔槍。
圧倒的な大軍に対してすら絶対的な破壊を約する、最強の投擲武器としての“突き穿つ死翔の槍”。
その本来性能の他に、同じ名を付けて編み出した我流の扱い方が存在する。
それこそが、“刺し穿つ死棘の槍”。
槍が持つ必中…相手の心臓めがけて必ず突き刺さる“因果逆転の呪い”、その性質を利用した刺突術。
死翔を放つのは、マスターの援護が望めない現状では不可能であった。
だが…死棘ならば。
我が生の粋、体躯に刻まれた技の再現ならば。
最低限の魔力消費で、極大の成果を生むコトが可能だった。
我が身は
あの程度の光なぞ、何するものぞ。
ユニ・ビームとやらの威力なぞ構わず、必殺の
「終わりだ、キャスター。」
『……ッ。』
槍は、確実に心の臓を貫いた。
手応えで解る。
我が槍が齎す死の因果は、確かにキャスターの
「成る程、テメェは確かに強かった。
マスターの言う通り、この地で最初に
槍を引き抜く。
熱線は、いつの間にか止んでいた。
奴の身体から、鎧が失せる。
血を吐き、傷を抑え、
「だが、俺の勝ちだ。
そこで、一つ問う。
貴様が倒れれば、この工房の機能はどうなる?」
俺は、血液と共にみるみる肌の色を失うキャスターに訊ねた。
顔色は伺えない。
しかし、身の震えは見てとれた。
「…テメェが何処の英霊かは知らんがな。
消える前に、勝者に礼くらい示したらどうだ?
貴様とてキャスターとはいえ、星に名を刻んだ英雄だろうが。」
震えるキャスターは、顔すら上げずにか細く唸る。
「……ハ、勝ったと解ると、随分と…饒舌になるじゃないか、ランサー……。
古代の英雄って奴は…どいつも、こいつも…。
戦に、酔いしれ…た、戦闘狂、か…?」
途切れ途切れの言葉の度に、口から血が滴る。
アタリこそつけちゃいたが、やはりこいつはかなり近代の英霊らしかった。
神秘も薄れた時代に生まれたにしちゃ、強力に過ぎる英霊だが…。
しかし、そうでもなければキャスターの操る妙な術の説明がつかないのもまた事実だ。
歴史の若い英霊にも拘らず、心臓を破壊されて尚言葉を紡ぐその意気こそは見事。
「異なる時代、異なる国に生まれた者に、理解されようなどと思っちゃいねェ。
質問に答える気がないなら、消滅を待つまでもなく終わらせてやろうか?」
槍を握る手に、力が籠る。
奴の血で濡れた刃を払い、槍をキャスターに向けた。
「…呪いの槍、か。
どいつも…こいつも、雷様の…とんかちと……どっこい、どっこいの…
弱々しく笑うキャスター。
内容はいざ知らず、その語調に嘲笑の色は感じられない。
「…君は、知らない…と、思うが。
君たちに、とっての……未知、である…僕の、アーマー、すら…フゥ。
それすら……言われた、ものさ…時代、遅れだとね。」
変わらず、息も絶え絶えに笑うキャスター。
「…そうかよ。
時間稼ぎのつもりか。
わかった、もういい。
テメェの覚悟が、そうだってんなら──」
不意に、気付いた。
血の滴る量が…減っている。
「……ッぐ…は……!?」
熱を帯びた光の刃が、俺の腹を貫いていた。
「…全く、死んで以降も刃物でブッ刺される、とはね。
前面に突き刺さり、背面を貫通する刃の感覚は…何度経験しても、慣れるモンじゃない。」
瞬く間に形成された、失せた筈の奴の鎧。
右腕でゲイ・ボルクを掴み、左腕に作り出した刃で反撃したらしい。
「野…郎ォッ……!」
咄嗟に、刺さる刃を無視してキャスターを蹴り飛ばす。
奴は転がりながらも、鎧から発射される噴射でバランスをとって着地した。
よろめいてこそいるが、確かに両の脚で立っている。
「クソッ…どうなってやがる?
確かに、槍は貴様の心臓を貫いた筈だ…!」
血の流れる腹の傷を抑え、治癒のルーンで応急措置を施す。
「…言ったろ?
武器も、アーマーも、時代遅れらしいのさ。
僕の仲間…“ヘレン・チョ博士”の言葉だ。」
奴の心臓に穿った傷は、塞がれていた。
恐らくは、奴の鎧を構成する金属によって…だろう。
「刃物で刺しただの、ビームで撃たれただの…そういう闘いで負った傷なんかは問題なく消してしまえると、彼女は言った。
恋人が見ても気付かない、と豪語した。
彼女の“再生医療”の対象は、人工皮膚が主だったが…
後に続くものが居る限り、
うわ言のように、言い聞かせるように呟くキャスター。
絶え絶えだった勢いこそ整いつつあるが、それでも消耗の激しさは伺える。
しかし…奴の霊基に消滅の兆しは見受けられない。
「どうなって、やがる…?」
キャスターの吐く、言葉の意味は分からない。
だが、これだけは確かだった。
「我が身の一部たる、宝具としてのナノ・テクと…彼女の再生医療の応用だ。
これが、サーヴァントとしての僕だからこそ為し得る技術の一つ。
奴は、貫いた心臓を元のままに“再現”しやがったってのか…!?
「バカな…あり得ねぇ。
俺のゲイ・ボルクは、ただ突き刺すだけの刃じゃねえ。
貫き死の因果を刻み込む“肉体殲滅”の呪いだぞ…!
サーヴァントである以上、確かに臓物が壊れても死なん奴は存在するだろうが…呪を受けて無事で済むなんて、フザけた話が
キャスターが、再び完全に鎧を纏う。
眼光が閃き、こちらを睨む。
「テメェ、何者だ…!?」
俺の問いに、奴は両の手を砲に変えて構えながら答えた。
「
閲覧、ありがとうございます!
また、時間が空きまして申し訳ありません…。
ということで、社長VS兄貴回でした。
この話をやるにあたって、やりたかった対決のひとつです。
ゲイ・ボルクで社長が貫かれるというのは既定路線でした。
この辺りから、“サーヴァントとしてのトニー・スターク”の在り方を書けたらいいな、と思ってます。