僕は、
サーヴァント・ルーラー。
見極め、定め、裁くもの。
このクラスに選ばれる条件は、いくつもが複雑に存在するという。
例えば、召喚に際し我欲を持たず中立の立場で物事にあたるコトが出来るモノ…だとか。
この基準に自分が相応しいのかどうかについては、いくら僕の
それでも、僕は“世界”に選ばれた。
そして僕も、そんな僕を選んだ喚び声に応えた。
だから僕はやはり間違いなく、ルーラーのサーヴァントなのである。
僕の世界には存在しなかったであろう、サーヴァントと呼ばれる存在。
魔術と呼ばれる奇跡の業よりも上位に位置するとされる、最上級の使い魔。
地球の記憶に刻まれた英雄の魂に、カタチを与えたモノ。
元来は未曾有の
生前の僕には、当然こんな異界のオカルトに纏わる記憶などは存在しなかった。
この情報は、冬木の聖杯によって喚ばれ現界する…その前段階。
つまりは、この
…仮にキャスターのサーヴァントが、僕の世界から召喚された何者かであったとしても同様の知識を所持しているかは定かではないが。
これらの知識は、どうやら今回の騒動に於いて重要なピースである様だった。
何故なら、僕が呼び出され降り立った地…。
冬木という街に敷かれた儀式魔術におけるサーヴァントの定義は、世界が規定したソレとは些か異なる存在であったからだ。
異なる定義を定めた魔術師達。
それらとの邂逅は、この戦いと向き合うにあたって必要で必然である。
戦いを終わらせるためには、その根幹に向き合わねばならない。
僕は経験上、そう感じていたものだった。
……………………………………………………
…魔術師陣営と槍兵陣営との戦いより、少し時を
2004年 1月下旬 昼過ぎ
冬木市 深山町 遠坂邸
「…確かに、お父様が遺した文献にもそういう記述があったわね。
エクストラクラス・ルーラー。
術式に何らかの異常が発生し、それによる世界規模の影響が予見された場合にのみ召喚される、監督役のサーヴァント…だとか。
その身に刻まれた“神明裁決令呪”が、何よりの証でしょうし。」
僕は、この街を魔術的に管理するという魔術師一族の邸宅を訪ねていた。
街を調査し、地質や霊脈を把握し、それらを統括する位置に座す家名こそが遠坂である、と突き止めたのだ。
かつての経験値と、ルーラーとしての知識とスキル。
それらを複合して弾き出した結論である。
その当主と名乗る人物が、想像以上にうら若い少女である事実にこそ驚愕したが…かつての
思えば、彼女と目の前の当主…
そう考えると、少し親近感が沸いてしまうように感じられた。
「確認が取れた様なら、何よりだ。
敵対する疑いが晴れたなら、出来れば屋敷に入れてもらえると助かるんだが…どうだろう?
僕は別に此処でも構わないが…ホラ、いくら魔術的に認識をズラす結界が敷いてあるとしても、玄関先で立ち話をいつまでも続けるとね…。
君としては、他陣営の目も気になるだろう?」
僕は、整った屋敷のガーデニングを眺めながら尋ねる。
彼女は、そんな僕を睨みながら深く考えた後──
「…はぁ。
いいわ、お上がりなさい。
もしも敵方のサーヴァントであるなら、まだ召喚も実行していない私なんて瞬く間に殺して見せるでしょうしね。
それを行なわず、此方を尊重する貴方の態度を信用しましょう。
…一旦はね。」
そう言い、彼女は踵を返して屋敷内に戻って行く。
成る程、状況判断はしっかりしている。
僕の“
それによる接近を赦してしまった状況を飲み込んだ上で、現状もっとも利を獲得しうる選択肢を選ぶ。
少々真っ直ぐすぎるきらいはあるが…だからこそ、彼女のような人物が運営サイドに居るのは好ましい状況だと言えた。
「ああ、ありがとう。
お邪魔するよ、ミス・トオサカ。」
…………………
美しい装飾や調度品で彩られた屋敷内に通される。
この手の仰々しさを感じさせる雰囲気の屋敷を見るのは…生前の
上院議員の命の元、国債活動に専念していた時以来だろうか。
「…それで?
その監督役のサーヴァントが、どういう了見で運営サイドにして一参加者である私を訪ねて来たのかしら。
理由は聞かせて貰えるのでしょう?」
応接間にて、紅茶とお茶請けのマドレーヌをテーブルに置きながら彼女は問う。
気を遣わなくても良いと断ったのだが、サーヴァントとはいえ客
…と言って聞かなかった彼女だ。
この若さでしっかり、一つの家の主を勤めあげている。
その姿勢は美しく気丈で、
…いけない、いけない。
いくらなんでも気が緩みすぎだ。
僕が此処に何をしに来たのか思い出せ。
「ああ、もちろん。
単刀直入に言おう。
今回の聖杯戦争…開催を延期すべきだと僕は思う。
少なくとも、僕という存在が喚ばれた原因を解明するまではね。
土地の管理人である君に、それを提案しに来た。」
僕は、彼女を見据えて告げる。
「…紅茶。
冷めない内にどうぞ召し上がれ。」
椅子に腰掛け僕を一瞥した後、彼女はそう言って自分のティーカップを口元に運んだ。
僕も言われるままに、それに倣う。
…美味しい。
コーヒーライクな僕だが、瑞々しく華々しい香りが熱と共に身体に染み入る紅茶の味わいもまた、悪くないものだと微笑む。
「で、貴方の提案だけど。
却下よ、勿論。
たとえ星に喚ばれた裁定者の言だったとしても、貴方は所詮
如何に人格を有していようと、使い魔の言葉を重く捉える魔術師など存在しないわ。」
ぴしゃりとした、真っ直ぐ叩き伏せるような語調の返答。
想定していた答えとはいえ、思わず己の微笑んだ表情筋が固まるのを感じた。
「当家はもちろん、間桐やアインツベルン…それに時計塔や聖堂教会も同様にね。
様々な歴史ある家門、組織が関わった大儀式こそが聖杯戦争なの。
それを、ポッと出の貴方の言葉を鵜呑みにして止めるコトなど出来はしない。
誰も賛同したりはしないわ。」
言いきった後、彼女は再び紅茶を口にする。
「…成る程、確かに。
しかし、少なくとも君は僕の言葉に耳を傾ける準備がある。
違うかい?」
ティーカップを口につけたまま、彼女の眉根が僅かに揺れる。
「何せ、
この会合が成立しているという事実そのものが、それを裏打ちしていると思うんだが。
僕たちはきっと、儀式の不備調査という一点に於いては協力し合える。
どうだろうか?」
僕は、彼女から目をそらさず紅茶を口に含む。
「…ええ、そうね。
正直、今回の儀式について思うところが無いワケではないの。
今までは、遠坂の主として戦いに勝つことを主とするコトで、見ないようにしていた部分。
それが、嫌でも私に様々な疑念を思い起こさせる。」
紅茶をテーブルに置き、思い詰めたようにそれを見つめる彼女。
前回戦争から十年…彼女が積み上げてきたモノが瓦解しかねない事実を、言語化するのを躊躇っているのだと感じられた。
「僕は別に、この儀式そのものを潰そうだとか、そういう考えを持っている訳じゃない。
僕というサーヴァントの存在は、この戦争の勝敗には一切影響しないんだ。
僕を喚ぶに至った儀式の不備…それに連なる存在が参加者の一人でもない限りはね。」
僕の言葉に、彼女は身体を揺らす。
…彼女の心当たりは、その辺に関連しているのだろうか。
「…戦争の延期は、恐らく困難でしょう。
既に、何騎かのサーヴァントは召喚されてしまっているのだから。」
確かに、それはそうだ。
こちらはルーラーの知覚でそれを把握しているし、延期自体はダメもとの提案だった。
「でも、儀式の不備…その可能性を各陣営に伝えるコトは可能な筈よ。
少なくとも、他の御三家である間桐とアインツベルン、そしてこちら側の監督役である聖堂教会には伝える必要がある。
貴方という監督役の存在を周知させる意味でもね。」
彼女はそう言うと、顔を上げて起立する。
「…一先ず、協力関係を築けたと見て構わないかい?」
思わず笑みが溢れる僕を、彼女は面倒くさそうに睨んでため息をついた。
「戦争が開始するまでの、一時的によ。
問題はさっさと解決するんだから。
今は一先ず、間桐と聖堂教会に連絡を取ってみる。
可能なら、先日連絡先を交換したキャスター陣営にもね。」
「……っ!」
それは、意外な展開だ。
ガリアスタと呼ばれる魔術師は社交的だと感じてはいたが、ここで繋がるとは。
「早ければ、今日にでもそちらとも会合を開くからね。
貴方は此処で待っていてちょうだい、ルーラー。」
そうやってぶっきらぼうに言ってのけた後、彼女は廊下に出ていってしまった。
残された僕は、お茶請けのマドレーヌを口に運ぶ。
…うん、オレンジピールを含んだ酸味と甘味が心地良い。
キャスターについての不安や、僕の世界からの何者かについての不安は勿論ある。
しかし、この世界での活動は、現状上手くいっていると感じられた。
……………………………………………………
2004年 1月下旬 夕刻
冬木市 深山町 遠坂邸
「…自分でいうのも何だけど。
魔術神秘に関わる人種の偏屈さを甘く見ていたわ。」
結論から言うと、連絡の総ては
間桐家には、当主やそれに準ずるもの達が不在であると断られた。
キャスター陣営もまた、多忙であるという理由で後回し。
戦争直前の現状では、当然とも言えるが…残念である。
僕の行動が慎重すぎて、運営サイドへの働きかけが遅きに失してしまっまコトにも起因するのかもしれないが。
僕が知覚したところ、先ほど召喚が成されたランサーの陣営も冬木市内に存在するが…連絡を取るのは難しいだろう。
そして──
「だとしてもよ!
監督役である聖堂教会の対応が後日に回されるってのは、一体全体どーゆー了見なワケ!?
綺礼のヤツ、やる気あんの!?」
今まで極力優雅に保っていた彼女が激した様は、廊下向こうからでも十分に聞こえてきたものだった。
勢いよく受話器を電話機本体に叩きつけ、ずんずんと足音を鳴らして僕の待つ応接室に戻ってくる。
「ルーラー!
支度なさい!
今すぐ教会に殴り込むわよ!」
外套を着込み、獣のように唸って彼女は告げる。
なんというか、彼女には有無を言わせないリーダーシップが備わっているように感じられる。
なんとも
「…アポイントメントは取れなかったんだろう?
平気なのかい?」
僕は立ち上がり、椅子にかけていたジャケットを羽織ながら応える。
「いいのよ!
普段からグチグチ嫌み言うばっかで、ろくすっぽマトモな仕事してないんだから!
たまには無理させてでも働かせてやるわ、あのダメ神父!」
…言動から察するに、彼女と件の教会の神父は親しい間柄だというコトは理解できた。
というワケで、以上の経緯から僕はついに冬木教会に足を踏み入れるコトになったワケだ。
ギルガメッシュと何らかの繋がりを持つ、異様な雰囲気を漂わせていた施設。
言い様の無い胸騒ぎを隠しながら、僕はリン・トオサカの後に続くのだった。
閲覧ありがとうございます!
ということで、ルーラーとあかいあくまの邂逅回でした。
ルーラーは、順調に本編のメインキャラ達と接点を作っていってますね。
その辺は、キャスターと対比になっているかもしれません。