「なに!キシリア閣下が戦死なされた!?」
宇宙要塞ア・バオア・クーの第三研究区指揮所に大声が轟いた。時は0080年1月1日。ア・バオア・クー攻防戦においてジオン軍の敗北は決定的なものとなっていた。岩肌の見える指揮所でセリウス中佐は叫んだ。
「はっ!先ほど脱出用のザンジバルと共に。連邦軍部隊に捕捉されたようです!」
ノーマルスーツ姿のジオン将校がセリウス中佐の問いに答える。
「くっ!デラーズか?アサクラか?…我々も脱出する!要塞内の残存突撃軍兵士を集結させろ!」
「は!」
ジオン将校はあわただしく連絡を始める。
セリウス中佐はキシリアより内々に【私の脱出後15分以内に脱出せよ。】との命令を受けていた。
彼は良くも悪くも命令には忠実であった。
「ちゅ、中佐殿!」
通信機を操る通信兵が慌てた様子で叫ぶ。
この通信兵は新兵だった。戦闘指揮に参加する予定のない部隊にまで玄人を派遣する余裕はもう、ジオンにはなかった。
「慌てるな!」
セリウスよりも先に副官のリーデン大尉が通信兵を咎める。
「すっ、すみません。突撃軍残存艦隊が指揮を求めています。」
「なに?」
セリウスは耳を疑った。
「残存艦隊はキシリア閣下の合流を待っているようです。」
通信兵からの報告はセリウスの予感を的中させた。
「馬鹿が!何をしているキシリア閣下は戦死なされた!残存艦隊は各艦任意でア・バオア・クー要塞を脱出!1艦でも多く生き残れ!グラナダで落ち合うぞ!復唱はいらん!」
セリウスは手早く指示を出す。
「はっ、伝達します。」
通信兵は復唱なしで指示を伝達する。
「最悪の事態ですな。」
リーデンがポツリと言う。
「ああ。」
セリウスはそう答える。
〈最悪の事態〉そう言うに相応しい事態だった。
突撃機動軍の司令官はキシリア・ザビ少将である。そしてその腹心、マ・クベ大佐。マ・クベ大佐は戦死なされたが今回のア・バオア・クー防衛のために派遣された艦隊にも大佐クラスの指揮官が数人居たはずだ。しかし、それよりも格下のセリウス中佐に艦隊の指揮権が回ってきたと言うことは。即ち、大佐クラスの指揮官は全員戦死したと言うことだ。
「各員。脱出準備急げ!五分後に移動を開始する。」
通信兵は再び叫ぶ。
「残存艦隊から返信。御武運を祈る。グラナダでまた。」
「わかった。」
セリウスの本来の任務はア・バオア・クー要塞内の防衛であった。実際はキシリアがア・バオア・クー内でギレンの手勢に暗殺されないよう、護衛する部隊であった。
セリウスは護衛隊の指揮を任されるなどキシリアの腹心と呼べるほどの部下であった。
その、腹心の部下セリウスに課された任務。キシリアの身辺警護よりも重要だと当のキシリアが判断したその任務とは、「ザビ家遺伝子の脱出」であった。
このア・バオア・クー要塞内部の第三研究区にはミネバを除くすべてのザビ家の遺伝子及び卵子・精子が冷凍保存されている。これの奪取及び脱出が今回課された任務だった。
セリウスは当初よりいくら、ア・バオア・クー(ギレンの本拠地)に乗り込むとはいえ兵力が多すぎるとは思っていたのだった。
てっきり、反乱でも起こしてギレンを暗殺するものだと思ってきたが、まさか、奪取のための兵力だったとは。しかも、ギレン暗殺は自分の手でしてしまうとは。流石はキシリア閣下。というのが、セリウスの思うところであった。
「移動開始。」
セリウスは冷凍保存されたザビ家の遺伝子及び卵子・精子、通称「ロゴス」を携えて移動を開始した。ロゴスといってもその実態は二つのアタッシュケースのみだ。この二つのアタッシュケースを守るためだけに150の兵が同行している。
「第15宇宙港を目指す。」
第15宇宙港には脱出用のチベがある。
第15宇宙港はEフィールドに面している。まだ、Eフィールドはジオン軍が辛うじて保持している。ここなら、あるいは、脱出が可能かもしれなかった。
「トワニング准将以下、降服を連邦に打診。」
通信兵は再び叫んだ。
「無視しろ!そんなものはまやかしだ!ジオンはまだ、降伏などしていない!いや、しないのだ!全突撃軍兵士にそう伝えろ!」
セリウスの内心は穏やかではなかった。キシリアからの最後の命令である15分以内の脱出が達成できなかったことが明らかとなったからだ。
「中佐殿。チベ発見しました。残存兵士も同様です。」
リーデンが発する。
「よし、脱出だ!総員乗艦!」
こうして、セリウスはチベに乗艦した。
「リーデン。MSはあるか。」
「残念ながら。」
「そうか、しかたあるまい。脱出を急ぐぞ!」
セリウスはリーデンを連れて艦橋に登った。
「ナカタ少佐。出れるか?」
セリウスはチベの艦長であるナカタに話しかける。
「何時でも。」
ナカタは軽快に答える。優秀な男の返答ほど頼れるものはないとセリウスは思った。
「ムサイから伝達です。お待ち申し上げておりました。共に脱出を。共にグラナダへ。だそうです。」
通信兵はそう伝える。
「ありがたい!」
ナカタは歓喜の表情でそう言った。
この状態にあってムサイ及びゲルググ三機はとてつもないほどにありがたいものであった。
「よし!発進。」
セリウスの号令と共にチベはその重い体を動かした。
形が変わってしまった宇宙港からチベは宇宙へと体を乗り出す。
「このまま直進!最短距離を目指せ!」
指揮シートの隣にたったセリウスは脱出の指揮をとった。
キシリアの護衛隊の隊長としてア・バオア・クーに来たセリウスだがそれは、突撃軍内でのセリウスの本来の立ち位置ではなかった。突撃機動軍司令部参謀副長であった。一言で言うならキシリアのブレーンであった。そんな、頭脳派であるセリウスを実戦部隊の指揮官に登用するのは不思議な人事であったが、こうなってしまえば理由は明白であった。詰まるところ、ギレンの本拠地に連れていける腹心の部下がセリウス以外にいなかったのだ。しかし、セリウスももとは実戦部隊の出身であり艦隊司令も勤めたことがあった。今回も実戦部隊の隊長として十分に任務を果たしている。
「前線の空気は久しいな。」
「ですな。」
副官のリーデンも言う。リーデンは元はMSのパイロットであった。
「ナカタ少佐。あとは任すぞ。」
「はっ!」
Eフィールドにはまだ、撤退中のジオン艦があった。
チベはその中をただひたすらグラナダに向けて航行した。
連邦艦隊は撤退する他の艦に引き付けられたのかさほど多くはない。しかも、ほとんどの艦はセリウスのチベに気づいてないようである。
「これが、天運というやつなのかもな、リーデン。」
「ええ。」
「連邦艦隊は、ギレン派の馬鹿が引き受けてくれる。奴等もたまには役に立つ。しかし、それに付き従う将兵たちは不憫だな。」
「ええ。」
「グラナダにさえ、たどり着ければ。あるいは。」
「はい。グラナダにさえ、たどり着ければ。再起は。」